第97管理外世界。

科学技術の発展著しいものの、魔法技術体系が存在せず、時空間交流から取り残された辺境の世界。
「エースオブエース」、「夜天の王」など、強大な魔力を秘めた人材を輩出しつつも、次元世界の存在を観測しきれてはいないとの事から、他世界との交流を持たない奇妙な世界。
強大な力を秘めた質量兵器が氾濫、絶えず内戦が勃発・継続し、時には時空管理局が介入を考慮するまでに壮絶な戦火が立ち上る世界。

彼等が次元世界に進出する事は、まず無いだろう。
それが、次元世界の存在を知る者達の総意であった。
正確には、此方から接触しない限り、彼等が次元世界の存在に気付く事は無いだろう、との意だ。

時空間移動には魔力が必須。
魔力を有する者、次元世界に関わる者達の間では一般常識である事柄。
その程度の事ですら、彼等、第97管理外世界の住人達は把握していないのだ。
よしんばそれに気付いたとして、彼等の世界に魔力を扱う術は無い。
彼等が自力にて時空の海へと乗り出す事は在り得ないのだ。

少なくとも、次元世界の平定者を自負する管理局に属する者達は、それを信じて疑わなかった。
その世界を故郷とする、管理局屈指の魔力を有する2人、「高町 なのは」、「八神 はやて」ですら。

彼等は失念していた。
自らが次元世界の全てを理解している訳ではないという事実を。
そして、科学とは時に恐るべき進化を遂げる事を。



そして悪夢は、虚数空間の果てより現れた。



「JS事件」の収束から2年。
突如として発生した大規模な次元断層。
数多の世界が位相をずらし、次元世界は未曽有の混乱状態に陥った。
そして、簡易ながらも各管理世界の無事が確認され、管理局がその機能を回復した頃。

「艦長・・・前方に艦影1、本艦に向け接近中です」
「艦種は?」
「それが・・・」

本局次元航行部隊所属、XV級次元航行艦「クラウディア」の前へと、それは現れた。

「L級・・・L級次元航行艦です」
「なに?」
「艦名は・・・「エスティア」!? L級2番艦「エスティア」です!」
「馬鹿な!」

それは、20年以上も前に空間歪曲の中へと消えた、管理局所属L級次元航行艦。
そして辿り着いたポイントでは、信じ難い光景が繰り広げられていた。

「エスティア、交戦しています! 敵は・・・小型次元航行機、所属不明!」
「エスティアに繋げ! 援護を!」
「応答在りません。通信システムに異常」
「不明機より高エネルギー反応!」

弾幕を擦り抜け、エスティアの周囲を飛び回る機体。
その機首に取り付けられた球状部の先端に、暴力的としか言いようの無い膨大なエネルギーが収束する。
しかし信じられない事に、魔力の反応は一切無い。

そして数秒後、彼等、クラウディア・クルーの眼前。
閃光と共に、破壊の嵐が吹き荒れた。



「エスティア・・・撃沈されました・・・」



青い光の奔流が迸った跡には、外殻から内部機構までを撃ち抜かれ、動力炉の爆発に飲み込まれるL級次元航行艦の姿。
そして、緩やかな曲線を描くキャノピと、不可思議な球体を機首に備えた不明機が、クラウディアへとその進路を向けた。
先の戦いにて被弾したのか、その機体各所からは火花が散っている。
垂直尾翼は、既に一方が欠落していた。
しかしクラウディア・クルー一同の目に、その傷付いた純白の機体は無力な鉄塊ではなく、手負いの獣として映り込む。

「此方に気付きました! 不明機、急速接近!」
「・・・所属不明機を敵機としてマーク。迎撃しろ」

荒れ狂う怒りを押し込めた、低く、感情の浮かばない声。
クラウディア艦長、クロノ・ハラオウン提督。
記憶の中に霞む父、クライド・ハラオウン。
その乗艦を目前で撃沈された青年は、爆発しそうな己が思考を押し込めて指令を下す。

そして、次元世界の一角を魔導弾の弾幕が覆い尽くした。



「それで、なのはちゃんはどないするん?」
「うん、久し振りに実家に帰ろうかなって」
「そうやなぁ・・・3ヶ月ぶりの休暇やもんなぁ」

ミッドチルダの一角、大型ショッピングモールに構えられたカフェの一席。
六課解散後、久方振りに再会した高町 なのはと八神 はやては、休暇の使い道について意見を交わしていた。

「次元震のゴタゴタで顔も出せへんかったもんね。士郎さん、今頃寂しくて泣いてるんちゃう?」
「まっさかぁ」

懐かしい調子での会話に、2人の声は否が応にも弾む。
しかし、その空気に水を差すかのように、なのはのデバイスを通じて呼び出しが掛かった。
顔を見合わせ、苦笑。
はやての了承を得て、通信に返そうとした瞬間。

『高町一等空尉、緊急事態です。第97管理外世界に異変。衛星軌道上に多数の大型艦艇を確認。地球を包囲しています』



時空管理局・本局。
次元震の混乱からようやく立ち直ったそこは今、更なる混乱の坩堝へと叩き落とされていた。
第97管理外世界の観測結果、そしてクラウディアからの報告は、本局の機能を麻痺寸前にまで追い込んだ。

23年前、暴走する闇の書によって制御中枢のコントロールを奪われ、僚艦の戦略魔導砲「アルカンシェル」の砲撃によって消滅したL級次元航行艦、2番艦エスティアの出現。
エスティアと交戦、遂には単機にてこれを撃沈した所属不明の次元航行機。
クラウディアとの交戦の末、推進部を破壊されたその機体は捕獲され、今は支局の解析班へと回されていた。
パイロットは捕獲の際に抵抗、携帯していた質量兵器によって反撃してきた為、武装局員の非殺傷設定魔法により鎮圧され、現在は昏倒している。
そして、クラウディアは戦闘にこそ勝利したものの、推進システムの一部損傷、左舷外殻の完全破壊、「敵兵装」の体当たりによる艦橋損傷、それに伴う重軽傷者多数、内2名は意識不明の重体など、燦々たる有様であった。
現在はドックにて修復を受けているが、作業の完了までには相当の時間が掛かるだろう。
何より、艦は時間を掛ければ修復できるだろうが、幾ら同等の時間を費やしてもクルーが戻る確証は無いのだ。
クラウディア・クルーのみならず、本局の人間達が不明機とその乗員に向ける感情は、穏やかなものではなかった。

そしてそれは、フェイト・T・ハラオウンに関しても例外ではなかった。
今回は別件の捜査にて搭乗してはいなかったものの、クラウディアは少なからぬ任務を共にした、彼女にとっては愛着ある艦だったのだ。
そして、その艦長たるクロノ・ハラオウンは彼女の義兄である。
つまり、不明機によって撃沈されたエスティア艦長クライド・ハラオウンは、顔を合わせた経験すら無いものの、彼女の義父に位置付けられる。
エスティアの出現と撃沈を知り、連絡を入れた際の母の顔。
それは、未だフェイトの脳裏に焼き付いて離れなかった。
最愛の夫が生きているかもしれないという、淡い希望。
生存の可能性が完全に失われたと知った時の、深い絶望。
両者を同時に叩き付けられた、義母リンディ・ハラオウンの心中は如何なるものか。
フェイトはそれを思考し、直後に脳裏より振り払った。

これから、自身はその不明機パイロットに接触するのだ。
捜査に私情を持ち込む事は許されない。
それでは、自らを慕い、その姿から学ぼうとする者の為にもならない。

振り返れば、配属から2年近くが経つ今なお彼女に付き従う補佐官が、気遣わしげな目を向けていた。
ティアナ・ランスター。
六課解散後にフェイト自らが引き抜いた少女。
彼女にとっても、クラウディアは思い入れの在る艦である。
フェイトには、同じ怒りを抱えているであろう彼女が、自らのそれを押し殺して上司を気遣っているのが良く解る。
だからこそ、無理をしてでも穏やかに微笑んだ。

「大丈夫だよ」

何とか発した声に、ティアナは「そうですか」とだけ返した。
余計な気遣いは、逆に相手を追い詰めるだけだ。
それを理解しているからこその返答だった。
フェイトもそれに対して軽く頷きを返し、再び歩を進める。
その時、2人に対し通信が入った。
発信元は本局内、無限書庫だ。
ウィンドウを開くと、幾分疲れた顔の男性が映り込んだ。
ユーノ・スクライア。
フェイトとその親友の幼馴染であり、無限書庫司書長の肩書きを持つ青年。
彼は手短に挨拶を済ませると、即座に本題を切り出した。

『例の不明機・・・名前が判明したよ。ご丁寧にも、機体に書いてあったらしい。第97管理外世界の言語に酷似・・・というよりそのまま。解読するまでもなかったよ』
「そうなんだ。それで、名前は?」
『「R-9A ARROW-HEAD」。意味はそのまま「鏃」だね。解ってるのはこれだけ。あとは解析班の報告待ち』
「そっか・・・」
「あの、スクライア司書長。あの機体に用いられている魔導技術については、何か特色は無かったのですか?」

横からのティアナの質問に、ユーノは力無く首を横に振った。

『いや・・・古代ベルカから近代まで手当たり次第に書庫を漁ったけど、該当する技術は無かった』
「そう、ですか・・・」
『でもね、気になる事があるんだ』

その言葉に、フェイトとティアナは身を乗り出した。
何か手がかりを掴んだのか?

『解析班の1人が、通信で漏らしてたんだけどね。あの機体、魔力が欠片も検出されなかったそうだよ』
「え・・・」
『当初は推進部の残骸から魔力反応があったらしいけど、分析の結果、魔力に似た完全に別種のエネルギーだと判明したらしいんだ』
「でも、次元世界を航行していたんだよね? 魔力反応が無いのはおかしいんじゃ」

余りに意外な言葉に、フェイトとティアナの思考が混乱する。
そして、続くユーノの言葉が、2人の思考に決定的な打撃を与えた。

『つまり、ね。あの機体は、純粋な科学技術のみで構築されているにも関わらず、次元世界を自在に航行していたという事になる。管理世界の常識を覆す、超高度テクノロジーの産物だよ』

暫し呆然と、目前のウィンドウを眺める2人。
しかし、すぐさま気を引き締めると、フェイトは2人に確認を取った。

「ティアナ、例のパイロットは目覚めた?」
「・・・いえ、まだです」
「ユーノ、これからそっちに行く。目ぼしい資料があれば揃えておいて」
『解った。とはいっても、該当する資料が今のところ全く―――』

ユーノがそこまで口にした、その時。
衝撃が、本局全体を揺さ振った。

「な、うぁっ!?」

凄まじい衝撃に、為す術無く壁へと叩き付けられるフェイト、ティアナ。
バリアジャケットを纏う暇すら無かった。
暴力的な力に細身の身体を弄ばれ、力任せに壁へと叩き付けられたのだ。
それでも床へと落下した際にすぐさま体勢を立て直したのは、流石は執務官とその補佐官か。
瞬時に状況を確認し、互いの状態を確認し合う。

「ティアナ!」
「大丈夫です!」

警報。
本局全体に警戒を促すアナウンス。
しかし今のところ、攻撃とは言っていない。
すぐに中央センターへと通信を開き、現状を確認する。

「攻撃ではない?」
『現在、周囲に敵影は確認されません。魔力反応すら検出されていない為、敵襲の可能性は低いと判断しました』
「では内部?」
『その可能性が高いと見ています。しかし現在、内部モニターの約3割が稼動を停止。被害状況の確認は然程進んではいません』

そこまで聞いた時、フェイトは背後から声を掛けられた。

「あの、執務官・・・」

咄嗟に振り返るフェイト。
そこには、青褪めたティアナの顔があった。

「どうしたの?」
「無限書庫・・・応答しません」

途端、フェイトの背筋を悪寒が走る。
まさか。
まさか、そんな。



「スクライア司書長も・・・無限書庫自体も、応答ありません。全く、誰も・・・」



本局内に、更に大音量の警報が鳴り響いた。



『「オウル・アイ」より「クロックムッシュⅡ」。強行偵察任務終了。帰還する』
『クロックムッシュⅡよりオウル・アイ、了解した。指定ポイントにて待機する』

異層次元の海を、1機の偵察機が翔け抜ける。
静謐に、隠密に。
一切の痕跡を残さず、自らの存在すら周囲に知られる事無く、その機体は超至近距離からの強行偵察を完遂し、母艦へと帰還する最中であった。
巨大な球状レドームに、大容量ディスク内蔵パーツ。

「R-9ER2 UNCHAINED SILENCE」

偵察と攻撃。
双方を同時に行うという、規格外の思想から生まれた機体。
その力を存分に発揮し、異層次元に浮かぶ所属不明の巨大艦船に対する強行偵察を成功させたパイロットは、母艦への帰路に就きながら収集データの確認をフライトオフィサに命じる。
彼自身は、そのデータを目にする事は無い。
それは帰還すれば幾らでも出来る。
先ずは、生きて戻る事に全力を費やすべきだ。

しかしそんな彼にも、ひとつだけ解っている事があった。
一瞬だけだが、そのデータははっきりと耳に飛び込んだ。
フライトオフィサの声。
パイロットの彼にとってそれ以上に重要なデータは無いからだ。



『大型艦、多数確認。363部隊機を撃墜したものと同型艦だ』



「バイド」と交戦状態にあった友軍機を撃墜した艦。
それと同型の艦艇が多数停泊する、超大型異層次元航行艦艇。
これは、どういう事か?

簡単な事だ。
第一次バイドミッション以前から、例外など一度たりとも無かった。
いや、例外などある筈が無いのだ。
此方に、人類に対し牙を剥くというのなら。



それは、紛う事なき「バイド」なのだ。

 *  *  *

魔法を用いない超高度次元干渉文明の存在に対する理解の不足。
第三次バイドミッションに於ける「バイド」殲滅失敗の事実から齎される焦燥。
幾多の不幸が重なり、事態は加速度的に悪化の一途を辿る。
しかし、奇跡の力「魔法」を用いる者達も、邪なる力「R」を生み出した者達も。
互いの過ちに気付く事は無く、それを指摘する者も無い。

そして、次元断層の奥深く。
虚数空間の海に、狂える咆哮が響き渡る。

後に、時空管理局史上、最大最悪の事件と称される「B事件」。
またの名を「AB戦役」。
奇跡を嘲笑い、祈りを踏み躙り、憎悪を喰らう悪魔は、新たな次元へとその牙を向けた。



魔法に満たされた時空、4度目の悪夢が幕を開ける。

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最終更新:2015年10月26日 07:22