鼓膜を劈く爆音と共に、眼前の鉄塊が業火を纏い四散する。
衝撃に煽られ、尋常ではない規模の爆発に焼かれ、無数の破片に肌を切り裂かれながらも、致命的な光学兵器の一撃が放たれる事なく霧散した事を認識し、ヴィータは彼方の影を見据えた。
黒煙に覆われた空、その中に浮かび上がる奇妙な影。
無骨な鉄の塊としか表現できないそれは次の瞬間、大気を打ち破ってヴィータの頭上を突き抜けた。
爆発と同時、咄嗟に騎士帽を押さえていた手が、衝撃波に煽られ後方へと振り解かれる。
それでも手放さなかった騎士帽が、手を通して伝わる不快な振動と共に千切れ飛んだ。
吹き飛ばされるままに、身体を半回転させるヴィータ。
上下の入れ代わった視界の中に彼女は、自身が狙いを定めていた人型兵器へと突進する、不明機体の噴射炎を捉えた。
そして、次の瞬間。

「・・・ッ!」

大気が、震えた。
ヴィータが、それを音として受容する事はない。
彼女の聴覚は、ガジェットの爆発と不明機が通過した際の衝撃音により麻痺しており、未だ正常な機能を取り戻してはいない。
しかし、全身を巨大な空気の壁に打ち据えられたかの様な衝撃、そして彼女の目前で起こった信じ難い現象が、周囲一帯を震わせる程の轟音の発生を感じ取っていた。
常軌を逸した光景、衝撃に揺れる視界。

腕だ。
人型兵器の腕が、まるで発射されたミサイルの様な勢いで、遥か彼方へと吹き飛んでゆく。
脚部は半ばより千切れ飛び、ハイウェイを貫通して高架脚をも打ち砕き、更にその下のアスファルトへと激突して瓦礫に埋もれた。
無数の装甲の欠片が花火の様に四方へと散り、宛ら散弾の如く周囲のビル群を襲う。
僅かに残っていたガラスが軒並み砕け散り、壁面は目も当てられぬ程に穿ち砕かれ、最早廃墟としか言い様のない惨状と化すビル群。
不明機の陰に位置していたヴィータは被害を免れたものの、次いで視界へと飛び込んだ光景に、我が目を疑った。

「・・・カートリッジ?」

不明機後部より排出される、無数の金属筒。
それは、カートリッジシステムを搭載したデバイスを用いる彼女にとって、見慣れた動作。
「排莢」だ。

「・・・何、だ?」

そして、不明機が進路を変えた事により、その側面がヴィータの視界へと曝される。
他の不明機体と比較して明らかに肥大化した機体の各所から突き出す、幾本もの鋭く長い針状の突起。
漆黒のキャノピー、その後方に位置する巨大な盾。
しかし何より彼女の目を引いたのは、機体下部より突出した巨大な「杭」。
不明機体の全長とほぼ同じ長さのそれは、微かに紫電の光を放つと、それを振り払うかの様に機体下部へと引き込まれた。

接近戦用の射出型刺突兵器。
それを理解した瞬間、ヴィータの脳裏に浮かんだ言葉はただひとつ。

「正気じゃねぇ・・・」

その言葉は、一連の戦闘を目撃した全ての管理局員の心境を、これ以上ないほど的確に言い表していた。
高機動がアドバンテージである筈の戦闘機に、よりにもよって超至近距離でしか用いる事のできない格闘兵装を搭載するとは。
質量兵器の廃絶を謳う管理局ではあるが、過去の大戦で用いられたそれに関する知識は、僅かではあるが局員も訓練校時代に座学として学ぶ。
しかし少なくとも、航空機に格闘兵装を搭載するなどという常軌を逸した兵器の存在については、ヴィータの知るところではなかった。

その間にも、刺突兵装を備えた不明機は次なる標的へと狙いを定め、燕の様な鋭さと鷲の如き獰猛さを兼ね備えた機動で襲い掛かる。
標的は管理局部隊と交戦中の人型兵器、その周囲には護衛の様に複数のガジェットが纏わり付き、地上から放たれる魔力弾に対し突撃しての自爆行為で以って応戦していた。
不明機はその背後より急接近、質量兵器を連射。
ガジェットが反応し、ほぼ同時に被弾して装甲から火を噴く。
僅かに軌道を修正し、直後に7機のガジェットが不明機へと突撃を開始した。
不明機、進路そのまま。
このままでは、7機のガジェットと正面から激突する事となる。
腹部の負傷さえ忘れ、思わず声を上げんとするヴィータ。
しかし、彼女が思い描いた不明機とガジェットの衝突が、現実の光景となる事はなかった。

何時の間にか、上空より舞い降りた2機の不明機体。
突進する不明機の前面へと同速度で並んだその2機は次の瞬間、金色に輝く弾体を正面へと射出した。
発射された弾体は瞬時に炸裂、2機の前方に同速度にて前進する半透明の「壁」を形成。
続く光景に、ヴィータとリィンは言葉を失った。
正面から3機の不明機体へと突入したガジェット群が、「壁」へと激突・爆発したのだ。
魔法陣でも物理障壁でもない、立体映像の様な金色のブロック状構造物が寄り集まった、光る壁へと。
それだけに留まらず、激突したガジェットは「壁」を僅かたりとも貫く事ができずに、その壁面で爆発を起こした。
あれだけの速度・質量を兼ね備えた突進、更には続いて発生した爆発でさえ、あの「壁」を突破する事は叶わなかったのだ。
その様子を唖然として眺める2人。

直後、爆炎を突き抜けて3機の不明機体が姿を現す。
前衛の2機が大型ミサイルを発射、離脱。
人型兵器の後方から現れた3機のガジェットがそれを受けるも、余りの威力に突撃へと移行する事もできないまま爆発、逆に人型兵器が爆炎に呑まれる。
その隙を突き、残る不明機体が急速接近、減速すらせずに人型兵器の胴部へと突入。
次の瞬間、巨大な杭がその胴部を打ち抜き、背面へと貫通する。
否、貫通などという生易しいものではない。
胴部が一瞬にして消し飛び、四肢は先程と同様に四方へと弾ける。
不明機体後部より排莢される、無数のカートリッジ。
火花と破片が空中に巨大な花を形成し、一拍遅れて周囲に異様な轟音が響き渡った。
膨大な量の炸薬が弾ける際の、思わず身が竦む様な苛烈な音。
そして分厚い鉄板を無理矢理に打ち抜く際の、生理的不快感と本能的な恐怖を呼び起こす音。
鼓膜を襲うそれらに対し、呻きと共に思わず閉じた目を再度見開いた時、「それ」がヴィータの視界へと映り込んだ。

「・・・ヤバいッ!」

無意識にそう吐き捨て、ハンマーフォルムへと戻っていたグラーフアイゼンを担ぎ直すヴィータ。
自身が出し得る最高の速度で、不明機の許へと向かう。

「気付いてねーのかッ、アイツ!」

不明機の進路上、眼下のビル群。
その中の1棟、辛うじて原形を保っているビルの屋上を突き破り、あの人型兵器の左腕、巨大な砲身が突き出していた。
何らかの欺瞞装置を用いているのか、不明機がそれに気付く様子は無い。
それどころか、急速に接近するヴィータに気を取られたのか、唐突に進路を変更し彼女の方角へと向き直ってしまったのだ。

「ッ! このッ!」

咄嗟に急制動、指の間に挟んだ4個の鉄球を宙へと放るヴィータ。
それと同時、担いでいたグラーフアイゼンを、軽々と片手で振るい。

「大バカ野朗がッ!」

魔力によって宙へと固定された鉄球に、渾身の力で以って叩き付けた。
甲高い衝撃音。
飛び散る火花と共に4個の鉄球が赤い魔力光を纏い、銃弾もかくやという速度で不明機体へと向かう。
シュワルベフリーゲン。
当然、ミサイルにも遥かに及ばない弾速のそれを、不明機は危なげもなく躱し。



同時に、直下から放たれた人型兵器の砲撃をも回避した。



「これで気付いただろ、マヌケ!」

ヴィータのその叫び通り、不明機は眼下の敵に気付いたらしい。
すぐさま進路を変更し、しかし背後から高速で接近する影に反応。
ガジェットだ。
凄まじい白煙を噴きつつ、不明機へと突進する。
しかしそれは、彼方より飛来した4条の赤い光に撃ち抜かれ、爆発。
先程ヴィータが放ち、その後も操作を続けていたシュワルベフリーゲンだ。

「アイゼンッ!」
『Raketenform』

ロードカートリッジ、グラーフアイゼンをラケーテンフォルムへ。
ガジェットの爆発を見届けたのか、不明機はヴィータから注意を外し下方からの砲撃を回避しつつ横回転、上下を入れ替えた状態から更に機首を直下へと向け、後部ノズルより業火を発しての垂直降下を敢行。
先程のガジェットに勝るとも劣らぬ加速もそのままに、ビル屋上を突き破って現れた人型兵器の上半身へと質量兵器を撃ち込みつつ突入、刺突兵装の一撃を見舞う。
しかし、先程の攻撃から然程時間が経たない内の攻撃である為か、はたまた何らかの問題が発生したのか、その攻撃には先の2回の様に異常なまでの破壊力は見られない。
それでも左腕の砲身を粉砕した不明機であったが、人型兵器と衝突した際に残る右腕によって組み付かれてしまう。
機体各所からスラスターの炎を噴出させ、拘束状態からの脱出を図る不明機。
しかし、人型兵器は自身のバーニアを作動させ組み付いたままの不明機と上下を入れ替えると、そのまま半壊した屋上を貫いてビル内をも突き抜け、壁面を内部より打ち破ってハイウェイへと激突する。
崩れ落ちるハイウェイ。
人型兵器の攻勢は止まるところを知らず、更に全身を不明機へと圧し掛からせた上でバーニアを作動、そのまま機体を押し潰さんとする。
この時点で既に、不明機の機体各所に配された針状の突起は1本を残し折れ飛び、左主翼は根元から完全に脱落していた。
推進部にはこれといって重大な損傷を負った様子は無いが、このままではいずれ機体ごと押し潰されるだろう。
上空の不明機体群も、味方を巻き込みかねないこの状況で手出しはできないのか、周囲を旋回するだけだ。
しかし1人だけ、この状況下で人型兵器へと攻撃を仕掛ける者が存在した。

「っりゃあああぁぁッッ!」

ヴィータである。
魔力を推進剤として独楽の様に回転しつつ、一気に距離を詰め全力でスパイクを人型兵器へと叩き付ける。
スパイクの先端は彼女より遥かに巨大な人型兵器の胸部を捉え、信じ難い事にその鋼鉄の身体を撥ね上げた。
貫かれこそしなかったがその胸部装甲は大きく陥没し、不明機を捉えていた右腕も宙へと投げ出される。
それでもすぐに体勢を立て直し、その右腕を不明機の存在していた場所へと叩き付ける人型兵器であったが、既に其処には不明機の影も形も無かった。
すると今度は標的を変更したのか、頭部装甲の隙間から覗く複眼状のセンサー群らしき装置が、ヴィータへと向けて微かな光を放つ。
その光景を前にして、しかしヴィータは慌てるでもなく、グラーフアイゼンを杖代わりに傷付いた身体を休めていた。
彼女を叩き潰さんと、人型兵器がその腕を振り被る。
と、ヴィータがその「隣」をついと指差し、口を開いた。

「だからさぁ」

その言葉に反応した訳ではないだろうが、何らかの反応を捉えたか、人型兵器が自身の左側面へと振り向く。
次の瞬間。



「周りは良く見ろっつってんだろ、バカが」



大気の破裂する轟音と共に射出された巨大な「杭」によって、人型兵器は木っ端微塵に吹き飛んだ。

パンツァーヒンダネス。
赤い防護障壁の外を、轟音と共に無数の破片、そして凄まじい爆風が背後へと突き抜けてゆく。
その凄まじい衝撃と飛来する破片は、本来ならば一瞬にして障壁を打ち砕く程の威力を秘めていた。
しかし、ヴィータが直前に陰へと駆け込んだ、巨大なハイウェイの残骸との接触によりその威力は減衰し、障壁を破るには至らなかった。
そして、爆風が奏でる壮絶な演奏が止んだ頃、ぼろぼろになった騎士帽を頭に乗せたヴィータが、耳を押さえつつ瓦礫の陰から身を乗り出す。

「あー、いってぇ・・・鼓膜が割れそうだ」
『そんな事よりヴィータちゃん、手当てをしないと・・・』

軽い内容の言葉とは裏腹に、今にも崩れ落ちそうな小さな身体。
白い騎士甲冑の腹部には赤黒い染みが拡がり、その口からは咽込む度に血が零れる。
しかしそれだけの傷を負ってなお、「鉄槌の騎士」の双眸から戦意が失われる事はなかった。

その時、地響きと共にヴィータの視界が揺れ始める。
こんな時に地震か、と悪態のひとつも吐こうとした彼女だったが、地上本部から通信が入るや否や顔色を変えた。

『ミッドチルダ中央区画全域に於いて地震発生! 震度5、震源はクラナガン西南西20km、震源深度18km!』

クラナガン西南西20km。
十数分前に届いた通信の記憶が確かならば、その地点には第4廃棄都市区画から移動した大型機動兵器が存在する筈である。
その地点が震源という事はつまり、この地震はその大型機動兵器により人工的に引き起こされているとでもいうのか。

「・・・リィン、ユニゾン解いて陸士の連中に保護してもらえ。アタシは震源に向かう」
『ヴィータちゃん!? 何言ってるですか!』

グラーフアイゼンを担ぎ直し、再度空へと上がろうとするヴィータ。
しかし想像以上に消耗していたらしく、満足に浮かぶ事もできぬままアスファルトへと膝を突いた。

「あぐッ・・・!」
『これ以上は無理です! ヴィータちゃんも手当てを受けないと!』
「アイツは・・・なのはは、絶対に向かう筈なんだ・・・」
『え?』

血を吐きつつも、掠れた声でヴィータは呟く。
その瞳には悔恨と、抑え切れない不安が浮かんでいた。

「アイツが、こんな状況で無茶しない筈が無ぇ。あの時だってそうだったんだ・・・アタシが、アタシがぶん殴ってでも止めなきゃ・・・」
『でも、ヴィータちゃんだって!』
「ゆりかごの後のアイツを忘れたのかよ! あの時は何とかなったけど、次も無事で済むとは限らねぇんだぞ!」
『ッ・・・!』

その言葉に、リィンも押し黙る。
JS事件収束直後、なのはを襲ったブラスター3使用による後遺症。
シャマルを中心とした本局医療スタッフの尽力もあり、半年ほどで回復の目処が立ったものの、次に同じ事があれば回復する保証は無いとも宣告された。
その結果、なのはを知る者達の間からは、レイジングハートからのブラスターモード撤去案すら提示されたのだ。
しかしその案も、なのは本人の強固な拒否によりお流れとなった。
つまり現時点で、彼女は何時でも任意にブラスターモードを起動できるのである。

そして今、この状況。
人為的に地震を起こす大型機動兵器などという怪物を相手に、彼女が出し惜しみをする理由などありはしない。

「だからッ・・・今度こそアタシが・・・」
『満足に飛べもしない状態で何言ってるです! お腹を撃ち抜かれてるんですよ!?』
「それこそ初めてって訳じゃねぇ。ゆりかごの時はもっと酷かった。リィン、アタシは大丈夫だから、お前は・・・」
『駄目です!』
「大丈夫だ・・・少し休めば・・・これくらい・・・」

押し問答を続ける2人。
しかしその眼前、先程の爆発の後に新たに崩落したハイウェイの残骸が吹き飛び、細かな瓦礫を周囲へとばら撒く。
反射的に腕を翳して身構えるヴィータ、驚愕するリィン。
やがて瓦礫の中から現れたのは、あの刺突兵装を備えた不明機体だった。
深紅の装甲には其処彼処に無数の傷が刻まれ、左主翼と右垂直尾翼が脱落し、機体右側面の盾は基底部から千切れ飛んでいる。
それでも、推進部に深刻な損傷は無かったのか、1mほど浮かび上がった機体はそのまま離脱を図ろうとした。
しかし上空へと数機のガジェットが現れ、レーザーを放ってきた為に断念。
後退し、瓦礫の中へと身を潜める。
直後、管理局部隊の攻撃を受けたのか、ガジェットは火を噴きつつあらぬ方向へと突撃を開始した。
その光景を目にした為か、或いは周囲に多数の敵が存在する事を観測したのか、不明機は瓦礫の中で微動だにしない。
ヴィータもまた、少しでも身体を休めるべくその場を動こうとせず、20mほど離れた位置から不明機の動向を窺っていた。
崩壊したハイウェイの陰、敵味方双方の目が届かぬ薄闇の中。
鉄槌の騎士と深紅の不明機体は、激しさを増す地震を気に留める様子も見せず、ただ只管に沈黙を貫く。
そして十数分後、漸く不明機体が瓦礫の中から前進し、空へと戻るべく僅かに機体を上昇させた、その瞬間。

「おい!」

鉄槌の騎士は、自身ですら予想だにしなかった言葉を、不明機へと投げ掛けていた。



「アタシを、化け物の所へ連れていけ!」



「見付けた!」

第4廃棄都市区画上空より、森林地帯に残る大型機動兵器の通過跡に沿って飛行を続ける事、数分。
なのはが指揮を取る追撃隊の視界へと、それは映り込んだ。

「何をしているの・・・?」

広大な森林地帯の中、4つの脚部ユニットを四方へと広げ、機体下部より鈍い光を放つ大型機動兵器。
周囲には無数のガジェットが大型機動兵器を取り巻く様に旋回を続け、更には6機の人型兵器が砲口をこちらへと向けている。
眼下の森林地帯、その其処彼処から立ち上る紅蓮の炎と黒煙が、大型機動兵器の追撃に当たっていた8機の不明機体と、1044航空隊の末路を物語っていた。
思わず、苦しげに表情を歪ませるなのは。
しかし、視界の端で大型機動兵器が痙攣するかの様な動きを見せると同時、不意に大気中へと走った巨大な振動を感じ取り、彼女は追撃隊の面々へと念話を繋いだ。

『今の、感じた?』
『ええ、はっきりと! やはりアイツがこの地震の元凶のようです!』
『一尉、ガジェットが!』

その言葉と同時、追撃隊に対しガジェット群が迎撃態勢を取る。
その数、50機前後。
すぐさま魔導師達が互いに間隔を取り、ガジェットの突撃に備える。
1603・2024航空隊の空戦魔導師達が前進、砲撃魔法発動までの時間を稼ぐべくガジェット群との交戦に入ろうとした、その時。
追撃隊の後方から6機の不明機体が姿を現し、彼等の前方へと躍り出た。

「な・・・!」

その光景に、驚きを隠せないなのは。
見れば周囲の魔導師達も、各々が驚愕の表情を浮かべ、不明機体群の後ろ姿を見やっている。
すると、6機の機首付近へと、甲高い音と共に青い光が集束を始めた。
この後に何が起こるのか、なのはを含む魔導師達は知っている。
砲撃だ。
誰が注意するでもなく、彼等は一様に自身の目を手で覆った。
直後、凄まじい轟音と振動が全身を突き抜ける。
そして手を退けた時、なのは達の目前には奇妙な光景が拡がっていた。

「・・・壁?」

それは金色に輝く、半透明の巨大な壁だった。
5m程の半透明・黄金色のブロック状構造物が数十個、寄り集まって巨大な壁を形成していたのだ。
その向こうからは、10を超えるガジェットが白煙と炎を噴きつつ、こちらへと突撃してくる光景が目に入る。
咄嗟に前進を中断し、各々のデバイスを構える追撃隊。
しかし、あろう事かガジェット群は壁へと接触すると、それを貫く事なく次々と爆散してゆくではないか。
信じ難い光景に魔導師達は、数瞬ながら呆けた様に金色の壁を眺める。
その前方、ガジェット群の突撃を受け切った金色の壁が、ガラスの様に砕けて空間に融けた。

そして、不明機体が突き抜けた事によって霧散した黒煙の先。
他の不明機体群による一斉砲撃を受け、消し飛んだ前方の森林地帯が視界へと飛び込む。
濃緑の木々、地上にて燃え盛っていた業火、群れを成すガジェットと人型兵器。
その一切合財が跡形も無く消し飛び、巻き上げられた僅かな粉塵だけが、小雨の様に地表へと降り注いでいた。
数kmに亘る壮絶な破壊の爪跡に、愕然としてその光景を見つめる魔導師達。
しかし、粉塵の中から無数の青い光弾が放たれる様を見るや否や、砲撃魔導師達は一様に自身のデバイスをその発射点へと向ける。
彼等の眼前、再び展開される金色の壁。
見れば先程の6機の内2機、防御型らしき機体が彼等の側へと留まり、障壁を交互に発射・形成していた。
どうやら、敵の攻撃を防いでいる内に砲撃を発動させろ、という事らしい。
それを理解すると同時、なのはは叫ぶ。

「チャンスだよ! みんな、いい? 此処で止めるよ!」
『了解!』

念話と発声が入り乱れ、ひとつの意思となってなのはの元へと届いた。
空中に展開される魔法陣の足場。
その数、実に32。
魔法陣の上に立つ人影が、各々に構えるデバイス。
ある者はそれを取り巻く様に環状魔法陣を展開し、またある者は自身の掌へと光球を生み出す。
発動の形式も、発する光の色も各々に異なるそれらに共通するのは、いずれも同じく砲撃魔法であるという事。

そして、その中央。
桜色の魔力光が、環状魔法陣の中心で膨れ上がる。
カートリッジを2発ロードしての、ディバインバスター・エクステンション。
ブラスターモードは使用しない。
これだけの砲撃魔導師による一斉砲撃だ。
無理をせずとも、確実に目標を破壊できる。
仲間達が必死に癒してくれた身体を、無碍に扱って三度も壊す訳にはいかない。

「ディバイン・・・」

不明機体が張り続けている防御壁のお蔭で、集束の為の時間は稼げた。
巨大な防御壁の内にはなのはのみならず、今にも暴発しそうな無数の魔力集束体が、発射の瞬間を待ち望んでいる。
そして防御壁が掻き消え、無数の誘導光弾が魔導師達へと襲い掛からんとした、その瞬間。

「バスター!」

その声を引き金として、轟音と共に光の奔流が放たれる。
大気を震わせて直進する、無数の砲撃魔法。
それらは交じり合い、虹色の壁となって誘導光弾を消し去り、粉塵の向こうに位置する大型機動兵器へと殺到した。
32人の砲撃魔導師達は、各々が砲撃に特色を持つ。
中には威力・速度・精度・射程など、ある点に限定するならば、なのはをも凌駕する者達すら存在するのだ。
一度に複数の砲撃を放つ者も居れば、極限まで圧縮された魔力を用い、貫通力に優れた砲撃を放つ者も居る。
そんな者達が30人以上、しかも単一の目標に向けての同時砲撃。
その威力たるや、戦術魔導兵器にも匹敵するだろう。

交じり合い、ひとつの巨大な砲撃魔法と化したそれは、大型機動兵器のみならず地表をも呑み込み炸裂、巨大な魔力の爆発を引き起こす。
爆発の後に残留物質が生じる質量兵器とは異なり、純粋な魔力炎のみの爆発。
天をも貫かんばかりのそれが視界を埋め尽くすと同時、追撃隊の面々から歓声が上がった。
其処へ繋がる、地上本部からの通信。

『振動・・・止みました! 地震は収束! ミッドチルダ中央区全域、異常振動消失!』

歓声が、更に強くなる。
なのはもまた肩の力を抜き、レイジングハートの矛先を下ろして息を吐いた。
その顔へと浮かぶのは、紛れもない笑み。
危機を脱した喜びと、大事を成し遂げた達成感からの笑みだった。

「やりました、やりましたよ一尉! 私達、あの怪物を倒したんですよ!」
「凄かったな、オイ! 30発以上の砲撃魔法を一度にぶっ放すなんて、管理局史上で俺達が初めてだろうぜ!」
「やったな、高町!」

近くに居た数名の魔導師達が、なのはへと声を掛ける。
その浮かれ様に釣られたか、彼女もまた上機嫌で言葉を返した。

「・・・そうだね。私達・・・私達、やったんだね!」
「そうだよ!」

教導隊の同僚である女性局員が、感極まった様になのはへと抱き付く。
なのはもまた彼女を抱き締め、2人で笑い声を上げながら少女の様にくるくると回り始めた。
周囲もまた、口笛を鳴らす者、歓声を上げ続ける者、仲間と手を取り合って笑う者など、各々の方法で歓喜を分かち合っている。

そんな中、6機の不明機体が彼等の頭上を横切り、砲撃の着弾点へと向かった。
その姿を視界へと捉えた空戦魔導師が、鋭く警告を発する。

『不明機体群、着弾地点へ接近。情報収集行動と思われる』

未だ不明機体群の脅威が解決した訳ではない事を思い出し、慌ててデバイスを構え直す一同。
しかし不明機体群は彼女達に些かの興味も見せず、未だ炎を噴き上げ続ける着弾点を包囲し始めた。
その行動に、魔導師達は不審を抱き始める。

『・・・何をしている?』
『敵の撃破を確認しているのでは? 随分と用心深いですね』
『確認って・・・どう見ても吹き飛んでるじゃな・・・』

その、次の瞬間だった。



「えっ・・・」



回避どころか、反応する暇さえ無かった。
巨大な青い光の奔流が天を貫き、空を薙ぎ払ったのだ。
なのはの頭上、約20m程の位置を通過したそれは、3機の不明機体と20人前後の魔導師達を瞬時に消滅させた。
跡には、何も残らない。
数十秒前まで共に歓喜を分かち合っていた仲間が、世界を危機から救ったと誇らしげに語り合っていた戦友が。
其処に存在していたという痕跡すら残さず、一瞬にして消し飛ばされたのだ。
そして、破滅の光を放った、その存在。



「・・・嘘」



前方、吹き上がる魔力の爆炎。
業火の壁が一部、強大な力によって消し飛んでいる。
その隙間から覗く、濃灰色と緑の装甲。



損壊した正面装甲の隙間から、巨大な「コア」らしき部位を露出させた大型機動兵器が、その砲口をこちらへと向けていた。



「散ってッ!」

なのはの絶叫と同時、再び空間を光が突き抜ける。
咄嗟に回避行動を取るものの、攻撃の範囲が余りに広過ぎた。
躱し切れずに3人が光に呑まれ、更には2機の不明機体までもが撃墜される。
どうやら彼等にとっても、大型機動兵器の健在は予測の範囲外だったらしい。
残る1機が離脱を図るものの、三度放たれた閃光によって跡形も無く消滅する。
不明機体群、全滅。

そして、魔力による業火の中。
大型機動兵器は、もう用は無いとばかりに、魔導師達へと背を向ける。
待機状態にあった、2基の巨大なエンジンノズルが展開。
逃げるつもり、などと考える者は存在しない。
なぜなら、鋼鉄の巨獣がその鼻先を向けたその方角に存在するのは、他ならぬクラナガン。
化け物は、首都へと突入するつもりなのだ。

その瞬間、仲間の死も、自身の身体の事も、一切がなのはの脳裏から消え去った。
浮かぶものはただひとつ、クラナガンで彼女を待つ愛しい我が子、ヴィヴィオ。

「レイジングハート!」
『Starlight Breaker』

残るカートリッジを全てロード。
なのはの眼前に、巨大な魔法陣が現れる。
その中心へと、流星群の如く集束する魔力素。
周囲の砲撃魔導師達も、何を言われるでもなく己が最大の集束砲撃魔法を発動せんとしている。
その胸中を満たすのは、仲間を殺された事による怒りか、はたまた絶望か。
いずれも憎悪を滾らせた目で大型機動兵器を睨み据え、握り潰さんばかりの力を込めて自身のデバイスを構えていた。
なのはは、光の翼をはためかせるレイジングハートの矛先を自身の後方へと構え、徐々に肥大化する魔力球越しに大型機動兵器を視界へと捉える。
轟音が響き渡り、爆炎が空気を焦がした。
大型機動兵器、エンジン点火。
100mを優に超える推進炎がノズルより噴き出し、その先端からは白煙が宙へと放たれる。
僅かに数十m側面を掠める白煙の帯を気に留める事もなく、魔導師達は微動だにせず、突進を始めた獣の後ろ姿へと照準を合わせていた。

許せない。
この存在だけは、決して。
戦友達を殺し、世界を陵辱し、今まさに我が子すら殺めんとする、鋼鉄の巨獣。
この怪物、この化け物だけは―――

レイジングハートの矛先を、光球の中心へと突き付ける。
その動作に込められた意思は、嘗てヴィヴィオに埋め込まれたレリック・コアを破壊した際とは異なる、何処までも純粋な敵意。
それは際限なく膨れ上がり。

「スターライト・・・」



―――「生かして」はおけない!



そして、爆発した。

「ブレイカー!」

閃光、そして轟音。
10を超える集束砲撃魔法。
それらが一斉に、周囲の大気そのものを消し飛ばしながら、巨獣へと放たれた。
背後の異変を感知したのか、再びこちらに回頭しようと曝されたその側面へと、砲撃が着弾する。
信じられない程に強固なその装甲。
魔力による障壁が張られている訳でもない、ただの物理障壁。
にも拘らず、それは表面を融解させるのみであり、集束砲撃魔法の一斉射に耐えていた。
しかし、そんな事でなのはの意思が挫かれる事はない。
此処からが、集束砲撃の真髄なのだ。
魔導師達が、一斉に声を放つ。
それは、敵に確実な滅びを齎す、破滅のトリガーボイス。

「ブレイク・・・」

各々異なるコマンドが紡がれると共に、砲撃を放ち続ける魔力球、または魔法陣が二回り以上拡大、更に大量の魔力素が集束する。
そして。

「シュート!」

先の砲撃を呑み込む様に、更に大規模な砲撃が放たれた。
初撃の軌道を道標に、標的へと殺到する巨大な破壊の閃光。
互いに干渉し合い、弾け、折り重なり、更に強大となって襲い掛かる魔力の砲弾。
魔導師の誰もが、煉瓦の様に打ち砕かれる大型機動兵器の姿を幻視する。

そして次の瞬間に起こった事を、なのははスローモーションの様に引き伸ばされた感覚の中で認識した。
本命の砲撃が着弾する直前、大型機動兵器が瞬時にこちらへと向き直ったのだ。
明らかに脆弱と解る「コア」らしき部位を自ら砲撃へと曝す、自己保存の観点から見れば余りにも異常な行動。
しかし、直後に展開された巨大な砲口に、なのはの背筋は凍り付いた。

まさか。
まさか、真っ向から抗うつもりなのか?
この一斉砲撃に?
そんな事は不可能だ。
これだけの砲撃の嵐を打ち破る事など、万が一にも有り得ない。
そう、「万が一」にも。

そう思考しつつも、なのはの直感は警告を鳴らし続けていた。
目前の存在こそが、その「万が一」であると。
彼女の中に築かれていた魔導師としての常識を、完膚なきまでに打ち砕いた不明機体群と同じく、この鋼鉄の巨獣もまた己の理解から外れた存在なのだと。
その直感に押されるがまま、何かしらの声を上げるより早く。



これまでの戦闘を通じて最大規模の閃光が、大型機動兵器の砲口より放たれた。




「・・・ッ! ・・・!」

何が起きたのか、理解すらできなかった。
それはなのはのみならず、この場に存在する全ての魔導師に共通するであろう。
十数発の集束砲撃魔法が、正面から放たれた1発の砲撃に競り負けた。
いや、競り合ってなどいない。
両者は拮抗する事もなく、一方的に砲撃魔法が質量兵器の閃光に呑み込まれたのだ。
弾かれた、などという生易しいものではない。
消滅だ。
砲撃の嵐が、一瞬にして消滅させられたのだ。

そして、その嵐を呑み込んだ閃光。
微妙に角度が逸れていた為か、魔導師達の頭上10m程の空間を貫いたそれは、出現時も含めた先の4発とは比べ物にならない余波を周囲へと撒き散らす。
衝撃、そして高熱。
砲撃自体が放つ熱か、それとも副次的な要因によるものかは解らない。
重要なのはそれらが、バリアジャケットの防御をものともせずに突き抜けてくる、その事実だ。
皮膚を炙り、肉を切り裂き、骨を砕く灼熱の衝撃波。
ただ1人の例外なく、紙屑の様に吹き飛ばされる魔導師達。
しかしその勢いたるや、紙屑どころか銃弾の如き速度だ。
その事からも、彼等を襲った衝撃波が、如何に凄まじいものであったかが窺える。

「い・・・ぎ・・・!」

「墜落」してゆく魔導師達の中、なのはは辛うじて意識を保っていた。
何とか身を捻り、迫り来る森の表面に対し背を向ける。
レイジングハート、プロテクション発動。
そのまま森へと突っ込み、木々の枝を折りつつ地面へと衝突。
凄まじい衝撃に、全身が悲鳴を上げる。
薄れゆく意識。
しかし、脳裏に浮かぶヴィヴィオの顔が、このまま眠りにつく事を許さない。

「くっ・・・」

レイジングハートを杖代わりに、立ち上がる。
新たにマガジンを装填、ふらつく身体で無理矢理に空へ上がると、ノズルから業火を噴きつつクラナガンへと突撃する大型機動兵器の後ろ姿が目に入った。
ノズルより噴き出す業火と凄まじい白煙に遮られてなお、その巨体は完全に隠れ切ってはいない。

「行かせ・・・ないよ・・・ッ!」

足場となる魔法陣を展開、レイジングハートの矛先を巨獣の背へと向けるなのは。
ロードカートリッジ3発、再びディバインバスター・エクステンションの発射体勢を取る。
と、その意識に、聞き覚えのある声が念話として飛び込んだ。

『高町、聞こえるか?』
『ッ! 無事なの!? 他の皆は!?』

それは、教導隊の同僚の声。
先程の攻撃を受け、同じく墜落した者の1人だった。

『取り敢えず4人は生きてる。他にも無事な者は居るだろう』
『そう・・・』
『ところで・・・まさか、また1人で無茶しようなんて考えてないだろうな』

その問いに、なのはは沈黙を以って返した。
ご丁寧にも念話として伝えられる、呆れの滲んだ溜息。
しかし続く言葉に、彼女は瞠目する。

『周り、見てみろ』

その言葉に周囲を見渡せば、自身の後方、複数の地点に魔法陣が展開しているではないか。
11人。
11人の砲撃魔導師が、既に長距離砲撃の発動体勢に入っている。
集束する魔力光、膨れ上がる光球。

「皆・・・」
『お前さんの砲撃だけじゃ躱されるかもしれんからな。順次ぶっ放すから止めは任せるぞ、高町!』
『邪魔な煙はこちらで吹き飛ばします。後は頼みます、一尉!』

次々と入る念話。
仲間達の頼もしい言葉に、なのはは薄く笑みを浮かべた。
そして、一言。

『任せて』

レイジングハートを構え、矛先に環状魔法陣を展開、魔力の集束を開始する。

瞬間、その後方から2発の砲撃が放たれる。
それらは前方の白煙を撃ち抜き、その余波で以って大気を吹き散らし視界を確保。
一瞬だが、大型機動兵器の後ろ姿が露となる。
続けて2発。
僅かにタイミングをずらし放たれたそれらを、大型機動兵器は左側面への平行移動によって回避。
更に3発。
1発目を回避した大型機動兵器だったが、続く2発がエンジンノズル付近に被弾、進路が僅かにぶれる。
間を置かずに4発。
迎撃を選択したか、速度を緩めずに180度旋回、前後を入れ替えつつ迎撃態勢を取るという離れ業を見せる大型機動兵器。
しかしコア近辺に2発、中心に1発被弾。
再度コアを庇うべく回頭を図ろうとするも、それより僅かに早く、なのはの砲撃体勢が整った。

「ディバイン・・・」

レイジングハートの矛先へと、三度生み出される桜色の光球。
そして、一瞬の後。

「バスター!」

全てを終わらせるべく、最後の砲撃が放たれた。
大気の壁を撃ち抜き、粉塵と白煙を吹き散らし、往く手を遮る全てを打ち破りながら、大型機動兵器へと突き進む1条の光。
その光は寸分の違いなく、赤い光を放つコアへと突き立つかに見えた。
しかし。

「・・・嘘」

着弾寸前、大型機動兵器の位置が大きく動いた。
エンジンノズルだ。
回頭中、しかも側面方向への高速水平移動を行っている最中にも拘らず、更に高出力での噴射を敢行。
瞬間的に位置をずらし、着弾点をコアから外すという荒業をやってのけたのだ。
一歩間違えれば全体が横転しかねない、余りにも危険な機動。
正しく、正気の沙汰ではない。

「そんなっ!」

常軌を逸した回避行動とその結果に、思わず声を上げるなのは。
必中の意と共に放たれた一撃は、左側面の腕部ユニットらしき部位を損傷させるに留まった。
追撃隊の生存者各員から、大型機動兵器への罵声と、攻撃失敗に対する悲鳴が上がる。

「ッ・・・追うよ!」
『了解!』

しかし、延々と恨み言を吐いている訳にもいかない。
すぐさま、なのはは追撃を決断。
残る生存者の捜索・救助の為に、1603・2024航空隊の生存者を残し、砲撃魔導師はなのはと共に追撃を開始する。

しかし、その遥か前方。
大型機動兵器に、新たな動きがあった。

『一尉、あれを!』
『・・・また何かするつもりか、化け物め!』

見れば、大型機動兵器の右腕部先端が、空に向かって掲げられている。
左腕部は先程の砲撃による損傷で問題が発生したのか、稼動する様子はない。
不吉な予感に急かされるまま、なのはは念話によって更に飛行速度を上げる旨を伝える。

『皆、急ぐよ!』
『高町、クラナガンが!』

同僚の言葉に目を凝らせば、大型機動兵器の更に前方、クラナガン西部区画のビル群が、なのはの視界へと飛び込んだ。
そのほぼ全域から黒煙が立ち上り、遠目ながら既に壊滅に近い被害を受けている事が容易に見て取れる。
思わず悲痛な声を上げそうになるも、それを何とか堪えるなのは。
しかしその努力も、続く光景に空しく敗れ去った。

『一尉! 化け物が!』

悲鳴じみた、否、悲鳴そのものの声が、隊のほぼ全員から発せられる。
何が言いたいのかは、訊かずとも解った。
彼等の見ている光景は、なのはの目にも飛び込んでいる。



閃光。
遅れて届く轟音。
視線の先、空へと向けられた大型機動兵器の右腕部ユニット下部から、周囲一帯を埋め尽くさんばかりの爆炎が噴き出す。
似た様な光景を、なのはは故郷のテレビニュースで幾度となく目にした事があった。

それは、ロケットの発射であったり。
スペースシャトルや、軍用艦から放たれる誘導兵器であったりした。
そして、何より。



「・・・止めてぇッ!」



「大陸間弾道弾」。
21世紀の第97管理外世界に於いて、彼女の知る限り最強にして最悪の兵器。
その発射の瞬間に、余りにも酷似していた。

そして、事実。
右腕部ユニット内から放たれた物体は、明らかに弾道弾そのものの形状をしていた。



悲鳴が、ロケットエンジンの轟音に掻き消される。
悪夢は、終わらない。

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最終更新:2015年10月26日 07:27