首謀者の名前から、ジェイル・スカリエッティ事件と称されることになった
一連の事件は、聖王のゆりかごが崩壊したことで一応の幕を閉じた。しかし、
この事件の始まりは一体いつで、どの時点で終結と言えるのかは、当事者より
も後世の歴史家たちの間で度々話題となっている。
 六課設立時からゆりかご崩壊までの僅かな期間、それを持って終結とするに
はいくつかの反論や相対する意見がある。というのも、この事件には不明確な
点が余りにも多かった。彼らは後世を生きる者として当事者たちよりもある意
味では多くの情報を持っているのだが、それだけに感じる違和感があるのだ。

 そもそも、スカリエッティを倒し、聖王のゆりかごを崩壊させたのは誰なのか――?

 ミッドチルダ史の謎として残るこの事件だが、別に当事者たちに責任がある
わけでもない。彼らの多くはこの時期、ミッドチルダ首都クラナガンを初めと
した各地の被害状況を調べ、復興の準備を進めている最中だった。事件の概要
や詳細、結末などを気に掛ける者もいないことはなかったが、そんなものは上
層部がまとめることだ。いずれ、公の場で発表があるだろう。

 そうして、各々が自己の責務を全うする中、古代遺物管理部機動六課ライト
ニング分隊所属、フェイト・T・ハラオウンは短い期間ではあるが休暇を申請し、
それが受理されているところであった。名目は戦傷と疲労による療養であった
が、彼女の傷は重いものではなく、休暇を申請した頃にはほとんど癒えていた。
ただ、戦闘要員としての仕事がないとはいえ、各所が人手不足で悲鳴を上げて
いる時期であったため、適当な理由付けが必要だったのだ。
 クラナガンにおける交通規制は徐々に解除され初め、一般市民の移動が目立
った。彼らの多くは職場や家を失い、街から去っていくのだ。街の復興は、管
理局が全力を注いで、最低でも半年はかかるといわれている。意外と短く感じ
るが、これはゆりかごによる攻撃と戦闘の大半がクラナガンだけに行われ、被
害も首都内だけで済んだことにある。
 フェイトは自動運転の地上車を呼ぶと、ベルカ自治領に向かった。人生でも
っとも高い買い物の一つであった愛車は、六課の隊舎壊滅の折に失われている。
義兄に「これを機にもっと趣味のいい車に買い換えてみては」といわれたが、
大きなお世話だと思う。

 聖王教会が運営する聖王病院は、自然が豊かな山中にある。ミッドチルダ北
部のベルカ自治領にあって、首都からもさほど離れていないこの病院には、多
くの傷病兵が入院、または通院しながら治療を受けている。フェイトもその一
人だが、今日は治療を受けに来たわけではない。
病院に到着し、同乗者と別れ院内へと入るフェイト。
 ふと、回りに生い茂る木々を見上げると、葉に赤みがかったものが見え隠れ
している。

 もう、夏も終わりに近づいているのだ。



          最終話「ゼロからはじまる物語」


「身体の具合はどう?」
 フェイトは、親友の病室を訪れていた。
 高町なのは、ゆりかご攻防戦の際にゆりかご内へと突入し、重傷を負った彼
女は、聖王病院で治療を受けていた。
「……悪くはない、かな」
 一時は死の危険すら合ったと言われるなのはであるが、シャマルによる適切
な処置も合ってか、一命は取り留めた。そのまま彼女が主治医として治療を担
当しているが、完治までには長い時間が掛かるという。少なくとも、後遺症は
確実に残り、最終的に最大魔力値が7~8パーセントは下がるとの診断結果が出
ている。
「数年か、最低でも二ヶ月はゆっくり休むべきだってシャマルが言ってた。本
当は引退を勧めたいけど、なのははそれを聞かないだろうからって」
 苦笑するフェイトに、なのはは無言だった。ベッドから起きあがりもせず、
黙って天井を見つめている。無気力とは、こういうことを言うのだろうか? 
虚ろな目をする親友に、フェイトはため息を付いた。
 無敵にして不屈のエース・オブ・エース、高町なのは。管理局でも五指には
いるとされる実力者である彼女が重傷を負ったのは、今回が初めてというわけ
ではない。8年前にも一度、似たようなことがあった。あの時は、自分ともう
一人、ずっとなのはに付き添っていた。
「そうだ、はやてとエリオは今のところ大丈夫だって。あの二人、怪我が治っ
てないのに無理矢理出撃して、結局病院に逆戻り、シャマルが凄い怒ってたよ」
 特にはやては、大事にこそ至らなかったが、しばらくは絶対安静と言われて
いる。対照的にエリオは、若さ故か驚異の快復力を見せつけており、原隊復帰
も難しくないという。
「現場の方は、私やシグナムが何とかするから。それにティアナとスバルも頑
張ってくれてるし、後――」
「フェイトちゃん」
 話題が途切れないようにと口を開き続けていたフェイトに、なのはが小さく、
だがハッキリと話しかけてきた。
「……なに? なのは」
 やや緊張した面持ちで、フェイトが言葉を返す。自分でも情けないことに、
今のフェイトは親友に対してどんなことを言えばいいのか、それがわからなか
った。ここに来る間も考えていたのだが、結局は現況を伝えるという無難な話
しかできなかった。
 しかし、なのははフェイトが思っていたことと、まるで違う話をし始めた。

「私は、フェイトちゃんを親友だと思ってる」

 何を今更、そんなことは確認するまでもないことだ。出会ってから十年、時
に意見の食い違いや、喧嘩をすることがあっても、私となのはは親友であり、
これからもずっとそうだ。
 フェイトが困惑した表情を向けると、なのははゆっくりとベッドから起きが
ある。止めようと思って、フェイトはそれを止められなかった。
「高町なのはっていう女の子を、私以上に知っているのはフェイトちゃんとも
う一人だけ。だから、私はフェイトちゃんには話そうと思う」
 なのはの表情、そして口調にも暗い影があった。明るさや快活さ、天真爛漫
とはいかないまでも、常に周囲へ笑顔を振りまいていた頃の彼女は、そこには
いない。
「……なのは、ヴィヴィオとのことは、私も判っているつもり。だけど、あな
たがあの子に負けたことは」
 フェイトやはやてでさえ互角に戦うのがやっとという実力に、エースとして
の自負、なのはにだってそれぐらいはあっただろう。それがヴィヴィオに、娘
のように愛したであろう少女に打ち砕かれたのだ。魔導師として、戦士として
のショックは計り知れないだろう。
 そんな、なのはの気持ちを酌んでやったつもりのフェイトだったが、なのは
は親友の言葉に首を横に振った。
「違う、そうじゃないの……そうじゃないんだ」
 ベッドの中から、自分の右手を出して見つめるなのは。美しいと言うほど白
くもないが、汚れのない綺麗な掌だ。
 少なくとも、一滴の血も付いてなどはいない。
「私はあの時、ゆりかごの玉座に座るヴィヴィオと再会して、戦った」
 そして、完膚無きまでに叩きのめされ、敗北した。
 圧倒的な聖王の力に勝てなかったのか、それともやはり娘のように愛した少
女に攻撃できなかったのか、なのはは今までその辺りの事情、所謂敗因につい
ては話そうとしなかった。
「本当のことを言うとね、私が全力全開、全てを出し切っていれば、多分ヴィ
ヴィオに勝つことは出来たと思う」
 言葉に、フェイトはそれほど驚きはしなかった。なのはを破った直後のヴィ
ヴィオ、フェイトは実際に聖王となった彼女を見たわけではないが、ほぼ無傷
といっていい状態だったという話は聞いた。前述の通り、なのはは自分やはや
てをも上回る無敵のエースだ。それが、敵に傷の一つも負わすことなく、一方
的に負けるなど、あり得るのだろうか?
 状況から、なのははヴィヴィオに対して、攻撃をしたくても出来なかったと
思うのが自然だろう。
「なのは、あなたがヴィヴィオに攻撃を出来なかった……攻撃をしたくなかっ
たという気持ちは当然のことだよ。一時的に敵になってしまったとはいえ、あ
んなにあなたを慕ってくれていた子だもの。そんなヴィヴィオに為す術がなか
ったからと言って、あなたを責める人はいないし、責める人は私が」

「フェイトちゃんっ!」

 許さない、そういおうとしてフェイトは言えなかった。なのはの叫び声が、
フェイトの声をかき消した。
「違う、違うんだよ……そうじゃ、ないの」
 なのはは震えていた、怯えが隠せず、隠そうとせず、何かに恐怖するかのよ
うに震え上がっていた。
「フェイトちゃん、私は、私は」
 なのはが、フェイトに向かって顔を向けた。

「私は、自分が怖い」

 思わず、フェイトは面食らったように言葉を詰まらせた。ヴィヴィオが怖い、
と言うならまだ判る。自分を徹底的に痛めつけた少女に、今後どう付き合って
いけばいいのか、それがわからないというのなら、可哀想だが仕方のないこと
だろう。だが、自分が怖いというのは……
「あの時、私は確かにヴィヴィオと戦った。はじめはあの子を止めるため、助
けるために、私は全力で戦ったの」
 フェイトが驚きの表情を見せるなか、なのはは言葉を続ける。そう、なのは
はヴィヴィオと戦った。聖王となって最強の存在と化した彼女と、激闘を繰り
広げたのだ。
「でも、私は戦いを続ける中で、あることを考える自分に気付いてしまった」
 なのはが、顔を伏せた。
「あること……?」
 言葉を、決定的な告白をするのに、なのはは僅かな躊躇いを見せていた。け
れど、親友であるフェイトに、フェイトだからこそ、彼女は話さなければいけ
ないと思った。

「どうすれば目の前にいる敵を倒し、殺すことが出来るんだろう――?」

 なのはは、ヴィヴィオと戦いを続ける中で、いつしかそのように考えていた
という。
「笑っちゃうよね、娘のように思っていたあの子を、あの子から母親のように
慕われていた私は、殺そうとしたんだよ? ヴィヴィオと戦って、私はいつの
間にか、どうすれば聖王という敵を倒せるのか、それだけを考えてた」
 それに気がついたとき、なのはは戦うことが出来なくなった。
「ヴィヴィオを倒そうと、殺そうとしている自分に気付いたとき、私は何も出
来なくなった。私は怖かった、ヴィヴィオを倒そうとする自分じゃなくて、ヴ
ィヴィオを倒すことに一瞬でも疑問を感じなかった自分が、怖かった!」

――何よりも悲しかったのは、だんだんと何も感じなくなってくる……自分の心

 いつか、ゼロがなのはに言った言葉である。正確には彼の友だった男の言葉
であるが、今のなのはにはその言葉の意味が、悲しさの裏に隠れた怖さが、し
っかりと判るのだ。
 お前もいつかこうなる、ゼロはそのように名言こそしなかったが、なのはが
ヴィヴィオと戦い、彼女を倒すこと、殺すことに何も感じなかったのは事実だ。
寸前でそれに気付き、思いとどまることが出来たのは、心の奥底でこの時の言
葉が引っかかっていたからだろう。
「私は自分が怖かった。魔導師として、戦士として、九歳の頃からずっと戦い
続けてきて……私はこのままだと、自分の大事なもの、自分が大切にしたいと
思っているものまで、壊しちゃう」
 現に、ヴィヴィオと戦っていたときのなのはは、彼女を愛した母親ではなく、
聖王を倒すことだけを考えていた戦士であった。
「もう、無理だよ、私はきっと、戦士としてしか生きられないんだよ……」
 なのはは震え、そして泣いていた。とっくに、彼女の心は壊れていたのだ。
フェイトやはやてのように明確に守るものもなく、常に疑問を抱えながら戦っ
てきた高町なのは、エース・オブ・エースと呼ばれ、比類ない実力者となった
にも関わらず、その心は、以前に比べて弱くなっていた。
「なのは……」
 フェイトは悲痛な表情を浮かべていた。何といえばいいのか、彼女は自分に、
戦士としての高町なのはに強い恐れを抱いている。戦士としての誇りや矜恃で
ごまかしてきた心の荒廃が、ここに来て露わになった。自分自身では、手の付
けられようがなくなった状態で。
「ヴィヴィオは、なのはに会いたがってる」
 敢えて、フェイトはその名を口にした。なのはと共にフェイトが救出した彼
女は、聖王病院とは違う施設で、現在隔離状態にある。元々目立った外傷があ
ったわけでもなく、入院の必要はなかったのだ。
「私に、そんな資格はないよ……母親どころか、あの子に会う資格だって、私
には初めからなかったんだよ」
 完全に気落ちしている親友を、この際フェイトは慰めなかった。何を言って
も効果はなさそうだし、何か言えば解決する問題でもないのだ。
「なのはに資格があるかどうかじゃなくて、ヴィヴィオが会いたいかどうか、
子供が親に会いたいと思うのは、当然のことだよ」
「だけど……私はあの子の本当の親じゃ」
「ヴィヴィオは今、とても微妙な立場にある」
 曖昧な表現に、なのはが顔を顰める。もちろん、フェイトは順序立てて説明
するつもりだった。
「管理局と聖王教会は、ヴィヴィオの扱いに、処分に困ってる」
 つまり、こういうことである。
 聖王のゆりかごを起動する為に作られた器である、鍵の聖王ヴィヴィオ、盗
まれたとはいえ聖王の遺伝子によって生み出された彼女は、紛れもない聖王の
一族として数えられるべき存在だった。聖王とは聖王教会にとって、本来信仰
の対象であり、絶対の忠誠を誓うべき忠義の相手だ。敬い、誇り、崇め奉る。
幼いながらも、ヴィヴィオはそうされるだけの理由と資格があるのだ。
 だがそれに困惑したのは現在聖王教会を取り仕切る宗教権力者たちである。
教皇や枢機卿、大司教といった彼らは地位と権力を盾に教会内を牛耳ってきた
のだが、聖王が復活したとなれば話は別だ。信者たちから彼らに向けられる恩
恵と崇拝の念も、今後は聖王ヴィヴィオに向けられることとなるだろう。そう
なっては困るのだ。
 ならば幼い聖王を傀儡とし、操っていけばいいのではないか? あざとさは
残るが、ヴィヴィオが幼い、幼すぎるのは事実であるし、養育の必要は十分に
ある。けれど教義の上で言えば聖王は絶対的な存在であり、養育すること自体
が恐れ多い発想で、しかも信者から見れば一部高位聖職者が聖王という存在を
独占していると感じるだろう。下手をすれば、信者レベルにおける対立へと発
展しかねない。
 では、いっそのこと処分してはどうか? 教会の立場からは聖王ヴィヴィオ
に手出しすることは出来ないが、管理局であればまた話は違ってくる。スカリ
エッティによって望まぬ生を受けたとはいえ、ミッドチルダ首都クラナガンを
壊滅させた聖王のゆりかごであり、それを起動させ、玉座へと君臨していたの
はヴィヴィオに他ならない。大半はスカリエッティの罪であるが、ヴィヴィオ
だって大罪ではあるはずだ。

 こんな主張に対し、管理局は対応を鈍らせた。一側面から見れば、確かにヴ
ィヴィオは罪を犯している。しかし、自らの望んで作られたわけでもなく、自
らの意思で考え、行動することすら許されなかった五歳の少女を、果たして罪
に問えるのか? それは、ヴィヴィオの存在その物を否定するのではないか?
 かつてのフェイトや、はやてがそうだったように、管理局はそうした複雑な
事情、特に生命倫理に関する問題には慎重だった。多次元世界を管理する彼ら
であるから、生きるために様々な行いをする種族を数多く知っている。それが
自分たちの倫理観とずれているからと言って、強制する権利などはありはしな
いのだ。少なくとも、それが管理局の掲げる表面上の考えだ。
「管理局は作られて使用されただけの存在であるヴィヴィオを、処分も処断も
出来ないでいる。このままだと、扱いに困った管理局と教会が、秘密裏に謀殺
……暗殺することも考えられる」
「そんな、そんなの酷い!」
 声を上げるなのはだが、可能性とはいえこれは決して低くない話だ。ヴィヴ
ィオなどという存在は初めから居らず、聖王は復活などしていない。管理局も
教会も、事件の根幹に関わる部分は隠したがっている。そんな権力者たちの手
によってヴィヴィオが消されても、現状全く不思議がないのだ。
「だから、なのははヴィヴィオを引き取って、あの子を守ってあげて! 私と
はやて、それに騎士カリムも協力するから!」
 出なければ、ヴィヴィオは遠からずその姿をこの世から消すだろう。
「でも、だけど……私は」
 迷いは、やはりあった。ヴィヴィオのことを好きだという気持ち、愛すると
いう気持ちは確かにある。けれど、なのははそんな自分の気持ちを信じること
が出来ないでいるのだ。ヴィヴィオが自分を倒したことなど、全く気にはして
いない。彼女が倒さなければ、自分がそうしていたのだから。
「ごめん、少しだけ考えさせて」
 なのははポツリと呟くと、布団を被ってベッドに潜り込んだ。


「僕は彼女の弱さを知っていた……彼女の悩みも、辛さも、みんなみんな、僕
は知っていた」
 聖王病院の屋上で、二人の男が話している。一人は、時空管理局無限書庫
史書長、ユーノ・スクライア。もう一人は、異世界の戦士にして聖王ヴィヴィオと
聖王のゆりかごを倒した、ゼロである。
「フェイトと僕は、恐らくなのはの心の奥深くに触れることが出来る、彼女が
触れることを許した、数少ない存在だ。僕はある意味でフェイト以上になのは
のことを知っていたけど、それだけだった」
 何をするわけでもなければ、何をしてやったわけでもない。
「僕はなのはの弱さを知っていながら、それに触れようとしなかった。全てを
知る身でありながら僕は責任を放棄した……それはきっと、僕がなのはの強い
部分に、戦士としての強さに強く惹かれ、憧れを抱いていたからなんだ」
 身勝手な、身勝手すぎる話だ。ユーノはなのはの弱さを知りながら、それを
意図的に無視してきた。何故ならユーノは、彼女の強さが好きだったから。十
年前、彼を助け、共に戦ってきた彼女の、輝くような笑顔と、凛々しさ溢れる
魔導師としての姿に、惚れ込んでいたのだから。
「こうなんるじゃないかと、思ってはいたんだ。なのはは自分の内面、悩みと
言ったものを弱さとして捉えている。そして、彼女は他者に弱さをさらけ出す
のを良しとしない人だ。恥じているからではなく、心配を掛けたくないという
気持ちから」
 それすらも理解していたのに、ユーノはなのはに手を差し伸べなかった。な
のはは何も言わない、敢えて触れようとしないユーノに感謝はしていたが、そ
れでも心の奥底では、弱い自分をさらけ出したくて、ユーノに受け止めて貰い
たいと、思っていたのではないか?
「どちらにしろ、僕は最低な男だよ」
 ユーノもまたなのはの見舞いに来ていたのだが、病室の前で佇み、中に入る
とが出来なかった。
「判っているなら、変えていけばいい。今までは取り戻せなくても、これから
があるだろう」
 優男の独白を聴きながら、ゼロは呟いた。二人が会うのは初めてではないが、
こうやって会話をしたのは初めてだ。
 何故ユーノがゼロにこのような話をしているのか、その理由は当人たちですら
判らなかったが、誰かに聞いて貰いたかったのだろう。
「君は意外と、愉快な人だね。なるほど、これからか」
 遠い目をしながら、病院周辺の景色に目をやるユーノ。
 そうして会話もなく二人が佇んでいると、屋上の扉が開いて、フェイトが現
れた。
「ゼロ! と、それにユーノも」
 次いでのように言われたが、そもそもフェイトはユーノが来ていたことすら
知らなかった。
「やぁ、フェイト。なのはとの話は終わったのかい?」
 職業柄、ユーノの耳にも様々な情報が入ってくる。フェイトが今日ここに来
た理由も、ただの見舞いというわけではないことぐらい判るのだ。
「……ユーノ、折角来たんだから、なのはと会ってあげて」
 フェイトにとっても、ユーノは幼馴染みだ。なのはほどではないが長い付き
合いであり、彼となのはの関係についても、人より熟知しているつもりだ。言
葉に顔を背けるユーノに、フェイトは言葉を繋いでいく。
「今のなのはが必要としているのは、私じゃなくてユーノだよ。口には出さな
いけど、あなたに話を聞いて貰いたいって、なのはは思ってる」
「けど、僕は……」
「二人とも、もう少し自分に素直になるべきじゃない? お互いの気持ちを理
解し合ってるのに、本人たちが気付かないフリして隠し続けてるなんて」
 ユーノが驚いたようにフェイトを見た。
「参ったな、僕たちの心は見透かされていたのか」
「私だけだよ、私も二人の幼馴染みなんだから」
 そうか、とユーノは苦笑すると、片手を上げて屋上を後にした。

 後日の話になるが、結局なのははフェイトの言葉を受けてヴィヴィオを引き
取ることになる。見舞いから二週間後、主治医であるシャマルの猛反対を押し
切って退院したなのはは、幼馴染みであるユーノ・スクライアが住む官舎で二
週間生活し、その間はユーノ以外、誰にも会おうとしなかった。
 やがて、はやてやカリム、クロノなどの手引きによって救い出され、三度の
再会を果たしたヴィヴィオを連れ、なのはは第97管理外世界地球、彼女の故郷
であり、実家のある街へと帰っていったという。
 仮にも聖王を管理外世界に送る件に関しては、色々な問題があったのだが、
「聖王陛下が生きたままミッドチルダに残れば、これを奪取しようとする不逞
の輩が必ず現れます。ならば、そういった連中が手の出せない場所に行ってい
ただくのが、一番良いと思われますが」
 騎士カリムの言は、高位聖職者たちに一応の納得をさせることに成功した。
元々聖王を、五歳の幼女を害することに抵抗を憶えないわけでもなかったし、
要するに彼らの不利益にさえならなければ、それで良いのだ。

 ヴィヴィオを連れ故郷の街へと帰ったなのはは、実家の手伝いをしながらま
ず平凡と呼べるだけの、平和な日々を過ごしている。彼女が今後魔導師を続け
ていくのかどうか、それはフェイトにも判らないことだが、下した決断を、暖
かく受け入れてやろうではないか。
 フェイト・T・ハラオウンは、高町なのはの、親友なのだから。



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最終更新:2008年10月27日 00:10