魔法少女リリカルなのは外伝・ラクロアの勇者

        第16話

「・・・・あっ・・・・」
体を取り巻く冷たさに、なのははゆっくりと意識を覚醒させる。
辺りは真っ暗闇、そしてとても静か。
此処は何処だろう・・・自分は何をしているのだろう、そんな事をぼんやりと考える、
その直後、腹部からの強烈な痛みが彼女を襲った。
「う・・・・ぐぁあああ・・・」
空いている左腕で胸を押さえ蹲る。同時に思い出す。此処は何処で、自分はどうしているのか。
今自分がいる場所は海の中、夜とは言え周りが真っ暗という事は、かなり深い所まで落ちているのだろう。
本当なら息が出来ない所か、冬の海の海底の冷たさでショック死しても可笑しくない。
おそらくバリアジャケットに備わっている最低限の生命維持装置が働いているのだろう。
だが、腹部の痛みが今だに収まらない。回復魔法を使う事が出来ない自分にはどうする事もできないし、
バリアジャケットには痛み止めの様な便利な機能は備わっていないため、どうする事も出来ない。ただ我慢するしかない。
「痛い・・・・・痛い・・・・」
この痛みから逃げたい・・・だが、自分にはどうする事も出来ない。
こんな痛みを経験したのは初めてだった。だからこそ怖い。何時まで続くのか、自分はどうなってしまうのか。
いっそ全てを投げ出し、楽になりたいと思う自分がいる。そう思った瞬間、程よい眠気が彼女を包み込んだ。
今までの戦闘の疲れと、程よい海水の冷たさ、そして自分の体を包み込んでくれる海が眠気を加速させる。
自然と瞼を閉じ、意識を徐々に手放す。右手の力が抜けレイジングハートが海底へと沈んでゆく。
「・・・・もう・・・・・ダメ・・・かな・・・」
諦めが彼女を支配する。自分の中の誰かが言う『もういいよ』『ゆっくりおやすみ』『後は他の人にやらせればいいよ』


                 『なんで痛い思いをする必要があるの?』



「何で痛い思いをする必要があるの?」
高町家の庭にある道場、常に木刀と気合が入った声が木霊するこの場所も、鍛錬が終れば一挙に静まり返る。
今其処には二人の少女がいた。
数分前まで師である士郎に他人から見れば虐待と言っても過言ではないほどボコボコにされた高町家長女、高町美由希。
そんな姉を心配そうに見つめながらも、タオルとスポーツドリンクを渡す高町家次女、高町なのは。
時刻は休日の午前七時、普段毎日行われている鍛錬が終わり、今は美由希だけが道場にいるいつもの光景。
「はい、お姉ちゃん」
そんな疲労困憊の姉にタオルとスポーツドリンクを渡すのが、なのはの日課となっていた。
それを礼を言って受け取った美由希は、さっそく洗い立てのタオルで顔を拭き、よく冷えたスポーツドリンクで喉を潤す。
本来ならこの後、なのはは朝食を作っている桃子の手伝いをするのだが、今日に限っては違っていた。
このようなボロボロになった美由希を見るたびに、聞こうと思っていた事があったからだ。
今日は父と兄は鍛錬後、近くの山に行っている為、此処には自分達しかいない。だからこそ聞く事ができた

                「何で痛い思いをする必要があるの?」

その質問に美由希はきょとんとするが、なのはは畳み掛けるように質問を続ける。
「だって、おねえちゃん・・・・・いつもボロボロになって・・・・・・なんでそんな痛い思いをしてまで続けるの?」

士郎が恭也と美由希に教えている『小太刀二刀・御神流』正式名所『永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術』
これは極めれば敵無しと言われる古流武術であり、名の通り二本の小太刀をメインとした剣術である。だが、同時に相手を殺めることに特化した殺人術である。
本来、士郎は男である恭也のみに教えていたが、美由希の願いもあって今は二人に教えている。
だが、美由紀は教えを請うのが遅すぎた。物心ついた時から基礎などを学んでいた恭也と違い、美由紀が学び始めたのはなのはと同じ歳。
御神流を学ぶには年齢的には遅すぎた。
それでも美由希は諦めなかった。基礎体力作りから始め、握った事もない小太刀を握り素振りの練習。
士郎は教えると言ったからには甘えや手加減を一切しなかった。
毎日深夜まで道場からは声が響き、なのはは美由希と一緒にお風呂に入る時には、多くの痣が否でも目に付いた。
なのはも高町家の一員、この御神流がどう言う物なのか父や兄から聞いた事もあるし、素人目からでも易々と身につく物ではないと自然と理解していた。
むしろ美由希がこの御神流を学ぶ必要は無い。仮に護身用だとしても御神流は行き過ぎている。
だからこそ不思議に思う、なぜ姉はこの古流武術を学ぼうとしたのか。
「・・・・・・なのはが生まれてまだ少ししか経っていなかった頃かな・・・・・・」
空のペットボトルを静かに置き、タオルを首にかける。そして、天上を見据えながらポツリポツリと話し始めた。
自然となのはは美由希の隣に座り、彼女の話に耳を傾ける。
「・・・・お父さんが爆弾テロ事件で意識不明になったこと、覚えてるかな?」
「・・・うん・・・」
忘れる筈がない、あの時の寂しさは忘れられる物ではなかった。

士郎が今の翠屋のマスターになる前、別の仕事をしていた事は最近知った。それが、サラリーマンなどの真っ当な物ではないことも。
その仕事関係で士郎は爆弾テロに巻き込まれた。並みの人間なら確実に死んでいたほどの怪我。だが、体力、精神力共に超人の域に達していた士郎は生き残る事が出来た。
それでも重傷を負い、一年近くの間こん睡状態に陥っていた。

それからという物、高町家の皆は目が回るほどの忙しさに負われていた。
親戚がいない以上、自分達でどうにかするしかない。母である桃子は無論、幼かった恭也や美由希にも、それは否でも理解できた。
桃子は幼い子供達の面倒を見ながら開店したばかりの喫茶翠屋の切り盛り。
当時、まだ小学生だった恭也も、時々学校を休んで手伝いを行い、時間が少し手も空けば剣の鍛錬。
美由希は家の家事全般(料理以外)と父のお見舞い、そして幼いなのはの相手。
そして、自分は時々家族が構ってくれる時意外は、一人ぼっちだった。

「ごめんね・・・・辛い事思い出させちゃって・・・・」
泣きそうな顔でもしていたのだろうか?申し訳無さそうに美由希はなのはの頭を優しく撫でる。
確かにあの時は辛かった。だけど自分の辛さなど、姉達に比べれば瑣末な事。
「ううん・・・・・大丈夫、続けて」
「分かった。あの時、私怖かったんだ。もしお父さんが死んじゃったらって。だけど同時にね、『もしお母さんやなのはが、お父さんと同じ目にあったら』って
考えてみたの・・・・・・怖くて震えちゃった。だからね、その事を恭ちゃんに話したの。そしてら、何ていったと思う?」
なのはは考えようとしたが、直ぐに答えが出た。
兄ならこう言うと思ったからだ。
「『安心しろ、母さんやなのは、それに美由希も俺が守ってやる』かな?」
「・・・・大正解!一字一句間違いないし!!でね、正直とても安心した。だけどこうも思った。『恭ちゃんだけに任せていいのか』って。
勿論恭ちゃんが頼りないとかそういうことじゃないんだよ。でもね、いくら恭ちゃんでも限界がある、3人をいっぺんに守る事なんてできない。
だからね、そのとき決心したんだ。私も守られる側じゃなくて守る側になるって」
近くに置いてあった小太刀の木刀を持ち立ち上がる。そして何気なく一度、力強く振るった。
「確かに、なのはの言う通り痛い思いは沢山するよ。それにね、小学生の時友達に一度自分の剣術を見せた事があるんだ。
でも、その時友達に『卑怯』って言われてね、結構落ち込んだ。でもね、私はやめないよ」
『やっぱり憶えたての神速を使ったのがいけなかったのかな~、あれ瞬間移動みたいだし』とあの時の事を思い出し呟く。
なのはもその考えには納得した。あれは正に瞬間移動、知らない人が見たら驚くのは当然だと思う。
「最初は訓練・・ううん、基礎体力を作るだけでも大変だった。正直、凹んだり、もうやめたいと思った事もあった。だけどね、
それ以上にこの剣術を極めたい、強くなりたいって思いの方が大きかった。自惚れじゃないけど、今の私なら恭ちゃんに守ってもらわなくても良い程に強くなったと思う。
でも、まだ自分を守るだけで精一杯かな?だけど、いつかきっと強くなる。皆を守るために、皆を悲しませないために。
辛い事や、痛い思いも、守るための強さを得るためには何てこと無いよ」
一旦話を区切ると、そのタイミングを見透かしたように、桃子の声が聞こえてきた。おそらく朝食の準備が出来たのだろう。
「さて、行こなのは。朝食冷めちゃうよ」
「うん!!」
二人は一度顔を合わせた後手をつなぎ、道場の出口へと向かう。そこでなのはは現実に戻された。


「お姉ちゃんは言っていた・・・・・強くなるために・・・・・皆を守るために、皆を悲しませないためにって・・・・」
堕ちそうになった意識を繋ぎとめ、徐々に意識を回復させてゆく。その瞬間、再び痛みが襲ったが、なのはは先ほどの様に同様などしなかった。
自分も姉と同じだと思う。フェイトと話をしたい、友達になりたい、だから痛みに耐え、彼女に勝つために強くなった。
ヴィータ達と話をしたい、分かって貰いたい、だから痛みに耐え、更に強くなった。
そして今はフェイトを、ナイトガンダムを、はやてを、皆を救いたい。だからこそ、この痛みにも耐えなければいけない。
「そうだよ・・・・皆を助けるんだ・・・皆を・・・・守るんだ!!!」
意識を完全に覚醒させたなのはは、自ら潜り海中へと沈んでゆくレイジングハートを拾う。そして


「あれ~・・・死んじゃったかな~?」
海へと落下した後、一向に上がってこないなのはに、闇の書の闇は一度溜息を吐いた後、多少残念そうに呟く。
同じ映像を見ていたリインフォースは顔をそらし、はやては歯を食いしばりながら、闇の書の闇を睨みつける。
「アンタ・・・・・ゆるさへん・・・絶対に・・・許さへんで!!!」
「うわ~、こわ~い。でも私にも同情してよ、折角の第一候補が魚の餌に(ドゴッ!!!」
海が突如大きな爆音と共に弾ける。舞い上がった海水が雨となり、自動防御プログラム、そして
「なのはちゃん!!!」
その雨を引き起こした張本人、高町なのはに降り注いだ。

息を荒げながらも、レイジングハートをエクセリオンモードにしたまま、様子を見る。
同時に考える、どうすれば彼女を倒す事が出来るのかと。
生半可な攻撃は通用しない、やはりACSによる零距離エクセリオンバスターしかない。
だが、それは向こうも気づいている筈、そう易々と接近して打つ事など出来ない。
多重バインドによる拘束、アクセルシューターによるかく乱、有効な手段を考えるが、相手は自分のリンカーコアを吸収している、
どれも読まれているに違いない。
方法があるとしたら、相手が知らない魔法で対抗するしかないが、そんな都合の良い事なんか・・・・
「・・・・あれしか・・・・・・ない!レイジングハート、悪いけど魔力調整御願い!
エクセリオンバスター分の魔力以外は全て身体強化に回して、防御は一切しなくて・・・・・ごめん、障壁を一つ足元に展開して、其処に乗るから」
まだ経験が浅い事、そして砲撃や操作系の魔法に磨きをかけていたため、クロノの様に幾つも魔法を使う事など出来ない。
だが、使えそうな『技』ならある。どういう理屈なのか説明も聞いたし、使っている所を何度も見た事がある。
必要なのは集中力と体力。
操作系魔法などで集中力にはかなり自信がある、問題は体力だが、それに関しては魔法で身体強化をすればどうにか誤魔化せる。
「にゃはは・・・・明日は猛烈な筋肉痛になりそう・・・・・」
筋肉痛で動けなくなっている自分を想像し、少し鬱な気分になる。だがそれも成功させ、明日を掴んでこそ出来ること。
足元に出現した障壁の上に着地し、ストライクフレームを出したレイジングハートを構えたなのはは、ゆっくりと深呼吸をした後、瞳を閉じた。


「ん?あきらめたのかな?」
抵抗らしい抵抗もしないどころか、間合いを取って動かないなのはに、闇の書の闇は初めて眉をひそめる。
念のため周囲を検索するが、トラップは無論、誘導弾も確認できない。
「トラップは無し、お仲間さんがこっちに向かってるけど、それ程脅威にはならない・・・・・これはいただきね」
自動防御プログラムは足元にベルカ式の魔法陣を展開、周囲に赤い刃を無数に出現させる。
「景気良く砲撃としゃれ込みたいけど・・・それじゃ死んじゃうからね、急所を外したメッタ刺しで・・・・許してね!!」
刃を放つように命令する闇の書の闇。
『やめて!!!』と喉が張り裂けんばかりの勢いで叫ぶはやて
だがブラッティダガーは放たれ、かく乱するかのように機動を変えながらなのはへと迫る、
そしてその赤い刃がなのはの体に刺さろうとした時、

                   「なのはは突然消えた」

                      その直後

         ストライクフレームの魔力刃が、自動防御プログラムの胸から生えた。



目を閉じ意識を集中させる。鼓膜が破れているお陰で、音を消す事は直ぐに出来た。
攻撃が迫ってくる事が、魔力反応で嫌でもわかる。だが、それに構う暇などない。心を沈め、集中力を更に高める。
そして、ゆっくりと瞳を開けると、其処は昔の映画の様なモノクロの風景、そして時間が停止したかの様に止まっている景色。
視覚から色の情報を外し、その文の情報処理能力を知覚に振り分ける。それは、集中力を極限まで高める事により出来る、御神流の奥義。
一瞬とは言え、フェイトのソニックブームと同等、否、それ以上の高速移動を可能にし、
敵が気付く時には急所に刃が刺さっている・・・否、下手をすれば痛みを感じずに死んでしまう程の高度な移動攻撃方法。その名を

                       『神速』

なのは足場にしていた障壁を蹴る。この技は体の負担がかなり大きく、熟練者の士郎や恭也でも早々多様は出来ない。
本来なら体が未成熟ななのはは使う事は出来ない。仮に使ったら体に一生残る後遺症が大怪我と共についてくる。
だが、魔法という存在がその欠点を補った。身体強化は一時的ではあるが士郎や恭也と同等、もしくはそれ以上の丈夫さを与えてくれる。
そして持ち前の集中力を合わせた結果、一瞬ではあるが使う事が出来た。
時間が停止している様な空間を移動する不気味さ、そしてその中を移動するために掛かる体の異常な負担。
それらを歯を食いしばり耐え、自動防御プログラムの後ろへと回り神速を解除、そして後ろからストライクフレームの刃を突刺し、
収束を開始、自動防御プログラムは何か行動を起こそうとするが、チャンスを掴んだなのはがそれを許す筈がなかった。
「エクセリオォォォォォォォォォン!!!バスタァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
零距離から放たれた渾身のエクセリオンバスターの直撃を受けた自動防御プログラムは、桃色の光に包まれなら海へと落下、大爆発を引き起こした。



「・・凄いわね・・・あの子、まさか自動防御プログラムを行動不能に落とし知れるなんて」
予想外だったのだろう、闇の書の闇は素直に驚きを表していた。
そして、ようやく駆けつけたユーノとアルフに介抱されているなのはを今まで異常に興味を持った瞳で見据える。
「どうや!!これじゃあもう戦えへんやろ!!さっさと降参し!!」
なのはの活躍に元気付けられたのだろう。はやては勝利を確信した笑みで言い放つ。
だが、それでも闇の書の闇の余裕は消えなかった。一度溜息をついた後、はやての方へと体を向ける。そして何の前触れも無く指を鳴らした。


ゆっくりと海から上がってくる自動防御プログラムをなのはは顔を顰めながら見つめる。
だが、以前表情を変える事は無いが、バリアジャケットの綻びや体の傷など、明らかに致命的なダメージを負っている事は確認できた。
それでも、目の前の敵を倒そうと腕を掲げ、ベルカ式の魔法陣を展開させる。
なのはは即座にレイジングハートを構えようとするが、その行動をアルフが手で遮り止める。
「なのはは回復に専念してな。ユーノ、後は頼むよ」
にんまりと二人に向かって微笑んだ後、腕を鳴らし、ゆっくりと前に出る。
そして獣特有の闘争本能を隠す事無くさらけ出し、先ほどなのは達に向けたものとは違う、獰猛な笑みを向けた後、
「さっさと・・・フェイト達を返せ!!!」

突撃を開始。やる事は単純、自慢の拳で目の前の相手をぶん殴る。
正直弱っている相手を殴るのは好きではない。だが奴は別だ。おそらくこんな状態でも今の自分より強いだろう。
だから手加減しない。せめて、クロノが来るまで持たせればいい。

そう考えながら、拳が届く距離まで近づいた直後、自動防御プログラムは黒い光に包まれ爆発、アルフを吹き飛ばした。
「くっ!!なんだ一体!!」
至近での爆発であったが攻撃ではなかったため、吹き飛ばされただけですんだ。
だが、爆発の後、自動防御プログラムは黒い球体に包まれゆっくりと海へと落下、半分ほどを海へと着水した後、徐々に大きさを増し、
巨大な半球へと姿を変えてゆく。
「な・・・・なんだい・・・・これは・・・・」
今ではドームほどの大きさとなった黒い球体を、アルフはなのは達の所まで後退しながら油断無く見据える。
なのはもまた、突然の変化に戸惑いながらも、自分に回復魔法を施してくれているユーノに聞こうとするが、
「・・・暴走が・・・始まったんだ・・・・」
後ろから聞こえる声に振り向く3人、其処には、リーゼ姉妹を送り届けたクロノが、S2Uを持つ手を震わせながらユーノの変わりに苦々しくつぶやいた。
そして
「その通り!!」
突如黒い球体の真上に、映像が映し出される。
そこに映し出されたのは、縛られている八神はやて、そして同じ顔をした二人の少女。一人は血だらけで縛られており、
もう一人は愉快で仕方が無いかの様に微笑んでいる。
言葉を発したのは微笑んでいる少女だった。

「はやてちゃん!!!」
はやての姿を見つけたなのはは、自然と大声で彼女の名前を呼ぶ。
声は聞こえるのか、先度まで苦しそうにしているリインフォースを見ていたはやてが、なのはの声に反応する。
「なのはちゃん!!!」
回復魔法を掛けてもらったのだろう、先ほどよりは元気な表情のなのはに、はやては心から安心する。
「いや~、さすがね。自動防御プログラムを此処まで痛めつけるなんて、でも残念、暴走は始まっちゃった。今までの苦労は水の泡」
そんな二人の間を割って入るかの様に、闇の書の闇ははやての前に立ち、なのは達を満面の笑みで見つめる。
『暴走が始まった』その言葉が何を意味するのかは嫌でも理解できた。
そうなった場合、アルカンシェルで吹き飛ばすしか方法はもう無い。中に囚われているフェイト達もろとも。
自然と絶望感が皆を支配する。だが、その暗い空気を吹き飛ばすかのように、闇の書の闇は話し始める。
「でも、暴走を止めることも出来るのよ・・・・だって、引き起こしているの私だし。理由に関しては・・・・2回も話すのは面倒だから
八神はやて、貴方が説明して」
『後は任せた』と言わんばかりに、引き下がる闇の書の闇。
その姿を、精一杯にらみつけた後、はやては話し始めた。この女性の事、今までの暴走の事を。


「ということは・・・・今までの暴走・・・いや、闇の書の改変はお前が原因だったのか・・・・」
「そういうこと・・・・・ん?あんた・・・・どっかで見たような・・・・・」
クロノの顔をジロジロと見据えながら闇の書の闇は手を顎に野で考え込む、そして時間にして数十秒、
思い出したのだろう、手を軽く叩いた後、指を刺す。
「クライド・ハラオウン!!うん、そっくり!!息子!!?兄弟!?」
その発言に黙っていない人物が5人いた。
モニターから様子を伺っていたグレアムとリーゼ姉妹は目を見開き驚き
リンディは自然と立ち上がり
クロノは四人を代表するかのように疑問をぶつける。
「なぜ・・・なぜ父さんの事を知っている!!?」
父であるクライド・ハラオウンは確かに前回の闇の書に関わっていた、だがそれは輸送の時だけ、
今回の様に直接言葉を交わしたことは無い筈、ならなぜ知っているのだろう。
その理由を闇の書の闇は、笑顔であっさりと答えた。

              「なぜって・・・クライド・ハラオウンを殺したのは私だし」

こいつは一体何をいってるのか・・・・・頭が理解に追いつかない。
父は巡洋艦エステアと共に、アルカンシェルで消滅した筈。
「ん?ああ、もしかしてアルカンシェルで蒸発したと思っていた?」
自分の心を見透かされてるようで気分が悪い。だが、そんな彼の心境を気にする事無く、面白そうに話を続ける。
「あの気、封印が不完全だったのよ。だから抜け出して手当たり次第殺して犯して取り込んで、さっさと逃げようと思ったんだけどね。
残念な事にど派手に侵食を始めちゃったから気付かれちゃって、船の艦長さんの指示が的確だったのね乗員皆逃げちゃったのよ。
だから私もトンズラしようとしたんだけど、残っていたクライド・ハラオウンに見つかっちゃってね。私の存在を知った途端、止めに入ろうとするから、胸をグサッとね。
まったく、あいつのおかげで逃げ遅れから良い迷惑よ・・・・・ああ、あとあいつ、死ぬ寸前『リンディ、クロノ、すまない』とか呟いて」
話の途中でブレイズキャノンが闇の書の闇に直撃する。どんな相手であれ、警告無しの射撃は許されざる行為。
だが、今のクロノにはそんな規則を守る余裕など無かった。
「お前が・・・・お前が・・・父さんを!!!」
叫びながらクロノは攻撃を続ける。だが、所詮映像を撃っているだけで画像を乱れさせる位しか効果は無い。
咄嗟にアルフが後ろから羽交い絞めにして止めるが、それでもクロノは彼女から逃れるかのように暴れだす。
「離せ!!離してくれアルフ!!!こいつだけは!!こいつだけは!!!」
「落ち着け!!映像に向かってぶっ放してもどうにもなんないだろ!!」
その言葉で頭が急速に冷える。大声で悪態をついた後、暴れるのを止め意識をはっきりさせるために大きく頭を振る。だが、
「なんで怒るかな?どうせ私が殺んなくても、アルカンシェルで蒸発したんだし、同じ事じゃないの?」
自分は悪くないと、クロノをニヤつきながら見つめるその表情に、再び殺意が沸いてくる。
「・・・・貴様の目的は何だ・・・・・まさか、無駄口を叩くために現われたのではないだろ・・・・」
「何を今更、徹底的な破壊と殺戮よ。まぁ、止める事は出来るわよ。何時もの様にアルカンシェルを放てばいいんだから。
だけど、この海鳴市と、ここにいる八神はやて達も一緒に蒸発だけどね」
「そんな・・・止めてください!!!!お願いです」
ここでなのはは初めて口を開いた。
彼女が感じたのはクロノの様な怒りではなかった。今まで経験した事の無い恐怖。
此処からでもわかる。彼女からは恐ろしいほどの狂気を感じる。平然と人殺しをやったと笑いながら自慢し、
今も尚、自分達や海鳴市にいる人達、自分の大切な人達を飲みこもうとしている。
だが、彼女は喋る事が出来る、言葉が通じる。
楽観的とは自分でも痛いほど理解している。だが、それでも話さずにはいられなかった。
当然、なのは以外のメンバーは無駄な事だと直ぐに感じた。笑い飛ばしてなのはを馬鹿にするに決まっていると・・・だが、
「うん、いいわよ」
即答する闇の書の闇。誰もが、尋ねたなのはさえ、考えもしなかった即決の回答に言葉を詰まらせる。
この場にいるなのは達は勿論の事、アースラのリンディ達、本局のグレアム達も言葉を失い、互いの顔を見合わせる。
「けど、高町なのは、あんたの体を頂戴」
次に放ったこの言葉は、困惑する彼女達を突き動かすには十分だった。
「私は此処から出たい。だけど体が無い、だからアンタの体が欲しい。それだけよ。
ああ、でも安心して。八神はやて達は返すし、こいつらにも手出しはしない。この次元世界『地球』にも手出しはしないわ・・・お得でしょ?」
「ふざけるな!!!」
「ああそうさ!!話し合いにもならないね!!!」
当然乗れる話ではない。さすがに今回はアルフもクロノを拘束しようとはしなかった。
約束を守る以前の問題である。なのはを犠牲にすると言う時点で話合いの余地などない。
「で・・・でも・・・・」
そんな中、『自分が犠牲になればみんなが助かる』そんな思いから、なのは自信は提案を受け入れようと考えていた。
だが、普段聞いた事のないクロノとアルフの罵声に縮こまってしまう。その時、
「なのは・・・・・バカな事をかんがえちゃいけない」
依然自分に回復魔法を施してくれているユーノが、声を押し殺しながら呟いた。
純粋に怒りを表したその表情、そんな彼の表情をなのはは始めてみた。いや、その怒りはあの闇の書の闇にだけではなく、
『自分が犠牲になればみんなが助かる』と考えていた自分にも向けられていた。
「なのはの性格は分かっているつもりだよ。自分が犠牲になろうと考えてたんだよね?でも、それはやっちゃいけない事だ。
それに、闇の書の闇は『地球には手出しはしない』と言っていたけど、他の次元世界はどうなると思う?
いや、それ以前に君に乗り移った事を知っている僕達を、このままにするはずが無いさ」
回復の心地よさに浸りながらも、自分の考えの浅はかさに腹が立つ。
あの時、自分は皆を救えるのなら体を差し出してしまおうと考えていた、その結果を考えずに。
自分勝手な自己犠牲、それが齎す結果を全く考えてはいなかった。俯き唇をかみ締め、心の中で自分自身を罵る。

「あらあら、本人があんな様子じゃ交渉は決裂ね・・・・・じゃあどうするの?
この現状を打破するには諸共アルカンシェルで吹き飛ばすしかない。まぁ、根源である私を倒せば、丸く収まるけど、
あなた達が此処に来る事は出来ないし、この死にぞこないと無能な主じゃどうしようもない・・・・ほら、残った選択肢は一つだけ」

                   「いや・・・・違う!!」

突如聞こえた声に、闇の書の闇は咄嗟に右横へとステップ。その直後、彼女が立っていた所に巨大な魔力刃が振り下ろされた。
黄金色の巨大な魔力刃、暗闇に囲まれているこの空間ではとても目立つその刃を持つ人物は、
ゆっくりと魔力刃『バルディッシュ・ザンバーフォーム』を闇の書の闇に突きつける。
「アルカンシェルは撃たせない・・・なのはに手出しはさせない・・・・・私が、貴方を倒します!!」
漆黒のマントを棚引かせ、決意を新たにした瞳で、まっすぐ倒すべき相手を見つめる。
その凛々しく、堂々とした姿は、絶望感に支配されていたなのは達に希望を与えてくれる。
アルフは嬉しさのあまり目に涙を滲ませ、なのはとはやては声を揃えて彼女の名を呼ぶ

                「「フェイトちゃん!!!」」

  • ?????

「・・・・いい天気だ・・・・・」
先ほどと全く変わらない雲ひとつ無い晴天、遮る物がないため、燦々と太陽の光が大地を温かく照らす。
その恩恵をナイトガンダムは草原に仰向けに横になることで、遠慮なく授かっていた。

あの後、キャノン達に連れられ、王座の間へと向かったナイトガンダム。
そこでレビル王やフラウ姫などから感謝の言葉、労いの言葉を約3時間に渡って貰い、
その後、間を空けずに城の中央ホールで宴が始まった。

「(皆の気持ちも分かる。これでモンスターの脅威にさらされる事もないのだから。
だが、騒ぐ事は嫌いではないが・・・・・これではさすがに疲れる)」
今回の宴の中心人物でもあるナイトガンダムは、正に引っ張りダコであった。
酔ったレビル王とキャノンに絡まれ、フラウ姫を始めとした女性達にはダンスを誘われるなど、
対応するだけでも、並みの戦闘を行ったとき以上に疲れたのを嫌でも感じた。
そのため、申し訳ないとは思いながらも『剣の鍛錬をする』と嘘をつき、隙を見て逃げ出した結果、今へと至る。
「まぁ、パーティー慣れしていないから疲れただけなのかもしれない。アリサだったら上手く・・・・アリサ?」

自然と口から出た名前、旅をした仲間や出会った人達にはそんな名前を持つ人はいない。だがなぜか心当たりがある。
誰なのか?人間なのかMS族なのか?男なのか女なのか、何時で出会ったのか?
上半身を起し考え込む。思い出そうとするが、中々思い出せない。むしろ思い出そうとすると突然の脱力感に襲われる。
まるで自分に『アリサ』の事を思い出さない様にするかのように。

「・・・・だめだ・・・・集中できない・・・・・・」
脱力感が思考を鈍らせ、答えに行き着くことが出来ない。仕方ないので、今回は諦めまた考える事で自己解決をする。
一度背伸びをした後、再び草原に体を預けた。
焦る必要は無いと思う。ラクロアには平和が訪れた、考える時間はいくらでもある。
いや、それ以前に思い出せないという事は、それ程印象が無かった相手なのかもしれない。
「思いだす必要もないか・・・っ!?」
瞳を開いたまま、仰向けに寝転がる。温かい風の心地よさに身を任せながらも、
太陽の眩しさを抑えるため、手を太陽に向かって伸ばし、光を遮る。
その時、初めて気が付いた、篭手の装着部分に何かが挟まっている事に。
「なんだ?・・・・糸?」
細長い糸の様な物。再び体を起しながら摘み取り、目の前に翳しながらマジマジと見据える。
「糸・・・いや、髪の毛?だが、紫色の髪の毛など・・・・・・」

                    『ガンダムさん』

否、自分は知っている。この紫色の髪の毛を持つ少女を。大人しく、優しく、他者を労わる心を持った少女の名を。

                「す・・・ずか・・・・すずか!!」

先ほどまで支配していた脱力感が一気に吹き飛ぶ。同時に思い出す。『アリサ』という名前の持ち主を、
勝気で、皆を引っ張り、明るさと元気を与える少女の事を。
「アリサ・・・・すずか・・・・そうだ・・・・・私は戦っていた筈。何故ラクロアに・・いや、違う!!」

自分はサタンガンダムとの戦いで地球へと飛ばされ、拾われた月村家で居候をしていた。
そしてアリサ、なのは達と出会い、守護騎士達と戦い、そして先ほどまで闇の書と戦っていた。
なぜこのような場所にいるのかは分からない。だが、この場所が偽者であり、
忘れていた記憶が本物であることは間違いない。この紫色の髪の毛がその証拠。

「これは・・・幻か!?なら、打ち消す!!」
盾を拾い上げ、剣を抜き取る。そして逆手に持ち、地面に深々と突刺した。
その感触は土を刺すのではなく、束ねたガラスを刺すような感触、改めて此処が偽者の世界と実感させる。
「幻よ消えろ!!ファンネル!!」
雷撃魔法『ファンネル』を地面に向かって放つ。放たれた雷撃が刺された剣を媒体として地面へと吸い込まれる。
その直後、地面や空、周りの景色にガラスの様なヒビが入り、ナイトガンダムを囲っていた幻は、粉々に砕け散った。

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最終更新:2009年01月16日 15:26