「所詮レリックしか持たない者に、私を倒すことなど出来はしない」
 圧倒的な力を持って、桁違いの強さを見せつけていたギンガ・ナカジマ。あらゆる敵を
打ち破り、無敵と思われた彼女の存在を、聖王ヴィヴィオは一撃で消し飛ばした。
 ギンガは確かに強かった。その実力には他者を寄せ付けないほどの圧倒感があり、
ヴィヴィオが聖王として覚醒する前までは、彼女こそが間違いなく最強であったろう。
「私が負けるはずはない。私は全ての次元世界を統べる王、聖王なのだから」
 だが、覚醒した聖王の前に彼女の力は無力だった。ヴィヴィオもレリックの保有者では
あるのだが、それは聖王として覚醒するために必要だったに過ぎず、覚醒さえしてしまえ
ば、聖王の鎧と自身を繋ぎ止める以外の用途はない。
 聖王の強大な力の前には、レリックが持つパワーなど何の問題にもならなかった。故に、
レリックの力に頼るしかなかったギンガは、それを必要としない聖王に勝つことが出来な
かったのだ。
「愚かな戦闘機人は滅び去った」
 お前はどうする?
 眼前に佇む最後の敵を、聖王は見据えた。
「…………」
 ゼロは片手に持つゼットセイバーを構え直し、あくまで戦う姿勢を崩さなかった。力の
差など、戦う前から分かり切っているのに。
 戦うことを止めようとしない敵に対し、聖王は呆れることはなかった。愚かだと思うこ
ともなかった。聖王ヴィヴィオは、彼がそういう選択をするであろうと判っていたのだ。
「今まで集めてきたナンバーズの先天固有技能、それを全て出し尽くしたところで、お前
は私に勝てない」
 イノーメスカノンでさえ傷一つ付けられなかった聖王に、他のISなど通用しないだろう。
 そんなことは、ゼロも理解している。ゼットセイバーもバスターも、ヴィヴィオにとっ
ては玩具も同じだ。
「言いたいことは、それだけか?」
 ゼロは、イノーメスカノンを拾い上げた。また砲撃を行うつもりなのか? ヴィヴィオ
の目が鋭く光る。

「こんなものに、もう用はない」

 一閃、ゼットセイバーがイノーメスカノンを両断した。

 自ら強力な武器を破壊した行為、聖王ヴィヴィオはゼロの真意が読めなかった。虚勢か、
それともこちらを馬鹿にしてるのか。
 聖王である、ヴィヴィオを。
「殺す―――!」
 ゼロとヴィヴィオの、最初で最後の戦闘が開始された。



        第24話「強さの意味を、知りたくて」


 上昇を続ける聖王のゆりかご、その周辺では未だに激しい戦闘が続いていた。ルーテシ
アと召喚虫軍団が撤退し、ギンガという指揮官を失ったガジェット部隊は、地上部隊によ
る相次ぐ猛攻を受けながらも反撃や抵抗を行っている。単純機械であるがジェットは、命
令があるまで戦いを止めることが出来ないのだ。
「ゆりかごの外壁に空いたどでかい穴から、武装魔導師隊を送り込むことは出来るか?」
 旗艦アースラにあって戦闘指揮を続けるはやては、今こそ敵を倒す好機だと確信してい
た。
 しかし、好機を必ずしも活かせるとは限らない。
「地上部隊も、とっくに限界を超えています。一度後退させて、戦力の再編を計るべきで
す!」
 シャーリーの声は悲痛としか言い様のないほどに震えていた。オペレーターである彼女
は、次々に報告される負傷、戦死などの報告に精神が痛めつけられていた。減っていくの
だ、彼女が見つめるモニターにある数字が、地上部隊の人員数が。 
「けど、ここで退いたら先に敵が体勢を立て直す恐れも……ッ!」
 言いかけて、はやての身体がぐらついた。
「はやてちゃん!?」
 指揮座に手を突き、何とか倒れること防いだはやて、リインが心配そうに声を上げる。
 良く見れば、はやての立つ床に何かが流れ落ちている。
「血が、でてます」
「ん……あぁ、これか」
 隠していたつもりはなかったが、はやてはばつの悪そうな表情を浮かべた。はやての傷
は、冷凍処理を施すには大きすぎた。癒えないままの傷口が開いて、血が流れ出している
のだ。
「す、すぐに医務室へ、シャマルに連絡を――」
 動揺するリインを、はやては手で制した。
「あかん、それはダメや。シャマルがこの事を知ったら、私を気絶させてでも艦橋から遠
ざける」
 それでは、指揮が出来なくなる。はやては唇を噛みしめながら、痛みにジッと耐えてい
る。
 力の入らない足腰に、ふらつく身体。いつ気を失ってもおかしくない。
「まだや、まだ、倒れたらあかん」
 しっかりと目を開けて、足腰を踏ん張らせる。
 指揮官として、総隊長として、そんな義務や責務じゃない。
「リイン、私はみたいんや。この戦いの終わりを、最後の最後まで自分の目で」
 戦いの果てに世界が変わるのか、八神はやてという一人の人間が知りたがっている。
「アイツを……たった一人で世界の変革に立ち向かおうとしているアイツを、私は最期ま
で見届ける、見届けたい!」
 だから、必ず勝ってこい。
 口には出さず、はやては心の中で叫んだ。


 その頃、アースラの医務室ではシャマルが重傷患者の治療に追われていた。はやてがシ
ャマルに連絡するのを拒んだ理由の一つに、彼女の手が離せない状況にあったことがある。
しかし、それでもはやての傷が悪化したと聞けば、彼女は主への忠誠心を優先しただろう。
 故に、はやてはシャマルにだけは伝えるなと釘を刺したのだ。
「ディードとセッテ、大丈夫かな……」
 医務室の外に、二人の少女が立っていた。それぞれ壁に背中を預け、疲れ果てた表情と
声だった。
「あれだけの傷、ここまで持ったのが奇跡だよ」
 セインと、ディエチだった。重傷の姉妹を連れて脱出した二人は、アースラに保護されて
いたのだ。この戦場においてアースラ以上に医療設備の整った場所はなく、二人が艦にい
るのはある意味で必然だった。
「ねぇ、セイン」
 気まずそうに、ディエチが口を開く。彼女は損傷らしい損傷もなく、治療を受けていない。
「なにさ?」
 三人を連れてのディープダイバーは流石に堪えたのか、セインはくたびれた感じで床に
へたり込んでいく。
 躊躇いながら、ディエチは言葉を続けた。
「どうしてあたしを、助けてくれたの?」
 セインが軽く、ディエチの顔を見上げた。
 何がいいたいのかは、判っていた。
「あたしは、あなたを……」
 ゆりかご内で蹲っていた自分の所へセインが来たとき、ディエチは心の底から驚いた。
彼女は自分の手を取って、脱出を諭したのだ。
 自身を殺そうとした妹を、助けた。
「助けて貰う資格なんて、あたしにはなかったのに」
 項垂れるディエチに、セインは起ち上がった。
 軽く、本当に軽く、妹の肩を叩いた。
「お姉ちゃんだからさ、私は」
 微笑むセインの笑顔は、ディエチにとって眩しすぎた。眩しさに目を反らしながら、彼
女は小声で呟く。
「先に出来たのはあたしじゃないか」
「細かいことは気にしなくていーの! それに、ディエチのことを助けるように言ったの
は、ゼロだから……」
 その名を口にして、セインは小さなため息を付いた。心配なのだろう。
「ディエチには、実は感謝してるんだ。あそこであなたに撃たれなかったら、私はここま
で来られなかったと思うから」
 そういった意味では、ディエチに命じたスカリエッティも同じことなのかも知れない。
撃たれたときは絶望にその身を支配されたセインであったが、今は別の希望を手に入
れている。
「あの人は、きっと大丈夫だと思う。戦って、しみじみ思った。あぁ、この人には勝てな
いなって……正直、あの格好良さには抗えない」
 後半、何やら聞き捨てならないことをディエチが呟いた気がする。
「ディエチ、今何か変なこと言わなかった?」
「え? いや、その、別に何も言ってないよ?」
 赤面して首を振る妹に、セインは物凄く複雑そうな表情を浮かべ、
「……助けるんじゃなかったかな」
 チッ、と舌打ちまでする始末だ。
「セイン、何かサラリと酷いこと言わなかった?」
「気のせいじゃない? 私は何も言ってないよ。うん、言ってない言ってない」
 笑い合うだけの気力は、二人ともまだ残っていた。

「私は待つよ。もう一度会おうって、約束したし」

 信じられるだけの信頼を、セインはゼロに寄せているから。


 私はずっと、母親を求めてきた。
 生まれて目覚めたその時から、母親という存在だけを、欲していた。
 名前以外はほとんど思い出せない曖昧な記憶、それでも自分が人であるなら、必ず
母親がどこかいるのだと、私は思い込んでいた。
「けど、スカリエッティと再会したとき、私は全てを思い出し、悟った」
 自分が、普通の人間ではないことを。聖王のゆりかごを起動し、動かすためだけに作ら
れた、器に過ぎなかったことを。
 遺伝子系譜を辿っていけば、自分の元となった人間はわかるだろう。
 しかし、それは決して私の……ヴィヴィオの母親ではない。
「私に母親はいない、いるはずがなかったんだ」
 自分は兵器だ。聖王という名の、史上最強の兵器。
 玉座を守り、ゆりかごを動かすためだけに作られた、ただの鍵。
「人としても、聖王としても、私は中途半端……」
 ならばどちらか一つでも、完全なものとしたい。

 聖王が、その絶大なる魔力を解放させていく。

「私が母親を求めていたのは、私が弱かったからだ」

 力のない子供の姿、庇護されなければ、守られなければ生きていない無力さ。

「けど、私は強くなった」
 誰よりも強く、何よりも強く、どんなものよりも強く――
 最強の存在である聖王として、ヴィヴィオは覚醒した。
「だから、もういらない」
 母親なんて、必要ない。
 その存在を追い求め、欲していた日々は、終わったのだから。
「最強の聖王に、そんなものはいらない!」
 虹色の魔力が爆発し、眼前の敵に強烈な衝撃波が叩き付けられる。

 ゼロは衝撃波を浴びながら、倒れそうになる身体を必死で耐え抜いた。

「言いたいことはそれだけか……強くなった、か」
 聖王の強さをものともせず、ゼロはヴィヴィオに剣を向けていた。最強を前に臆するこ
ともなく、瞳には強い光があった。
 何故こいつは、跪かない。

「ここをお前の処刑場にしてやる。私の前に、倒されろ!」

 聖王が、自ら攻撃を仕掛けにいった。凄まじい速さでゼロとの距離を詰める。

 激しい虹色の光りが、辺りに飛び散った。
「ハァッ!」
 ゼットセイバーの斬撃が、迫り来る聖王へ振り下ろされる。避けることも出来たが、聖
王は敢えて避けることをしなかった。
「プラズマアーム」
 光りが、聖王の両腕を包んだ。ゼットセイバーが直撃するも、輝きが斬撃を防いでいる。
 ゼロは刃を引き、連撃を叩き込んだ。
「こんな斬撃!」
 斬撃と打撃の応酬で、聖王はゼロにも劣らぬ速さを見せた。威力も、一発で相手を叩き
のめすだけの力が籠もっている。ゼットセイバーでなければ、刀身を砕かれていただろう。
 連続斬りを全て受けきり、聖王は反撃に転じた。
「プラズマ――」
 左腕に魔力が集中され、雷撃が巻き起こる。
 これは、先ほどと同じ……!
「スマッシャァァァァッ」
 砲撃を、ゼロはギリギリのところで避けた。それでも砲撃の余波だけで、身体が吹き飛
ばされそうになるほど、聖王の一撃は強烈だった。
 後退し、ゼロはバスターショットの連射を浴びせかける。
「無駄だ」
 避けることも、防ぐことも、この程度の攻撃には必要なかった。バスターショットは聖
王の鎧に尽く弾かれ、虚しく散っていく。続けざまにフルチャージショットが放たれるも、
聖王はそれを無視した。直撃弾でさえ、無力化してしまったのだ。
「チッ――」
 イノーメスカノンでさえ通用しない相手に、フルチャージショットなど攻撃にもならな
いということは判っていた。
 だが、牽制にすらならないのでは、舌打ちの一つでもしたくなるところだった。
「セイクリッドクラスター」
 拡散型の魔力弾を、再び聖王は撃ち放った。数は三つ、ゼロの中空で炸裂し、魔力弾の
雨を降らせた。
 浴びせかけられた雨粒の威力は、その小ささとは比較にならないほどで、ゼロは全身が
貫かれるような痛みを味わった。
「どうだ、痛いだろう」
 聖王は事実を確認するかのように、ゼロに声を掛けた。あれだけの魔力弾を浴びても、
彼はまだ立っている。
 膝すら、付いていないのだ。
「……どうして」
 何故、倒れないんだ。
 ゼロの全身が輝き、ゼットセイバーを両手で握り直す。まだ、攻撃を続けるというのか。
「その技は、もう憶えた!」
 繰り出されるチャージ斬りの斬撃を、聖王は片手で受け止めた。

 聖王に、二度同じ技は通用しない。

「お前の必殺は、聖王には効かない」
 斬撃を弾かれ、ゼロは大きく身体を後退させた。聖王はそれを追わず、右手と左手、そ
れぞれに魔力を集中させはじめた。
 片腕ずつ、異なる魔法を使おうとしているのだ。
「ディバインバスターと、プラズマスマッシャーだ」
 技の名に、ゼロは覚えがあった。
「それは、フェイトの――」
 もう片方は、なのはの技だったはずだ。
 先ほどから感じていた、些細な疑問、聖王は何故二人の技を使えるのか。
「憶えた……私はあそこで、二人の戦い方を憶えたんだ」
 無意識か、それとも本能か、ヴィヴィオは六課で見たなのはとフェイトの戦いを、完全に
記憶していた。戦技教導の映像記録も、実際に新人たちと戦っている姿も、全て魔法の
データ収集として記憶されていたのだ。
「私は子供の姿をしながら、私の存在を感知できる魔導師を探していた」
 そして、なのはと出会った。管理局が誇るエース・オブ・エースと、出会ってしまった。
その結果ヴィヴィオは、いや、聖王はデータ収集の対象であったなのはも倒せるだけの存
在となったのだ。
「なのはとフェイト、私はその二人の戦い方を学習し、強化している」
 聖王の鎧が持つ、超高度学習システム。
 謂わばゼロは、なのはとフェイトの二人を相手にしているようなものなのだ。さらに聖
王は、戦いの中で常に学習を続け、進化していく。
「お前の剣技も、憶えた」
 チャージ斬りを片手で受け止めるのも、聖王にとっては造作もないことだ。負けるわけ
がない、ゼロが、勝てるわけがないのだ。
 両手を、聖王は突き出した。

「消し飛べ、そして鉄屑と化せ」

 ディバインバスターと、プラズマスマッシャーの双撃砲が発射された。

 砲撃は、ゼロに直撃した。
 爆光が輝き、爆発が轟く。大広間は既に崩壊寸前に近いダメージを負っており、修復作
業も間に合わない。
 聖王はゆりかごの修理に回すエネルギーすら、自身の力に変えているのだ。
「これが私の、聖王ヴィヴィオの強さだ!」
 砕け散ったか、それも消し飛んだか。並の魔導師なら千回は殺せるだけの力を叩き付け
た。例え生きていても、無事であるはずがない。
 爆煙が晴れ、視界を遮るものが消えていく。
 聖王は倒した敵を確認しようと一歩前に出て、
「これで勝った気でいるなら、お前はまだ甘い」
 声に、足を止めた。
 信じられない物を聞いたかのように、煙の晴れた先に視線を向ける。
「倒したと思って近づいたところで、思わぬ反撃に遭うかも知れないぞ?」
 ゼロだった。ボロボロになりながらも、ゼロは生きて、その鋭く力強い瞳で聖王を見据
えている。
「なんで……倒れないんだ」
 直撃だったはずだ。避けることも出来なければ、防ぐ手立てすら持っていなかった。魔
力砲撃を全身に浴びて、鉄屑と化してもおかしくないはずだ。
 手加減など、一切していないのに。
「これが、お前のいう強さか」
 傷だらけの身体を引きずるように、ゼロはゆっくりと歩き出す。攻撃は、決して効いて
いないわけじゃない。
 聖王が、ヴィヴィオが倒し切れていないだけ……そうに決まっている。
「この程度なら、子供の姿の方がまだ強かったな」
 あり得ない、何なんだ、こいつは。

「アァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 魔力光が、聖王の身体から連続して放たれた。

 美しい虹色の光りが、爆光となってゼロに襲いかかる。
「倒れろ、死ね、くたばれ!」
 そのほとんどは直撃し、直撃しなくても爆風や攻撃の余波によってゼロはダメージを負
っているはずだ。
 なのに何故、ゼロは倒れない。どうして、死なないんだ。

「私は強い、私は強い、私は強い、私は強い、私は強い……」

 無敵にして、完全になる、最強の存在。

「私は強い、強くなったはずなのにっ!!!」

 聖王は叫ぶと、セイクリッドクラスターを叩き付けた。ゼロの目の前で拡散させ、魔力弾
を全身に浴びせかける。
「ぐっ!」
 流石のゼロも、衝撃に後退してしまう。
 けれど、それでも尚、倒れることだけはしなかった。
「倒れろ、倒れろよ!」
 聖王は、如何なる敵に対しても勝利しなければならない。そして聖王と相対するものは、
必ず負けなければいけない。

 それなのにこいつは、ゼロは―――!

「お前は、どうしてそこまで出来るんだ……」
 何者にも屈することのない聖王が、明らかに怯んでいた。目の前にいる敵に、戦士に、
存在に、僅かに圧倒されたのだ。
「オレには、生きて元いた世界に帰るという目的がある」
 それを果たすまでは、死ねないとでもいうのか。しかし、それが戦う理由だというのな
ら……!
 聖王は、ゼロから発せされる圧倒感を打ち消すように、右手を突き付けた。残された力
を振り絞り身構えるゼロだが、聖王の行動は攻撃を意図したものではなかった。
「次元航行が出来るのは、ゆりかごだけじゃない」
 呟くと、ゼロの背後の空間に、突如亀裂が入った。そして、彼の背丈以上の大きさがあ
る穴が出来上がっていく。
 空間を、次元をこじ開けたとでもいうのか。敵の意図が読めないのか、ゼロは無表情の
まま警戒を続ける。
 だが、次の瞬間、聖王ヴィヴィオは信じられない言葉を口にした。

「その次元の穴は、お前が元いた世界へと繋がってる」

 言葉に、ゼロが驚愕を覚えたのは事実だ。
 時空管理局でさえ探し当てることが出来なかった世界へ続く道を、聖王は一瞬で作り上
げたのだ。
「嘘は、付いてない」
 信じる信じないは別として、聖王は確かにゼロの元いた世界への道を作った。けど、何
故そのようなことをしたのか?
「何の真似だ……」
 後ろを振り返らずに、ゼロは聖王だけを見て、口を開いた。聖王は息をつきながら、攻
撃の構えまで解いてしまった。
「お前の戦う理由が、元いた世界に戻るためなら、その穴を通って帰ればいい」
 聖王は、ヴィヴィオはそう断言した。
 どのようにでも殺すことの出来る相手に対して、倒さなければいけない敵に対して、聖
王は通常では考えられない行動に出たのだ。
「どういう風の吹き回しだ」
 ゼロは、聖王は嘘をついていないと思った。恐らく背後に出来た穴を通れば、自分は間
違いなく元いた世界へと帰ることが出来る。
 何故、聖王がそんなことをするのか、それだけが判らない。
「……私は一度」
 聖王の表情が、僅かながらに変化した。
 幼さを残す面影が、ゼロも知っている幼女の時と重なっていく。
「お前に、助けられた」
 少女の想いが、そこにはあった。聖王などという存在ではない、ヴィヴィオという名の
一人の少女が、そこにいた。
 かつて聖王病院を彷徨っているとき、ヴィヴィオは騎士に襲われそうになったことがある。
 そして、その時彼女を助けたのが――
「ゼロ、お前だ」
 借りは、返さなくてはいけない。
 少女としてか、それとも聖王としてか、ヴィヴィオは戦いを一時的に放棄し、ゼロにチ
ャンスを与えている。
「元の世界帰って……私の前に二度と現れないで」
 誓えば、ヴィヴィオはゼロを殺さないつもりだった。元の世界に帰って彼が自分の前か
ら姿を消せば、その存在を忘却し、記憶の彼方に飛ばしてしまおうと思っていた。
「…………」
 ゼロは無言だった。思案しているのか、それならそれでいい。数分ぐらいは、考える時
間を与えても――

「断る」

 数秒の間しか置かないで、ゼロは断言した。

「オレは、まだ元の世界に帰るわけにはいかない」
 ヴィヴィオの表情が、歪んだ。
「なんで、どうして!」
 元の世界に帰るという目的は、果たされようとしている。後ろを振り向き、穴に飛び込
めば、それで済むのだ。
「お前の、あなたの戦う理由はもう――」
「理由なら、ある」
 ゼロの声が、ヴィヴィオの叫びをかき消した。
「オレは、オレの戦いに、決着を付ける」
 そして初めて、彼は元いた世界に帰ることが出来る。少なくともゼロは、そう考えてい
るのだ。
「戦いなんて、そんなもの! 戦って、正義の味方でも気取りたいの? 聖王に勝って、
英雄にでもなるの!?」
 ゼロが自分に勝つことなど、出来はずがない。そして自分がゼロに負けることも、ある
わけがないのだ。
 ヴィヴィオの叫びに、ゼロは静かに口を開く。
「虚構や虚像に、意味なんてない。オレは、正義の味方でもなければ、英雄になりたいな
んて思ったことは、一度もない」
 英雄は、自分がなるものではない。英雄とは、彼の知っている英雄は――
「オレはただ、自分が信じる者のために戦ってきた」
 ゼロの瞳が、ヴィヴィオの人を貫くように見つめている。ヴィヴィオは、顔を背けるこ
とも、言葉を発することも出来なかった。
「ヴィヴィオ、お前は何を信じる? 何を信じて、お前は戦う」
 問いかけに対する答えは、すぐに見つからなかった。
 やがて絞り出すように、ヴィヴィオは言葉を吐き出した。
「私は、私を信じる。聖王ヴィヴィオは、王としての強さのみを信じ、戦う!」
 その答えが正しいのかどうか、言った本人ですら判らなかった。
 ゼロは、ヴィヴィオの出した答えに、一瞬だけ目を閉じ、

「お前が聖王として持てる強さを、全てオレにぶつけてみろ」

 出なければ、オレは絶対に倒せない。

 ゼロの言葉に、ヴィヴィオは唖然とした。これではまるで、こちらが挑んでいるようで
はないか。
 王が、誰にも屈することのない聖王が、一人の敵に対して戦いを挑んでいる。そんなこ
と、あっていいはずがない。
「良いだろう――」
 しかし、ヴィヴィオは、ヴィヴィオから聖王へと表情を戻した少女は、覚悟を決めてい
た。王の威厳も、権威も、神聖すらも、この際はどうでもいい。
 ただ目の前にいる敵を、最強の戦士を、全力で倒したい。
「私はお前を倒して、完全な聖王となる」
 その為に得た、聖王の力。最強にして最大、絶対にして無敵、私はそれだけの強さを、
聖王となって手に入れたはずだ。

「この剣で、お前を倒す!」

 聖王が右手をかざすと、魔力粒子が結集し、形を為していく。

 黒色の柄を持つ姿形に、ゼロは見覚えがあった。大きさに際はあるが、あれはまさか……
「ライオットブレード!」
 フェイトが持つそれと、全く同じ物を聖王は作り上げた。ゆりかご内で起こった戦闘全
てが、データとして聖王の元へ送られてくるのだ。
「ゆりかご内で、私に出来ないことはない」
 剣に、魔力の刃が光り輝く。フェイトのそれと違って、虹色の光りを放つ刃が、刀身と
して現れる。
「お前は私を本気にさせた。これでお前を――」
 言いかけて、聖王の動きが止まった。
 ライオットブレードを持った片手に、視線を向けた。
「なに、これ」
 聖王は、ライオットブレードを正確に再現していた。流石にインテリジェントデバイス
ではないが、材質、形状、出力、あらゆる物をコピーし、完全な物として作り上げたのだ。
「重い」
 片手に持った剣が、重い。刃の出力も、聖王が予想していた物より遥に強い。何という
凄まじい武器……いや、待て、フェイトはこの重たい剣をどのように使っていた?
「二刀流――」
 そう、フェイトは二刀のライオットブレードを両手に持って、戦っていたのだ。こんな
にも重く、高出力の剣を、二刀も振り回していたというのか。

 聖王が、唇を強く噛みしめた。

「一太刀で、決めてやる」

 両腕で、ライオットブレードをしっかりと構えた。
 対するゼロは、動く気力すら残っていないのか、ゼットセイバーを構える気配すらなか
った。
「動けないなら、それでもいい」
 私は、勝たなくてはいけない。聖王として、聖王ヴィヴィオとして、どんな敵も倒して、

「強さの証を、知らしめなければならいんだ!」

 聖王ヴィヴィオが、駆けた。

 虹色の閃光が、ゼロとの距離を一瞬で征服し、輝ける刃を振りかざす。

「死ねぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 振りかざされた剣と刃が、ゼロの脳天に直撃した。衝撃が身体を揺らし、斬撃がゼロの
赤いヘルメットを、叩き斬った。
「私の、勝ちだっ!」
 今度こそ、倒した。勝利を確信しても、いいはずだ。
 勝ち誇った表情を作ろうとした聖王、その聖王に対し、
「―――――!?」
 鋭い眼光が、貫いた。
 ゼロの瞳は、まだ死んでいない。力強い光りを放ち、生きている!
「そん、なっ」
 ほとんど反射的に、聖王は後方に飛んで距離を取っていた。ゼロの瞳と目があったとき、
聖王は確かにその眼光に貫かれた。本能的な恐怖が、聖王の身体を支配したのだ。
「はぁっ……はぁっ……」
 ゼロは、倒される寸前だった。反撃する力も、戦いを続けるだけの体力も、抗うだけの
気力も、何も残されていないはずだ。
 荒い息を吐き続けながら、ゼロの身体がぐらついた。割れたヘルメットが落ちて、片方
は床へ、もう片方は次元の穴へと吸い込まれていった。聖王の言が本当であれば、今頃
元いた世界のどこかに飛ばされたのだろう。
 警戒し、次なる攻撃を仕掛けてこない聖王であるが、ゼロはもう動けなかった。例え動
けたとしても、聖王に、ヴィヴィオに勝つことはもう……


――ゼロ、光をつかむんだ


 その声は、突然ゼロの頭の中に響き渡ってきた。
 力尽き、倒れようとするゼロを押しとどめるように、親友にして戦友の、彼が唯一英雄
と認めた男の声が、聞こえてきた。
「エックス、なのか……?」
 消え失せようとしている意識を無理矢理覚醒させ、ゼロは何とか踏みとどまった。


――光が、君を導いてくれる

 それは、ゼロがミッドチルダへ来る前、最後に聴いたエックスの声と、言葉だった。
「光を、つかむ」
 ゼロは、何もない空間に手を伸ばした。視線の先にあるのは、割れたヘルメットの片
割れだけ。
 光など、どこにもあるわけが……
「いや、ある」
 ゼロの足下が光り輝いていく。その光りは聖王ヴィヴィオにも見えるようで、驚きに
目を見開いている。
 この光りは、いつか見たことがある。この世界に来る前、確かにオレはこの光りを見た。
 ゼロは足下に転がるヘルメットの割れた額から、一つの石を取り出した。
「願いの叶う石、か」
 宝石、ジュエルシードをゼロは右手で握りしめた。
 あふれ出す光りが、ゼロの全身を照らし、輝かせる。

「答えろ、ヴィヴィオ」

 静かな口調で、ゼロは言葉を紡ぎ出していく。

「お前の言う強さとはなんだ」

 言葉に、聖王が一歩、また一歩と後ずさる。聖王が、気圧されている。

「お前を愛してくれた人を傷つけ、お前が愛した人を傷つけて」

 遠くでは、なのはを必死で治療しているアギトが、ゼロの姿を見守っている。

「お前はそんな力が欲しかったのか? こんな、オレのヘルメットしか割れないような、
その程度の強さを」

 お前は欲しかったのか?

「違うだろう、ヴィヴィオ」

 ジュエルシードの光りが、ゼロの全身を包み、燦めきと輝きを放っていた。

 聖王がその問いに答えを出すよりも早く、ゼロが駆け、飛んだ。

「違うだろ―――――――――ッ!!!」

 ゼロが空中で、右腕を振り上げた。ジュエルシードを握りしめた、願いを叶える石を
持った右手に、力を込めた。
 聖王ヴィヴィオは、涙を浮かべていた。答えることの出来なかった自分にか、最強の
敵を前にした恐怖からか、それでも聖王は、攻撃の構えを取った。

「インパクトキャノン!!!」

 聖王ヴィヴィオが持つ、最強の技。拳を使った、最大威力射撃。
 如何なる物も消滅させる、王者の一撃。

 対するゼロも、右の拳を振り上げていた。
 ジュエルシードの輝きは、ゼロが永い眠りと共に失っていた記憶の糸をたぐり寄せる。
 ゼロは、その光りをつかむことに成功した。

「アースクラッシュ!!!」

 ゼロが記憶と共に過去に捨て去った技。持てる全ての力を拳に集め、全力で敵に叩き
込む、破壊の一撃。


 アースクラッシュと、インパクトキャノンが激突した。


 最強の技と技がぶつかり合い、二つの光が輝く。

 赤と、虹。

 赤き閃光の前に、虹色の光りが押しつぶされようとしている。

「私は……私はっ!!!」
 聖王ヴィヴィオは、持てる力全てを出し切った。誰であろうと、彼女がこの時、本気
でなかった、実力を発揮できなかったとは言えないだろう。

 そして、全てを出し切ったからこそ、

「これがっ――」
 アースクラッシュが、インパクトキャノンを打ち破った。叩き込まれた破壊的エネル
ギーの塊が聖王の鎧を揺るがし、レリックコアに亀裂を走らせた。

「答えだっ!!!」
 ゼロが振り上げた最後の一撃、ゼットセイバーの斬撃が、レリックコアを斬り裂いた。
アースクラッシュで受けたダメージに加え、致命的だった。

 聖王の鎧が砕けた。絶対不可侵の神聖が、破られたのだ。



「あっ、あっ…………」
 聖王の鎧が、レリックが砕けた瞬間、ヴィヴィオの身体に劇的な変化が起こり始めた。
進みすぎた時計の針を戻すように、時の流れの逆流が、ヴィヴィオの姿をゼロのよく知
る姿へと戻していった。
「いやっ、こんな」
 急激な変化を止める力を、ヴィヴィオは持っていなかった。聖王の鎧を失った時点で、
彼女はゆりかごから魔力を得ることが出来なくなり、砕け散ったレリックも、彼女に力
を与えてはくれなかった。
 纏っていた黒衣が消え、ボロ布へと変わる。身長をはじめとした体格、骨格、あらゆ
るものが元の幼女の姿に近づきつつあった。
「こんなの、やだ…………」
 ヴィヴィオは震えていた。聖王でいられなくなる、無力な子供へと戻ってしまうこと
が、怖いのか。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!!!」

 発狂寸前となったヴィヴィオが泣き叫んだとき、彼女の姿は完全に戻っていた。聖王
ではない、幼女としての、自分自身に。


 強くなった、つもりだった。聖王となって、誰にも屈することのない最強の力を手に
入れたんだと、思い込んでいた。
 でも、それは大きな間違いだった。聖王の強さは自分以外の全てを屈服させるための
強さなのだ。何者にも屈しない強さ、それを本当に持っていたのは――
「目が覚めたようだな」
 発せられた言葉に、ヴィヴィオは顔を上げることが出来なかった。
「ゼロ…私、なのはを……なのはママをっ!」
 例え聖王でなくなっても、ヴィヴィオの記憶が消えるわけではない。彼女は元の姿に
戻って初めて、自分が何をしてしまったのかを理解したのだ。
 真実と現実、そして自分の存在理由。これを受け入れることの出来なかったヴィヴィ
オ、全てに絶望し、暴走した挙げ句、彼女は力を求めた。弱い自分を隠すため、弱い自
分を捨てるため、ヴィヴィオは聖王という存在になろうとした。最強の力に縋り付き、
変わろうとしたのだ。
 そうした果てに、ヴィヴィオは力を手に入れた。
 誰にも負けない最強の聖王ヴィヴィオとなった彼女がはじめにしたことは、かつての
自分が愛し、自分のことを愛してくれた人々への、反抗だった。

 憧れと愛しさ、そして強さの象徴を、ヴィヴィオは自らの手で破壊したのだ。

 だからヴィヴィオは、ひたすらに泣き叫んだ。何の力もない無力な彼女は、強さを持
たない弱い彼女は、もう泣くことぐらいしかできなかった。

 そんなヴィヴィオの姿を見ていたゼロが、静かに口を開いた。

「お前はもう、泣かないだけの強さを持っているはずだ、ヴィヴィオ」

 言葉に、ヴィヴィオが顔を上げた。
 そして、いつか、なのはの言った言葉が、思い起こされる。

――泣いちゃダメだよ。倒れたときの涙は、弱さの証だ。ヴィヴィオは、強くならなくちゃね

 ゼロの言うとおりだ、自分は今でも弱いけど、昔よりは強くなった。なのはやゼロが、
それを教え、与えてくれたんだ。
 だから、ヴィヴィオは必死で瞼を擦り、涙を拭った。
「うん……もう泣かない、泣かないからっ!」
 ほとんど無理矢理作ったであろう笑顔と微笑み。しかし、ゼロはそんなヴィヴィオの
笑顔に、確かな強さを感じ取った。

 聖王ヴィヴィオは、ゼロによって倒された。
 復活したゆりかごは、玉座にあるべき王を失った。これが何を意味するのか、いよい
よ事態は最終局面を迎えようとしている。

                                つづく



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最終更新:2008年10月19日 13:02