「これは……?」

ホテル・アグスタにおける攻防戦。
それを守る側 管理局サイドの勝利で納める為、敵召喚師の確保に赴いたフェイト・T・ハラオウンは首を傾げた。
必至に行かせまいと追い縋る巨大蜂 キラービーを撃墜し、魔力のラインを辿った先。
そこには召喚魔法と召喚虫の制御を行う召喚師の姿があるはずだった。だが其処には人影が無かった。

「魔法陣?」

しかし魔力供給はこの場所から行われているのは間違いない。送られてきた座標、そしてフェイト自身もソレを強く感じる。
眼前に在るのは魔法陣だ。見た事が無い複雑な構造、自転する小さな魔法陣が歯車のように合わさり、中央の魔法陣が魔力で明滅している。
やはり其処には人影は無く、召喚士も居ない。つまりはやてが割り出し、フェイトが捉えようとしていた存在は……

「召喚士は居ない……何処に?」

呟きと共に放たれた射撃魔法は、防御を考えた構築になっていない魔法陣に突き刺さり、その構造を尽く分解する。
魔法陣が破壊されればホテル・アグスタを包囲している召喚虫は消えるはずだ。

『召喚虫の消滅を確認……お疲れ様や、フェイトちゃん』

直ぐに全体の指揮を執る機動六課部隊長 八神はやてからの通信を受け取るが、それにも訝しげな表情でフェイトは言う。

「はやて、実は召喚士は居なかったんだ。あったのは召喚魔法を制御する魔法陣だけ」



「なんやて?」

通信のウィンドウ越しに友が告げた言葉に、はやてとそれを囲む管制スタッフは首を傾げた。
自分達が召喚士として認識していた存在は、間違いなくその魔法陣だろう。
そしてそれが破壊された事により召喚虫達は消滅し、戦闘は終わりを告げた。
現に通信越しの外の陸士部隊や六課メンバーの安堵と疲労の声が聴こえている。

『ふぅ~何とかなったみたいだ』
『虫の相手でボーナス出んのかな?』
『はやて~大事なバリアジャケットが白濁液まみれになっちまったよ~』
『まったく……フォワードのリーダーとしてあの二人と一匹は叱ってやらないと!』
『ティア~そんなこと言って~本当は心配……イタッ』
『バクラさんにキャロ……ついでにフリード』

そう、問題は無い。彼らとアグスタが直面していた危機が一つ去ったのは間違いない。
けどはやてはどこか引っ掛かった感覚を覚えていた。この感覚は……『嫌な予感』と呼ばれるものだろう。

「負傷者は下がって貰って、無事な面子で周りの見回りしましょか?」

「それが妥当だろうな」

同じく管制を行っていた陸士部隊の隊長と頷きあい、はやてが指示を告げようとした時……ソレは来た。


背筋を駆け上がる寒気、脳内を満たす嫌悪感。親しんでいるのに、何時だって危険な雰囲気を失わないコレは……

「魔力反応!?」

「近い!」

「しかもデカイ……シャマル!!」

はやてが呼び出すのは屋上で現場管制を務める、魔力探査などに長けた部下にして家族の名前。
実は優秀な騎士に確認を取る必要など無かったのだ。はやてを含めた誰もが解っていた。
例え魔法の才能に恵まれていないものですら、ソレがどんな『位置』でどんな『規模』か解ってしまう程なのだ。
しかし戦場は事態の正確な把握こそが重要。そして帰ってくるのは感じるままの答え、最悪の結論。

『召喚魔法です! 魔力規模Sランク! 場所は……ホテル・アグスタの直下!?』

一瞬、仮設司令部が沈黙に包まれて……会話と意思の波が爆発する。

「内部構造の地図を!! 下には何がある!?」

「下水道が通ってます! ここの汚水を全部処理するのでかなり巨大な規模で」

「召喚魔法を代理処理する魔法陣はこの為の囮か!?」

大規模施設には盗難などの防止用に転送阻害魔法が仕込まれている。
これは遠隔召喚も阻害するだろうが、術者である召喚士が近くまで来れば、影響は少ないはずだ。
召喚士が居るように偽装する魔法陣を囮にして、はやて達の目が釘付けにする。
防衛部隊も過剰なまでのデコイ 包囲戦を展開する虫の大軍で脚と目を奪う。
そのスキに本物は下水路を使って一気に距離を詰めて……

「けど下水道から大軍を地上に出すのは時間が掛かるはずです!」

敵召喚虫の大きさを考えればもし下水道の中で召喚した場合、人間用の通路しか存在しない以上、外に出るのは面倒だ。
その予想は相手の召喚士が『正常ならば』有効である。だが今回は……

「よっしゃ! 戦える者は下水道の入り口を包囲して…『■□■□』…今度はなんや!?」

今回の敵は異常だ。鈍い音と共にホテル・アグスタ全体を揺らすような震動。

「まさか……嘘……正気じゃない」

振動は一度だけでは終わらず、連続して建物を揺らす。

「どうした!?」

「敵勢力は……掘ってます」

「は?」

「掘ってるんです! 下水道の召喚した場所から……大ホールに向かって一直線に」

しかも……かなり無茶な方法で……



「早くして……」

自分のシモベである昆虫達に無茶苦茶な掘削を指示しながら、ルーテシアが見ているのはフェイトが行う高速戦闘の記録。
同様になのはの映像も見たが、室内戦に持ち込んだときに厄介なのは間違いなく、高速近接戦闘を行える方だろう。
幸いな事に彼女はもっとも離れた場所、ルーテシアが居るはずの場所へと急行したから、戻るには時間が掛かるはず。
それでも油断は出来ない。故に急いでもらわなければ……

「「「「□□□!」」」」

同意を示す蟲たちの囁き。そのメンバー構成が地上に居たものとはだいぶ異なる。
カブトムシなどは存在せず、代わりにアリとレーザーキャノンよりも若干威力が劣る火器付きインセクトアーマーを装備した昆虫人間が多数。
これが無茶な掘削を行うための面子。
まずはベーシックインセクトが装備した火器を撃ち込んで壁を「壊す」のだ。
そしてアリたちが発生した瓦礫を除去して、再び砲撃を撃ち込み……コレをかなりの速度で繰り返す事数回。
かなりホテルの基底部に負担をかける方法であり、構造など無視して『砲撃で破壊』するわけだから、倒壊の危険も伴う。
もっとも建造物の今後を心配する理由などルーテシアや蟲たちにも無いのだが……

「まだ?」

「■■!」

近くに居たベーシックインセクトの体をコツコツ叩きながら、ルーテシアが呟いた時……暗い地下道に光が指した。



「■■■■■!!」

最初に大ホールの床を食い破り、巨大なアリが姿を現した時、起こった反応は非常にわかりやすいものだった。

「キャァア!!」
「化け物だぁ!」
「落ち着いて! 落ち着いてください!!」

つまり混乱とそれを抑えようとする努力。
残念な事に無茶なトンネル工事の震動は感じられていたのだが、下手に動かすのは危険という判断から確認が取れるまではと非難させていなかった。
外界の攻防などホテルと管理局の品位を下げる危険が在る情報は伝えられている筈もない。
つまりオークションの観客たちにとっては平和な娯楽が突然の地獄絵図になったのと同義。
しかも巨大なアリが一体では止まらず、ゾロゾロと出てくるのだから『落ち着け!』と言う方が無理というもの。

「くそ! 数が違いすぎ……ギャア」

「しっかりしろ! 恋人が待ってる!!」

もちろん管理局員やボディガードなど戦闘をこなせる魔道師はホール内にも居る。
しかしその数は厳つい魔道師が目立つ事を嫌い、同時に外での大攻防戦に回されており、多いとは言えない。
数と大きさ、自然的な暴力を行使するアリの群れに一を倒す間に二がやられる厳しい戦いを強いられる事に。


「まったく……無茶するなぁ」

壇上で品物の解説をするという立ち位置の関係上、オークション出品物の近くに居た青年の名前はユーノ・スクライア。
攻撃魔法はからっきしだが、防御や補助魔法は天才の域に達する考古学者にして、エースオブエースの魔法の師匠。
無限書庫のトップに座ってから実戦とは程遠い生活を過ごしているが、その魔法の腕は万人が認めるところだろう。
本来ならば品物を守る魔道師も居たのだが、ユーノが防御に特化した魔道師だと知るとアリの駆除へ増援に向かった。
故に全てを合わせたら幾らになるのか? 考えるのも恐ろしい品物の数々はユーノが一人で守る事になる。

「実戦から離れてだいぶ経つけど……頑張らないと!」

ユーノは某古いベルカの騎士などのように戦うのが得意な訳でも好きな訳でもない。
どちらかと言えばデスクワークや遺跡発掘をしているほうが幸せを感じる時間。
それでもロストロギアと見紛う程の不可思議な品の数々、守りたいと思うのが好きな者の性質。
気合を入れて数秒後……

「とんとん」

「ん?」

不意に背中に感じる柔らかい衝撃。ユーノが振り返ればそこには少女が居た。
紫色の長い髪に黒いフリフリの服を着て、両手を後ろで組んだ少女が彼の目に入る。
オークション参加者の連れてきた子だろう。この混乱で親からはぐれてしまったに違いない。
ユーノがそう判断するのは決して間違った判断では無いだろう。

「大丈夫? はぐれちゃったのかな?」

しかし彼は二つだけ見逃している事がある。
一つはこの阿鼻叫喚の騒乱内で誰よりも落ち着き動かない無表情。そして一般人には高すぎる魔力。
更に言えば……これは見えなかったのだから仕方ないのだが……彼女の両手を覆うブーストデバイスを。

「……邪魔」

少女が後ろ手に組んでいた掌がゆっくりとユーノに突き出される。
ゴボリと源泉から熱湯が噴出すように掌を満たすのは莫大な紫色の魔力。

「ドン」

放たれるは射撃魔法とも砲撃魔法とも言い難い純粋な魔力の固まり。
荒削りにも程があるが少女 ルーテシアが持つ余り在る魔力によりその威力は絶大。
何が起こったのかユーノは理解できなかった。しかし戦士としての僅かな勘が突発的にシールドを展開する。

「グハッ!?」

魔力を殺しても衝撃は殺せない。盛大に床へと打ちつけられるユーノ。
気合を入れて数秒後……彼は盛大に意識を手放した。





ユーノ・スクライアが不甲斐ない最後?を遂げて直ぐのこと……

「そこまでや、蟲ヤロウ!!」

従業員用の非常口を蹴破り、大ホールに飛び込んできたのはベルカ式バリアジャケット 騎士甲冑に身を包んだ八神はやてその人。
後ろには何とか引き連れてきた陸士部隊と直属の部下ヴォルケンリッター 湖の騎士シャマル。
外の面子は何故か下りていた防火・防魔シャッターで足止めされ、到着が遅れてしまったので、いま可能な最高のメンバーだろう。
本来ならば指揮に専念するはずの部隊長自ら、甲冑を纏い剣を握っている時点で最高かつギリギリな構成とも言えた。

「避難誘導を最優先! 召喚虫を撃退し、可能ならば出品物を確保せよ!!」

「「「「「了解!!」」」」」

的確であり簡単な命令に一斉に帰ってくる了解の合唱。しかしそれに答えるのは蟲たちの的確かつ無慈悲な行動。

オークションの品を手に持ち、自身達の開けた穴へと消えていく昆虫人間 ベーシックインセクトの群れ。
ぞろぞろとアリが獲物を巣に運びこむような行進。圧倒的な人手は無数の高価な品を容易く持ち出していく。
ソレを庇うように布陣してながらも、発砲はしていなかった火器付きアーマー装備のベーシックインセクトが一斉に狙いを付けた。

「この虫どもが! 民間人を!?」

ターゲットは未だに非難が終わらずに右往左往しているオークション参加者。
自分達が狙われれば回避や防御を行い、反撃までするプロセスを確立している管理局魔道師も、他人を守りながらでは手順が違う。
どうしても守りに重点を置き、反撃には手が回らない。つまりソレを行う方としては実に効率の良い足止めの方法なのだ。

「卑怯なマネしてくれるやん!」

そう口に出しながらも、はやてが呪うのは蟲たちではない。敵の罠にまんまと嵌ってしまった自分自身。
ホテル内へ大型の召喚虫の侵入を許した時点で、管理局サイドの不利は決定されているのだ。
そこにはやてのミスがあるかと言えば在りはしない。
多量の大型召喚虫と自立駆動魔法陣を囮にして、ホテルの下から同じ召喚虫を用いて穴を掘って進入する……なんて誰も思いつかない。
それでも彼女は自分を責めるだろうし、後にお偉いさんも彼女を責めるのだろう。
責任者と言うのは責任を負うために存在するのだから。

「大ダヌキを見返すどころの騒ぎやないなぁ~もう!!」

それでも諦める事などできはしない。
傷つければ管理局に地上本部、レジアスの何泥を塗る事になるだろうVIPたちを守りながらも、はやては反撃。
今は亡き最愛の家族、世界最高の魔道書 夜天の魔道書より伝えられ、彼女の成長で磨いた魔法資質は恐るべきもの。
陸士部隊では防御一辺倒しか戦えないと言うのに、はやてはシールドを展開しつつの正確な射撃で虫達を撃破していた。
しかしそれでも前進し、敵を征圧しているわけではない。防戦に僅かな反撃が叶ったに過ぎない。


品物を抱えたベーシックインセクトの列が途切れ、全てが穴の中へと姿を消す。
ここで砲火が標準を変えた。狙う先は……天井。もうここに用は無いと、盛大に撒き散らされる破壊の怒涛。
当然対処に注意を割かれる管理局側。そのスキに火器付きベーシックインセクトの全てが穴の中へ消える。
砲火が止めば此方のモノ!と一気に距離を詰めようとするが、再びホテル・アグスタが上げるのは振動と言う名の悲鳴。

「人のモンやと思ってぇ!!」

追いかけて飛び込もうとした穴が瞬く間に閉じていく。説明するまでも無いが穴を開けた時と同じ力に任せた方法。
そう、砲撃により周囲を崩す事で完全に穴を塞いでしまったのだ。
当然のように放置された巨大なアリを駆除し、塞がれた穴を再び開けるなり、他のルートへと迂回するなりしても、時間が無い。
これだけ大規模な召喚魔法を使う相手のことだ。ホテルからある程度離れれば長距離転移などで姿を晦ましてしまうだろう。

「まだや! シャマル!! 転移の追跡準備を……『助けて、はやてちゃ~ん』……チェックメイトか」

はやては今度こそ諦めたように力を抜く。視線の先にはアリに集られるシャマルの姿があった。





暗い下水道を行進するのは異形の集団。武装した昆虫人間たちは当りを警戒し、未武装の固体は手に様々な品物を持っている。
その群れの中心を歩くのは彼らの主 ルーテシア・アルピーノ。
管理局を相手にした鮮やかな勝利にもその表情に笑みは無い。もちろん無数の被害を出したという負い目も無い。
彼女にとって管理局の歴史に残るような大規模な召喚犯罪も、『動作テスト』に過ぎないのだから。
新しく調整された自分と言う名のレリックウェポンの性能を試すための動作テスト。
本来ならばスカリエッティに頼まれた品物だけを手に入れれば良かったのだが、近くにあった品を全部強奪したのは……気紛れ。

「小熊のチーズケーキ……」

過ぎ去った事柄にはやっぱり興味がなく、いまルーテシアの心を占めるのは報酬で得られる美味なケーキのこと。
そんな彼女が大きく影響を受け、変わっていく原因となるその人物。
運命の出会いをするには少々臭い場所だったがソレは来た。
ルーテシアにとって終わった事柄、勝利した作戦、美味しい夢想の邪魔をする存在。

「ん?」

集団による足音。早すぎる追っ手に首を傾げつつ、ルーテシアは火器付きベーシックインセクトに命令を出す。
数個の砲が闇の向こう、敵が近づいて来ている敵に向かい揃えられた。
例え敵が多かろうと早かろうと、道を満たすように放たれる砲撃を避ける術などありはしない。






「っ!?」

だが不意にベーシックインセクトの一体が砲身の向きを変えた。近くにいる味方へ。蟲たちも驚きの声を上げる。
慌てて送り返したルーテシアはその理由を理解した。おかしくなった個体の肩を掴んでいた幽霊のような透明の手。
『死霊の誘い』
攻撃対象を変更する特殊な魔法。
更に統制が乱れて砲撃が遅れた瞬間、足音たちが信じられない加速を見せる。
しかし足音がルーテシア達の下に辿り着くよりも、砲撃を放つ方が早いだろう。

「フリード! ブラストフレア!!」

命令の声、暗闇を飛翔する白い翼より放たれたのは焔の吐息。
決して大きくは無い火は着弾と同時に地面を嘗め尽くすように広がる。
大きな威力にはなりえない牽制。だが生物は炎を本能的に恐れ、突発的な行動の乱れを生む。
二重に生まれた隙、一気に近寄る足音は頭部が無い空っぽの板金鎧や亜人の死体のモノ。

「召喚士?」

腕の一振りで炎を消し飛ばし、召喚虫たちに落ち着くように命令を出しながら、ルーテシアは敵の正体を認識した。
確かに途中で何度かアスクレピオスが共振していた事にも頷ける敵の正体。
しかも自分と同じ規格外の存在のようだ。同時に……非常に厄介な存在だと言う事も解る。
無表情な視線に僅かな苛立ちに載せて、接近してくる集団の奥に見えないその姿を睨みつける。


「ヒャッハ~! 盗賊から盗もうなんざ、いい度胸じゃねえか!!」

自ら掛けた呪いにより速度を増した集団を見送って、悪辣な盗賊王 バクラは宿主たる可憐な少女 キャロの顔を歪めて笑う。
その笑みは良いように出し抜かれそうになった怒りを、リベンジの喜びへと昇華させたもの。

『本当に派手で緻密な事をする人ですよね』

同業者から見ても驚きを覚える大出力にモノを言わせて、大型召喚虫の大量召喚。
しかもその大部分を陽動に使い、同じ召喚士でも気付くのが難しそうな自動処理魔法陣による偽装。
本体はターゲットの直下まで移動し、砲撃による掘削と言う余りにも非常識な方法で目的の品を強奪する。
盗賊と言う同業者からしても恐ろしい事この上ない相手だ。

「だが! ここまで詰めちまえばオレ様たちの間合いだ」

砲撃虫は確かの恐ろしい威力があるが、その反面乱戦に持ち込めば使い難くなる。
敵はブーストを使ってこなかったから、速度を行かせば新たに大型虫を召喚されても対処可能。

「おら! さっさと増援をよこしやがれ」
『よっしゃ! ボーナスも出したる!!』

連絡を入れた部隊長殿から力強いお言葉をいただく。
作戦の最低ラインは足止め。増援による挟撃が叶えばこの大出力の化け物でも取り押さえられるはず。
バクラはもう一度笑う。


「ガリュー……お願いしていい?」

片やルーテシアは非常に苛立っていた。本人はその感情の意味を理解できずとも、確かにムカムカしていた。
今までのどんな奴らとも違う。非常に不愉快な存在たち。
眼前で呼び出したばかりのヘラクレスビートルが死霊に袋叩きに合う姿を見ながら、傍らに浮く漆黒の球体へと言葉を投げる。

「□■□■」

明滅で答えるのは球体。ルーテシア以外には解らない言語で『任せろ』と返す。
本来ならば新たに調整された体のテスト、出力や操作系に寄らない強さを見せる騎士に頼る予定は無かった。
だが状況が変わった。もう少しで長距離転移が可能な場所まで辿り着く。一個だって品を返してはやらない。
そんな妥協はイライラを増すだけだ。だから見せてやる。お前らは持ってないだろう……最愛の騎士の姿を。

「■■!!」

黒き閃光が放たれる。



「なんだ!?」
『早いです!』

最初は一体の死霊が破壊されただけだった。それ自体は珍しくないこと。
やられる事も計算に入れた良くも悪くも使い捨ての駒に過ぎないのだから。
だが余りにも速すぎるペースで、連続して倒されていくのだ。
そのうえ他の召喚虫を足止めし、倒すのに必要な個体が正確に撃破している。
フリーになったベーシックインセクトが放った砲撃の余波で、フリードが飛ばされてしまった。

「くそっ! 虫の早さじゃねぇ」

自身も爆風の余波で顔を覆いながら、バクラが呻く。
大型の召喚虫では速度がでない筈であり、昆虫人間はインセクトアーマーが無ければ戦闘能力は皆無。
つまり死霊を撃破しながら一直線に向かってくる『ナニカ』はこちらが知らない召喚虫と言う事になる。


『バクラさん……見えてますか?』

「あぁ……なんとかな」

迎撃のために数体の死霊騎士を呼び出しながら、キャロとバクラがするのはそんな会話。
早さの上に背景に同化する事で姿を見え難くしているらしい。大部分の死霊達は撃破されてしまい、一直線に駆け寄ってくる敵。

「逝け!!」

掛け声一つ、何時も以上に無理な速度と威力のブーストをかけた首なし騎士たちが、不自然に歪む空間に殺到する。





既に見破られたと判断したのか? ナニカが迷彩を解除してその姿を現した。
一言で表現するのならば『虫の騎士』。
引き締まった戦士のプロポーション、長いマフラーだけを纏ったその体は虫のような甲殻で覆われている。
人間には無い尻尾が生え、頭部には四つの輝く瞳。足と手には鋭い爪。

「「「「……」」」」

「■□■!!」

死霊の騎士と虫の騎士、交差は一瞬。バラバラと崩れたのは取り囲むように斬撃を放ったはずの首なし騎士たちだった。

「ちいっ! エリオ並の速度であのパワーか!?」

ブーストをかけたエリオに匹敵するスピード、人間とは構造が違う体が生み出すパワー、自然体が生み出す抜群の格闘センス。
正しく戦士として、騎士としての完成系。並みの死霊たちでは相手にならず、その速度故に切り札を呼ぶのは遅すぎるだろう。
先程はバクラ達の優位に働いていたこの空間だが、今では隠れ場所が無い故に正面での相対を余儀なくされている。

『エリオ君も引っ張ってくれば良かったですね!?』

本来ならば、特に最近の訓練上では死霊の騎士団は二段構えの陣形を取っていた。
どちらが先行しても構わないが、エリオと死霊たちが僅かな時間差をもって行動する。
それが上手く機能すればこの強敵 ルーテシア曰くガリューが相手でもここまで一方的な……


遅かった、二度目の召喚。ブーストを掛け終えて、送り出す前にキャロとバクラは……四つの複眼と目が合った。

「参ったぜ……」

「□□□」

見下す事はしないし、嘲る事もしない。虫の騎士は拳を振りぬく。凄まじい衝撃。
ディアディアンクとケリュケイオン、二つのデバイスがバリアジャケットの赤いコート部分をパージし、衝撃を殺す事に成功。
それだけならばバクラ達は意識を保っていられただろう。だがやはり野生は敏感であり、大胆であり、目的遂行に忠実だった。
虫のような冷たい手が、桃色の髪に覆われた頭部を押さえつけられ…「ズドン」…壁に叩きつけられた。

と言う事で……『キャロとバクラが任務中に名誉の負傷をしたそうです』














増援が到着した時、下水道の中には虫の一匹も居なかった。更に言えば敵召喚師の姿も、奪われた品物も無かった。
居たのは管理局の制服姿で倒れている一人の少女とそれに寄り添う白銀の飛竜だけ。

「キャロ!」

その姿を視認した時、エリオ・モンディアルを襲ったのはどうしようもない後悔。
自分達の仕事場 戦場は何が起こるか解らない場所。それはフェイトが被弾したという事柄で充分にわかっていた。
解っていたのに……自分はこの少女を一人で行かせた。きっと意味があると思っていたのに、保身を優先してしまった。
その結果がコレだ。

「しっかりして、キャロ!!」

周囲の確認も疎かにして駆け寄り、おっかなびっくり触れる首筋。
そこには確かに脈があったが、ツウッと額を鮮血が一筋走る。エリオが自分の意識まで手放しかけて、キャロがゆっくりと目を開いた。

「もう……エリオ君……肝心な時に居ないんだもん」

「うんっ! ゴメン、ゴメンなさい!!」

酷く単純にエリオの口から漏れた謝罪の言葉、同時に自分の事のように傷む心が瞳から涙を零させた。
そこで何時もより若干弱々しい声でバクラが呟く。

「次はあのヤロウに十倍返しだ……エリオ、お前も付き合え」

「はいっ!……絶対に!!」

たとえ弱々しくても、あの覇王の雰囲気は変わらない。「付いて来い!」と言われれば、喜んでお供してしまうだろう王の声。

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最終更新:2008年10月10日 22:10