上条当麻がその鬱展開(げんそう)をぶち殺しにいくようです。
第三話『彼女を縛る幻想』


フェイトとアルフは困った顔で男を見下ろしていた。
フェイトからすれば、母の願いを阻害する為に外部勢力が派遣した侵入者やもしれぬ男。
アルトからすれば、大切な主に全裸で襲いかかっていた男。
どちらにせよ良い印象はない。
特にアルフからの印象は、フェイトからある程度の弁解はあったものの最悪をぶっちぎりで更新してしまっている。
アルフは感情そのままに男を追い出そうとしていた。
大規模な次元間移動が可能な転送装置へと、気絶中の上条当麻(一応服代わりの毛布を着用させて貰った)を押し込み、フェイトの制止も聞かずに術を発動。
適当な次元世界へと追い出してしまうつもりだったのだが―――どうにもおかしい事態となった。
転送魔法が発動しなかったのだ。
ウンともスンとも云わない転送装置にアルフとフェイトも首を傾げるが、その理由は分からない。
結局、男を部屋へと連れ戻しその処遇について相談していた所だった。

「コイツの事どうすんのさ、フェイト」
「とりあえず目が覚めるまでまで待ってみよう。話を聞いて、母さんの邪魔をするっていうなら、私が何とかするよ」

一抹の警戒を宿らせた瞳で、フェイトは上条の事を見ていた。
フェイトの拠点たる『時の庭園』は、外部からの侵入に対して充分な対策が練られている。
それを易々と突破し、『時の庭園』の主たるプレシア・テスタロッサにもバレていない現状。
男の存在は警戒に値した。
加えて、自分のバリアジャケットをいとも容易く砕いた『力』。
ジャケットがパージされる様子もなければ、強力な魔法攻撃を受けた様子もなかった。
ただ男の右腕が触れただけ。
それだけでバリアジャケットは結合を失い、宙へと砕け散った。
更には、通常ならばバリアジャケットの解除と共に起動する筈の衣服の復元機能も発動しなかった。
だからこそ、全裸でのご対面となった訳だ。
その時の事をバルディッシュに問い掛けるも、彼自身理解が追いつかない事象だったという。

「ん……う……」

二人の視線の先で、床に寝かされている男がもぞもぞと動く。
どうにも覚醒しかけているらしい。
フェイトは再度バルディッシュを起動させ、臨戦態勢を整える。
その横ではアルフが拳を鳴らしていた。

「イン……デックス……」

インデックス。
一度目の覚醒前も、男はうわ言のようにその単語を口にしていた。
付箋という意味を持つその単語が、彼にとってはよっぽど思い入れのある名詞なのか。
当然ながらフェイトには分からないし、大して興味もなかった。
ただ今は母さんの害敵になるかもしれぬ存在に、淡々と対処するのみであった。

「う、う……あれ、此処は?」

そして、再び男は目を覚ます。
謎の『力』に警戒しながら、フェイトはバルディッシュを突き付けた。
数十分前に行われたやりとりが、殆ど同様に繰り広げられる。

「あ」

フェイトの姿を視界に捉えた男が、表情を固める。
男の脳裏に映し出される光景。
全裸の自分が、何故か一瞬で全裸となっていた少女の胸を触り覆い被っている、その光景。
全てを思い出した男の行動は迅速かつ無駄のないものだった。

「す、すみませんでしたあ!!」

眼前の少女が自分より一回りも二回りも年少である事など、男には関係なかった。
手を折畳み、膝を曲げ正座の態勢を取り、上体を倒す。
なりふり構わず、男は速攻で日本人ならば誰もが知る態勢を取った。
土下座。
男の行動は謝罪から始まった。






「ってな訳で、目が覚めたらここにいたんだけど……」

超速の土下座から数分後、男は自身についてを細々と語らされていた。
物凄い剣幕で睨んでくる獣耳のコスプレイヤーに、無表情で武器を突き出し話を促す少女。
アウェー極まる状況に男も逆らう事ができずに、これまでの経緯を語っていった。
勿論、第三次世界大戦の核心に迫ることや、大天使のことやらは黙っていたが。
取りあえずは、探し人を求めてロシアへと赴き、そこで世界大戦に巻き込まれて命からがら逃げていたら、謎の飛行物体が向かってきて衝突したらここにいた、という話にしておいた。
誤魔化しきれるかは甚だ疑問だが、相手がどんな人物なのか分からない以上、第三次世界大戦の渦中にいたという真実を話すのは余り宜しくない気がする。
そう判断し、男は語りを終えたのだが―――やはり相手方の反応は良くなかった。
明らかに怪訝な視線を、男へと向けていた。

「つまりあなたはどうやって此処に辿り着いたのか、ここが何処で誰がいるかも分からないってこと?」
「まあ、そうだな。本当に気付いたらここに居たんだ。その間の事は何も分からない」
「はっ。こんな奴の話なんか聞く事ないさ。こいつはただの不法侵入者。ボコって適当に外へ放っぽっとけば良いんだ」
「は、ははは……それはちょっと……」

男―――上条の言葉に、やっぱり二人は警戒を弱めない。
アルフに至っては、その半端じゃない敵意を隠そうともしていなかった。
余りの居心地の悪さに上条は視線を泳がせながら、顔を引きつらせる。
上条としては、その発言の一つ一つが気が気じゃない。
本当に何もかもが分からない状況なのだ。ここが極寒のロシアならば、この状態で外に出されただけで死んでしまう。
出来れば丁重に事を運びたいところであった。
何とか彼女達の警戒を解かなければ、と思案したその時、上条は気付いた。
フェイトの左手に巻かれた包帯と、服に覆われていない手足に走る薄い傷跡。
よくよく見れば傷跡は手足の至る所に存在した。
この様子だと服の内側にまで傷はあるように思える。

「お前、怪我してんのか?」

元来のお人好しな性格ゆえか、気付けば上条は問い掛けていた。
思いがけぬ問いに、フェイトは驚いた様子で目を開く。
それは隣に立つアルフも同様であった。

「大丈夫かよ。全身に傷があるみたいだけど」
「……あなたには、関係ない」

そう言うとフェイトは白色の外套で身体を隠してしまう。
表情の警戒は相変わらずだったが、僅かな変化も見えた。
痛みに耐えるように眉間へ皺を寄せる。
それは、肉体的な痛みというより精神的な痛み。
フェイトは数時前に執行された折檻を思い出し、俯いた。

(切り傷か……? 戦いで負傷したって事か。なら、やっぱこいつらは魔術師なのか?)

何も知らない上条は、その傷が戦闘によるものなのかと予想付けていた。
フェイトが使用した謎の異能もその予想の根拠となっていた。
異能を操り身体中に傷を負う程の戦闘をしていた者、とすれば寸前まで第三次世界大戦の渦中にあった魔術サイドの人間か。
終戦と共に戦闘も終わり、帰還の途中にでも拾ってくれたのだろう。
『ベツヘレムの星』落下地点の側にいた魔術サイドの人間とすれば、上条も関わりの深いイギリス清教の人間という可能性が高い。

(なら、ステイルとかに連絡を取って貰えれば警戒も解けるんじゃないか? おお、ようやく光明が!)

などと考えながら、上条が口を開く。
ステイルや神崎の名前でも出して、自分が危険人物でないと証明しようとする上条であったが、寸前で邪魔が入る。
フェイトと上条の間の空間に、50センチ四方程の光の壁が出現したのだ。
魔術と科学の両方にある程度精通した上条が、今更これくらいの事で驚くことはない。
ただ余りの間の悪さに、思わず苦い顔をしてしまう。

『フェイト、何をしているの』

まるで宙に浮かぶテレビ電話だな、と思いながら上条は光の壁を見ていた。
光の壁には一人の女性が映し出されており、フェイトと会話を始めている。
生気の少ない、虚ろ気な表情であった。
何処となくフェイトと似ているようにも見えるが、気のせいのようにも見える。
状況の掴めない上条は、ただこれ以上事態が悪化しないように願うだけであった。

「す、すみません、母さん。その、侵入者らしき人物を発見して……」

だが、上条の願いも虚しくフェイトは正直に現状を告げてしまう。
上条のいる方へと視線を動かし、画面内の女性に確認を促す。
フェイトの視線を追って、女性の視線が動いていく。

『フェイト……』

次なる女性の言葉は、寒気を覚える程の冷たさを孕んでいた。
ソクリと、上条の肌が粟立つ。

『誰も、いないわよ?』

フェイトが目を見開く。いや、フェイトだけでなくアルフも上条さえも驚愕に目を見開く。
画面の中の女性は、上条の存在に気付いていなかった。
視線は、上条を視界にとらえるに充分な位置の筈だ。
ただ、その姿を視認していない。
これには、場にいる誰もが驚きを隠せない。
特にフェイトの驚きよう、その焦りようは群を抜いていた。

『……何であなたはいつもそうなの? 母さんの言う事も聞かないで、母さんを困らせてばかりで……あなたは母さんのことが嫌いなの、フェイト』
「ち、違……」
『何が違うの!? 言う事もきかないでこんな事ばかりして! 言い訳するくらいなら、早くジュエルシードを集めてきたらどうなの!?』

しどろもどろになりながらも返答しようとしたフェイトを女性の一喝が阻止した。
その剣幕たるや、直接向けられた訳でもない上条さえも恐怖を覚える程だ。
ビクリと肩を震わせフェイトが俯く。
そんな主の姿を見て、歯ぎしりをするアルフ。怒りの籠ったアルフの視線は画面内の女性へと向けられている。
どうにも事態が読めていない上条にも、その剣呑な空気は感じ取れた。
女性の異常なまでの怒り様に、上条も思う所がない訳ではない。
だが、何もかもが分からない現状では、流石の上条も言葉を挟めない。

「……ごめんなさい、母さん。直ぐに第97管理外世界へと発ちます」
『……分かれば良いのよ。早く行ってきなさい』

そして上条を置いてけぼりにして女性とフェイトの会話は終わった。
光の壁が消え、元通りの何もない空間へと戻る。
残された気まず過ぎる静寂に、上条はどうすれば良いのか分からない。

「その……何か、悪い……。俺が原因で親と喧嘩になっちまったみたいで」

俯くフェイトとアルフを交互に見て、思わずといった様子で上条は謝っていた。
魔法を以て行われていた通信に上条当麻の『幻想殺し』が作用した結果が、先の擦れ違いであった。
魔法を介した通信に『幻想殺し』が反応し、主たる上条当麻の姿を認識させなかったのだ。
なので上条の謝罪があながち間違っているという訳でもない。

「どうする、フェイト。動けないよう痛めつけて部屋に縛っとく?」
「は!?」

話が唐突に物騒なものへと変化し、上条は思わず目を剥いた。
結局、先の通信により状況は悪化してしまった。ようするに時間切れというやつだ。

「今お前に構ってる暇はないんだ。面倒だから強制的に大人しくなってもらうよ」
「いや、だからってそれは流石に急ぎすぎではないでしょーか!? 俺の言う事が信じられないのならステイルや神崎に連絡取ってくれ! そうすりゃ俺は怪しい奴じゃないって分かる筈だ!」
「ステイル? 神崎? そんな名前聞いた事もないね」
「……あっれー? じゃ、オルソラとかアニェーゼは?」
「知るか」
「ってことは、上条さんの予想は大外れだったって事でせうか? ……あっれー!?」
「……もう良いか? 心配すんなって、痛いのは一瞬だから」

やる気満々といった様子の獰猛な表情で歩み寄ってくるアルフに、上条も本格的に危機感を覚え始めた。
これはマジでやばいんじゃないか!? と焦った思考を回しながら上条が後ずさる。
後方は壁で、唯一の出口はアルフとフェイトの後ろ側だ。
数多の不幸から上条を救ってきた『逃亡』という切り札も、この状況では使用できない。
上条当麻は忙しなく視線を動かしながら、如何にして現状を切り抜けるかを考える。

「じゃ、寝てな」

だが、時すでに遅しといった奴だ。
気付けばアルフは床を蹴っていて、上条も目を見張る速度で距離を詰めていた。
使い魔たる獣人の顔で上条の視界が染まる。
身体に詰まった疲労感に、上条の反応は遅れる。
防御の姿勢すら碌に取れないままアルフの拳が徐々に迫ってきて―――そして、

「待って」

フェイトの声が拳を止めた。
凛とした瞳でアルフを見詰めながら、フェイトは上条の側へと近づいてくる。

「……私が、やるよ。アルフが汚れ役になる必要はない」
「フェイト!」
「分かってる。たぶんこの人は悪い人じゃないよ。でも拘束しておかなきゃダメなんだ。だから、私がやる」


その選択は、決意に満ちたものであった。
やっぱり事情が掴めない上条は、もしかしたら助かるのかもと願望めいた予想を覚える。
そんな上条の視界が、今度は金色の光に染め上げられた。
反応する暇もない。フェイトが振るった魔力刃が上条の身体を斜めに斬り落とす。
三度目の意識の暗転に、やっぱり上条は声も上げられない。

「……ごめんね」

ただ、暗闇の中で上条は聞いた。
フェイトの、自責に満ちた贖罪の言葉を―――。


こうして『幻想殺し』が意識を喪失し、魔法少女たちの物語が再開する。
それは最後に救いはあるものの、やはり悲劇と呼ぶに相応しい物語。
だが、今この物語に一石が投じられた。
『幻想殺し』上条当麻。
彼の存在により物語は変化を見せる。
それは最後に救いがもたらされるものの、やはり悲劇と呼ぶに相応しい物語。
変化は大きなもので、しかしながら悲劇という結果に変わりはない。
とある世界で様々な人間に多大な影響を与えてきた上条当麻。
この世界で彼の拳はどんな『幻想』を打ち砕くのか。
今はまだ、誰にも分からない。


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最終更新:2011年06月17日 23:57