桜色の光が5条、其々に異なるオートスフィアを撃ち貫く。
直後、更に複数の砲撃が飛来。
廃棄都市区画各所に潜む、80超のオートスフィアが一瞬にして消滅。
一際大型のスフィアが出現、魔導師達を狙撃しようと試みるものの、魔力が砲撃を形成する前に、1000発を超える高速直射弾が不恰好な鉄塊へと襲い掛かった。
爆発。
テスト終了を告げる警告音が、魔導師達の傍らへと展開されたウィンドウを通じて発せられる。

『スフィアの全滅を確認。お疲れ様でした』

記録映像、終了。
ウィンドウが閉じられる。

彼等は本局ブリーフィングルームのひとつにて、大型のウィンドウを前にデバイスへと新たに搭載された機能の詳細について、技術部局員による説明を受けていた。
先程の映像は、8時間前の彼等自身を撮影したものだ。
そして、マガジン型の新システムを映し出す大型ウィンドウ、その前に立つ人物。
マリエル・アテンザ。
彼女は新システムの説明に入るより先に、魔導師達へと問いを投げ掛ける。

「新たな機能を試してみた感想は?」

静まり返るブリーフィングルーム。
40人を超える魔導師達が、一様に戸惑った様な表情を浮かべ、沈黙で以って答えた。
やがて、絞り出す様な声が放たれる。

「その・・・本当に、テスト領域にはAMFが掛けられていたので?」

マリエルは、即座に答えを返した。

「ええ。レベル7、対オーバーSランク用。理論的にはJS事件当時のゆりかご内部を超える出力のAMFが、第2廃棄都市区画全域に対する発動状態にありました」

ブリーフィングルームの其処彼処から、小さなざわめきが沸き起こる。
続く声は、更に多分の困惑を含んでいた。

「しかし、その様な感覚は一切無かったのですが」
「この新システムを通じ、デバイスが常時対AMF結界を形成しています」
「それでは我々の魔力が枯渇している筈だ。結界を常時維持しつつ、砲撃魔法など放てる訳が・・・」
「テスト終了後、貴方がたは魔力を消費していましたか?」

再び、室内は静まり返る。
マリエルは、視線を中程の位置に座する旧知の人物へと向け、言葉を放った。

「高町一等空尉。貴女はテスト中に自身のデバイス、レイジングハート・エクセリオンのリミットを解除、ブラスターモードを起動しましたね。魔力の消費は、どれ程のものでしたか?」

その言葉に、室内の視線がある一点へと集中する。
エースオブエース、高町 なのは。
彼女は他の魔導師達と同じく、その表情へと困惑を貼り付けたまま、声を発した。

「・・・魔力を消耗する感覚は、一切無かった・・・気が、します。魔力集束時も、ブラスターモードの起動時も・・・まるで」
「身体への違和感は?」
「・・・ありません」

困惑のざわめきが、ブリーフィングルームに沸き起こる。
それらの声を鎮めようとするかの様に、マリエルの声が響き渡った。

「実感して頂けた様ですね。これが新システム「AC-47β」の機能、特殊触媒による魔力増幅です」
「魔力の、増幅?」
「ええ。魔法の発動時に要する魔力量は既定値のままですが・・・」

ウィンドウに表示された「AC-47β」の内部構造図を拡大しつつ、言葉を繋げるマリエル。
その表情は彼女らしからぬ無表情であり、内心の葛藤を如実に表していた。

「魔導師本体・・・つまり貴方がたの魔力消耗率は、通常値の約2%となります」
「・・・失礼。2%の軽減、と言いたいのか?」
「いいえ。通常値の2%に当たる魔力で、同様の魔法が行使できるという意味です」

ざわめきがより大きくなり、室内を満たす。
その様を眺めつつ、マリエルは傍らのウィンドウを操作、新たな画像を大型ウィンドウ上へと表示した。
其処に映るは、オレンジの光を放つ球体。
一瞬にして室内が静まり返り、敵意と恐怖が綯い交ぜとなった視線がウィンドウへと集中する。
説明は、続く。

「第14支局消滅の直前に送信された最後の報告により、不明機体群・・・正式名称「R-TYPE」シリーズに配備された球状兵装「フォース」とは、純粋「バイド」体を用いて創造された、ある種のエネルギー触媒である事が判明しました」

画像が移り変わり、次元空間に浮かぶフォースと、それに良く似た2つの光球を回収すべく展開される封鎖結界、そしてXV級次元航行艦の艦首が映し出される。
第14支局跡に於ける、フォース及び「ビット」回収作業の映像だ。

「これは本来、「R」シリーズの機体より供給されたエネルギーを増幅、光学兵器及び半物質化実体弾として目標へと投射する機構であり、我々の技術レベルでは到底、再現不可能なオーバーテクノロジーでした。
しかし第5支局に於ける解析班の尽力により、バイド体の人工培養及び制御技術の開発に成功。試験的培養を開始するに至りました」

魔導師達の間から、感嘆の声が上がった。
敵対勢力の技術を解析・応用せしめた、技術部に向けた賛辞の声。
しかしマリエルは心中で、自身の言葉に対し毒づく。

士気高揚の為とはいえ、「開発」などとよくも口にできたものだ。
バイド体培養技術実用化に至るまでの実態は、不明機体パイロットから齎される情報に依るところが大きい。
電子的強化を施された脳へと記録された膨大な技術的情報は、彼等の発声器官を通し管理局へと渡った。
ほぼ不眠不休にて続けられた聴取の記録に基づき、技術部は然程に労する事なくしてバイド体の培養に成功。
しかしそれは、管理局の技術力では解析すら不可能なシステムの大半を、回収されたR戦闘機群のフォース制御システム、ブラックボックスに属するそれらを代用する事で完成された、継ぎ接ぎだらけの技術だった。
断じて「開発」などではない。
あれは「模倣」だ。

「培養したバイド体を用いた研究の結果、技術的な問題からフォースレベルの高収束度バイド体制御は困難であると判断。しかし、副兵装「ビット」を参考とした低収束度バイド体制御の実現に成功しました」

再びウィンドウへと表示される「AC-47β」内部構造図。
箱型・ドラム型・手動装填型デバイス対応特殊型、3つの構造図に共通する特徴は、その内部に存在する直径2cm程度の球状エネルギー収束体。
4重の魔力による磁場が、それを封じ込め固定している。

「このバイド体を擬似神経回路及び中枢魔力増幅経路を通じてカートリッジシステムに直結する事により、デバイスを用いて制御される魔力の増幅を行う。それが「AC-47β BYDO SYSTEM」の概要となります」

食い入る様にウィンドウを見つめる魔導師達。
その視線の先で画像が揺らぎ、本局外殻の中継映像へと移り変わる。
マリエルは傍らの操作用ウィンドウを閉じ、ハードコピーの資料が置かれた台へと両手を突くと、身を乗り出す様にして語気を強めた。

「これで「AC-47β」の齎す効果はご理解頂けたでしょう。しかし此処でフォースの解析主任、延いては技術部より、貴方がたに対し「警告」を発させて頂きます」

三度静まり返るブリーフィングルーム。
一同を見渡すマリエルの視線は、なのはを捉えるや否やその眼力を強め、続く言葉が彼女にとって非常に重要である事を強調していた。
なのはが気圧された様な表情を浮かべる様を視界の端へと捉えつつ、マリエルは声を発する。

「フレーム耐久限界を超える過剰魔力の供給、デバイスによる耐久限界及び魔力集束臨界値警告の無視。これらの事象を実行した経験のある方は挙手を」

その言葉に、室内に存在する魔導師達の殆どが戸惑いつつも挙手する。
最早慣用句ともいえる、技術部からのデバイスに関する警告。
彼等が口にする危険性を理解しつつも、今までに幾度となくその行為を繰り返してきた。
その結果として、10年前のなのはの様に生死の境を彷徨う事態に陥った者も、決して少なくはない。
しかし同時に、彼等の中には自身の相棒たるデバイスへの絶対的な信頼、そして自己の限界すら超えてみせるとの強靭な意志が息衝いている。
事実、そうして幾度もの窮地を切り抜けてきたのだ。
今更その事を口にされたとして、それを改める事など不可能に等しい事柄であった。
マリエルの言葉は続く。

「単刀直入に言います。この「AC-47β」を搭載した状態でのデバイス使用時、如何なる状況下に於いてもデバイスによる警告を無視する事を禁じます。繰り返しますが、これは「要望」ではありません。「警告」です」

幾人かが身動ぎし、それを確認したマリエルの目が細められた。
何時もの彼女からは考えられないその視線の鋭さに、彼女の人柄を良く知る数人が違和感を抱く。
一体、何を其処まで警戒しているのか?
しかし、そんな彼等の疑問は、新たに展開された大型ウィンドウに映る球体、フォースの映像に掻き消される。

光球の周囲を旋回する、幾筋もの赤い光。
一帯の空間を埋め尽くす、同じく赤い線状の光条。
傷付いた漆黒の不明機体。
その周囲を取り囲む、凄絶な破壊の痕跡を晒す巨大構造物。

誰もが、その映像が何処で記録されたものか、たちどころに理解した。
本局内部、B5区画。
フェイト・T・ハラオウン、ティアナ・ランスター、ユーノ・スクライア。
彼等3名が、本局内部へと侵入した不明機体、捕虜となったパイロットの証言から「R-13A CERBERUS」との名称が判明した、1機のR戦闘機と対峙した地点。

そして画像が乱れ、閃光と共に映像が途切れる。
ウィンドウが閉じられ、残るは抉られ消滅した本局外殻の中継映像のみ。
誰もが息を呑む中、マリエルは震えそうになる自身の声を抑え、「警告」を続ける。

「B5区画にてR戦闘機が使用した範囲殲滅攻撃。これはフォースに蓄積された超高密度エネルギーを解放、既知の次元空間とは異なる次元との隔壁に当たる空間構造を破壊し、無数の次元空間を同時乱発生させ範囲内の対象に原子レベルでの破壊を齎すものです」

ウィンドウに映し出される、破壊された外殻。
しかしその周囲、破壊された本局の一部と思しき破片は、只の一片も映り込んではいない。
これだけの破壊が為されたにも拘らず何故、破片が存在しないのか?
答えはひとつしかない。

B5区画は「破壊」されたのではない。
「消滅」したのだ。

「フォースは自らと、自らを制御下に置く機体、そして恐らくは何らかの方法で識別された友軍を除く全ての外的因子を吸収・分解し、エネルギーへと変換・蓄積する特性を備えています。
今回使用されたこの範囲殲滅攻撃は、交戦中に吸収した魔力、更には本局構造体の破壊時に蓄積されたエネルギーを使用し発動。つまり彼等は、フォースに蓄積されたエネルギーを攻撃手段として解放する技術を所有しているのです。しかし・・・」

再びウィンドウへと、「AC-47β」の内部構造図が表示される。
エネルギーが蓄積されるイメージが投影され、しかし蓄積値が60%を超えた時点で画面が赤く点滅を始めた。
新たに表示される「フレーム耐久限界」、「臨界点到達」の文字列。

「先述の様に、我々の技術では同様の機構を開発・搭載するには至りませんでした。「AC-47β」内のバイド体は攻撃の際、特に近接攻撃時に於ける対象との接触・侵蝕によって大量のエネルギーを蓄積し、それに比例して魔力増幅率も増大します。
しかしR戦闘機とは異なり、蓄積率を維持したまま戦闘を継続する事はおろか、攻撃手段としての解放も不可能。よって「暴走」を防ぐ為、バイド体に蓄積されたエネルギーを強制排出する機構が必要となり、それに伴い機能の強制停止システムが設けられています」

「強制排出機構作動」の文字と共に、ウィンドウ上のバイド体から膨大なエネルギーが放出されるイメージが投影される。
エネルギー蓄積値が減少し、「フレーム耐久限界」及び「臨界点到達」の警告表示が消滅。
その間、約8秒。

「無論このシステムは、デバイスとその使用者の意思により強制解除する事が可能です。基本性能の低下を避ける為、敢えてAI基部の再設定は見送りました。しかし、これだけは忘れないで下さい」

再び表示された外殻の映像を背に、マリエルは語り続ける。
それは、最後の警告。
かつて幾人もの魔導師を死の淵へと追いやった、デバイスに対する過剰な信頼。
それを、技術者たる自らの言葉を以って、微塵とする為に。

「この「AC-47β」を搭載したデバイスを使用する以上、貴方がた一人ひとりの無茶・無謀は、他の全てに対する脅威となって跳ね返る事となります。使用者の命だけでは済まない。範囲内に存在するあらゆるものを巻き込み、消滅する事となります」

息を呑む魔導師達の表情を見渡し、マリエルは言葉を紡ぐ。
純然たる事実、最悪の現実を伝える言葉を。



「貴方がたの手にあるのは、信頼する「相棒」でも、便利な「道具」でもない。辛うじて制御されているだけの「怪物」であり、隙あらば全てを喰らい尽くさんとする最悪の「敵」です。それだけは、決して忘れないで下さい」

*  *


「フェイトちゃん。この後、はやてちゃんの・・・」
「ごめん、なのは。私、ユーノの所に行くから」

それだけ言うと、ブリーフィングルームを出るフェイト。
言葉を掛ける事もできずにその背を見送り、なのはは項垂れた。

不明機体と交戦した日からというもの、フェイトは自身を責め続けている。
自身が引き際を誤った所為で、ユーノが四肢を失う事となった。
彼女は、そう考えているらしい。
しかしその時の彼女はまだ、今の感情を封じ込めている様な状態には至らなかった。
フェイトの心を支えていたものが崩れ去ったのは、恐らく3週間前。
第61管理世界「スプールス」との連絡が途絶えた、あの日。

突如として発生した極広域空間歪曲は、スプールスを含む14の世界を呑み込んだ。
次元世界のみならず、各通常空間までをも侵蝕したそれは、内部とのあらゆる通信手段を阻害。
更には無人探査機及びXV級次元航行艦4隻による強行偵察の結果、管理世界最遠方域にて交信の途絶えた27の世界をも内包している事実が判明した。
偵察を終え、帰還した彼等が持ち帰った映像に映り込んでいたのは、同一空間内に存在する筈のない41の惑星、そして空間を埋め尽くす無数の次元航行艦の姿。
あらゆる計測器が誤作動を起こし、気体とも液体ともつかぬ異様な物質に満たされ、恒星は存在するものの通常の惑星系とも宇宙空間とも異なる、明らかに異常な空間。
艦艇を含め様々な大規模施設の残骸が集合して形成されていると思しき、自然天体にも匹敵する巨大な人工構造物。
その全てより亡者の咆哮の如く発せられる、新旧入り乱れた救難信号。

即時救出を叫ぶ者、罠であると主張する者。
最終的な判断を下す切っ掛けとなったのは、拘束中のR戦闘機パイロット達の証言だった。

曰く、広域空間汚染による異層次元形成に伴う空間隔離は、バイドの用いる戦略としては普遍的手段である。
隔離空間内を自らの「成育」に適した条件へと変容させ、其処でバイド中枢の修復及び増殖を行う。
内包された汚染体は有機物・無機物を問わずバイドにとっての「盾」であり、「殻」であり、同時に「材料」であり、「子宮」でもある。
常軌を逸した現象が頻発するものの、それら全てがバイドを育む為に行われる一連の生命活動の副産物に過ぎず、しかし同時にそれらはバイドにとっての「糧」となる。
この現象の只中に突入するというのならば通常の戦力では、増殖したバイド汚染体群には到底太刀打ちできない。
また、スプールスを含む各世界の環境から考察するに汚染生態系の形成は確実であり、これを放置する事によってバイド汚染体が際限なく増殖する可能性を考えれば、隔離状態を維持しつつ放置する事もできない。
バイドによって引き起こされるであろう次元隔壁の崩壊、それに伴う次元世界への汚染体流出。
自己増殖機能を備えたバイド生命体が次元世界へと氾濫すれば、もはや打つ手はない。



徹底的な「殲滅」。
それ以外に、人類が生き延びる術などありはしない。
汚染体が「何」であったかなど、考えるだけ無駄な事。
どの道、「全て」滅する他ないのだから。



管理局の下した決定は、各地に駐留する次元航行部隊の招集。
そして管理局全戦力の約半数を投じての、「特S級ロストロギア」バイドに対する、一大攻勢作戦の実行だった。
更には各管理世界軍部への協力までをも要請したのだが、そちらに関しては余り芳しい回答は得られなかった様だ。
当然といえば当然ではあるが、今やどの世界もバイドの襲撃を恐れている。
例え自らの戦力では太刀打ちできないとしても、成功するか否か定かではない作戦に軍を貸し出すほど酔狂ではない。
よって管理局は自らが保有する417隻の艦艇の内、前線基地として機能する支局艦艇8隻を含む204隻を、バイド攻撃隊として隔離空間内へと送り込む事を決定。
同時に4000名を超える魔導師による各世界への降下、生存者救出を立案・採択した。

スプールスとの連絡が途絶えた直後、フェイトの取り乱し様は凄まじかった。
彼女の家族であるエリオ、そしてキャロ。
2人の生死すら不明であるというこの状況は、彼女の精神を容赦なく蝕んでいった。
周囲が如何にフェイトを励まそうとも、その言葉が彼女の心に届く事はない。
今までに乗り越えてきた如何なる事件をも上回る規模で発生した、今回の極広域空間歪曲。
独自に行動を起こす事もできず、ただ徒に時間ばかりが過ぎ行く中、徐々に彼女は出会ったばかりの頃の様に心を閉ざしていった。

時空管理局、その全ての機能が対バイド戦に向け集約してゆく中、他の執務官同様に時間を持て余す事となったフェイトは、対「R」戦闘機群戦術シミュレーションを繰り返し、その合間に意識の戻らぬユーノの元を訪ねるというサイクルを繰り返している。
誰に己が心の内を明かす事もなく只管に自身を責めつつ、R戦闘機群に対する憎悪にも似た感情に突き動かされるがまま、彼等への対抗手段を探り続けているのだ。
尤も、R戦闘機群への対抗手段の模索は、彼女のみならず管理局の誰もが行っている。
よってなのはは、彼女の努力が実を結んでいるとは言い難い事も既に知っていた。
クラナガン、そして本局内外にて記録されたR戦闘機群の映像、其処から導き出された彼等の戦闘能力。
シミュレーションの結果は、常に非情な答えを呈していた。

魔導師では、R戦闘機群には対抗できない。
一度、戦闘機本来の超高機動・高速戦闘が展開されれば。
一度、本来の射程で砲撃を受ければ。
一度、バイド汚染艦隊を襲ったあの戦略攻撃が実行されれば。
為す術なく一方的に蹂躙され、全滅に至る事は明白であった。

それでもフェイトは、シミュレーションを続けている。
彼女が見据えている敵とは恐らく、あの漆黒のR戦闘機だろう。

「R-13A CERBERUS」。
地獄の番犬の名を冠された、重武装突撃型R戦闘機。
拿捕されたパイロット達の話では、2164年に発生した「サタニック・ラプソディー」事件にて運用され、事態を打開した3機のR戦闘機、内1機と同型の量産機であるとの事だった。
数あるR戦闘機群の中でも、一際強力なフォースを装備した機体。
極端なバイド係数強化の反動として、機体からの有線制御を行わざるを得なくなった、歪な戦闘体。
ユーノの四肢を間接的に奪い、一瞬にして200名超の命を本局の一部ごと消滅させた、悪魔の機体。

R-13Aに限らず、本局への侵入を果たした他の2機への対抗手段についても、度重なるシミュレーションが行われている。
しかしそれらもまた、導き出された答えは、望むものからは掛け離れたものであった。

「TL-2A2 NEOPTOLEMOS」。
アギトとユニゾンしたシグナム。
彼女達と対峙し、果ては意識不明の重体へと追い込んだ、濃緑の機体。
人型への変形機構を有し、重装甲と近接攻撃特化型フォースを備えた特殊型。

既に意識を取り戻したアギトの証言によれば、この機体が放つ砲撃には一切のタイムラグが存在せず、「発砲と同時に着弾」したのだという。
砲撃の瞬間を見切り、先制攻撃を仕掛ける事による回避を試みた彼女らは、突如として背後の空間が爆発した事によりレヴァンティンを破壊され、更に衝撃によって前方へと弾き飛ばされた。
不明機体はその瞬間を逃さずバーニアにより前方へと加速、10mを優に超える鋼の巨体を以ってシグナムに対する突進を実行したというのだ。
自身の進行方向とは真逆の方向からの、膨大な質量による高速での衝突。
シグナム、そしてアギトは実に200mにも亘って宙を舞い、そのまま隔壁へと叩き付けられた。
それだけに留まらず、R戦闘機は隔壁を破壊してダクトを離脱。
既に外部と内部とを隔てる隔壁が残存していなかった事もあり、救援が駆け付けるまでの11分間、シグナムらは真空状態となったダクト内に放置されていたのだという。
本来ならば、プログラムゆえ深刻な問題ではなかったであろうが、今回はその身体を構築するプログラムが人に近付いていた事が災いした。
今だシグナムという存在の中核を成すプログラムの基幹部に異常は無かったものの、徐々に人間としての肉体に近付きつつある身体の損傷は、既にその生命を脅かすまでに至っていたのだ。

内臓の殆どを潰され、脊椎を損傷し、全身の骨格までをも粉砕された烈火の将。
度重なる治癒魔法の使用と外科手術により、外見的には殆どの傷が癒えた今なお、彼女は生死の境を彷徨っている。
そして、彼女の目覚めを待ち続ける者達に対し医療班が告げた、残酷な事実。



たとえ目覚めたとしても、彼女は2度と剣を振るえない。



残る1機の迎撃にはSランクが1人、そしてAAランク1人が当たっていた。
しかし結果は、他の2箇所を上回る被害を生み出しただけ。
彼等が接触したR戦闘機は、まさに暴虐の化身とも呼ぶべき存在だった。

「R-9Leo LEO」。
R戦闘機最大の攻撃手段である波動砲ではなく、通常兵装である光学兵器の出力を極限まで強化したという機体。
大威力の一撃ではなく、間断なく掃射される光学兵器の弾幕によって全てを薙ぎ払う殲滅者。

この機体について、パイロット達による証言以上の情報は得られていない。
ダクト内の映像は「壁」となって襲いくる光学兵器の閃光を最後に途絶え、当初に迎撃を担当したSランク及びAAランク、更には増援を含む67名の魔導師達は、塵も残さず消え去った。
後に残るは、魔力炉心の数百m手前まで続く凄絶な破壊の痕跡、そして僅か数個の主なきデバイスの破片のみであったという。

彼等は炉心まであと1歩という距離にまで侵入を果たしながら、唐突に踵を返し撤退した。
本局に程近い空間、其処にゆりかごを含む艦隊が現れ、管理局及びR戦闘機群に対し無差別攻撃を開始した為だ。
彼等はバイドとの戦闘を優先、本局に対するあらゆる戦闘行為を即時中断し、外部へと脱出。
その際に多くの命が奪われたものの、管理局全体としてみればそれは幸運だったのだろう。
炉心は破壊される事なく、バイド汚染艦隊はR戦闘機群の攻勢により虚数空間へと撤退した。
R戦闘機群もまた、独自の次元航行技術により姿を消し、後に残ったのは重大な損傷を負った本局と、機能を停止した14隻のXV級次元航行艦のみ。
計1308名もの犠牲者を出し、戦闘は終結した。

未知の科学技術によって形成された、異形の質量兵器「R-TYPE」。
その力は魔法を遥かに凌駕し、もはや魔導師では抗い得ない脅威の存在であった。
彼等と再び相見える事になったとして、自身らにできる事などあるのだろうか。
なのはは、そう思わずにはいられない。

そして何より、対抗措置として生み出された「AC-47β」魔力増幅機構。
ビットと呼ばれるR戦闘機副兵装、其処から分離・培養されたバイド体を用いて作成されたそれは、管理世界が踏み出してはいけない1歩、そのものの様に思えた。
常軌を逸した技術・戦力を有する22世紀の第97管理外世界が半世紀に亘って戦いを繰り広げ、しかし今なお滅する事叶わぬ存在。
異次元の彼方より現れ、全てを侵蝕する狂気の生命体。

22世紀の第97管理外世界は、管理世界をバイドに汚染されたものと誤認した上で、今回の攻撃を実行したのだという。
そう、確かに誤認だった。
しかし今、管理局はバイドを用いて、自身の戦力を強化しようとしている。
第97管理外世界とは異なり、その原理すら判然としないままに。
自らの意志で、バイドを受け入れる。
それは意図しないままの汚染と、一体どう違うというのだろう。
得体の知れぬ怪物を、自らの体内に飼うと同義の行為。
それ即ち、自らが「バイドになる」という事ではないのか?
第97管理外世界の誤解から始まった一連の事態に正当性を与え、真実へと昇華する行いではないのか?

「一尉、高町一尉!」

自らを呼ぶ声に、なのはは我へと返る。
どうやら、何時の間にか考えに沈んでいた様だ。

何を考えている。
この戦いの正当性は管理局にある、それは明らかではないか。
22世紀の第97管理外世界は、何処かの次元文明が遺した特S級ロストロギア・バイドによる侵攻を受け、その技術を応用して次元世界へと進出。
次元世界に対する理解の不足から管理局をバイドと誤認し、一方的な攻撃を経て自らの認識が誤りである事を知るに至った。
そして偶然か、それとも必然か、バイドそのものがこの次元世界へと出現。
状況は時空管理局、国連宇宙軍、バイドと、三つの勢力による混戦の様相を呈してきた。
今、最も優先すべきは管理世界住民の救助、そしてロストロギア・バイドの鎮圧と確保。
その戦いの中で、第97管理外世界が持つ管理世界への誤解も解ける事だろう。
そして恐らくは、彼等と管理局の歩み寄りも実現できるに違いない。
不毛な戦いなど、誰も望んではいないのだから。

溜息をひとつ、なのはは歩を進める。
視線の先には、彼女を呼ぶ複数の人影。
彼女自身が教え導いた、幾人もの若き魔導師達。

そうだ。
こんな事を考えるのも、あのパイロットが言い放った言葉の所為だ。
地球人ではない?
地球を未開の世界と見下し、切り捨てた?
何を馬鹿な。
自分は紛う事なく第97管理外世界の出身、即ち地球の人間だ。
故郷を捨てた覚えは無いし、見下した覚えも無い。
自身は偶然から次元世界の存在を知り、その歴史の歩みを学んだ。
その過程で、質量兵器が如何に愚かで恐ろしいものかを知り得て、魔法技術体系から成る管理世界の文明を受け入れた。
自身にすらできたのだ。
より詳細な理解が可能であろう地球という世界そのものに、それができない筈がない。
質量兵器を放棄する事に対する抵抗はあるだろうが、管理世界の総意であるその主張に、次元世界への進出を果たして間もない一介の世界が抗うというのは、余りに愚かな選択だ。
聡明な彼等ならば、自ずと取るべき道は見えてくる事だろう。

バイドさえ打ち滅ぼせば。
R戦闘機の必要性が失われれば。
魔法技術体系の優位性さえ示す事ができれば。



全ては、あるべき流れへと収束するだろう。
次元世界が進むべき、「正しき道」へと。
嘗て自らが、それを学んだ様に。



雑念を振り払い、なのはは力強い笑みを浮かべた。
自らを目指す者達に、要らぬ不安を抱かせる訳にはいかない。
教え子に対し常に希望を指し示す事こそ、教導隊員としての使命なのだから。

確固とした信念に基づき、未来へと歩むなのはは気付かない。
自らの思考が既に、管理世界の住人のそれへと変貌している事実に。
自らの出身世界を、「地球」ではなく「第97管理外世界」として捉えている、その思考に。

時空管理局戦技教導隊所属、高町 なのは一等空尉。
管理外世界に生まれ、管理世界に育った異端のエースは、己が信ずる未来へと向かって飛翔し続ける。
羨望ではなく、害意を以ってその翼を観測する、地を這う者達の狂気に気付かぬまま。

桜色の光を放つ、未来と希望を象徴する翼。
鈍色の光を放つ、狂気と憎悪を内包した翼。

両者が再び邂逅を果たすのは4日後、対バイド攻勢作戦「ウイング・オブ・リード」の発動から8時間後の事であった。

*  *


入室するや否や、おめでとう、とその男性は言い放った。
何の事か、と訝しがるリンディ・ハラオウンを余所に、男性は言葉を続ける。

「遂にロストロギアと認定されたんでしょう、バイドは。これで後々の強制執行が可能となった訳だ」

感情の窺えない声で言い切ると、男性は無機質な視線をリンディへと向けた。
クラナガンにて拿捕された7名のパイロットの内、「R-9ER2 UNCHAINED SILENCE」との名称を持つ早期警戒機に搭乗していた人物。
それが、彼女の目前に座する男性だった。

「今日は何の御用です、ハラオウン総務統括官」

穏やかな、しかし決して親しみを感じる事のない、無感動な声。
込み上げる嫌悪感を抑え込むと、リンディは努めて平静に声を発した。

「本日は貴方がたへの要請の為に伺いました。予てからの宣言通り、我々は対バイド攻勢作戦を発動します。その際、貴方がたに戦術オブザーバーとしての同行を願いたいのです」

沈黙。
先を促しているのだと解釈したリンディは、言葉を繋げる。

「残念ながら私達は、バイドの脅威を正確に理解できているとは云い難い。対バイド戦のスペシャリストである貴方がたに、各状況に於ける助言を頂きたいのです。無論、相応の見返りは保障します」
「どんな?」
「国連宇宙軍艦隊との対等な交渉、貴方がたパイロットの身柄引き渡し」

訊き返す言葉の後、再び沈黙する男性。
リンディもまた、答えを急かす事なく口を噤んだ。

本来ならば、態々リンディが出張る様な交渉ではない。
しかしながら彼女は、一度でもパイロット達との対話を行ってみたかった。
何故かと問われれば、彼女とて言葉に詰まる。
だが、何かしらの衝動が彼女を突き動かすのだ。
それが亡き夫クライド、そしてクラナガンにて目撃された幻影に由来する事は明らかであったが、自身が何を期待しているのかという疑問については、彼女自身にとっても判然としない疑問であった。
自分は一体、何を考えているのだろうか。
リンディの思考が、内へと沈み行こうとした矢先。

「了解しました」

男性の声が、取調室へと響き渡る。
その声に我へと返ったリンディは、手にしたバインダーとペンを男性へと差し出し、サインを求めた。

「・・・空間投射ウィンドウがあるでしょうに」
「規定により、貴方がたが空間ウィンドウを使用する事はできません」
「ハッキングを警戒していると」
「そういう訳では・・・」

第97管理外世界の言語で以って、サインを済ませる男性。
全ての項目への記入が済んだ事を確認し、リンディはもう一度、男性自身への確認を取ると、取調室を後にしようとした。
しかし。

「他に訊きたい事があるのではないですか、ハラオウン総務統括官」

その言葉に、リンディは足を止める。
振り返れば、男性が掌で椅子を指していた。

「掛けては?」

数瞬ほど戸惑い、リンディは椅子へと歩み寄り、腰を下ろす。
彼女が男性の姿を正面に捉えると同時、その言葉は放たれた。

「クライド・ハラオウン提督について何か知らないかというのなら、残念ながら答えは否です。特別捜査官にも申し上げた通り、あの砲撃を放った機体については新型実験機としか聞き及んではおりませんので」

唐突なその発言にリンディは僅かながら目を見開き、しかしすぐに平静を装う。
男性の言葉は確かに彼女の心を抉ったが、人の上に立つ期間の長かった事もあり、自身の心を覆い隠す術には長けていた事が幸いした。
だが続く言葉は、そんなリンディの虚勢を容赦なく叩き潰した。

「しかしエスティアが「TEAM R-TYPE」によって拿捕された時点で、ハラオウン提督が生存していた事は間違いないでしょう」

今度こそリンディの表情に、剥き出しの感情が浮かび上がる。
男性は動じた様子もなく、彼女の瞳を見据えていた。
艶やかな唇が震え、言葉を紡ぐ。

「・・・どういう、事です?」
「貴方がたが言うには、あの機体は魔力素を操作していたという。少なくとも私の知る限り、魔法などというものは22世紀の地球には存在しない。ならば、考えられる可能性はひとつだ。
「TEAM R-TYPE」は拿捕したエスティア、そしてハラオウン提督を「解析」し、何らかの手法を以って魔法技術体系を手に入れた。あの連中ならばやりかねない。貴重な「サンプル」を自らの手で破棄するなど、連中に限っては有り得る筈がない」

男性の言葉を耳にしつつも、リンディの思考は目まぐるしく交錯を重ねる。
それは管理局局員として培ってきた経験から発せられる警鐘と、リンディ・ハラオウン個人としての切なる希望、両者が入り混じった理性と感情の渦。
もはや隠し様もないそれに、リンディの意識が歪に揺らぐ。

クライドが生きていた?
彼とエスティアが、あの魔力を操るR戦闘機の礎となった?
解析?
サンプル?
この男は、一体何を言っているのだ?

混乱と共に、乱れ飛ぶ疑問の最中へと呑まれゆくリンディ。
沈黙する彼女の様子をどう捉えたのか、男性は不意に話題を変えた。

「ところで、その作戦にはタカマチ一等空尉も参加するので?」

唐突なその問いに、リンディの意識が途端にクリアとなり、涌き起こった疑問をそのまま男性へとぶつける。

「何故、そんな事を?」
「機密事項に該当するのですか」
「・・・いいえ。そう、彼女も本作戦に従事します。それが何か?」

すぐさま、変わらず平淡な声で以って答えが返される。

「アコース捜査官は、彼女との直接的な接点が多くはなかった。彼の彼女に対する評価は、ヤガミ特別捜査官を介して得た情報、そして管理局内外での彼女に対する評価を基にした部分が大きい。もう少し近しい人物から、彼女に関する話を聞きたかった」
「・・・何の為に?」
「自分を墜とした人間について知りたいと思うのはおかしい事ですか?」

男性の口から語られる言葉に、リンディの内面では焦燥が積み重なってゆく。
そう、アコース捜査官の脳を攻撃した人物とは、正しく目の前の人物だった。
彼こそがアコース捜査官の記憶を奪取し、更にその脳を破壊せんとした張本人。
なのはの砲撃によって撃墜された機体からして、彼の脳が情報処理能力に長けている事は予想できた。
しかしその能力は、管理局魔導師の予想を遥かに上回っていたのだ。

そんな彼の口から騙られる、複数の知人の名。
一体何処まで情報が盗まれているのか、解ったものではない。
少なくとも機動六課と聖王教会、そしてアコース捜査官の人脈から推測するに、管理局のかなり深部に至るまでの情報が盗み出されていると考えられる。
背筋を走る冷たい感覚を何とか無視しつつ、リンディは言葉を搾り出した。

「そうね、そう思うのが普通かもしれない。でも、それだけとも思えない」
「まあ、そうですね。本音を言えば、彼女の意識を探りたかった、という事もあります」
「意識を?」

ええ、と男性は頷き、更に続けた。
リンディが予想だにしなかった、意外な言葉を。



「「翼」を手に入れた人間が、どんな視点で我々を見ているのか知りたくなりまして」



呆然とするリンディを余所に、男性は語り続ける。
それは、翼なき人間としての、純粋な疑問。
知的好奇心からの言葉であると、容易に判断できるまでの無垢な響きと、寒気がする程の冷徹さを秘めた言葉。

「幼くして魔法という異能、管理世界という異文化に触れ、それらを吸収してきた人物。周囲からの制止も無く、しかも自らの意志によって「ソルジャー・チルドレン」宛らの幼年期を過ごしながら、これといった歪みもなく完成された人格。
歳不相応な任務に従事しつつ、しかし非殺傷設定の存在により、1度として人を殺めた経験の無い歪な軌跡。全く以って不思議だ。理解できない。ナノハ・タカマチという人物は、私達の理解の範疇を超えている。
だからこそ、彼女は「地球人」である事を止める事ができたのではないか。私は、そう考えていまして。それを確かめたくなったんです」

並べ立てられる言葉の羅列を前に、リンディはただただ呆けていた。
言葉の意味を理解するより早く、彼女の口を突いて出たのは、たった一つの疑問。

「・・・「地球人」を、止める?」

それだけだった。
リンディの意識を支配する、唯一にして最大の疑問。
嘗てはやてに向けられた「地球人ではない」との言葉にも似た、しかし決定的に異なる意図を含んだ言葉。
一体、何を云わんとしているのか?
続く男性の言葉が、その疑問に答えた。

「彼女は、自らの意志のままに空を舞う事のできる「翼」を手に入れた。立ちはだかる障害を打ち砕き、足下を掬わんとする害意を払い除けるだけの「力」を。本来、その力を持ち得ない筈の世界に生きる少女が、ごく小さな偶然から魔法という「翼」を得た」

視線をリンディから僅かに外したまま、男性は言葉を連ねゆく。
単なる事実を口にしている、ただそれだけとでも云わんばかりに。

「その「翼」を以って彼女は友を救い、自らが納得のできない状況を次々に打破してきた。その意思は管理局の利害と一致し、彼女は組織の後ろ盾を得て更に高く羽ばたく。順風満帆だ。命を脅かす程の負傷も、彼女の意思を以ってすれば更に高みへと至る為の糧に過ぎなかった。
だからこそ、彼女は忘れてしまったのでしょう。本来は自身も、「翼」を持たぬ世界の住人である事を。飛べない事が当たり前の人間が犇く、「地球」という名の世界の存在を」

男性の視線が、リンディを捉える。
敵意は無い。
蔑意も無い。
只々、純粋なまでの好奇心だけが宿った瞳。
答えを得る為ならば、如何なる事柄でも為してみせると云わんばかりのそれ。
其処に、嘗て狂える科学者の瞳に見たものと寸分違わぬ光を見出したリンディは、零れそうになる声を寸でのところで抑え込んだ。



あの男、「無限の欲望」ことジェイル・スカリエッティと同じ意思を湛えた光。
ある目的の為ならば、手段を選ばぬ狂人の瞳。
本能に狂った者ではなく、理性に基いて狂える事のできる、余りにもおぞましい「怪物」の眼。
それが、リンディの瞳を間近から覗き込んでいた。



「ハラオウン総務統括官。羽ばたく「翼」を持たない人間が空を飛ぼうとすれば、騒音と排煙を撒き散らす巨大な「エンジン」に命を託して、力に物を言わせて無理矢理にでも飛ぶしか方法は在りません。
何時爆発するとも知れず、何処まで飛べるかも分からない、金属の塊を背負ってね。タカマチ一等空尉はそんな世界に生まれた。にも拘らず、彼女は「翼」を持つ者の理論で飛ぶ事を強要しようとする。今この瞬間、管理局に属している事実こそがその証明だ」

「怪物」の、「飛べない人間」の言葉は続く。
空舞う「翼」に憧れ、しかし「翼」ではなく、「鉄」と「火」によって飛ぶ術を生み出した世界の人間。
理に従い飛ぶ術を知らず、理の悉くを打ち破り飛ぶ術を持つに到った「怪物」。

「・・・彼女は、飛べない人間を見限っていると?」
「バイドに対するロストロギア認定について、恐らく彼女は肯定的なのでしょう? つまり、その後に続く地球に対する強制執行についても容認しているという訳だ。実行されれば管理局は地球に対し質量兵器と、独自に発展を遂げた現有先端科学技術の破棄を強要する。
魔法技術体系を有しない21世紀の地球は武力を失い、全面的に管理局による統治下に置かれる事となる。多少、言葉は違うかもしれないが、本質的には変わりがない。地球にとっては質量兵器のこそが「翼」であり「力」だ。手放す事など有り得ない」

空の遥か先、無限の宙にまで達する「力」を得た「怪物」の目に、空を舞うだけの「翼」は霞んで映る。
不合理な飛び方を嗤い、自らには叶わぬ飛び方を嫉む。
それさえも過ぎてしまえば、残るは疎ましさだけ。
羽ばたきの音に苛立ち、舞い散る羽根に嫌悪を抱く。

「彼女にそれを理解できない筈がないんだ。にも拘らず管理局の理念に従い活動しているという事は、彼女が地球の現状を理解した上で管理局を優先したと考えざるを得ない。
魔法によって成り立つ文明を当然のものとして認識した者に、魔法の存在しない文明を理解する事などできる訳がない」

「怪物」は背凭れに深く身を預け、軽く息を吐く。
掛ける言葉もなく、その様子を眺めるリンディ。
彼女の瞳から視線を逸らす事なく、彼は言い放った。

「今更「翼」を与えられたところで「エンジン」を手放す馬鹿は居ない。「翼」に憧れた者全てが「翼」を得る事を望むとは限らない」

その言葉にリンディは、心臓を握り潰されるかの様な重圧を覚える。
管理局の、魔導師の「翼」を否定する言葉。
漸く絞り出した声は、今にも掠れて消えんばかりの弱々しいものだった。

「・・・貴方も?」

答えは、すぐに返された。

「必要も無いのに強要されるのは、やはり迷惑です」
「では、どうするのかしら?」

挑戦的な言葉。
知らず滲む威圧感を意に介する事もなく、「怪物」は平然と言葉を返す。

「目障りならば、「翼」をもいで地に墜とすだけです。同じ飛び方をするより遥かに簡単だ」

もはや隠す事もせずに顔を顰め、リンディはバインダーの書類を確認し始める。
一刻も早く、この部屋を出たかった。
目の前の「怪物」と同じ空気を吸う事が、この上ない苦痛に感じられたのだ。
しかし彼女はふと、気になった事柄を口にしていた。

「・・・随分と象徴的な言い回しを多用するのですね。失礼ながら、少なからず意外でした」

男性の返答は、またもリンディの予想を上回るものだった。

「アコース捜査官は、こういった象徴的な表現を多く用いた言葉遊びを好んでいた。カリム・グラシア少将、ヤガミ特別捜査官、クロノ・ハラオウン提督、ユーノ・スクライア無限書庫司書長。同様の傾向を持つ人物は多かった様です。
ハラオウン総務統括官の会話に対する嗜好については情報が少なかった為、取り敢えず彼の会話術に倣ってみたのですが」

不快な言葉の羅列。
リンディは無表情に立ち上がり、退室すべく男性へと背を向ける。
しかし扉へと歩み寄る足を止めると、振り返る事なく最後の問いを発した。

「・・・高町一等空尉は空を目指す者の良き指導者たらんと努め、多くの若者に「翼」を与えてきました。それでも、彼女は飛べない人々の事を忘れ去っていると?」

責める様な自身の言葉に、リンディは苛立つ。
これではまるで、内心ではあの男性の言葉を認めてしまっていると、そう証明している様なものだ。
そんな彼女の葛藤も知らぬまま、背後より返答の声が飛ぶ。

「彼女が教え導いているのは、拡がり切っていない「翼」を持つ雛だ。「翼」そのものを持たない人間など、少なくともこの世界では、彼女の周囲には存在しない。彼女は「翼」を拡げる手伝い、そして羽ばたき方を教えているだけでしょう」

微塵の蔑意も含まない、無感動な声。
微かな敵意すら込め、リンディは更に言葉を投げ掛ける。

「地球の出身でありながら「翼」を手に入れ、その羽ばたき方を教え広めている事が気に入らないと?」
「それもあります。何せ・・・」

空気を振るわせる言葉。
リンディの鼓膜を震わせるそれは、なのはの想いに真っ向から反するものだった。



「敵対する者の「翼」をもぐ事こそが、私の任務ですから」



モーター音。
項垂れ、室外へと歩み出たリンディの背後で、閉じられるドアとロックの音が無機質に響いた。



「翼」持つ者を教え導き、空へと誘う管理局。
「翼」を奪い、地へと引き摺り墜とす地球軍。

共に高みへと到る力に憧れながらも、余りに異なる道を歩んだ2つの組織。
空舞う者は地を顧みず、地を這う者は天へと銃口を向ける。
たとえ空を喰らい、地を蝕む異形が現れたとして、両者の思想が変化する事はない。

互いを理解しつつ、しかし僅かな許容すらもなく。
悪意が息衝く胎内にて、両者は再び相見える事となる。



体バイド攻勢作戦「ウイング・オブ・リード」発動まで、89時間。

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最終更新:2015年10月26日 07:30