ガジェットの残骸が、そこかしこに転がっている。聖王のゆりかごは、王族の住居だっ
たにしては内部に飾りらしい飾りが何もなく、豪奢や華美とは言い難い質素さがあった。
 そんなゆりかごの廊下が、ガジェットの残骸で舗装されている。
「ヴィヴィオ……どこにいるの」
 自ら築き上げた鉄屑の山を蹴飛ばしながら、高町なのはが歩いていた。ゆりかごに突入
して、何時間過ぎたのか。それとも、まだ三十分も過ぎていないのか。フェイトと別れ、
現れるガジェットを倒しては進み、蹴散らしては走り、ひたすらにヴィヴィオのいる玉座
を捜した。
 誰かのために戦うこと、思い返せば、そんなことをしたのは魔導師になりたての頃だけ
だったかも知れない。
 自分は、親友や友人とは違う。彼女たちはそれぞれが明確で明快な戦う意味と理由を持
っている。家族の存在だ。前者は義理で、後者は主従に過ぎないがその絆の強さ、本当の
家族にも劣らぬだろう。
 かつて、親友は言った、「守りたいものがある」と。友人は言った、「失いたくないも
のがある」と。では、自分は? 高町なのはという人間に、それはあるのか。なのはにだ
って、親兄姉はいる。だが、末娘であったなのははどちらかといえば守られる側の存在で、
兄や姉、父が武道の心得がある武道家ともなれば尚更だった。

 なら、私は一体なんのために戦っているんだろう?

 行き着いたのは、そんな疑問だった。仲間のためか、しかし、親友や友人を含めた仲間
は自分に勝るとも劣らぬ実力者揃い、どちらかといえば共に戦う戦友という表現が相応し
い。
 答えは容易に出せなかった。けれど、様々な考えが浮かんできた。
 戦闘に快感を覚え、破壊に躊躇わず、勝利に高揚し、殺戮に慣れた。十歳になる前から
歩んできた、戦士としての人生。感覚、感情、感性、感傷といったものは麻痺して久しく、
二十歳を過ぎる前の女としては異常も良いところだろう。
「私はただ、戦いたいだけなんじゃないかって、ずっと思ってた」
 フェイトは義理の家族に加え、エリオとキャロを保護した。はやてもまた、リインとい
う新たな家族を作った。彼女たちはそれを守り、失わないために今日まで戦っている。
「笑っちゃうよね、私には何も……何もなかったんだから」
 なのはは、卑屈だった。自分が戦う意味や、戦い続ける理由などを考えた彼女は、遂に
その答えを自力で見出すことが出来なかったのだ。戦いが好きだから戦士をやっていると、
言い切ってしまえるほどに。
 情けない事実に行き着いて以来、なのははあらゆる物への興味を低下させた。無感情で
はないが無関心となり、戦うことしか能のない戦士としての自分を、鎮めようとした。ま
あ、これは無駄に終わったが。
「あの子に依存しかけてるのはわかってる。だけど、私は」
 ヴィヴィオは、なのはのことをママと呼び、本当の母親のように慕ってくれた。特に子
供好きではなかったのに、いつしかヴィヴィオの存在はなのはの中で大切な存在へと変化
していた。
「はじめて守るものが、失いたくないものが、助けたい人が出来た」
 絶対に、この手で救い出す。
 なのはは、残骸で舗装された道の先にある、扉に手を掛けた。その扉もまた大した装飾
が施されていたわけではないが、見栄えは良かった。
「ヴィヴィオ……!」
 扉を開いた先は、余り広くなかった。ホールのような広大な空間が広がっているという
よりは、長大な縦長の空間が伸びている感じだった。

 その一番奥に、ヴィヴィオはいた。

 玉座というには余りにも質素な長椅子に腰掛け、目を閉じている。
「ヴィヴィオ、ママだよ。なのはママだよ」
 呟き、語りかけながら、なのははヴィヴィオに近づいていった。その声が聞こえたのか、
ヴィヴィオもまたうっすらと目を空ける。
「――ママ?」
 消え入りそうなほど、小さな声だった。でも、その声はなのはに届いた。
「そうだよ、ヴィヴィオ。さっ、一緒に帰ろう?」



         第21話「無限の欲望」


 イノーメスカノンから発射されるエネルギー直射砲は、12人いるナンバーズたちの中で、
もっとも高い威力を持っているとされる。単純な攻撃力なら、それこそ次元航行艦を一発
で撃沈させるほどだ。
 しかし、この大砲は破壊力の割りに使い勝手が悪かった。大砲というだけあって砲身は
巨大で、身の丈ほどもある。さらにエネルギー直射砲の場合、威力を調整したところで与
える被害は常に甚大。細々した任務には向かない。徹底的な局地戦装備なのだ。
 故にディエチは、ナンバーズの姉妹たちの中で、もっとも一対一の戦闘に向かないとさ
れていた。多数との戦闘であれば、これを砲火で吹き飛ばしてしまえばいいのであるが、
一対一となれば話は違う。羽虫を殺すのに銃を使うようなもので、強すぎるが故に使いに
くい。
「けど、物は使いよう」
 爆裂式実体弾で敵の動きと視界を封じ、そこにエネルギー直射砲を叩き込む。大廊下と
いう左右に避けにくい場所が戦場なら、上下左右ギリギリまで砲火を広げれば、敵は避け
ることも出来ずに消し飛ばされるはずだ。
 ディエチは自分がゼロと戦って勝つには、それしか方法がないと思っていた。接近戦を
得意とする剣士相手には、砲手である自分は不利すぎた。
「これが通用すれば、あたしの勝ちだった」
 自嘲めいた口調でディエチは呟き、そして……

「だから、あたしの負けなんだ」

 天を仰いだ。

 中空に、ゼロがいた。リコイルロッドを両手に構えたその姿をディエチが確認できたの
は、僅か一瞬。
「ツインブレイズッ!!」
 次の瞬間には、ディエチの死角に回り込んだゼロの一撃が、彼女の身体に叩き込まれて
いた。抵抗する間も、防ぐ間もなかった。仮にその間があっても、その手段すらディエチ
は持ち合わせていなかった。
 リコイルロッドによる双撃を受けたディエチは、衝撃で壁に叩き付けられた。激痛に意
識を失いそうになるが、何とか堪えた。ディードのツインブレイズをコピーしていたとは、
予想外だった。
「これまで……か」
 蹲るディエチの耳に、足音が響いてきた。顔を上げると、目の前にゼロが立っていた。
「トドメでも、刺すの?」
 イノーメスカノン以外にこれといった武装を持っていないディエチは、ゼロに対して抵
抗することなど出来ない。
 ここで自分は終わるのか? 別に、それならそれで構わない。スカリエッティの命令を
聞き続けるだけの毎日にも、そろそろ疲れてきたところだ。クアットロのことが少し心配
だが、彼女なら自分など居なくとも平気でやっていけるだろう。自分が死んだところで、
泣くような姉にも見えない。
「……スカリエッティの場所を教えて貰おう」
 ゼロは短く、しかし有無をいわせぬ口調で問いただした。ディエチは複雑な表情でそれ
を見つめたが、彼女にはもう断る理由もなかった。
「端末をあげる。ドクターの位置も、あの子の位置も地図で表示されるから」
 あの子とは、ヴィヴィオのことである。そういえば、あの子は母親と会えたのだろう
か? 会えていればいいな。
 なんだかおかしかった、戦闘機人である自分が、あんな小さな子供に情を移すだなんて。
そんな人間らしい感情が、あたしにはあったのか。
「…………」
 ゼロは無言で、ディエチの差し出した端末を受け取ると、その場を去ろうとした。
「殺さないの? あたしを」
 特別それを望んではいないが、確認せずにはいられなかった。
「お前の攻撃には戦意があっても敵意がなかった」
 あるいは負けるために戦いを挑んだという本心を、見透かしたのか。ゼロは一言だけい
うと駆け去っていった。

「――クアットロ、あれはダメだよ。敵いっこない」

 あれは少し、格好良すぎる。


「やあ、君がルーテシアだね?」
 その男に対して、ルーテシアが最初に抱いた感情は恐怖。だが、それは彼自身に対して
というより、見慣れぬ場所に連れてこられ、見慣れぬ人間に引き合わされたことによるも
のだった。
 震える少女に対し、男は笑顔を見せていた。これから自分はどうなるのか、何をされる
のか、想像も出来ない。母が死に、悲しみに暮れる間もなくルーテシアはその身柄を移さ
れた。保護施設に移すという嘘偽りに騙され、気付けばこんなところにいる。
「あなた、誰……?」
 それでもルーテシアが口を開いたのは、その場に男以外の人間がいなかったからだろう。
男はそれほど若くもなく、恐らく彼女の死んだ母親より年上であろうが、年老いていると
いうわけでもない。少女にとって、彼は「大人」に分類されるべき存在だった。
「こんなに震えてしまって、さぞ怖い思いをしたんだろうねぇ」
 白々しい言い方であり、後にルーテシアが思い出したときも、やはり演技が過ぎていた
と思う。だが、彼は別に少女を騙すための演技をしていたわけではない。あくまで、怯え
る少女をどうにかしようとしていただけに過ぎない。
「君は母親似だね、ルーテシア」
「お母さんを、知ってるの?」
「あぁ、知ってるさ。私は何でも知っている」
 男はルーテシアの前にかがみ込むと、そっと手を差し出した。おずおずと、ルーテシア
はその手を取ってみる。
「私は、君とお母さんを会わせることが出来る」
「嘘、そんなこと出来るわけない。だってお母さんは――」
 死んだのだから。
 事実を再認識して、幼い少女の瞳に涙が溢れてきた。
「悲しいのかい?」
 不思議そうな声を出しながら、男はふいにルーテシアの身体を抱きしめた。
「――やっ!」
 突然のことに嫌がるルーテシアだが、男は意外と強い力で彼女を抱きしめ、頭を撫でた。
 その優しい感触に、ルーテシアの抵抗が止まる。
「泣きたいなら泣けばいい、涙は流せるに時に流すべきだ」
 言葉の意味は半分もわからなかったが、ルーテシアは言われたとおりに泣いた、泣き叫
んだ。母親を失ったのだ。たった一人の母親を。辛くないわけがない、悲しくないはずが
ない。縋り付き、泣きじゃくるルーテシアを、男は心底不思議そうに見ていた。

 彼は、涙を流したことがなかったから。

「ルーテシア、私は君のためにお母さんを復活させてもいい」
 抱きかかえる少女の暖かさを感じながら、男は耳元で囁いた。
「本当に? 本当に、お母さんと会わせてくれるの?」
 男が見せる意外な優しさに惹かれつつも、ルーテシアは上目遣いに尋ねた。
「あぁ、ただし幾つか条件はあるけどね」
「なんでもする! だから……お願い!」
 即答する少女に薄い笑みを向けながら、男は言った。
「ルーテシアは素直だね。何、そんな難しいことじゃないさ。ただ少しの間、君の身体を
私の自由にさせてくれれば、それでいい」
 幼い少女には、それが何を意味するのか――まるで判らなかった。


「ドクターは、母さん以外ではじめて私に優しくしてくれた人だった」
 元々母子家庭で、感情表現がそれほど豊かではなかったルーテシアの幼少期は、それほ
ど恵まれてもいなかった。母親がいればいいと思ってはいたが、母親は彼女を残して死ん
でしまった。
「寂しくて死にそうだった私を、あの人は抱きしめてくれた」
 ルーテシアの周囲に強い魔力の波が発生するのを、キャロは感じ取っていた。自分とは
比較にならないほど強い、これがこの子の本当の力なのか。
「だけど、スカリエッティは犯罪者で――」
 常識的な反論を試みるキャロであるが、そんな物が通用する相手ではなかった。
「どうだっていい。私にはドクターしかいないし、ドクター以外はいらない! 母さんが
生き返らなくても、あの人だけいれば……」
 遠からず死んでしまうゼストと、その彼に忠誠を誓っているアギト。両者はやがて、ル
ーテシアの前から姿を消すだろう。そうすれば、自分には何も残っていない。残らないの
だ。
 スカリエッティが次元犯罪者だと言うことは判っている。自分がその方棒を担いでいる
こと、それを母親が快く思うわけがないことも、理解はしている。
「けど、ドクターがいないと、私は一人になる。一人は、一人はもう嫌だ」
 知らず知らずの間に、ルーテシアはスカリエッティに依存してしまっていたのだろうか。
 それとも、やはり彼女は彼のことを……
「私はドクターのお願いを叶えるだけ。そうすれば、あの人は私と一緒にいてくれる。私
のことを褒めてくれる。私のことを抱きしめてくれる!」
 地雷王が、地雷震と呼ばれる振動波を発射する。本来は振動を利用して岩山や岩盤など
を崩す技だが、空間その物に振動を伝達させることも可能なのだ。
「そんなの、そんなの間違ってるよ!」
 振動範囲から脱出しながら、キャロは叫んだ。
「あなたはスカリエッティのことが好きなんでしょ? なら、どうして止めてあげないの!?」
 赤の他人、それこそ初めて会った人間に指摘された、確信。ルーテシアは、思わず動揺
して数歩後ろに下がってしまう。
「違う、そんなんじゃない。私は、私とドクターは」
 認めたくなかった。認めれば、何かが壊れてしまうような気がした。
 ルーテシアはキャロを睨み付け、叫んだ。
「全力で倒す。倒して、私はドクターの所へ帰る!」


 一方、ギンガとスバルの戦闘も激しいぶつかり合いとなっていた。ウイングロードが激
しく交差し、身体と身体による激突が何度も繰り返されている。共に使うのは格闘技法シ
ューティングアーツ。使う武器はリボルバーナックル。唯一の違いは、姉が左腕に、妹が
右腕に装備していることぐらいか。
「ウォォォォォォォォォォオッ!」
 獣のような雄叫びのような声と共に、スバルが真正面から突っ込んでくる。
「馬鹿の一つ覚えが!」
 ギンガはシェルバリアを張り巡らすが、スバルはこれに迷わず突撃した。硬い防御が揺
るがされ、ギンガは軽く舌打ちをする。
 途方もないパワーだ。ひたすら正面から殴りかかってくる、単調で単純すぎる攻撃。だ
が、それだけに繰り出される一撃全てが全力全開。
 まさに、殴り飛ばしに来たというわけである。
「操られてようが、正気だろうが、そんなのあたしには関係ない! 殴り飛ばして、目を
覚まさせるだけだ!」
 明快なまでの、スバルの発想。分からず屋をぶん殴って、無理矢理にも分からせる。下
手な説得や感情論など一切が不要、必要ない。
「馬鹿馬鹿しい、私はあなたにだけは負けない。負けるわけがない!」
 叫び声には、一種の憎悪めいた物が混じっていた。放出される魔力が、いっそう強くな
っていく。
「そうよ、負けるはずがないわ。私があの地獄で汚らわしいことをされ続けていたときに、
のうのうと生きていた奴なんかに」
 震えながら顔を覆う姉の姿に、スバルは困惑した。
「ギン姉、やっぱりスカリエッティに何か――」
「違う! あなたは何も知らない、知らなすぎるの!」
 かつて、ギンガとスバルが戦闘機人としての生を受けた頃の話である。タイプゼロ・フ
ァーストと、タイプゼロ・セカンド。ファーストと言うだけあって、ギンガが生まれたの
はスバルよりも早い時期だった。
 やっと完成した戦闘機人に対し、研究者たちは常に非人道的だった。体中を弄くり廻し、
嫌がる少女を殴り、いたぶり、研究と称しては弄び続けた。ギンガの記憶の奥底に眠る、
一番古い記憶。消せたくても消せない、地獄の日々。
「汚らわしい幾本もの手に撫で回されても、抵抗も出来なきゃ、死ぬことも出来なかった。
私は私の意思で動くことを、何一つ許されてなかった……」
 ギンガは以前、スカリエッティの部下であるナンバーズを『幸せそうだ』と言ったこと
がある。戦闘機人でありながら、笑い合うことの出来る彼女らと、そうした環境を作り出
すことの出来たスカリエッティに、ギンガは過去の境遇と重ね合わせ、羨望と嫉妬、僅か
な憧れを覚えてしまったのだ。
 崩壊しかけたギンガの心、悔しさと怨念、憎悪のみで自我を保っていた彼女の下に、あ
る日一人の少女が現れた。スバルである。
 二体目の戦闘機人、紹介された少女に対して、ギンガは心底同情した。これから彼女も、
この地獄よりも酷い日々を味わうことになるのだから。

「それがなに? 対照反応実験? 私とは真逆に何もしないで育成を見守る? ふざけん
じゃないわよっ!!」

 研究者たちは、スバルをまるで普通の子供のように育てた。ギンガを徹底的に貪る一方
で、正反対に自然的な育て方をスバルには試みたのだ。
 ギンガの地獄は、助け出されるその日まで続いた。スバルはギンガを慕っていたが、ギ
ンガはスバルを、妹のことを本当は――
「私はね、あなたのことが嫌いなのよ。昔から、初めて会ったときから大嫌いだったのよっ!」
 衝撃的な告白と共に魔力光を撃ち出すギンガに対し、スバルはそれを全力で受け止めた。
「スバル!」
 ティアナが叫ぶも、スバルは倒れなかった。ここで倒れれば、自分は姉を救うことが、
もう一生できなくなる。
「例え、ギン姉が私のことを大嫌いで、死ぬほど憎いんだとしても……」
 痛みを堪えながら、スバルは叫ぶ。
「あたしはそれを、全部受け止めてみせる!!!」


 地上での戦闘が、想いと想いのぶつかり合いに変わりつつある頃、ゼロはゆりかご内を
駆けていた。
「そうだ、地図が手に入った。転送はロックされているから、直接渡す」
 ディエチの持っていた端末を利用し、ゼロはセインに連絡を取っていた。端末にはゆり
かご内の詳細な地図がインプットされており、スカリエッティの位置からヴィヴィオのい
る場所まで、全ての情報があった。
『判った、すぐそっちに行くから!』
 セインとの通信を終えると、ゼロは続けてディードとの回線を開こうとした。
だが、おかしい、端末の反応はあるのに、繋がらない。
 まさか、ディードの身に何かが――
「ッ!?」
 前方から、煌めく何かが飛び込んできた。ゼットセイバーを引き抜き、その回転する物
体を弾き返す。
 硬い感触を憶えながら、ゼロは自分の弾き返した物を見た。
「ブーメラン、か?」
 鋭い刃を持つ二本のブーメラン。誰かが、あれを投擲してきたのか。
 この状況で、このような武器を使う相手は一人しか居ない。
「出てこい!」
 ゼットセイバーを構えながら、ゼロは前方に向かって叫んだ。すると、何かを引きずる
ような音とともに人影が現れる。
「いい反応だ」
 低いが、少女の物と判る声。淡い桃色の髪をした少女が、ゼロの正面に姿を見せる。
「――?」
 ゼロは、少女が左手に何かを掴み引きずっていることに気付いた。乱雑、乱暴に扱って
いるが、それは紛れもなく物などではない、人だ。
「これは愚かにもドクタースカリエッティに逆らい、我々に刃を向けてきた裏切り者だ」
 視線に気付いたのか、少女はわざわざ引きずっていた物体を解説する。彼女にとって、
これは壊れて何の価値もなくなった物に過ぎない。
「くれてやる」
 言って、少女はディードを放り投げた。ゼロは抱えるように受け止めるが、ディードは
見るも無惨なほどに損傷しており、瞳からは光りが消え失せている。よほど壮絶な闘いを
したのか、機能停止状態にあるようだった。
「姉妹を、倒したのか」
 セインの例から、ナンバーズの姉妹はそれ相応の繋がりや交流があるものだと思ってい
た。12人もいれば個別に不仲などはあるだろうが、それだって一般的な姉妹と大差はない
はずだと考えていたが……
「姉妹だろうと、ドクターに歯向かう者は敵だ」
 およそ感情の乏しい表情だった。今までのナンバーズで一番機械的で、淡々とした声は、
響きが良い。
「名前を聞いておこうか」
 ゼットセイバーを収納し、新たにリコイルロッドを構えるゼロ。戦う以外の選択を、
彼は持ち合わせていない。
 そして、それは相手も同じ事だった。
「ナンバーズ7番、セッテ」
 片手が自由となり、両手を広げてブーメランブレードを持つ。
「空の殲滅者――!」


 セッテは、ナンバーズの姉妹の中でもっとも感情に乏しい。
 機械的、人形的、様々な称され方をする彼女だが、感情表現が苦手なわけではない。表
現の仕方を、知らないのだ。
「お前は少し、機械的すぎる。笑ってみたらどうだ?」
 敬愛する姉であるトーレがこのように言おうと、知らないものは知らない。自分はその
ように作られてはいないのだから。
 これを不便と感じたことは一度もない。セインやウェンディのように笑いたいとも思わ
ないし、戦士としては常に冷静でいられる自分の性格のほうが望ましいものだとさえ考え
ていた。
「IS、スローターアームズ」
 ブーメランブレードを構え、セッテが飛び込んでくる。空の殲滅者というだけあって、
彼女は高い空戦能力と中規模な空間戦闘を行うことができる。先天固有技能によって遠隔
操作される無数の刃で敵の動きを封じ込め、自ら振り下ろす斬撃で敵を仕留める。
 これがセッテの戦闘スタイルである。彼女は、ナンバーズ最強の戦闘機人であるトーレ
が教育係だったということもあって、後期完成型としては無類の戦闘巧者だ。
「ツインブレイズ!」
 セッテの高速戦闘に対し、ゼロは再びディードのISを使った。彼自身の動きは決して遅
くはないし、素早さと機敏さを持っていたが、セッテの空戦に対応するにはこれしかなか
った。

 リコイルロッドとブーメランブレードが激突し、激しい打ち合いが繰り広げられる。
 ゼロとセッテは戦うのが初めてなら、会うのも初めてだ。にもかかわらず、セッテは繰
り出される攻撃の一つ一つを見切り、鋭い反撃を行ってくる。
 ツインブレイズによる瞬間加速にも、セッテは確実に対応しているのだ。
「データ蓄積、という奴か」
 セインの話によると、ナンバーズは姉妹間におけるデータ共有システムを持っていると
いう。姉妹の一人が行った戦闘データなどを蓄積、解析し、姉妹全員で共有する。これに
よって実際に自分が相対したわけではない敵とも、計算された最適な戦闘動作を持って戦
うことができる。
「その通りだ」
 投げ放ったブーメランブレードを回収しながら、セッテは口を開く。
「私はお前がこれまで倒してきた6人のナンバーズ、そのデータを継承している」
 セッテは何故スカリエッティが単機による一対一の戦闘に拘っていたか、その理由を推
測によって把握していた。
「一人お前と戦うごとに、我々は強くなっていく」
 相性が極端に悪かったディエチや、戦闘力が皆無だったセインはともかく、ゼロの倒し
てきたナンバーズはいずれも次に現れる機体の方が強かった。それは彼女らが敗れた姉妹
からデータを入手していたからであり、ゼロは常に研究され続けていたのだ。
「幾人のナンバーズを倒そうと、最終的にお前は負ける」
 それが今なのだと言いたげに、セッテは鋭い眼光を向けてくる。極端な言い方をすれば
今のセッテにはナンバーズ6人分のデータがある。システムによって再編され、最適化さ
れたデータ。極端な話をすれば、データの数だけならセッテはゼロが最初に戦ったオッ
トーの6倍は有しているのだ。
「そんなことのために、わざわざ単機での戦闘を行ってきたのか」
 戦略的には正しいように思えるが、ゼロは複雑な表情を浮かべていた。スカリエッティと
しては自分が作った戦闘機人の能力をフルに活用しようとしたのだろうが、これは大半の
ナンバーズが負けることを前提にしているのではないか。
「そんなことではない、お前を倒すために必要だとドクターは判断された」
 必要だから実行する。切り捨てるどころか、はじめから勝ち目のない戦いをスカリエッ
ティは行わせていたのだ。まるでランナーへとバトンを渡し続けるリレーのように。
「馬鹿げている。奴がそこまで忠誠に値する男とは、とても思えんが」
「お前にドクターの何が分かる。何も知らない異世界人の分際で」
「確かに、知りたくもないのは事実だ」
 静かに睨みあう二人。セッテはゼロと互角の戦闘を繰り広げており、スカリエッティの
戦略は成功したかに見える。
「さぁ、お喋りは終わりだ……死ね」
 自分にしては口数が多かったと、さして喋ったわけでもないのにセッテは自己を戒めた。
 投げ放たれるブーメランブレード、二刀の刃がゼロに迫るも、彼はリコイルロッドでこ
れを防ぐ。打撃、斬撃に対する防御は堅い。しかし、セッテはさらに二刀のブーメランブ
レードを手に持つと、これもまたゼロに向かって投げ放つ。
「スローターアームズ!」
 計四本のブーメランブレード、舞い踊る剣のように刃を煌めかせ、ゼロに襲いかかる。
「チッ!」
 さすがに4本の武器を全て捌くのは困難だった。次々に迫る刃を弾いては避け、弾いて
は避け、ツインブレイズを使おうにも、ゼロの周囲の空間は制圧された等しかった。不
用意に瞬間加速を行えば、そこを叩き潰されるかもしれない。
「ならば、前に出る」
 ゼロは刃を弾き飛ばすと、一気にセッテとの距離を詰めにかかった。背後から追いかけ
るようにブーメランブレードも軌道を変えるが、そんなものに構ってはいられない。
「正面突破……何の問題もない」
 ブーメランブレードを持たぬセッテは丸腰も同然であったが、彼女はまるで動じなかっ
た。そして、右手をゼロに突き出す。


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最終更新:2008年10月10日 00:45