それは紛れもない衝撃となり、攻撃隊の間を駆け巡った。
異層次元ポイント19667305、高度文明都市制圧任務。
管制に当たっていたR-9E2が齎した、とある報告。

『「アトロポス」より「マサムネ」。目標「Μ」よりICBMの発射を確認、上昇中・・・第2弾の発射を確認。共に第2格納ユニットからの発射』
『マサムネよりアトロポス。第1格納ユニットの稼動は確認できるか』
『・・・いいや、稼動は確認できない。先の不明勢力による攻撃の際に、何らかの異常が発生した可能性が高い。弾道弾、尚も上昇中』

突如として出現したバイド汚染兵器群、その中核たる大型機動兵器。
2164年の「サタニック・ラプソディー」にて暴走、極東の1都市を壊滅させ、最終的に3機のR戦闘機により撃破された筈のそれ。

軌道投下型局地殲滅ユニット「モリッツG」。
惑星規模でのバイド生態系破壊を目的とした、機械仕掛けの怪物。
陸上小型空母にも匹敵する巨体に、実弾兵器、波動兵器、大陸間弾道弾、極め付けに戦艦搭載型波動砲ユニットを流用、惑星中心核破壊機構までをも搭載した、嘗ての地球軍に於ける切り札。
第一次バイドミッション終了と共に地球衛星軌道上の要塞「アイギス」へと、他の対バイド兵器群、そして「英雄」R-9Aと共に封印された巨獣。
皮肉にも汚染された「英雄」を介し、屠るべき敵によって中枢を侵され、護るべき人類へと牙を剥いた哀れなる生贄。

『目標Μ、中央都市区画外縁部到達まで30秒』
『マサムネより全機。弾道弾、解析終了。第1弾、ゼクフレーク・アフリカン・アームズ社製、VD-55。80Mt級純粋水爆弾頭搭載。第2弾・・・』
『アトロポスより全機、弾道弾ロスト! 浅異層次元潜行!』
『ナカジマ・インダストリー社製、MIRV・TA-105。20Mt級核弾頭12基搭載。共に軍の改修により異層次元航行機能が付加されている』
『733よりマサムネ、長距離支援はどうなっている?』

混迷を深める戦況。
バイドによる模倣の結果か、オリジナルのそれを上回る戦闘能力を以って攻撃隊を圧倒する、最早旧式となった筈の殲滅兵器。
攻撃隊独自の判断によって、一時的な協力態勢を敷く事となった不明勢力。
この時点で、当初の作戦目標である不明勢力の無力化は、既に作戦継続が不可能なまでに瓦解していた。
何より、バイド係数が明確に検出される存在、それが目前に現れたのだ。
バイドか否かも判然とせぬ存在との戦闘を継続するより、確実な汚染体と判明した存在の排除こそが、彼等にとっては遥かに優先されるべき事柄である。

『マサムネより733、長距離支援は実行不能。目標Μからの広域ジャミングにより現在、軌道上からの砲撃ができない状況にある。更に弾道弾撃墜の為、部隊は各都市上空へと展開中。繰り返す。長距離支援は実行不能』
『「ダブル・タップ」よりマサムネ。各機、各都市上空へと到達した。弾道弾の予想転移時刻と、各都市に対する目標選定確立を教えてくれ』
『マサムネ、了解。データを転送する。浅異層次元潜行開始時の歪曲反応から算出した結果、第1弾の転移確立は北部86.76%。第2弾、中央都市区画93.87%。他都市区画への転移確立はデータを参照しろ』
『受信した・・・予想転移時刻まで90秒。各機、チャージ開始。MAXループ』
『目標Μ、都市外縁部に到達・・・突入。繰り返す。目標Μ、突入』

何より、事前情報と現状の食い違いが大き過ぎた。
情報に関しては異常とも思える程に敏感なR戦闘機群パイロット達にとって、既にこの作戦は失敗が確定されているも同然である。

3基の大型砲塔以外には、これといった兵器も確認されなかった巨大都市。
司令部の調査結果とは異なり、僅かにも検出される事のないバイド係数。
都市を無数に逃げ惑う、バイド汚染環境下に存在する筈の無い「人間」の姿。
攻撃隊を襲った、未知のエネルギーによる砲撃。
機械による補助を受ける様子も無く、文字通りの「生身」で飛翔する「人間」。
杖から、槍から、掌から放たれる、低集束波動砲にも匹敵する威力を秘めたエネルギー砲撃。

これだけでも十二分に理解を超える、余りに異常な状況だった。
それに加えてバイドの出現。
これで、事前情報に基く作戦行動を継続できると考える方が異常だ。
故に攻撃隊は、独自の判断を以って作戦内容を変更した。

不明勢力との非武力的接触に始まり、バイド汚染体に対する共闘。
上手くいく筈などないと思われたそれは、奇跡としか言い様のない結果を生み出した。
言葉を交わす事もなく、機体の挙動から次の行動を予測し合わせる不明勢力。
攻撃の発動を察知し、その援護へと回る攻撃隊。
即席とは思えない的確な相互支援により、実に60機を超える第7世代ゲインズ、そして大量の自爆兵器を30分足らずでほぼ壊滅状態へと追い込む事に成功したのだ。

しかし、それで事態が収束した訳ではなかった。
モリッツG、惑星破壊プログラム発動。
追撃に当たった部隊の全滅。
波動砲の一斉射、そして不明勢力からの砲撃を立て続けに受けたにも拘らず、それらを耐え抜いた強固な装甲。
プログラム停止後に発射された、2発の弾道弾。
状況は悪化の一途を辿っていた。

『マサムネより全機、聞け。これよりダブル・タップが弾道弾を迎撃する。交戦エリア内のバイドを殲滅後、攻撃隊は目標Μを追撃、これを撃破せよ。なお、不明勢力との交戦は可能な限り避けよ。以上』

しかし、彼等は知っている。
今現在の状況は、決して「最悪」などではない。
未だ、諦める必要などないのだ。
何故なら。

『ダブル・タップより各機、予想転移時刻まで10秒』

対バイド戦に於ける「最悪」の状況。
自信がその状況にある事を、当事者が知り得る事は決して無いのだから。

『5秒前・・・3・・・2・・・1・・・』



「生きて」、或いは「人間」としてそれを知り得るのは常に、それを観測する「第三者」なのだから。



『警告! 軌道上に大質量物体の転移を確認!』

*  *


「マジかよ・・・」

隣で呆然と呟かれる声を余所に、狙撃手はスコープ越しに映る人型兵器の頭部センサーへと照準を合わせる。
と、向こうも此方に気付いたか、センサーの光が僅かに動いた。
しかし、人型兵器が反応するより僅かに早く、彼の指へと力が込められトリガーが引かれる。
過去に用いられていた質量兵器である狙撃銃を模したデバイス、ストームレイダーの銃口より放たれた魔力弾は、通常のそれを遥かに凌ぐ威力・弾速を以って標的へと達した。
弾体は装甲の僅かな隙間を縫い、比較的脆弱なセンサー群を貫通、その中枢に至るまでを引き裂き、掻き乱し、食い千切る。
此方へと向けられようとしていた砲身の動きが止まり、空中で硬直する人型兵器。
瞬間、地上からの砲火と不明機体の砲撃が、その巨体を細切れへと変えた。

続けて、標的をガジェットに移す。
残る十数機の内、上空の不明機体群へと機首を向けているものを選定。
その機体後部へと、魔力弾を撃ち込む。
ガジェット、不明機体へと突撃を開始。
しかし、遥か上空の不明機体がそれを受ける筈もなく、難なく躱された上で質量兵器を撃ち込まれ爆散。
それを見届けるやデバイスを下ろし、呟く。

「移動だ」
「あ?」

突然の発言に、天へと上り行く2発の質量兵器を呆然と見上げていた空戦魔導師は、間の抜けた声を上げた。
だが続く言葉に、彼の意識が一瞬にて覚醒する。

「こっちの位置に気付かれた、逃げるんだよ!」
「最初からそう言え!」

すぐさま狙撃手の身体を抱え、窓から空中へと身を躍らせる魔導師。
首都航空隊の生き残りだけあって、人1人抱えても飛行に支障は無い。
ビルの間を滑空する様に高速で降下し、2kmほど先のショッピングセンターを目指す。
直後、先程まで身を潜めていたビルが、2機のガジェットによる突撃を受けて吹き飛んだ。
周囲のビルすら巻き込むその壮絶な爆発に、魔導師は肝を冷やす。
あと数秒、ビルから飛び出すのが遅ければ、そのままあの爆発とビルの倒壊に巻き込まれていただろう。

「・・・冗談じゃねぇ」
「おい、何処に行くつもりだ? 左だ、左! 証券会社のビル、18階の外壁窪み!」
「まだやるつもりかよ!?」

悲鳴の様な声で愚痴を零しつつ、しかし指示通りに進路を変更する魔導師。
証券会社のビル外壁へと辿り着き、その壁面に沿って垂直上昇。
狙撃手の言葉通り、18階には僅かに2m程の外壁の窪みがあり、2人は其処へと滑り込んだ。
狙撃手はすぐさま身を横たえ、デバイスを構えるやスコープを覗き込む。
発砲。
遥か彼方、1機の人型兵器がまたもや動きを止める。
地上・空中からの集中砲火、爆発。
照準を次の標的へ。

「・・・今ので14機目だ。もう良いんじゃないか、グランセニック?」

呆れと共に、嘗ての同僚へと声を投げ掛ける魔導師。
それに対し狙撃手、ヴァイス・グランセニックは憤りを込めた怨嗟の声を漏らす。

「んな訳ないだろ。畜生、よくも俺の愛機を・・・オーバーホールしたばかりだったんだぞ、クソが」

同じ隊に所属していた頃でも、数える程にしか聞いた覚えのない罵りの言葉。
聞くに堪えない言葉を口にしつつ、しかしその目は何処までも冷め切っている。
そんなヴァイスを観察しつつ、魔導師は小さく溜息を吐いた。

数年のブランクを経て、現場へ復帰したとは聞いていた。
しかし、その狙撃の腕はどうしたものか。
エースと呼ばれた数年前と比較しても、鈍るどころかより精密さを増しているではないか。
飛行する目標、しかも特定の箇所を、よりにもよって無誘導の弾体で撃ち抜くなど、もはや人間技とは思えない。
管理局部隊のみならず、不明機体群も敵の動きを封じている者の存在に気付いたのか、自分達を狙う敵を優先的に排除し始めた程だ。
だというのに、この男が此処に居る理由ときたら、とても褒められたものではない。
曰く、「クソッタレどもに墜とされた愛機の仇討ち」との事らしい。

不明機体群による襲撃時、武装隊を第4廃棄都市区画まで輸送したまでは良いものの、クラナガンへの帰還中にガジェットの襲撃を受け機体を損傷。
それでも姿勢を立て直し、命辛々クラナガンへと辿り着いてみれば、其処は無数のガジェット及び人型兵器、そして管理局部隊と不明機体群が入り乱れる戦場と化していた。
ヘリに対し機動性の面で圧倒的優位を誇るガジェットの攻撃すら掻い潜ってみせたヴァイスではあったが、流石に傷付いた機体での戦域突破は不可能だったらしい。
ガジェットか、或いは管理局部隊による誤射かは不明だが、流れ弾に敢え無く被弾。
ビルの谷間、比較的大きな交差点へと不時着、脱出。
直後に人型兵器が放った砲撃が付近のビルへと着弾、崩れ落ちるビルの残骸に呑み込まれヘリは大破、さらば愛機。

余りといえば余りの状況に、聞いていて憐れみの情さえ浮かんだものだ。
あれだけの弾幕を掻い潜り、なお且つ本人は無傷で此処に居るのだから、その操縦技術と状況判断力には感嘆するばかりだというのに、同時にその不運さに関しては最早笑うしかない。
それでいて本人は、偶然に遭遇した自身を足代わりにクラナガン西部区画を飛び回り、人型兵器とガジェットを相手にゲリラ戦を展開しているのだから、ある意味ではエースオブエース以上の化け物ではないか。
既に14機の人型兵器、そして21機のガジェットを撃破しているにも拘らず、本人はまるで満足する様子がない。
かといって不満を感じさせる訳でもなく、ただ淡々と引き金を引き続けている。
地震が起きようと、質量兵器が発射される轟音が響こうとも、自らの意思に基く行動を除き、決してスコープから目を逸らす事のないこの男。
こいつは、機械か何かか?

「・・・15機目」

そんな事を考えつつも、撃墜数のカウントを続ける魔導師。
次の標的を探すヴァイスの頭を少々力強く叩き、既に敵影が存在しない事を告げる。

「終わりだ、終わり。敵は全滅、分かってるか?」
「・・・もう少し優しく教えてくれても、罰は当たらないと思うんだけどな?」

不機嫌そうに頭へと手をやるヴァイスを、苦笑しつつ宥める魔導師。
しかし、それでもスコープから目を離さなかったヴァイスが、訝しげな声を上げた。

「・・・ん?」
「何だ? 増援か?」
「いや・・・」

スコープを覗き込んだまま、暫し何かを見つめるヴァイス。
しかし、ややあって目を離すと、疲れた様に呟く。

「あぁと・・・見間違いだと思うんだが」
「はぁ?」

要領を得ないその言葉に、魔導師もまた戸惑う様な声を返す。
再度スコープを覗く事、数秒。
ヴァイスは、再び疲れの滲む声を放った。

「紅い不明機の上に、な? 知ってる奴が乗っかってた様に見えたんだが・・・」

*  *


呆然と、空を見上げる。
爆炎、そして白煙の筋を残し、一直線に天へと昇りゆく、2基の弾道弾。
絶望にも似た感情と共に放たれた叫びは轟音に掻き消え、網膜を焼く光は雲の合間へと溶け込む様に消えた。
誰もが前進を止め、その身を凍り付かせたかの様に上空を仰いでいる。

『高町ッ!』

そんな中、大型機動兵器追撃隊の全員、その意識へと響く声。
その声は指揮官たるなのはの覚醒を促し、現状への次なる対応を迫るものだった。

「あ・・・」
『呆けるな、高町! 追うんだろう!? さっさと指示を出せ!』

同僚のその声に、なのはは一瞬にして我を取り戻す。
こんな所で立ち止まっている暇は無い。
何としても、クラナガンへの到達だけは阻止せねばならないのだ。
もし地上本部を破壊されれば、ミッドチルダに駐留する全管理局部隊の中枢が麻痺する事となりかねない。
否、地上本部が健在であったとしても、一般市民の被害はどれ程のものになろう。
そして其処には、自らの親しい者達、大切な我が子すら含まれるのだ。
それを改めて認識するや否や、なのはは躊躇う事なく指示を下した。

『皆、追うよ! 距離を詰め次第、砲撃! 推進部を狙って!』
『了解!』

すぐさま飛行を開始する追撃隊。
その速度は、忽ちの内に大型機動兵器のそれを超えた。
空翔る12の人影はクラナガンへと向かう巨獣の背を追い、業火を噴き出すそのエンジンノズルを破壊せんと距離を詰める。
敵を射程内に収め、簡易直射型砲撃を叩き込み、ノズルを破壊。
それこそが、追撃隊の狙いだった。
距離さえ詰めれば、敵の動きを封じる事ができる。

しかし、そんな彼等を嘲笑うかの様に、巨獣はノズルより噴き出す業火を更に巨大なものへと変えた。
大型機動兵器、再加速。

「・・・ッ!」
『大型機動兵器、更に加速! 噴射炎の衝撃が、こっちに・・・!』
『駄目です、一尉! 噴射炎と煙の規模が大き過ぎます! 直線経路での追跡は不可能です!』

好ましくない状況報告ばかりが、次々に飛び込む。
それでも諦める事無く加速を続ける追撃隊だったが、続く地上本部からの報告は最悪のものだった。

『弾道弾、失索! 2基とも見失いました!』
「どういう事!?」

その考えられない報告に思わず、念話ではなく声を上げてしまうなのは。
しかし、オペレーターは彼女以上に混乱しているのか、声を荒げて報告を続ける。

『次元断層です! 弾道弾の進路上に次元断層が発生、2発とも虚数空間へと消えました!』
『じゃあ、まさか・・・』
『恐らく、虚数空間を通じての次元跳躍攻撃と思われます!』

次元跳躍攻撃。
その言葉に、誰もが絶望を深める。
管理局の技術であっても実現には困難を極めるその現象を、あの兵器は魔法体系すら用いずに制御しているというのか。
しかも跳躍に用いられた空間は、魔法の力及ばぬ虚数空間。
最早、弾道弾を探知する術は無い。
それが何時、何処に姿を現すのか。
自分達には知る術が無い。
例え頭上にそれが現れたとして、知り得る頃には既に手遅れだろう。

それでも、飽くまで追撃を続行する追撃隊。
足掻こうが諦めようが結果は同じだというのなら、最後まで足掻き切ってやる。
そんな刹那的思考に突き動かされるままに、大型機動兵器を左右から挟み込む様にして噴射炎を回避しつつ、ノズルを簡易砲撃の射程内へと収めるべく接近する彼等。
しかし、遂にその巨体を射程内へと収めるかという寸前、彼等の眼前へと無数の青い光弾が迫り来る。
大型機動兵器からの砲撃、誘導光弾。

「くっ!」

すぐさま砲撃、光弾を迎撃するなのは。
周囲の面々も各々に砲撃を放ち、自らを狙うそれらを叩き墜とす。
しかし、その一瞬が致命的な隙を生み出してしまった。
大型機動兵器、更に加速。
クラナガン西部区画外縁部へと迫る。
そして。



『大型機動兵器、西部区画に突入!』



轟音。
西部区画のビル群へと、大型機動兵器が激突する。
振動。
外縁部を取り巻くハイウェイを打ち崩し、建ち並ぶビルへと突入しては進路上の全てを薙ぎ倒し、燐光纏う光弾を無数に撃ち放ってはより広範囲に破壊を撒き散らす。
閃光。
ノズルから噴き出す炎が一瞬窄み、しかし次の瞬間、これまでとは比べ物にならないまでに巨大な業火が、爆発そのものと化して解き放たれる。
衝撃。
周囲数十棟のビル群が軒並み粉砕され、その崩壊は波となり更に広範囲へと拡がってゆく。

そして巨獣は、その前方に立ちはだかる全てを打ち砕きつつ、中央区へと最後の突進を開始した。

『大型機動兵器、中央区へと向け侵攻中! 周囲の部隊はこれを迎撃せよ! 何としても此処で撃破しろ!』

西部区画に展開する陸士部隊の指揮官が、全方位の念話を用いて叫ぶ。
都市のあらゆる箇所から光弾と砲撃が大型機動兵器へと襲い掛かるも、その動きを止めるには至らない。
最早「壁」としか言い様のない程の弾幕を無視するかの様に突入、被弾しつつも速度を緩める事なく突撃を続行する。

「危ない!」

咄嗟に叫ぶなのは。
追撃隊が散開するや否や、寸前まで彼等が位置していた空間を押し潰す様にして、上空から巨大なコンクリート塊が落下した。
大型機動兵器の突撃によって、上空へと巻き上げられたビルの残骸である。
大小様々なそれら無数の残骸は、大型機動兵器の通過跡から扇状に拡がる範囲へと降り注いでいた。
空を埋め尽くす程のそれらを全て迎撃する訳にもいかず、追撃隊は遂にその進路を変更。
大型機動兵器の左右後方から、長距離砲撃を試みる。
西部区画へと侵入した人型兵器及びガジェット群は既に、展開した管理局部隊と不明機体群により殲滅されていた。
術式の展開中に狙い撃たれる心配は無い。

『6人ずつ、左右から連続砲撃! 回避する空間を塞いで当てるよ!』

追撃隊、四度砲撃態勢へ。
魔法陣を展開、各々のデバイスを構える。
しかし此処で、なのはは現状の重大さに気付いた。

もし、この砲撃を大型機動兵器が回避したら?
非殺傷設定を解除された、12発の大威力砲撃魔法。
それらが、大型機動兵器の更に前方、中央区へと直撃したら?
其処には展開した管理局部隊のみならず、逃げ遅れた民間人も多数存在する事だろう。
まず間違いなく、多数の犠牲者を出す事態となる。
自惚れる訳ではないが、自身を含め追撃隊の面々は、いずれも砲撃魔法に特化した魔導師だ。
その砲撃の威力は、目前で陸士部隊が放っているものとは比較にならない。
それも射程の短い簡易砲撃ではなく、長距離砲撃魔法。
誤って市街へと着弾すれば、人型兵器の砲撃にも劣らぬ被害を生み出してしまう。

「・・・ッ」

構えたレイジングハートの矛先が、僅かにぶれる。
なのはの躊躇いを感じ取ったのか、同僚がすぐさま念話を繋げた。

『高町、どうした?』
『駄目・・・撃てない・・・!』
『何だって?』
『駄目だよ・・・だって・・・だって外したら、クラナガンが・・・!』

その言葉に、追撃隊の全員がその事実に思い至る。
脳裏を過ぎる光景は、先の砲撃時に大型機動兵器が見せた、その巨体に見合わぬ回避行動。
まず間違いなく、数発は回避されるだろう。
つまり砲撃を敢行した場合、前方の市街地に被害が及ぶ事は、この時点で確定しているのだ。

その現状に、砲撃を放つに放てない追撃隊。
そんな彼等を余所に陸士部隊の攻撃はより苛烈さを増し、更には上空に展開する9機の不明機体群までもが大型機動兵器へと砲撃を放ち始めた。
無数の魔力光と砲撃の光が荒れ狂い、巨獣の姿を呑み込む。
しかしそれでも、巨獣はその推進部への致命的な被弾を避け、速度を些かも緩める事なく突撃を続けていた。
既にその巨体は至る箇所から業火を噴き出し、巨大な火球となって周囲に炎を撒き散らしている。
にも拘らず、ビル群を文字通り粉砕しつつ更に加速するその姿は、見る者に生物としての本能的な恐怖を叩き付けるものだった。

『・・・撃ちましょう、一尉』

追撃隊の1人が、呟く。
何を、と問い返そうとすれば、それよりも早く同意の声が放たれた。

『撃とう、高町』
『おい!』
『私も・・・撃つべきだと思います』
『ちょっと、本気!?』

次々に上がる同意の、そして戸惑いの声。
なのはは、呆然とそれらの声を聞く他なかった。

『あの化け物が中央区に侵入したら、被害は砲撃の比じゃない。たとえ砲撃による被害が発生するとしても、化け物の動きを止める事ができれば全体の被害は最小限に止められる。それに・・・』

一旦、言葉を区切り、再度続ける。

『・・・連中の砲撃を、中央区に浴びせる事だけは避けるべきだ』

青い光が、中空を奔る。
不明機体群の砲撃は上空から放たれている為、今のところそれらが中央区へと直接の被害を齎す事は無いが、大型機動兵器の通過跡周辺は完全に吹き飛んでいた。
大規模集束砲撃魔法にも匹敵する威力を持った、質量兵器による砲撃。
陸士部隊は既に不明機体群の行動原理を心得ているのか、大型機動兵器の進路を避ける様にして遠距離からの攻撃を行っているが、だからといってその事実が救いになる訳ではない。
あれ程の破壊を生み出す砲撃が中央区へと降り注げば、それこそクラナガン全人口の半数が犠牲となりかねないのだ。
それだけは、何としても避けねばならない。

苦渋に満ちた声に、理論立てて反対する言葉を持ち得る者は居ない。
それを理解できるからこそ、なのはは一言、レイジングハートに照準補正の確認を行った。

「・・・レイジングハート」

声が返される事はない。
レイジングハートは無言のまま、標的のイメージを主の意識へと送る事で応えた。
2度と外しはしない、自分を信用しろ。
そんな意思が込められた、無言の後押し。
レイジングハートを通して意識へと反映される、赤く染まった視界に映り込む巨獣の背を睨み据え、なのはは決断した。

『・・・撃つよ、準備して』
『・・・了解』

環状魔法陣、展開。
照準が、大型機動兵器のノズルを捉えた。

気付かれている。
それは間違いない。
このまま撃てば、ノズルの破壊と同時に数発の砲撃が中央区を襲う事となる。
上昇して高度を稼ぐ暇は無い。
それ以前に、少しばかり上昇したとして、中央区を射線上から外せる程の射角を確保できる距離でもない。
不明機体より放たれる砲撃ですら、ノズルへの着弾を避ける大型機動兵器の機動性。
全ての砲撃を目標へと着弾させる事は不可能だ。
回避される事を前提に、左右の空間を塞ぐ様に発射する他無い。

全てを承知の上で、なのはは集束を開始する。
後に責任を問われるとしても、首都が崩壊してしまえば追及さえ行えない。
何より、ヴィヴィオの事を思えば、その事実さえも受け止められた。

「ディバイン・・・」

そして、遂にトリガーボイスが紡がれようとした、その瞬間。
追撃隊の頭上、遥か高空に1条の閃光が奔った。

「・・・ッ!?」
『何だ!?』

何事か、と身構える面々。
数秒後、地上本部からの通信が入る。

『本部より全局員へ。クラナガン及びミッドチルダ北部上空にて次元断層発生、弾道弾の転移を確認。しかし・・・』

口篭るオペレーター。
続きを促す他部隊の声を聞きつつも、なのはは大型機動兵器から視線を逸らす事はなかった。
しかし、続く予想外の言葉に、彼女の意識が瞬間的に硬直する。



『弾道弾2基、共に撃墜されました・・・長距離砲撃です!』



直後、遥か上空より1条の青い光が奔り、クラナガン西部区画へと突き刺さった。
正確には、其処を突き進む大型機動兵器、その脚部ユニットの1つへと。
巨大な鉄塊が爆ぜる凄まじい轟音が響き渡り、大型機動兵器の前面で爆発が発生。
直後、その機動が明らかに揺らぎ始めた。
やや左寄りに重心を置き、進路を直線に保とうとするかの様に後部を左右へと振る。
どうやら左前方の脚部ユニットが、その機能を停止したらしい。
機動の揺らぎと共に、大型機動兵器の速度が目に見えて落ち始める。

『・・・一尉!』
『もう少し待って! 機動が不安定すぎる!』

これを好機と、数人が砲撃を放とうとする。
しかし、なのははそれを押し止めた。
右へ左へ、不規則に揺れ動く大型機動兵器を狙い撃つには、距離が開き過ぎている。
これでは砲撃を放ったところで、半数が着弾すれば良いところだろう。

『術式を中断して! 距離を詰めるよ!』

レイジングハートの構えを解き、幾度目かの追撃へと移るなのは。
残る面々も、すぐさまその後に続く。
安全な射角を確保すべく、徐々に高度を上げつつ大型機動兵器の背を目指す追撃隊。
その視線の先、再び天空より撃ち下ろされた閃光が、左後方の脚部ユニットを撃ち抜いた。
光は巨獣の脚のみならず、その下のアスファルト、さらには地下構造物までをも貫いたらしい。
地震と紛うばかりの振動、そして轟音が周囲へと響き渡る。
噴き上がる粉塵。
大型機動兵器の全体が、左側面へと傾く。
完全に接地した前後の脚部を軸に、進路が左へと逸れ始めた。

ここぞとばかりに、周囲のビル群から簡易砲撃魔法及び射撃魔法が雨霰と放たれ、巨獣の装甲へとその牙を突き立てる。
そして、好機を見出したのは不明機体群も同じ。
上空からは絶える事なく質量兵器の雨が降り、レーザー・ミサイル・砲撃と、空を覆わんばかりの攻撃が、大型機動兵器へと雪崩を打って襲い掛かる。
前方、そして後方を除く、全方位からの飽和攻撃。
着弾の毎に、大型機動兵器の各部装甲は次々と粉砕され、その下部からは業火と黒煙を噴き、至る箇所で小爆発を繰り返していた。

しかし、それ程の攻撃であっても、その侵攻を止めるには至らない。
魔法、質量兵器の如何を問わず数十発の砲撃、そして数千・数万発の光学・実弾兵器及び魔力弾の直撃を受けながらも、再度加速してゆく火達磨の巨獣。
未だ健在であるらしき2門の砲からは無数の誘導光弾を放ち続け、ノズルから噴き出す業火は更に膨れ上がる。
逸れゆく軌道を、想像を絶する巨大な推進力を以って修正し、機能の停止した左側面の脚部ユニットを人工物に覆われた地表へと数mも食い込ませたまま、追撃隊を振り切る程の加速を見せる大型機動兵器。
焦燥と共に、追撃隊が飛行速度を上げた、その瞬間だった。

『・・・ッ!? 高町、化け物が!』
『分かってる!』

大型機動兵器の脚部ユニットから、巨大なアンカーが地表へと打ち込まれる。
ノズルから業火を噴き出したまま、発生する推進力に逆らっての急制動。
直後に、上部装甲が後方へと稼動する様が、追撃隊各員の視界へと飛び込んだ。
その光景をこれまでに三度目撃している彼等は、すぐに状況を理解する。
大型機動兵器、主砲発射態勢。

「何を・・・まさか!」

なのはの脳裏に、最悪の予想が浮かび上がる。
彼女の視界、遥か前方に聳える、巨大な建造物。
天を突かんばかりの超高層タワービルと、その周囲を取り囲む数本の巨大なビル。
時空管理局地上本部。

「ッ・・・撃ってッ!」

反射的に叫び、ショートバスターを放つなのは。
追撃隊各員、陸士部隊までもがそれに追随し、簡易砲撃魔法と射撃魔法とが、津波となって大型機動兵器へと襲い掛かる。
しかし、距離の関係から追撃隊の砲撃は着弾前に減衰を始め、巨獣の装甲へと痛手を与えるには至らない。
陸士部隊の砲撃も、分厚い側面装甲を完全に貫くには至らず、ただ破片を散らすのみに止まっていた。
上空の不明機体群は、狂った様に撃ち放たれる誘導光弾の弾幕を前に、回避行動を取らざるを得ない状況に追い込まれている。
現状に於いて大型機動兵器の砲撃を阻止できる者は、なのはの視界内には存在しなかった。

「駄目・・・ッ!」

続け様にショートバスターを放ちつつ距離を詰めるも、有効射程を外れた砲撃は空しく装甲を叩くだけ。
陸士部隊の砲撃がより苛烈さを増し、誘導光弾を処理した不明機体群が攻撃を再開するも、大型機動兵器の主砲発射態勢を解除するには至らない。
徐々に色濃くなる絶望に、悲痛な叫びが漏れんとした、その時。



遥か彼方、大型機動兵器の更に前方。
宙を滑空する巨大な鉄塊が、なのはの視界へと飛び込んだ。



縁を金色に彩られたブロックが、2つ連なったその造形。
ブロックの合間から伸びる、長大な柄。
それは紛う事なく、長年に渡り彼女の友が振るい続ける、見慣れたアームドデバイス。
グラーフアイゼン・ギガントフォルム。

「え・・・」

呆けた声と共に彼方の空間、大気に薄く滲む柄に沿って視線を滑らせるなのは。
その行き着く先には、鉄塊と並飛行する深紅の不明機体。
明らかに満身創痍と分かる、その姿。
左主翼は折れ、一方の尾翼が脱落し、右側面には何らかのパーツをもぎ取られたかの様な痕が残っている。
漆黒のキャノピー左側面には、無数の傷が刻まれた巨大な盾。
グラーフアイゼンの柄は、その盾の裏から水平方向に突き出し、伸長していた。
不明機体は自身の損傷を意に介する様子もなく、大型機動兵器の正面から突撃を掛ける。
そして、不明機体と大型機動兵器、両者の相対距離が1500mを切ったかと思われた、その時。
ハンマーヘッドが後方へと振り被られると同時、不明機体は突如として軌道を捻じ曲げ、まるでカタパルトの如くその速度を移し与えられた純白の影を宙へと放る。

それは、正しく人影だった。
なのはにとっては、十年来の友人。
親友の家族にして、幾度も互いの背を預け合った仲間。
本来は深紅である騎士甲冑を、家族との融合の証である純白へと変えた、小さな影。
誇り高き古代ベルカの勇、ヴォルケンリッターが1人。

「ヴィータちゃん!?」



鉄槌の騎士、ヴィータ。



『・・・ぁぁぁッ!』

それは錯覚か。
それとも無意識の内に、念話として放たれたものか。
いずれにせよ微かなものながら、それは確かになのはの意識へと飛び込んだ。
咆哮。
ひとつの身体から放たれた、2つの声。
有りっ丈の魔力、そして強化された身体能力を開放する為の、裂帛の気合。
後方へと回されたハンマーヘッドが、不明機体より与えられた加速もそのままに振り抜かれる。
但し、ギガントフォルムから通常繰り出される、「振り下ろし」の攻撃であるギガントシュラークとは異なり、左側面からの「横薙ぎ」に。

既に10mを超えていた柄が更に伸長、200mを優に超える長さとなる。
徐々にその旋回範囲を拡大、建ち並ぶビル群の屋上を削りつつ、更に巨大化するハンマーヘッド。
それは想像を絶する加速と共に、主砲の発射態勢を維持し続ける大型機動兵器、その右側面へと迫る。
そして、大型機動兵器の前面から、眩く青い閃光が迸った、その瞬間。



ハンマーヘッドが分厚い装甲を打ち据え、空間が爆ぜんばかりの光と衝撃音を生み出した。



「ぅあああぁぁッ!?」

全身を襲う衝撃、そして鼓膜を破らんばかりの衝突音に、なのはは堪らず悲鳴を上げる。
周囲の様子を探る余裕も無く、それでも何とか瞼を上げると、大きく体勢を崩した大型機動兵器の姿が視界へと映り込んだ。
青い光、鼓膜を叩き続ける轟音。
主砲より放たれた光の奔流が、彼方の空へ、地上本部へと伸びている。
中央タワー、そして周囲のタワーを呑み込む、膨大な量の粉塵。
間に合わなかったのか?

絶望している暇は無かった。
大型機動兵器へと突撃を仕掛ける、深紅の不明機体が視界へと映り込んだ。
見間違う訳がない。
その機体こそが、数瞬前までヴィータを乗せていたのだから。
機体下部の筒状ユニットへと集束する、青い光の粒子。
恐らくは、砲撃を浴びせるつもりなのだろう。

一方で、グラーフアイゼンの一撃により、大型機動兵器は移動を再開「させられて」いた。
横殴りに襲い掛かった凄まじい衝撃に脚部ユニットのアンカーが耐え切れず破損、砲撃態勢にあった最中にもノズルから噴き出し続けていた業火の推進力によって、地表への固定が解かれると同時、弾かれる様にして突進を再開したのだ。
但しその進路は、中央区へと至る軌道からは大きく北へと逸脱している。
グラーフアイゼンの接触時に機体が弾かれた事、そして左側面の脚部ユニットが機能を停止している事などから、右方向への進路変更が困難となっているらしい。

そして、数瞬後。
不明機体が遂に、大型機動兵器後部へと喰らい付いた。
襲い掛かる瓦礫の雨を意に介する様も見せずに突き破り、巨大な尾を形成する業火の根元、エンジンノズルへと肉薄する。
上下2つのノズルが四方へと不規則に稼動、噴射角度を変え不明機体を炎に包もうとするも叶わず。



紫電の光を纏った「杭」が、下部ノズルを文字通りに「粉砕」していた。



遅れて轟く、「杭」が分厚い装甲を穿った際の鈍い音、そして爆発音。
ノズル下方のシールドがエンジンユニット諸共、木端微塵に吹き飛び、無数の金属片と火球を周囲へと撒き散らす。

ノズルのみならず、下部エンジンユニット全体の破壊を成し遂げた不明機体はしかし、その際に起こった巨大な爆発から逃れる事は叶わず、爆風と衝撃に煽られ吹き飛び、付近のビル群へと突っ込んだ。
恐らく、数棟を貫通したのだろう。
幾つかのビルが崩れ落ち、崩壊には至らないまでも大量の粉塵に呑まれる建造物が続出する。

『やった・・・!』

念話を通じ、誰ともなく発せられた言葉がなのはの脳裏へと響いた。
見れば、エンジンの1基を失った大型機動兵器は、目に見えて速度を落とし始めている。
今が、好機。

『現在の速度を維持! 集束砲撃の射程まで近付くよ!』

限界を訴える身体の軋みを無視し、更に加速。
エンジン1基のみの推力では空戦魔導師を振り切る程の速度を得る事もできず、巨獣と追撃隊の距離が加速度的に縮まりゆく。
更には、西部区画へと展開していた航空隊、そして陸士部隊までもが大型機動兵器の追撃を開始。
後方より襲い来る無数の高速直射弾を回避する事もできず、次々に被弾する大型機動兵器。
続けて、上空の不明機体群が放った10基を超えるミサイルが着弾、上部エンジンユニットのシールドを破壊した。
大型機動兵器は半壊したノズルを右方向へと稼動、推力変更により進路変更を図る。
しかし、横合いから放たれた陸士部隊の砲撃魔法がエンジンユニットへと直撃するや否や、推力の制御が不可能となった巨獣は蛇行するかの様な機動を始めた。
どうやら直線軌道を保とうと試みているらしいが、損傷したユニットは稼動に支障を来したらしく、進路の揺らぎは大きくなる一方。
必然的に侵攻速度は大きく低下し、追撃隊との距離を大幅に縮める事となる。

そして、遂に。
追撃隊は巨獣を、集束砲撃魔法の射程内へと捉える事に成功した。
距離を詰め、しかし飛行速度を緩める事なく、目標の完全な包囲を狙い翔け続ける。

大型機動兵器上空より、追撃隊全員の集束砲撃魔法を叩き込み、破壊する。
それが、彼等の狙いだった。

砲口より放たれる誘導光弾を、上空より降り注ぐ光学兵器の雨が消し飛ばす。
不明機体群の射線を塞がぬ様、大型機動兵器を左右から追い越すべく二手に分かれる追撃隊。
しかしその眼前で、予想外の事態が発生した。

轟音が響き、ノズルから噴き出る炎がより巨大化。
同時に大型機動兵器の全体が左側面へと傾斜を深め、機能停止状態となった前後の脚部ユニットを深く地表へと食い込ませる。
そして。

「・・・ッ!?」
『嘘だろ!?』

左脚部ユニットを軸として、大型機動兵器の巨体が180度旋回、一瞬にして前後を入れ替えた。
鈍く赤い光を放つコアが、迂闊にも自らの狩場へと足を踏み入れた猟犬を嘲笑う獣の瞳の様に、驚愕する追撃隊の面々をその表面へと映し出す。
その上部には、己を追い詰めんとする者達を排除せんと展開する、巨大な砲口。

「しまっ・・・」

即座に射角の外へと逃れようと試みるも、到底間に合わない事は彼等自身が良く解っていた。
その砲口より放たれる、余りにも巨大な光の奔流。
数瞬後にはそれに呑み込まれ、跡形も無く消え失せる事となる。
しかし、質量兵器の無慈悲な光が、彼等を襲う事は無かった。

「な・・・」

爆発。
追撃隊の眼前で、青い光を放つ砲撃を受けた大型機動兵器の主砲が、着弾時の衝撃と共に爆発・四散したのだ。
間違いなく、不明機体からの砲撃。

だが、なのはが、追撃隊が驚愕したのは、砲撃のタイミングではなく。
衝撃に吹き飛ばされながらも、確かに知覚し、視界へと捉えたもの。
第97管理外世界に於いては制御する術が存在せず、況してや感知する事さえ不可能である筈の力。



「・・・魔・・・力?」



「質量兵器による砲撃」に秘められた、異常なまでに高濃度・高密度の魔力。
そして、弾体の着弾時に発生した「幻影」。
空間へと直接投影されたそれは、有り得る筈の無いものを映し出していた。

それは、1冊の本。
忘れる筈も無い、忘れる事などできない、悲しく、しかし大切な記憶。
多くの犠牲と怨嗟の果てに、希望と絆を残し天へと消え去った、英知の集約体。
幸せだと、世界で一番幸せだと、優しく微笑んで逝った祝福の風、その人を宿していた1冊の魔導書。
その名を。

「どうして・・・あれが?」



ロストロギア「闇の書」。



『高町!』

幾度目かの声に、なのはは混迷を深める思考を振り払った。
今は、考えるべき時ではない。
目前へと視線を戻せば、主砲の在った位置から炎を噴き出す、大型機動兵器の姿。
破壊された砲身を格納し、コアの上下に据えられた砲門から無数の誘導光弾を放ち始める。

しかし、それを防ぐべく、追撃隊が新たな動きを起こす事はない。
代わりに、周囲から放たれる魔力弾と、上空から降り注ぐ光学兵器が、発射される傍からそれらの光弾を撃ち払う。
クラナガン西部区画。
この地へと展開する全戦力が所属を問わず、たったひとつの目的を果たす為に集結を始めていた。
たったひとつ、この世界に存在する事すら許されぬ、狂気の産物を屠る為に。

大型機動兵器、エンジン再点火。
しかし、直上より降り注いだ2条の光が、残る脚部ユニットを撃ち抜く。
爆発、ユニットが機能を停止。
続けて周囲より、簡易砲撃魔法の嵐が襲い掛かる。
上部エンジンユニット、爆発・四散。
大型機動兵器、誘導光弾の発射速度上昇。
追撃隊の周囲を2機の不明機体が旋回、眼前に障壁を展開し、誘導光弾の直撃を防ぐ。

そして、機は熟した。
大型機動兵器の上空に浮かぶ、12の人影と8機の不明機体。
魔力光と青い光が、其々デバイスと機首に集束する。

決然たる思い、そして不屈の心を秘めた、魔法の光。
無限なる憎悪、そして狂気に満ち満ちた、科学の光。

先陣を切ったのは、魔導師だった。

「スターライト・・・」

膨れ上がる光。
集束砲撃魔法。
なのはは躊躇う事無く、その破滅的なまでに凝縮された力を解き放つ。

「ブレイカー!」

閃光。
炸裂する12の光。
邪悪なる鉄塊を押し潰さんと、全方位より巨獣へと襲い掛かる魔力の砲撃。

「ブレイク・・・」

そして、2度とは外さないと。
此処で終わらせてみせると。
今度こそ、逃がしはしないとの意思と共に解き放たれた、12発の砲撃と。

「シュート!」



同時に放たれた、不明機体群による8発の砲撃が、大型機動兵器を呑み込んだ。



荒い息。
誰もがやっとの事で浮遊している状態の中、途切れ途切れの念話が交わされる。

『やった・・・の・・・?』
『まだ・・・確認できない・・・』

砲撃の1分程前に、砲撃の炸裂範囲を完全に離脱した陸士部隊が、徐々に着弾地点へと接近を開始する。
あれほど巨大な目標なのだ。
狙いさえ気にしなければ、1km先からでも高速直射弾を撃つ事は可能である。
実際、彼等もその手法を取っていたのだろう。
上空に浮かぶ追撃隊への誤射は気に留める必要が無く、只々濃密な弾幕で以って大型機動兵器からの攻撃を封じ切ってみせたのだ。
簡易砲撃魔法を放っていた魔導師は航空隊に属する局員か、余程機動力に長けた陸士だったらしい。
あれだけの短時間で、全員が炸裂範囲外へと脱していた。
地上局員の能力は、本局が把握しているより遥かに優秀だ。

『今度こそ終わっててくれよ・・・』

自らの砲撃、そして不明機体群の砲撃が着弾・炸裂した際の衝撃により吹き飛ばされ、砲撃地点から数百mも後退する事となった追撃隊。
業火を噴き上げる巨大な火口と化した眼下のビル群を眺め、油断なくデバイスを構え続ける。
ガジェット、そして人型兵器群と管理局部隊との交戦域からは離れていた為、この地区に関しては戦闘の初期に避難完了が宣言されていた。
局員の見落としが無ければ、民間人の被害は無い筈だ。
大型機動兵器が攻撃を再開したとしても、一切の躊躇なく砲撃を叩き込める。
問題は、その為の魔力もカートリッジも、既に使い果たされている事だけだ。

「お願い・・・もう動かないで・・・」

呟く様に零れる声。
哀願の思いすら込められた祈り。
果たして、その言葉を聞き留めたものか否か。
立ち上る業火の中から、微かな機械の駆動音が響いた。

『・・・いい加減にして!』
『不死身か、コイツ!』

魔力の付加により形成された突風の壁が、視界を塞ぐ業火を吹き散らす。
掻き消される炎の中から現れたのは、装甲は剥げ落ち、2基の砲が存在していた箇所から絶えず炎を噴き上げ、半壊したコアから禍々しい光を零しつつ、それでも稼動を停止してはいない大型機動兵器の姿。
そして機能回復に成功したらしく、先端が上空へと向けられた左腕部ユニット。
大型機動兵器、弾道弾再発射態勢。

「そんな・・・魔力は、もう・・・」

呆然と紡がれる言葉。
最早隠そうともせずに、絶望をその表情へと浮かべる魔導師達。
砲撃魔導師に魔力は残されておらず、魔力が残る者は決定打となり得る砲撃を放てない。
不明機体群が何らかの行動を起こすかと思われたが、それより早く、なのはの後方で大規模な魔力集束が発生する。

『集束砲撃? 誰が?』
『魔力素を無差別に集束してやがる・・・こんな事が有り得るのか?』
『陸士419より航空隊、まだ魔力を温存していた奴が居るのか? 何処の所属だ、この化け物は!』

化け物。
飛び交う念話の中に混じるその言葉に、なのはの背を冷たいものが奔る。
彼等が何を言わんとしているのかは、彼女にも良く分かっていた。
背後から感じる、凄まじいまでの重圧感。
不明機体群や大型機動兵器へと相対した際に抱いたものとは異なり、より明確な感覚として迫り来るそれ。
自身の切り札を優に超える、単体の魔導師としては有り得る筈の無い超高密度集束。
自らが放った桜色の魔力光を含む、無数の色に輝く魔力素が、流星の様に背後へと流れゆく中、なのははゆっくりと後方へ身体を廻らせる。
其処に、1機の不明機体の影があった。

漆黒のフレーム。
濃紫色の奇妙な装甲。
試験管を思わせる直線的なキャノピー。

「まさか・・・さっきの砲撃・・・」
『・・・何だ、あの機体』
『アイツ・・・魔力を・・・!』

数瞬後、暴力的なまでに高密度集束された魔力が、青い閃光となって不明機体より放たれた。
一瞬にして視界を駆け抜けた砲撃は、見掛け上では通常の不明機体砲撃と差異は無い。
しかし、それに秘められた膨大な魔力は異常な重圧となり、確かに魔導師達の感覚へと襲い来る。
そして、弾体が大型機動兵器左腕部ユニットへと着弾した、次の瞬間。

「・・・ッ!」



炸裂する衝撃波の中に浮かぶ光景は、緑の髪の女性、その腕に抱かれた黒髪の赤子。



「リン・・・!」

喉を突いて出た声は、爆発音と全身を襲う衝撃に掻き消された。
次いで発せられるのは悲鳴のみ。
またもや数十mもの距離を吹き飛ばされ、漸く体勢を立て直した頃に視界へと飛び込んだのは、脱落した左腕部ユニットと、機体下部から青い光を放つ大型機動兵器の姿。
振動音が中空を満たし始める頃には、誰もが状況を理解していた。
大型機動兵器、最後の抵抗だ。

『まただ! 地震が始まった!』
『死なば諸共、って訳ね・・・!』

誰もが、最早欠片ほどにしか残ってはいない魔力を振り絞り、大型機動兵器のコアへと止めを放つべくデバイスを構える。
上空の不明機体群までもがそれに続こうとした、その時。
低く、憤怒に燃える声が、発声と念話の双方として、魔導師達の意識へと飛び込んだ。

『いい加減に・・・』

聞き覚えのある声に、なのはが振り返る間すらなく。

『くたばれええぇェェッッ!』

次の瞬間、追撃隊の足下を掠める様にして、一方の面が砕けた巨大なハンマーヘッドが、高速にて地上へと打ち下ろされた。
大型機動兵器を叩き潰す様に、直上より叩き付けられるグラーフアイゼン・ギガントフォルム。
地震の振動が掻き消される程の衝撃と轟音。
金属の拉げる異音が響き渡り、同時に耐久限界を超えたらしきグラーフアイゼンが砕け散る。

その舞い散る欠片の中を、1基のミサイルと、同じく1機の不明機体が翔け抜けた。
深紅の機体。
大型機動兵器のエンジンユニットを破壊した際、爆発によって吹き飛ばされビルへと叩き付けられた筈のそれ。
主翼、垂直尾翼、盾。
それら全てを失いながらも、鋼の巨獣へと突撃する紅い弾丸。
恐らく先立って放たれていたのだろう、大型ミサイルがコアへと直撃、膨大なエネルギー輻射による爆発が空間を埋め尽くし、巨獣の動きを封じ込める。
その隙を突き、不明機体は一気に加速。
自らが放ったミサイルより放射されるエネルギーにより機体が焼かれる事すら厭わず、爆発の中心を突き抜け一瞬にしてコアへと肉薄する。

なのはは、確かに聞いた。
否、なのはのみならず全ての魔導師が、念話としてそれを耳にしたのだ。
小さな、本当に小さな声。
しかし、確かな自信と信頼の込められた、力ある言葉。
鉄槌の騎士が放った、たった一言の言葉。



『ぶち抜け・・・!』



その言葉に応えるかの様に射出された「杭」が、コアの外殻から中枢までを諸共に貫いた。

*  *


刺突兵装がコアを打ち抜く、鈍く重い音。
大型機動兵器の全体が一瞬、痙攣するかの様に振動した後、周囲には耳が痛くなる様な静寂が立ち込めた。

『やった・・・のか?』

ハンマーヘッドが砕けたグラーフアイゼンの柄を握り締めたまま、ヴィータは誰かが呟いた言葉を脳裏の内で反芻する。
本当に仕留めたのか。
あの化け物を、あの巨大な鋼鉄の怪物を、仕留める事ができたのか。
何らかの手段で以って、反撃に移るのではないか。
考え得る種々の可能性を想定し、それらへの対応策を構築。
しかし答えが導き出されるより早く、破壊された大型機動兵器のコアから離れ、深紅の不明機体が上昇を開始する。
眼下の巨獣を気に留める様子もなく、機首を反転させるその機動に、ヴィータは漸くグラーフアイゼンを握る手の力を抜いた。

「・・・はぁ」
『やっと・・・終わりましたね・・・』
「・・・ああ・・・ッ!」

リィンの言葉に同意を以って答え、今更ながら襲い掛かる腹部の痛みに呻く。
傷自体は小さいとはいえ、レーザーが身体を貫通したのだ。
本来ならば、すぐさま後方搬送となる筈の重傷。
しかし上手く臓器を避けての貫通である上、更に巨大な鎌状の近接兵装に貫かれても戦闘を継続できる程の耐久力を持つヴィータである。
行動に多少の支障こそ来すものの、致命傷という訳ではなかった。

『ヴィータちゃん!?』
『ああ・・・なのはか・・・』
『どうしたの、その傷!? まさか・・・』
『ガジェットだよ・・・ちょっと、ドジっちまった』
『ちょっとって・・・!』

心配していた相手からの通信。
念話ではあるが、その声から判断するにそれほど無茶をした訳ではなさそうだ。
逆に心配される側になってしまった自分自身の状態が可笑しく、ヴィータは傷に響かぬよう抑えた笑いを漏らす。

その頃になって、漸く事態を悟った管理局員達の間から、零れる様に歓声が上がり始めた。
それは徐々に拡がりゆく速度を増し、遂には熱狂を持った叫びと化す。
微動だにしない大型機動兵器の残骸と、その上空を旋回する不明機体群。
最早、敵も味方もなかった。
只々、強大な敵を完全に、今度こそ完全に打倒した喜びに、誰もが歓声を上げ続ける。
たとえ後に、失われた者達の記憶に苛まれる事になると理解はしていても、今は只管に勝利の歓喜へと身を任せていた。
そんな様を半ば呆けた様子で眺めていたヴィータだったが、自身の傍へと寄る白い影の存在に気付き、我を取り戻す。

「ヴィータちゃんっ!」
「・・・よう」

それは、自らヴィータの許へと赴いて来たなのはだった。
多少の怪我を負ってはいるものの、特に無理をしている様子も感じられないその姿に、ヴィータとリィンは内心で安堵の息を吐く。

「もう・・・こんな無理して・・・ッ!」
「オメーに言われちゃお終いだな」
「茶化さないで! 酷い傷なんだよ!?」

ヴィータの物言いが余程気に入らなかったのか、烈火の如く怒りの声を上げるなのは。
しかし声を荒げつつも、その動作は傷の具合を確かめる事に余念がない。
相変わらず人に対して過保護な奴だ、などと考えていると、ヴィータは何かが自身の体から抜け出る感覚を覚えた。
続けて意識へと飛び込んだ声は、この戦闘中に聞き慣れた直接的に意識へと響くものではなく、空気の振動としてのもの。
八神家の末っ子、リィンフォースⅡの声だ。

「全くです、ヴィータちゃんは無茶しすぎです!」
「お前だってユニゾンしてたんだから同じだろ・・・平気なのか?」
「平気じゃないです! それでも、お腹に穴の開いてるヴィータちゃんよりはずっとマシです!」

どうやら、こちらも相当お怒りらしい。
忽ちなのはと歩調を合わせ、2人掛かりで説教を始める。
2人が本当に自分を心配している事が分かるからこそ、ヴィータはばつが悪そうに謝る事しかできない。

と、その時。
突然、ヴィータは前方へと目をやると、2人を庇う様に進み出た。
何事か、と同じ方向へと目を向けた2人の視界に飛び込んだものは、同高度に浮かぶ巨大な深紅の不明機体。
即座にレイジングハートを構えようとするなのはだが、ヴィータは腕を彼女の前へと翳す事でそれを制止する。

「ヴィータ・・・ちゃん?」
「止めろ、なのは」

驚きと共にヴィータを見やるなのは。
しかし彼女はリィンと共に、敵意の感じられない瞳で以って目前の不明機体を見つめていた。
満身創痍、としか言い様のない様相の不明機体もまた、何をするでもなく3人へと機体左側面を向けたまま、恐らくは重力制御機関の甲高い音を響かせている。
そのまま奇妙な沈黙が流れる事、数十秒。
ヴィータが、何かしらの言葉を発しようとした矢先、全方位への念話が管理局部隊の間を駆け巡った。

『おい、見ろ! 本部が!』

その言葉に、3人が一斉に地上本部の方角へと振り向き、そして息を呑んだ。
先程まで地上本部全体を覆っていた粉塵は、地上本部に残る魔導師達によって除去されたらしく、既に彼方へと散っている。
視界を遮るものが無くなり、現れたのは無傷の中央タワー。
そして半ばから折れ、完全に倒壊した周囲2つのビル。
外縁部を覆う大出力魔力障壁は、あの砲撃の前には僅かなりとも障害足り得なかったらしい。
中央タワー近辺のビルは、比較的狭い範囲での崩壊となったらしいが、問題は外周に位置する巨大なビルだった。
あろう事か、地上本部内の敷地内ではなく、外縁部の都市に向かってビルが倒壊していたのだ。
恐らくは、数十棟の民間ビルが巻き込まれたであろうそれは、余りにも凄惨に過ぎる光景だった。
中央区の避難は比較的速やかに済んだ筈だが、しかしあの有様では複数の避難所そのものが、膨大な量の瓦礫によって押し潰されている事だろう。

「間に・・・合わなかった・・・?」

リィンが、呆然と呟く。
何かを言い掛け、しかしヴィータはその言葉を呑み込んだ。
その隣では、なのはも同様に。

ヴィータは、そしてリィンは、確かに間に合ったのだ。
あの時、あと数瞬でもグラーフアイゼンでの一撃が遅れれば、大型機動兵器の砲撃は中央タワーを直撃していただろう。
たとえ戦闘に勝利したとしても、本部を失えばその後の救助活動すら満足に行えはしない。
彼女達は最良の結果を残した。
2人は「間に合った」のだ。
それは、この場に居る誰もが認める事だろう。
だからといってその事実が、当事者たる2人にとって何の慰めになるというのか。

「ヴィータちゃん、リィン。本部に繋がなきゃ分からないよ。前にシャーリーも言ってたでしょ? 避難所はアルカンシェルでも撃ち込まなきゃ壊れない、要塞並みの強固さだって」
「・・・うん」

返す声に、何時もの覇気は無い。
しかし、僅かなりとも希望が出てきたのだろう。
徐々に瞳が力を取り戻し、純白から深紅へと戻った騎士帽を被り直すヴィータ。
リィンもまた、その肩で軽く頭を振り、毅然とした様子を取り戻す。
微笑みを浮かべつつ、そんな2人を見つめていたなのはであったが、視線がその向こうに浮かぶ不明機体へと到るや否や、忽ち表情を険しくした。

「・・・闇の書」

微かな呟きに、なのはの顔を見上げるヴィータ。
その視界へと映り込む上空、不規則に飛び交う不明機体群の中に、漆黒と濃紫色に彩られた1機の姿があった。

ヴィータとリィンは、彼女が何を言わんとしているかを理解する。
あの砲撃だ。
ギガントシュラークを叩き込む寸前、大型機動兵器の正面へと出現した幻影。
荒れ狂う強大な魔力輻射の中、浮かび上がった人影は、彼女達が良く知る人物だった。
現在よりも幾分若く感じられる容貌ではあったが、間違いない。
その腕に抱かれていた赤子は、その息子だろう。
そして「闇の書」の名が、今此処でなのはの口から出るという事は。
恐らくは、自分達とあの不明機体がこちらへと向かっている僅かの間に、既に1度、例の砲撃が放たれたのだろう。
その際に現れた幻影が、「闇の書」を映し出したという事か。

訳が分からない。
明らかに異常な量の魔力素を、いとも容易く制御してみせた不明機体。
空間中の無属性魔力素はおろか、不特定多数の魔導師から散布された魔力素すら、無差別に集束して砲撃と成したその技術体系。
着弾時に出現する幻影、其処に映し出される、有り得る筈の無い存在。

彼等は何者なのか?
何処から、何を目的に現れたのだ?
もうひとつの第97管理外世界からの来訪者だというのならば、ミッドチルダを襲う理由は?
あの漆黒の機体に用いられている魔法技術体系を、何処から手に入れた?
何故、彼等が「闇の書」や「彼女」の事を知っている?

『・・・こ・・・本部・・・願い・・・軌道・・・』

突然のノイズ。
局員達の傍らに、空間ウィンドウが展開される。
出力者表示には、地上本部の文字。
しかし画面にはノイズが走り、途切れ途切れの音声のみが発せられるばかりである。
やはり中央タワーにも、何らかの被害が発生しているのだろう。
すぐさま複数の局員が、本部の現状を問う言葉を投げ掛ける。
しかし返されるのは、奇妙な単語の羅列ばかりであった。

「本部、さっきから何を」
『こちら本部、警告!』

流石に不審を抱いたヴィータが、自身も問いを発した、その時。
状態回復した通信から、悲鳴の様なオペレーターの声が発せられた。



『軌道上よりクラナガン上空への大質量物体転移を確認! 総数218! クラナガン上空まで5秒!』



「・・・転・・・移?」

何を言っているのか、と言わんばかりに発せられた言葉は、不意に上空から襲い掛かった轟音によって掻き消された。
直上からの強烈な衝撃波を受け、対応すらできずに落下を始める魔導師達。
比較的高高度に位置していた者はまだしも、低高度を浮遊していた者は体勢を立て直す間も無く、ビル群の屋上へと叩き付けられる。
バリアジャケットを纏っている為、そう簡単に命を落とす事はないだろうが、しかし軽傷で済む程度のものでもない。
一体何が、と上空へと視線を向けるヴィータ、リィン、なのは。
そして視界へと映り込んだ光景に、3人は文字通り凍り付いた。



船だ。
遥か上空に、船が浮かんでいた。
1隻ではない。
20隻以上の船が、悠然と空を舞っていた。

その周囲、更に複数の巨大な影が、次々に出現する。
10隻。
20隻。
30隻。
次々に転移を終え、一部の船は通常空間への実体化に伴い衝撃波を撒き散らす。
管理局艦艇のそれとは異なり、実体化に際し発生する衝撃発生現象。
技術的な事は門外漢であるヴィータにさえはっきりと解る、明らかに管理世界の技術体系とは異なる次元間航行技術。

しかし、それらを除くほぼ全ての船。
それらの姿に、ヴィータは見覚えがあった。
彼女だけではない。
恐らくはリィンも、そしてなのはも。
知っている筈なのだ。
自らが搭乗し、或いは記録映像として目にしたそれら。
そして2人が知らずとも、遥かなる古の時代、霞む記憶の果てに。
確かに残る、その船の姿。
嘗てベルカの、ミッドチルダの空を覆い尽くし、幾多の次元世界を焦土と化した船の群れ。

L級次元航行艦を含む、管理局旧主力艦艇群。
古代ベルカ及びミッドチルダ、両陣営各種戦闘艦。
時代を問わずに混在する、民間輸送船及び旅客運搬船、更には特殊作業船。
次元世界に於ける、いずれの時代にも合致しない造形の艦艇。
それらが入り混じり、200隻を超える巨大な艦隊を形成していた。

そして、艦隊の中央。
不自然に開けた空間に、その船は現れた。
空間中央に展開する、次元空間へと繋がる「ゲート」。
猛烈な勢いで周囲の大気を取り込み、異様な色彩が揺らめくその空間から、巨大な艦体が亡霊の如く姿を現す。

「あ・・・ああ・・・」
「嘘・・・でしょう・・・?」
「そんな・・・だって・・・だってあれは・・・」

濃紺青と黄金の外殻。
王の威容を誇るかの様に鋭く突き出した艦首。
艦体後部に備えられた、計13基のメイン・サブブースター。
狂気の科学者、そして盲執に取り付かれた老人達の手によって現代へと蘇った、アルハザードの遺産とも言われる戦船。
管理局の設立以前、先史時代に於いて、既にロストロギアとの認識の下にあった、最大にして最悪の質量兵器。
数多の歴史学者・神学者・考古学者が追い求めながらも、終ぞその存在に至る事叶わず、世界の脅威として管理者達の前へと再臨した、その艦の名こそ。

「あれは・・・消し飛んだ筈なのにッ!」



王の産まれ落ちし地にして、王の眠りし地、「聖王のゆりかご」。



「何でだッ! 何でッ!」

絶叫するヴィータ。
リィンはただ呆然と、なのはは絶望の表情すら浮かべ、天を見上げる。
地上に存在する全ての者が、ただ呆然と天空の艦隊を見つめる中、不吉を知らせる金属音が轟いた。

「あ・・・」

ハッチが、開く。
管理局の、ベルカの、ミッドチルダの、不明勢力の。
全艦艇、200を超える次元航行艦のハッチが、耳障りな金属音を空中へと轟かせつつ、開放される。
そして、数秒後。

「・・・畜生・・・ッ!」



その全てから、自爆型のガジェットが解き放たれた。



『・・・終わりだ』

局員の誰かが放ったその念話に、答える者は居ない。
今更、逃げようとする者も存在しない。
そんな事をしても結果が同じである事は、此処に居る誰もが理解していた。

魔力は、もう残されてはいない。
アインヘリアルは、既に破壊されている。
本局への増援要請も間に合わない。
何より、文字通り空を埋め尽くす程のガジェット群など、たとえ魔力が残されていたとしても抗えるものではない。
魔導師と言えど人間。
全てを呑み込む鋼の津波の前に、人間は余りにも無力。
少なくとも、クラナガンを消滅させる為に、5分は掛からないだろう。
そして、更に。

「ぐっ・・・!?」
「ッ・・・AMF・・・また・・・!」
「嘘・・・飛べな・・・」

全身を襲う圧迫感。
先程のものとは比べ物にならない、異常な出力のAMF。
飛翔魔法の維持すら困難となった魔導師達が、次々に地へと墜ちてゆく。
それは、なのはやリィン、ヴィータも例外ではなく。
翼をもがれ、空から引き摺り下ろされる鳥の様に、3人はゆっくりと高度を下げてゆく。

「こんな・・・ところで・・・」
「ヴィヴィオ・・・っ!」

やがて、遥か上空を旋回していたガジェット群が、一斉にその進路を変更する。
地表へ、ただ地表へ。
目標も、目的も、何ら特別な意図の存在しない、ただ破壊に至る為の進路。
数千機のガジェットが、クラナガンへと突撃を開始する。

迫り来るガジェットを視界へと捉えながら、ある者は悔しさを、またある者は全てを受け入れた穏やかさを以って、滅びの瞬間を待っていた。
それはヴィータも同じ。
既に左右の2人すら意識の外へと追いやった彼女は只々、主への不忠を悔いていた。
はやてを生涯守り通すとの約束すら貫けず、その友も、家族すらも守れなかった、自身への悔恨。

「ごめん・・・」

その一言が、口を突いて零れる。
そして、ガジェット群の後部装甲が吹き飛び、ノズルより業火が噴き出した瞬間。



光が、全てを呑み込んだ。



目が眩み、鼓膜が轟音に麻痺し、突き抜ける衝撃、硬い壁か地表に叩き付けられる衝撃とが、連続してヴィータを襲う。
何が起こったかも解らず、自身が生きているのか、死んでいるのかすら解らない。
意識があるという事から、まだ自分は生きているのだと気付いても、目の眩みは治まらなかった。
耳も聴こえず、一切の音が拾えない。
しかし全身を通して伝わる感覚から、自身が何処かのビルの屋上か、もしくはアスファルトへと叩き付けられたのだという事は理解できた。
数秒後、漸く回復してきた視界に映るのは、隣に横たわるなのはと、同じく2人の間に横たわるリィンの姿。
共に意識は無い。
軋みを上げる身体を起こし、何とか上空を見上げれば、其処には変わらず浮かび続ける「ゆりかご」の威容。
しかし。

「あ・・・れ・・・?」

何かが。
何かがおかしい。
先程までとは、何かが違う。
その違和感が何か、暫しヴィータは空を見上げ続け。

「ガジェット・・・居ない・・・船も・・・」



数千機のガジェット、そして艦隊を構成する200隻以上の艦の内、数十隻が抉り取られたかの様に「消失」している事実に気付いた。



「何だよ・・・何なんだよ、一体・・・」

呆然と呟くヴィータ。
艦隊には、まるで大規模な砲撃が突き抜けた後の様に、直線状の間隙が生じていた。
しかしその間隙の大きさは、少なく見積もっても数kmはある。
一体、何が起きた?

やがて「ゆりかご」を含む残存艦艇は、再び開かれた「ゲート」へと消え、奇跡的に残ったらしき数十機ばかりのガジェットが突撃を開始する。
不明機体群により撃墜されてゆくガジェット群だが、数機がこちらへと進路を変え、ノズルから火を噴いた。

「・・・ヤバい!」

咄嗟になのはとリィンを掴み、ビルの屋上を離れようとするヴィータ。
しかし1歩を踏み出した瞬間、膝から力が抜け、その場へと崩れ落ちた。

「な・・・!」

驚愕に声を上げるヴィータ。
彼女の身体は、最早限界だった。
先程、屋上へと叩き付けられた際の衝撃は、バリアジャケット越しであっても、確実に彼女の身体へと打撃を与えていたのだ。

罅割れたコンクリートの上へと倒れ、迫り来るガジェットを呆然と見つめる。
不明機体群は上空にて戦闘中。
管理局部隊が展開してはいるが、戦える状態にある者は居ないだろう。
今度こそ、終わりか。

「・・・殺るなら一思いに殺れってんだ、バーカ」

恐らくは最後になるであろう悪態を吐き、全身の力を抜いたヴィータの視界に。



ガジェットと彼女達の間へと割り込む、深紅の不明機体の姿が飛び込んだ。



「え・・・」

爆発。
ガジェットの直撃を受け、吹き飛ぶ不明機体。
ヴィータの頭上を飛び越え、数百m後方のビルへと突っ込む。
上空に残るは、飛び散る爆炎の残滓のみ。

「何で・・・」

不明機体が4機、轟音と共に上空を横切る。
濃蒼色の機体、褐色のキャノピー。
ヴィータは知る由も無いが、あの魔力を操った機体と共にクラナガン上空へと侵入し、遥か高空にて人型兵器との戦闘を繰り広げていた機体。

「何でだよ・・・」

更に3機、漆黒の影が大気を貫く。
これも彼女の知るところではないが、艦隊の出現直後、新たに転移した3機の不明機体。
鮮やかな群青の光を放つ球状兵装を機首へと備え、4つの小型球状兵装を引き連れ翔ける、実体化した影の如く禍々しい黒。

「何で・・・庇ったりなんか・・・」

やがて、ガジェットの姿が消え、不明機体もまた何処かへと飛び去った。
残された管理局部隊は、何者も存在しない空を、呆然と見上げるばかり。
立ち上る黒煙と粉塵のみが、白と黒、2つの色を以って空を染め上げていた。

「ちくしょう・・・」

透明な雫、そして赤い雫。
2つの雫が、コンクリート上に弾け、染みを作る。
零れ落ちる声は、悔しさか、遣る瀬無さか。

「畜生ォォォォッッ!」

廃墟と化したクラナガン西部区画に、ヴィータの叫びが木霊した。



新暦77年10月27日、14時45分。
ミッドチルダ中央区画、首都クラナガン。
戦闘、終結。

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最終更新:2015年10月26日 07:28