虹色の魔力光が、少女の姿を照らしている。
 カイゼル・ファルベ、聖王のみが持つことを許された究極の光。
「正確には聖王の遺伝子を持つ者が覚醒した時に発生する。つまり、この光を放てる者こ
そ、真の聖王なのだよ」
 愉快そうに、スカリエッティが解説する。
 黒地に青いラインの入ったバリアジャケットに、一つ結びにされた長い髪。年の頃は、
なのはやフェイトよりも少し若いぐらいか? どちらにせよ、ゼロの知っている彼女とは、
瞳の色が同じというだけで、まるで別人だった。
「これが、聖王だと――?」
 魔力光とともに放たれる、魔力の波動。今まで感じたことがないほど強大な力を前に、
威圧感や圧倒感を超越した衝撃をゼロは受けていた。
 膝を屈したくなるほどの強烈な感覚、絶対的なる王の力とでもいうのか。
「そう、君らはヴィヴィオと呼んでいたがね。彼女は元々このゆりかごを起動させるため、
鍵の聖王として用意していた器だった」

 ゼロは、ヴィヴィオが人造生命体であることを思い出した。まさか、ヴィヴィオを造
り上げたのは……
「私だよ。聖王教会が管理局に極秘で保存していた聖王の一族の遺伝子を奪い、器とし
て生成したのは、全て私がやったことだ」
 全ては計画通りだった。スカリエッティが聖王のゆりかごの存在を突き止めてから、
ずっと考え、準備をしてきた壮大な計画。
 部下を聖王教会に送り込み、適当な高位聖職者をたぶらかす。聖職者などと言っても、
所詮は俗物が信仰などという大層煌びやかな衣を纏っているに過ぎず、それを剥ぐこと
など造作もなかった。
「唯一の計算違いは、作り上げた聖王の器が行方不明になったことだ。あれがどうして
起こったのか、私は未だにわからなくて、行きついた先は機動六課で保護されたという
じゃないか」
 あの時だけは、さすがのスカリエッティも動揺が隠せなかった。表情にこそ出さなか
ったが、ヴィヴィオの正体が知れれば全ての計画が頓挫した可能性だってあったのだ。
「しかし、君たちは私の仕掛けたゲームに夢中になり過ぎて、器の存在に注意をしなか
った。だから私は罰ゲームという名の報復に見せかけ、器の奪還を行うことが、容易に
できたわけだ」
 機動六課隊舎襲撃事件、あれは、ヴィヴィオを確保するために仕組まれたというのか。
「聖王のゆりかごが起動した後も、接続した鍵が覚醒するかどうか、それだけが気がか
りだった。器としての完成度には自信があったが、目覚めるかどうかの確証が持てなく
てね」
 だが、ヴィヴィオはこうして覚醒した。完全なる聖王として、ゆりかご内に君臨を果
たしたのだ。
「聖王さえ覚醒すれば、後はどうとでもなる。絶対不可侵の神聖を使い、聖王教会とそ
の信者を屈服させるのも、不可能ではないはずだ……だが、その前に」
 故に、スカリエッティは勝利の笑みを取り戻した。彼は勝ちを確信し、自ら作り上げ、
目覚めさせた聖王に声をかける。
「さぁ、聖王よ。目の前にいる愚かなる敵に対し、滅びを与えたまえ!」
 敵とは当然、ゼロのことである。敵として宣言されたゼロは、静かにゼットセイバーを
構えた。
 スカリエッティの声に応えるように、それまで無言で、瞳も閉じてしまっていたヴィ
ヴィオが、動き出した。
 左右異なる色を持った瞳を開き、まっすぐとゼロを見つめてくる。
「いいぞ、さあ、吹き飛ばせ!」
 叫ぶスカリエッティと、身構えるゼロ。ヴィヴィオは、ゆっくりと右腕を上げ、掌を
突きつけた。
「うるさい、黙れ」
 虹色の魔力光が、スカリエッティに向けて放たれた。



         第23話「聖王ヴィヴィオ」


「ドクターの反応が、消えた――?」
 ジェイル・スカリエッティの敗北、その厳然たる事実を、当事者以外で即座に察知で
きたのは僅かに三人。
 中でも、最も早く反応を示したのはゆりかご内でフェイトと戦闘を続けていたトーレ
だった。ゆりかご内に充満する高濃度AMF下にあっても尚、スカリエッティは膨大なエ
ネルギーを発していた。そのトーレよりも遥に高かったエネルギー反応が、唐突に消え
たのだ。
 欠片も残さず、あっさりと。
「まさか、ドクターが……負けたのか」
 信じられないと言った感じに、トーレは愕然としながら呟いた。余りのショックに一
瞬ではあるが茫然自失状態となってしまったほどだ。
 そして、その隙をフェイトは見逃さなかった。
「今だっ!」
 フェイトの身体が光り輝き、纏っているバリアジャケットが簡素な物へと変化していく。
 トーレが気付いたときには、既に遅かった。

「ソニックフォームッ!!!」

 光に包まれたフェイトの姿が、電光石火の如く飛び立った。

「ライドインパルスッ!!!」

 負けじとトーレもISを発動するが、彼女は完全に出遅れた。

「ライオットブレード!」
 デバイスが変形し、細身の長剣がフェイトの右手に握られた。高密度圧縮された雷撃
の魔力刃、これがフェイトの切り札か。
「インパルスブレード!」
 トーレの叫びと共に、彼女の両腕のエネルギー翼が羽ばたくように巨大化する。最大
出力でフェイトを倒そうというのか。

 二条の閃光が、中空で激突を繰り返す。速さは互角か? いや、違う。
「私が、速さで後れを取っている?」
 フェイトの速さは、トーレのそれを超えていた。あらゆるデータを元に学習したはず
のトーレが、フェイトに追いつけないのだ。
「おのれ……旧式の遺伝子細工が!」
 最新鋭の戦闘機人としての意地か、トーレは真正面からフェイトを打ち砕きに掛かっ
た。フェイトはこれを避けず、ライオットブレードを構えた。
 片腕一本を犠牲にしてでも刃を止め、拳を叩き込む。そうすれば、私の勝ちだ。トー
レは戦士として、必勝の戦略を組み立ててフェイトに迫った。
「ハァァァァァァァァアッ!」
 ライオットブレードが振り下ろされ、フェイトが吼える。
「捉えたぁっ!」
 その叩き込まれた斬撃をトーレの左腕、インパルスブレードが受け止めた。

「これで終わりだ、フェイト・テスタロッサ!」

 トーレの構えた右腕がフェイトに叩き込まれようとする、まさにその瞬間、

『二撃目』のライオットブレードが、トーレの胴体に叩き込まれた。

「二刀流、だと――?」
 叫ぼうとして、代わりに出てきたのは血塊だった。深々と斬り込まれた斬撃、トーレ
の拳がめり込むより先に、フェイトが二撃目を仕掛けたのだ。
「ライオットザンバー・スティンガー」
 短く呟くフェイト。高速戦闘を得意とする彼女が、持ちうる戦闘技術の粋を極めて編
み出した、二刀の刃。

「……私の負けだ、フェイト・テスタロッサ」
 大きな血塊を吐き出すと、トーレはそのまま意識を失い地面へと落下していった。フ
ェイトも、それに合わせるように降下し着地する。だが、その体勢は必ずしも安定しな
かった。
「拳圧だけで、ここまで」
 トーレの最後の一撃は直撃こそしなかったが、ソニックフォームで防御力の低下した
フェイトにダメージを与えていた。
「早く、ゼロの所へ、行かないと」
 トーレの反応から、スカリエッティが敗れたらしいのは判った。ゼロが倒したのか、
それとも別の人間がやったのか。ゼロだとして、あの絶体絶命の窮地から、どうやって?
「――まだ、こんなにいたのか」
 ふらつく足取りで、それでも前に進もうとするフェイトの正面に、ガジェットたちが
現れた。
 型は様々、数は数えるのも馬鹿馬鹿しいほど多い。判っているのは、ガジェットの大
部隊が自分の行く手を塞いでいるということぐらいか。
「私は、ゼロに会いたい。ゼロに会いに行く」
 短く呟きながら、フェイトはガジェットたちを見据えた。二刀のライオットブレードを構え、
更に周囲にはプラズマランサーが発生する。
「だから、邪魔をするな」
 邪魔を、しないでくれ。

「そこを……どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!」

 ガジェットの大部隊に向けて、フェイトは真正面から斬り込んでいった。


 スカリエッティの敗北を悟った三者の内、もっとも冷静に行動したのはルーテシアだっ
た。彼女は事実を知っても軽く眉を顰めただけで、不思議と取り乱したりはしなかった。
「ドクターが、負けちゃった」
 だからどうしたとまでは言わないが、それがどうしたとは思ったかも知れない。別に
ルーテシアはスカリエッティに戦士としての強さは求めていないし、死んでいなければ
それでいいのだ。
「…………」
 しかし、スカリエッティが負けたということは、この計画はここで頓挫するのだろう
か。ルーテシアは必ずしも計画や作戦の全容を知りうる立場にはなかったが、地上での
戦局はアースラの参戦によって覆されつつある。
 つい先ほどか、機動六課が誇るベルカの騎士、シグナムとヴィータがデバイスの修理
を完了させて戦線に復帰した。既に、三匹もの地雷王が彼女らによって倒されている。
「ガリュー、退くよ。準備して」
 ルーテシアの決断は、早かった。決して、勝機なしと判断したのではないが、このま
ま戦闘を続けていても意味はないだろう。白天王も、キャロとかいう少女の召喚した巨
大な竜を前に互角の攻防を繰り返すばかりで、戦局をひっくり返すような圧倒的な破壊
力を発揮できずにいた。
 加えてスカリエッティが敗れたというのなら、ゆりかごからの援護が期待できなくな
るということだ。ゆりかご内で何が起こっているのか、ルーテシアは完全に洞察したわ
けではなかったが、これ以上、戦線を維持するのは無意味であると思ったようだ。
「私には、まだやることがあるから…………白天王!」
 ルーテシアの声に応じて、白天王が動き出す。
 腹部の水晶体に魔力が集中し、光り輝いていく。
「いけない、ヴォルーテル!」
 キャロの叫びとともに、ヴォルテールが魔力を高め始めた。
 周囲の大地そのものから魔力を集めていく。

「ギオ・エルガ!」

 殲滅砲撃魔法、ヴォルテールが持つ最大威力の炎熱砲。巨大な火柱が、白天王へと
迫った。

「ルォォォォォォォォォォォオッ!」

 白天王が低い唸り声をあげ、腹部の水晶体から砲撃を放った。長大な光の柱が、ギオ・
エルガと正面から激突する。

 凄まじいエネルギー流が、クラナガンの上空に発生した。思わずはやてがアースラの
後退を命じたほどで、事実砲火の余波だけで中空にいたガジェットが消滅してしまった
ほどだ。二匹の浮かんでいた位置がもう少し低い場所であったら、地上にも多大な影響
があったかもしれない。
「互角――」
 ルーテシアは、今の自分の力でキャロを完敗せしめることは出来ないと理解した。
「でも、隙は生まれた」
 爆発が轟き、キャロやエリオがフリードリヒの背に隠れて衝撃波をやり過ごす。あわ
よくば白天王の後背に飛空するゆりかごの撃破も狙ったギオ・エルガの一撃だったが、
キャロの考えとは裏腹に敵の砲火と相殺する形で消え去った。
「キャロ、あれを!」
 エリオの声にキャロが顔を上げると、ルーテシアがガジェットⅡ型に乗って、傍らに
ガリューを引き連れ離脱を開始した姿が目に映った。
「逃げる? でも、どうして」
 スカリエッティの敗北を知らない彼女は、ルーテシアが逃走する理由がわからなかっ
た。しかし、例え事実を知ったとしてもキャロは首をかしげたかもしれない。ルーテシ
アの言動や反応から、彼女がスカリエッティを慕っているのは明白であり、彼が窮地に
あるというなら助けに行くはずである。にもかかわらず、ルーテシアはゆりかごとは別
方向に進路を取っているのだ。
「追いかけなくちゃ……」
 白天王もまた魔法陣へと消えていくのを確認しながら、キャロは立ち上がろうとする。
しかし、すぐに足元がぐらつき倒れそうになる。
「キャロ!」
 エリオに支えられながら、キャロは荒い息遣いをしていた。ヴォルテールを召喚し、
さらに最大砲撃まで行ったことはキャロの身体に大きな負担を与えていた。ルーテシア
を追撃したいのに、思うように身体が動かないのだ。
「あの子は、きっと――」
 何かを言いかけて、キャロはそのまま意識を失った。


「ルーテシアが撤退を開始した?」
 同じ戦場にあって、ガジェット部隊を指揮しながら戦闘を続けていたギンガ、彼女も
またスカリエッティの敗北を悟った最後の一人ではあるのだが、前者の二人と違って彼
女は間接的である。
「スカリエッティが負けた……まさか、そんなことって」
 しかし、ルーテシアが撤退するとすれば、それしか考えられない。表面的にはともか
く彼女ほどスカリエッティに親しくなかったギンガとしては、ゆりかご内で何が起きた
のか、それを予測するのも困難だった。
 だが、推測することは不可能ではない。
「ゼロが、勝った」
 あの状況下でどうやって、という疑問はやはりギンガにもあるのだが、彼女はゼロの
強さを知っている。恐らく六課にあって、彼の実力を知る者、ギンガ以外には存在しな
いと言い切れるほどに。
 一度は、その背中を預けられるとまで思ったほどの相手なのだから。
「……チッ」
 ギンガはトーレなどと違いスカリエッティに忠誠を誓っておらず、立場的にはゼスト
でいうところの協力者の側面が強い。だが、一度肩入れしてしまった以上、スカリエッ
ティの敗北は自分の破滅に繋がるのだ。
「一度、ゆりかごに戻らないと……だけど、それには!」
 ギンガは強い口調で叫びながら、正面を見据えた。彼女は今、戦っている。実の妹と
その親友、二人を相手に壮絶な死闘を繰り広げているのだ。
「ギン姉、絶対に止めてみせる」
 スバルには、もはや叫ぶ気力すら残っていなかった。レリックの力で底なしに近い魔
力を誇るギンガに対し、スバルには限界がある。今まで使い物にならなくなっていた身
体を無理やり奮い立たせて参戦しているのだ。それを常に全力全開で戦っているのだか
ら、魔力に限らず、肉体的な体力やスタミナの消費も半端ではない。
「しつこいわね、あなたも」
 今のギンガにとって、スバルを殺すことは造作もないように思われた。元々、スバル
よりもギンガの方が強いのだ。それに加え、スバルの限界が近づきつつある現状、もう
あまり長く戦えない。
 次の一撃が、勝敗を決める。相対する姉妹は共に確信していた。
 スバルを援護するべくデバイスの銃口を構えるティアナ。一騎打ちに水を差すとか、
そういうこと考えない。二人でなければ、ギンガを超えることはおろか倒すこともかな
わないと二人は知っていたから。

 最初に仕掛けたのは、ティアナ。

「ファントムブレイザー!」

 放たれた最大出力の遠距離狙撃砲を、ギンガはディフェンサーを持って弾き飛ばした。
受け切るには、威力が強すぎる。
 弾かれた魔力砲弾は近距離で爆発したが、ギンガは全くの損傷を受けなかった。
「スバルが、来る」
 コンビネーション攻撃で来ることぐらい、ギンガは予測済みだった。そして、スバル
が必ず真正面から自分に突撃をしてくることも。

「ギン姉――勝負!」

 右の拳を構え突っ込んでくるスバルに対し、ギンガも正面から迎え撃った。

 リボルバーナックルと、トライシールドがぶつかり合った。スバルの攻撃に、ギンガ
の防御。守りきれば、ギンガの勝ちだ。
「ギン姉ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 スバルの雄叫びが、力となってギンガに伝わる。トライシールドに亀裂が走った。
「スバル――――――――ッ!」
 ひび割れが広がり、ギンガの防御がスバルの攻撃に破られようとしている。歯を食い
しばり、必死に突き進もうとするスバル。彼女はただ、目の前の姉にのみ視線を向ける。
 ギンガは、その瞳の力強さに、一瞬ではあるが圧倒された。
「一撃必倒!」
 スバルの拳が、ギンガのトライシールドを打ち破った。更なる勢いを得たスバルは、
超至近距離からの砲撃を放った。

「ディバィィィィィンバスタァァァァァ!!!」

 右の拳から放たれた魔力砲が、ギンガへと叩き込まれた。

 爆発の余波で、スバルの身体が吹っ飛ばされた。全力全開、全てを出し切った一撃だった。
 これが通用しなければ、もうスバルには反撃する力が残っていない。
「そん、な……」
 なのに、爆発の先にスバルが見たのは、魔力波で爆風を消し飛ばす、ほぼ無傷と言っ
ていい姉の姿だった。
「あの距離で、あの威力でも倒せないの!?」
 絶望的な声を上げたのは、ティアナだった。ファントムブレイザーも、ディバインバ
スターもギンガには通じなかった。
 この人の強さは、桁が違いすぎる―――!

「……大した威力ね、以前までの私なら、今ので確実にやられてた」
 ギンガは、低く静かに口を開いた。
 ウイングロードの上で、力を使い果たして膝を付くスバルを見つめながら、彼女は言
葉を続けいていく。
「スバル、あなたは本当に強くなった。私に守られるだけだった妹のあなたが、目標を
持ち、仲間と出会い、修練を続け遂に私を超えるところまで来た」
 空中に浮かびながら、ギンガはスバルから視線をそらした。視線の先には、聖王のゆ
りかごがある。
「あなたは、正道を行きなさい。私にはもう無理でも、あなたなら出来るはずよ」
「ギン姉、何を……?」
 姉の口調が、僅かに暖かみを帯びていることに、スバルは気づいていた。
 ギンガは、困惑する妹に、邪気のない微笑を見せた。
「父さんと母さんの娘として恥ずかしくない存在として、父さんを殺した私が言うのも
おかしいけれど、これは本心だから」
 妹と違い、自分は正道を歩むことなど出来ない。生まれた瞬間から、自分には出来な
いと決まっていたことだったのだ。

「じゃあね、スバル――さよなら」

 言い終えるとともに、ギンガは飛行魔法を使って飛び立った。スバルが叫ぶよりも早
く、ゆりかごに向かって飛び去っていった。
「ギン姉待って、待ってよっ!」
 追いかけようにも、スバルは空を飛ぶことが出来ない。ウイングロードもゆりかごま
では伸びず、そもそも維持する気力すら今のスバルには残っていなかった。
「スバル、ここは一旦退くわよ」
 ティアナが駆け寄り、スバルの身体を支え起こす。
「で、でもギン姉が!」
「あの人は、私達との戦いを放棄した。つまり、私たちは勝ったのよ!」
 勝った気など欠片もなかったが、敢えてティアナはそのように言った。事実、ギンガ
が戦場を離れたのだから間違っているわけでもない。
「ガジェット部隊の指揮をしていたあの人がいなくなった今が、私たちが戦局をひっく
り返すチャンスなんだから」
 この時既にルーテシアも離脱を完了させており、地上には指揮官を失ったガジェット
がいるのみだった。地上部隊が反撃に転じ、大攻勢を仕掛けていれば勝利を掴み取るこ
とは可能と思われた。
 戦局は、大きく傾こうとしている。


 一方その頃、スカリエッティの工作によって多大な被害を受けていた時空管理局本局、
次元航行艦隊では、クロノ・ハラオウン提督によって艦隊の再編が着実と行われていた。
「二十隻だ。二十隻の艦艇を確保次第、再出撃を行う」
 さすがに総旗艦合せても七、八隻の艦艇では無理があると考えたのか、クロノは持て
る手腕を最大限に発揮して、艦隊戦力を結集した。
 そんな中、本局は無限書庫にて、聖王のゆりかごとそれに類する情報の検索と提出を
命令されたユーノ・スクライアが、クロノへと回線をつないできた。
「ユーノか、何か分かったか?」
 十年来も友人付き合いがある二人だが、昔からそれほど仲がいいわけではない。
 理由は女の趣味が近いからだ、などとはやてには言われているが、当人たちはそれに
ついて明確な発言をしていないし、クロノがエイミィと所帯を持った今となっては関係
も落ち着いている。
『我らが偉大な書庫に、わからないことはないよ』
 得意げに笑おうとして、ユーノは見事に失敗した。戦場に機動六課がいることは、情
報として彼の耳にも入っている。幼馴染の少女が、心配なのだろう。
 基本的な情報、ゆりかごの武装や二つの月の魔力を受けることで活性化するシステム
などについては既に伝えてあったので、ユーノはもう少し踏み込んだ、鍵の聖王につい
ての説明を行った。
『ゆりかご自体、当時からロストロギア扱いだったことは話したと思うけど、それに劣
らぬぐらいに、聖王も凄い存在だね』
 レアスキルである聖王の鎧、ゆりかごの駆動炉から魔力を供給することで得られる、
無限の魔力。絶大な攻撃力と防御力、絶対不可侵の神聖に、抗うことのできない王の権
威。
『聖王に二度同じ攻撃は通じない、また聖王はあらゆる攻撃を無力化する無敵の存在、
いずれも伝承にある一文だけど、これが本当なら聖王の鎧はかなり高度な学習システム
と、対魔装甲を有していることになる』
 更に、聖王のゆりかごがある。移動する玉座、史上最強の質量兵器。かつての古代ベ
ルカ王朝が多次元世界に君臨する存在だったというのも、満更嘘ではなさそうだ。
「しかし、ベルカ王朝は遙か昔に滅び、今は時空管理局の時代だ。スカリエッティがど
のように使うかはともかく、そんな化石みたいな物に負けられないな」
 苦笑するクロノに対し、ユーノの表情は険しくなった。軽口を叩いた友人を責めてい
るのではなく、別の懸念があったからだ。
『そのことなんだけど、クロノはスカリエッティの狙いをどう読む?』
「どうとは?」
『何故、聖王を復活させたのか』
 問われて、クロノは考えた。スカリエッティのことではなく、ユーノがどうしてこの
ような質問をしてきたのかを。クロノにとって、スカリエッティの目的など明白に思え
たからだ。
「そりゃ、ゆりかごや聖王を使って……月並みな言葉でいうと、世界征服をしたいんじ
ゃないのか?」
 子供っぽい表現になるが、現にスカリエッティは多次元世界に向けて宣戦布告をして
いる。その為のゆりかごであり、鍵の聖王なのだろう。
『君の言うとおりだクロノ、僕も恐らくスカリエッティはそう考えたんだと思う』
「単純明快、実に判りやすいと話しだろ?」
 ユーノが余りに冴えない表情をしているので、クロノは訝しがる。何か、あるのだろ
うか。
『クロノ、君はパンドラの箱を知っているか?』
「確か、中に災いが詰まっているとされる箱だろう。なのはの故郷に伝わる神話に出て
きて……海鳴の図書館で読んだ記憶があるな」
 クロノ自身はミッドチルダ暮らしだが、母の実家は管理外世界の海鳴市にあり、妻や
幼い子供たちもそこで暮らしている。かれこれ十年、クロノもあの街と付き合ってきた。
「けど、それが何だって言うんだ?」
 地球では、この神話が元となり、開けてはいけない箱、触れてはいけない物などを、
パンドラの箱と称するようになっている。
『僕は、スカリエッティがある勘違いをしていると思うんだ』
「勘違い?」
 それは、無限書庫で知り得た真実。聖王とゆりかご、恐らく今のユーノは、スカリエ
ッティよりも多くの情報を持っているだろう。
『スカリエッティは、ゆりかごを魔法のランプのような物と思っているんだ』
 これも、地球に伝わるおとぎ話の一つだ。
『何でも願いを叶えてくれる魔法のランプ、この場合、ランプの精、または魔神に相当
するのが聖王だ』
「……違うのか?」
 絶対的な力、無敵の能力、最強の存在、それが聖王。
『聖王は絶対不可侵の神聖を持つ――クロノ、あれは魔法のランプなんかじゃない、見つ
けても絶対に開けてはいけないパンドラの箱、史上最悪のブラックボックスだったんだ』
 伝承には、こうも書かれている。

 聖王は何者にも屈することはなく、何者にも汚されない、と。



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最終更新:2008年10月16日 12:04