結論から云えば、投降を促そうとするギンガの目論見は失敗した。
目前の武装勢力人員へとデバイスを突き付け、その罪状を告げる。
其処までは良かった。
何も問題はなく、状況は彼女の望むままに進行する筈であったのだ。

だがひとつ、彼女は見誤っていた。
否、彼女のみならず、管理局員の全てが見誤っていたのだ。
彼等が、第97管理外世界の人間が、どれ程までにバイドに対する恐怖を抱いているか。
どれ程の敵意を、そして憎悪をバイドへと向けているのか。
ギンガは、そして攻撃隊は、それを見落としていた。

「AC-47β」起動の直後、目前の人物より僅かに声が発せられる。
ただ一言、忌まわしき存在の名称。

『・・・バイド』
「・・・え?」

その瞬間、ギンガの視界が白い光に覆われ、聴覚が轟音に満たされた。
スタングレネードと呼称される、非殺傷型質量兵器か。
炸裂地点はギンガよりも攻撃隊に程近かったらしく、彼女への影響は微々たるものだった。

眩む視界、麻痺する聴覚。
数瞬後、機能回復。
同時に鈍い衝撃がギンガを襲う。
朧気な視界の中に浮かび上がる、彼女に向かって脚を突き出すアーマーに身を包んだ人物の姿。
どうやら彼女を蹴り付けようとして、バリアジャケットに阻まれたらしい。
一瞬ながら怯んだその人物は、しかし次の瞬間にはギンガの鼻先へと銃口を突き付けていた。

咄嗟に身を逸らし、ブリッツキャリバーでの蹴りを放つ。
発砲はほぼ同時。
3発の銃弾が、ギンガの肩を掠め飛ぶ。
切り裂かれるバリアジャケット。
同時に蹴りを放った脚が目標人物へと接触、防御の為に翳された腕、その骨を砕く衝撃がギンガへと伝わる。
異様な感触に顔を顰める彼女であったが、直後に放たれた再度の銃撃に反応、瞬間的に爆発的な加速を行い目標人物の懐へと入り込むと、リボルバーナックルの一撃を見舞った。
加減こそされてはいたものの、戦闘機人の膂力で殴り飛ばされた彼の身体は約10mにも亘って宙を舞い、更に地面へと叩き付けられた後に数mを転がって漸く停止。
動き出す様子が無い事を確認し、次いでギンガは周囲から無数の銃声が鳴り響いている事に気付く。
攻撃隊及び武装勢力、交戦中。

「・・・しまった!」

小さく己へと毒吐くと、ギンガはブリッツキャリバーによって駆け出した。
拠点外部、闇の向こうからは無数の誘導操作弾、高速直射弾が撃ち放たれ続けている。
同時に拠点内からは質量兵器による応射が始まっており、状況が完全な戦闘状態へと移行した事が見て取れた。
最悪の展開に歯噛みしながらも、ギンガは思考を廻らせる。

あの時、目標人物は「AC-47β」の起動に反応しバイドの名称を口にした。
恐らくは活動を開始した「AC-47β」内部のバイド体からの反応を検出し、こちらを汚染体と判断して攻撃行動を実行したのだろう。
明確に人間である事を確認しておきながら、反応検出と同時に射殺を試みる武装勢力。
正しく異常としか云い様がない。
しかし、少なくとも他の武装勢力人員は、バイドの反応を検出しつつも攻撃を躊躇っていた様だ。
だが先程の銃声が、戦闘の引き金を引いてしまった。
スタングレネードを使用したのは攻撃隊に近い武装勢力人員であったが、その後に戦闘を展開する意思があったか否かは定かではない。
戦闘が開始された決定的な要因は、間違いなく自身へと向けて放たれた銃撃だ。

ギンガは自身の肩部、銃弾に切り裂かれたバリアジャケットへと触れた。
無残に千切れたそれは、銃弾に秘められた恐るべき威力を如実に表している。

対人用の銃弾ならば十分に防げると踏んでの攻撃実行だったが、予想に反して銃撃は容易くバリアジャケットの防御を貫いた。
弾頭に特殊な処理が施されていたのか、それとも単に貫通力が高過ぎるのか。
いずれにしても、危険な事には変わりがない。
攻撃隊は今まさに、その弾雨の前へと曝されているのだ。
可能な限り速やかに、武装勢力を背後より強襲しなければ。

ギンガは更に加速、風の様に武装勢力の一団を目指した。
彼等は4つか5つの天幕の向こうに布陣し、遮蔽物に隠れながら質量兵器により攻撃隊へと応戦している。
天幕を迂回しようと進路を変更するギンガであったが、その動きが唐突に停止した。
上空、耳障りな高音。
反射的に見上げた視線の先を、白と黒、2つの機影が過ぎる。

「・・・ッ、あれは・・・!」

漆黒の影は強襲艇、そして白い影は見覚えのあるものだった。
決して忘れ得ない、記憶の深層までへと刻まれた機影。

「R戦闘機・・・!」

機首に左右一対の先尾翼を備えたその機体は、強襲艇と共にギンガの頭上を低速で通過。
しかし直後、大気の壁を打ち破る轟音と共に、その姿が掻き消える。
R戦闘機、超高速戦闘機動。
衝撃波がギンガの身体を打ち据え、後方へと弾き飛ばす。

「く・・・ッ!」

地面へと叩き付けられる直前、ギンガは体勢を立て直し着地。
攻撃隊の交戦域へと目を遣ると、丁度その上空にてハッチを開く強襲艇の姿が視界へと飛び込んだ。
すぐさま地上より直射弾が放たれるが、彼方より飛来した2発のミサイルが攻撃隊の布陣する地点へと着弾。
直撃こそしなかったものの、強大な炸裂の余波が攻撃隊を散り散りに吹き飛ばす。
直後、ミサイルを発射したと思しきR戦闘機が、再び上空を突き抜けた。
地上から撃ち上げられる弾幕が途絶え、その隙に強襲艇は機首を回頭させて離脱を図る。
その陰から、ひとつの人影が空中へと躍り出た。

「・・・え?」

瞬間、ギンガは駆け出そうとしていた事も忘れ、食い入る様にその人影を凝視する。
呆然とした声を洩らし、強化された戦闘機人の視力を以って対象を拡大。
しかし、その結果は理解できない現実をギンガへと叩き付ける。

それは、有り得ない人物。
此処に存在する事、それ以上に武装勢力の強襲艇より降下する、その事実こそがあってはならない人物。
嘗ての戦友にして、弟の様な、しかし1人の戦士として肩を並べ戦った人物。

「何故・・・!?」

薄汚れた白色のロングコート。
嘗てとは異なり、踝までを覆うスラックス。
2年前より僅かに伸びた深紅の髪、既にギンガをも追い越さんばかりに伸びた背丈。
その手に握られた、記憶の中のそれよりも更に長大となった、白亜と群青の槍型アームドデバイス。
瞬時に深紅の稲妻と化した、その人物は。

「何で貴方が其処に・・・!?」



エリオ・モンディアル二等陸士。



「エリオッ!」

混乱のままに叫ぶギンガを余所に、エリオは空中にて身を翻すと頭部を地表へと向け、そのままストラーダの矛先をも下方へと向ける。
直後、爆発音といっても過言ではない程の凄まじい推進用魔力噴射音と共に、エリオの身体が地表へと突撃を開始。
武装勢力の機体より現れた、バリアジャケットに身を包んだ人物の姿に、唖然と頭上を見上げるばかりの攻撃隊、その中央にエリオは「着弾」する。
付近に展開していた局員4名が振動と粉塵に怯んだのも束の間、直後に彼等の身体は横薙ぎの一撃によって、宛らボールの如く吹き飛ばされた。
薄れゆく粉塵の中央には、ストラーダを振り抜いた体制のまま佇むエリオの姿。

その凶行にギンガを含め、攻撃隊員が息を呑む暇さえなく。
ストラーダより生み出される爆発的推進力によって、エリオの姿が掻き消える。
ギンガが我へと返った時には既に遅く、新たに6名の局員がストラーダによる強烈な打撃を受け昏倒していた。
同じく我へと返った周囲の局員達が、エリオの影を追う様にして射撃魔法を展開するものの、誰1人としてその速度を捉える事ができず、逆に1人ずつ着実に人数を減らされてゆく。
更に武装勢力、そして三度上空に現れたR戦闘機による激しい質量兵器の弾幕が攻撃隊の行動を阻み、彼等はまともな抵抗も許されずに無力化されていった。

「どうして・・・どうしてッ!」

そして、約2分後。
総数20名を超える攻撃隊はギンガを残し、完全に制圧された。
揺らめくミサイルの爆炎、その周囲には意識の無い局員達が、ある者は眠る様に、またある者は吹き飛ばされた先で構造物に叩き付けられて、死んだかの様に横たわっている。
しかし質量兵器による直撃弾は皆無であったらしく、全員が五体満足のままに地へと伏せていた。
武装勢力は、意図して直撃を避けたのか。
いずれにせよ、残るはギンガ唯1人。

「エリオッ! どうして・・・どうしてこんなッ!」

絶叫するギンガ。
その声に気付いたか、倒れた局員達の間に佇むエリオが、ゆっくりと彼女の方へと顔を向けた。
燃え盛る炎を背後にしたエリオの表情を窺う事はできず、ただ躊躇う素振りすらなく構えられたストラーダの矛先が、ギンガの叫びに対する彼の答えを表している。

「AC-47β」、出力最大値へ。
左腕のリボルバーナックルが唸りを上げ、ブリッツキャリバーが突撃の瞬間を待ち受ける。
獲物へと飛び掛からんとする猛獣の如く身を屈め、全ての力を標的へと叩き付けんと構えるギンガ。
最早、彼女の視界にはエリオの姿しか映り込んではいない。
頭上のR戦闘機も、質量兵器の銃口を彼女へと向ける武装勢力も、エリオ以外の一切が意識より除外されている。
今やギンガのその瞳は生来の澄んだ碧ではなく、戦闘機人の証たる金色の光を放っていた。
そして、数瞬後。

「ッエリオオオオォォォォッ!」

その膂力・魔力の全てを用いて、ギンガはエリオへと突撃を開始。
ブリッツキャリバーが火花を散らして地を削りつつ、凄まじい加速で彼女をエリオの許へと導く。
振り上げられた左腕、リボルバーナックルが破滅的な力の解放に備え、その唸りを増した。
幾重もの思考の壁がギンガの意識を阻み、しかし彼女はその全てを粉砕しつつ突撃を継続する。

何故、エリオが此処にいるのか。
何故、武装勢力の側に付いたのか。
何故、自分達を襲うのか。
そんな事は、最早どうだって良い。
唯、殴る。
殴らねば気が済まない。
全力で、有りっ丈の力で殴り、その目を覚まさせてやらねば気が済まない。

「ッアアアアァァァァァッ!」

咆哮と共にエリオへと襲い掛かるギンガ。
その視界の端で、無数の光が瞬いた。
武装勢力、発砲。
無数の銃弾がギンガの足下を穿ち、その数発がブリッツキャリバーのローラーを弾く。
ギンガは体勢を崩し、しかし即座にそれを立て直すと、先程を上回る速度で突撃を再開した。
エリオは動かない。

今度は前方、視線の先で光が炸裂する。
噴射炎。
何時の間にか、R戦闘機がエリオの頭上へと移動していた。
機体下部よりミサイルが放たれ、ギンガが反応する間もなくその側面の空間を貫き後方へと着弾、天幕の1つを完全に吹き飛ばす。
ミサイルが通過した際の衝撃波、そして後方からの爆風にギンガは、今度こそ体勢を立て直す事もできずに前方へと倒れ込んだ。
それは、エリオから僅か数mの距離。
それでも何とか、彼へと渾身の一撃を叩き込もうとして。



瞬間、掬い上げる様に振るわれたストラーダの柄の先端が、彼女の顎を捉えていた。



「が・・・ッ!」

脳を揺さ振られ、ギンガの意識が混濁する。
余りの衝撃に跳ね上げられた身体は、戦闘機人の耐久力を以ってしても動かす事は叶わなかった。
仰向けに地へと倒れ全てが逆さまとなった彼女の視界に、後方より歩み寄る武装勢力人員の影と、ホバリングするR戦闘機の側面に刻まれた「POLIZEI」の文字が飛び込む。

突然、その眼前にデバイスの矛先が突き出された。
ストラーダ。
事故修復機能を備えている筈のそれは、表層に無数の深い傷が刻み込まれ、更に白亜の塗装は殆どが剥げ落ちてしまっている。
しかし、それを目にしたギンガの脳裏を過ぎったものは、どれ程に酷使すればこの様な状態になるのかという疑問ではなく。
眼前のデバイスが彼女の額を掠めた際に、その肌を「物理的」に切り裂いたという事実に対する戦慄だった。
熱い液体が自身の額を伝い落ちる感覚に、ギンガは身震いする。
ストラーダ、非殺傷設定解除状態。

「な・・・ぜ・・・」

声を振り絞るギンガの周囲を取り囲む、複数の武装勢力人員。
何とか頭を持ち上げ、彼女は自身にデバイスを突き付けるエリオの表情を視界へと捉える。
そして、ギンガは息を呑んだ。

作り物じみた無表情。
感情の窺えない双眸。



ガラス球を思わせる程に冷淡な2つの眼球が、無機質にギンガを見下ろしていた。



直後、ストラーダから一筋の電流が迸る。
衝撃が全身を駆け巡ると同時、僅かな抵抗すら許されず、ギンガの意識は闇へと沈んだ。

* *


強烈な青い光の奔流が、拡散しつつゆりかご前部を襲う。
ゆりかごは艦体外殻及び断裂面の至る箇所で爆発を起こし、無重力空間内に無数の破片を飛び散らせて炎を噴き上げた。
無重力であるため炎はすぐに掻き消えるが、連鎖的に発生する爆発により、結果として巨大な炎の壁がゆりかごを取り巻いている。
しかし、爆発によって崩壊してゆくゆりかごを目にしてもなお、魔導師達は攻撃の手を緩めはしない。
誘導操作弾を、高速直射弾を、砲撃を爆炎の中心部へと叩き込み、より一層その密度を増しゆく。
そして同時に、爆炎の中から放たれる弾幕も、魔導師達の攻撃密度上昇に合わせるかの様に激しさを増すのだ。
脅威は、未だ消え去ってはいない。

「スターライト・・・ブレイカー!」

他の攻撃隊員によりなのはの正面へと張られていた障壁が、異形より放たれ続ける弾幕によって破られる。
しかしその瞬間、桜色の光が爆発し、迫り来る弾幕をも呑み込んで集束砲撃がゆりかごの断裂面、異形の存在へと向けて放たれた。

「ブレイク・・・シュート!」

直線上の空間に存在する全てを呑み込み、粉砕し、轟然と突き進む5条の光。
巨大なゆりかごの破片をも貫通したそれは異形の額、巨大なレリックへと突き立つかに見えたが、その直前に現れた虹色の魔力光によって形成された壁が砲撃を掻き消す。

「また・・・!」
『DOSE 70%. Danger』
「・・・ッ! 排出実行!」
『Exhaust DOSE』

ブラスタービット4基を用いての砲撃すら容易く防がれ、苦しげに声を洩らすなのは。
しかし、次いで発せられたレイジングハートからの警告に、致し方なく「AC-47β」内に蓄積されたエネルギーを圧縮魔力へと変換・放出するプロセスの実行を命じる。
「AC-47β」より噴き出す圧縮魔力の残滓を空間に引きつつ、なのははブラスタービットを引き連れ後退。
排出実行の間は他の局員が魔力弾の迎撃と援護に当たり、強制排出が終了するや否や彼女は再び前進し異形と対峙する。
なのはを含め、主力となる砲撃魔法を使用する5名の攻撃隊員は、数分前からこの行動を繰り返していた。

巨大な異形の甲冑、その攻撃は凄絶の一言に尽きる。
低速ではあるが、それでも魔導師の飛翔速度を大幅に上回る、無数の誘導操作弾。
額のレリックより間断なく放たれる、低誘導性ながら高速の大威力エネルギー弾。
そして胸部装甲の内に格納された黄金色の球体、時折展開されるそれより放たれる、虹色の魔力光を放つ大規模砲撃。
砲撃は誘導性能が無い為、攻撃隊を襲うのは専ら誘導操作弾と高速弾ではあったが、その密度が尋常ではない。
そもそも回避自体が困難であり、現状では攻撃に当たる者を他の攻撃隊員が防御魔法でバックアップし、「AC-47β」内のエネルギー蓄積率が臨界に近付くと控えの人員と入れ替わり強制排出、といった手段を採る他ないのだ。

そうして目標へと撃ち込まれた集束砲撃の数は、既に10発を超えている。
しかしそれらの砲撃の内、有効打は唯の一撃も無かった。
その全てが虹色の魔力光「カイゼル・ファルベ」によって掻き消され、霧散してしまったのだ。

『一尉! 前方、約3000!』

隊員からの念話に、なのははレイジングハートを構えつつ、遥か前方を飛翔する白い影を睨む。
突如として現れ、ゲインズを消滅せしめたR戦闘機。
その機体が放つ波動砲は想像を絶するものであり、光の雪崩と呼称しても遜色のないものであった。
既に3度ほどその砲撃を目にしてはいたが、無数の光弾が拡散しつつ巨大な壁となって目標へと襲い掛かる様は、単一の戦闘機が独自に実行した攻撃とは思えぬ、正しく戦略攻撃と呼ぶに相応しいものだ。
それが発射される度に、ゆりかごの艦体は大きく抉られ、その巨体の其処彼処から爆炎を噴き上げる。

しかしそれでも、決定的な打撃を与えるには至らないのが現状であった。
外殻を破壊しても、艦内へと砲撃が届かないのだ。
それにはカイゼル・ファルベによる自動防御だけでなく、もうひとつの要因があった。
R戦闘機を執拗なまでに狙う、機動兵器の大群である。

「うじゃうじゃと・・・何処から湧いたんスか!」

なのはの隣、バックアップに就いているウェンディが吐き捨てた。
ランディングボードの砲口より放たれる光弾は誘導操作弾を迎撃する合間に、R戦闘機を包囲せんとする機動兵器をも攻撃する。
着弾と共に巨大な爆発が連続して起こるも、機動兵器の数は一向に減りはしない。
否、寧ろ増加してすらいた。
周囲の艦艇群の陰、そしてゆりかごの断裂面より際限なく現れ続ける機動兵器の総数は、既に数百を数えている。
それらは魔導師の攻撃、そればかりか存在すらも完全に無視し、只管にR戦闘機へと集中砲火を浴びせ掛けているのだ。

無論、R戦闘機も幾度か反撃を試みている。
フォース先端より連続して放たれる弾頭が凄まじいまでの炸裂を起こし、膨大なエネルギー輻射と衝撃波が空間を埋め尽くす度、数十機の機動兵器が跡形もなく爆散していた。
しかし全方位より撃ち掛けられる弾幕と、圧倒的物量による完全包囲を打ち破るには到らず、敵中枢らしき異形に対する砲撃の狙いも定まらぬまま、フォースを盾に空間を縦横無尽に翔け続けている。
それでも先程の様に、ゆりかごの異形に対する砲撃を敢行してはいるのだが、それらの攻撃は直前に放たれた機動兵器の砲火を躱す為の機動により狙いを逸れ、いずれも外殻に着弾して減衰した後、カイゼル・ファルベにより掻き消されていた。

何故、機動兵器は攻撃隊を放置してまで、R戦闘機を執拗に狙うのか。
恐らくは異形に対し、あの波動砲を撃たせない為だろう。
今のところ直撃はしていないが、単一目標に対する至近距離からの砲撃が実行されれば、カイゼル・ファルベとて耐え切れるものではない。
事実、ゲインズ撃破に続く波動砲の発射直後、明らかに低集束の砲撃が放たれたが、それはカイゼル・ファルベの防御を突破し、異形の頭部へと着弾している。
流石に打撃力は不足であったか、目標を撃破するには至らなかったそれではあるが、結果としてひとつの事実を攻撃隊へと認識させる事となった。

高集束波動砲による極近距離砲撃。
カイゼル・ファルベを突破し、更に巨大な異形を滅ぼし得る、最も確実にして唯一の手段。

自らが持ち得るあらゆる攻撃を試し、その全てが通用しないと判明した今、面白くはないがそれだけが攻撃隊に残された現状打破の方法であった。
事実、R戦闘機が繰り返し目標への接近を試みている事からも、その推測は的を射ていると考えられる。
よって、目標への直接攻撃を繰り返しつつも、同時にR戦闘機を狙う機動兵器群の排除に当たる攻撃隊ではあったが、しかしその異常な物量と目標からの激しい弾幕により、状況の進行は順調とは云い難い。
機動兵器群からの反撃が無い事は救いではあったが、しかし攻撃隊の半数は常に目標に対する牽制と迎撃に当たらねばならない為、戦力は絶対的に不足していた。

「ッ・・・スターライト・・・ブレイカー!」

幾度目かのスターライトブレイカーが放たれ、R戦闘機へと照準を合わせていた機動兵器群を呑み込む。
直線上の30機前後が撃破された筈だが、しかし残る機動兵器群は高速にて飛翔するR戦闘機を追撃するばかりであり、背後より空間を貫く集束砲撃魔法を意に介する様子すら無い。

「ブレイク・・・シュート!」

直後に砲撃の規模が膨れ上がり、更に20機前後の機動兵器が光の中へと消える。
しかしそれでも周囲の機動兵器群は、なのはへと警戒を向ける事さえしなかった。
只管に質量兵器を乱射し、R戦闘機との距離を詰めんとする。

『馬鹿にしてッ!』

攻撃隊を完全に存在しないものとして対応するその機動に、念話を通じて隊員の悪態が放たれる。
なのはとしてもそれは同意であったが、言葉にはせず続けて直射砲撃の発射体勢に入る事で応えた。
しかし、当の砲撃が放たれる事はない。
なのはは途絶える事のない機動兵器群の増援、そして無尽蔵の魔力弾を放ち続ける異形を前に、次の行動を選択し倦ねていた。

「何処を・・・何処を狙えば・・・!」

呟き、周囲の状況を再確認する。
数百機の機動兵器はR戦闘機との交戦状態にあり、時折放たれる波動砲と炸裂弾により大きく数を減らすも、すぐさま現れる増援により損失を補う為、戦況は膠着状態にあった。
R戦闘機は機動兵器群への対処に追われ、ゆりかごの異形に対する砲撃を実行できない状態にある。
攻撃隊は異形への攻撃を試みているが、いずれは弾幕と砲撃に押し潰される状況が目に見えていた。
況してや、この状況下でR戦闘機が撃墜される様な事があれば、機動兵器群の砲口は攻撃隊へと向けられるだろう。
異形よりの砲撃と、数百機の機動兵器群からの一斉射撃。
その悪夢の様な事態を回避する為には、一刻も早く機動兵器群を排除するか、ゆりかごの異形を攻撃隊の独力で撃破する必要があった。

「高町一尉、ちょっと良いッスか」
「何、ウェンディ?」

バックアップのウェンディから掛けられた声に、なのはは視線を機動兵器群より逸らさないままに答える。
ウェンディはランディングボードに乗りなのはの横へと移動すると、再び射撃体勢を取り言葉を繋げた。

「ゆりかごを見るッス。あの前半部分、今は緊急用の補助ブースターで姿勢を制御してるッスよね?」
「・・・そうだね」

ウェンディの言葉通り、異形を内包したゆりかご前部は、艦体各所のブースターにより姿勢を制御し、その断面を攻撃隊へと向けている。
その事実を確認し、なのはは続く言葉を待った。

「で、ゆりかごの武装はその運用理念上、艦体後方と下方が死角になってるッス。つまり、あのブースターでやっと動いてるポンコツの下に回り込めれば・・・」
「外殻を破壊して、後方から目標を襲撃できる・・・!」

思わぬところから齎された妙案に、なのはは僅かに興奮した声を零す。
ウェンディの言葉通り、ゆりかご下方からの艦体越しの攻撃は、現状で採り得る最良の手段に思えた。
もし、カイゼル・ファルベによって砲撃が掻き消されようと、ゆりかご自体に打撃を与える事は無駄にはならない。
上手くいけば、艦内からあの異形に対する、何らかのエネルギー供給を絶つ事も可能かもしれないのだ。

「ウェンディ、何処からそんな策を?」
「えへへ・・・伊達に更生施設で戦術を勉強してた訳じゃないッスよ!」
「成程・・・!」

言葉を交わしつつも、機動兵器群へと砲撃を叩き込む2人。
ある程度、機動兵器の数を減らす事で道を作り、あわよくばR戦闘機をもゆりかご艦体への攻撃へと誘導しようと考えたのだ。
更に、2人は攻撃隊へと念話を送り、作戦の内容を伝える。

『こちら高町。皆、少しで良いから目標の注意を引き付けて! 私とウェンディはゆりかご下方へと回り込んでの攻撃を行います!』
『チンク姉、負傷した人達を頼むッス! アタシはちょっくらデカブツに嫌がらせをしてくるッス! 行くッスよ、一尉!』

全方位への念話を発し、返答を受け取るや否や、2人はゆりかごへと突撃を開始した。
2人の目前へと迫る弾幕の悉くが、後方より飛来した高速直射弾と数条の砲撃魔法によって消滅する。
異形もまた2人の思惑を察知したのか、ゆりかご各所よりバーニアの噴射炎を煌かせ、何とか死角を補おうと巨大な艦体を振り回し始めた。
しかしそれでも、メインエンジンを内蔵する艦体後部を失った巨大艦艇が、機動力に優れた空戦魔導師の追撃を振り切れる筈もなく。
弾幕を潜り抜けた2人は、数分と掛からずにゆりかご下方へと滑り込む事に成功した。
なのはは艦体へと向き直りレイジングハートを構え、ウェンディは彼女をバックアップすべくランディングボードを手に周囲を警戒する。

「敵影なし! それじゃ一尉、ゆりかごの姿勢が変わる前にブチ抜くッスよ!」
「分かってる!」

ゆりかご艦底と平行に身体を浮かべ、なのははレイジングハートを振り被った。
彼女の正面、そしてブラスタービットへと桜色の光が集束を始め、周囲を眩く染め上げる。
膨れ上がる5つの光球。

「スターライト・・・」

その1つ、一際巨大な光球へと、レイジングハートの先端が突き付けられる。
眼前では、ゆりかごが艦体を側転させ回避行動を開始していたが、もう遅い。
爆炎と射撃・砲撃魔法の光に照らし出される濃紺青の艦体を見据え、なのはは幾度目かのトリガーボイスを紡いだ。

「ブレイカー!」

爆発。
そう形容するのが相応しいまでの閃光、そして轟音の炸裂と共に、5条の砲撃が1つの巨大な奔流と化してゆりかごへと襲い掛かった。
それは一瞬にして艦体外殻を貫き、内部構造物を根こそぎに破壊しつつ異形へと向かう。
そしてなのはは、更なるトリガーボイスを発した。

「ブレイク・・・シュート!」

瞬間、砲撃の出力が増大し、更に大規模な破壊がゆりかごへと齎される。
内部構造を呑み込みつつ膨れ上がる砲撃は遂に異形の背面へと到達し、その鋼色の装甲を打ち破らんと魔力の牙を突き立てた。
レイジングハートを介してその様を捉えたなのはは、カイゼル・ファルベの発生が一瞬ながら遅れた事を確認する。

勝機が、見えた。
ヴィヴィオの時には確認する余地など無かったが、あれの発動には何らかの認識が必要であるらしい。
否、自動防衛機構ではあるのだろうが、それでも魔法である以上、対象を術者が認識しているか否かによって、発動までのタイムラグが大幅に異なるのだ。
あの異形の認識能力が人間と同様のものか否かは判然としないが、少なくとも不意を突かれれば認識に遅れが出る事はあるらしい。

ならば、採れる手段はひとつ。
異形の前後より挟撃を仕掛け、カイゼル・ファルベを打ち破るのだ。
こちらは、直接的に異形を狙う必要はない。
異形の背面より伸びる、無数のケーブル及びパイプ。
この角度より観察して気付いたが、それらはゆりかごの艦内、その深部にまで張り巡らされているようだ。
即ちそれらは、あの異形の活動維持に、何らかの形で密接に関わっていると推測できる。
その推測が正しければ、異形は艦体への被害拡大を無視できる筈がない。
しかし、如何にカイゼル・ファルベといえど、異形とゆりかご艦体の双方を同時に防御する事は難しいだろう。
必ず、いずれかの防御に綻びが生じる筈だ。
その瞬間こそが、勝機。

『こちら高町、奇襲成功! 目標に攻撃を集中して!』
『了解した!』

念話を終えるや否やゆりかご断裂面の方角にて、凄まじい魔力と爆炎の光が炸裂し、轟音が響き渡る。
それを確認し、なのはとウンディは再びゆりかごへと向き直り、各々の得物を構えた。
狙うは異形の背面、そして其処より伸びる無数のケーブルを呑み込む艦内構造物。
機動兵器群は未だにR戦闘機を追撃している為か、周囲にその姿は見当たらない。
2人は集束を開始し、照準を合わせる。

「骨董品はそろそろ退場するッスよ・・・!」
「スターライト・・・」

膨れ上がる光球群。
そして遂に、それらが解き放たれようとした、その瞬間。

『危ない!』

攻撃隊からの念話と共に、衝撃と轟音が2人を襲った。
堪らず吹き飛ばされ、悲鳴を上げるなのは、ウェンディ。

「くあッ!?」
「ッ・・・ぅああぁぁぁッ!?」

回転しつつ吹き飛ぶ身体の制御を漸く取り戻した頃、なのははウェンディと共に再度ゆりかごを視界へと捉えた。
同時に、彼女等は己が目を疑う。

「なん・・・スか? これ・・・」
「何が・・・」

彼女達の眼前に拡がる、常軌を逸した光景。
それは。

「冗談じゃないッスよ・・・!」



メインエンジンを点火し、ゆりかごの「前部」へと衝突した「後部」、そして衝突の反動によって弾き飛ばされる「前部」、双方の巨体だった。



「そんな・・・完全に割れているのに・・・!?」
「・・・こいつ、戦艦のゾンビッスか? 流石にもう笑えないッスよ!」
『一尉、ウェンディ! 無事か!?』

異常な状況に混乱する2人の脳裏へと、チンクからの念話が飛び込む。
焦燥の滲むその思念に対し、2人はほぼ同時に答えを返した。

『チンク姉、無事ッスか!?』
『チンク、そちらの状況は!?』

すぐさま、チンクからの返信が入る。
しかしその思念は、やはり隠し様もない焦燥と混乱とに満ち満ちていた。

『くそ・・・気付くのがもう少し遅ければ全滅していた! 突然、ゆりかご「後部」が突進してきたんだ! 負傷者が4名、衝突面に巻き込まれた! あれでは・・・』

念話が、唐突に途絶える。
同時に周囲へと轟き始める、不気味な炸裂音。
何事か、と周囲を見回す2人の脳裏に、再びチンクからの念話が飛び込んだ。

『聞こえるか・・・一尉、ウェンディ、応答を!』
『チンク、何があったの?』

瞬間、2人の頭上より轟音が響く。
彼女達が反射的に視線を跳ね上げると同時、チンクが状況の更なる悪化を告げた。



『ゆりかご「前部」・・・兵装が稼動を始めた! 全兵装、オンライン!』



その言葉を聞き終える前に、なのはとウェンディは全速力でその場を離脱する。
直後、彼女等が身を置いていた空間を、無数の光弾が貫いた。

「な・・・!」

2人の視線の先、ゆりかご「前部」。
それは、衝突のエネルギーとブースターの推進力を用い、ほぼ垂直に90度回転。
艦首を2人の方向へと向け、艦体上部に配置された魔導兵器及び質量兵器を乱射していた。
辛うじて射角外へと逃れる事に成功した2人であったが、次いで飛び込んだ攻撃隊からの警告に、自身等が未だ危機を脱してはいない事を理解する。

『ゆりかご「後部」、再突撃! 回避!』

2人の視界、その端へと映り込むゆりかご「後部」の巨体。
断裂面を進行方向へと向け、メインエンジンの大出力を以って高速で突撃してくるその艦影を捉えるや否や、2人は死に物狂いで宙を翔け、攻撃隊との合流を目指す。
そして数秒後、巨大な衝突音と衝撃波が、背後より彼女等を襲った。
またも吹き飛ばされる2人。
それでも体勢を立て直し飛翔し続けた結果、彼女等は数十秒後に攻撃隊生存者との合流を果たす事ができた。
数を減らした負傷者と戦闘継続可能な隊員達は皆が皆、蒼白な面持ちで2人を迎える。
彼等は2人が無事に帰還した事に対する喜びを口にするでもなく、ただ沈黙のままにその背後を見据えていた。
なのは、そしてウェンディもまた、自身の背後で起こっている事態を突如として轟いた爆音から察し、戦慄をその表情へと浮かべつつ後方へと振り返る。

「・・・次は、何?」

爆発。
なのはの視線の先、攻撃隊の目前で、「前部」と接触した「後部」上方が内部より爆発し、その構造物の大部分を吹き飛ばしていた。
無数の破片が攻撃隊を襲い、しかし片端から射撃魔法により迎撃されてゆく。
漸く破片の飛来が収まった頃、ゆりかご「後部」は劇的なまでにその姿を変えていた。

「あれは・・・?」
「・・・何のつもりだ、化け物が」

上部構造物の殆どが消滅し、内部へと大きく陥没した異様な全貌を曝す「後部」。
その巨体の影から、メインエンジンの青白い光とは異なる、真紅の光が漏れ出している。
徐々に光度を増すそれは、やがて同色の光弾による周囲への無差別攻撃を開始した。
その光弾の数、もはや人間の認識が及ぶものではない。
壁としか云い様のない密度を以って放たれる弾幕は、R戦闘機を追う機動兵器群、衝突により離れ行く「前部」、果ては光弾を放つそれを搭載する「後部」自体をも破壊しつつ、あらゆるものを排除すべく空間を埋め尽くす。
そして、3度「前部」と「後部」が接触し、それらの角度に変化が生じた瞬間。
攻撃隊は、光弾を放ち続けるそれの正体を目の当たりにした。

ほぼ立方体の形を取る、真紅の光を内包した巨大な結晶体。
本来は強固な防御区画に護られていたであろうそれは、今やその全貌を外部へと曝し、外敵は疎か自身を内包する構造物に対してまでも破滅を齎す、完全な殲滅機構と化していた。
古代ベルカの民が生みし、究極の質量兵器「聖王のゆりかご」。
その巨躯へと膨大な量の魔力を供給する心臓、ゆりかごを究極たらしめる力の集束体。
本来ならば決して、敵に対する攻撃手段とはなり得ない、なる筈のない機関。



ゆりかご「駆動炉」。



「自分から心臓部を曝すなんて・・・まともじゃない!」
「まともな戦艦は真っ二つになった時点で轟沈してるさ! あれはもう戦艦ですらない!」
「ゆりかご、発砲!」

攻撃隊員達が口々に罵倒の言葉を叫ぶ中、4度目の接触を起こした「前部」及び「後部」は其々、艦体上部と駆動炉を攻撃隊へと向け、質量兵器と光弾の弾幕を放つ。
轟音と共に空間を貫くそれらを、攻撃隊は各々が出し得る最高の速度を以って飛翔し回避。
しかし「前部」が更に回転し、その断裂面が攻撃隊へと向くや否や、隊員の1人より警告が飛ぶ。

『砲撃、来るぞ!』

攻撃隊の方角から見て、上下真逆となった異形。
その胸部より黄金色の球体が覗き、周囲には虹色の魔力光が吹き荒れている。
直後、散開した攻撃隊の間を突き抜ける様にして、虹色の大規模砲撃が空間を貫いた。
回避行動も空しく、1人が砲撃範囲外への離脱叶わず、光の奔流へと呑み込まれる。
肉体がデバイス諸共に消滅し、砲撃跡には僅かな虹色の魔力残滓のみが残された。
残存攻撃隊員、11名。

「くぅ・・・!」
『駄目だ! 一尉、此処は退こう! このままでは全滅だ!』

隊員からの念話に、なのはは判断を余儀なくされる。
飽くまで戦闘を継続するか、この場を脱し安全圏へと退避するか。

この場に残れば?
恐らくはそう遠からぬ内、高密度の弾幕と砲撃により全滅する事となるだろう。
魔導・質量兵器を満載した「前部」と、暴走する駆動炉を搭載した「後部」、そして「前部」断裂面へと露出した異形。
これらを同時に相手取り、生還する術など想像も付かない。

では、退却を選べば?
先ず、何処へ逃げるというのだ?
周囲の広大な空間には、無数の次元航行艦が漂っている。
上手くいけば、それらを盾に離脱する事ができるかもしれない。
しかし同時に、それらの機能がオンラインにならないとも限らないのだ。
第一に、ゆりかごの攻撃を掻い潜って遠距離へと脱する事、それ自体の成功が疑わしい。
一体、どちらの選択こそが最善なのか?

「どうする、一尉?」

傍らより、チンクが問い掛ける。
すぐには答えず、なのはは視線の先に集束する虹色の光を見据えた。
そして数秒後、遂に彼女は決断する。

「・・・撤退します! 次の砲撃を回避後、後方の次元航行艦へと向かって飛んで! 艦艇を盾に、この空間を離脱します!」

異形の胸部装甲が解放されると同時、攻撃隊はなのはの指示を実行した。
散開し砲撃を回避するや否や、後方へと飛翔を開始。
「AC-47β」より齎される魔力の幾許かを自らのリンカーコアへと供給し、出し得る限りの速度を以って次元航行艦を目指す。
後方からの追撃はない。
このまま離脱できるか。

『振り返るな、飛べ!』
『行け、行け、行け!』

飛行速度の遅い者、「AC-47β」によって飛行が可能となってからの時間が短い陸士などの3名には、高速飛行可能な者が2人ずつ飛行補助に就く。
結果として時速200kmを超える速度での移動を可能とした攻撃隊であったが、翔けども翔けども目標艦艇へと辿り着けない。
実際にはかなりの速度で近付いているにも拘らず、既に数十分も飛翔している様な感覚に襲われるなのは。
しかも2つに割れているとはいえ、其々の全長が優に3kmを超えるゆりかごである。
その巨体から見れば、時速200kmばかりの速度で飛翔する魔導師の一団など、地を這う蟻に等しいだろう。
それでも漸く、目標艦艇まで数kmの位置にまで接近する事に成功した、その時。



『A dimension quake is detected! Evade!』



レイジングハートが警告を発すると同時、目標艦艇が爆発した。

「・・・ッ!」

襲い掛かる衝撃波と炎熱に、なのはは満足に悲鳴を上げる事もできずに吹き飛ばされる。
やや後方を飛んでいたウェンディと隊員の1人が彼女を受け止めたものの、3人はそのまま制御を失い数百mに亘って無重力空間を舞った。
暫しの後に漸く体勢を立て直し、衝撃に霞む視界もそのままに目標艦艇を探すものの、その艦影は忽然と消え失せている。
奇妙な事に、十数秒前に視界を埋め尽くしていた筈の爆炎も艦艇の破片も、その一切が消失し、無だけが空間を支配していた。
其処で漸く、なのはは目標艦艇爆発の直前に発せられた、レイジングハートからの警告へと思い至る。

「次元・・・震・・・?」

背後へと振り返るなのは。
ゆりかご「前部」は、ゆっくりと垂直方向へ回転している。
「後部」は艦底をこちらへと向けたまま、特に動きはない。
しかし数秒後、その陰より禍々しい真紅の光が漏れ出す。
光は際限なく膨れ上がり、やがてゆりかごの2つに割れた艦影すらをも呑み込まんとした頃。



「前部」艦首が閃光を発し、同時に周囲の艦艇が次々に爆発、四散した。



「な・・・!」

驚愕と共にその光景を見つめるなのは、そして攻撃隊員。
彼等の視線の先では爆発した艦艇群の破片と爆炎が、視認すら可能なまでに具現化した空間歪曲へと呑み込まれ、消滅してゆく。
何が起きているのか、それを理解したなのはの隣で、チンクがその思考を代弁した。

「次元跳躍攻撃・・・こんな至近距離で・・・!」

呆然と周囲を見やる間にも、次元震は続々と周囲の艦艇群を破壊してゆく。
ひとつの次元震が収束するや否や、新たな次元震が発生。
既に周囲の空間は、常時40を超える数の次元震が絶えず発生し続け、汚染艦艇群すら無差別に消滅してゆく危険空域と化していた。
次元震発生の間隔は衰える事なく、そればかりか徐々に時間を短縮すらしている。

これが、これこそが。
古代ベルカが生みし、禁断の質量兵器。
「聖王のゆりかご」が秘めし真の力、「戦船」の真の姿か。

「危ない!」

意識すら引き裂かれんばかりの異音。
脳髄を揺さ振る高音は、至近距離にて空間歪曲が発生した事を示す。
辛うじて影響範囲からは外れていたらしいが、攻撃隊員は一様に肝を冷やした。
即座に隊員の1人が、数分前に発せられたなのはのそれとは相反する指示を飛ばす。

『戻れ! ゆりかごから距離を離すと危ない! 次元跳躍攻撃の最小射程より内に入るんだ!』

反論の声はなかった。
このままゆりかごより距離を取り続ければ、次元跳躍攻撃の最小射程内へと到達してしまう。
先程とは反対に、攻撃隊は必死にゆりかごへと追い付くべく宙を翔けた。
しかし。

「・・・ッ! こっちの思惑はお見通しか・・・!」
『畜生、離されるな! これ以上距離を取られたら死ぬぞ!』

そんな彼等の行動は予測済みであったのか、ゆりかごは「前部」及び「後部」共に、其々メインエンジンと補助ブースターにより、攻撃隊とは反対の方向へと加速を始めたのだ。
双方の距離は縮まる事なく、それどころか攻撃隊は徐々にゆりかごから引き離されてゆく。

『速い・・・!』
『後方、次元震接近! 影響範囲到達まで70秒!』

隊員からの念話に後方を見やれば、その言葉通り次元震が徐々に接近してきているではないか。
虚数空間より零れ出す異様な光と、歪んだ空間場景が迫り来る様に、なのはは脊椎を氷の手によって掴まれたかの様な錯覚を起こす。
同様に後方を振り返っていたウェンディが表情を青褪めさせ、なのはと共にチンクの身体へと回していた腕により一層の力を込めると、更にランディングボードの速度を上げた。
同じくチンクの飛行補助に付いているなのはもまた速度を上げ、攻撃隊はゆりかごから距離を取る際、それ以上の速度を以って濃紺青の艦体を目指す。
だが、間に合わない。

次元震が迫る。
悲鳴。
微かに漂っていた艦艇の破片が、空間歪曲に飲み込まれる。
その距離、後方僅か300m。
更に速度を上げる。
しかし、ゆりかごもまた加速。
背後より迫る次元震の接近速度が、更に跳ね上がる。
影響範囲到達まで200m。
ゆりかご「前部」より光学兵器、「後部」駆動炉より光弾、飛来。
簡易砲撃魔法、5発。
弾雨の壁を貫き、攻撃隊の道を切り開く。
影響範囲到達まで100m。
「前部」及び「後部」衝突、「前部」断裂面が攻撃隊へと向く。
2秒後、砲撃。
攻撃隊、散開によりこれを回避するも、飛翔速度は大幅に低下。
影響範囲到達まで50m。

「駄目・・・!」

これ以上の加速は不可能だ。
迫り来る空間歪曲を振り返りつつ、なのはは自身の胸中を絶望が覆い始めた事を自覚する。
最早、打つ手はない。
見れば、ウェンディやチンク、他の隊員も同様の認識らしく、恐怖と諦観の入り混じった表情を浮かべていた。
そうして遂に、万物を虚数空間へと誘う奈落の穴が、魔導師達を捉えんとした、その時。
レイジングハートが三度、警告を発した。
次元震の接近とは異なる、異常な警告。



『Warning! A high energy reaction is detected! It distinguished from the nuclear fusion reaction!』



瞬間、ゆりかごの更に前方、闇に閉ざされた空間にて、轟音と共に光が爆発する。
脳髄による精確な理解が全くできない、異常な音。
次元跳躍攻撃のそれとも異なる、人間の意識には決して解析できない異音。
しかし、唯ひとつ。
唯ひとつだけ、理解できる事がある。

あれは「破滅」の音だ。
「破滅」そのものが放つ、魂それ自体をも侮辱し破壊する、虚無の音だ。
あれの発生源に近付く事は、それ即ち存在の「消滅」を意味する。

青白い雷光と爆発が、2つに割れたゆりかごを単なる漆黒のシルエットと化した。
余りにも巨大な青き爆発は、周囲に残る艦艇を次々に呑み込み、その悉くを消滅させてゆく。
爆発はひとつではなく、広範囲に亘り連鎖的に発生しているらしい。
約4秒間に亘り続いたそれは、発生時と同じく唐突に収束した。

「な・・・今のは・・・!?」
「核融合・・・ですって・・・?」

呆然と呟くなのは、そして隊員。
彼等の視線の先では、ゆりかごがその艦体各所より爆炎を噴き上げ、質量兵器と光弾の弾幕を周囲へと展開しつつ急激な戦闘機動を開始している。
「前部」及び「後部」が互いに接触を繰り返しつつ、何かから逃れようとするかの様にあらぬ方向へと進路を変更。
気付けば、攻撃隊へと迫っていた次元跳躍攻撃までもが、何時の間にか完全に停止していた。
そして、その殲滅行為を為した存在は、レイジングハートからの4度目の警告と共に姿を現す。

『Annihilation that all reactions of Mobile Arms disappear』
「殲滅された!? あの機動兵器群が!?」
「一尉、あれを!」

ゆりかごの向こう、闇の中より現れ出でる、白き影。
過度な進化を遂げた科学技術と、未知なる強大な存在への恐怖から生み出された、狂気の翼。
鈍いオレンジの光を放つ球状兵装を機首へと接続し、高速にて割れた艦体へと突撃する、忌まわしき質量兵器。

「R・・・戦闘機!」

攻撃隊が行動を起こすより遥かに早く、R戦闘機はゆりかご「前部」へと肉薄、フォースより十数発の弾頭を発射する。
それらはゆりかご外殻へと接触すると同時、炸裂する無数のエネルギー爆発と化して上部14箇所の砲門を破壊し尽くした。
速度を緩めぬまま外殻に沿って飛び続け、断裂面へと至るやミサイル2発を同時発射。
発射直後に急激な方向転換を行ったミサイルは、そのまま断裂面に佇む異形の頭部へと着弾。
僅かに残った装甲が跡形もなく吹き飛び、膨大な量の赤い血が噴き出すと同時、異形の絶叫が空間へと響き渡る。

更にR戦闘機はフォースを射出、「後部」駆動炉へと直撃させた。
フォースは駆動炉へと激しく衝突、その強固な結晶体へと罅を刻む。
直後、フォースと駆動炉の双方から、凄まじい弾幕が放たれ始めた。
零距離より駆動炉へと猛烈な連射を叩き込むフォース、抗うかの様に真紅の弾幕を以ってフォースを呑み込まんとする駆動炉。
一切の防御行動が存在しない熾烈な衝突はしかし、フォースが赤い光を放った事で唐突に終わりを告げる。
急激な機動で駆動炉より離れ、「後部」の周囲を旋回するR戦闘機の許へと飛翔するフォース。
先程とは異なり赤い光を纏ったそれには、損傷らしき損傷を負った形跡すら無い。
対照的に駆動炉は、結晶体の表面へと無数の罅を走らせ、内部よりガス状の高圧縮魔力を漏出させていた。

「一尉、好機だ!」

呆然と、R戦闘機とゆりかごの交戦を見やっていたなのはは、横合いより掛けられたチンクの声に我へと返る。
見れば、彼女とウェンディ、そして攻撃隊員の殆どがデバイスを構え、攻撃の体勢へと入っているではないか。
なのはは瞬時に彼等の言いたい事を理解し、レイジングハートを構えると同時に宣言する。

「・・・総員、突撃!」

その言葉が放たれると同時、魔導師達は雷管に撃鉄を打ち込まれた弾丸の如く、弾かれた様に目標へと向かって飛び出した。
ゆりかごはR戦闘機との交戦に全力を注いでいるのか、接近する攻撃隊への迎撃を行う様子はない。
狙うは「後部」、傷付いた駆動炉。

「構えてッ!」

そして、遂に。
遂に彼等は、真紅の結晶体を射程へと捉えた。
R戦闘機は「前部」と交戦中、当の「前部」は補助ブースターを破壊され、最大の打撃力を有する異形を攻撃隊へと向ける事ができない。
砲撃魔導師が集束砲撃の準備へと入り、他の魔導師が防御体勢へと移行する。
駆動炉は彼等を排除すべく、これまでを超える密度にて弾幕を形成。
重い振動音と共に、空間に赤いカーテンが出現する。
発射弾数が多過ぎるだけでなく発射点との距離が近い為、光弾と光弾の間隙が見えない。
しかし魔導師達は、ほぼ完璧とも云える連携によって強固な防壁を築き、その全てを遮断する事に成功していた。
それでも次々に粉砕されゆく複数の結界を見やりつつ、なのはは集束を終える。

「これで・・・終わらせるッ!」

5名の砲撃魔導師。
なのはの5つを含め、総数18もの魔法陣と魔力集束体が解放の時を待ち望み、その暴発せんばかりの魔力の矛先を駆動炉へと突き付けていた。
やがて、駆動炉より放たれる弾幕を受け止めていた結界が、最後の2つを残して消滅する。

「スターライト・・・」

更に1つが消滅し、駆動炉が更に輝きを増した。
内部にて暴走する魔力に耐え切れないのか、結晶体は徐々に崩壊を始めている。
しかし、このまま自然崩壊を待つつもりなど、攻撃隊には欠片もありはしなかった。

「ブレイカー!」

そして遂に、光は解き放たれる。
ゲインズとの戦闘では放たれる事のなかった、5名の砲撃魔導師による全力での集束砲撃。
弾幕を掻き消し、空間に存在する全てを呑み込みながら結晶体へと直撃する18条の光。
それらは結晶体の罅を突き破り、内部の魔力集束体へと突き立つ。
瞬間、暴力的としか云い様のない圧力が砲撃を押し返し、一瞬ながらなのはを怯ませた。
しかし彼女は、そして4名の砲撃魔導師達は、すぐさまトリガーボイスを紡ぐ。
全ては目前の脅威を打倒する為、古より蘇りし亡霊、憐れなる船を冥府へと葬り去る為。

「ブレイク・・・」

希望の、正義の光は放たれた。

「シュート!」



そして、絶望と憎悪の光もまた、同時に。



「ぎッ・・・ああぁああぁぁぁッ!?」

轟音。
視界を埋め尽くす、虹色の光。
全身を焼く魔力の熱に、なのはは絶叫した。
腕を誰かが掴んでいる様に感じたが、それすらも夢か現か判然としない。
何が起こっているのかは理解できないが、やがて回復した視界へと映り込んだものが何かは、辛うじて認識できた。



駆動炉を含め、構造物の殆どが消滅したゆりかご「後部」。
そして直上よりそれを見下ろす「異形」。
巨大な赤と碧のオッドアイが、冷然となのはを見下ろしていた。

そして彼女は、意識が完全に覚醒すると同時に、更なる絶望を目撃する。
それは、異形の全貌。
安穏なる「ゆりかご」より完全に剥離したそれは、常軌を逸した狂気そのものの造形を現していた。

四肢が存在しないと思われたそれは、胴部と同色の装甲に覆われた左右一対の巨大な腕部、そして節足動物を思わせる無数の体節と腹脚を併せ持った下半身を備え、轟然と無重力空間を漂っている。
下半身の全長は70mにも達するだろうか。
腹脚の数は最早数え切れず、それらが忙しなく蠢いては体節を上下左右へと揺らしている。
そして、それら体節の間隙より、血液の飛沫が噴き出すと同時。
解放と真の生誕に、異形は歓喜と怨嗟の咆哮を上げた。



未完の悪夢が、9年の時を経て蘇る。

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最終更新:2015年10月26日 07:33