銃声に次ぐ銃声。
薄闇の中より迫り来る異形の影が、その奇怪な形状の頭部へと銃撃を受け、苦痛による絶叫を上げる。
その更に後方よりもうひとつの影が現れるが、頭部やや右側面へと銃撃を受け、傷を庇う様に右へと回頭。
しかし直後、今度は頭部左側面の視覚器官らしき部位へと連続して3発の銃撃を受け、こちらも絶叫を上げつつ銃撃から逃れようと回頭を続行する。
そして前後2体、異形の影が重なった瞬間、1発の多重弾殻魔導弾が両者の頭部を撃ち抜いた。
巨大な爪が上部構造物より離れ、緑の蛍光色を放つ体液を周囲へと撒き散らしつつ、力なく落下しゆく2体の異形。
それらが暗く淀んだ水面へと叩き付けられ、暗黒の水底へと沈みゆく様を見届けた後にディエチは一言。

「・・・凄い」

ただ1発の砲撃さえ放つ事のなかったイノーメスカノンの砲口を下ろし、半ば呆然と呟いた。
彼女の数m横では、先程の銃撃の主であるヴァイスが射撃体勢を解き、ストームレイダーを手に周囲へと視線を走らせている。
やがて、周囲に敵影が存在しない事を確認したのか、彼はディエチへと歩み寄りつつ呟いた。

「ツイてないな。よりにもよって陸戦型、しかも機動性ほぼ皆無の2人が」

一旦、言葉を止め、もう一度周囲を見渡す。
漆黒の闇の中に、照明により施設の全貌が浮かび上がっていた。
人工地下水路に面した小規模輸送物資集積施設。

「空戦魔導師と逸れた上、同じ場所に転送されちまうとは」

そして言葉を続け、溜息を吐く。
ディエチは言葉もなくそんな彼を見つめていたが、やがてこちらも溜息をひとつ、感嘆の念と若干の呆れを込めて声を発した。

「・・・あれだけ巨大な生命体を11体も、しかも接近すら許さずに射殺できる貴方が、それを問題にするんですか?」

その言葉にヴァイスが肩を竦めるが、ディエチとしてはそれが偽らざる本心である。
転送直後、未確認生命体による上方からの襲撃を受け、即座に反応・迎撃を行ったヴァイス。
1体を撃破するや否や、地下水路の奥より迫り来る生命体への群れに対する狙撃を開始、ディエチがISヘヴィバレルによるイノーメスカノンへのチャージを終える猶予すら与えず、瞬く間に殲滅。
その間、僅か1分足らず。
「AC-47β」による魔力増幅の結果、弾体形成時の集束所要時間短縮により速射性が向上している事実を考慮に入れても、異常としか云い様のない腕前である。
牽制として放った魔導弾により生命体の行動を制限・誘導し、射線上に複数体が重なった瞬間に高圧縮多重弾殻魔導弾を撃ち込んで止めを刺す。
戦闘機人たる自身であっても容易ではない一連の過程を、この短時間に5回に亘って繰り返し、しかし微塵の疲労も窺わせる事のないこの人物。
旧機動六課に於いてはヘリのパイロットを務めていたという話ではあったが、その狙撃手としての腕はディエチから見ても遥かな高みにあった。

そして狙撃の腕だけではなく、魔力による弾体形成技術も相当なものだ。
保有技能は高速直射弾形成及び多重弾殻射撃のみであるとの事だが、しかし弾体毎の魔力圧縮率が尋常ではない。
単発の威力・貫通力だけに着目するならば、それこそ並みの集束砲撃魔法すら凌駕する程の高圧縮魔導弾。
非殺傷設定という縛めより解き放たれたそれらが、全長10mを優に超える異形の生命体を次々に射殺してゆく様は、何処か薄ら寒いものをすら感じさせる。

もし2年前、この男性と戦う事となっていたならば。
同じ狙撃手としての立場から、銃火を交えていたならば。
敗れていたのは、恐らく自分。
一方的に狙撃され、自らが敗れた事にも気付かずに、戦線から退く事となっていたに違いない。

そして、オーバーSランク相当の砲撃と、Bランク魔導師による直射弾。
常であれば考えるまでもなく砲撃が勝るであろうが、この男性の放つ銃弾はその常識を覆す。
単発の弾体としては考えられないまでの魔力密度、それに伴う弾速・貫通力。
こちらと正面から撃ち合ったとして、恐らくは砲撃の中心を貫き突破してくるであろう、緑光の銃弾。
射程・速射性・精密性・威力、いずれの面から見ても、自身からすれば高町 なのは以上に分が悪い相手だ。
それは高町 なのはにとっても同様である筈で、移動しつつ使用できる長距離攻撃魔法を有していない以上、防御をほぼ無効化できる弾体による狙撃を駆使するこの男性は、エースオブエースを墜とし得る数少ない人物の1人であるといえるだろう。
魔導師ランク、そして魔力保有量が全てではない、実戦の恐ろしさを体現するかの様な存在である。

「しかし・・・何だ、コレ?」

思考に沈むディエチを余所に、当のヴァイスは集積区のほぼ中央、転送直後に射殺した未確認生命体の死骸へと歩み寄り、銃口でそれを指した。
ディエチもまた死骸へと目をやり、蛍光色を放つ体液に沈む異形の全貌に眉を顰める。

胴部全長、凡そ10m。
4mを超える巨大な前脚。
背面に浮き出した、人間の肋骨にも似た骨格。
胴部へと覆い被さる様に伸びた、ほぼ同じ全長の巨大な頭部。
無数の複眼が寄り集まった、何処か幾何学的な模様にすら思える視覚器官。
全体を覆う部位の無い口部に、ずらりと並んだ巨大な歯牙。
全身の複数箇所に埋め込まれた、鈍色の光沢を放つ機械部品。

「これが、汚染体・・・?」
「だと思うんだがなぁ・・・」

嗅覚を苛む異臭に顔を顰めつつ、2人は注意深く死骸の観察を始めた。
とはいえ、生物学の専門家でもない2人に詳細な分析などできる筈もなく、外観から探れる事は探ろうという程度のものである。
しかし彼等の予想に反し、然程に時間を掛ける事もなく、複数の異常な点が浮かび上がった。

光沢がありながらも、腐乱した死体の様な色の外皮。
前脚と比較して、余りにも小さ過ぎる後脚。
胴部下方へと折り畳まれた、無数の副脚。
如何なる目的かも判然としないながら、しかし完全に生体組織と融合した機械部品。

「人工生命体・・・?」
「・・・汚染体だろ? そんなもの、誰が弄るっていうんだ」
「でも、このインプラントは・・・」

戦闘機人と同じ、機械部品による生体強化ではないのか?
そう言い掛けて、ディエチは云い様のない嫌悪感を覚えた。

自分と、この化け物が同じ?
冗談ではない。
死人の肌の様な外皮を纏い、異臭を放つ粘液に塗れた蟲か爬虫類かも判然としないこの生命体が、強化されているとはいえ人としての意思と肉体を併せ持つ自身ら姉妹達と同類である筈がないではないか。
自らの思考を、理性と感情の両面から否定するディエチ。
彼女の内面にて沸き起こる葛藤に気付く事もなく、ヴァイスは死骸の各部より覗く機械部品へと顔を近付け、呟いた。

「・・・どうも端から移植を目的として製造された物じゃないらしいな。ほら」

ヴァイスに促され、ディエチもまた死骸の一部へと顔を寄せる。
生体組織の合間から覗く機械部品の表面には、僅かな錆と黒い油、そしてミッドチルダ言語の羅列があった。
その文字列を目で追い、彼女は訝しげに声を発する。

「LD-3304・・・加重限界5000kgまで・・・?」
「はっきりとは解らないが・・・これ、汎用ロボットアームか何かの部品じゃないか? 骨格の間にあるやつは多分、小型水上船のシャフト基部だ。それもかなりボロボロ、ゴミ同然のやつ」
「廃棄物を取り込んでいる・・・?」
「多分な」

言葉を返しつつ、ヴァイスは死骸の後方へと回り込んだ。
ディエチは前方へと歩を進め、改めて後部に並ぶ歯牙へと注目する。

やはり、似ている。
遥かに巨大ではあるが、この汚染体らしき異形の歯牙は、人間のそれと余りにも酷似しているのだ。
何らかの原住生物を基に発生した事は疑い様が無いが、しかし此処まで人類に酷似した歯牙を有する生物が、果たしてこの隔離空間内へと取り込まれた世界のいずれかに存在していただろうか?



まさか。
まさか、この生命体は。
この汚染体の素体となった「生物」とは。



「おい、大丈夫か?」

掛けられる声に、ディエチはふと我に返った。
目前には、何処か気遣わしげな表情のヴァイスの顔。
思わず後退り、意味の無い声を洩らしてしまう。

「あ・・・え?」
「何か思い悩んでいたみたいだが・・・問題ないか?」
「あ、はい・・・」

何とか答えを返すディエチ。
そんな彼女の様子に未だ納得しかねているらしきヴァイスであったが、ややあってディエチに背を向けると、何処かへと向けて歩み始めた。
戸惑うディエチに、次の行動を促す声が掛かる。

「取り敢えず、此処の管制ログを調べてみようぜ。此処の連中が何処に消えたのか、って事だけでも明らかにしなきゃあな」

言いつつ、ストームレイダーの銃口を管制塔へと向けるヴァイス。
その言葉に納得し、ディエチもまたイノーメスカノンを担ぎ直し歩き出す。
管制塔まではそう距離がある訳でもなく、数分で到達できるだろう。
巨大なコンテナの間を歩きつつ、2人は現状についての意見を交わし合った。

「しかし、本当に人っ子1人居やしねぇ・・・この1ヶ月の間に、何があったんだ?」
「まず此処が何処の世界かも判りませんし・・・少なくとも第61管理世界ではなさそうですが」
「隔離空間内のどれかではあるんだろうけどな。まあ、それもログを見れば判るだろ。ついでに此処で何があったのかも」
「・・・あまり良い事態ではなさそうですが」

唐突に足を止め、コンテナが積み重なる集積区の一画を指すディエチ。
同じく足を止めたヴァイスも、それを目にするや否や諦観の滲んだ溜息を吐く。

「・・・納得」



2人の視線の先には、数十個の潰れたコンテナと無数の車両、そして夥しい量の血痕が残されていた。



「・・・10人や20人じゃないな。100人・・・いや、それ以上か」
「抵抗した形跡が無い・・・一般人だった様ですね」

完全に圧壊した自家用車及び輸送車両、コンクリート舗装面に撒き散らされた黒ずんだ液体の染み。
それはこの場所に於いて、凄惨な殺戮が繰り広げられた事実を示していた。
既に相当の時間が経っているのか、本来ならばこの場に漂う筈の鼻腔を突く鉄の臭いも、既に掻き消えている。
臭いだけではない。
本来ならば此処に存在する筈のものが、1つとして見当たらないのだ。

「死体は・・・?」

「死体」が無い。
犠牲者達の亡骸だけが、忽然とこの場より消え失せている。
圧壊した車両の隙間を覗いても、人体の欠片すら見付ける事はできなかった。

「捕食されたのでしょうか?」
「・・・ま、全滅したと決まった訳じゃない。生存者が居るかどうかも調べりゃ判るだろ」

再び歩き出すヴァイス、そしてディエチ。
やがて管制塔へと辿り着いた2人は、コンソールを操作し過去1ヶ月のログを確認。
表示される記録は、そのいずれもが絶望的な状況を物語っていた。

第151管理世界、総人口4900万のこの世界を襲った惨劇。
人工衛星の消失より始まった一連の事態は、生態系の激変という通常では考えられない現象へと加速し、遂には地表域に於ける次元断層の連続発生による他世界との空間干渉及び接続という、最悪の事態が発生。
電子制御系の暴走、電力供給用魔力炉の爆発、変異生態系による都市部への生体汚染拡大。
都市及び主要施設間の長距離移動は不可能となり、各地では集団消失現象が多発、逆に他世界の住民が突如として出現する事態も発生し、既に隔離空間内に於ける各世界の区別は無きに等しいとの事。
地上にて観測された人工天体は日を追う毎に巨大化し、それが各世界の人工建造物を取り込んで形成されている事が判明した数日後には、この施設までもがその天体内へと転移していたのだという。
つまり此処は人工天体の複合建造物内部であり、既知の座標は機能しない。
次元間転移事故被災者を保護し、調査隊を編制して施設周囲の調査を行ったものの、その殆どが行方不明となってしまう。
更には未知の生命体群により度重なる襲撃を受け、6度目の交戦では集積区の車両内にて生活していた206名の被災者が全滅する事態となった。
そして遂に、戦闘可能な魔導師が10名を切る状況へと至り、遂には施設の放棄を決定。
地下水路を8kmほど進んだ地点に発見された、廃棄物処理場への移動を敢行。
汚染物質の流出を避ける為の多重隔壁と強固な施設外壁を頼りに、管理局の救出部隊が駆け付けるまでの篭城戦を行うとの事。
幸いにして輸送用小型次元航行艦2隻を確保できた為、艦体ごと処理場内部へと侵入し汚染を避ける事ができる。
食料も1ヶ月分は貯蔵があり、救出部隊の到着までは耐えられると判断したらしい。
最後に、施設を訪れるであろう管理局部隊へのメッセージを残し、ログは途絶えていた。

「廃棄物処理場・・・」
「嫌な予感しかしないな」

ログの確認を終え、溜息を吐く2人。
一連の事態による被害は、管理局の予想を遥かに上回っていた。
この状況では、現時点に於いて要救助者の何割が生存している事か。

「・・・取り敢えず行ってみるか。御誂え向きにボートもある」
「でも、ヴァイス陸曹。このログ・・・」
「解ってる」

そして、常軌を逸した数々の現象が綴られるログの中、明らかに際立って異常と解る2つの記録。
人工天体への転移直前、そして転移6日後。
他の現象とは異なる、奇妙な記録。

「俺達や汚染体以外にも、招かれざる客が居るみたいだな」

そう言うと、ヴァイスはコンソールへと背を向けた。
ディエチもそれに倣う。
要救助者が存在しない以上、此処に留まる意味は無い。
入手した情報に基づき、彼等が身を潜めているであろう廃棄物処理場へと向かうだけだ。

管制塔を出る2人の背後、コンソールの僅かな明かりだけが、無人の室内を淡く照らし出す。
モニターに表示された無数のログの中、2つの記録だけが他とは異なる赤い色を放っていた。



「77.12.22 施設地上部より緊急連絡。2251時、東部地平線に複数の強烈な閃光を確認したとの事。直後、震度6相当の揺れを感知。2時間後、隣接する管理局拠点より入電。首都方面にて高濃度の放射能検出との事。警報発令。地上部より職員を退避させ、隔壁を封鎖」

「77.12.28 調査隊、水路内にて所属不明の小型船艇と遭遇。接触を試みるも、不明生命体群の襲撃を受け交戦。戦闘中、所属不明船艇は質量兵器と、複数の小型無人兵器を用いていたとの事。
戦闘終了後、船艇は高速にて当該域を離脱。船体が宙に浮いていた事から、反重力駆動方式と推定」

*  *


金色の閃光が空間を薙ぎ、異形の頸を切り飛ばす。
瞬間、宙を翔ける漆黒の影。
降り注ぐ血の雨をも掻い潜らんとするかの如き速度で突き抜けたそれは、上方へと6つの光弾を放つ。
遥か上方へと撃ち上げられたそれらは放物線を描き、一拍の後に砲弾の如く汚染生命体群の頭上へと降り注いだ。
連なる6つの爆発音、そして無数の絶叫。

『DOSE 50%』

粉塵と血煙の中から、数体の異形が血液を振り撒きつつ金切り声と共に影へと突進を開始する。
しかし、生存本能によって突き動かされるがままに開始された突進も、高速にて飛翔する影と擦れ違った、その瞬間に終わりを告げた。
閃光。
上下に二分される、13体の異形。

『DOSE 60%』

血が、内臓器官が、異形の体内に存在する無数の寄生体が、豪雨となって回廊へと降り注ぐ。
その惨状を尻目に、影は中空へと制止。
同時に巨大な魔法陣が展開され、黄金の光が周囲を埋め尽くす。
そして響くは、凍て付く感情を秘めし声。

『Phalanx Shift』
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

影の周囲へと浮かぶ、38の光球。
余りにも眩いその閃光に反応したか、薄闇の奥から無数の叫びと異音が多重奏となって空間へと響く。
蚊のそれにも似た羽音、無数の脚が擦れ犇く音、枯れ枝を踏み折る様な音。
闇より迫り来るそれらの一切を無視、影の腕はゆっくりとその先を指し。

「フォトンランサー・ファランクスシフト」

そして、トリガーを引いた。

「ファイア」

瞬間、全ての光球が射撃を開始する。
単発ではなく、連射。
全てを埋め尽くさんばかりの弾幕が、闇の先に犇く異形の群れへと襲い掛かった。
着弾、炸裂、絶叫、破裂音、水音、爆発音。
それら全てが混然となり、空間を支配する。
炸裂する光の中に浮かび上がる、焼かれ、貫かれ、引き裂かれ、打ち砕かれ、断末魔を上げる無数の生命体の影。
その光景を前にしながら、僅かながらの揺らぎも見せずに人形の如く佇む人物。
左手に携えられた、黄金の刃に雷纏う片刃の長剣。
刃の周囲を旋回する、一筋の赤い光。

『Caution. DOSE 70%』
「排出実行」
『Exhaust DOSE』

刃の付け根、歪に突き出したドラム型マガジンから、高圧蒸気にも似た圧縮魔力が噴出する。
響き渡る噴射音、約8秒間。
それが止んだ時、長剣は戦斧状の杖となって其処にあった。

『・・・ハラオウン執務官』
『汚染体は殲滅しました。前進します』

後方に待機するディードからの念話。
ただ簡潔に敵の殲滅完了を伝え、前進する旨を告げる。
彼女からの反論は、特に無い。
意見しても無駄であると理解しているのだろう。

XV級次元航行艦が余裕を持って通過できる程の、広大な金属回廊。
その壁面は得体の知れぬ生体組織に侵されており、鈍色の光を放つ壁面の隙間からは黒ずんだ肉腫が覗いている。
鋼鉄の殻に覆われた肉壁、その合間から無数の汚染体と思しき生命体が湧き出したのが数分前。
ディードの他にオットー、そして他の攻撃隊員4名が居たのだが、大群を相手取る戦いには不利と判断、生体組織による侵蝕の及んでいない区画にて待機させていたのだ。

『無理はなさらないで下さい。敵の力は未知数です』
『分かってる』

続くオットーからの念話に答えを返しつつ、彼女、フェイトは己がデバイスへと目を落とす。
バルディッシュ・アサルトフォームの側面、カートリッジシステムから突き出したドラム型マガジン。
それを見つめつつ、彼女は思考する。

ライオットブレードの状態でファランクスシフトを展開したというのに、違和感が一切存在しない。
身体への負担も、それ以上に魔力の消耗感すら感じられないという、異常な感覚。
魔力消費量が段違いであるライオットブレードを常時展開して尚、リンカーコアによる魔力素吸収速度が消費量を上回るという信じられない状態。
「AC-47β」。
あの憎むべきR戦闘機群によって齎された、禁断の技術。
次元世界の理を外れた、歪な技術体系によって構築された魔力増幅触媒。

「・・・大丈夫」

呟き、バルディッシュの柄を強く握り締める。
それは、自己に対する暗示だった。

これなら、勝てる。
必ず、必ず打倒できる。
忌まわしき漆黒の番犬、雷光を纏う悪魔の機体。

エリオを、キャロを、家族を取り戻し、脱出する。
そして、ユーノから四肢を奪った罪人に、然るべき報いを与えるのだ。
その為に、自身はこのシステムを受け入れた。
管理局の理念に相反する思想の下に生み出された技術、それを応用し構築されたシステム。
常ならば決して認めはしなかったであろうそれを受け入れた理由は、敵の強大さも然る事ながら、贖罪の意味合いもある。
自身が判断を誤ったが為に、ユーノの四肢、延いては幾多の可能性を奪ってしまった。
彼は今も意識の戻らぬまま、本局医療区の一画にて自らの生命を脅かす死の足音と戦っている。
自身が彼の為にできる事は、怨敵を打ち倒し、その報告を彼へと捧げる事だけだ。

フェイトには確信があった。
バイド鎮圧後、地球軍との交渉の場を設ける事を望む上層部。
彼等の見解とは異なる、独自の確信が。

22世紀の地球は、決して管理世界と同じテーブルに着く事はない。
感じるのだ。
あの漆黒の機体から、捕えられたR戦闘機パイロット達から。
管理世界の人間を、決して自らと同じ存在とは看做していない事を。
ケージ内のモルモット、或いは路傍の石を見るかの如き、無感動な視線を。

彼等が管理局に対し、積極的敵対行動を取る事はない。
彼等にとって、管理局には敵対する程の価値など存在しないのだ。
R戦闘機群が管理局部隊と遭遇したとして、あちらから戦闘を仕掛ける事はないだろう。
彼等は、管理局の一切を無視する。
目前で汚染体と魔導師が戦闘を行っていようと、彼等にしてみれば割り入るべき理由が存在しないのだ。
彼等が管理局部隊に対し戦闘を展開するとなれば、それはこちらから仕掛けた場合に他ならない。
本局及びクラナガンを襲撃した際とは異なり、既に彼等は十分な情報を得ているだろう。
こちらがバイドではないと知り得ているのならば、可能な限り交戦を避けようとする筈だ。
それは人道的な面からの配慮などではない。
不必要な戦力の消耗と、管理局による地球軍に対する情報収集を避ける為だ。
即ち、全ての行動が自らの生存の為であり、管理世界の人間に対する配慮の一切が欠落している。
彼等は未だに、こちらを「人間」であるとは捉えていないのだ。

恐らくは、義母や義兄も気付いている。
彼等の異質な認識、人間としての共通意識の欠落に。
地球軍にとって、管理世界の住人は「人」ではない。
だがそれは同時に管理世界の住人にとっても、地球軍を構成する人員は「人」ではないとの証明に他ならないのだ。
共存など以ての外、相互理解の構築など決して実現し得ない「未知」の存在。
ならば、自身がすべき事はひとつだ。

彼等の「本性」を暴き、管理世界全ての目前へと曝せば良い。
決して解り合えぬ存在であると、知らしめれば良い。
彼等の目的はバイドの「殲滅」。
管理局が「制圧」及び「確保」を目的として行動する限り、いずれは敵対する事となるのだから。
そして、その時こそ。



自らの雷光にて、漆黒の番犬へと「断罪」を下すのだ。



『ハラオウン執務官、応答を!』

突然の念話。
その焦燥を含んだ念に、フェイトは我へと返る。

『どうしたの?』
『回廊の奥から巨大な・・・巨大な浮遊体が、高速にて接近してきます!』

瞬間、フェイトはバルディッシュをライオットブレードへと変貌させた。
身を翻し、ディード等の待機地点へと向かうべく、高速で宙を翔ける。

『浮遊体の特徴は? 機械? 生命体?』
『何らかの機械です! 大きさは・・・15m!』

その報告に、フェイトは僅かに眉を顰めた。
敵が大き過ぎる。
15mといえば、R戦闘機以上の大きさだ。
クラナガンを襲った、ゲインズとかいう人型機動兵器だろうか?

『浮遊体、頭上を通過!』
『特徴は?』
『塗装は黄色、後部に重力制御機関らしき赤いコアを確認! そちらに向かいました!』

新たな報告も終わらぬ内、フェイトの視界に巨大な鉄塊が映り込む。
成程、黄色の塗装を施された全高15m、全幅9m程の浮遊体が、高速でこちらへと突進してくるではないか。
その速度は、並みの空戦魔導師に勝るとも劣らない。
ライオットブレードの柄を握り直し、フェイトもまた突進を開始した。

「はッ!」

裂帛の気合と共に、擦れ違い様に一閃。
浮遊体の下部が切り裂かれ、轟音と共に回廊床面へと落下する。
しかし。

「ッ・・・!」

下部を切り裂かれた浮遊体は減速する事もなく、空気を押し退ける轟音と共に回廊の奥へと消え去った。
闇の中に消え往く赤いコアの光を呆然と見送りつつ、しかしフェイトは奇妙な事に気付く。

何故、攻撃が無かった?
あれだけの速度で突進してきて、何もせずに彼方へと飛び去った巨大な浮遊体。
弾幕を張るなり誘導兵器を放つなり、幾らでも手はあるだろうに、何故?
よもや、戦闘を目的としたシステムではないとでもいうのだろうか?

『執務官!』

そんなフェイトの予想を裏付けるかの様に、またも念話が飛び込む。
オットーだ。
彼女らしからぬ焦燥の感じられるそれに、フェイトが警戒を強めた、直後。

『浮遊体接近・・・総数18! 回廊を塞ぐ様に・・・』



巨大な影が、彼女の側面を掠め飛んだ。



「な・・・!」

驚愕と共に、全身を襲う風圧に抗い姿勢を立て直す。
背後より襲い掛かったそれは、確かに先程の浮遊体と同型のものだった。
回廊の奥へと消え往く赤い光を見据えながら、フェイトはディード等へと念話を繋げる。

『こちらも接触した! そちらの状況は?』
『何とか回避しました・・・しかし第2波が接近中、数が多過ぎます!』

その報告に対し新たな指示を出そうとしたフェイトであったが、彼女の視界に先程切断した浮遊体下部構造物が映り込んだ事により、それを中断した。
彼女の意識を捉えたのは、塗装面の一部に刻まれた第97管理外世界の言語。



「LV-220 Resource mining colony Transport System D-7.885」



「輸送・・・システム?」

呆然と呟くフェイトの背後、薄闇の中から、無数の重々しい風切り音が轟きだす。
11年間の時を経て、侵入者を悪夢へと誘う鋼鉄の行進曲、鋼鉄の回廊が、再びその鼓動を響かせ始めた。

*  *


「止まらないで! 突き当たりまで走って!」
「一尉、後ろです!」

咄嗟に振り返り、狙いも定めずにショートバスターを放つ。
光の奔流が闇を貫き、その先に潜む機械仕掛けの魔物へと突き刺さった。
爆発。
グレーの装甲が四散し、周囲に展開する同型機、そしてガジェットの装甲へと傷を刻む。
即座に爆炎の向こうから応射が返され、質量兵器の弾体が周囲の壁面へと弾痕を刻んだ。
煉瓦の様に砕け散る灰色の壁面は、魔力による多重コーティングを施された特殊防御壁である。
Sランク攻撃魔法の直撃にも耐え得るそれが、一切の魔力を含まぬ砲弾によって抉られてゆく様は、なのはの胸中に云い様のない悪寒を呼び起こした。

「一尉!」

叫びと共に数本のナイフが宙を翔け、なのはと敵の間にて爆発を起こす。
その粉塵に紛れ、身を翻して敵から距離を取るなのは。
目前へと現れた角に飛び込み、通路の奥に蠢く異形の様子を窺う。

それは、奇妙な造形を持つ機動兵器だった。
反重力駆動式の台座に人型の上半身を備えた、全高8m程の機体。
しかしその頭部は、御世辞にも人に近いとは言えない。
前後へと伸長したそれは、バイザー状の視覚装置と相俟って、第97管理外世界での映画に描かれる異星の生命体を思わせる。
両腕部の肘より先は連射型の質量兵器となっており、攻撃隊は転送直後より容赦の無い弾幕に曝されているのだ。
外観に反し装甲が薄く、撃破が容易であった事は不幸中の幸いであったが、しかし通路を塞がんばかりの巨体と閉所での弾幕射、行く先々で現れるグレーの装甲とカメラアイの赤い光は、攻撃隊の精神を徐々に圧迫してゆく。
既に20機近くを撃破しているにも拘らず、未だに出現を続ける機動兵器。
其処から導き出された量産機であると予想も、なのは達の不安を煽る要因であった。

「一尉、高町一尉」
「チンク」

背後からの声。
息を潜める様に発せられたそれに、なのはは振り返る。
其処には、銀髪の小さな影。
戦闘機人が1人、チンクだ。
先程、ISランブルデトネイターにより、なのはが後退する為の隙を作った人物でもある。

「ウェンディが非常通路を見付けた。周囲の機動兵器とガジェットは、既に砲撃魔導師により排除済みだ」
「解った。こっちは敵が多過ぎる。スターライトブレイカーで一掃するから、チンクは先に行って」
「了解だ」

会話を終え、なのはは通路の先へと向き直った。
敵が前進する様子はない。
しかし此方を排除するべく、前進の機会を窺っている事は明らかだ。
レイジングハートの柄を握り締めるなのはであったが、しかし未だ背後に佇むチンクの存在に気付き、再び振り返る。

「どうしたの?」

皆の許に戻ろうとしない彼女に、なのはは訝しげに声を掛けた。
チンクは何処か躊躇う様に、何かを言い掛けては口を閉じるを繰り返す。
しかしやがて、意を決したかの様に声を発した。

「高町一尉・・・貴女は、どう考える?」
「・・・何を?」
「この船・・・「聖王のゆりかご」についてだ」

沈黙。
なのはは押し黙り、チンクの隻眼を見つめる。
その瞳は、困惑と不安に揺らいでいた。
常日頃の彼女からは考えられない、弱々しい姿。

チンクの言葉通り、なのは等が転送され、異形の機動兵器群と戦闘を繰り広げるこの空間は、嘗て彼女自身が突入した古代の戦船、聖王のゆりかご内部であった。
2年前と寸分違わぬ内装とガジェットの群れ、そして自動防衛機構。
何もかもが模造され、オリジナルとの区別が付かぬまでの存在として空間を支配していた。
否、或いはこの船こそが、2年前に虚数空間へと消えたオリジナルであるのかもしれない。

「続けて」
「・・・従来のアルカンシェルに欠陥があった事も、虚数空間へと跳ばされたゆりかごがバイドに汚染されたのだという事も解っている。しかし、そのゆりかご自体を模造するなど、余りに異常だ。この船は唯の戦艦ではない。
古代ベルカの技術の粋を集めて建造された、世界を支配する為の船だ」
「・・・そうだね」
「だからこそ、彼等は聖王なき状態ではこの船を起動できぬよう、幾重にもプログラムの防壁を築いた。私達は聖王のコピーにレリックを埋め込み、起動の為の鍵としたんだ。だが・・・」

なのはに促され、途切れた言葉を再開したチンクであったが、しかし再び途中で声を区切り、沈黙する。
だが、彼女が何を言わんとしているのか、なのはは正確に理解していた。

「・・・ヴィヴィオ、だね?」

チンクは頷く。
クラナガンでの戦闘後、本局医療区にて目覚めた瞬間から、その疑問はなのはの脳裏にも燻っていた。

「鍵となる聖王が存在しなければ、ゆりかごは起動しない。無論、ゆりかごのプログラムを意のままに改変できるだけの技術力があれば、そんな問題は如何様にもできる。だが、最も効率が良いのは・・・」
「聖王を複製し、玉座に据える事」
「そうだ。聖王のコピーさえ制御下に置けば、間接的にゆりかごの全てを支配できる」
「つまり今、玉座の間には・・・」

爆音。
即座にレイジングハートを構え、通路の奥へとショートバスターを撃ち込む。
爆発、そしてまた爆発。
2機の機動兵器が数十体のガジェット共々、爆炎の中へと沈む。

「一尉・・・」
「行こう、玉座の間へ」

レイジングハートの矛先を下ろし、なのはは言い放った。
その目に浮かぶは、母としての毅然とした光。

玉座の間。
其処に、未だ見ぬヴィヴィオの妹、もしくは弟が居る。
邪悪な存在に操られるがまま、意に沿わぬ力を振舞い続けている。
救わねば。
必ず、救い出さねば。
ヴィヴィオの姉妹・兄弟ならば、我が子も同然だ。
子を救えずして、何が母か。

『Starlight Breaker』

レイジングハートから発せられた音声と共に、桜色に輝く魔法陣が展開され、4機のブラスタービットがなのはの周囲へと布陣される。
集束する光。
嘗ては自らの命さえ賭して放たれた希望の光は、その身体へと一切の負担を強いる事なく破滅的な魔力を球状集束体として形成。
5つの魔力球が玉座への道を切り開くべく、より一層に眩い光を放つ。
クラナガン西部区画、鋼鉄の巨獣を討った際と同じく、レイジングハートを振り被り。

「スターライト・・・」

空間を薙ぎ、魔力球の中心へと突き付けられる矛先。
周囲の全てが桜色の輝きに支配された、その瞬間。

「ブレイカー!」

なのはの声と共に、砲撃は放たれた。
終結するガジェットと機動兵器を次々に飲み込み、突き当たりの壁へと衝突する5条の光。
しかし、Sランク攻撃魔法にさえ耐え得るそれすらも、「AC-47β」による無尽蔵の魔力供給を受けるなのはにとっては障害たり得ない。

「ブレイク・・・」

そして、立ち塞がる全てを排除せんと、なのははトリガーボイスを紡ぐ。
悪しき者を打倒し、未来へと進む為のトリガー。

「シュート!」

一際巨大な魔力の奔流と共に、大規模砲撃が放たれる。
幾重もの防御壁を貫通し、群れ為すガジェットを蹂躙し、立ちはだかる機動兵器を粉砕し。
玉座の間へと到る扉へ着弾したそれは数瞬、強固なる多重防御結界と拮抗し、魔力光を迸らせ。

「いっけぇぇぇぇッ!」

なのはの叫び、そして無意識の内に零れたチンクの声と共に。

「・・・ッ!?」
「な・・・!?」



結界の内側、突如として迸った「虹色」の魔力光によって、跡形もなく掻き消された。



「馬鹿な・・・!?」

絶句するなのは。
チンクもまた驚愕に目を瞠り、呆然と呟く事しかできない。
2人の視線の先、「虹色」の魔力光は渦を巻き、扉へと溶け込む様にして消え去った。
後には、何も残らない。

「・・・うそ」

なのはは知っている。
あの「虹色」の光を、「虹色」の魔力光を。
2年前、ゆりかごの玉座の間、其処で目にした圧倒的な輝き。
新たに結ばれた絆と共に、自らの記憶へと刻まれた鮮烈な光。
愛しき我が子の光。



「カイゼル・・・ファルベ・・・!」



轟音。
スターライトブレイカーによって抉られた、巨大な破壊の傷跡。
その半ば、下部構造物が吹き飛び、周囲へと無数の破片を飛散させる。
我に返り身構えるなのはとチンクの視線の先で、全高18m前後の人型機動兵器が姿を現した。
恐らくは艦内の被害拡大に伴い、大型の機動兵器による侵入者撃退実行を、防衛機構が許可したのだろう。
それは即ち、艦の機能維持態勢を半ば放棄したと同義だ。
玉座の間を守りつつ、しかしゆりかごそのものを犠牲にしてでも侵入者を排除せんとする、矛盾したプログラム。
これが、バイドによる汚染の結果という事か。

「チンク!」
「解っている、ゲインズだ! 波動砲がくるぞ!」

なのはもチンクも、パイロットの尋問により齎された、敵兵器に関する情報は聞き及んでいる。
ゲインズ。
R戦闘機群とほぼ同等の威力を持つ波動砲を装備し、複数のバーニアによる優れた姿勢制御と高機動、内蔵された大型ジェネレーターによるエネルギー供給を受けての波動砲の連射、両者を用いての戦術攻撃を行う機体。
クラナガン西部区画を襲い、新たな廃棄都市区画へと変貌させた兵器のひとつ。
大型波動砲を肩に担いだ旧型、波動砲を陽電子砲へと換装した戦略型、波動砲が左腕部と一体化した新型など、複数の型が存在するとの情報もある。
しかし現在、彼女達の眼前に出現したゲインズは、そのいずれにも当て嵌まらぬ外観を持っていた。
なのはは思考を満たす困惑を、そのまま声に乗せる。

「波動砲が、無い・・・?」

内部構造物を破壊し躍り出た、漆黒のゲインズ。
その外観には何故か波動砲が見当たらず、両腕部には盾の様な機構が備えられている。
一体、この機体は何なのかと警戒するなのはとチンクの目前で、右腕部の盾から3m程の突起が出現。
そして、一瞬の後。

「・・・ッ! そういう事・・・!」



突起の両側面から、全長20m以上ものエネルギーの刃が2つ、並行して展開された。



「接近戦型・・・!」

呻き、レイジングハートを構えるなのは。
その隣では、チンクがスティンガーを構えている。
2人の背後からは、ウェンディと攻撃隊の皆の声
どうやら状況を察し、加勢の為に引き返してきたらしい。
そんな彼女達を嘲笑うかの様に、漆黒のゲインズは脚部と背面のバーニアを一瞬だけ煌かせ、ブレードを展開した右腕部を腰溜めに構え。



直後、その背後で、バーニアの青い光が爆発した。



爆発的な推進力により突進してくる漆黒の巨躯を、無数の魔導弾と砲撃が迎え撃つ。
古の戦船、その腹の中で、侵略者たる魔導師と王を守護せし騎士による狂宴が幕を開けた。

*  *


「メタ・ウェポノイド・・・またけったいなもの研究しとったもんやなぁ」

目前のコンソールを操作しつつ、はやては呟く。
転送直後に目覚めた其処は、巨大な施設の内部。
ヴォルケンリッターの3人はすぐ傍に居たものの、他の攻撃隊員の姿はなく、孤立したかと肝を冷やしたのが30分ほど前の事だ。
幸運な事に同施設内に転送されていたセインにより発見され、自身等の他に20名ほどの攻撃隊員、そしてティアナとスバル、ノーヴェ等が付近に存在する事が確認された。
すぐに合流できるかと思われたのだが、各所に存在するゲートの解放に手間取り、攻撃隊は未だ複数のエリアに散開している状況である。
しかし、ザフィーラが発見した壁面のナビゲーションシステムを起動したところ、第4管制室と表記された部屋が付近に存在する事が判明した。
それを受け、はやては独自に情報収集を行う事を提案。
結果として融合を解いたリィンを含む5人は、管制室にてコンソールと向き合う事となった。

引き出されてゆく情報。
強固なプロテクトの存在が予想されたのだが、何故かそれらは既に解除されていた。
この施設の職員達がプロテクトを解いたらしいが、当の彼等が何処へ消えたのか、各管制室への入室ログが無いにも拘らず如何にしてDNAによる認証をパスしたのか等、プロテクト解除までの経緯に不可解な点が余りにも多い。
兎にも角にも、ログの解析と情報収集は順調に進んだが、しかし得られた情報の内容は到底、はやて達にとっては理解し難いものであった。

「有機質兵器開発・・・ヒトDNAの軍事利用・・・クローン胚の大量生産・廃棄・・・胎児レベルに於けるインターフェース移植経過観察・コントロールロッド応用理論・・・」
「・・・墜ちる所まで墜ちたって事やな」
「・・・狂ってる」

余りにもおぞましい言葉の羅列。
人としての倫理、その一切を切り捨てた、正しく「人でなし」による悪夢の研究。
無数の生命を侮辱し、尊厳を踏み躙るその所業。
理解などできない、できる筈もない。
やはり、彼等は。
「地球人」は、自らの知るそれからは懸け離れた存在となってしまったらしい。

「この施設1つで、最終処分場も兼ねていたみたいですね。隣接するバイド生命体研究所から比較的大型のバイド体を運搬し、実戦形式での有機質兵器運用試験を行った後に、実験兵器もろとも殺処分していた様です」
「酷い・・・」
「兵器やバイド体だけではない様です、主。西暦2166年8月に、バクテリア状のバイド体による汚染が発生。272名の職員が隔離調査の後、処理場にて処分されています」

呻き声。
振り返れば、ヴィータがコンソールの前で俯いている。
その右手は口元に当てられ、肩は小刻みに震えていた。
彼女の隣に浮かぶリィンもまた、コンソール上の空間ウィンドウから目を逸らし、両の掌で口元を押さえている。
はやては2人へと歩み寄ろうとしたが、それより早くウィンドウ上に何かを見出したザフィーラがコンソールへと歩み寄り、全ての表示を閉じた。
ウィンドウ、消滅。
ヴィータの背を撫ぜつつ、ザフィーラははやてとシャマルへ視線を送る。

「主、シャマル」
「・・・リィン、おいで」
「はやてちゃん、リィンちゃんをお願いします。私は有機質兵器の詳細について、もう少し探りを入れてみます」
「分かった、宜しゅうな」

はやてはリィンを連れ、管制室を出た。
この施設は大型物資輸送用の巨大な通路が縦横無尽に張り巡らされてはいるが、研究区等の生身の人間が立ち入る区画の設計は管理局本局と大差ない。
長く続く通路の奥へと目をやった後、はやてはリィンの小さな背を優しく撫ぜ始めた。

「大丈夫か、リィン? 落ち着いて深呼吸するんや。何にも心配要らん」
「・・・はやてちゃん」

自身の名を呼ぶ声に、はやてはリィンへと耳を寄せる。
すると彼女ははやての髪を掴み、震える声で以って語り始めた。

「・・・怖いです」

髪を通して伝わる、微かな震え。
何時になく弱々しいリィンの様子に、はやては穏やかに彼女の名を呼ぶ事で応えた。

「・・・リィン」
「此処、怖いです。きっと此処に居た人達は、リィンには解らない思考を持った人ばかりだったんです」
「リィン」
「あんな、あんな事・・・「人」にできる筈がありません。今まで見てきた次元犯罪者だって・・・あんな事、してる人達なんて、居なかった」
「リィン」
「「人」じゃない。「人」があんな事、できる訳がないんです。できちゃいけないんです。そうじゃないなら、リィンは「人」じゃないから理解できない・・・」
「私にも解らへんよ。墜ちた人間の思考なんか、解りたくもない」

はやての言葉に、リィンは俯いていた顔を上げる。
その涙に濡れた顔を見つめつつ、はやては自身が今どんな顔をしているのだろうと考えた。
恐らく、侮蔑と嫌悪に歪んだ表情をしているに違いない。

「はやてちゃん・・・?」
「解らんでええ。解る必要なんて無いんや。「人」としての尊厳を捨てた連中の思考なんか、理解の仕様がない。そんな事、するだけ無駄や。私達自身がそうならん様に、心に刻んでおくしかないんや」

リィンが何を見たのか、はやてには分からない。
しかし今、リィンにそれを思い出させるつもりはない。
どの道、収集した情報は事態の収束後に目にする事となるであろうし、緊急を要する事象についてはシャマルが調査している。
リィンの口から引き出すべき理由など、存在しない。

何より、態々訊ねずとも想像は付く。
この施設にて行われていた数々の研究は、そのいずれもが常軌を逸した非人道的なものばかりである。
ヒト・クローン胚を大量生産し「研究資材」として扱うに止まらず、胎児レベルにまで育成した個体を観察対象とする実験、そして「解体」による生体部品摘出など、目を覆いたくなる程の凄惨な研究・実験が行われていたのだ。
それら全ての研究目的は、突き詰めれば2つの存在へと集約される。

新たなフォース・コントロールシステム、そしてメタ・ウェポノイドと呼称される有機質兵器の開発。
これらの研究区は各々に独立しており、しかし制御系の相似から共同開発に到る事も多く、隣接する区画へと創設された。
各々の研究により得られたデータ及び技術を自らのそれへとフィードバックし、それを繰り返す事によって更なる技術躍進が起こる。
そうして数々の有機制御系及びフォースを生み出した両機関であったが、西暦2168年1月、有機質兵器研究区にて汚染体漏洩事故が発生、全施設が緊急閉鎖されるという事態が発生。
汚染は隣接区にまで及び、職員の殆どは退避する暇もなく施設内へと隔離された。
脱出艇の殆どは使用されないままに施設内へと残され、しかし目立った混乱の形跡もない。
殲滅戦が行われたのか、施設構造物の被害は甚大なのだが、その中に取り残された職員の混乱によるものと思える被害が存在しないのだ。
より大規模な異常事態に呑み込まれたか、或いは混乱する間もなく汚染されたのか。
いずれにしても、はやてからすれば因果応報としか思えなかった。

「はやてちゃん」
「・・・シャマル」

背後からの声に、はやては振り返る。
其処にはログの解析を終えたらしきシャマル、そしてザフィーラに付き添われたヴィータが佇んでいた。

「どうやった?」
「駄目です。どういう訳か、有機質兵器の詳細に関する情報だけが、完全に削除されているんです。現存する研究ログでは2167年11月19日のものが最後ですが、その時点での研究対象がメタ・ウェポノイドと呼称される存在である事、それ以外は全く・・・」
「さよか・・・」

その報告を受け、暫し黙考するはやて。
しかし現状では結論を導き出す事は不可能との判断に至り、決断する。

「一先ずは此処までや。攻撃隊との合流を第一に行動、合流後に改めて施設内の探索を行う。質問は?」
「ありません」
「同じく」
「分かったよ」
「了解です」

全員からの答えにはやては頷き、自らの騎士服、その腰部に固定されたポーチ状の装備品へと目を落とした。
「AC-47β」。
はやてやシャマル、ザフィーラといった、カートリッジシステムまたはデバイスを使用しない魔導師の為に開発された、魔力増幅機構・デバイス非介在型。
増幅された魔力をリンカーコアへと直接供給するという、少なからず危険を伴うシステムではあるが、敵の強大さを考えれば許容範囲内のリスクであるとはやては考えている。
何よりこのシステムが無ければ、AMF展開状況下に於ける行動は著しく制限されてしまうのだ。
この施設の所有者達である、22世紀の第97管理外世界に於いて開発された技術を用いて製造されたという事もあり、はやて個人としては受け入れがたいものではあったが、AMFによる行動の阻害と魔力の枯渇という最大の懸念を回避できる以上、強行に拒む事もできなかった。
しかし同時に、それが齎す絶対的な力はバイド・地球軍の区別を問わず、敵に対する脅威となり得る事を彼女は理解している。
要は、使いこなせるか否かだ。

「リィン」
「はいです」

再びリィンと融合し、シュベルトクロイツ、夜天の書を手にはやては凛と告げる。
一切の淀みなく澄んだ、青い瞳。
騎士達が、呼応するかの様に姿勢を正す。

「行くで、皆」

夜天の王としての号令。
漆黒の翼を翻し、通路の先へと振り返った、その先に。

「・・・ッ!?」
「はやてッ!?」



巨大なレンズが、無機質にはやてを見つめていた。



「おおああぁぁッ!」

雄叫び。
その場の誰よりも早く動いたのは、ザフィーラだった。
一瞬ではやての前面へと躍り出ると、その研ぎ澄まされた爪を以ってレンズ、そして後方へと続く長大な胴へと襲い掛かる。
しかし、振り抜かれたザフィーラの爪が胴を断ち切らんとする寸前、先端のレンズから眩い光が迸った。

「くっ・・・!」
「あああッ!?」

線状に射出された高圧縮魔力。
ザフィーラの胴を薙ぎ、更にははやてをも射界に収めたそれ。
しかし純魔力攻撃であった事が幸いし、「AC-47β」からの膨大な魔力供給により鉄壁の防御を更に強固なものとしたザフィーラ、そして攻撃の大部分を彼によって遮られたはやてには、傷ひとつ刻まれてはいなかった。
直後、2人の後方よりヴィータが飛び出し、気合の叫びと共にグラーフアイゼンを振り被る。

「らああぁぁぁッ!」

全力を以って振り下ろされたハンマーヘッドは、しかし目標を打ち据える事はなかった。
間一髪で身を引いたそれは激しくのたうち、轟音と共に通路の到る箇所を破壊しつつ遥か先の闇へと引き込まれてゆく。
淡いレンズの光がひとつ瞬き、通路には静寂と破壊の跡だけが残った。

誰も、口を開こうとはしない。
はやては呆然と佇み、ヴィータは床面へと叩き付けたグラーフアイゼンもそのままに殺意を滾らせて通路の奥を睨む。
ザフィーラは一切の感情が抜け落ちたかの様に佇み、シャマルは驚愕に口元を覆いつつ目を見開いている。
それ程までに彼等は、今しがた自身が目にしたもの、その存在が信じられなかった。

褐色の表皮。
有機物としての動きを見せながら、無機物としての特徴をも併せ持つ外観。
先端部に備えられた巨大なレンズ。

有り得ない、あってはならないのだ。
「あれ」が未だ健在である事態など、決して許されない。
許してはならないのだ。

「ザフィーラ、シャマル、ヴィータ」

感情の感じられない、冷徹な声。
未だ嘗てはやての口から発せられた事など無かった、合成音の様に無機質な声が通路に響き渡る。
3人の騎士は微動だにせず、続く言葉を待っていた。

「今の、見たか?」
「ええ、主。はっきりと」
「間違いありません。私も・・・見ました」
「・・・忘れるもんかよ」

常より更に無機質な声、そして明確な負の感情を内包せし声。
各々より返されるそれらに、はやては俯いた。

何故、「あれ」が此処に存在する。
あの時、確かに消滅した筈なのに。
皆と共に、悪夢を終わらせた筈なのに。
「彼女」が、あの優しい魔導書が、その身を犠牲にしてまで、「あれ」の復活を防いだのに。

「なんで・・・なんで・・・ッ」

小さな、消え入るほど小さな声で、ヴぃータが呟く。
その声を耳にしつつ、自身も驚く程に醒め切った思考の中、はやては事実に思い至った。

アルカンシェルの欠陥。
対象の反応消滅ではなく、虚数空間への強制転送を以って破壊と為していた事実。
もし「あれ」が、虚数空間にてバイドによって回収されていたのであれば。
その消滅を待たずして、汚染されたのだとすれば。

「何処まで・・・」

何処まで、一体何処まで。
地球軍もバイドも、何処まで「彼女」を侮辱すれば気が済むのか。
どれほど「彼女」の決意を辱め、嘲笑えば満足するというのか。
「彼女」の死を、意思を、その記憶を。
全てを否定して、なお足りぬというのか。

「リィン・・・」
『分かっています、マイスター。許すつもりはありません』

鉄槌の騎士が、憤怒と共に立ち上がる。
湖の騎士が、怜悧なる光を瞳に宿して下命を待つ。
盾の守護獣が、無機質な殺意を宿して闇の果てを見据える。
彼等を従え、夜天の王は「戦」の始まりを告げる。

「夜天の王が命じる。「あれ」を生かしておく事は許さん。何としても討ち滅ぼせ」

応を返す騎士達。
足が床面を離れ、宙へと浮かび上がる白き影。
薄闇の通路に、王の声が朗々と響き渡った。



「「リインフォース」の遺志を穢した、その罪。死を以って償わせたる」



通路の奥、闇の中に、無数の光が点る。
禍々しき光、穢れた魔力の光。
耳障りな破壊音と共に、先端にレンズを備えた無数の巨大な触手が、周囲の構造物を破壊しつつ我先にと押し寄せ、王と騎士達を目掛け襲い来る。
「防御プログラム」。
度重なる改変により異常変質、遂には暴走した憐れなる存在。
全てを喰らい尽くさんと、津波となって王の許へと向かう。

宛ら、12年前の様に。
12年前のあの日、曇り空の下。
彼女、リインフォースと共に戦った、最初にして最後の日。
12月24日、あのクリスマス・イヴの様に。



八神 はやては、「闇」との再会を果たした。

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最終更新:2015年10月26日 07:31