振動。
出撃シークエンスの起動を告げる機械音声と共に、重力偏向カタパルトへと機体の運搬が開始される。
機体下部の磁力固定装置もそのままに、パイロット・インターフェースを通じて視界内へと直接投射される外部映像が、全体的に上方へと移動。
オートリフトが下降を始め、然して間を置かずに水平移動へと移行した。
リフトには機体の物理的固定を行う機構も搭載されてはいるのだが、出撃シークエンス時には磁力固定のみを用いるのが慣例となっている。
正規のシークエンスでは、リフトがカタパルト内に到達・停止した時点で両固定装置が解除される事となっているのだが、実際には各艦独自にプログラムの改変が為され、物理固定装置のみがパイロット・インターフェースの接続と同時に解除されるよう再設定されていた。
これはパイロット達の要請を他の乗組員達が受け入れた事により実現されたものであり、今では司令部ですら黙認せざるを得ない不文律と化している。

出撃シークエンス実行時に於ける、敵性体からの攻撃。
それによって致命的な損傷を受け艦の動力が停止、若しくはバイド汚染体による艦体への侵蝕が開始された場合、艦内に固定されたままのR戦闘機群は、脱出すら不能なまま艦と運命を共にする事となる。
跡形も無く吹き飛ぶのならば未だしも、R戦闘機群が汚染されバイドと化すなど、悪夢以外の何ものでもない。
よってパイロット達は、物理固定を解除しての出撃シークエンス実行を要求した。
磁力固定の場合、物理固定とは異なり、非常時には強制的にシステムが解除される。
つまりR戦闘機群は、艦内にてその束縛を解かれる事となるのだ。
その後にパイロット達がする事はひとつ。
「脱出」である。

R戦闘機群は艦体を内部より破壊し、外部空間へと脱出する。
宛ら内部捕食性寄生体の如く、宿主たる艦の外殻を食い破り、その生命を奪いつつ自らを襲う脅威から逃れるのだ。
無論、そんな事を実行すれば艦内の人間は全滅するであろうし、非常用固有動力にて稼動しているであろう各種センサーが艦体の損傷拡大を察知すれば、汚染を避ける為に非常処理プログラムを発動させるだろう。
艦内に存在する全ての核弾頭が強制介入により起爆シークエンスを発動させ、20秒後には人工の恒星が誕生する事となる。
パイロット達は独自の判断で、核爆発の範囲外へと離脱を図るのだ。
自爆行動に核を用いるのは、とある艦載兵器を確実に破壊する為である。

「次元消去弾頭」。
単発にて恒星系に匹敵する極広域空間消滅を引き起こし、小規模異層次元ならば数百発、極大規模異層次元であっても数千発を一斉起爆させれば、当該次元そのものを完全に消滅させる事すら可能とする、対異層次元汚染空間破壊用戦略兵器。
22世紀の地球人類が生み出した、バイドに次ぐといっても過言ではない、最悪の大量破壊兵器。

当然ながら、バイドはこの兵器の存在のみならず、その技術理論すら把握しているだろう。
26世紀に於いて、バイドそのものを異層次元の果てへと放逐した兵器こそ、この次元消去弾頭なのだから。
しかし22世紀の地球では、既に完成されていたこの兵器理論に対し、更にR戦闘機群の開発途上にて得られた数々の技術を導入。
結果としてこの兵器体系は、高位空間構造の破壊による対象の異層次元への強制転送のみならず、空間そのものの破壊による対象の完全消滅を可能とするに到った。
その結果に、軍は狂喜したものだ。

新型弾頭はすぐさま実戦運用され、バイド汚染星系を丸ごと消去するという、当初の想定を上回る戦果を齎した。
終わりの見えない対バイド戦線に僅かな希望を見出した軍は、汚染の確認されている複数の異層次元に対し、計27000発もの次元消去弾頭を投入、それらの空間を跡形もなく消滅させる事に成功。
しかし此処にきて、複数の異層次元の消滅による広域空間汚染を隠蔽、意図的に無視していた代償が回ってくる事となる。

各異層次元の位相特定不能、太陽系を含む通常空間内に於ける航法すら覚束ないまでの多重空間歪曲同時乱発生。
カイパーベルト内資源採掘コロニーを目指す輸送船団は木星重力圏内へと偶発転送され地表へ衝突し、M45・プレアデス星団域中継ステーションは至近距離に転送された恒星中心核により蒸発。
太陽と地球のラグランジュポイント・L1に存在したリヒトシュタイン都市群は、都市を構成する14基のコロニー全てが突如として発生した空間歪曲により異層次元へと取り込まれ、内6基・9000万もの住民及び防衛艦隊がバイド汚染、
2年後に第8異層次元航行艦隊により発見・殲滅される事態となった。
極め付けは、第3深宇宙遠征艦隊がM33にて使用した2発の次元消去弾頭の内1発が、空間歪曲により地球と月のラグランジュポイント・L4へと転送された事件だ。
227基のコロニー群から僅か2000kmの地点に出現した、既に起爆シークエンスを起動した次元消去弾頭。
出現から7分後、弾頭はR-9Dの小隊による地球軌道上からの波動砲一斉射により破壊され事なきを得たが、この事件が地球文明圏に与えた衝撃は大きかった。

すぐさま弾頭の使用を規制する法令が組まれ、しかし艦隊司令に於いては独自の判断に基づく使用を許可するとの決定が下されるに至る。
以降、弾頭使用時には、入念な調査とシミュレーションが義務付けられる事となった。
第19世代量子コンピューター8基を用いてなお、完了までに15分もの時間を要する程の、桁外れの情報量でのシミュレートを行うのだ。
空間消滅の余波が他の異層次元へと及ぼす影響を徹底的に洗い出し、太陽系を含むオリオン腕への空間汚染が発生しないと確認された時点で初めて、弾頭起爆シークエンスが起動可能となる。
それ程までに危険で、正に破滅的としか云い様のない兵器が、新たに22世紀の地球が生み出した次元消去弾頭であった。

しかし弾頭の実用化から3年後、第三次バイドミッション終了直後に、とある事実が発覚する。



次元消去弾頭は、バイドに対し有効たり得ない。



31もの星系を破壊し、50を超える異層次元を消滅させた結果として導き出された答えが、それだった。

考えてみれば当然の事だ。
26世紀の地球は既に次元消去弾頭を開発していたにも拘らず、何故バイドという惑星級星系内生態系破壊兵器を創造したのか?
銀河系中心域に確認された、明らかに敵意を持った外宇宙生命体との接触に備えて建造されたという事実は、回収されたバイド体を調査する中で判明していた。
しかし何故、彼等はその「敵」に対し、次元消去弾頭を用いなかったのか?
その答えは、異層次元にて大量に拿捕された、26世紀の地球に於ける汎用巡洋艦「マッキャロン級」管制のログから判明した。

彼等は「使わなかった」のではなく、「使えなかった」のだ。
地球人類は外宇宙の脅威に対してではなく、同文明圏内での国家間戦争に於いて、無数の異層次元に亘り数十万発もの次元消去弾頭を使用、既に取り返しが付かないまでの空間汚染を引き起こしていた。
それこそ最早、たった1発の次元消去弾頭の使用で、銀河系を含む通常空間全域が崩壊するまでに。
22世紀と同様、炸裂時に発生する空間汚染を意図的に無視し、無思慮に使用を続けた結果がそれだった。
だからこそ彼等は、次元消去弾頭に代わる局地限定殲滅兵器を必要としたのだ。

それだけ大々的に弾頭を使用すれば、当然ながら「敵」もそれを観測し、同等の兵器を開発・配備していたであろう。
即ちバイドには建造当初から、対次元消滅回避機能が搭載されていた。
26世紀に於いては、80時間にも亘る核兵器及び波動兵器の波状攻撃を受け、機能基幹部に障害が生じた際を狙っての次元消去弾頭使用により、強制的に空間歪曲の彼方へと葬られたが、正常であれば大規模空間変動を感知した時点で他の異層次元へと空間跳躍を実行していた筈だ。
22世紀に於いて開発された次元消去弾頭は、26世紀のそれと比較し更に破滅的なものと化しているが、それでも数度の使用を経て解析され、新たに対処機能が備わっている事は間違いない。
次元消去弾頭は、汚染空間の破壊については極めて有効であるが、異層次元航行能力を持つバイド体そのものを排除するには、余りに相性の悪い兵器だった。

それはR戦闘機を初めとする、異層次元間移動を容易に実行する兵器群に対しても同様であり、それらに対する弾頭の使用が為されたとして、他の異層次元への退避、または弾頭そのものの破壊など、容易に対処される事は明らかである。
昨今の対バイドミッションに於ける地球文明圏及びバイド、両勢力にて運用される兵器体系のほぼ全てが異層次元航行能力を備えている事もあり、次元消去弾頭の戦略的価値は益々低下する一方であった。
しかし極広域空間破壊という、対バイド汚染生態系ミッションに於いてはこれ以上ない程に適した特性を有する事もあり、当然ながら軍がその技術を手放す事を良しとする筈もない。
結局、汚染生態系の完全破壊を目的とし、各艦隊は弾頭の独自運用権を与えられるに至った。
R戦闘機群により敵主力及び大規模汚染生命体を殲滅し、後に次元消去弾頭により作戦領域そのものを消滅させる。
それが現在の対バイド戦線に於ける基本戦略であり、事実、第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」終了直後、最終作戦領域となった電界25次元に対し軍は40発の次元消去弾頭を投入、当該次元を完全に破壊した。
異層次元航行能力を持たない大多数の汚染生命体、そして汚染状況下に於いて形成された特異環境に対する殲滅・破壊行動に当たって次元消去弾頭は、最大の効率で以って最大の戦果を上げる事のできる、最良の兵器としての地位を確固たるものとしているのだ。

因みに、バイド殲滅の為とはいえ、深刻な空間汚染状況下に於いて次元消去弾頭を使用した26世紀の地球文明圏が如何なる結末を迎えたのかについては、未だ明らかになってはいない。
否、判明しているのかもしれないが、少なくとも公表されてはいないのだ。
真相がどうであれ、バイド消失から2週間後のログを最後に、26世紀に於ける地球文明圏についての記録は途絶えている。
それ以降のログを持つ存在が回収されたという記録は、一切存在しない。
「敵」が確認されたという銀河系中心域についても調査が為されたが、汚染された26世紀の地球軍艦隊とバイド生命体以外には、特にこれといった発見も無かった。
既にバイドによって侵蝕されたのか、それとも初めから何も無かったのか。
真相は、今や闇の中である。

そして皮肉な事に、地球文明圏の殲滅を目的とするバイドが、解析した技術理論で以って次元消去弾頭を製造・使用する事は、決してない。
空間汚染を回避しつつ「敵」を殲滅せんが為に建造された生態兵器は、自身が極広域空間汚染を用いての侵蝕・殲滅を実行する存在と化した今なお、自己戦略に基づく次元消去弾頭の使用が「バイド」という兵器の存在意義を脅かすものとする、
26世紀に於いて基幹部へと組み込まれたプログラムを打破できずにいるのだ。
それは22世紀の地球にとっては幸運な事であったが、しかし何時破られるとも知れない制約であった。
よって、軍はバイドによる弾頭の奪取を防ぐ為、各艦艇に非常処理プログラムの搭載を義務付けたのだ。

近隣、または同一異層次元内に於ける、救援可能な友軍艦艇の不在。
艦艇指揮官による非常プログラム実行許可。
シミュレーションに於ける、状況離脱可能率15%未満。
その他、複数の条件が満たされた状況下に於いて、非常処理プログラムは核弾頭のシステムへと強制介入、起爆シークエンスを起動。
艦体汚染状況下ではプロセスは更に簡略化され、侵蝕率が40%を上回るか、動力炉もしくは中枢防御ラインへの侵蝕域到達を以って、弾頭の即時起爆を実行する。
そしてその際、艦艇内に存在するR戦闘機群は艦体を破壊し、独自に脱出を図るのだ。

この非情とも云える決定に対し、異議を唱える声はごく僅かだった。
それすらも外部の人間より発せられたものであり、軍内部からの反発は皆無。
当事者たる艦艇乗組員ですら、当然の決定として非常プログラムの搭載、そしてパイロット達の要請を受け入れた。
彼等にしてみれば、バイドとの交戦状況下に於いて艦を失うという事態はそのまま、自らの生存が絶望的なものとなる事を意味しているのだ。
脱出艇に乗り込もうが、最小限の武装しか搭載していない小型艇では、異層次元での生存確率は極めて低い。
それどころか、艦体汚染状況下であれば脱出自体が不可能であるか、そうでなくとも脱出直後に汚染される可能性が非常に高い。
どのみちR戦闘機だけでも脱出させる事が、当該状況下に於いて最も合理的な選択なのだ。
反発する理由など、何処にもありはしない。
尤も、非常処理プログラムの実行、そしてR戦闘機群による脱出行動を上回る速度にて侵蝕が進む例も多く、既に20を超える艦艇の完全な汚染が観測されている。
結局はこの決定も、遅きに失した対策であった。

『558、559、出撃完了。608、609、第4カタパルト到達』
『609、聴こえるか』

オペレーターから通信。
パイロット・インターフェースを通じて投影される複数のウィンドウを閉じ、彼は肉声で以って答えを返す。

「こちら609、感度良好」
『609、パイロット・インターフェースに異常は無いか?』

彼の視界の端に一瞬、赤い光が点った。
オートチェック・プログラム。
1秒にも満たない内に消えたそのウィンドウに表示された情報を、彼の脳は完全に読み取っている。

「問題ない、オールグリーン」
『609、その機体は以前のものとは違い、パイロットに対し処理面での多大な負担を掛ける。繰り返すが、ドースが80%を超え次第、B-303回路を遮断しろ』
「了解」

視界が開けると同時、機体は遥か前方へと延びる重力偏向カタパルトの内部にあった。
青い光を放ちつつ点滅を繰り返す無数の誘導灯が、機体を射出口の先に拡がる空間へと誘う。

『なお、出撃と同時、貴機は609のコールサインを解かれ、正式に単独遊撃機としてのコールサインを与えられる。任務を復唱せよ』
「惑星級人工天体内部に侵入、第88民間旅客輸送船団及び資源採掘コロニー「LV-220」までの侵入経路を確保。機動強襲連隊の侵入を以ってヨトゥンヘイム級「アロス・コン・レチェ」の座標特定及び次元消去弾頭の捜索・破壊へと移行」
『確認した。609、スタンバイ』

視界内に変化なし。
しかし機体後方より重力が加わり、ウィンドウの表示が次々に赤く染まる。
キャノピー内に外部からの力学的影響が伝わる事はないが、インターフェースを通じて機体と一体化していると云っても過言ではないパイロットにとっては、背後から突き飛ばされるかの様な不快感だ。
前回の出撃時に大破した愛機に代わり、新たに与えられた「R」。
数少ない生産機数の内1機がこの艦隊に配備されていたのは、正に奇遇としかいい様がない。
任務の傍らに実戦データを収集するべく配備されたのであろうが、元々「TEAM R-TYPE」に対し協力的とはいえないこの艦隊の事。
実際に運用される事もなく、長らくハンガーの一画を占有しているだけであった。

しかし、機体を失った彼が新たな乗機を求めた際、使用可能な機体はそれ以外に存在しなかった。
愛機の正当な後継機に当たる機体であるとは聞き及んでいたものの、碌にデータの蓄積も行われていない新型機で以って戦場へと舞い戻るのは気が進まなかったが、他に選択肢はない。
渋々ながら習熟訓練を開始し、しかし数日後にはその異常な性能に愕然としたものだ。

あらゆる面での性能が嘗ての愛機を凌駕し、しかもフォースまでが、それまでの常識では考えられないまでの総合性能を有していた。
通常の設計思想では有り得ない、良く言えば斬新、悪く言えば非常識な機体。
単独殲滅戦以外の用途など、とてもではないが考えられない過剰性能。
周囲の被害を顧みる事なく、只管に純粋な破壊のみを目的とした狂気の存在。

数度の実戦を経て、パイロットたる彼が下した評価は「正気じゃない」。
R戦闘機に対する評価としては、最大級の賛辞だった。

『609、射出』

「GO」との表示と共に、機体が爆発的な加速を開始する。
数瞬後、視界がカタパルトを後方へと置き去りにし、新たに通常宇宙空間にも似た隔離空間内の天体を映し出した。
メインノズル点火。
爆発的な推進力を得て、漆黒の機体が更に加速する。
進路変更。
木星の8倍以上の規模を持つ人工天体、地球文明圏・管理世界の両勢力艦艇及び、無数の巨大施設の残骸が集合して形成された、隔離空間内に浮かぶ鋼鉄の墓場。
無数の救難信号を発するそれらの中には、管理世界への侵入直前に消息を絶った第88民間旅客輸送船団と、メインベルトにて消失した資源採掘コロニー「LV-220」、木製軌道上にて消息を絶ったヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦「アロス・コン・レチェ」も含まれていた。

本来ならば核攻撃により纏めて殲滅したいところなのだが、万が一にも生存者が存在する可能性を無視する訳にもいかず、R戦闘機群による強行偵察及び侵入経路の確保を実行する事となったのだ。
そして生存者が確認されれば、後は機動強襲連隊の役目である。
閉鎖空間での戦闘に特化した彼等が生存者の救助に当たり、要救助者の確保、または全滅の確認を以って、R戦闘機群はアロス・コン・レチェの捜索・破壊任務へと移行。
彼はその先鋒として、他の数機と共に人工天体内部へと侵入するのだ。

『警告。隔離空間外縁部、時空管理局艦隊接近。総数204』
『ロック・ローモンドより全機、浅異層次元潜行開始。管理局艦隊との接触は避けろ』

艦隊からの警告。
すぐさま機体を浅異層次元へと潜行させ、管理局艦艇のセンサー網を回避する。
潜行開始の一瞬、キャノピー外の光景が揺らぐが、間を置かずにシステムが揺らぎを修正、視界が正常化された。
機体は空間位相をずらし、通常異層次元空間からの探知は不可能となる。
正確には、異層次元航行能力を持つ存在ならば探知は容易なのだが、管理局艦艇が有する技術は同一異層次元内での通常航行能力のみ。
こちらから彼等を探知する事は可能だが、彼等がこちらを探知する術はない。

隔離空間へと接近する管理局艦隊の表示を眺めつつ、彼は魔導師と呼称される存在、その中でも特定の人物についての思考へと沈む。
管理局によって拘束されたパイロット達より齎された情報、その中から判明した3人の名前。

フェイト・T・ハラオウン。
ティアナ・ランスター。
ユーノ・スクライア。

彼の愛機と交戦し、これを大破せしめた3人。
意図的ではないにしろフォースを暴走させ、結果として「デルタ・ウェポン」によるドース解放を行わざるを得ない状況へと追い込んだ、魔導師と呼称される先天的特殊能力保有者達。

できる事ならば、二度と遭遇したくはない。
デコイ・ユニット顔負けの幻影を意のままに操る少女、R戦闘機を空間固定せしめる程の強度を誇る魔力鎖を自在に発生させる青年。
そして何より、大威力の砲撃と拘束誘導操作弾を乱発する、あの女性の姿を模った「人工生命体」。
情報によれば「あれ」は、遠距離に於いては雷撃を操作し、中距離に於いては高機動射撃戦を展開し、近距離に於いては大鎌の形態を取る固有武装を以って格闘戦を行う、正しくマルチロール・ファイターとも呼ぶべき「性能」を有しているという。
艦内では、その漆黒に近い濃紺青の服装も相俟って、嘗ての愛機を人型にした様なものだと言われた。
正しく同感だが、だからといってもう一度会いたいかと問われれば、答えは否だ。
態々、好き好んでそんな物騒な存在と戦り合う馬鹿は居ない。

警報。
目標天体まで30秒。
インターフェースを通じ、彼は周囲の汚染係数を確認する。
「15.28」。
明らかな異常値だ。
考えたくはない事態だが、やはりこの天体内部にバイド中枢が存在するのだろうか?

僅かな諦観を含みつつ、彼は艦隊へと目標到達を告げる。
新たな機体識別名称、そして2度目の使用と共に正式なものとなった、自身のコールサインと共に。



「「R-13B CHARON」、コールサイン「ベートーヴェン」、目標到達。侵入を開始する」

*  *


「艦体外部圧力上昇、空間歪曲境界面突破まで20秒」
「バイド汚染係数、なおも増大中・・・魔力炉心への干渉なし。「AC-51Η」、魔力増幅中。システム内バイド係数、1.72」

ブリッジクルーからの報告を耳にしつつ、クロノは火器管制機構へと鍵を差し込む。
実体化した立方型プログラムが赤く染まり、戦略魔導砲アルカンシェルの発射準備が整った事を示した。

「境界面突破まで10秒」
「総員、衝撃に備えろ」

クロノの指示が飛んだ数秒後、艦体を僅かな衝撃が揺さ振る。
瞬間、暗黒に包まれていた外部映像が恒星の眩い光に覆われ、恒星を除く41の自然天体と1つの人工天体が、各種センサーへと捉えられた。
連絡を絶った各管理世界、そして無数の人口建造物により形成された不明天体だ。

「空間歪曲面突破。全艦艇、隔離空間内に侵攻」
「増速、第4戦速。各支局艦艇の目標点到達は?」
「各支局艦艇、目標点到達まで170秒」

管理局史上、類を見ない大規模艦隊行動。
総数204隻もの次元航行艦艇による、単一目標に対する一大攻勢作戦。
その第一段階が、魔力増幅機構による出力強化を以って実行される、各被災世界への長距離転送だった。
送り込まれるのは、4000名を超える魔導師により編制された攻撃隊。
彼等は500名ずつ、同時に8箇所の被災世界へと転送される。
主に人口密集地を中心に生存者の捜索を行い、捜索後は転送ポートが使用可能ならば、目標座標を支局艦艇に設定、脱出。
ポートが機能しなければ、艦艇による回収を待つ事となる。
これを繰り返し、41の世界に存在する生存者の救助を終えた後、バイド中枢の捜索・鎮圧・確保へと移行するのだ。
その間、他の艦艇は汚染艦隊を相手取り、大規模艦隊戦を繰り広げる事となる。
艦艇用大型魔力増幅機構「AC-51Η」による魔力炉心出力増大により、アルカンシェル本来の設計時想定運用が実行可能となった事を受けての決定である。

「支局艦艇、目標点到達。転送開始まで120秒」

8隻の支局艦艇、巨大な花弁の様なそれらが前進を止め、周囲に高出力防御結界を展開。
艦内より攻撃隊の長距離転送を行うべく、炉心出力の全てを防御結界と転送魔法機構へと回しているのだ。

攻撃隊には、旧機動六課の面々も含まれている。
現在も生死の境を彷徨い続けるシグナム、そして第61管理世界にて消息が絶たれたままのエリオとキャロ、以上3名を除く隊長陣及びフォワード勢が、自らの意志により攻撃隊へと志願したのだ。
更には、破壊されたクラナガン西部区画、今では「第9・第10廃棄都市区画」と呼称されるその地での救助活動による功績を認められたナンバーズの面々が、やはり自らの意志で以って攻撃隊へと志願。
上層部としても、もはや出し惜しみをしている状況ではないと判断、彼女達の志願を受理した。
これが通常の任務であれば彼女達だけでも過剰戦力であろうが、今回の攻勢作戦に於いてはAランクオーバー1384名、Sランクオーバー53名と、異常極まる戦力が投入されている。
未だバイドが如何ほどの敵か判然とはしていない事、そして何よりR戦闘機群との交戦状態に陥る事態を想定しての判断だろう。

旧機動六課勢及びナンバーズの初期転送目標は、フェイトとティアナ、ヴァイスとディエチが第61管理世界、なのはとスバル、ギンガとノーヴェが第75管理世界、はやてとヴォルケンリッターが第122管理世界、残るナンバーズが第164観測指定世界となっている。
第61管理世界はその特異性の高い生態系から、優先的な救助活動及び汚染調査が必要とされ、他の世界に関しては人口が多い事から、残る4箇所の世界よりも優先的に高ランクの魔導師が多数配備されていた。

やがて、各支局艦艇より通信が入る。
攻撃隊は転送の準備が整い、後はプログラムの発動を待つばかりとの事だ。
安堵に微かな息を吐き、クロノは火器管制機構に差し込んだままの鍵から手を離した。
攻撃隊転送までの時間表示が、刻々とその数値を減らしゆく。
そのウィンドウを見やるクロノの耳に、奇妙な声が飛び込んだ。

「・・・何、これ?」

この場にそぐわない、小さな呟き。
ブリッジクルーの1人へと目を向けたクロノは、奇妙な光景を目にした。
通信担当のその女性は呆けた様な表情で、自らの手にある清涼飲料の入ったボトルを眺めているのである。

「どうした?」
「あ・・・艦長、これ・・・」

何事かと声を掛けたクロノに向かって、彼女は困惑した様にボトルを掲げてみせた。
その透明な容器は、半透明の液体によって半ばまで満たされている。
何を言っているのかと眉を顰めたのも束の間の事、クロノはすぐさまその異常性に気付き、瞠目した。

「水面が・・・!」



ボトル内部の水面が、艦の進行方向へと偏り、「傾いて」いた。



「回避行動、急げ!」

咄嗟に指示を下すクロノ。
その声も終わらぬ内、支局艦艇からの警告と共に複数の艦艇が回避行動を開始する。
直後、凄まじい衝撃がクラウディアを襲った。
巨大な見えざる鈍器によって殴打されたかの様なそれ。
クルーの悲鳴、そして警報音がブリッジを満たす。
艦長席から投げ出されそうになりながらも、クロノは鋭く声を発した。

「報告!」
「前方、空間歪曲反応多数! 揺らぎが大きく、精確な検出は不能!」
「先程の衝撃は!?」
「艦体に損傷なし。これといった攻撃は・・・」

軽く、それでいて空間に響き亘る音。
報告の声が止まる。
誰もが呆然と音の発生源を見つめ、その光景に意識を凍り付かせていた。

彼等の視線の先には、持ち主の手元から離れ落ち、今も内部の飲料を零し続けるボトル。
それだけならば、特に問題はない。
しかし異常なのは、ボトルの落ちている位置だ。
ブリッジクルーが座する位置から、実に5mほど前方。
クルーの持ち場とブリッジドームの最前部、そのほぼ中間にボトルが転がり、中身の清涼飲料を零し続けていた。
その零れた飲料もまた、ドーム前部へと引き寄せられるかの様に流れてゆく。
クロノの背筋に、冷たいものが走った。

「・・・まさか!」

瞬間、ボトルが音を立てて転がり出し、ドーム最前部の壁へとぶつかり跳ね返る。
同時にまたも艦体を衝撃が襲い、一同は体勢を崩した。
そして彼等は、状況が更なる悪化を始めている事実に気付く。

「・・・僕等もかッ!」

再度、悲鳴が上がった。
コンソールに両の手を着き、前方へと投げ出されそうになる身体を寸でのところで押し留めるクロノ。
それは他のクルーも同様であり、自らの担当であるコンソールへと寄り掛かる様にして、「落下」しそうになる身体を必死に押さえ込んでいた。
ハードコピーやその他の細々とした物が前方へと落下してゆき、巨大な空間ウィンドウを突き抜けて、外部映像が投射されたドーム内面へと叩き付けられる。
XV級のブリッジドームはL級と比較してかなり広大に造られているのだが、現状に於いてはそれが仇となってしまっていた。
ドーム最前部より、クルーのコンソールまで約10m、艦長席までは約30mである。
重力が前方へと偏向している現状でコンソールより落下すれば、魔導師であるクロノはともかく、クルーはほぼ確実に死傷するだろう。
しかし一体、この現象は何事なのか?

「艦長! 前方3400に反応! 高速移動体、接近中!」

そんな中、不自由な体勢にも拘らずコンソールの操作を続けていたクルーが、先程以上の緊迫した声で以って叫んだ。
クロノは瞬時に艦長席のコンソールを操作、新たにウィンドウを展開する。
外部映像、拡大解析。
クラウディアの遥か前方、隔離空間内の闇に、奇怪な影が浮かび上がる。

「・・・何だ、あれは?」

それは、言葉で表現するのなれば、「カプセル」としか云い様がなかった。
全長40m程の、巨大な卵型の物体。
一見してかなりの重装甲と分かる表層部には、まるで脈動の如く赤い光が明滅を繰り返している。
鈍色の外殻装甲、細部の構造から見ても明らかな人工物ではあるのだが、少なくとも外観からは武装を確認する事はできず、それが一体何なのかという事については見当も付かない。
進行方向を軸に、横方向へと回転しつつ迫り来る異形。
一体あれは何なのかと、クロノが対象の解析を指示しようとした、その時だった。

『こちら第8支局。攻撃隊の転送を続行する』

支局艦艇からの入電。
無茶だ、と叫びそうになる己を抑えつつ、クロノは歯噛みした。

突然の異常事態に浮き足立ち、転送を強行しようとしているのが丸分かりだ。
通常は前線に出る事のない支局艦艇。
そして大規模艦隊行動に慣れていない、単艦または少数艦艇での任務遂行が基本である管理局次元航行部隊。
単艦の能力こそ高いものの、大多数が連携しての作戦行動には致命的なまでに向いていない。
支局艦艇に至っては前線での緊急事態に対応し切れず、急かされる様に当初の作戦通りに事を進めようとしている。
確かにこの程度の重力異常では、転送に深刻な影響が出る事はないだろうが、それでも万全を期す為には目前の障害を取り除く事を優先すべきだ。
艦隊の安全も確保できないままに攻撃隊を送り出しては、彼等を死地に放り込む事となりかねない。

其処まで思考し、しかしクロノは内心、自身を諫めた。
それは自身の経験と推測に基づく、一極的な見解に過ぎない。
見方を変えれば、艦隊が致命的な状況へと陥る前に安定状況下で攻撃隊を転送すべき、そう考える事もできるのだ。
そして事実、支局艦艇内の局員達はその見解に基づき、攻撃隊の転送を実行しているのだろう。
何より、攻撃隊がその見解を支持しない限り、転送強行などという決定が下る筈がない。

「転送まで40秒!」
「偏向重力、更に増大! 現在1.6G!」
「重力遮断結界展開、偏向重力を緩和しろ!」
「高速移動体、更に接近! 距離1900!」

重力遮断結界の展開により、前方への偏向重力が和らぐ。
未だ違和感は抜け切らないものの、少なくとも艦内で墜落死する危険性は消えた。
クロノはウィンドウのひとつへと手を伸ばし、接近中の高速移動体を迎撃するべく指示を下す。
錯綜し、ブリッジドームへと響き渡る通信はそのどれもが、他の艦艇指揮官がクロノと同様の判断を下している事を表していた。

「転送まで20秒!」

そして種々の魔導兵装が迎撃態勢へと移行し、クロノが正面の大型ウィンドウへと視線を戻すと同時。

「高速移動体に異変!」

大型ウィンドウ上の高速移動体が、花の様にその身を開いた。

「な・・・」

誰もが息を呑み、次いでその急激な変貌に唖然とする。
卵型の外殻は4つに分かれ、花弁の様に四方へと解放されていた。
4枚の花弁の付け根には、紫の光を放つ「コア」らしき部位が存在し、更にその前面には回転しつつ青い光を放つ部位が、「コア」を防御するかの様に備えられている。

粘つく闇の中に咲いた、鋼鉄の花。
攻撃態勢か、と警戒したクロノが、迎撃開始の指示を下そうとした、その瞬間。



「高速移動体より空間歪曲発生!」



花弁の内より、無数の空間歪曲が「壁」となって撃ち出された。

「10秒前!」
『各艦、最大戦速! 支局艦艇を護れ!』

すぐさま、支局艦艇の周囲に位置する艦艇が動き出し、その盾となるべく加速を開始。
花弁より射出された空間歪曲は、ウィンドウ上に映像として視認できる程に具現化していた。
それらは闇色の光を発しつつ、凄まじい速度で支局艦艇群へと向かって突き進む。

「くそ・・・!」
「5秒!」

間に合わない。
支局艦艇からは距離があった為に援護に駆け付ける事もできず、クロノは支局艦艇群へと迫る空間歪曲の「壁」を見据える事しかできなかった。
他の艦艇より放たれる魔導弾幕を消滅させつつ、暗く淀んだ半透明の揺らぎとなって支局艦艇群へと襲い掛かるそれらは、不可視の死神を思わせる。
群がる次元航行艦の合間を擦り抜け、必死の防衛行動を嘲笑うかの様に目標へと迫る「壁」。
そして、遂に。

「3・・・2・・・1・・・」
「空間歪曲、接触!」

「壁」が、支局艦艇群へと喰らい付いた。
三度、衝撃が艦体を襲い、クロノ等の身体がコンソール上へと投げ出される。
即座に身を起こしたクロノの視界に飛び込んだ光景は、数瞬前とは明らかに異なる姿勢へと傾いた、巨大な8隻の支局艦艇。
クロノは、叫んだ。

「転送はどうなった!?」

同じく身を起こしたクルー等の指が、コンソール上を忙しなく踊り始める。
数秒後、支局艦艇からの入電があったのか、1人が状況の報告を開始した。

「転送は終了! 各支局鑑定に深刻な損傷はありません! 攻撃隊、各転送座標に・・・」

突然、報告の声が止まる。
クルーの表情が凍り付き、その目はウィンドウのひとつへと固定されていた。
その様子に、クロノの脳裏を最悪の予想が過ぎる。
思い過ごしであって欲しいと願いながらも、しかし魔導師として完成された高速・並列思考は、冷酷なまでにあらゆる可能性を提示。
そして、数秒の間を置いて再開された報告の声が、最も危惧した可能性を現実のものとして叩き付けた。



「目標座標・・・攻撃隊、存在しません・・・転送、失敗・・・」



クロノは一瞬、その言葉が何を意味するか、受け入れる事ができなかった。
しかし、すぐさま自身を取り戻し、現状の分析を開始する。
次々にウィンドウを展開し、それらの情報を読み取っては脳内にて統合、最終的な結論を導き出した。
残酷な結論、絶望と共に襲い来る現実を。

「・・・馬鹿なッ!」

4000名。
4000名だ。
管理局所属魔導師の中でも、特に戦闘技能に秀でた者が、4000名。
Aランクオーバー1384名、Sランクオーバー53名を含むそれが、ただの一度も交戦する事なく、転送事故によって失われた。
正確にはこの隔離空間内の何処かに転送されてはいるのだろうが、その一部ですら所在を確認する事ができず、4000名の全てを失索したというこの状況。
バイドによる汚染、そして転送事故の危険性を考えれば、既に全滅している可能性が高い。

「フェイト・・・!」

クロノの脳裏に、義妹の姿が過ぎる。
次いで浮かび上がるは、四肢を切断され、意識の無いままにベッド上にて生命維持装置へと繋がれたユーノの姿。
歯軋り、そして掌へと血が滲む程に拳を握り締め、クロノは指示を発した。

「高速移動体を敵機動兵器としてマーク! MC404、撃ち方始め!」
「MC404、撃ち方始め!」

クルーによる復唱が終わるや否や、クラウディア艦首から白光を放つ魔導砲撃が放たれる。
同時に10を超える艦艇から同様の砲撃が放たれ、光の奔流が敵機動兵器へと殺到。
敵機動兵器は回避する素振りも見せず、十数発の砲撃に呑み込まれ、小爆発を繰り返した後、一際巨大な爆発と共に四散した。
4枚の花弁が炎を噴きつつ、其々に異なる方向へと吹き飛ばされてゆく。
これだけの一斉砲撃を受けたにも拘らず、原形を留めたまま隔離空間内を漂い続けるそれらの強度に、クロノは思わず舌打ちした。

「敵機動兵器、撃破!」

クルーのその言葉にも、歓喜の念が沸き起こる事はない。
4000名の魔導師と引き換えに得た、敵機動兵器1機撃破という戦果。
これ程までに不釣合いな代償を払い得た戦果になど、何の意味があるというのか。
クロノはすぐさま、新たな指示を飛ばす。

「広域捜索実行。僅かでも良い、デバイスのシグナルを拾うんだ。支局艦艇の捜索域との重複を避けろ」
「広域捜査実行、了解」
「支局艦艇より入電、本艦は第75管理世界方面の捜索に加われとの指示です」
「了解。本艦はシャーロットと合流、第75管理世界方面へと・・・」
「前方3000、空間歪曲多数!」

警報。
新たに展開された大型ウィンドウに、またも外部拡大解析画像が映し出される。
其処に浮かび上がるは、複数の巨大な鉄塊。

「・・・何の冗談だ?」

誰もが、自身の目を疑った。
先程、自ら達の手によって破壊された筈の機動兵器。
それが複数、艦隊の進路を塞ぐ様に布陣している。
闇の中に浮かぶ卵型の鉄塊を見据えるクロノの耳に、入電を告げる電子音とクルーの声が飛び込んだ。



「第10支局より入電・・・敵機動兵器、詳細判明。異層次元巡回警備型無人機動兵器「ファインモーション」。重力偏向フィールドによる対象の行動制限及び、戦術級光学兵器による高火力・長射程砲撃、重装甲・高機動による突撃を主とした戦闘を展開するとの事です」



その言葉も終わらぬ内、敵機動兵器が次々にその花弁を開く。
気付けばその数は数十にも達し、隔離空間内には巨大な鋼鉄の花が幾重にも咲き誇っていた。
クロノは咄嗟に火器管制機構へと手を伸ばし、差し込まれたままの鍵に指を掛ける。
焦燥を多分に含んだ叫び。

「アルカンシェル、バレル展開!」

そして、鋼鉄の花弁に、闇色の光が点ると同時。



クロノの身体は、眼前のコンソールへと叩き付けられていた。



「くそッ・・・またかッ!」

自身を前方へと引き寄せる重力に抗いつつ、クロノは火器管制機構へと手を伸ばす。
しかしその指が、赤く染まった立方型実体化プログラムへと届く事はない。
傍らに展開された偏向重力計測値のウィンドウが、2.2Gとの数値を表示していた。
下方ではブリッジクルー等が、襲い来る重力とコンソールから引き摺り落とされそうになる恐怖に、掠れた悲鳴を上げている。

クロノは懐より1枚のカードを取り出し、瞬時にそれを槍状の杖へと変貌させた。
氷結の杖、デュランダル。
荒い息を吐きつつその先端を、今や垂直の壁面となった床面へと突き立て、瞬く間に氷の階段を生み出した。
もはや飛ぶ事すら困難となった偏向重力下に於ける、苦肉の策だ。

「ッ・・・!」

その身体が、力尽きた様にコンソール側面へと崩れ落ちる。
偏向重力、3.9G。
ブリッジクルー等から上がる苦しげな声を背に、クロノは氷の段差へと腕を乗せた。

一度だけで良い。
アルカンシェルを撃ち込む事ができれば、空間歪曲によって重力フィールドを無力化できる。
一度だけ、あの機動兵器群の布陣を乱す事ができれば。
それで、反撃の糸口が掴める筈なのだ。

「アルカンシェル・・・バレル・・・展開・・・!」

下方より届く、微かな声。
同時に、アルカンシェルのチャージが始まった事を知らせる警告ウィンドウが、艦長席コンソールの上部に表示される。
この状況の中、ブリッジクルー等、そして兵装担当技術官等が、命懸けでアルカンシェルの発射態勢を整えたのだ。
それを理解し、クロノは鉛の様に重くなった自身の腕を動かすべく、更なる力を込めた。

彼等の奮闘を裏切る訳にはいかない。
何としても、アルカンシェルを発射しなければ。
彼等の期待に応える事、それが艦長としての自身の責務であり、現状を生き延びる為の最後の希望なのだから。

強烈な偏向重力の中、必死に身体を引き摺るクロノの傍らで、ウィンドウの数値が4.7Gを指す。
ブリッジドームへと投射される外部映像の中、6隻のXV級次元航行艦と1隻の支局艦艇が偏向重力によって、引き摺られる様に前方へと進み出る様がクロノの視界に映り込んだ。
そして、数秒後。



200を超える光学兵器の奔流が、7隻の艦艇を貫いた。



時空管理局艦隊、残存艦艇数「197」。

*  *


「ティア! ねえ起きてよ、ティア!」

自身を揺さ振る者の存在と、頬に触れる冷たい床の感触に、ティアナは微かに呻きつつ瞼を見開いた。
その視線の先には嘗ての相棒と、その妹分となった戦闘機人の少女の姿。
数瞬、状況が理解できずに呆けるも、瞬時に意識を覚醒させて跳ね起きる。

「転送は!? 此処は何処なの!?」
「おい、落ち着けって!」
「ティア、ちょっと待って!」

スバルとノーヴェ、2人掛かりで宥められ、ティアナは漸く余裕を取り戻した。
そして周囲を見渡し、愕然とする。

「・・・何処よ、此処?」

周囲に広がるのは、当初の転送座標である第61管理世界の緑に囲まれた管理局拠点ではなく、四方どころか上下に至るまで鉄壁に覆われた、何らかの巨大な施設内部だった。
上部に点る照明装置により空間全体を見渡す事ができるが、少なくともこの空間は、本局訓練室と比較して数倍の空間容積がある事が見て取れる。
余りにも巨大な、用途不明の人工空間。
薄ら寒いものを感じつつ、しかし何時までも座り込んでいる訳にはいかないと立ち上がったティアナは、状況の確認を開始した。

「それで、何でアタシ達はこんな所に居る訳?」

その問いに対し、スバルとノーヴェは困惑した様に答える。
どうやら2人も、自身に降り掛かった現象を理解している訳ではないらしい。

「分からないよ・・・支局が攻撃を受けて、揺れたと思ったら気を失って・・・」
「気が付いたら此処で寝転んでたって訳だ」

その言葉に、ティアナは凡その状況を理解した。
恐らく、転送事故だ。
敵機動兵器の攻撃は、空間歪曲を利用したものだった。
転送直前に支局がその攻撃を受けた事により、目標座標までの跳躍空間に異常が発生したのだろう。
結果、こうして行き先の異なる者達が、同じ世界に漂着する事態となった訳だ。

「私達の他には?」
「今、セインが探しに行ってる。そろそろ戻ってくる頃だと・・・」

他に同一世界へと漂着した者が居ないかというティアナの問いに、ノーヴェが意外な答えを返す。
他にもナンバーズが居るのか、という驚きに目を見開いたティアナの背後から、何処か陽気な印象を受ける声が発せられた。

「ただいま」
「なっ・・・」
「あ、おかえり」

床面より突き出す、水色の髪。
IS「ディープダイバー」による無機物潜行を行っているセインだ。
驚くティアナ、出迎えるスバル。
直後、一息に床面の上へと躍り出たセインは、疲れた様に溜息を吐いた。

「どうだった?」
「この先、400m先に20人ほど攻撃隊が居るよ。あと、其処とは別の地点に八神二佐達も」
「八神部隊長が?」

驚き、訊き返すスバル。
頷きをひとつ返し、セインは続ける。

「うん。でも、それより先は無理だった」
「何かあったの?」
「良く分かんないんだけど・・・潜れない壁があるんだ。魔力でコーティングされている訳でもないのに、全然抜けられない。此処の床だって、2mも潜れば其処でその壁にぶつかるんだもの」
「壁・・・何かの施設か?」

ノーヴェの問いに、セインは分からないと首を振る。
暫しの沈黙。
しかし数瞬後、ティアナが「AC-47β」により幾分大型化したクロスミラージュを手に、唐突に歩き出した。

「ティア?」
「此処で考えてたって仕方ない。取り敢えず、その攻撃隊と合流するわよ。いつ汚染体が襲い掛かってくるか分からないし、人数が多い事に超した事はないわ」

歩みを止めずに答えるティアナに、残る3人は互いの顔を見合わせ、しかしすぐにその後を追う。
その足音を耳にしつつ、ティアナは物資搬入ゲートらしき巨大なスライド式の扉へと歩み寄り、制御盤を探し始めた。
そして彼女へと追い付いた3人もまた、ゲートの周囲を調べ始める。

4人の頭上、20mはあろうかというゲートの表面。
薄闇の中に、第97管理外世界の文字が浮かび上がる。
忌まわしき名称、悪夢の記憶を内包せし棺の名。



「MPN134340-Orbital BIONICS LABORATORY META-WEAPONOID RESERCH DIVISION」



狂える翼、人類の狂気による蹂躙と殲滅より5年。
「神々の黄昏」によって打ち砕かれし悪夢は息を吹き返し、「客人」の来訪を待ち焦がれていた。
そして遂に、その時が訪れる。

生命の存在する余地のない、特殊合金に覆われた施設の深遠。
「客人」の有する記憶に基づき、「模倣者」はその姿を変貌させゆく。
全ては「客人」を歓迎する為に。
決して忘れ去る事などできない、記憶の奥底に潜むその存在を模し、彼の「客人」を持て成す為に。
過去より出でし亡霊は、久方振りの「客人」が自らの許を訪れる、その瞬間を待ち侘びていた。



壁が、床が、天井が。
「客人」の来訪に打ち震え、「宴」の用意を整え始める。
亡霊の巣穴と化した施設を構成する無機物、その全てから歓喜の咆哮が上がった。

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最終更新:2015年10月26日 07:31