ある日、ノーヴェは偶然にもスカリエッティとブチャラティが何やら話し合っている所を通り過ぎた。
 何故かエリオも交え、しかもその会話の中で発せられるブチャラティの声の調子は荒々しい。口論しているようだ。
 ノーヴェはその時、その光景を特に不思議には思わなかった。
 自分の常識と照らし合わせても悪人であるドクターと、正義に向かう心を持つブチャラティの言動がぶつかり合うことなど珍しいものではなかったからだ。
 それを深刻に受け止める事態を経験していなかったことが、ノーヴェを楽観させていた。
 それまでブチャラティは確かに悪行とも言える『任務』をこなしていたが、それらは全て同じ犯罪者を相手にしたものだったからだ。堅気に手を出す『任務』は一つとしてなかった。
 だから、きっと今回の諍いもその中の些細なものだろうと――ノーヴェはその場を歩き去った。
 ここに一つの相違がある。
 ブチャラティにとって堅気に手を出さないことは一つの仁義であったが、スカリエッティにとってはただ単に『表立った犯罪を起こしたくない』という打算にすぎなかったということである。




<リリカルなのは×ジョジョ第五部>

―眠れる運命の奴隷達―(中編)




 そして、数時間後――集められたナンバーズの前で、ドクターを伴って真剣な表情のブチャラティが告げた内容は彼女達を完全に動揺させた。

「な……なんだって?」
「……」
「よ……よく分からないな。い……今言った事……今なんて言ったんだ?」
「『離反する』……と、言ったのよ……ドクターから!」

 普段陽気なウェンディは顔を強張らせ、年長のトーレさえ動揺を隠せない。ノーヴェが受け入れられない現実を、クアットロがはっきりと言葉に変えた。
 今この場に居る――トーレから始まり、まだ眠ったままのディードを除いた全てのナンバーズが、大小なりとも驚愕を覚えていた。
 あまりに唐突な日常の崩壊に、思考が追いつかない。
 そんな彼女達の顔を、ブチャラティとエリオが真剣に見つめている。

「な……何故ですか?」

 最も冷静だったクアットロが尋ねる。
 スカリエッティ以外の人間には酷薄な彼女であったが、今は隠せぬ動揺が見え隠れてしていた。
 普段どれだけブチャラティに対して素っ気無い態度を取っても、それこそが彼女の本心だった。

「これ以上は……聞かない方がいいだろう。お前たちは、無関係なんだからな……」
「ボクは説明すべきだと思います。あなたに『ついてくる者』がいるかもしれない」

 エリオの力強い声に、ブチャラティが視線を合わせる。
 この緊迫した場において動揺を見せない一つの決心をした時の少年の強さは、ブチャラティと出会い、これまでの月日で培ったものだった。
 エリオもまたブチャラティの離反に付いて行く決意を表明している。
 その全ての事情を知った上で決断したエリオの姿を見て、苦悩していたトーレは苛立ちを覚えた。

「何を一人で納得しているんだ、エリオ? 何か知っているなら答えろ」
「……ボクは、ブチャラティに賛同しただけです」
「随分と、偉そうな口を利くようになったじゃあないか……」

 殺気すら滲ませてユラリと動き出すトーレを、意外にもニヤニヤと状況を見守っているだけだったスカリエッティが止めた。

「まあ、待ちたまえ。
 ブチャラティ、彼女達を巻き込みたくない気持ちは分かるが……話すべきではないかな? 君にとって未踏の『世界』だ。仲間は、必要だと思うよ?」

 何か楽しむような笑みを浮かべるスカリエッティを鋭く睨みつけ、しかしそれが一抹の事実であることを悟ると、ブチャラティは語り始めた。

「スカリエッティから、最終的な目的を教えられた。参謀のウーノ、諜報員のドゥーエまでしか知らない内容だ」

 心を決めたブチャラティは淀み無く答える。

「『聖王』とやらの血を継ぐ子供を人工的に生成して、はるか古代に残された『聖王』の遺産を手に入れる――それがオレ達の最終任務だった。
 それを知ってオレは……」

 簡潔にそこまで聞き、ノーヴェはブチャラティの出した答えが分かってしまった。絶望と共に。

「――許す事が出来なかった。
 『聖王』の力とやらが世界を支配出来るほどのものだとか言われたが……そこまでは、途方も無くてよく分からない。オレはオレなりの信義で戦っているが、世界平和なんて正直手に余るシロモノだ。
 だが、一つだけ言えることは……何よりもオレが怒りを覚えたのは、子供を利用しようとする事だ。何も知らぬ無知なる者を、てめーの都合で生み出し、てめーの都合の為だけに動かそうとすることだッ!」

 ブチャラティは怒りと共にスカリエッティを睨みつけ、自らの感情を吐き出した。

「そんな事を見ぬふりして、このままコイツの下で働くことは出来ない。だから『裏切っ』た!」

 誰も、何も言うことが出来なかった。
 これまでの付き合いで、ブチャラティがそういう結論に至ったことは納得できる。今の言葉が真実なら、スカリエッティの為すことは悪だと判断も出来る。
 だが、そうであっても実際にこのような『決断』を下すことは、彼女達にとって愚か以外の何者でもなかった。

「正気っすか……ブチャラティ?」

 冗談などではないと、悟ったウェンディの声には悲壮しかなかった。
 こんな決断はブチャラティにしか出来ない。
 自分達には出来ない――創造主を裏切ることなど。

「ドクターから『離反した者』が、その後どうなるか……分からないわけでもないでしょう?
 ここに居る者はアナタも含めて、皆真っ当な世界で生きていけない者達ばかり。外の世界に飛び出して、一体どうしようと言うんです?」

 クアットロが冷静に告げた。
 しかし、冷静であっても冷酷ではない。ドクターと敵対することを決めた者に対して、クアットロのこの対応は意外と言えるものだった。
 彼女はブチャラティを説得しようとしている。

「『助け』が、必要だ……」

 だが、彼は頑なだった。

「ともに来る者がいるのなら……オレの下へ来てくれ」

 数歩分下がり、ブチャラティはスカリエッティから別離する意思を明らかにした。
 見えないラインが引かれた空間で、当然のようにエリオはブチャラティの下へ歩み寄る。スカリエッティはただ笑いながら状況を見守るだけだった。

「ただしオレはお前達について来いと『命令』はしない。一緒に来てくれと『願う』事もしない。
 オレが勝手にやった事だからな……だからオレに義理なんぞを感じる必要もない。
 だが、一つだけ偉そうな事を言わせてもらう――」

 ブチャラティは自分を見るナンバーズの顔一つ一つを見据え、迷い無くハッキリと告げた。

「オレは『正しい』と思ったからやったんだ。
 後悔はない……世界が違うとはいえ、オレは自分の『信じられる道』を歩いていたい!」

 そこには確かな決意が在った。
 瞳には迷いの無い『黄金の精神』が宿っていた。
 その輝きに、誰もが一瞬魅せられる。
 ブチャラティは、もう何も言うことは無いと、黙り込んだ。
 沈黙が場を支配する。
 誰もが少なからず動揺していた。彼と関わりの深い者ほど、彼を助けたい衝動に駆られていた。
 しかし、それでも――現実の非情さを認識するしかない。

「言ってる事は……よく分かりましたし、正しいですよ。ブチャラティ」

 苦々しい口調で、クアットロが口を開いた。

「ですけど……ハッキリ言わせてもらうわ。
 残念だけど、アナタに付いて行く者はいないわ……。
 『情』に流され、血迷ったことをするなんて…………アナタには興味があったけどついて行く事とは別よ……。
 アナタは現実を見ていない……理想だけでこの世界を生き抜いていける者はいない。ドクターの加護なくして、私達は……『戦闘機人』は生きられないのよ……」

 そう言って、それまで身を乗り出していたクアットロは自らの決断を示すように一歩退いた。
 心の中に残っている迷いと共に、ブチャラティを見限る。
 それが彼女の答えだった。
 他のナンバーズも、クアットロの言葉には揺れ動く心を傾けずには居られない。全て、彼女の言う通りなのだ。
 自分達とブチャラティは違う。『人間』と『戦闘機人』は、生き方が違う――。

「ああ……クアットロの言うとおりだ。ブチャラティ」

 何も言わないブチャラティとエリオに追い討ちをかけるように、何かを決断した表情でトーレが更に告げた。

「お前のやった事は自殺に等しい事だ。
 次元世界の何処にも、お前が居られる場所はない。そして、ドクターとの敵対はナンバーズとの敵対だ。
 何処に逃げようと、もう、お前には『安息』の場所はない――」

 トーレはブチャラティを睨み付けた。

「そして、私を生み出し、命を与えてくれたのはドクターなんだ。恩も縁もある。だがお前とは、血の繋がりも何もない他人同士でしかない!」

 トーレの突きつける言葉に、ブチャラティも苦しげに眼を伏せるしかなかった。
 覚悟していたことだが、こうしてハッキリと絶縁状を叩きつけられれば動揺は隠せない。
 彼女達がどう思っていたかは知らない。だが、少なくともブチャラティにとって彼女達との生活は第二の人生だった。
 そんな彼の内心を他所に、トーレは更に言葉を続ける。

「しかしだ……」

 トーレは一瞬だけ傍らのセッテと視線を合わせた。
 セッテが頷く。彼女は自分の姉であり指導者であるトーレがどのような選択を下すのか、十分に理解していた。
 彼女は、すでにトーレの考えを『受け継いで』いたのだ。
 一歩、トーレの足が動く。
 その行き先は――。

「私も元々は、行く所や居場所なんて何処にもなかった存在だ……この与えられた命を戦いで消耗するだけの存在だったッ!
 人間に似せられながらも、人間としての生き方からはじき出されたなァ――! そんな私の落ちつける所は……ブチャラティ!!」

 トーレは迷いなく歩みだした――ブチャラティの下へ。
 クアットロを含むナンバーズと、スカリエッティさえ驚愕の表情を浮かべる中、トーレはブチャラティと肩を並べる。

「――お前と共に居る時だけだ」

 クアットロとは全く正反対の決断を示すように、トーレは響き渡る声で断言した。

「トーレさん……」
「いい気になるなよ、エリオ。フン!」

 ある意味意外な人物の参戦に破顔するエリオを、毎度のやりとりのように諌めて、トーレは鼻を鳴らした。照れているようにも見えなくない。

「バ……バカなッ! トーレ姉様ッ!」

 信じられないといった表情でクアットロがトーレを見つめる。
 そして、予想外とも言える彼女の決断は他のナンバーズにも切欠を与えた。

「ドクターの『組織』から抜けるっていうなら――」

 また一人、ブチャラティの下へ足を踏み出す。

「実力から言って……ブチャラティがリーダーになる新しい『組織』の幹部ってあたしっすよねェ~。年功序列は嫌いっすよ?」

 自分の人生を決定付ける決断を、いつものように軽い調子で決めたウェンディがエリオの傍へ歩み寄る。
 二人目の離反者に言葉もない姉妹達を尻目に、ウェンディはエリオの肩を抱き寄せた。

「あたしはブチャラティの性格を良く知ってるっすよ。彼は頭がいい、あんな事を言ってるけど後先考えず行動はしない男っす。
 どっか別の世界で一山当てる気なんっすよ。そうっすよね? エリオ! ブチャラティに気に入られて、出世しようって狙いっすね? 一人だけ楽しもうなんてずるいっすよ。ヒヒ」
「……」

 何やら自己完結した妄想を展開するウェンディにエリオは冷や汗を垂らしながら沈黙するしかなかった。
 ナンバーズの中で最も予想のつかないのが彼女だ。ドクターへの隷属意識が薄く、俗世的で、今のように外の世界への憧れを常に抱いている。好奇心ともいえるだろう。
 しかし、理由はどうあれ、これで力強い味方が加わった。

「ウェンディッ!」

 クアットロは二人の正気を疑いたい気分だった。
 真理とも言える先ほどの自分の言葉を、姉妹の二人もが無視している。しかもその内の一人は敬愛すべき姉なのだ。

「アナタ達! ど……どうかしてるんじゃあないのッ! 完全に孤立するのよッ!
 何処に行く気なのッ!? い……いや、そもそも本当にナンバーズ同士で敵対するつもりなのッ!」

 悲痛とも言える叫びに、トーレもウェンディも応えなかった。彼女達は既に心を決めている。
 代わりに、エリオが口を開いた。その視線は、ブチャラティの言葉から始まってずっと――動揺を隠せず震えているノーヴェに向けられていた。

「ノーヴェさん……貴女は、どうするんです?」
「あ……あたし……」

 ノーヴェは親からはぐれた迷子のように、何かに怯える表情を浮かべていた。

「ど……どうしよう? あたし?
 ねえ……ブチャラティ、あたし……どうすればいい? 行った方がいいと思う?」

 縋るような視線でブチャラティに尋ねる。
 完全に足が竦んでいた。
 これから踏み出す一歩が自分の人生を決める。しかし、どちらを選んでも自分は大切な人と別れなければならないのだ。
 姉妹は二つに裂け、ブチャラティを選べばチンクを、チンクを選べばブチャラティを失うことになる。
 それは、ノーヴェにとってあまりに重すぎる選択だった。

「怖いか?」

 ブチャラティは甘えを許さぬ視線で尋ねた。

「うん……す……すごく怖いよ。で……でも、『命令』してくれよ……。
 『一緒に来い!』って、命令してくれるのなら。そうすれば勇気がわいてくる。あんたの命令なら何も怖くないんだ……」
「だめだ……こればかりは『命令』できない! お前が決めるんだ。自分の『歩く道』は……自分が決めるんだ」

 突き放すようなブチャラティの言葉に、ノーヴェは頭を抱えて力無く首を振ることしか出来なかった。まるで無力な子供だった。
 今度は傍らのチンクに視線を向ける。

「なあ、チンク姉……なんでブチャラティと一緒に行かないんだよ? 気も合ってたし、仲良かったじゃねえか!
 ブチャラティの言ってることは正しいよ。チンク姉が行くなら他にも何人か付いてくヤツがいるよ、あたしも一緒に行くよッ!!」
「……ダメだ。姉が行ってしまっては、残された妹達が道を見失う。これから目覚めるディードや、まだ自分の生き方を決めるには幼い者もいるんだ。
 それを導かねばならない。私は、ブチャラティとは共に行けない……」

 チンクは沈痛な表情で、しかし別離の決意を明白にした。
 その決断にブチャラティは小さく頷く。彼女が自ら考え、選んだ答えだ。それは尊重されるべきだと思っていた。
 しかし、兄であり姉であった二人の指導者の導きを失ったノーヴェは完全に迷っていた。

「そんな……」
「だが、ノーヴェ。お前はもう選ぶことが出来る。ブチャラティの言うとおりだ。自分の信じた道を行くんだ」
「わ……わかんねーよォ~。あたし……わかんねえ……」

 目の前の厳しすぎる現実に、頭を抱えて蹲りそうになるノーヴェの姿を見ていたブチャラティは、厳しさとも取れる優しさで最後の言葉を継げた。

「――だが忠告はしよう。
 『来るな』ノーヴェ……おまえには向いてない」

 誘う言葉ではなく、突き放す言葉。
 この点で、ブチャラティは平等ではなかったのかもしれない。願うことをしないと言って置きながら、彼は願ってしまったのだ。
 まだ心幼いノーヴェが、チンクという庇護者の下でゆっくりと健やかに育つことを。
 自分と共に来る事は、あまりに性急で、厳しい生き方なのだ……。
 ブチャラティは背を向け、歩き出した。ノーヴェはそれを眺めることしか出来なかった。

「では、これから君たちを転送ポートで別の次元世界へ送る。逆探知できないように、転送情報は消させてもらうから誰も後を追えない」
「離反の意思を持つ者を、そうあっさりと野放しにしていいのか?」
「ならば、この場でナンバーズ同士の骨肉の争いを始めると? 答えが分かってるのに、今更愚かな質問はしないでくれたまえ」
「……」

 真意の読めないスカリエッティの嘲笑を睨みつけながらも、ブチャラティは彼の指示に従った。
 エリオも、トーレも、ウェンディも、それに続いてく。それが、姉妹との別れとなる。
 歩き去っていく彼らを、残されたナンバーズはそれぞれ複雑な心境で見つめていた。
 感慨の薄い者もいれば、セインのように再会を気楽に待とうと考える者も、クアットロのように理解出来ないと首を振る者もいる。
 そしてノーヴェは、未だ苦悩を続けていた。

「何故……正気じゃあないわッ! どういう物の考え方をしているの!?」

 その横でクアットロが苛立ちに任せて悪態を吐く。
 自分は『理屈』を言っているはずだった。正しい理屈だ。それに逆らう余地などあるはずがないというのに。
 彼女にはトーレ達の考えが理解できなかった。

「まだ生まれてもいないかもしれない子供のなんかのために! 無関係なガキなのよッ!」
「子供……生まれても、いない……」

 苦悩するノーヴェの耳にクアットロの言葉が飛び込んできた。
 ブチャラティは、名も知らない子供の人生が他人の都合で決定されることを許せず、ドクターから離反した。
 思えば、彼は昔からそういうことを嫌う男だったのだ。
 無知なる者を利用しようとする者を悪と受け取った。安易な諦めを捨て、『運命』を信じながらも最後まで足掻き続ける意志があった。
 だから、自分も選んだのだ。戦闘機人として、自分なりに決めた生き方を――。

「生まれた時から、生き方が決まっている。その子は、聖王としてしか生きられない……。
 同じだ……その子と『あたし』は、なんか……『似てる』……」

 自分の信じられる道を、歩いていたい――。
 そんなブチャラティの生き方に憧れたからこそ、慕ってきた。彼を信じてきた。
 だから、これからも――きっとそうだ。

「……チンク姉ッ!!」

 ノーヴェはもう一人の尊敬する姉を見つめた。
 その瞳に、悲しみは滲んでいても、もはや迷いは存在しない。ノーヴェは心を決めていた。
 悩み、苦しみ、涙すら流して考え抜いた愛しい妹の決断を、チンクは満足そうに受け入れた。

「他人を想える子は、優しい子だ……。ノーヴェ、お前を『誇り』に思う」

 皆まで言わせず、チンクは自らの本心を伝えた。





「転移先はミッドチルダで構わないのかね?」
「ああ、発展した街は都合がいい。社会の裏に潜るのは慣れている」

 出発準備が終了し、ブチャラティ達は転送ポートの中へと足を踏み入れた。
 最後に入るブチャラティの前にエリオが乗り込み、ふと視線を背後に向けると、思わず顔を綻ばせた。

「――ブチャラティ、振り返って見てください」
「?」

 促されるまま、ブチャラティは振り返る。
 そして、見た。自分達の後を追い、駆け寄ってくる赤毛の少女を。



「ブチャラティィィィィィ!! 行くよッ! あたしも行くッ! 行くんだよォ――ッ!!」



 ノーヴェは全力で走っていた。
 まだ涙は止まらない。これで自分の愛する姉からは離れ、他の姉妹を置き去りにし、住み慣れた場所から去らなければならないのだ。
 悔いが無いと言えば嘘になる。これからは傍らを見下ろしても、もうそこに頼れる姉がいないことを想うと悲しくて不安で苦しい。
 ――だが、迷いはしなかった。

「あたしに『来るな』と命令しないでくれ――ッ!」

 声を荒げ、がむしゃらに走った。滲んだ視界には、付いて行くと決めた一人の男だけを見ていた。
 その必死な姿を見て、ブチャラティ達の顔に笑みが浮かぶ。
 エリオの尊いものを見るような、トーレのどこか満足そうな、ウェンディの愉快そうな――そして、ブチャラティの嬉しそうな微笑だった。


 ノーヴェを加え、この日三人の戦闘機人と二人のはぐれ者がミッドチルダに静かに降り立った。
 それから数年、彼らはこの街の暗部で密やかに活躍することとなる――『ギャング』として。






「――本当によろしかったのですか、ドクター?」
「その質問の答えは既に済ませてある。彼を、ブチャラティを招き入れた時にね」
「あの男が、ここまで深刻な影響を与えるとは思いませんでした」
「まったくだ。
 離反したメンバー……ノーヴェとウェンディはある程度予想していたが、トーレは意外だったなぁ。古参な分、それなりに忠誠心も擦り込めたはずなんだが」
「あの男の影響力は脅威です。このままでは、他のナンバーズも彼と敵対した時に寝返る危険性も……」
「まったくだ、本当に危険だよ。だが、同時にそれが我々に追い風を吹かせる可能性もある」
「何か計画が?」
「と、いうほど確実性のあるものじゃない。彼をナンバーズと引き合わせた時点で既に失策だった。
 だが、ならば……それを上手く使う必要がある。ブチャラティの真の強さとは単純な戦闘力ではない、あのある種のカリスマだ」
「彼らを第三の勢力として――」
「そうだ。本来在るべき『我々』と『管理局』の勢力図を三つ巴に変えよう。
 彼らが、これから始まる混沌とした戦場でどのように動くのか、どのように戦況を変え得るのか……?
 一体、どちらに吹く勝利の追い風――人を導く『黄金の旋風』となるのか。実に楽しみだ」





To Be Continued……→

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最終更新:2008年10月16日 20:42