ノーヴェは戸惑っていた。
彼女の眼前で炎を噴き上げる、比較的大型の自律移動型反重力浮遊砲台。
砲撃魔法を撃ち込まれ上部砲塔を失ったそれは、砲塔基底部跡より火山の如く業火を吐き続ける。

縦幅・横幅共に8m四方、全高は約2m、吹き飛んだ砲塔を含めれば4m。
ほぼ正方形、大型装甲車両の車体を思わせる反重力式駆動部上方に全方位旋回砲塔を備えたそれは、攻撃隊との合流直後にノーヴェ達へと襲い掛かってきたのだ。
頭上で瞬いた光に、攻撃隊は咄嗟に散開。
その素早い行動が幸いし、隊員が砲弾の直撃を受ける事はなかった。
しかし、床面への着弾と同時に発生した爆発の余波までは回避し切れず、続く砲弾の連射も相俟って攻撃隊は散り散りとなる。
ところが、敵もまた標的が散開した事によって、決定的な隙を作り出す事となった。

意図して離脱を遅らせたノーヴェへと砲塔の照準が合わせられるや否や、高速直射弾と砲撃魔法が異形の浮遊砲台へと殺到。
頭上より放たれ続ける砲弾の雨を、ノーヴェはジェットエッジとエアライナーにより巧みに躱し、ガンナックルより放たれる高速直射弾にて敵を撹乱する。
四方より包囲射撃を受けた異形は忽ちの内にその装甲を剥がされ、更にはウイングロードにて急速に接近したスバルが放った魔力スフィアによる打撃、ディバインバスターA.C.Sにより内部より爆発、上部砲塔が完全に吹き飛び機能を停止した。

建設者の正気を疑う程に広大な物資輸送路、床面より50mはあろうかという高度から、炎を噴き上げつつ落下する駆動部。
床面へと接触したそれは激し衝突音と火花を撒き散らし、一度だけ僅かに跳ね返ると再び落下、そのまま静止した。
迂闊に再接近する事を避け、幾度か射撃魔法を撃ち込んで反応の有無を確かめる。
完全に沈黙した事を確認し、漸く残骸へと歩み寄る攻撃隊。
其処で上方を見上げた彼等は、奇妙な事に気付いた。

異形が潜んでいたと思われる場所が、無い。
上部構造物の至る箇所を見渡しても、この浮遊砲台が出現したと思しき通路、或いは視認を妨げる可能性のある箇所が何処にも見当たらないのだ。
単に攻撃隊が見逃していた、という可能性はない。
彼等は合流までの十数分間、この場に於いて常に厳重な警戒態勢を維持していたのだ。
そんな彼等が頭上に潜む異形の存在に気付かない、等という事はある筈がない。
だとすれば、この浮遊砲台は如何にしてその存在を隠匿していたのか。
魔力による認識阻害か、光学迷彩か、或いは管理局が与り知らぬ何らかの科学技術による隠蔽か。

誰もが砲台の出現経緯に気を取られ議論する中、ノーヴェは全く別の事に意識を奪われていた。
それは、彼女の眼前で業火に包まれゆく異形、其処から漂う異臭である。
高熱に歪む鉄塊から放たれるそれとは別に、もうひとつの臭いが周囲へと漂い始めていたのだ。
ノーヴェは、その臭いに覚えがあった。
最近の事だが、何処かでその臭いを嗅いだ事がある。
一体、何処か。

次の瞬間、ノーヴェの脳裏へとフラッシュバックの如く押し寄せる、記憶の奔流。
それは衝撃となり、彼女の意識を揺さ振った。
決して忘れられない、忘れてはならない記憶。

そうだ。
自身は、この臭いを知っている。
クラナガン西部区画、今は第9・第10廃棄都市区画と呼称される其処で、嫌という程に味わった空気。
瓦礫の下、生命を失い、或いは生きながらにして紅蓮の波に呑まれていった、30万人の命の臭い。
都市を覆い、大気を歪ませ、局員・民間人を問わず無数の人々の精神を蝕んだ異臭。



蛋白質の、有機物の焦げる臭い。



「・・・ノーヴェ」


背後より掛けられた声に、ノーヴェは振り返る。
其処には、彼女と同様に表情を強張らせたスバルの顔があった。
その後方には、やはり同様のセインも。
恐らく2人も、この臭いに気付いたのだろう。
攻撃隊の幾人かも手で鼻を覆っては、微動だにせず異形の残骸を見詰めていた。
彼等はあの日、クラナガン西部に居たのだろうか。

「スバル・・・セイン・・・」
「ノーヴェも・・・気付いたんだね? この臭い・・・」
「・・・当たり前だ」

言葉を返しつつ、ノーヴェは異形の全貌を見やる。
立ち込める異臭は、更に強くなっていた。

『スバル、ノーヴェ、セイン。こっちに来て。始めるわよ』
『何を?』

ティアナからの念話。
スバルが念話を返す様を、ノーヴェは何とはなしに聞いていた。

『取り敢えず、可能な限り広範囲までサーチャーを飛ばすわ。生命反応を探ってみる。その砲台は半有機体みたいだから、同型が存在するなら多かれ少なかれ反応は出る筈よ。取り敢えず反応数を減らしたいから集まって』
『了解』

やり取りが終わると、3人は即座に攻撃隊の面々の許へと走る。
彼女等と入れ替わる様にして複数のサーチャーが放たれ、広大な物資輸送路の奥、薄闇の先へと消えた。
全てのサーチャーが視界から消えると、ノーヴェはサーチャーを操る最寄りの隊員へと声を掛ける。

「反応は?」
「取り敢えず、通過経路は全てサーチしているけど・・・妙ね」

ノーヴェの問いに対し、訝しげに表情を歪める隊員。
その様子を疑問に思ったのか、今度はセインが問い掛けた。

「どうしたの?」
「おかしいのよ・・・生命反応はあるのだけれど、位置が特定できないの。反応が周囲の構造物に伝播している・・・まるで通路全体が生命反応を放っているみたい」
「そんなばかな・・・」

セインの呟きを意に介する事もなく、彼女はサーチャーを展開する他の隊員へと念話を送る。
だが皆、一様に首を横に振ると、同様の結果が得られた事だけを念話として返してきた。

「どういうこと・・・?」
「ジャミングか・・・それとも反応が余りにも微弱で捉え切れないのか・・・」
「おい皆、ちょっと来てくれ」

すると突然、別の隊員が声を上げる。
そちらへ目をやると、彼はデバイスを通じて展開した端末へと向かって手を伸ばし、何やら操作を行っていた。
デバイスから1本のコードが延び、その先端は床面の解放された小さなパネル内のジャックへと差し込まれている。
皆がその隊員へと向き直るや否や、彼は声を発した。

「この施設の構造図をダウンロードしたが・・・どうも妙だ。サーチャーの探索結果と、構造図のサイズが一致しない。輸送路の横幅は最大で12m前後、高さは9mほど構造図を下回っている。此処も例外じゃない。上下の空間に8mほど差異がある」
「・・・何かの間違いでは?」
「この構造図が現状の施設と異なっているのか、或いはサーチャーの方に問題があるのか・・・いずれにせよ、輸送路に関しては規模以外に大した差異はない。400m先、反重力カーゴ待機所のゲートを潜れば連絡通路がある。後は200mほど進めば八神二佐達と合流だ」

端末を閉じ、コードを回収する隊員。
ノーヴェ等は一様に己が武装・デバイスを構え直し、輸送路の奥を見据える。

「・・・行きましょう」

この場を纏める隊員の声に、皆が応を返した。
周囲を警戒しつつ、400m前方に位置する反重力カーゴ待機所を目指す。
しかし重苦しい沈黙に耐え兼ねたのか、直にセインの念話がノーヴェの意識へと飛び込んだ。

『ねえ』
『何だよ』
『あの砲台さ・・・何か、変だよね?』
『この施設に変じゃないところなんかあるもんか』
『そうじゃなくてさ・・・あれ、蛋白質の焦げる臭いがしたけど、どう見ても金属だったよね?』
『セイン、何が言いたいの?』

セインとノーヴェの念話に、ティアナが割り込む。
どうやら彼女も、2人の間で交わされる念話に興味を抱いたらしい。
見れば他の隊員も、興味深げに彼女等の様子を窺っていた。

『いや、ひょっとするとさ・・・あれって、構成組織を有機物・無機物の両方にシフトできるんじゃないかって・・・』
『・・・何、言ってるんだ?』
『セイン、どういう事?』

自身へと向けられる複数の視線に、セインは何処か戸惑った様子で首を振る。
どうやら彼女も、確信を持って言葉を紡いだ訳ではないらしい。

『いや、さ・・・あたしが皆を見付けた時、潜れない壁があったって言ったでしょ?』
『そういえば・・・そんな事、言ってたね。それで?』
『あたしのISはさ、特殊な処理の施されていない無機物への潜行だって事は知ってるよね? 逆に言えばそれ以外のもの、有機物とか障壁の張られた物質への潜行はできない訳』
『そうだな』
『それでさ・・・さっきの構造図の話だけど、実際にはその図面より通路が狭いんだよね?』
『ああ、そうだが・・・』

セインの問いに、施設構造図をダウンロードした隊員が答える。
未だ殆どの隊員が疑問を表情へと浮かべる中、ノーヴェを含む数人がセインの言わんとする事柄に気付いた。

『まさか・・・』

有機物と無機物、双方の性質を併せ持つ異形の砲台。
輸送路全体から検出される生命反応。
構造物とサーチャーの探索結果との間に生じた差異。
ディープダイバーによる潜行を阻む壁。

『あの敵は、この施設の・・・』
『前方600、魔力反応!』

続くセインの言葉は突如として放たれた警告と、前方から響く轟音に掻き消された。
咄嗟に構えを取ったノーヴェ等の視線の先、闇の奥に大量の火花が散り、魔力光が迸る。
数百mに亘って分厚い合金製の壁面を打ち破り、輸送路へと押し寄せる褐色の波。
その中心、暗黒の光を放つ巨大な球体の中から、全てを呪わんとするかの如き咆哮が響き渡った。
次の瞬間、球体は急激に膨れ上がり、周囲へと闇色の波動が零れ出す。
そして、一瞬にして倍近い大きさにまで膨張したそれは、僅かな綻びを見せ。



直後、7条の光が球体を撃ち抜いた。



球体周囲の構造物が文字通りに「石化」してゆく様を呆然と見つめながら、ノーヴェは破裂する球体の内に宿った存在の影へと視線を釘付けにされる。
巨大な顎に並んだ牙、頭部を囲む巨大な紅い4本の角、鋼色の装甲に覆われた巨大な四脚と両腕、機械的な胴部、漆黒の翼。
そして、その頭部に半ば埋め込まれる様にして存在する、女性の上半身。


鋼色の髪を振り乱し、紅い光を放つ双眸を攻撃隊へと向ける「彼女」を前に、ノーヴェは自身を襲う感覚に慄く。
心臓を鷲掴みにし、脊髄を駆け上がるそれの正体を、彼女は知っていた。
押し込めようとも際限なく沸き起こり、しかし無視する事もできない感覚。
それが今、ノーヴェを襲っていた。

そして、「彼女」はそれを知っているかの如く、ノーヴェへとその双眸を向ける。
「彼女」が機械の瞳の奥に何を見たのか、それを知る術はない。
しかし「彼女」は、確かにノーヴェのそれを読み取った。
彼女の怯み、そして全ての攻撃隊員の怯みを。
合金製の壁面に開いた巨大な穴、新たにその奥より飛来した石化の光すら、「彼女」の注意を引くには値せず。
悲鳴とも、雄叫びとも取れる甲高い叫びと共に「彼女」は、その膨大な魔力を解き放つ。



破壊と混乱の最中、輸送路上部構造物表面が不自然にざわめいた事に気付いた者は、誰1人として存在しなかった。

*  *


巨大な攻性バイド体と交戦する、管理局部隊の一団。
その反応を捉えつつも、彼等はその場を動こうとはしなかった。
周囲を警戒しつつ、インターフェースを通じて視界へと拡大表示された巨大なゲート、その表面に刻まれた名称を眺める。

「MPN134340-Orbital BIONICS LABORATORY」

小惑星134340号。
嘗ては太陽系第9惑星と呼称されていた準惑星、冥王星の衛星軌道上に建造された大規模軍事技術研究施設。
当初は衛星カロン上に建造される筈であったそれは、対バイド戦線の余波によってカロン崩壊の可能性が浮上するに当たり、軌道上に浮かぶ巨大な研究コロニーとして計画を修正された。
西暦2163年、第一次バイドミッション終了直後に構築が始まったそれは、火星軌道上で建造されていた各ブロックを自律推進機能にて移動、冥王星軌道上で合体させる事により僅か2ヶ月で完成。
以降、施設は増築を繰り返し、民間都市コロニーに匹敵する程の規模を誇るまでに至る。
規模が膨れ上がるにつれ、それに比例するかの様に研究速度は飛躍的な向上をみせ、軍へと齎される対バイド兵器はより強大なものへと移行していった。
その進化速度は留まるところを知らず、一時はNGC5139戦線全域に於いて、攻性バイド体の89%が殲滅された程だ。
対バイドミッションそのもの成否が、この施設の研究結果に懸かっているとまで謳われた事も、強ち大袈裟とは言えない。

しかし、軍からの賞賛を欲しい侭にしたその栄光の歴史も、施設の完成から僅か5年後に幕を閉じる事となる。
2168年1月17日、午前2時05分。
有機質兵器研究区にて、システム凍結状態にあった第6世代メタ・ウェポノイド群が起動、暴走を開始。
それらは施設内の人間には目も呉れず、只管にバイド生命体の反応源へと攻撃を繰り返した。
培養槽、除染システム、資材搬入路、最終処分場。
人類が施したプログラム通り、メタ・ウェポノイド群は忠実にバイドを攻撃した。
通常の機器では検出できない、極僅かな残滓でさえ見逃さずに。
それが除染し切れなかった単なる残存反応であるのか、意図せず起こった漏洩であるのかさえ区別せずに、完全に消失するまで。
たとえ目標が居住区に近かろうが、攻撃の射線上に研究者の一団が存在しようが、外部宇宙空間との隔壁に損傷が及ぼうが、決して殲滅行動を中断する事はなく。
狂乱の宴は、破壊された培養槽より漏洩したバクテリア型バイド体が、施設を汚染し尽くすまで続いた。

汚染拡大に対し、メタ・ウェポノイド群は炉心暴走による施設の物理的完全消去を選択。
メインシステムに対する強制介入を開始するも、強固なプロテクトにより炉心制御システムへのハッキングは成功しなかった。
そして、その間にもバクテリア型バイド体は世代交代を重ね、爆発的進化及び増殖を遂げる事となる。
それらはあろう事か、メタ・ウェポノイド群への侵蝕を開始し、メインシステムに対する電子戦闘に追われるその制御中枢を次々に汚染、同化していった。

午前5時18分。
メタ・ウェポノイド群、沈黙。
施設内の生命維持装置がダウンし、僅かに汚染状況下にて生き長らえていた研究員達も、残らず死亡した。
犠牲者数、6083名。
脱出に成功したかにみえた186名も、汚染された迎撃システムにより脱出艇ごと宇宙の藻屑と消えた。

同年2月28日、軍は施設に対する強襲作戦を決行。
しかし汚染されたメタ・ウェポノイド群は、施設構造物と同化・擬態した状態にて強襲隊を迎撃。
突入した8機の「R-9K SUNDAY STRIKE」及び4機の「R-9DV TEARS SHOWER」の計12機は、突入から約4時間に亘る熾烈な戦闘の果てに全滅した。


強襲隊の全滅を確認した第22深宇宙遠征艦隊は、施設に対する核攻撃を実行。
ところが、艦隊より発射された8基の中距離星間巡航弾は、施設を防衛する攻撃衛星群から放たれた陽電子砲により悉くが撃墜されてしまう。
仕舞いには異層次元航行巡航弾による弾頭の施設内部への直接転送すら試みたのだが、40基を超える攻撃衛星群からの苛烈な陽電子砲の砲火と、施設内部から溢れ返るメタ・ウェポノイド群の急速接近により、攻撃は遂に実行へと至る事はなかった。
包囲網を構築する第22深宇宙遠征艦隊、その目前で施設そのものが異層次元へと消えてしまったのだ。

結局、施設が制圧されたのは、翌2169年7月9日。
第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」の最中であった。
異層次元に於ける殲滅対象となった同施設は、R-9/0 RAGNAROK-ORIGINALによる突入を受け、内部に巣食うメタ・ウェポノイド群及び自己進化促進により発生した制御系統括体を交戦の末に喪失。
制圧後、強襲連隊が内部へと突入し、可能な限り研究データを回収した。
その後、軍は同施設をTHIRD LIGHTNING最終作戦領域、電界25次元へと転移させる。
そしてミッション終了直後、同異層次元が次元消去弾頭により破壊されると同時、施設もまた完全に消滅した筈であったのだ。

ところが今、その施設は彼等の目前に存在していた。
隔離空間内、人工天体内部。
其処に取り込まれた、数多の巨大施設のひとつとして、彼等の前に。

この施設は次元消去弾頭の炸裂により、電界25次元と諸共に消滅したのではなかったか?
まさかバイドが、弾頭炸裂前に再度の転移を実行したというのか。
施設内部のメタ・ウェポノイド群は、制御系統括体は健在なのか?
今この瞬間、管理局部隊が交戦しているのは、あの「悪夢」なのだろうか。

と、インターフェース越しに、僚機からの通信が入る。
発声を介さずして送られたそれは、目標バイド体が管理局部隊に対する攻勢を開始したとの内容だった。
無視するか、それとも介入するか。
意見を求められた彼は、暫し黙考する。

仮に介入を選択したとして、こちらに齎されるメリットとは何か。
一時的ではあるが、管理局との和解・交渉に至る糸口。
A級バイド生命体の排除による、後続部隊の安全確保。
同時攻撃個体数の増加による、被攻撃リスク拡散。

では、デメリットは?
管理局部隊に対する存在隠匿の破棄。
A級バイド生命体による、管理局部隊排除の阻害。
管理局部隊からの被攻撃リスク発生。

管理局か、バイドか。
バイド殲滅と後続部隊の安全確保だけを優先するのならば、管理局部隊の全滅後に突入する選択が最良だろう。
しかしクラナガンでのケースと同じく、此処で一時的にでも共闘態勢を取る事ができれば、少なくとも行く先々で管理局部隊と砲火を交える事態は回避できるかもしれない。
だからといって、彼等が健在である内に介入する必要性は皆無。
彼等の戦力がある程度に消耗された状態で、不意を突き突入する事が望ましい。

数秒の思考の後、彼は返答となる指示を発した。
やはりインターフェースを通じ、発声というプロセスを省いて。



『突入に備えろ。カウント120』



6つのロックオンマーカーが、標的を求めて視界内を翔け始めた。

*  *


無数の触手、それらの先端に備えられた巨大なレンズから、光圧縮魔力の光線が放たれる。
空間を薙ぎ払う数十条のそれを、ある者は躱し、またある者は障壁を以って受け止めた。
そんな中、はやてはザフィーラを含む数人の隊員による鉄壁の防御の中、詠唱を紡ぐ。


「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ」

立方体方のスフィアが4つ、はやての頭上へと展開。
左手に夜天の書を、右手にシュベルトクロイツを携え、眼下の「彼女」を見据える。
膨大な魔力を感知したか、「彼女」ははやてへとその双眸を向けると、数本の触手を夜天の王へと向けた。
しかし次の瞬間、それらのレンズに緋色の魔力弾が直撃、集束中の魔力が暴発する。
爆音と共に弾け飛ぶ触手を無感動に見つめつつ、はやてはシュベルトクロイツを「彼女」へと突き付けた。

「来よ、氷結の息吹。アーテム・デス・アイセス」

その瞬間、4つのスフィアは流星と化し、「彼女」の周囲へと突き刺さる。
そして、炸裂。
白亜の爆発が全てを呑み込む中、攻撃隊員達は「AC-47β」による強化を以って展開された障壁によって自身を護る。
障壁を展開しているのは、はやての防御を解いた腕利きの結界魔導師達だ。
彼等は見事に氷結の爆風を防ぎ切り、次いで瞬時に攻撃のバックアップに移る。
周囲全ての構造物までもが凍り付く中、それでもはやては、そしてヴォルケンリッターを含む攻撃隊は、「彼女」を打倒できたと考えてはいなかった。
そして、その思考を裏付ける様に、冷気の中から甲高い「声」が響き渡る。

「撃て!」
「ォオオオォォッ!」
「ぅりゃああぁぁぁッ!」
「ッあああぁぁぁッ!」

瞬時に高速直射弾の弾幕が冷気の中心へと撃ち込まれ、スバル、ノーヴェ、ヴィータの3名が、各々に雄叫びを上げつつ突進を開始。
凍り付いた触手を弾幕が砕きゆく中、3人は僅かに揺らめいた人影、即ち「彼女」へと全力の一撃を打ち込んだ。
しかし。

「な・・・ッ!?」
「障壁!?」
「やっぱりか・・・ッ!」

拳、脚、戦槌。
それら全てを受け止め遮る、半球状の巨大な障壁。
魔力・物理複合障壁。

『離れて下さい! あれは4重の複合障壁です!』
『障壁を破壊する! 巻き込まれるな!』

シャマル、そして攻撃隊員の警告。
スバル達が後方へと飛び退いた直後、複数の砲撃が放たれると共に、それぞれ槍と剣のアームドデバイスを構えた2名の隊員が障壁へと走る。
氷結した触手の森を鋼色の光が薙ぎ払い、複数発の砲撃が2層の障壁を貫通・破壊し、残る2層の内1層を近代ベルカ式の隊員2名が一撃の下に破壊。
更には後退したヴィータが、一瞬にしてギガントフォルムへと変貌させたグラーフアイゼンを振り被り、「彼女」の直上へと打ち下ろす。

「ッらああぁぁぁッ!」

巨大なハンマーヘッドが障壁を打ち据えた、その数瞬後。
分厚いガラスが砕け散る様な音と共に、最後の1層が粉砕された。
同時に、集束を終えていた2名の砲撃魔導師が、2方向から交叉する様に砲撃を放つ。
射線上の全てを抉り、消し去りつつ、2条の砲撃は「彼女」の胸部、そして下部の巨大な顎の中心へと突き立った。
「彼女」の身体は文字通りに消滅、口部は大量の魔力素を撒き散らしつつ苦痛の咆哮を放つ。
そして、「彼女」のその様を見やりつつ、はやては最後の一手を繰り出すべく詠唱を紡いだ。

「響け、終焉の笛」
『総員、退避!』

再び、シャマルの警告。
攻撃隊は直ちに後退、結界魔導師の展開する障壁の後方へと滑り込む。
直後、最後のトリガーボイスが紡がれた。

「ラグナロク」

閃光。
貫通属性を付与された3条の光が放たれ、それらは着弾地点を違える事なく「彼女」を撃ち貫いた。
膨大な魔力の奔流は「彼女」のみならず、その向こう、氷結或いは石化した施設の構造物までをも貫きゆく。
凄まじい轟音と振動、そして砲撃の余波が攻撃隊をも襲う中、はやては吹き上がる粉塵と魔力炎の向こう、「彼女」がその身を置く空間を見据えていた。

「・・・シャマル」
「反応、ありません。コアの存在すら、もう・・・」
「さよか」

はやてとシャマル、共に抑揚のない声で確認を済ませると、2人は沈黙のままに揺らめく魔力炎の壁を見つめる。
攻撃隊は警戒を解く事なく各々の得物を爆炎の中心へと向けていたが、やがて目標を排除したと判断したのか、緊張を緩めた。
はやての脳裏に、ヴィータからの念話が響く。

『えらく・・・呆気なかったな』
『・・・そやな』
『あの時とは状況が違う。我々は「AC-47β」による魔力増幅を受けているし、そもそもあれが「オリジナル」と同等の能力を有していたとは限らんだろう』

はやての傍ら、ザフィーラが無機質に言い放つ。
彼は守護獣としての姿のまま、「彼女」へと相対していた。
まるで「彼女」が、自身の知るそれではないと云わんばかりに。
そしてはやて自身、同じ思考を抱いていた。

何もかもが劣化している。
バイドの侵食が結果として劣化を誘発したのか、単に虚数空間での消耗を回復する術が無かったのか。
或いは粗悪な「模造品」だったのかもしれない。
あの、本局とクラナガンを襲った、2隻のゆりかごの様に。

それとも、単純戦力としての機能など、端から想定されてはいなかったのか。
ただ単に、こちらの精神的動揺を誘発する為だけに「彼女」、闇の書の「防御プログラム」を復活させたというのか。

「はやてちゃん・・・」
「シャマル、索敵」

気遣う様なシャマルの声を遮り、はやては周囲警戒を促す。
何処までも空虚な瞳。
抑制された感情を僅かたりとも面へと表す事はなく、淡々と指示を下し始める。

今は、余計な事を考えたくはなかった。
意味の無い恨み言、泣き言ばかりが脳裏へと浮かび続けている。
多少は無理をしてでも抑え込まねば、周囲を憚らずに叫び出してしまいそうだった。
自分は指揮官なのだ。
今この状況に於いて、仮初めとはいえ20名超の命を預かっている。
決して、指揮官が取り乱す訳にはいかない。

シャマルの視線、そして同じくはやてを気遣うヴィータの念話を、意図的に無視するはやて。
そんな彼女の内心を理解したのか、2人からの念話はそれきり途絶えた。
ザフィーラは沈黙しているが、はやてはその態度こそが彼の気遣いなのだと理解していた。
ティアナ達は次の指示を仰ぐまでもなく、周囲警戒に移行している。
そして攻撃隊に集合を促し、サーチャーを飛ばすよう命じた、次の瞬間。

「主ッ!」
「なッ!?」

瞬時に人型となったザフィーラが、はやてを押し倒す様にしてその場へと伏せる。
衝撃。
直後、彼女は自身の身体が、ザフィーラもろとも宙を舞っている事に気付く。
巨大な空気の振動に鼓膜が機能を放棄し、不気味な静寂が聴覚を満たす中、激しく乱れ動く視界の中に幾つもの顔が映り込んだ。


ティアナ、スバル、ノーヴェ、セイン。
シャマル、ヴィータ、その他の攻撃隊員達。
皆一様に、驚愕と戦慄が綯い交ぜとなった表情を浮かべていた。
一体何が、等と考える間もなく、はやては吹き飛ばされ、更に床面へと叩き付けられる。
そのまま十数mを転がり、視界が暗転。
しかしザフィーラが身を以って彼女を庇った為か、数秒で闇が晴れる。
身を起こそうと試みるが、身体が上手く動かない。
脳裏では、悲鳴の様なリィンの声が響き続けていた。

『はやてちゃん! はやてちゃんっ!』
『リィン・・・何が起こったん・・・?』

問い掛けようとした声は音にならず、念話として発せられる。
何とかゆっくりと動き始めた自身の腕を他人事の様な感覚で見つめながら、はやては自身の状態を確認しようと努めた。
と、彼女の腕を掴み引き上げる、誰かの存在を感知。
ザフィーラだった。
視界に映る褐色の肌に、はやては彼の無事を確認し安堵の思いを抱く。
しかし数瞬後、その思いは完膚なきまでに砕かれた。

「ザフィーラ・・・?」
「主、暫く」

はやての声に対し短く返し、「何か」との交戦に入った攻撃隊の許へと、彼女を抱えたまま疾風の如く走るザフィーラ。
その身体が揺れる度に、はやての顔へと熱い液体が降り掛かる。
濃密な鉄の臭い。
視線を上げた彼女は、その先に余りにも凄惨な光景を捉え、引き攣った悲鳴の様な声を上げる。

「・・・ッ! ザフィーラッ!」

はやての視界に映り込む、紅い飛沫を噴き上げる傷。
ザフィーラの左側面、そのほぼ全てを覆い尽くすそれは、通常であれば即座に死へと至っても不思議ではない程のものだった。

皮膚が、無い。
肩口から指先まで、ほぼ全ての皮膚が破れ、皮下組織が剥き出しとなっている。
それだけに留まらず、少なくとも3つの裂傷が腕を走り、左耳は顎下からこめかみに掛けての皮膚もろとも、跡形も無く剥がれ落ちていた。
にも拘らず、彼は一切の苦痛を表す事なく、はやてを抱えたまま走り続ける。

「ザフィーラッ! もうええ! もうええからっ! 自分で飛べる! 下がって・・・」
「敵は粉塵と魔力炎に紛れ、目視する事は叶いません。現在、ヴィータとナカジマ、ノーヴェが撹乱を、射撃魔法に特化した者達が攻撃を担当していますが、包囲を破られるのは時間の問題です。主、御指示を」
「そんなッ・・・!?」

彼を気遣う言葉は、他ならぬ彼自身により斬り捨てられた。
自身の負傷を意に介する素振りなどまるで無く、只管に交戦中の攻撃隊を目指す。
もはや我慢ならず、はやては三度叫んだ。

「無茶や! そんな怪我で動き続けたら死んでまう! もうええから・・・」
「主はやて!」

これまでに聞いた事がない程に苛烈なザフィーラの叫びに、はやては思わず身を竦ませる。
しかしその声とは裏腹に、彼は穏やかさえ感じられる目を以って彼女を見つめていた。
そして彼は、はやてへと語り掛ける。

「皆が、貴女を待っています」

その言葉にはやては息を呑み、そして理解した。
彼は、彼自身の惨状と不意を打っての強大な攻撃に、一時的にとはいえ萎縮したはやてを、彼なりの言葉で以って激励しているのだと。


応えない訳にはいかなかった。
自身は彼等の主、夜天の王なのだ。
命を掛けて自身を護り続ける、守護騎士にして家族たる彼等、ヴォルケンリッター。
ザフィーラは重度の負傷を押して自身を助け守り、ヴィータは最前線にて戦い続け、シャマルも敵に対する捕捉と解析を行っているだろう。
そして、彼女。
シグナムもまた、戦っている。
白亜のベッドの上、無数の機器に繋がれ治癒結界に覆われ、死という絶対的な概念と戦い続けているのだ。
此処で自身が、王たる者が戦いを放棄する事など、如何してできよう。

「シャマル!」

はやては叫ぶ。
答えは、念話としてすぐに返った。
ただ彼女の名を叫んだだけの声に対し、最も適切な情報を以って。

『魔力反応なし、リンカーコアも確認できません。敵性体、詳細不明。狙いは不正確ですが、電磁投射砲と思われる高火力兵装による弾幕を形成しています。攻撃隊は射界外へと逃れていますが、施設の破壊に伴う粉塵と爆発の為、敵の全貌を窺う事ができません』
『了解! ザフィーラ!』

その念話の指示せんとするところを正確に理解したザフィーラは、応を返しつつ更に速度を上げる。
はやては顔に当たる風が更に勢いを増す事を感じつつ、今更ながらに自身とザフィーラが百数十mにも亘って吹き飛ばされていた事を知った。
恐らくはシャマルの言う電磁投射砲、所謂レールガンの弾体通過に際しての衝撃波を受け、吹き飛ばされたのだろう。
本来ならば全身を引き裂かれていてもおかしくはないのだが、それは全てザフィーラがその身を持って受け止めていた。
ならば、はやてのするべき事はひとつ。

『撹乱担当は後退! 砲撃魔導師は集束砲撃の準備を! 露払いは私がやる!』
「鋼の軛ッ!」

はやてを抱えていた腕が離れ、閃光と共に鋼色の大蛇が粉塵と魔力炎の中心へと突き立った。
それらが圧倒的弾速を誇るレールガンの弾幕によって破壊される様を見届ける事も無く、はやては自身の詠唱を紡ぐ。

「刃以て、血に染めよ・・・穿て、ブラッディダガー!」

魔力炎の壁、その周囲へと具現化する、無数の真紅の短剣。
次の瞬間、それらは放たれた矢の様に飛翔し、炎の向こうへと突き立った。
爆発。
総数30超の実体を持つ剣が、「何か」への接触と同時に炸裂する。
「彼女」の叫びが聴こえてくる事はない。
あの炎の向こうに存在するものは、「彼女」ではない。

「今や!」

念話、そして発声の双方にて叫ぶはやて。
直後、7条の砲撃が宙を翔け、更には無数の高速直射弾が「何か」へと叩き込まれる。
壮絶な余波に魔力炎が掻き消えたのも一瞬の事、次の瞬間には更なる爆炎と衝撃波が発生し、轟音が聴覚を埋め尽くした。
振動、更に爆発。
もはや輸送路壁面には、防御プログラムの出現時に開けられたそれを上回る巨大な穴がもうひとつ出現し、直径が60mを超えるそれは火口の如く炎を噴き出し続けている。
相変わらず炎に沈む目標の姿は窺い知れないが、これ以上は行動する余力もあるまい。

『シャマル、確認!』
『反応、全種失索。魔力反応も変わらず、一切検出されません』
『砲撃魔導師各位、再攻撃準備!』

しかし思考とは裏腹に、はやては再度の攻撃を命じていた。
砲撃魔導師が順次「AC-47β」の強制排出機構を作動させ、圧縮魔力を放出。
はやても同様に腰部のポーチから圧縮魔力を放出、それが止み次第、再度ラグナロクの詠唱に入る。
得体の知れない目標を、確実に打倒する為。

「響け、終焉の笛・・・」


そして、シュベルトクロイツが頭上へと掲げられ、トリガーボイスが紡がれる。
白き破滅の雷光が、巨大な正三角形のベルカ式魔方陣より放たれんとした、その時。

「ラグナ・・・ッ!?」
「主ッ!?」

青い燐光を纏った矢が、魔力炎の壁を打ち破り飛来した。
辛うじて視界へと捉える事のできたそれは瞬時に爆発的な加速を得ると、あまりの接近速度に満足な回避手段も取れないはやての側面、数mの空間を貫いて飛翔する。
残されるは強大な衝撃波と大音響、矢より噴き出す紅蓮と白の尾だけ。
ミサイルだ。
不幸中の幸い、未だ加速段階にあった事もあり、吹き飛ばされるだけで済んだはやては、しかしすぐさま飛翔魔法により体勢を立て直すと、ミサイルの特徴を脳裏で反芻する。

弾頭が、光っていた。
波動砲のそれに酷似した、青白い燐光。
それが、ミサイルの弾頭を覆っていたのだ。
何だ、あれは。
まさか、波動砲に準ずる戦術兵器なのか?

数瞬後、はやてはミサイルに対する考察を中断し、あれを放ったであろう炎の奥の存在へと向き直る。
あのミサイルの正体がどうであれ、今この瞬間に於ける最大の脅威は炎の奥に潜む「何か」なのだ。
どの道、本体さえ叩けば、ミサイルによって狙い撃たれる心配はない。
ミサイル自体も、最大速度に達するまで数秒の時間を要するらしい。
優先すべきは飽くまで本体だ。

その時、はやての背後より轟音が響いた。
ミサイルが着弾したのだろうと結論付ける彼女であったが、しかし何かがおかしい。
堅い壁面を削るかの様な音と、金属の拉げる異音。
これは、爆発音ではない。
再度、後方へと振り返る。

「・・・何や?」

其処には、「穴」があった。
直径4m前後、各所から火花を散らす漆黒の「穴」。
金属製の壁面に、巨大な砲弾が貫通したかの様なそれが口を開けていた。
あれは、何なのか。

考えている暇はなかった。
次の瞬間、穴の穿たれた壁面が強烈な閃光を発し、内部より巨大な爆発を起こしたのだ。
その規模は、これまでの戦闘を通じて起こったものとは比べ物にならない。
壁面のみならず、床面、上部構造物をも巻き込み崩壊させゆくそれは、膨大な熱量と大気の歪みとなって可視化した衝撃波の混成となって攻撃隊へと襲い掛かった。
瞬間的に齎された破滅の津波に、はやては反応すらできずにまたも宙を舞う。
彼女だけではない。
ヴォルケンリッターを含む攻撃隊の殆どが、良くて数十m、悪ければ200m近い距離を吹き飛ばされていた。

「ッあ・・・!」

姿勢を立て直そうと飛翔魔法による制御回復を試みるも、それが成功するより遥かに早く、はやては床面へと叩き付けられる。
肺の中の空気が、根こそぎ吐き出されるかの様な衝撃。
だがそれでも、幾分かは影響を緩和できたらしい。
意識が混濁する事はなく、視界へと映り込む2つの人影をすぐさま捉える事ができた。
スバル、そしてティアナだ。

「はやてさんッ!」
「八神部隊長、ご無事ですか!?」

はやてへと駆け寄り、その腕を取って助け起こす2人。
見る限り、どちらも軽傷で済んでいる様だ。
はやては安堵し、同時に自身の身を気遣う2人に言葉を掛ける。
「私は大丈夫や。スバル、ティアナ、今の攻撃は・・・」

その時だった。
彼女達の頭上から、重々しく、不気味な駆動音が響きだしたのは。

「なに!?」
「この音・・・機械?」
「上だ、ティア!」

咄嗟に頭上を見上げる3人。
その視線の先、未だ燃え盛る魔力炎の光に霞むその空間を、何か巨大なものが移動していた。
滲む焦燥と言い知れぬ「何か」からの威圧感に、はやては反射的に指示を下す。

『目標、頭上や! 砲撃魔導師、再度砲撃準備に入れ! 他の者はこれを援護・・・!?』

不意に、視線の先、鈍い光が瞬いた。
遅れて耳へと届く、鈍く重い炸裂音と機械的な高音。
その異様な音に、誰もが動きを止める。
ふと、目を凝らせば頭上に点る、青白い光。
次の瞬間、それは紅蓮の尾を吐き出し加速、僅かに遅れて爆発音と衝撃波を引き連れ、散在する攻撃隊のほぼ中央へと突き刺さる。

はやては見た。
青白い光を放つ、ミサイル先端。
弾頭部に備えられた、何らかのエネルギーを纏う回転式掘削機構。
耳障りな異音を発しつつ、高速で回転するそれを。

ミサイルは床面へと着弾すると同時、接触面より瞬間的に膨大な量の火花を発生させた。
それらが燐光の尾を引きつつ周囲を埋め尽くし、金属製の構造物を抉る異音・轟音が鼓膜を破らんばかりに反響する。
数瞬後、ミサイルは床面に直径4m程の穴を残し、その姿を完全に消失させていた。
その瞬間、はやては悟る。
あのミサイルが、どの様に運用されるものかを。

「逃げてッ!」

絶叫。
指揮官としての威厳、隊員の心理に対する配慮。
全てをかなぐり捨てて、はやては叫んだ。
猶予はない。
すぐにでも退避しなければ、全てが吹き飛ぶだろう。
しかし、予想した衝撃と轟音は足下ではなく、彼女の背後より襲い掛かった。

衝撃波、そして爆発音。
後方からのそれに、はやては反射的に振り返る。
後方、上部構造物。
先程のミサイルによる爆発では破壊される事のなかった部位が、またもや内部より吹き飛んでいる。
直後、粉塵と爆炎の向こうから、紅蓮の炎と白煙の線が数条、想像を絶する速度で飛来した。
ミサイル、計6発。

「ッ・・・!」

はやての頭上の空間を貫いたそれは、「何か」が放ったそれとは比べ物にならない速度より発生する衝撃波を以って、小柄なはやての身体、そしてスバルとティアナをも木の葉の様に吹き飛ばした。
竜巻に巻き込まれた紙切れの如く翻弄され、全身がバリアジャケットごと引き裂かれてゆく様を、はやては衝撃として感じ取る。
しかしその感覚は、何処か他人事の様なものとして認識された。
彼女の意識は、自身の状況とは別な物へと向けられていたのだ。

はやては見た。
業火と共に崩れ落ちる上部構造物の向こう、粉塵と爆炎の中。
褐色の装甲と、青いキャノピー。
僅かに離れた地点に浮かぶ、橙色の光を放つ球体。
R戦闘機。

直後、更なる衝撃・轟音。
あの6発のミサイルが着弾、起爆したらしい。
その衝撃により空中で翻弄されるはやては、内臓が破裂せんばかりの衝撃の後、自身が一瞬前までとは逆の方向へと吹き飛ばされている事を認識した。
余りにも大規模な爆発の衝撃によって、空中で吹き飛ぶ方向が変わったのだ。
無論の事、人間の身体がその様な急激な機動に耐えられる訳もなく。
はやては自身の身体の中に、何かが弾ける際の衝撃を感じ取っていた。

しかし、このはやての意思すら介在しない急激な方向転換が、彼女へと思わぬ幸運を齎す。
続いて発生した、更に大規模な爆発。
先に床面へと撃ち込まれていたミサイルである。
それの齎す破滅的な爆発の範囲より、完全にとはいかないまでも逃れる事ができたのだ。
はやての身体は衝撃により更に加速され、更に遠方へと弾かれる。
その進行方向が輸送路の構造に沿っていた事は、より幸運だった。
壁へと激突し、元の背丈より大分に小さい、真紅のオブジェと化す事だけは避けられたのだから。

だからといって、全く被害がなかった筈もなく。
はやての意識は全てが白く染まり、脳髄すら破壊せんばかりの衝撃と轟音とが全身に襲い掛かる。
瞬間、意識が暗転。
数秒か、数十秒後かは定かではないが、唐突に意識が回復する。

そして覚醒とほぼ同時、はやての頭上を突き抜ける巨大な機影。
やはり、誤認などではなかった。
褐色の装甲、これまで目にしてきたR戦闘機と比較し、二回り以上も大型の機体。
機体後部、複数個所の部位より次々にミサイルを放ちつつ、攻撃隊の布陣していた地点を高速にて通過する。
どうやら、あの機体が狙う目標、「何か」は此処から移動したらしい。

「は・・・ッ・・・ッ・・・!」

床面に右手を突き、身体を起こす。
右腕が血塗れだ。
力が入らない。
頬を、額を、鼻を、顎を伝って、熱い液体が流れ、滴り落ちる感触。
床面に突いた右手の傍らに、紅い水滴痕が点々と現れる。
その増加速度は次第に勢いを増し、ものの数秒で水滴群は小さな水溜りとなった。

半ば呆然と、自らの身体より流れ出た紅い液体の溜りを見つめつつも、はやては念話により攻撃隊の面々との交信を試みる。
しかし、誰にも繋がらない。
彼女の内で、焦燥が募る。

その時、またも巨大な衝撃と振動とが、轟音と共にはやてへと襲い掛かった。
見れば、輸送路の其処彼処で上部構造物が剥がれては床面へと落下、接触と同時に衝撃と轟音を周囲へと撒き散らしている。
千切れた配線やパイプの断面を無残にも曝すそれらが無数に降り注ぐ光景に、あの下に攻撃隊員が居るとすればまず助かるまい、との絶望がはやての内で首を擡げ始めた。

片膝を突き、どうにか全身を起こす事に成功。
直後、数m後方への構造物落下による衝撃を受け再度、自らの流した血溜りの中へと倒れ込むはやて。
もはや痛覚さえ存在しない血塗れの腕を小刻みに震えさせつつ、それでも諦めるという選択を頑なに否定し身を起こそうとする。
しかしその時、彼女の意識に背後からの異音が飛び込む。

「・・・は・・・はぁ・・・」

か細い吐息が、知らぬ間に荒くなっていた。
度重なる爆音と衝撃に麻痺した聴覚。
だがはやては、背後より響いたその音が幻聴などではない事を確信していた。

床面を介して脚部へと伝わる爆発と崩壊の振動に紛れ、異様な、そして得体の知れぬ音が肌へと伝わる。
それは例えるならば、有機生命体の骨格を、生体組織との癒着面より力任せに引き剥がすかの様な音。
そして、無数の蟲が蠢き、体表を擦り合わせる様を思わせる音であった。

「はッ・・・はッ・・・」

はやては振り返る。
警鐘を鳴らす理性、逃避を叫ぶ本能を捻じ伏せ、決して肉体的な損傷が要因ではない震えをその身に纏い、慎重に、ゆっくりと。

「は・・・あ・・・」

果たして、其処には巨大な金属の構造物が鎮座していた。
無数のケーブル、そしてパイプが、皮膜を突き破って現れた骨格の様に飛び出している。

「あ・・・あ・・・」

そして、はやての眼前。
その醜い鉄塊は、其処彼処より軋みを上げつつ変態を始めていた。
千切れたパイプが更に捻じ曲がり、原形を留めぬ個体となって変色を始めた金属に呑み込まれる。
ケーブルは表層面へと徐々に沈み、今や皮下を走る毛細血管の如き紋様と化していた。
泡が急激に噴き出す際にも似た異様な音と共に、鉄塊の其処彼処から灰色の組織が湧き出しては急激に体積を増しゆく。
良く目を凝らし見れば、それは正しく肉塊だった。
機械兵器には、そして通常有機生命体にも有り得ない、鈍色の金属光沢を放つ細胞群。
それら肉腫が至る箇所より噴き出しては増殖し、急激に鉄塊の全体を覆いゆくその光景に、はやては云い様のない生理的嫌悪感を覚える。
そして何より、嫌悪感を含め他のあらゆる感情を上回る恐怖。

反射的に、はやては自身のデバイスを探していた。
シュベルトクロイツ、夜天の書。
11年前より常に自身と共にあった戦友にして、家族と親友達に匹敵する信頼を置く杖と魔導書。
手を伸ばせば、常に其処に控える筈の相棒。

その感触は、何処にも無かった。
咄嗟に、周囲へと視線を走らせる。
黄金の輝きを持つ剣十字の杖と魔導書が、はやての視界へと映り込む事はなかった。

身体の震えが、より一層に激しさを増す。
心の臓の奥、最も深き箇所より拡がりだす、冷たい感覚。
それが全身へと徐々に拡がり行く様を、はやては酷く懐かしい感覚として捉えていた。

「ああ・・・あああ・・・」

そうだ、この感覚。
両親が死んだ時の感覚。
そしてあの日、クリスマス・イヴ。
未だ足が不自由だった自身の目の前で、「家族」が次々に消えていった時と同じ感覚。
また、この身体を蝕んでゆく。


周囲へと響き渡っていた異音が、止んだ。
はやては最早、デバイスを探す事さえしなかった。
否、できなかった。
そんな猶予はない、するだけ無駄だと理解してしまったのだから。
はやての眼前、金属製の鉄塊が鎮座していた、その場所で。



反重力式駆動部上に搭載された旋回砲塔が、その直径10cmを優に超える砲口を、彼女へと向けているのだから。



直後。
はやての視界は、発砲炎の閃光に埋め尽くされた。

*  *


僚機による奇襲が成功した事を確認し、彼は別の侵入点より侵攻を開始した。
途端に周囲の構造物から変貌を始めるメタ・ウェポノイド群に対し、オールレンジ・モード及びリバース・モードの対空レーザーを徹底的に叩き込むと、未だ擬態を解かぬ敵に対しガイド・モードの対地レーザーとノーロック状態のミサイルを撃ち込む。
施設構造物に沿って這う様に滑り行く数条のレーザーと目標も定めずに発射されたミサイルは、その超高熱の焦点温度と僅かながら含有される波動エネルギー、そして暴力的な運動エネルギーによって、擬態を解かずに待機状態にあったメタ・ウェポノイド群を殲滅。
周囲の反応が途絶えた事を確認し、彼は目標へと向かうべく機体をバンクさせる。

同時に目標との交戦に突入する事を避けたのは、この施設内に蔓延るメタ・ウェポノイド群の殲滅に当たる為だ。
それらを制御・統括する目標は、たとえR戦闘機が2機同時に交戦したとしても、そう易々と撃破できる相手ではない。
事実、第三次バイドミッションでは、あの当時に於いて最強の機体と謳われたR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALであっても、その装甲の大半と引き換えに漸く撃破できた程の存在である。
況してや、後方よりメタ・ウェポノイド群による挟撃を受ける等という状況に至れば、もはや打つ手はなくなってしまう。
「デルタ・ウェポン」を発動すれば状況の好転に繋がる可能性はあるが、もしそれで目標を撃破し損なえば、残されるのはフォース諸共の撃墜と死だ。

如何に無敵とまで謳われる防御兵器とはいえ、フォースとは決して破壊されない訳ではない。
人類がバイドを破壊し殺戮する術を無数に保有している事実と同様に、バイドもまたフォースを含む人類の戦力を鏖殺する術を持ち得ている。
何よりも、純粋バイド体を素にするフォースである。
バイド体を、末端とはいえ破壊する事が可能である事実からして、現実にフォースが無敵である筈がない。
その常軌を逸した防御能力に錯覚しがちではあるが、フォースとて所詮は単なる兵器なのだ。

敵性体に対する攻撃と、敵性体からの攻撃。
その双方によってフォースへのエネルギー蓄積を実行するドース・システムは、打撃力の爆発的増大により敵性体の速やかな殲滅を可能とする事によって、機体生存率を大幅に押し上げる。
エネルギー蓄積率が100パーセントとなり、オーバー・ドースへと移行すれば、それこそフォースを介しての攻撃性能はまるで別物とすら思えるまでになるのだ。
そのエネルギーを解放する事によって発動するデルタ・ウェポンは破滅的な戦略兵装ではあるが、それを使用する事は同時にオーバー・ドースによるアドバンテージを放棄する事に繋がる。
故にパイロット達は、余程に危険な状況にない限り、デルタ・ウェポンの使用を避けるのだ。

そんな事を考えつつ、機体を輸送路に沿って滑らせる彼の意識に、目標までの距離が10000を切ったとの情報が飛び込む。
瞬時に、遮蔽物越しのロックオンマーカーに視線を合わせ、武装選択を実行。
対空レーザー、オールレンジ・モード。
ミサイル、ロック。
フォース、シャドウユニット、ビット、スタンバイ。
波動砲、チャージ開始。

一連の作業をこなしながら、皮肉な話だ、と彼は思う。
5年前、この施設内部に蔓延る存在を蹂躙し、殲滅したのはR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALだ。
現在、施設内部に存在するメタ・ウェポノイド群とその制御統括体は、オリジナルであるか、さもなくばバイドによって再生されたコピーである可能性が高い。
言い方を変えれば、今この施設内のメタ・ウェポノイド群を制御・統括している存在は「偽者」の可能性があるという事だ。
正しく、皮肉以外の何物でもない。



何故なら、彼の愛機もまた「偽者」なのだから。



前方7000、壁面構造物が爆発し崩落する。
其処から、目標が出現した。
オートスキャン、終了。
敵性体判別結果「UNKNOWN」。
類似型バイド攻撃体、情報検索・照合開始。
照合終了。
目標、バイド攻撃体識別名称、表示。



「BPA-105 LARGE-SCALE RESOURCE TRANSPORTATION SYSTEM『RIOS』」



巨大な大型資源輸送システムの成れの果てが、弾幕の如くミサイルを吐き散らしながら迫り来る。
更に数瞬後、その後を追う様にして、6発のミサイルと1機のR戦闘機が、急激な戦闘機動を取りつつ現れた。

「TL-2B HERAKLES」
多目的大型ミサイル運用の為に開発された、変形機構搭載型戦術支援機。
高火力・超高速の大型ミサイルを、最大6発まで同時発射する怪物だ。
2種類の波動砲を搭載し、更には輸送艦にも劣らぬ程の重装甲を備えた、「飛行するミサイルサイト」とも呼称される機体。
高速接近するその機体を認識しつつ、彼はチャージを終えた波動砲のゲージ、その隣に表示された「HYPER DRIVE MODE-Connected」の一文を見やる。
そして直後、スラスター出力を最大へと叩き込んだ。

「偽者」のバイドに「偽者」のR戦闘機。
とんだ茶番、だが命懸けの茶番の始まりだ。

青白い光の爆発痕を残し、模造品たる「R-9/0 RAGNAROK」は巨大なバイド攻撃体へと突撃する。
宛ら、5年前の「ORIGINAL」同士の戦いの様に。
神々の黄昏、幻影の細胞。
両者が繰り広げた、悪夢の戦闘を再現するかの様に。



此処に「偽者」同士の奇妙な、しかし壮絶な戦いの幕が上がった。

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最終更新:2015年10月26日 07:33