「これはもう、切るしかなさそうね」
 聖王のゆりかご内において、スカリエッティから全システムの制御と管理を任されてい
たのは、ナンバーズ4番クアットロである。
 最深部の制御室にてゆりかごの内外で起こる戦闘を見物していた彼女だが、スカリエッ
ティが敗北し、彼の切り札であった聖王ヴィヴィオまでもが倒された事態を前に、小さく
息を吐いた。眼鏡を外し、表情からは普段見せている笑みが消えていく。
「ドクターもこうなってはお終いね……格好悪い」
 情けない、と言わなかっただけまだマシだろうか。モニターに移る大広間を見ながら、
クアットロは思考を巡らせていた。
「抵抗を続けるだけの余力は、もう残ってない」
 防御機構をフル稼動し、船内の自動修復を開始すれば、ある程度までは回復するかも
知れない。しかし、聖王ヴィヴィオはゼロとの戦闘で駆動炉の力を使いすぎた。予備を
起動させるにも時間が掛かるし、その間に戦力を再編させた地上部隊が、ゆりかご内へ
と攻め込んでくるだろう。
 そうすれば、スカリエッティどころか自分もお終いだ。
「素直に認めるべきね。ドクターは、いえ、私たちは負けた」
 ゆりかごと並ぶ破壊兵器であった聖王が敗れた時点で、こちらの勝ちはなくなった。
スカリエッティの計算も計画も、策謀も陰謀も、彼と彼の切り札が倒された時点で無効
となったのだ。
 故に、クアットロは考えなければいけない。

 スカリエッティを助けるか、それとも見捨てるのかを。

「ここは最深部、脱出するだけでも時間が掛かるし、私が無事に逃げるには、大広間に
行っている暇はない」
 クアットロは、右手で自分の腹部に触れた。彼女の体内には、スカリエッティによっ
て植え付けられた種がある。一部ナンバーズのみに植え付けたとされる、スカリエッテ
ィのコピークローンの子種だ。
「そうよ、あそこにいるドクターが死んでも、私さえ生き残れれば、ドクターはすぐに
復活するんだから」
 スカリエッティが死ねば、クアットロの体内にあるクローン子種が反応し、活性化を
始める。一ヵ月もすれば、それまでのスカリエッティの記憶をコピーしたクローンが生
み出されるのだ。
 ならば今いるドクターに固執する理由など、どこにもない。
「安心してください、ドクター。生まれてくるあなたのクローンは、私が責任を持って
育てますから。今度こそ誰にも負けない、私の好みの天才にしてあげます……だから」
 今日の所は、このゆりかごと共に死んでください。
 クアットロは、自らの創造主たるスカリエッティの排除を、彼を切り捨てることを決
断した。スカリエッティ本人が散々やってきたことだ。彼に文句を言う権利などありは
しない。
「まずは私の脱出路以外の隔壁を閉鎖し、大広間には残る全てのがジェットを投入し、
自爆。これで空間ごと破壊する」
 そしてゆりかごの駆動炉を暴走させ、クラナガンに落とすなり、適当にやればいい。
いずれも自分の脱出した後の話だ。
「ドクターの夢は、私が引き継ぎます。私さえいれば、後は何も――」
 いらない、必要ない。そう呟きながら、クアットロは作戦を実行しようとコンソール
パネルに手を伸ばした。
 生みの親でさえ見捨てる冷酷さを醸し出す彼女に対し、

「あなたがドクターの夢を知っているなんて、初めて知ったわ」

 一つの声が、発せられた。



         第25話「赤き閃光の英雄」


 声に、クアットロは慌てて振り返った。背後に人がいるのに、気付くことさえ出来
なかった。
 クアットロ相手にこんなことが出来るのは、ただ一人だけ。
「ドゥーエ……お姉さま」
 狼狽したように、クアットロは相手の名前を呼んだ。
 ナンバーズ2番、ドゥーエ。偽りの仮面を身につけた、姿偽る諜報者。
「久しぶりね、クアットロ。再会までの帰還を考えれば、懐かしいと言ったほうが正
確かしら?」
 くすんだ金髪を靡かせながら、ドゥーエは妹に笑顔を見せた。そして一歩、妹に向
かって足を踏み出す。
 そんな姉に対して、クアットロは後ろに後ずさっていく。
「どうして、聖王のゆりかごに」
 スカリエッティからの命令で、ドゥーエは数年がかりの長期任務に就いていた。故
に彼女の存在を認識し、会ったことがあるのはナンバーズの中でも、チンクから上の
番号のみである。
 そんな彼女が何故ゆりかごに、しかも最深部である制御室にいるのか。
「この船、広いでしょう? だから、迷っちゃって」
 微笑みを崩さないドゥーエに、クアットロは完全に気圧されていた。
「それに、はじめにあなたに会いたかったのよ。私が唯一教育を担当した妹が、どの
ように育ち、成長しているのかを真っ先に見てみたくて」
 ドゥーエは、クアットロの教育係であった。姉に対し、妹は常に弱い立場にあり、
妹は姉に抗うことが出来ない。
「任務は、どうなさったんですか?」
「終わったわけじゃないけど、私はある一定の条件下では、自己の判断に基づき行動
することが許されているの。あなたは知らなかったでしょうけど」
 知らなかった。そもそも、今ここにドゥーエが現れるまで、クアットロは彼女の存
在を失念していた。
 何故戻ってきたのか、どんな目的があるのか。
「ドクターは、あそこにいるのね」
 モニターに映る大広間を見ながら、ドゥーエは呟いた。そして、すぐにクアットロ
へと背を向け歩き出そうとした。
「ま、待って下さい。助けに行くんですか!?」
 クアットロの声に、ドゥーエが足を止め、ゆっくりと振り返る。
 一つ一つの動作に、クアットロは圧倒されている気分になった。
「今から行っても、何の意味もありません! 私と一緒に逃げればいいじゃないです
か? ドクターなら今ここで死んでも、後で復活を――」
 妹の提案に対し、姉は別の問いかけを行うことで遮った。
「一つ、聞き忘れたけど……クアットロ、あなたは」
 瞬間、ドゥーエの声からそれまであった明るさが消えた。

「あなたはドクターの夢を、本当に知っているの?」

 問いに対する答えを、クアットロは持っていなかった。しかし、例え持っていたと
しても彼女にはそれを答えることは出来なかっただろう。

 ドゥーエのピアッシングネイルが、クアットロの胸を貫いていた。

 何が切欠だったのかはわからない。当たり前の話、クアットロは突然現れた姉の存
在に狼狽し、動揺こそしていたが、姉が自分に攻撃を行うとは思っていなかったし、
考えるわけがなかった。
 ドゥーエがクアットロを殺す理由など、あるわけがないのだから。
 クアットロの胸が、ドゥーエの中指のピアッシングネイルに貫かれた瞬間も、彼女
は歪んだ表情に笑みを浮かべていた。彼女の表情が驚愕へと変化したのは、言葉の代
わりに口から血塊が溢れだしたときだろう。
 どんなものにも恐怖という感情を見せたことがなかったクアットロが、呆然とした
表情で、口元を血で汚しながら、地面へと膝を突いた。自分を貫いた姉の行動が、彼
女には理解できなかった。
「クアットロ、私はあなたが大好きよ。顔と存在を知る、三人の妹の中では一番好き
だし、ただ一人の姉さんよりも好きだった。けどそれはあなたが」

 姉妹の中で、自分の次にドクターに似ていたから。

「あなたは私と違って、ドクターの面白い部分だけが似てしまったわね。その残忍さ
や冷酷さが小さければ、私はあなたを大好きなままで居られたのに」
 クアットロの性格はスカリエッティに似ていた。似ていたがために、彼女は最後の
最後に自分を優先させてしまった。
 創造主にして製作者であるスカリエッティではなく、自分の身を守ることを考え、
彼がナンバーズにしてきたように、スカリエッティを見捨てたのだ。
「あなたが内心で何を考えようが、それはあなたの勝手だし自由……だけど、ドクタ
ーを切り捨てるなんて論外、あり得ないことよ」
 軽い口調や軽薄な行動を取る裏で、常に策謀をという名の本音と本心を隠し持って
いたクアットロ。しかし、それは彼女の教育係であったドゥーエに、全て見透かされ
ていたのだ。
「私のドクターは、あなた程度の存在が仕掛ける策謀で消えていい人じゃないの。あ
なたは他人を観察する目には長けていたけど、他人があなたをどう見るか、その視線
を気にしなさ過ぎたようね」
 故に、ドゥーエはクアットロを処刑した。意味などない、ただの私的感情に過ぎな
い。ナンバーズ一の策謀家は、そうした類の感情に気付くことが出来なかったのだ。
事実、クアットロは死の瞬間まで、自分がどうしてドゥーエに殺されるのか、理解す
ることが出来なかったのだ。
「お姉…さま、私……たちの、楽園……」
 目に涙を浮かべて、クアットロはドゥーエを見上げた。姉妹の中で唯一敬愛し、尊
敬の念を抱く姉に対し、助けを求めた。しかし、彼女の消え失せてゆく視界が最後に
見たのは、自分よりも遥に冷酷な表情を浮かべる、姉の姿だった。

「やっぱり、知らなかったじゃない」

 人差し指のピアッシングネイルが、クアットロの額を突き破った。


「あっ―――?」
 その頃、死闘が行われていたゆりかご内の大広間では、聖王からその姿を元に幼女
へと戻したヴィヴィオが、小さな悲鳴を上げて床に倒れこんだ。
「大丈夫か!?」
 駆け寄るゼロだが、死んだわけではないようだ。力の使いすぎで、気を失ったのだ
ろう。
 だが、大丈夫かと問われるべきなのはヴィヴィオではなくゼロだ。少なくとも、ア
ギトはそう思った。回復呪文でなのはの出血を抑えていたアギトだが、それにも限界
が来ている。早く脱出し、しかるべきところで治療を受けさせないと、なのはは死ぬ。
 ゼロだってそうだ、ゆりかご内での度重なる戦闘に、スカリエッティ、聖王ヴィヴ
ィオと連続で戦い、身体の損傷と負傷は限界を超えている。立っていられるのが、不
思議なくらいだ。
「ゼロ、早く脱出を――!?」
 叫ぶアギトの目の前で、信じられない光景が目に入った。スカリエッティが、ヴィ
ヴィオに打ち倒されたはずの彼が、起ち上がっていたのだ。

 口元に、歪みきった凶悪な笑みを浮かべながら。

「まさか、聖王を倒してしまうとはね……いやはや、君は私の想像と理解を超えた存
在だったようだ」
 起ち上がりはしたが、ダメージが回復したわけでもないらしい。スカリエッティの
息は荒く、声も決して大きくはなかった。
「だが、どうして、無敵にして最強の聖王は負けたのだ。古代ベルカ王朝に君臨した
ベルカの英雄が、何故……」
 本当に、スカリエッティは理解できていないのだ。例えゼロであっても、聖王に勝
つことなど出来るわけがないと、ゼロが勝つという発想がスカリエッティには存在し
なかった。
「英雄とは、そんな単純なものじゃない」
 ゼロも絞り出すように声を発していたが、聖王をも怯ませた眼光は未だに衰えを見
せない。
 スカリエッティは、自身の頭を掻きむしった。
「わからない、わからない、わからない、わからない、わからない!」
 今すぐにでもゼロを押し倒し、その身体の隅々を調べ上げ、弄くり回したい衝動に
駆られるも、創造者から敗北者となったスカリエッティには不可能だった。
 そんなスカリエッティに対し、ゼロは静かにゼットセイバーの刃を向けた。
「気が変わった、やはりお前はここで倒す」
 根拠のない直感、戦士の勘、それがゼロにスカリエッティを倒せと、こいつをこれ
以上のさばらせるなと、告げている。
「殺すのかい、私を? 武器も持たない、無力な人間を」
 武器も失い、ただの人間と化したスカリエッティ。それでもゼロは、躊躇はしなかった。
 残させた力を、全身全霊の力を振り絞って、ゼロがスカリエッティに斬り掛かろう
とした、その時である。

「――――ッ!?」

 魔力によるバインドが、ゼロの身体を封じ込んだ。

「拘束、魔法」
 全身を強い力で締め付けられながら、ゼロはそれでも倒れまいとした。見れば、ア
ギトも同様にバインドに拘束され、地面へと落下している。
 スカリエッティはその光景を驚いたようにみていたが、すぐに何事が起こったのか、
明確に悟ったようだ。
「そうか……そういうことか」
 薄笑いをしながら、スカリエッティは大広間の入り口を見た。そこには、一人の女
が立っている。
「来てくれないかと思ったよ、ドゥーエ」
 声を掛けられた女は、スカリエッティによく似た種類の笑みを返しながら、大広間
へと入ってきた。
「そんなわけないじゃないですか? 私が唯一自己の判断で行動を行えるのは、ドク
ターの身に危険がおよびそうになった時だけなんですから」
 ナンバーズの戦闘スーツを着込み、女は余裕のある足取りでスカリエッティの元へ
歩き、その横に立った。
「紹介しよう、ゼロ。ナンバーズ2番、ドゥーエだ」
 現れたドゥーエに満足そうな表情を向けながら、スカリエッティはその存在を知ら
しめる。
「ナンバーズ2番、だと」
 セインも存在のみを知るだけの、最後のナンバーズ。それが今、ゼロの目の前に現
れている。何とかバインドを解こうと藻掻くが、激しく動けば体勢が崩れ、倒れてし
まうだろう。
「もう少し早く来るかとも思っていたが……ほぅ」
 スカリエッティは、ドゥーエのピアッシングネイルが血に塗れていることに気付い
た。乾ききっていない、まだ新しい血だ。
「寄り道をしていたのか……その様子だと、クアットロもダメだったのかい?」
 それが誰の血であるのか、スカリエッティは判ったようだ。
「えぇ、ダメでした。私の教育不足でしょうか?」
 妹を殺害してきた事実を、淡々と語るドゥーエ。スカリエッティがナンバーズを切
り捨てるときと同じように、感慨も感傷もない口調であった。
「いや、君のせいじゃない。クアットロも、所詮はその程度だったということさ」
 二人が会話をする最中、ウーノの意識が戻った。会話の内容は半分も聞こえなかっ
た彼女だが、ドゥーエが現れドクターの危機を救ったということだけは理解できた。
「よくやったわ、ドゥーエ……」
 ウーノは、久方ぶりにその姿を見せた妹に声を掛ける。ドゥーエが気付き、ただ一
人の姉へと顔を向けた。
「さぁ、早く私にも、手を貸して」
 意識が回復したといっても、聖王の力で吹っ飛ばされたのだ。身体全体が痛みを発
し、一人では起きあがることも、立ちあがることも出来なかった。
 助けを求め妹に手を差し出すウーノだが、ドゥーエは何ともつまらなそうな表情を
しながら、
「何を勘違いしているのかしら? ウーノは」
 長姉であるウーノを、鼻で笑い飛ばした。クアットロでさえ頭が上がらないとされ
た姉に対し、ドゥーエは対等以上の存在であったのだ。
「私はドクターを助けに来たのであって、あなたを助けに来たんじゃないの、そこの
所、おわかりになってる?」
 ウーノは、ドゥーエが何を言っているのか、即座に理解することは出来なかった。
負傷が、彼女の明晰な頭脳を鈍らせていたのだろう。
「馬鹿なこと言わないでっ……ドクター、ドクターからもドゥーエに命令を、私を助
けるようにと!」
 懇願するウーノに対し、スカリエッティはドゥーエとさほど変わらぬ種類の表情を
向けていた。
「残念だがね、ウーノ、君とはここでお別れだ」
 その声は、いつもと何ら変わりなかった。非情さも卑劣さもない、事実を口にし、
突きつけただけのもの。多くのナンバーズに対してそうであったように、スカリエッ
ティは動けなくなったウーノを切り捨てるに、一ミクロンの迷いも見せなかった。
「何を、仰っているのですか」
 ゼロやアギトでさえすぐに理解した言葉の意味を、ウーノだけが理解できなかった。
いや、理解は出来たのかもしれないが、信じられなかったのだろう。自分がスカリエ
ッティに、捨てられようとしている事実と、現実が。
「冗談は止めてください、こんな、ドクターが私を見捨てるだなんて!」
 激情に駆られて叫ぶウーノだが、そんな姉のみじめな姿を、ドゥーエが侮蔑をこめ
た視線で見つめている。
「ドクターは、ドクターはこう仰っていたはずです。例えナンバーズの全員が裏切っ
ても、私は、私だけは裏切らない、唯一信用できる存在だと、仰っていたではありま
せんか!?」
 スカリエッティは言ったことがある。誰も信頼することのない彼が、ただ一人だけ
は信用していると。裏切りや離反が多発する中、たった一人だけは裏切らないと、そ
う断言した。
 しかし、それは――
「確かに私は、ナンバーズの戦闘機人、ただ一人に対してだけは信用をしている。ナ
ンバーズ12人、その中の11人が裏切っても、彼女だけは裏切らないと言い切ることが
できた」
 ならば何故、自分を見捨てるなどと、切り捨てようとするのか。動揺と混乱、絶望
によって発狂寸前であったウーノに対し、スカリエッティは決定的な言葉を突きつけた。

「けど、それが君だなどと、私はいつ言ったかな? ウーノ」

 言葉に、ウーノは全身の血の気が引くのを感じた。恐怖に、身体が硬直する。

「私が信用している唯一の存在、確かにそれがいるのは事実だが、それが君だとは一
度も言ったことはない。君が勝手にそうだと思い込み、誤解をしていただけだ」
 全ては、ただの勘違いと、先入観に過ぎない。ウーノは公私に渡ってスカリエッテ
ィをサポートする立場から、自分こそがスカリエッティに唯一信用されているナンバ
ーズだと思い込み、妹たちもまた、不満はあれ長姉たるウーノ以外にはあり得ないだ
ろうと先入観で納得していた。
 だが、事実と現実はウーノの存在を否定した。ならば誰が? ルーテシアやギンガ
だとでもいうのか、いや、スカリエッティは12人中の1人と言ったはずだ。彼女らの
はずがない。
「まさ、か……!」
 ウーノは、スカリエッティの傍らに立つ妹を見た。まさか、そんなことが、あっ
ていいはずがない。
「二番目にして最高傑作、私の因子を最も色濃く受け継ぎ、性格や行動原理を共通
させ、共有することのできるただ一人の存在、それがドゥーエだ」
 言葉を紡ぐスカリエッティの声を聞きながら、ドゥーエの顔に勝利の笑みが浮か
びあがっていく。事実、彼女は長姉たるウーノに勝ったのだ。自分が何年傍を離れ
ていようと、ウーノが何年ドクターの傍にいようと、彼の考えは変わらなかったの
だから。
「そんなドゥーエを、私が信用するのは当然のことだろう?」
 スカリエッティにとっては、姉妹らが勘違いしたことの方が不思議なのだ。もっ
とも半数以上がドゥーエの存在など見たこともないのだから、無理からぬこととい
えなくもないのだが。
 絶望を超越した何かが、ウーノの身体を支配した。今までの日々や、持っていた
はずの優越感、スカリエッティに対する想いなどが、全て打ち砕かれてしまった気
がする。
「私は、私はドクターを……あなたを、愛していたのに」
 最後の最後になってこぼれ落ちた想いに対し、反応したのはスカリエッティ本人
ではなく、ドゥーエだった。
「それで? あなたが愛していたからなんだっていうの? あなたは自分の愛に、
見返りを求めるのかしら」
 ドゥーエは姉を嘲笑い、明らかに見下していた。スカリエッティがそうであるよ
うに、基本的に彼女も他人を見下すことしかしないのだ。
「ドゥーエ……!」
 怒りに満ちた視線を、ウーノはドゥーエに叩き付けた。しかし、例え視線で人が
殺せたとしても、妹は姉の嫉妬を軽く避けただろう。
 スカリエッティが、ドゥーエを制止しながら、前に進み出た。
「君の愛はありがたいが、君は私を愛するほどに、私という存在を理解しているの
かな?」
 例えば、そう――

「ウーノ、君は私の夢を、知っているかい?」

 それは、スカリエッティがこれまで何度も、ナンバーズに対して行ってきた質問。

「生命操作技術の完成、それを自由に行える空間を作り、私たちの楽園とする……
ドクターは私に、そう語ってくださいました」
 それがドクターの、私たちナンバーズの悲願、夢であるはずだ。
 訴えかけるようなウーノの解答に対し、スカリエッティは表情を変えなかった。
しかし、彼の隣で耐えきれなく、堪えきれなくなった者がいる。
「それ、本気で言ってるの?」
 ドゥーエが、声を上げて笑い飛ばした。何がそんなにおかしいのか、笑い転げる
勢いだった。
 そんなドゥーエを無視し、スカリエッティは静かに首を振った。否定の意味を成
す、横に。
「君も、やはり知らないのか……」
 ウーノの目が見開かれた。そんなはずはない、かつて、スカリエッティは確かに
そのように語ったことがあるのだ。嘘でもなければ、思い違いでもない、記憶違い
などあり得ない。
「ドクター、そんな適当なこと言ったんですか?」
 一通り笑い終えたのか、ドゥーエが確認する。
「適当ではないさ、そんなことを言ったのも事実だ。けど、それは目的や目標の一
つであって、別に私の夢じゃない」
 野心や野望の一環であり、究極的な意味での夢とは言わない。
「なるほど、ウーノやクアットロはそれを勘違いしたわけですか……残念だったわ
ねぇ、ウーノ?」
 殊更嫌みったらしく喋るドゥーエ。ウーノはその態度に苛立ちを憶えるよりも先
に、一つの疑問を感じた。
 それは、考えたくもない、事実と現実を超えた、真実。

「ドゥーエ、あなたはもしかして……知っているの?」

 ドクターの、本当の夢を。

 ウーノやクアットロでさえ知り得なかった確信を、ドゥーエは、ナンバーズ2番
の戦闘機人は知っているというのか。
 ドゥーエは笑うのを止め、これまでの嘲笑が嘘のように静かになった。実は、
彼女にとってその質問は意外だったのだ。
「知ってるに決まってるじゃない?」
 出なければ、スカリエッティが信用し、信頼に近い感情など抱くはずもない。
スカリエッティの夢を知っているから、ドゥーエはクアットロやウーノを笑い飛
ばすことが出来たのだ。
「夢どころか、私はドクターのことは大抵知ってるけど……」
 愕然とした答えが、ウーノの身体にのし掛かった。
 それは一体なんなのか、喉まで出かけた問いを、ウーノは何とか飲み込むこと
に成功した。問いに対し、ドゥーエが正答を持って答えでもしたら、ウーノは永
久に妹に勝てなくなるのだ。絶対に、嫌だった。
「ドクター、そろそろお時間です。お言いつけ通り、本局の次元航行艦隊に対す
る工作はしてきましたが、既に体制を立て直し、艦隊の再編を済ませ出撃してい
るでしょう。お早い脱出を」
 急に事務的な口調になったドゥーエ。彼女の目に、最早ウーノの存在など映っ
てはいない。
 ウーノは、這いずるように身体を動かし、何とか起ち上がろうとした。
「ま、待って下さいドクター、私も……私も連れて行って」
 目に大粒の涙を浮かべながら、ウーノは必死で叫んだ。
「ダメなんです、私は、ドクターの側でないと、あなたに付き従うこと以外に、
私の生きる理由はないんです!」
 助けて欲しい、一緒にいさせて欲しい。
 ウーノの最後の懇願に対し、スカリエッティは意外にも困った表情をした。彼
なりに、ウーノへの愛情や愛着があったのだろうか? いや、そんなはずはない。
彼にとって、ドゥーエ以外のナンバーズなど、等しく物に過ぎない。
「だそうだが、どうする、ドゥーエ?」
 連れて行くのは、実のところどちらでも構わないのだ。しかし、それを為すの
はスカリエッティではなく、ドゥーエだ。スカリエッティはともかく、彼女にと
ってウーノなど足手まといにしかならない。

 そして妹は、姉に対してどこまでも非情で冷酷だった。

「生きる意味がないなら、ここで死ねばいいじゃないですか?」

 呟きと共に、三本のピアッシングネイルが、ウーノの腹を貫き、突き破った。
「がっ――!?」
 正確に、ドゥーエはウーノの腹を、体内に眠るスカリエッティの子種を潰した。
何も悪意があったわけではない、今後ウーノの死体が回収され、種を管理局に採
取でもされたら困るからだ。
 しかし、ウーノにとっては最後の希望を潰されたようなものだ。

「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 死にたくない、死ぬのは嫌だ、死ねば、ドクターと一緒にいられなくなる。

 泣き叫び、必死で懇願するウーノの姿に、スカリエッティは完全に興味を失い、
むしろ失望も感じたようだ。ドゥーエに目配せし、黙らせるように諭したのだ。
「じゃ、遠慮なく」
 放たれた衝撃波が、ウーノの身体を強く打った。腹から血を流しながら、ウー
ノはショックで意識を失った。



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最終更新:2008年10月24日 00:02