「やれやれ、理知的だと思っていたが、あんなにも取り乱すとはね。長い付き合いだが、
付き合いだけ長ければ良いわけでもないらしい。」
 倒れたウーノの姿を見ていたのは、ほんの数秒だった。スカリエッティは、未だにバイ
ンドで拘束されたままのゼロに視線を向けた。
「いや、すまなかったね、ゼロ。君を置いてけぼりに、下らない醜態を見せてしまって」
 ゼロは目の前で繰り広げられた異様な光景に無言を貫いていた。正確に言うと、何と言
って良いのか判らなかったのである。
「お前という奴は……どこまで!」
 しかし、必死でスカリエッティに縋り付こうとしたウーノの一途さに、敵とはいえゼロ
は思うところがあったらしい。腐りきった性根をしているスカリエッティに対し、ゼロは
完全な殺意を抱いたようだ。
「怖いねぇ、あれだけ戦ったのに、眼光がギラギラと鋭さを増していく」
 結局のところ、スカリエッティはゼロという存在の大きさを読み違えたのだ。彼はゼロ
を自分の計算式に組み込み、壮大なる計画の中で動かそうとしていたが、それが結果とし
て全ての破綻と崩壊を招いた。明らかにスカリエッティの失敗であり失態なのだが、不思
議と彼は後悔も反省もしていないようだった。
「さてと、それじゃあ私はそろそろ失礼するよ」
 ドゥーエに身体を支えられながら、スカリエッティはゼロに向かって言葉を放つ。
「逃げるのか、負けを認めて」
「あぁ、今回の計画はこれで終わりのようだからね。成功はしなったが、まるきり失敗と
いうわけでもない……この辺りが潮時だろう」
 逃げるという言葉をあえて否定せず、自分の負けを素直に認めるあたり、スカリエッテ
ィも短絡ではないらしい。ゆりかごや玉座の聖王に関しても、特に執着心はないようだ。
「ドクター、聖王の器はどうしますか?」
 ヴィヴィオのほうに目をやりながら、ドゥーエが尋ねる。
「いや、あれはもういい。もういらない。聖王も、それにゆりかごも、私の思い描いてい
たものとは微妙に違った」
 興味を無くしたと言うより、飽きたのか、スカリエッティはヴィヴィオには顔を向けず、
ゼロだけを見ていた。
「ゼロ、君のおかげで面白いゲームになったよ。私を倒し、聖王を倒し、君は間違いなく
英雄となった。けれども、ゲームクリアにはまだ早い」
 魔王倒せばそれで終わりではない、まだエンディングが残っている。
「精々、聖王のゆりかごから無事に脱出してくれ。二度と会うこともないだろうが、また
ゲームをやるときは君にも参加してほしい……君は迷惑だろうがね」
 笑いながら、スカリエッティは宙を見上げた。片腕を失い、無様にも惨敗した天才科学
者は、最後まで凶悪な笑みを浮かべて、こう呟いた。

「あぁ――楽しかった」

 ジェイル・スカリエッティは、呟きと共にゼロの前から姿を消した。



 ゼロは力尽き、倒れようとしていた。
 敵を逃がし、追撃しなければいけないと判ってはいるのに、身体が言うことを聞かない。
バインドで拘束されていると言っても、普段のゼロならそれを破ってでもスカリエッティを
倒しただろう。相次ぐ激戦が、限界を超えた体力と疲労が、ゼロを叩き潰そうとしていた。
「オレも、ここまでか……」
 重くなった瞼を閉じられ、ゼロの身体が地面へと倒れ込む。もう、支える力すら残っては
いなかった。スカリエッティという敵が居なくなったことで、緊張の糸が切れたとでも言う
のか?
 身体が崩れ落ちる、幾度もの戦いを制し、遂に倒れることの無かったゼロが、ついに――

「まだ、終わってない。あなたは、こんなところで終わらない」

 声は、流れるようにゼロの身体に響いてきた。金色の光りが、倒れようとするゼロの身体
を、抱き支えた。
「フェイト、か」
 自分を助けた魔導師の名を、ゼロは呟いた。
「遅れてゴメン、大丈夫……じゃなさそうだね」
 フェイトはゼロのバインドを解除する。拘束されていた身体が軽くなり、何とか自分の足
で体勢を立て直すことが出来た。
「そっちこそ、大丈夫か?」
 ゼロは軽装備となったフェイトの身体を見ながら、全身が傷だらけであることに気付いた。
彼女もまた、壮絶な戦闘を行ってきたのだろう。
「ゼロに比べたら、これぐらい平気……スカリエッティは?」
「逃がしてしまった、ナンバーズの2番が助けに来た」
「そう……でも安心して、外には仲間が大勢居るし、ゆりかごから出てもすぐに捕まるはず」
 言って、フェイトは自身の言葉が嘘になるだろうと思っていた。ゼロも予想はしていたが、
スカリエッティは見事逃げおおせるだろう。根拠はないが、何故か二人ともそんな確信が持
てるのだ。
「あれ―――なのはっ!?」
 地面に倒れる親友の姿を発見したフェイトは、慌ててなのはの側に駆け寄った。近くに転
がっていたアギトのバインドを解除してやりながら、親友の惨状を目の当たりにする。
「これは、この怪我は」
 なのはは生きていたが、虫の息といっていい状態だった。
「血は止められたんだけど、傷口が全然塞がらなくて……」
 アギトも頑張りはしたが、彼女が使える回復魔法では何とか死なせないようにするのが精
一杯だった。
「早く医者に診せるべきだな、その状態は危険だ」
 ヴィヴィオを抱きかかえながら、ゼロが歩いてきた。歩けるぐらいの体力は、回復したの
だろうか。フェイトは頷き、なのはを抱えてあげた。親友の身体は異様なほど軽く、暖かみ
に欠けた。
「すぐに脱出を――」
 フェイトが言い終える直前、ゆりかご内にけたたましい警報音が響き渡った。
 突然のこと、ゼロとフェイト、アギトの動きが固まった。
「な、なに!?」
 驚きに顔を上げる中、警報と共に響き渡る声がある。

『聖王陛下の反応消失、最終防衛ライン聖王を突破されました。これよりゆりかごは自動防
衛モードに切り替わります』

 電子音が、船内中に流れていく。
「自動防衛モード?」
 呟くと同時に、フェイトの身体に違和感が生じた。魔力リンクが、切れている。いや、強
制的に切られたのだ。
「バルディッシュ!」
 呼びかけるも、黒色の戦斧は反応をしない。デバイスまで封じ込まれてしまった。

『船内の全魔力リンクを強制解除、自動修復開始。これよりゆりかごは、安全空域までの退
避行動に入ります』

 聖王のゆりかごの最終システム、玉座の聖王が破壊された場合、それを放棄しゆりかご本
体を守ることのみを考える、防衛システム。
「ゆりかごが、上昇している……」
 どうやら、メインシステムはゆりかごを二つの月の魔力圏内に退避させるつもりのようだ。
確かに、それが一番確実に船を守る方法ではあるが。
 ここで聖王のゆりかごを放置すれば、大変なことになる。しかし、魔力を封じられた今の
フェイトに、これを食い止めることは出来ない。
 一度脱出し、船外からの攻撃を試みるしか――

「フェイト」

 黙って電子音を聞いていたゼロが、フェイトに顔を向けた。そして、彼女に近づき、抱き
かかえているヴィヴィオを差し出す。

「ヴィヴィオとそいつを連れて、お前は逃げろ」
 えっ――? 
 フェイトは、ゼロが何を言っているのか判らなかった。逃げるのは当たり前だ、早く脱出
しなければ、なのはの命に関わる。
 けど、今の言い方じゃ、まるで……
「ゼロ、もちろんあなたも一緒に」
 自分を安心させようと、ゼロに否定して貰いたくて、フェイトは問いかけを行おうとした。
 しかし、ゼロはフェイトの問いかけに対し、首を横に振った。

「オレは、このままゆりかごの駆動炉を破壊しに行く」

 衝撃が、フェイトの背筋を凍り付かせた。思わずなのはを取り落としそうになったほどで
ある。
「そんなの……そんなの無茶だ、出来るわけ無い」
 叫び声を、フェイトは上げた。僅かな怒りすら含まれる叫びと共に、フェイトはゼロに詰
め寄った。
「ボロボロの身体で、もう立ってるのだって辛いはずだ!」
 一緒に脱出しよう、お願いだから、一緒に来て欲しい。
 フェイトの必死さに、ゼロは肯定を持って答えることはなかった。彼は、フェイトの肩に
手を置いた。まるで力の籠もらない、掌を。
「次元航行艦隊が間に合わなくても、機関部の駆動炉さえ破壊すれば、ゆりかごの活動は停
止する。停止しなくても、これ以上の上昇は阻止できるはずだ」
 理屈である。確証なんて無い、ただの理屈。
「オレは魔導師じゃない。魔力リンクとやらが解除されても、自由に活動できる。可能性が
あるなら、それに賭けるしかない」
「でも、例えそれが出来ても! あなたはどうやって脱出するの!?」
 どうしてそこまで出来る、何でそんなことが出来る。何の関係もない、異世界のこと、ス
カリエッティも倒して、戦いも終わったはずだ。後は、一緒に脱出して六課に、仲間の元へ
帰るだけなのに。
「あ、あたしは一緒に行くぞ! いいだろ?」
 アギトも叫ぶが、ゼロはいささか乱暴に彼女をつかむと、フェイトに向かって投げた。
「ダメだ、お前もフェイトと一緒に行け。お前には、まだ他にやることがあるだろう」
 言われて、アギトの脳裏にルーテシアの顔が思い浮かんだ。確かに、自分はもう一度あの
少女と会わなければいけない。
「ゼロ、お願い……私と一緒に、脱出して!」
 震える声で、フェイトが言葉を紡ぎ出した。
 しかし、ゼロは彼女の肩に置いた掌を、そっと離した。目を見開くフェイトの前で、ゼロ
は彼女にヴィヴィオを託し、背を向けた。
「早く行け、自動修復システムが外壁を修理すれば、脱出できなくなるぞ」
 既に歩き始めているゼロの背中に、フェイトは何かを叫びたかった。しかし、言葉が出て
こない。
「待って……お願いだから、行かないで」
 フェイトは、ゼロが死を覚悟していると思った。ここで別れたら、もう一生会えないよう
な、そんな恐怖が彼女の身体を支配した。
 ゼロはフェイトの声に、足を止めた。懇願を聞いたわけではない、わけではないが、彼は
彼女に背を向けたまま、呟いた。

「フェイト……オレを、信じろ!」

 一言、叫ぶと共にゼロは駆け出した。


「聖王のゆりかごの活動が活性化しています!」
 アースラにおいて戦力の再編を行っていたはやては、シャーリーからの報告に顔色を変え
た。変えたと言っても、彼女もまた気力だけで意識を保っているようなものであり、既に指
揮座から起ち上がることが出来なくなっていた。
「突入要員との連絡は?」
 なのはやフェイトが、あの中にはいるのだ。
「船内の魔力リンクが切られて、高濃度AMFが発生しています。とても連絡が出来る状態じゃ
……ま、待って下さい!」
 ゆりかごから、反応があった。正確にいうと、ゆりかごから強い魔力反応が飛び出して
きたのだ。塞がりつつある外壁の穴から、魔導師と思わしき魔力が感知された。
「フェイトさんです、フェイトさんと……微弱ですが、なのはさんの魔力も感知!」
 続けて、フェイトからの入電。なのはの負傷が著しく、緊急を要するという。はやては
無理矢理、身体の代わりに声を上げて指示を飛ばした。
「近くを飛行するヘリに救助に回せ! それで、脱出したのは二人だけか?」
「いえ、ヴィヴィオちゃんとかも一緒みたいです」
 アギトなどの名前が判らなかったのでヴィヴィオと一緒くたに説明したシャーリーだが、
逆に言えばヴィヴィオ以外に名前の判る存在がもう居なかったからである。
「……ゼロは?」
 はやての口からその名が出たことに、シャーリーは意外さを憶えないでもなかった。し
かも、顔色が悪いせいもあるだろうが、心なしか心配そうに見えるのは、彼女の気のせい
か?
「脱出の確認は、まだ出来ていません」
 報告に、はやては一瞬だけ目を閉じた。不安そうにリインが見つめる中、アースラの艦
橋に長距離通信が入った。
 次元航行艦隊、総旗艦クラウディアからだ。
『はやて、我が艦隊は既に戦力の再編を済ませ出撃をしている』
「数と、到着までの時間は?」
『戦闘艦艇十五隻に、工作艦三隻、補給艦二隻だ。45分以内にゆりかごを射程圏内に捉え
る』
 さすが、次元航行艦隊の若き提督。短時間で必要とされる数の戦力を再編し、出撃にま
でこぎつけた手腕は見事なものだった。
 しかし、はやては無条件でそれを褒めるわけにもいかなかった。
「45分じゃ……間に合わない」
 あと30分もあれば、ゆりかごは衛星軌道上へ到達する。船内を修復しながら、ゆりかご
は上昇することだけにエネルギーを回しているといっても良い。二つの月の魔力圏内に入
れば、クロノの艦隊など蹴散らされるだけだ。

「ゼロ、お前はまだ、あそこにいるのか――?」

 ならば、切り札は、頼みの綱は彼しかいない。

「アースラ及び全地上部隊は、ゆりかごに一斉攻撃を開始! ゆりかごを絶対に止めろ!」

 はやては起ち上がり、指揮官として最後の指示を飛ばした。



 船内を、ゼロは走っていた。彼の持つ端末には、当然の如く駆動炉までの地図もインプ
ットされている。ガジェットによる妨害という懸念もあったが、ゼロやフェイト、なのは
によってほとんど駆逐されたのか、船内には残骸しか残っていなかった。
「オレは英雄なんかじゃない……オレは悩んだことがないし、あいつやフェイトみたいに、
きっと泣いたこともない」
 駆動炉に向けてひたすら駆け続けるゼロ、古い記憶が少しだけ目覚めたのだろうか。元
いた世界でも、この世界でも、自分は英雄視されている。
 しかし、英雄はなるものじゃないし、なろうと思う物でもないはずだ。

「これまでも、そしてこれからも、オレは自分の生き方を変えないし、変えることは出来
ない」

 アイツが、出来なかったように。

 やがて、ゼロの瞳に駆動炉がある機関部の扉が見えてきた。ゼロは減速せず、ゼットセ
イバーを引き抜きこれを斬り裂いた。薄暗い室内に入り、駆動炉らしきものを探そうとす
る。

「――――――――!」

 そんなゼロを、幾つもの赤い光点が照らし出した。

「やはり、こうなるか」
 半ば予想は出来ていたのか、ゼロは目の前に広がるガジェットの……もはや部隊ではな
く大軍と称するべき軍団を見回した。
 四つ足の、今まで見たこともない形である。
「それが、どうした」
 ギチギチ、ガチャガチャと、ガジェットたちが近づいてくる。足を踏みならし、ゼロを
敵と判断、いや、断定したのだ。数え切れないほど室内を埋め尽くすがジェットを前に、
ゼロのゼットセイバーを持つ手に力が籠もる。
「もしオレがこの世界に来た理由が、この争乱を止める為だったのだとすれば、いいだろ
う、最後まで責任を持とう」
 軍団の中から一機、ゼロに攻撃を仕掛けんと迫ってきた。しかしゼロは、その場から動
こうとしなかった。

「オレは悩まない――」

 ガジェットが、一瞬で残骸と化した。何が起こったのか、単純な思考回路しかないガジ
ェットには、理解できなかっただろう。

「目の前に敵が現れたなら…叩き斬る…までだ!」

 ゼロはゼットセイバーを構えながら、ガジェット軍団に向かって突撃した。あるはずの
ない力を振り絞った、ゼロの最後の戦闘が、始まった。



「離して、私を行かせて!」
 その頃、ゆりかごの外では脱出したフェイトが輸送ヘリに救助されていた。
「無茶です、ゆりかご内では魔法が使えないんですよ!?」
 なのはやヴィヴィオを任せ、ゆりかごに引き返そうとするフェイトを、スバルとティア
ナが必死に止めていた。偶然にも彼女らが乗り合わせたヘリに救助されたのだが、二人が
居なければフェイトは有言実行をしただろう。
「でも、あそこにはゼロが、ゼロがまだ戦ってる!」
 地上部隊は残された全ての力をゆりかごに叩き込んでいるが、ゆりかごの上昇は止まら
なかった。次元航行艦隊も間に合わないとすれば、例えゼロが今はまだ無事でもゆりかご
内に閉じこめられ、やがては異物として排除されてしまう。だからこそ、フェイトは自身
が傷だらけにも関わらず、再出撃をしようと必死になっていた。
 けど、スバルとティアナはそんなフェイトを止めた。それは、既にそのような行動を実
行することが、不可能だと判っていたから。
「ゼロ……」
 フェイトは涙で赤くなった瞳を、ゆりかごに向けた。あそこいるのに、あそこで、私た
ちのために必死になって戦ってくれている人がいるのに、私は、助けることも出来ないの
か。

「ゼロ――――――――――ッ!」

 フェイトの叫びが、クラナガンの上空に響いた。魔導師でも戦士でもない、一人の少女
の悲痛な叫びだった。



 赤き閃光が、輝いている。
 ガジェット軍団の中を駆けながら、一機、また一機と斬り裂いては、ひたすらに前へと
突き進む。
「ダァッ!!」
 既に百機以上は斬ったのか、それともまだ十機も斬っていないのか? それすらゼロは
判らなくなっていた。目の前にいる敵を、向かい来る、迫り来る敵を斬り飛ばして、彼は
道を作る。
 ガジェットの一軍が密集し、光線をゼロに浴びせかけた。ゼロは即座にシールドブーメ
ランを展開すると、その攻撃を何とか受けきった。
「これでっ!」
 ゼロはそのままシールドブーメランを投げ放ち、横薙ぎの一閃が幾つものガジェットを
まとめて斬り裂いた。しかし、いつもは回転しながら手元に戻ってくるはずのブーメラン
が、ガジェットたちの中へと消えていく。

 そんなゼロの背後、ガジェットの一機が彼の腹部を貫いた。

「ッ――!?」

 鋭利な刃物のような脚部が、鋭き牙のように突き刺さり、貫いている。目標は倒した、
そう判断したがジェットが一時攻撃を停止しようとするが……
「ウォォォォォォォォォオッ!!!」
 ゼロの叫び声が、ガジェットたちに轟き響いた。彼は背後のガジェットをゼットセイバ
ーで貫き返して破壊すると、腹部に刺さった足を引き抜き、投げ捨てた。
「さぁ、次はどいつだ……どいつがオレ倒し、殺してみせる?」
 その圧倒的な存在に、ガジェットたちが後ずさっていく。単純な思考回路しか持たない
はずの彼らが、本能的な恐怖を感じ取ったのだ。
 ゼロはゆっくりと、ガジェットたちの間を通ろうとする。だが、駆動炉を守るのはガジ
ェットだけじゃない。
「まだ、敵が」
 レリックを巨大化させたような結晶体が、ガジェットのそれよりも強い光線を放ちなが
らゼロに激突してきた。結晶体の集団こそ、駆動炉を守る本当の防衛システムなのだ。
「こんな、もので!」
 ゼットセイバーを叩き付けるが、結晶体はガジェットよりもはるかに硬く、ゼロの斬撃
は弾き飛ばされた。
 結晶体が複数、ゼロの身体に体当たりを死来た。そしてそのまま取り付き、強烈なエネ
ルギーを持ってゼロを破壊しようとする。
「くっ……!」
 恐らく、ゆりかごの艦砲射撃程度のパワーがあるのだろう。ゼロは身体がバラバラにな
りそうな痛みを感じながら、それでも前に向かって歩き出した。後少し、後少しなのだ。
更に攻撃を強める結晶体と、歩き出すゼロに道を空けるガジェット、それは何とも、奇妙
な光景だった。
 少なくとも、全ての戦闘の終結点としては、不思議な姿に思えた。

 そして、ゼロは、目的の場所へとたどり着いた。

「結晶体……これが、ゆりかごの駆動炉」
 自分に取り付く結晶体よりも更に巨大な、聖王のゆりかごのコアブロック。これを破壊
すれば、ゆりかごは終わる。
 ゼロの身体が、光り輝いていく。ヴィヴィオを倒したときと同じ、ジュエルシードの光
りである。
「ダブル――」
 両腕に光が集まり、ゼロに取り付いていた結集体が弾き飛ばされていく。
 ゼロは、この一撃に全てを賭けた。

「ダブルアースクラッシュ!!!」

 両腕に込められた破壊エネルギーが、結晶体へ、聖王のゆりかごへと叩き込まれた。コ
アが、悲鳴を上げた。歴代の聖王の動く玉座として、聖王の一族の誕生と死、その最期を
看取ったゆりかご今、

 崩れ去ろうとしていた。



「聖王のゆりかごが……」
 アースラの艦橋で、はやてが呆然とした声を出した。クラナガンの空を突破し、衛星軌
道へと上昇しつつあったゆりかごの動きが止まった。
「違う、止まったんやない」
 ゆりかごの船体に、外壁に、亀裂が走っていく。推進部が機能を維持できず、ゆりかごは
上昇ではなく降下を始めていた。
「崩れる、聖王のゆりかごが――崩壊する!」
 誰がやったのか、はやてには判っていた。判っていたからこそ、彼女は崩れ去るゆりか
ごの中から懸命にその姿を発見した。
 リインが、モニターの一つに向けて指を指した。
「はやてちゃんあそこです、あそこにゼロが!」

 通信を聞き終える前に、フェイトは飛び出していた。
 崩壊し、残骸として落下をするゆりかご、フェイトは必死で飛んだ。ゼロの、私たちを
救ってくれた戦士の元へ。
「お願い――間に合って!」
 フェイトの乗っていたヘリは、ゆりかごからの攻撃を回避するため距離を取っていた。
フェイトは持てる力を最大限に飛び続けたが、どうしたってゼロの落下速度の方が早かった。

 間に合わない! フェイトが思わず目を瞑った、その時だった。

 ゼロの身体を、光りが包み込んだ。
 ジュエルシードの光りではない、あれは、あの紫色の光りは……

「魔力光? でも、あの色って」
 ヘリに乗るティアナが、思わず傍らに立つスバルに目を向けた。スバルは、ゼロを包ん
だ光りを、呆然としながら眺めていた。そう、あの色と輝きを持つ魔力光は、一つしかない。
「ギン姉の、光りだ」
 光りは輝きを増し、ゼロの落下速度を減速させていった。


「オレは、生きているのか?」  
 ゼロは、光りに包まれていた。どこか暖かみのある、優しい紫色の光に。ゼロは、この
魔力の光を持つ魔導師を、知っていた。
「ギンガ、か?」
 薄れる意識で、ゼロは何とかその名を紡ぎ出した。


――助けて、欲しかった


 声は、直接ゼロの身体に響き渡った。
 ゼロは目を見開き、可能な限り辺りを見るが、そこにギンガの姿はなかった。

「オレにそんなことをいって、どうしようっていうんだ?」

 呟きに、ゼロは自然と目を閉じた。この時ゼロが果たしてどのような感情を抱いていた
のか、それは誰にも、本人すら判らない。

 ゼロは、後悔していたのかも知れなかった。

                                つづく


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最終更新:2008年10月26日 01:15