『第14区、地下街の崩落が始まっている! 全体の陥没も時間の問題だ!』
『こちら第8区・・・生存者、発見できず。隣接地区の捜索に移る』
『循環システムが止まっている・・・! こちら855、特救はまだなのか!? このままじゃ中の民間人が窒息するぞ!』

飛び交う無数の念話は、そのいずれもが最悪の状況を告げるものばかりであった。
第4廃棄都市区画及び、クラナガン西部区画に於ける戦闘の終結より6時間。
地震の被害は元より、大型機動兵器と管理局部隊、そして不明機体群の交戦により壊滅的な打撃を受けた西部区画。
漸く展開した救助隊の目に飛び込んだ光景は、数時間前まで高度文明都市として機能していたとは到底思えない、破壊され尽くしたビル群と瓦礫の山だった。

道路は膨大な量のコンクリート片と鉄塊に埋め尽くされ、嘗ては壮麗な姿を誇っていたガラス張りのビルは軒並み崩壊、ハイウェイが延々と横倒しになり数千台の車両を圧壊、ライフラインは完全に破壊され最低限の電力の供給すら行われてはいない。
地下街の全体が崩落し、破裂した水道管から噴き出す水と逆流した汚水が混じり合って瓦礫の隙間を流れ、何処からか降り注ぐ灰が周囲を白く染める。
電源の確保が困難である以上、夜の闇に沈む筈の都市はしかし、赤々と周囲を照らし出す光によって最低限の視界を確保されていた。
都市の4割以上の区画を呑み込んだ、紅蓮の炎。
鎮まるどころか徐々に勢力を増しつつあるそれは、瓦礫の下にて救助を待っているであろう、数多の命を燃料として更に燃え上がる。
そして、何より。

『・・・特別救助隊202より、報告。大型機動兵器通過跡より400mの範囲内に生命反応なし。避難所も含め・・・全滅だ』

都市区画を貫く、一条の線。
地表を抉り、ビルを薙ぎ倒し、全てを粉砕しながら刻まれた、想像を絶する破壊の爪跡。
地上はおろか、地下に存在する全ての施設をも破壊し尽くしたそれは、巨大な鋼鉄の獣が地上を駆け抜けた跡だった。
年の西端より東へと数km、更に北へと数km。
時に歪み、捻れ、のたうつその線は、このミッドチルダという世界そのものに牙を突き立てた、異形の質量兵器によるもの。
生命の尊厳を踏み躙る、忌むべき思想の下に築かれし歪な存在によって刻まれた、蹂躙の傷跡。
その終着点に鎮座する、巨大な鉄塊。
機能停止から6時間が経過した今なお、それは至る箇所から炎と黒煙を噴き上げ、闇夜の空を赤黒く染め上げていた。

『急げ、崩れるぞ!』
『ナカジマ、まだか!? 押し潰されるぞ!』
『くそ、始まった! 退避しろ! 総員退避だ!』

都市の一画、崩れ掛けたショッピングモールの地下階へと続く外部アクセスポイントから、複数の管理局局員が慌しく姿を現す。
彼等は皆、一様に白いバリアジャケットを纏っていた。
湾岸特別救助隊。
ミッドチルダ南部の港湾地区に活動拠点を置く彼等は、被害の甚大さから急遽このクラナガン西部区画へと派遣されたのだ。
救助活動のスペシャリストたる特別救助隊、その中でも精鋭中の精鋭と言われる湾岸特別救助隊。
しかしその彼等を以ってしても、この巨大な墓標の群れと化した廃墟の中で発見されるのは、原形を留めない亡骸の山と「人であったもの」の破片ばかりであった。
否、欠片でも残っていればまだ幸運なもの。
多くは既に瓦礫の山と業火に呑み込まれ、コンクリート礫の合間から滲み出す大量の赤い液体か、上空に蔓延する黒煙の一部となっているのだから。

『こちらナカジマ、脱出します!』
『こっちもだ! ノーヴェ、出るぞ!』

決然とした声の念話と共に、アクセスポイントから2本の光の道が宙へと伸びる。
黄色の光を放つ道と、青い光を放つ道。
其々の上を目にも留まらぬ高速で駆けつつ、弾丸の様に地下から飛び出す2つの影。
直後、轟音と共にアクセスポイントから粉塵が噴き出し、200mほど離れた位置に建つショッピングモール全体が崩壊した。
背後からの衝撃を受け、光の道から放り出される2つの影。
それらは腕の内へと抱え込んだ小さな存在を庇うかの様に肩口から地表へと叩き付けられ、十数mを転がった後に漸く動きを止める。
赤い髪の少女と、青い髪の少女。
ほぼ同時に身を起こした彼女達の腕の中には其々、全身を赤く染め上げた幼い少年と少女の姿があった。

「移送を! 早く!」

青髪の少女、スバル・ナカジマの声が上がるより早く、医療班が2人の腕から子供達を受け取り担架へと乗せる。
移送される2人の姿を見送った後、スバルは駆け寄った同僚へと状況報告を始めた。

「・・・生存者はあの子達、2人だけ。母親だと思われる女性が崩落した天井に下半身を挟まれてたけど、もう息が無かった。避難所は・・・」
「・・・崩落、していたのね?」
「・・・うん」

項垂れ、力無く呟くスバル。
その肩をひとつ叩き、同僚の女性はその場を後にした。
ふと、スバルは自身の隣を見る。
其処には赤髪の少女、ナンバーズが1人、ノーヴェが地へと座り込んでいた。
その目には何時もの勝気な色は無く、ただ呆然とした様子のみが見て取れる。

「・・・大丈夫?」

スバルが、声を掛けた。
返事は無い。
再度、声を掛けようとした時、ノーヴェが掠れた声を漏らす。

「なあ」
「・・・何?」
「・・・あの子供・・・助かるよな?」

感情の削げ落ちた、無機的な声。
その問いに、スバルは答える事ができなかった。
少年を抱えていたノーヴェのスーツは夥しい量の血に染まり、スバルのバリアジャケットもまた、少女の血液によって赤く染め上げられている。
改めて自身の状態を振り返り、スバルの背中を冷たいものが走った。
手が震え、膝が笑い、全身が命を失ったかの様に冷たくなってゆくのを感じる。

初めてだった。
特別救助隊に所属してから、初めて要救助者の死と向き合った。
短い間ながら、湾岸特別救助隊にてスバルが出動した現場では、未だに死者が発生した件はなかったのだ。
沖合いでの客船沈没、ハイウェイでの大規模車両事故、コンビナート火災。
いずれの事故に於いても厳しい状況下に曝されながら、今までに学んだ知識と経験、そして仲間達との信頼と連携でそれらを乗り越えてきた。
1人の、たった1人の死者すら出さずにだ。
覚悟はしていたつもりだった。
いずれはその現実と向き合う事になるだろうと、彼女なりに理解してはいたのだ。
全ての現場に於いて、全ての命を救う。
その理想に反した現実へと立ち向かう事となる、その覚悟は確かに胸の内に存在していたのだ。

だが。
今、彼女の前に立ちはだかる現実は、その覚悟をすら嘲笑うかの様に過酷であり、残酷で、非情だった。
休日を謳歌していたであろう家族連れ、逢瀬を楽しんでいたであろう恋人たち、ただ日常を歩んでいたであろう数万・数十万の人々。
それらが一様に、無慈悲なまでに平等に命を奪われたという、信じ難い事実。
生存者救助の為に赴いたというのに、発見されるのは命無き骸のみ。
漸く救い出す事のできた小さな命の灯も、今まさに潰えようとしている。
否が応にも理解せざるを得なかった、余りにも非情な事実。

出血が激し過ぎた。
あの子供達は、もう。

「・・・ノーヴェ」
「何で・・・なんでぇ・・・」

血に濡れた腕を抱く様にして、掠れた声を漏らし続けるノーヴェ。
更生プログラムを受けていた彼女とその姉妹達、戦闘機人「ナンバーズ」の少女達は、急遽としてこのクラナガン西部区域へと投入された。
プログラムの経過が良好であった事、救助隊への所属に向け幾許かの知識を得ていた事、そして何より被害の甚大さと決定的な人員の不足から、迅速に彼女達の動員に関する特例が下ったのである。
そして、彼女らを良く知るスバルが、自身の能力に似たインヒューレントスキルを保有するノーヴェを伴い、崩壊間近となったショッピングモール地下への侵入を敢行したのだ。
その結果が、避難所の崩落確認と、生存者である子供2人の保護。
しかし、ノーヴェが初めて救ったその小さな命は、今この瞬間にも掻き消えんとしている。
それは、漸く新たな生き方を模索し始めた少女にとって、余りにも残酷な出来事。
スバルにとってもまた、要救助者の死という冷酷な現実を叩き付けられた切っ掛けが、齢10歳にも満たない少女であるという事実は余りに重い。

これが事故、もしくは天災だというのなら。
残酷な現実に苦悩しながらも、彼女らは決意も新たに先へと進む事ができただろう。
しかし今、この惨劇を造り出したのは不幸な事故でも、抗い様の無い天災でもない。
何処とも知れぬ時空の狭間より彷徨い出た、空舞う次元航行機の群れと人型兵器の軍勢、そして鋼鉄の巨獣。
次元世界より廃絶されるべき質量兵器によって武装した、ならず者共による無慈悲な蹂躙。

怨んだ。
無作法な客人共を怨んだ。
敵視し、軽蔑し、憎悪した。
2年前、目前で姉を傷付けられた時に抱いたそれさえ上回る、余りにも強烈で暗い感情。
スカリエッティでさえ避けた、市街地及び民間人に対する無差別攻撃の実行。
如何なる背景があろうと、彼等は決して越えてはならぬ一線を越えたのだ。
報いを、悪鬼の如きこの所業に対する報いを、己の内に燻る黒い炎もそのままに、然るべき「敵」へと叩き付けてやりたい。
それこそがスバルの、そして今この地へと展開する局員達の、その全てに共通する感情であった。

しかし、その相手は既に沈黙し、今は物言わぬ鋼鉄の屍と化している。
迎撃に当たった無数の陸戦魔導師、そして嘗ての上司達を含む空戦魔導師達、更には戦闘初期に於いて管理局部隊と敵対していた不明機体群。
彼等の猛攻により、突撃と砲撃によるクラナガン西部区画及び管理局地上本部への直接攻撃、そして人為的に引き起こされた地震によりミッドチルダ全域に対し多大なる被害を齎しつつも、狂える鋼鉄の巨獣はその身を炎の中へと沈めたのだ。
その実情を鑑みれば、報復は為されたと看做す事もできるだろう。
少なくとも、敵主力兵器を撃破した事は、敵勢力に対し非常に大きな打撃を与えたと判断できた筈である。



クラナガンの空を埋め尽くす程の次元航行艦の群れが。
そして、アルカンシェルの一斉射によって消滅した筈の「ゆりかご」さえ現れなければ。




「何で・・・今更・・・!」

小さく吐き捨てるノーヴェ。
その言葉を耳にしつつ、スバルもまた暴走する思考を抑える事に難儀していた。
次元世界史上最大最悪の質量兵器とさえ呼ばれた戦艦。
2年前、ジェイル・スカリエッティの手により復活し、聖王のコピーである少女を核として起動した、古代ベルカ王族の力を象徴する戦船。
6隻のXV級次元航行艦からのアルカンシェルによる一斉射を受け、空間歪曲に呑み込まれて消し飛んだ筈のロストロギア。

ノーヴェ達、ナンバーズの受けた衝撃は如何ほどのものだったであろう。
今なお償わんとしている罪の象徴が、消え去った筈の狂気の産物が、再びその姿を現し、無数の生命を無差別に奪わんとした。
局員によって撮影された映像に浮かび上がる濃紺青の艦体は、宛ら過去より這い出た亡霊、自ら達を冥府へと誘う亡者の腕にも等しく、彼女達の脳裏へと投影された事だろう。
過去を忘れる事はできない、決して逃れる事は叶わないと、怨嗟の声を撒き散らす冥界よりの船。
妄執と狂気により蘇りし「翼」は、彼女達が闇を振り払い未来へと歩もうとする意思を、絶望的な力とその威容によって打ち砕かんとする。
今にも古代ベルカの民の嘲笑が、スバルの脳裏へと聴こえてくる様だ。
聖王の名を騙り、「ゆりかご」を利用せんとしたスカリエッティと、その背後の時空管理局最高評議会。
「ゆりかご」を墜とし、旧暦より続く憂いを掃ったと歓喜する、新暦を生きる管理世界の住人達。
その全てを嘲笑う古代ベルカとミッドチルダの民、旧暦の戦場を駆けた全ての存在、冥府より上がる彼等の嘲笑が。

お前達如きに、真に「ゆりかご」を支配する事などできるものか。
本当の戦場を、質量兵器の跋扈する地獄を知らぬ者達に、聖王の「翼」たる戦船を墜とす事などできるものか。
幾度の戦場を、地獄を、極限の状況を。
その悉くを潜り抜けてきた戦士の群れを相手に、僅かなりとも抵抗できる余地が存在すると、本当にそう信じていたのか?

『こちらセイン・・・避難所に人型兵器の残骸が突っ込んでる。生存者は・・・居ない』

自身の思考に薄ら寒いものを覚えるスバルの意識に、ナンバーズが1人、セインからの念話が飛び込む。
傍らのノーヴェも同じくそれを受け取ったのか、漸く顔を上げて彼方を見やった。
しかしその目には、何時もの様に苛烈な意思の光は無い。
だが、続くセインからの念話を通じて放たれた声に、2人の表情が瞬時に引き締められる。

『ちょっと待って・・・人型兵器の背中が開いてる。多分、コックピットだと・・・ッ!?』
『セイン?』
『どうしたの? セイン、ねぇ!?』

微かな、しかし確かに発せられた、息を呑む音。
セインの身に、何かが起こったのか。
スバルとノーヴェのみならず、念話を受信した全ての局員達の間に緊張が走る。

『どうした!』
『セイン、何があったの!?』

他の地点で救助活動に当たっていたナンバーズからも、セインへの念話が飛ぶ。
其処にスバルの同僚、そして上司の声までもが加わり始めた頃、漸くセインからの応答があった。

『・・・こちら、セイン。人型兵器のパイロットを確認・・・』

その言葉が発せられるや否や、スバルとノーヴェの思考が戦闘に際したものへと変貌する。
周囲では複数の局員がデバイスを起動、セインの現位置を確認すべくウィンドウを開いていた。
人型兵器のパイロット。
実際に交戦した部隊からの報告では、不明機体群とは違い彼等は終始敵対状態にあったという。
そして彼等が、都市に対し無差別攻撃を仕掛けた事も、映像を交え明確に伝達されていた。
ならば、そのパイロットが敵対的行為に出る可能性は容易に想像がつく。
誰もが非道な敵へと己が力を向ける事を考え、地を駆けようとした、その時。

『パイロットは・・・もう、死んでる』

続くセインの言葉に、多分の安堵と僅かな落胆がスバルの胸中を満たす。
しかし。

『何で・・・何で・・・』

更に続いて紡がれたセインの言葉に、誰もが凍り付いた。



『この死体・・・「干乾びて」るの・・・?』



スバル達の背後から、特別救助隊員の声が上がる。
不明機の墜落地点を調査していたギンガ・ナカジマとウェンディ。
彼女達から緊急の報告が飛び込んだのは、セインの発言とほぼ同時だった。



『上層階に4人、機体左右に2人ずつ! 非殺傷設定だ、間違えるな!』
『ギン姉、準備できたッス!』
『こっちも良いわ。こちらナカジマ、位置に付きました!』
『229、展開完了。何時でも良いぞ!』

炎上する大型機動兵器より1kmの地点。
崩壊寸前となったビルの残骸、その抉れた壁面の中腹。
ギンガとウェンディ、そして陸士部隊の計14人は、瓦礫に埋もれる深紅の機体を前に各々の得物を構えていた。

満身創痍、機体の右側面が完全に吹き飛び、未だ僅かに炎を燻らせる不明機体。
陸士部隊の証言が正しければ、あの大型機動兵器に止めを刺した機体。
ヴィータ三等空尉と共に鋼鉄の巨獣へと挑み、ガジェットの突撃から彼女とリィンフォースⅡ空曹長、そして高町一等空尉の3名を庇い、遂には撃墜された近接戦闘特化機体。

話だけならば、間違いなく英雄と呼べる存在であろう。
都市を襲う脅威を打倒し、JS事件収束の立役者である者達をその身を以って救った存在。
誰もがその功績を讃え、口々に賞賛の言葉を述べたであろう。
その英雄が戦闘の火蓋を切った勢力の所属であり、管理世界に於いて禁じられし質量兵器によって武装した存在でなければ。

『ナカジマ陸曹、どうぞ』
『了解』

陸士部隊からの念話を受け、不明機体の正面に位置したギンガが声を上げた。
その両足には彼女のデバイスであるブリッツキャリバー、そして左腕にはリボルバーナックルが装着されている。
管理局部隊に加勢したとはいえ、パイロットが敵対的行動を選択する可能性も残っているのだ。
そして何より、一方的な攻撃を仕掛けてきた存在に対する不審と敵意、質量兵器に対する拒絶が、ギンガを含む局員達の胸中に根付いている。
武装もせずに接近など到底、許容できる筈もなかった。

「こちらは時空管理局です。直ちに機体を降り、投降しなさい。貴方は既に包囲されています」
『こちらディエチ、配置に付きました。何時でも撃てます』
『チンクだ。上層階に到達、奴の上に居る』
『こちら229、注意しろ。パイロットは武装している可能性が高い』

不明機体へと投降を促すギンガ。
キャノピーの損傷の度合いから、パイロットは生存している可能性が高い。
何より先程、確かに機体が再起動を試みたのだ。
パイロットが生存しているのならば、身柄を拘束し情報を引き出さねばならない。

「繰り返します、直ちに投降しなさい。貴方は首都上空に於ける・・・」
『ナカジマ陸曹、キャノピーが!』

再度の呼び掛けは、ディエチからの警告によって遮られた。
咄嗟に拳を構えれば、左右の瓦礫の陰に位置したオットーとディードの姿が目に入る。
いずれ、他のナンバーズ達やスバルも駆け付けるだろう。
何も問題は無い、筈だ。

ゆっくりと、罅割れたキャノピーが開放されてゆく。
緊張に固唾を呑む一同の目前で、傾いた機体のコックピット、2m程の高さから人影が現れた。
全身を濃灰色のスーツに包み、同じく濃灰色のヘルメットと漆黒のバイザー、重厚なマスクを身に着けた人物。
スーツは宇宙服としての機能を併せ持っているのか随分と重厚な作りであり、パイロット自身が激しく動き回る事は想定されていない様に思える。
しかし不明機パイロットは、意外にも機敏な動きでコックピットより飛び降り、細かな瓦礫の散乱する床面へと着地した。
徐に頭を上げ、周囲を見回すその右手には、黒々とした物体が握られている。
質量兵器。
局員、そしてナンバーズの間に、緊張が走る。
拳銃を2回り以上大きくした様なそれは、短機関銃と呼称される携行火器か。

恐ろしかった。
その気になれば、数秒と掛けずに命を奪う事さえ可能な、非力な存在。
魔力は感じられず、その手に握られた質量兵器も、少なくともそう簡単に魔力障壁を撃ち抜けるものとは思えない。
にも拘らず、目前の異質な存在が恐ろしかった。
これまでに対峙したどんな次元犯罪者とも異なる、管理世界の理から外れた認識と思想の下に行動し、強大な力を秘めし質量兵器を搭載した異形の機体を駆るパイロット。
まるで眉間に銃口を押し当てられている様な重圧が、全身へと圧し掛かる。

と、周囲へと視線を廻らせていたらしき不明機パイロットの首が、ある一点で止まる。
その方向には、瓦礫の陰に身を潜め、ツインブレイズを構えるディードの姿。
不明機パイロットの視界からは、完全に死角となっている筈の位置。
しかし、相手は何故かディードの存在に気付いているらしい。
その危惧は不明機パイロットが首を廻らせ、次いでオットーの潜む地点へとバイザーを向けた事で確信的なものとなった。
次に、正面に位置するギンガへと向き直り、しかし僅かに首を上へと向ける。
その方向に位置するは、遥か後方のビル屋上より不明機体を狙うディエチ。
ギンガの背筋を、冷たいものが走る。

依然として、魔力は感じられない。
サーチを行っている様子も、その術式構築すら為された痕跡は無い。
にも拘らず、目前の不明機パイロットはオットーとディードの存在を看破し、更には400m後方のディエチの存在すら察知した。
これは、一体?

戦慄するギンガ、そして周囲の魔導師とナンバーズを余所に、不明機パイロットは携行火器上部の光学サイトを弄り、次いでマガジンを外して内部の弾薬を確認。
マガジンを戻し、火器を握り締めたままだらりと両腕を下げる。
埒の明かない状況に痺れを切らし、再びギンガが投降を促そうとした、その時。

『了解した』

拡声装置を通してのくぐもった声が、周囲へと響き渡る。
唖然とする魔導師と戦闘機人達を余所に、不明機パイロットは携行火器をスーツの前面へと引っ掛けると、両の掌を宙へと向け言い放った。

『投降する』



紛う事なき「人類」の存在。
既知の如何なる技術体系とも異なるエネルギー集束・解放制御技術。
終ぞ検出される事の無かったバイド係数。
攻撃隊と都市、そして超大型異層次元航行艦を襲ったバイド汚染兵器群。
多数の未確認艦艇及び、艦隊中枢と思われる大型異層次元航行艦。
最先端技術により構築された、旧式の局地殲滅兵器。

事前情報の悉くを否定する事態の連続。
最早、艦隊とパイロット達の司令部に対する不信は頂点に達しており、状況は完全な独立作戦行動を求められるまでに追い詰められていた。
超大型異層次元航行艦の攻撃に当たった部隊は12機のR戦闘機と同数のパイロットを損失、都市攻撃隊に至っては34機もの損失を被っている。
確認されたバイドについては、無論の事ながら殲滅せねばならない。
しかし、当初の作戦目標である都市と艦艇、双方の制圧については最早遂行は困難と判断し、その旨を伝えるべく司令部への異層次元中継通信を行ったのが3時間前。
本来ならば任務の遂行を強調する司令部と、艦隊司令権限による独自判断を主張する司令との間で腹の探り合いが行われている筈なのだが、しかし艦隊旗艦クロックムッシュⅡの艦橋、彼の座する司令席には、不気味な沈黙が立ち込めていた。
周囲のコンソールには複数の情報が表示され、更には無数の空間ウィンドウが司令席を取り囲む。
その中の1つ、「S.O.F. Weapons depot」と表示されたウィンドウが拡大表示され、PDWにて武装した兵士達の姿が大写しとなった。
兵士の1人がウィンドウの横へと拡大表示され、同時に音声が発せられる。

『各種装備、完了しました。拘束の許可を』

奇妙な問い。
彼は微塵もうろたえる様子を見せず、冷徹に指令を下した。

「了解した、拘束を許可する」

その言葉が終わるや否や、ウィンドウ内の兵士達が数秒の内に武器庫を後にする。
同時に司令席コンソールの向こう、複数存在するオペレーター席の1つから、随時状況の変化を知らせる音声が発せられ始めた。

「目標14、周囲に直属の警護隊が展開しています。PDW・MP-15による武装が4名、AR・M-34による武装が同じく4名、計8名。R-9WFの周囲を巡回中。巡回ルートを表示します」
『ルートを受け取った。これより拘束に移る』
「目標からの抵抗に際し、任意での発砲を許可する。繰り返す。発砲を許可する」
『了解』

発砲許可。
自らの艦に乗る人員に対するそれを至極平然と許可し、しかしその決定に動揺する声は艦橋の何処からも発せられる事は無い。
この艦の、否、艦隊の誰もが、「彼等」の拘束に賛同しているのだ。
司令部より派遣された彼等、艦隊にとっての異邦者、パイロット達にとっての敵意と嫌悪の対象。



「TEAM R-TYPE」



切っ掛けは、都市攻撃隊が集音した不明勢力間の会話だった。
ごく近距離に位置する人物同士での、肉声による遣り取り。
無数に収集されたそれらの遣り取りの中から、有用と思われる複数の情報を得る事ができた。

時空管理局・地上本部・本局・聖王教会。
魔力・魔力素・魔法・魔導師・リンカーコア・デバイス。
陸戦魔導師・空戦魔導師・砲撃魔導師・騎士。
砲撃魔法・直射型・集束型。
ミッドチルダ・クラナガン・ベルカ・廃棄都市区画。
陸士・首都航空隊・戦技教導隊。
ゆりかご・ガジェット・ロストロギア・質量兵器。

その全てについて、理解が済んだ訳ではない。
寧ろ解らない事の方が多いのだ。
しかし、この異層次元に展開する広域高度文明が、魔法と呼ばれる空想じみた技術体系の下に成り立っているという事実は判明した。
その理論までは今のところ理解の仕様が無いが、収集したそれらの情報が意外な事実を浮き彫りにする事となったのだ。
それは、整備と新たな簡易改修を受けるR-9WF、その周辺にて交わされた担当技術者達の会話。
新たなウィンドウを開き、録音された会話を再生する。

『・・・K-04からの流出は確認されない。ニクソンの集束機構は成功だ』
『では集束率を上げるか? 今の段階では通常の波動砲と大して変わりは無い。精々が炸裂範囲の拡大程度だ。それも他の特化型に比べれば、見るべき箇所は無いぞ』
『それでも良いが・・・データを見ただろう? 射出の瞬間、明らかに周囲の大気圧が変化した。大気だけじゃない、周囲の「魔力素」までもが、だ』

魔力素。
確かに、彼等はそう口にした。
会話は続く。

『空間への直接作用か? R-9Bの波動砲システムを流用すれば、何とかなるかもしれないな』
『「D7」のデータを見ただろう。天候操作魔法なんてのがあるんだ、できない道理は無い』

サンプル「D7」。
363部隊機が交戦の末に撃沈した、あの不明艦艇に刻まれていた文字。
やはり、R戦闘機開発陣は。

『G-47のユニットと出力回路を交換するのが精々だ。調整は可能か?』
『やってみせるさ。今までに無い体系の波動兵器になるぞ。安定性の確保は任せても良いんだな?』
『応急的なものだが、まあ暴走の危険性は低いだろう。だが、魔力素の存在しない空間ではどうする? 波動粒子のみの制御は想定されていないぞ』
『問題ない。「RCユニット」のストックは山ほどある。理論値通りならば、誤差を含めても14基の増設で事足りる筈だ』
『波動粒子の変換効率は? 人造とはいえ「リンカーコア」だ。無茶をすればそう長くは保たない』
『だからこその処置だ。「艦長殿」の処理能力は知ってるだろう。あれだけ派手に弄ったんだ、相応の成果は出して貰わなければ困る』
『それもそうか・・・データは採取済みなんだな? バックアップがあるならば、オリジナルに固執する必要は無いか』
『なかなかの「性能」だからな、廃棄するのは惜しいが・・・』

音声ウィンドウを閉じ、格納庫の一角を映し出す別のウィンドウを見やる。
R-9WFの周囲に群がる、14名の技術者達。
更にその周囲を巡回する、8名の警護隊員。

間違いなく彼等は、この異層次元文明を構成する技術体系の根幹に触れている。
にも拘らず、それを伝える事も無く攻撃の指令を下した司令部。
R戦闘機開発陣の下に保管されていた不明艦艇。
図った様に実施された、新型R戦闘機の実戦投入。
全ての線が、漸く繋がり始めた。

『報告。異層次元中継通信途絶状態、回復失敗。浅異層次元での妨害を受けています』
『航法より報告。太陽系・・・失礼しました。「22世紀」の太陽系への空間跳躍ゲート、消失を確認。異層次元航法推進システムを用いた航行シミュレーションについては、98.46%の確立で複合空間歪曲発生の可能性が算出されました』

同時に飛び込んだ、2つの報告。
了解した、との応答を返し、彼は静かに思考を廻らせる。

この異層次元全体が、他の異層次元より隔離された。
この現象がバイドによるものならばまだ良い。
過去に幾度となく用いられた手段であり、異層次元全体を侵食する能力がバイドに備わっている事も既に判明している。

だが、もしも。
もしも、この異層次元を隔離した存在が「地球」であったならば?
「想定外」のバイドの出現により、全てを異層次元の果てへと屠るべく実行された、次元消去作戦であるならば?

喧騒。
格納庫の一角で、押し問答が始まった。
兵士達の無感動な声と警護隊の荒々しい声、両者の遣り取りを耳にしつつ、彼は軽く司令帽を被り直す。

何を考えている。
司令部が本当に次元消去を企んでいるのならば、既に2時間は前に1000を超える次元消去弾頭が撃ち込まれている筈だ。
それ以前に、司令部による戦闘後の偵察活動が一切観測されない事態など、異常に過ぎる。
ならば、考えられる状況はひとつ。
この異層次元は、バイドによって「喰われた」のだ。
この艦隊は、この異層次元の住人達は。



今この瞬間。
ただひとつの例外なく、バイドの腹の中にあるのだ。



艦内に、警報が響き渡る。
艦隊前方、浅異層次元潜行解除による空間歪曲反応検出。
大質量物体転移、複数。

狂獣の咆哮、未だ止まず。



『B2からB41に掛けての区画は、現在立ち入りが禁止されています。武装局員待機所及び物資集積所は、現在D11区画に臨時設置されています。繰り返します。B2からB41に掛けて・・・』

ミッドチルダ及び時空管理局本局に対する、不明機体群及び不明勢力の襲撃より3日後。
なのはは本局内の病室より抜け出し、医療区の施設内を彷徨っていた。
端末を用いてヴィヴィオの無事を確かめ、心細さに泣く我が子をウィンドウ越しに慰め2時間ほど話すと、ヴィータとリィンの状態を確かめるべく彼女達の元を訪れようとするなのは。
意識を失っていた2日間、そして空が光ったあの瞬間に一体何があったのか、彼女はそれを知りたかった。
端末から情報を得ようと試みたのだが、錯綜する膨大なそれらから得られたのは、クラナガン西部区画が文字通りに崩壊した事、ゆりかごのみならず多数の古代ベルカ及びミッドチルダの次元航行艦が艦隊に存在していた事、襲撃の犠牲者は20万を超える事など。
あの瞬間に何が起こったのかについては、詳細な情報を得る事は叶わなかったのだ。
しかし、ヴィータの所在を尋ねるべく漸くの事で中央センターへと通信を繋いだなのはは、一連の事態が信じられない程に大規模なものとなっている事実に直面した。

本局への直接攻撃。
一部区画の重大な損傷。
XV級次元航行艦14隻喪失。
1300名を超える犠牲者。
管理局第14支局の消滅。
そして、更に。



緊急用圧縮魔力排気ダクト内にて、本局への侵入を果たした不明機体との戦闘に当たった者達。
シグナム、アギト、フェイト・T・ハラオウン、ティアナ・ランスター、ユーノ・スクライア。
内、シグナムとユーノは意識不明の重体であるという、衝撃的な事実。



未だ軋む身体を引き摺りながら、なのはは医療区を彷徨う。
ナビゲーションシステムに浮かぶ本局の簡易立体構造図は、6つのユニットの内1つが大きく抉れ、区画封鎖中の文字が点滅していた。
戦闘による区画消滅。
中央センターからの情報によれば、その地点での迎撃に当たっていた人物はフェイト・ティアナ・ユーノであったとの事。
一体何が起これば、この巨大な本局の一画が文字通り「消滅」するというのだろう。
胸中を満たす不安と焦燥に急かされる様にして辿り着いた、集中治療室の1つ。
乱れた呼吸もそのままに入室すれば、病室との区切りであるガラス壁の前に、椅子に腰掛けた金髪の人影があった。

「フェイト・・・ちゃん・・・」
「・・・なのは?」

ゆっくりと振り返る人影、フェイト。
彼女の面を目にしたなのはは、思わず息を呑んだ。
憔悴し切ったその表情。
目の下には隈が浮かび、泣き腫らしたのか目許は真っ赤になっている。
僅かだが頬は痩け、肌も荒れている様だ。

「あ・・・あ・・・」

その目に、不意に涙が浮かぶ。
微かな嗚咽を洩らしながら、フェイトは歩み寄ったなのはへと縋り付いた。
そして吐き出されるは、意図の解らない謝罪の言葉。

「ごめんなさい・・・っ」
「え・・・?」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・っ!」

嗚咽の合間に繰り返されるその言葉に、なのはは困惑を深めてゆく。
しかし続く言葉に、彼女の全身から血の気が引いた。

「私・・・私の所為で、ユーノが・・・っ」

反射的に、ユーノが横たわるベッドへと視線を移す。
生命維持装置より繋がる無数のホースと、ベッドを覆う継続治癒結界。
嘗てなのはも、身を以って体験したそれ。
しかし、決定的に違う何か。
一見しただけでも彼女を襲う違和感。
そして、漸くその原因へと認識が至った瞬間、なのはの脳裏を絶望が過ぎった。

「何、で・・・」

呟く言葉は、目前の光景を理解したくないと云わんばかりに震える。
認識を拒絶する意識は、しかし視界へと映し出されたそれを正確に捉えていた。

「何で、ユーノ君・・・」

戦慄く唇は、掠れた声を紡ぐ。
自失の声、絶望の声を。



「ユーノ君の身体・・・こんなに「小さい」の・・・?」



横たわるユーノの身体を覆う純白のシーツ。
本来ならば胴の左右、そして下方に存在する筈の膨らみ。
それが、右側面のみにしか存在しない。
腰部下方、そして左側面には、胴部より緩やかに下る、シーツの斜面があるだけだ。
即ち、右腕を除く四肢は。

「・・・不明機体の・・・兵装が、暴走した時・・・」
「フェイト、ちゃん?」

途切れ途切れの声。
それが交戦時の状況を語る、フェイトの声となのはが気付いたのは、数秒後の事だった。

「ユーノは私とティアナを連れて、中央区画に転移しようとしたんだ。でも・・・」

涙が、なのはの腕を濡らす。
言葉を紡ぎ続けるフェイトの声は、更にその震えを増した。

「あの球状兵装が、私達に向かってきた瞬間・・・一帯に空間歪曲が発生して・・・転移先の座標が・・・ずれて・・・っ」

幼子の様に、なのはの衣服を握り締めて泣き続けるフェイト。
その背を優しく撫ぜながらも、なのはは自身の震えを抑える事ができなかった。
そして遂にフェイトが、事態の凄惨な結末を口にする。



「ユーノの・・・脚と、左腕・・・っ!・・・壁の、中に・・・っ!」



頬を、熱いものが伝う。
なのはは、自身が何時の間にか涙を流している事に気付いた。

「なのに・・・っ! なのにユーノ・・・私と、ティアナに・・・治癒結界を・・・っ!」

後に続くは、慟哭のみ。
なのはもまた、大切な人を襲った惨劇を前に、感情を抑える事ができなかった。
只々、声を上げて泣きじゃくる目前の幼馴染を抱き締め、自身も小さく嗚咽を洩らし始める。
管理局が誇る2人のオーバーSランク魔導師は、意識の無い幼馴染を前に只々、互いの身を掻き抱きつつ涙を流す他なかった。



時に、新暦77年10月30日、11時20分。
クラナガン西部区画にて拘束された、不明機パイロット。
八神はやて特別捜査官による尋問の開始まで4時間と迫った、本局医療区画での事だった。

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最終更新:2015年10月26日 07:28