――後悔。

 アギトは知っていた。
その男は嘆いている。自らの母の亡骸を抱え、燃え落ちる我が家を睨み、安否も分からぬ血を分けた弟を案じて叫ぶ。

 ――哀惜。

 アギトは見ていた。
抱えていた亡骸が腐り、溶け、濁った血となって彼の手から滑り落ちていく。彼の叫びはもはや悲鳴のようになった。

 ――絶望。

 アギトは聞いていた。
どれだけ嘆き、言葉にもならない声を吐き出しても、男の目から涙は零れない。多くのモノを失い、しかし代わりにたった一つの何かが男の内側を満たす。

 ――大きな疑問。

 アギトは感じていた。
偽りの無い心の底からの負の感情。それが男の中の何かを解き放ち、全身が力で満ち溢れる感覚に彼は初めて気付く。

 ――戸惑い。

 アギトは知っていた。
その日。運命の日。男は一つの選択をしたのだ。

 

 ――その全てが快感であること。

 

 その日、一人の男の中で<悪魔>が目覚めた。
先ほどまでとは違う、失ったものに対する慟哭ではない。
怒り? 哀しみ? それとも――歓喜?
含まれた感情すら察することが出来ない、この世のものとは思えない咆哮が天を突く。
吹き出す魔力と魂の叫びが噴き出し、男の体を包み込み、そして後に残ったものはもはや人間ではなく――。

 


『おはよう。気分はどうだい?』
『……最悪。早くここから出せ』

 アギトは眼を覚ました。
覗き込むスカリエッティの顔に向かって悪態を吐く。自分にはよく分からない謎の液体に満たされたカプセルの中はお世辞にも居心地がいいとは言えない。
カプセルから飛び出すと、体の調子を確かめるように手足を動かした。
ユニゾンデバイスであるアギトには定期的な調整が必要になる。悔しいがスカリエッティの技術は一流だった。気分とは裏腹にすこぶる体調が良い。

「リフレッシュ効果もあるはずなんだがね。そんなに居心地は悪いかな?」

 毎度のことながら、この調整の時間を嫌うアギトにスカリエッティは苦笑しながら尋ねた。

「研究所に居た頃を思い出して、あんまりいい気はしないよ」
「それは夢見の悪さにも影響しているのかな? バイタルに僅かだが変化があった。何か、見ていたんだろう?」
「……アイツの夢だよ」

 無遠慮に尋ねてくるスカリエッティに苛つくが、噛み付くのが疲れるだけだと悟るくらいに慣れてもいた。
アギトはため息と共に答える。

「――バージルと<ユニゾン>した時に見た、彼の記憶だね」

何が面白いのか、スカリエッティはニヤニヤと笑っていた。
それを見て、ますます気分は悪くなる。ただし、こちらは純粋な生理的嫌悪感というやつだ。
アギトはスカリエッティを変態科学者だと決め付けていた。そして、それはその通りだった。

「彼の記憶か……本当に興味深い。映像化出来ないのが残念だ」
「肩代わりしてくれるなら、ぜひやって欲しいよ。アタシはそれを何度も見てるんだ。
あんなの、ただの悪夢だ。バージルは……アイツは、人間じゃない……」

 苦々しく呟き、アギトは濡れた体以外の原因で来る寒気に自らの肩を抱いた。
今でも鮮明に思い出せる。脳に刻まれ、眼に焼き付いた。
あれは一人の修羅の誕生だった。
あの時、バージルが誓ったものは復讐ではない。
ただひたすら、飢えるように望んでいた――『もっと力を』

「アイツは、<悪魔>だ」

 おぞましいものを語るように、アギトは吐き捨てた。

「……ふむ、随分と彼を嫌っているらしい」
「怖いんだよ。あんなヤツ、近づきたくない」
「嫌悪し、恐れ、そして忌避する。……なのに、夢にまで見るほど気にしている。なかなか複雑な乙女心だねぇ、アギト」
「……何が言いてーんだ、コラ?」
「いや、特に言いたい事はないさ。見てるだけで楽しいからね」
「燃やすぞ、このヤロー。……旦那達が来てるんだろ? アタシ、もう行くからな!」

 腕を一振りすると、バリアジャケットと同じ原理で服が構成された。
スカリエッティの意図の掴めない言動は毎度のことだったし、それに付き合う義理などないのも分かっている。
アギトは不愉快そうに鼻を鳴らして飛び上がった。

「ああ、そうそう。資料室にバージルがいるから呼んできてくれないか?」

 嫌がらせ以外の何物でもないスカリエッティの頼み事に、青筋を立てながら振り返る。

「通信で呼べよ!」
「彼が顎で使われるのを心底嫌うのは知ってるだろう? 直接呼びにでも行かないと、きっと無視し続けるさ」
「なら、アンタが行け!」
「いやぁ、そうしたいんだけど、前回の任務でちょっと彼に隠し事してたのがバレちゃってねぇ。少しでも機嫌を良くしておきたいのさ」
「それがなんでアタシなんだよ!?」
「いいじゃないか、彼と一番古い付き合いなんだし」
「~~~っ!」

 ああ言えばこう言う。話は平行線上を辿っていた。
そしてそれは、神経を逆なでするような声と口調を相手にこれ以上会話を続ける苦痛の方が勝ったアギトが折れる形で終了する。
『首刎ねられちまえ!』と最後に悪態を吐き、アギトは文字通り飛ぶように部屋を去って行った。
薄暗いラボに、本来の静寂が戻る。
アギトが使用していたメンテナンス用の装置と、そのデータの整理に取り掛かりながら、スカリエッティは一人愉悦の笑みを浮かべた。

「……好意の反対は無関心」

 謳うように独白する。

「彼の中の<悪魔>に魅せられたのか、人としての苦悩に気付いたのか、それとも……いやはや、やはり<魂>とは実に興味深い」

 

魔法少女リリカルなのはStylish
第十九話『Dark Side』

 

 

「18のダブル」
「楽勝」

 ダンッ、と音がしてナイフが指定された場所へ突き刺さる。
久方ぶりの来客に、セインが紅茶とお茶請けのケーキを持って休憩室へ行くと、ちっちゃな姉と色黒の美人が奇妙なゲームに興じていた。

「7のトリプル」
「意地が悪いな」

 ダーツボードに向けて、チンクとルシアが交互に投げ合っている。ただし、それはダーツではなくお互いの持つ武器だった。
その威力を表すように、ボードが悲鳴のような軋む音を立てて揺れる。
本来のルールではなく、互いに指す場所へ投げ合っているらしく、それぞれまだ狙いを外してはいない。
二人ともテーブルに腰掛けたまま、距離は部屋の壁から壁ほどまで離れていたが、その程度ならば全くの必中距離と言ってよかった。つまり、ただのお遊びなのだ。

「コラコラ、お姉さん方。良ければ、ダーツのルールを教えましょうか?」

 苦笑しながらセインが二人に紅茶を注ぎ、お茶請けも添えていく。

「ありがとう」
「どういたしまして。ルシアさんまで来るなんて珍しいですね」
「アギトの迎えもあるから。あのメガネ女がいないのは僥倖ね」
「クア姉なら、バージルの使いっ走りしてますよ」
「またか? 気の毒に」

 紅茶に口をつけながら、チンクは憐れむように呟いた。
ルシアが投げたナイフを回収し、再び席に戻ってくる。

「いい気味だわ。あの女、何かに付けてルーテシアに良くないこと吹き込もうとするのよ」
「確かに、子供の教育には絶対良くない相手ですねぇ」
「言ってやるな。あれで良い所もある」
「「どこが?」」

 ルシアとセインの全くフォローしようがない異口同音の問いに対して、さすがのチンクも気まずげにカップで口元を隠すことしか出来なかった。
休憩室には他に、当のルーテシアとゼスト、そして彼女を相手にチェスに興じる無謀なウェンディがいた。
比較的人当たりの良いメンバーだ。積極的に他人と関わろうという気のない他の<姉妹>は、自然とルシア達とは疎遠になっている。
ルーテシア達の下へお茶を持っていくセインを見送りながら、チンクとルシアは再びボードに視線を戻した。

「6のシングル、内側。……バージルのことだが」

 カップを片手に持ちながら、無造作にナイフを投げるルシアへ視線を向けず、独り言のようにチンクが呟く。
互いに共通する戦闘スタイルを持つせいか、彼女たちには初対面から奇妙なシンパシーがあった。今はもう友人と言っても過言ではない。

「奴をどう思う?」
「危険だわ」

 ルシアもまた視線を前に向けたまま、即答した。

「<悪魔>の力か」
「私も『同じような力』を持っているけど、アイツのそれは私よりも強大よ。多分、敵わない」
「それほどか……」
「貴女達の方が良く知っていると思うけど? 何度か模擬戦もしてるんでしょう?」
「いや、最初の一回だけだ。クアットロの件以来、奴と戦う危険性は十分理解したからな」
「そうね。あの男にとっての戦いは……殺し合いしかないわ」
先にバージルと出会ったのは、ルーテシアとゼスト、そしてルシアだった。
彼女達を介してバージルはスカリエッティと出会い、ルシアも知らない秘密裏の契約を交わして、今は行動を共にしている。
それはもちろん、協力関係などという生温いものではなかった。
互いに好都合だから利用し合うだけ――その微妙な境界を図り違えた結果、事件は起こった。
研究目的を建前に面白半分でチンク達<ナンバーズ>の訓練に加わらせ、シンプルな模擬戦を行い、そしてバージルは三人の重傷者を作り出した。
戦った三人の内の二人。トーレとチンクは全快に一週間以上を要するダメージを負い、もう一人のクアットロに至っては……正直、ルーテシアが観戦していなかったのは幸運だった。
クアットロがバージルに得意の幻覚攻撃を行った後、一体何がそこまで彼の逆鱗に触れたのか、過剰とも言える殺意を以って彼はクアットロを斬り刻んだ。
四肢を切断し、命乞いをする彼女の喉をもう少しで串刺しにする所だった。
その惨劇以来、スカリエッティもナンバーズも、そしてルシア達さえもバージルへの干渉を最低限に抑えている。
ルシアは最初、バージルを見た時に『研ぎ澄まされた剣だ』と感じた。だがそれは違った。アレは『その剣を振るう飢えた獣だ』と改めた。

「敵か、それ以外――あの男が見てる世界は、おそらくそれだけしかいないわね」
「ある意味、憐れな男だな」
「その同情すら甘いわよ。アイツの目的は知れない。いつか、貴女達に刃を向けるかもしれない」

 ルシアは<悪魔>に対して抱く感情と同種のものをバージルに感じていた。
ルーテシアが<悪魔>を使役する度に懸念する思いを抱いていた。
絶対に相容れない。その力がどれほど強大で、そしてそれを味方に付けることが出来たとしても、いずれはその牙が自分にも向かう。
そんな不安と恐怖を感じずにはいられないのだ。

「元より馴れ合いなど考えていない。奴は味方などではない。妹達に刃を向けるというのなら――」

 チンクの投げたナイフがボードの中心に寸分のズレ無く突き刺さった。

「この姉が命に代えてでも奴を殺す」

 冷徹な決意を秘め、チンクはそう断言した。
文字通り『悪魔のような男』――バージルに対する彼女達の評価は、共通してそういうものだった。

 

 

 眼前のホログラムウィンドウには文字の羅列が波のように流れていた。
読書嫌いの人間から見れば、それは一種の模様のように見えたかもしれない。しかもそんな画面が複数眼前に表示されている状況は拷問のようにも思える。
しかし、バージルはそれらの文字を一語一句逃さず読み解いていた。
眼の負担を考慮されたウィンドウの放つ光量が、薄暗い資料室を延々と照らす。

「……ちっ、やはりこの程度か」

 どれほどの時間、バージルはその作業を繰り返していただろうか。
ひたすら情報を得ていく内に、それが徒労に終わる予感がし始めていた。表示されている情報はいずれも彼の期待に応えるものではない。
そこには<悪魔>に関する情報が書かれていた。

「クアットロ」
「は、はいッ! なんでしょうか……?」

 背後に控えていたクアットロを振り返りもせず無造作に呼び付ける。
普段の不遜な彼女の態度を知る者なら眉を顰めるような従順さで、クアットロは背筋を伸ばしてそれに応じた。

「<悪魔>に関する資料は、本当にこれだけか?」
「はい、閲覧許可されている物はそれだけかと……」
「制限が?」
「えぇと、そちらに関してはドクターが独自に収集してきたものなので、関与しておりませぇん」

 引き攣った愛想笑いを浮かべ、媚びるような声色を努力して搾り出すクアットロを、バージルは無言で睨み付けた。
真剣を背筋に這わせているような寒気を感じ、慌てて弁明する。

「ほ、本当ですぅ! ドクターも研究途中で、まとまった資料なんて大してありませんわ!」
「……」
「それ以外の情報なら、あのぉ、幾らでも……すぐにでも……」
「……ウロボロス社の創立以来の経歴を出せ」
「は、はいぃ!」

 すぐさま作業に取り掛かる。
スカリエッティからの命令であっても、ここまで実直で素早い行動は起こすまい。その機敏な動きは、バージルに対する恐怖に裏付けされていた。

「おい、バージルいるか?」

 命令されるクアットロにとっては全く気の抜けない針のムシロのような室内へ、不意にアギトが顔を出した。
クアットロの顔が希望を見つけたように輝く。

「いるなら返事しろー、コノヤロー」

 おおよそバージルに接する者の中では最も気安い態度で、アギトはやる気のなさそうに彼の眼前まで移動した。
クアットロならば視線を向けることすら腰の引ける氷の眼光を真正面から見返す。
無視を決め込んでいたバージルは不快そうに顔を背けた。

「……何だ?」
「変態科学者が呼んでっぞ。行って来い」
「ここに呼べ」
「自分で呼べよ」
「……」
「睨むなよ、芸がないな。意地になる程のことでもないだろ?」
「……ラボか?」
「おう、いつもの場所。世間話するほど命知らずじゃねーんだし、何かお前にとっても有意義な話なんじゃないの?」

 死を連想させる程の圧力を滲ませる声と、気の抜けたダルそうな声が奇妙な会話を展開し、バージルが折れる形でそれは終了した。
最後のフォローが理性的な判断を促したのか、アギトを一睨みするだけで済ませて、そのまま無言で部屋を去って行く。

「……バージル」
「何だ?」
「素直じゃん。何かあったのか?」

 アギトにとっては純粋な質問だったが、肩越しに振り返ったバージルは的外れな馬鹿を見るような蔑んだ視線を一瞬向け、何も応えずにドアを潜った。

「なんだよー、相変わらず愛想ないなー」

 アギトは拗ねたように口を尖らせた。

「けど、本当にアイツ何があったんだ? 随分丸くなってたけど」
「……声をかけただけで斬りかかって来そうな雰囲気が、丸い? どうかしてるんじゃないのぉ?」

 クアットロは信じられないといった眼でアギトを見つめた。

「ちょっと前のバージルだったら、本当にそんな感じだったよ。でも実際、今はそうならなかった。
なんかさ、人の話を聞く余裕が出来てるっていうか、これまであった焦りみたいなものがなくなってると思う」
「そんな違いなんて、私には欠片も分からないんだけど……。
そういえば、前回の任務で珍しく協力してくれてたわねぇ。ドクターは『探し物が見つかったから』って言ってたけど」
「探し物かぁ……だから焦ってたのかな」
「……アギトちゃん。駄目よ、あの男は」

 バージルがいなくなり、本来の調子を取り戻したクアットロだったが、おそらく自分でも気付いていないだろう感情の滲み出るアギトの横顔を見て、らしくもない助言が口から出ていた。
アギトはバージルを良くも悪くも意識している。
それは、おそらく唯一バージルに対してあれほど気安く接することが出来る彼女の言動を見ていれば容易く推察出来た。
本人も気付かぬその心情をからかって弄り回したい生来の衝動をクアットロは珍しく抑えている。
度々こうして助けてくれるアギトに一抹の恩を感じているのもあるが、それ以上に彼女ですら感じるバージルへの懸念が無意識に忠告を紡ぎ出していた。

「あの男は、自ら<悪魔>に近づこうとしている男よ。放っておけば、勝手に自滅するわ」

 何を妙な勘違いしてるんだ? といった訝しげな視線を向けるアギトに、真剣な表情で告げる。

「一度ユニゾンしたから親身に感じるのかもしれないけれど、あまり深く関わらない方がいいわ」
「……少し、言いすぎじゃねーの? それはお前がアイツのこと嫌いだからだろ?」
「ええ、初対面でダルマにされたのよ? あの時ほど恐怖を感じたことは無いわ。
まるで<悪魔>だった。アレ以来、何度も後ろから刺してやろうと思ったけど、その度に次の瞬間殺される自分が頭に浮かんで足が竦むのよ。
この理屈では覆せない恐怖が、多分<悪魔>に対して感じる共通の感覚なのね……」

 普段の胡散臭い詐欺師のような喋り方は鳴りを潜め、独白するように語るクアットロの虚ろな表情は、彼女の本心を感じさせた。

「あの模擬戦の時、私のISはまだ当時不完全だったから知覚系に干渉する催眠に似た方法だったの。
どんな幻影を見たのかは私にも分からないわ。けれど、深層心理に働きかけて、トラウマに関わるものを見たはず。
普通の人間なら動揺して、混乱して、そして恐怖するわ。なのに、あの男は斬った。一瞬も臆さずに、むしろ怒りや殺意を滾らせて、斬れないはずのモノを斬った――恐ろしい男よ」

 吐き捨てたクアットロの言葉に、アギトは同意した。
確かに、頑なに人間である部分を切り捨てようとするあの男の意志は不気味を通り越して異常に思えるかもしれない。バージルは自らそれを望んでいるのだ。
しかし、アギトは気付かぬ内にこうも思った。
少しだけ――可哀想だな、と。

 

 

 スカリエッティは大抵自らのラボに篭っている。
バージルがそこを訪れれば、中は相変わらず薄暗い闇とそれを照らす機器の灯が満ちていた。
暗闇が部屋の境を曖昧にし、何処までも床が続き、何処にも壁が無い不気味な空間だと錯覚させる。このような空間をスカリエッティが好むようになったのは何時からか。
――闇には<悪魔>が潜む。
おそらく、それを知った時からだった。

「バージルかい? すまないが、奥まで来てくれ。少し手が離せない」

 別の部屋に繋がるドアから聞こえた声に、バージルは不快感を表しながらも黙って従った。
ドアを潜ると、その前の部屋とは全く異なる異空間が広がる。
生々しい標本が浮く水槽が柱のように何本も立ち並び、機器の光がその中身を淡く照らし出していた。
腹を切り開かれた角のある猿。人間の赤ん坊に似た蛙。体毛と目のない犬。まともな生態系のモノはひとつも無い。
棚に陳列された様々な骨格標本も、頭蓋に角が生えていたり、異常に骨格が小さかったりしている。
どれもこれも生物を研究した物ではなかった。全て<悪魔>だ。
この場所に科学の面影は無く、黒魔術か何かの研究部屋としか思えなかった。
そんな異界の一角で、スカリエッティはデスクに腰掛けて本を読んでいた。文字通り紙とインクで構成された本である。

「……<悪魔>に関する新しい資料を手に入れてね。しかも、幸運にもコピーではなく原本が手に入ったのだよ」

 呼びつけたバージルを一瞥もせず、文字をなぞりながら頼んでもいない説明をする。
バージルはそれを無言で流した。スカリエッティの無駄なお喋りに付き合うつもりはない。

「資料室では何を探していたのかな? 君も知らない<悪魔>の情報か?
例えば、この本はどうだろう――愛に目覚めた<悪魔>が人間の女と交わり、双子の兄弟を産み落とすという話だ」

 その言葉に、無視を貫いていたバージルの意識が始めて揺れた。

「まだ最後まで解読していないが、この結末はどういうものなのだろう? 生まれた双子は、果たして人間なのだろうか? それとも――」
「何が言いたい?」

 バージルの殺気がスカリエッティの全身を貫いた。
彼がどんな反応を見せるのか、好奇心を抑えられず口にしていた戯言が意思とは関係なく止まる。
これ以上余計なことを喋れば、彼は自分を殺すだろう。
確信と恐怖があった。この感覚は覚えがある。そう、丁度あのダンテのような――。

「……やはり、兄弟か。そっくりだよ、その力、その恐怖」
「俺の父は<悪魔> 母は人間だ。――それで?
貴様の遊びに付き合っている暇は無い。話を進めるのか、俺に殺されるのか。早く選べ」

 僅かな動揺さえ伺えない、無感情で淡々とした口調の中に有無を言わせぬ迫力が秘められている。
命の危険を感じながら、スカリエッティは恐怖と同じくらい感動を抱いていた。
バージルと組するようになって長いが、今初めてまともなコミュニケーションを取れた気がした。実に数年を経て、彼は初めて他者に意識を向けたのだ。
これで、目の前の存在をもっと知ることが出来る。
<悪魔>と人間のハーフという、奇跡のような存在を。

「話を進めよう。実は、君の弟のダンテ君が<この世界>にいることが分かった」
「話を進めろ、と言ったが?」

 バージルは回りくどい言い方を戒めるように、視線をスカリエッティに突き刺した。

「貴様が意図してダンテの存在を隠していたことは知っている」
「形だけの謝罪は必要なさそうだね。では、彼の現在の所在は分かっているのかな?」
「……何処にいる?」
「ミッドチルダ中央区画湾岸地区。管理局の機動六課という部隊で、対<悪魔>用の協力者として居るようだ」

 聞き終えると同時に、バージルは踵を返した。そのまま外へ向かう。

「待ちたまえ」

 間違いなくダンテの元へ向かおうとしているバージルをスカリエッティが呼び止めた。
全く以って無視すべき呼びかけではあったが、『この世界の情報』という点に置いて大きなアドバンテージを持つ相手の言葉に思わず足が止まってしまう。

「貴様の命令を聞く利など、俺には無い」

 躊躇する自分に対して、内心で舌打ちしながらバージルは告げる。

「困るのだよ、勝手に死なれては」
「貴様がダンテを使って何を企んでいるかは知らんが……」
「いや、君がだ」

 その言葉に、今度こそバージルは完全に足を止めた。
振り返り、向き直る。スカリエッティの浮かべる笑みが嘲笑に見えた。
初めて心が苛立ちでざわめき立つ。

「……俺が奴に負けると?」
「勝てるとでも思っているのかね? 全て<あの時>と同じ焼き回しじゃないか」

 バージルは更なる動揺を苦心して表情に出さないよう押さえ込まねばならなかった。
胸中には疑問が渦巻いている。
スカリエッティと出会い、数年。協力関係とも言えない酷薄な立場を互いに維持してきた。奴は自分の過去を何も知らないはずだ。
だが、奴は今ここで自分の出生を語り、更にそれ以上の事を知る素振りも見せている。
先ほどはこれ見よがしに本を指して見せたが、それが嘘であることは明白だ。自分は数百年も前に生まれたわけではない。
唯一心当たりのある、かつての曖昧な記憶の中で、自分の深い部分に触れた感覚を覚えている赤い小さな影を思い出してバージルは苦々しげに舌打ちした。

「おそらく君と君の弟が<この世界>に来る事になった原因だよ、バージル。
君は<魔界>の扉を開こうとして、失敗した。父親の遺産である<力>を手に入れようとして、奪われた。君の弟、ダンテによって。
同じ血統を持ちながら、君は君の半身に負けたのだよ。ダンテを選んだのだ、君が乗り越えようとしている<悪魔>は、父は――!」

 ゆっくりと歩み寄るバージルを前にして、死が近づいてくる感覚を味わいながらも喋り続けていたスカリエッティは、抜き放たれた白刃についに言葉を遮られた。
顔の数センチ先に剣先がピタリと止まっている。

「……君の父上は偉大だ。名前を口にすることすら憚られる」
「黙れ」
「意地悪が過ぎたな、許してくれ。だが、言葉を撤回するつもりは無い」

 バージルが殺気を強めても、スカリエッティはもう臆さなかった。
突きつけられた刃に手を添え、刃先に親指を這わせる。ぐっと押し込めば、鋭利な刃が皮膚を深く切り裂いて血が流れた。
その瞬間にも、彼の笑みは揺るぎもしなかった。

「君は負ける」

 一歩、前に進む。それに合わせて指が刃の上を走り、更に傷が深くなるが気にも留めない。

「何度でも言おう。今戦えば、君はダンテに負ける。賭けてもいい」
「貴様は、奴の味方か?」
「そうじゃない。ただ事実を言っている。
7年前、この世界へ落ちて来た時から君は何も進歩していない。確かに力はより強大になったが、それはダンテも同じだ。
君は何も変わっていない。考え方も、これからやろうとしていることも――全て同じだ。だから結果も同じになる。以前の勝敗が運によって決定されたなどと考えているのかい?」

 顔を付き合わせる距離で、スカリエッティはようやく止まった。
バージルの氷のような眼光にも負けない、混沌とした狂気の瞳が真正面に居座り、動かなかった。
単なる人の身で<悪魔>の力を前にして不退転となる――ただその姿だけを見れば、あまりに気高い姿であった。
視線を交え、僅かな沈黙の後、バージルはおもむろに血糊を振り落として刀を仕舞った。

「……何が言いたい?」

 バージルの瞳に篭っていた感情の熱が引くのを察して、スカリエッティは満足そうに頷いた。

「君には足りないものがある。ダンテにあって、君に無いもの――それは<人間の力>だ」
「くだらん精神論は……」
「いや、違う。私は全く科学的な話をしている」

 スカリエッティは促すように部屋を見回した。
彼の奇怪な研究成果の数々が所狭しと並べられ、その光景だけであらゆるものが呪われそうな雰囲気に満ちていた。

「見たまえ。<悪魔>の存在を知って以来、私はこの未知の存在の研究に明け暮れてきたが、まるで底が見えない。
その存在を固着させる為に生物に憑依させる段階までは進んだ。だが、どれも失敗だ。大抵は悪魔がその媒体となる肉体を完全に乗っ取る。片方の力が片方を飲み込んでしまう。
――だが、君達は違う。一つの肉体に相反する二つの魂が同居している。君達はまさに<魔人>だ。存在そのものが、既に<悪魔>を超越しているんだ!」

 興奮気味に語るスカリエッティは、バージルをここに呼んだ本来の用件も忘れて熱弁していた。
バージルはただ黙っていた。
目の前の男が語る内容に、確かに思うところもある。自らの出生を改めて見つめ直す必要もあるかもしれない。
しかし、それ以上に目の前の男の不気味さに、バージルは初めて人間を相手取って動揺するという経験を僅かながらもしていた。
<悪魔>に魅せられた人間でありながら、人間の力の素晴らしさも説く。
恐れながらも興味を抱き、近づき、調べ、感情のままに弄り、そして悦ぶ――ある意味子供のように純粋だった。だからこそ不気味なのだ。

「バージル、君の人間としての半身は決して劣った部分ではない。君はもっと自分に与えられた<力>を有効に使うべきだ。そうすれば、君はダンテに勝てる」

 ――もっとも、その時は既に君にとってダンテが敵ではなくなっているかもしれないが。
自分がバージルからも変人扱いされているなどと露も知らず、スカリエッティは自身の推測に一人にやついていた。

「……さあ、話が長くなってしまったね。
君を呼んだ用件だが、簡単だ。次から<作戦>に参加して欲しい。ダンテと対峙するお膳立てもするし、必ず君にとってプラスとなる。どうかね?」

 答えが分かっていながら、スカリエッティは尋ねた。
否ならば、既に自分は斬り殺されている。
スカリエッティのペースに嵌り、彼の話を聞き入ってしまったバージルが下す判断など決まっていた。

「……いいだろう」

 目の前の癇に障る存在を、真っ二つに切り裂くことは容易い。だが、困難な道こそ得られるものは大きい筈だ。
再びこの手に父の力を手にする為には、多くの障害が残っている。
運命のように立ち塞がるダンテ、アリウスという謎の魔導師、そして目の前の狂った科学者も――。
バージルは自らを納得させると、今度こそ踵を返して部屋を後にした。

「ああ、そうそう。君の過去についてなんだがね、大体察しているとおりアギトを経由して知ったよ」

 その背中に向けて、悪戯っぽく告げる。

「だが、彼女を責めないでくれ。メンテナンスの度に記憶を読まれていることは知らないんだ」

 悪趣味な上にジョークのセンスは欠片も無い。
無意識に感じた不快感から肩越しに睨みつけ、そんな自分の衝動的な行動に舌打ちするとバージルは部屋を立ち去った。
残されたスカリエッティは興味深そうにその後ろ姿を見送る。
不意に、部屋の片隅の暗闇から足音も無くウーノが姿を現した。

「あまり、あの男を挑発するのもどうかと思いますが」

 姿を隠していたわけではないが、二人の会話に割り込む必要性も感じなかった為今まで黙っていた。
しかし、一連のやりとりでは思わず飛び出しそうになった場面も多々あったのだ。ウーノは内心肝を冷やしていた。
目の前の主は、理性的な普段から一転して時折信じられないほど愚かなことをする。

「何、ただ要求を突き付けても彼は協力してくれない。必要な交渉技術だよ」
「半分以上、楽しんでいるだけのようにも見えましたが?」
「ははっ、それもある。本当に、彼ら双子は興味深い。話すだけでも退屈しないさ」

 何百という人間を含めた実験体を退屈そうに切り刻む一面を見せたかと思えば、未知の存在との対話をおっかなびっくり楽しむ。
ウーノにとって、ジェイル=スカリエッティは創造主ということを差し引いても全く計り知れない存在だった。

「あの男に大分入れ込んでいるようですね。私は、彼をアリウスにぶつけるつもりだと思っていましたが」
「最初はそう考えていた。しかし、ダンテと会って気が変わったよ。
彼を駒として扱うのは惜しい。彼らの人生は観察すべきだ。一体どんな結末を見せてくれるのか……」

 彼の心境は、映画の予告を見て本編を楽しみにする期待感に似ていた。
脇に抱えていた本をウーノに差し出す。そこに書かれている内容は、もちろんバージル達の出生に関してではない。

「かの有名な<魔界>と共に封じられた<魔帝>の物語とは違う、もう一つの封印された<覇王>について綴られた本だ。
まだ完全に読み解けてはいないが……アリウスの狙いが見えてきた。以前襲撃したオークションの出品リストを用意しておいてくれたまえ」
「畏まりました」
「そろそろ反抗の準備を始めるとしよう」

 スカリエッティは闇を睨みつけ、自分達を見下ろす敵の姿を幻視する。

「――<人間の力>を見せてやろう、偉大なる<悪魔>諸君」

 血の滴る拳を突き出し、狂気の科学者は不敵な宣戦布告を闇に発した。

 

「……」

 それをしばし、黙って見守るウーノ。

「ドクター」
「何かね?」
「そろそろ出血が悪化しますが」
「あ、うん」

 淡々と指摘され、バージルの刀で斬った指を握り込んでいた手を開いた。

「……なんか、痛い」
「それはそうです。傷が広がります」
「この血の勢いは、ちょっと危険じゃないかね?」
「いいから手を出して下さい」
「ジンジンするし」
「思ったよりも深いです。とりあえず止血だけしておきますね」
「すごい、痛いし!」
「痛いのが嫌なら、考えも無しに指を切るとかしないでください」

 今にも泣き喚きそうなスカリエッティの情けない顔に対して、ウーノは淡々と叱り付けた。瞳には呆れたような色が見えなくも無い。

「だって、そうでもしないと雰囲気に呑まれそうだったんだから仕方ないじゃないか! 気が抜けたら急に痛みがぶり返してきたのだよ!」
「逆ギレしないでください。……本当に、普段はてんで意気地がないんだから」

 バージルと対峙していた時の姿など面影すらない。子供のような悪態を聞き流しながら、手早く応急処置を行っていく。
スカリエッティを医療室へ運びながら、ウーノは小さくため息を吐いた。
本当に、我が主は計り知れない――。

 

 

「――はい。もう起き上がっても結構ですよー」

 シャマルに促され、スキャン台に寝転がっていたダンテはため息と共に起き上がった。

「やれやれ、美人の女医さんに誘われたから、もっと色気のある検査を期待してたんだがな」
「なんなら、今からお注射でもしましょうか?」
「いいね、そっちの方が夢がある」

 半裸のダンテを相手に大人のジョークを交わしながら微笑むシャマルの仕草は、落ち着いた女の色気を感じさせた。
得体の知れない機器と白一色に満ちた部屋だが、彼女の存在が彩を与えている。
身体検査など退屈極まりないものだったが、ダンテは悪くない気分だった。

「それで、俺の体はどうだった?
ティアは俺の食生活が破綻しきってるって言うんだが、異常でもあったか? 糖が出てたとか、腹が出てたとか……」

 上着を羽織ながら、茶化すように尋ねる。
もちろん検査をするまでもなく、引き締まった屈強な彼の体つきは不健康などという言葉とは全く疎遠だった。

「健康そのものですよ。同じ年代の成人男性と比較しても、水準を遥かに上回る健康状態です。内臓、血液、骨格まで――」

 そこまで明るく告げ、不意にシャマルは笑みを消した。
モニターから目を離し、真剣な視線でダンテを見据える。

「何処も異常はありません。アナタの肉体は、多少身体能力が高くても、人間と全く同じです」

 シャマルは当たり前のことを、一語一句確かめるように口にした。

「ダンテさんが、はやてちゃん達に話した色々なことを全て聞き及んではいません。
ただ一つ、アナタが『人間と悪魔の混血である』という話……。正直、信じられません。本当に体には異常は無いんです。DNAも人間の物です」
「そいつは安心した。血が赤いのは知ってたが、ひょっとしたら心臓が二個あったりするんじゃないかって悩む時もあったからな。これからは胸を張って暮らせるよ」
「茶化さないでください、真面目な話なんですよ!」
「こいつは失礼。それで、何が問題なんだ?
信じられないっていうならそれでいいさ。別に絶対に信じてもらう必要があるほど重要な内容じゃない」

 ダンテは気楽にそう言った。
自分が人間ではないという事実を、こうまで軽く扱える彼の神経を疑ってしまうが、同時にダンテらしいとも思う。
その開き直りにも似た考えに至るまで、一体どういう経緯があったかは分からないが、大きな苦悩があったことは間違いない。
似たような例を自分の身近でも知っているだけに尚更だ。
それを経て、今のダンテが在ることこそ彼の精神的な強さを表している。シャマルは目の前の男のそういう部分に魅力を感じていた。
彼が気にしないというのなら、気にしなくていいのだろう。
この結果を報告して上司がどう考えるかは知らないが、少なくともシャマルはそういう結論で落ち着いた。

「ダンテさんに関しては、問題はないんです」

 しかし、この検査結果が、また別の問題を浮き彫りにしていた。
ある意味、こちらが今回ダンテを呼んだ本題だった。

「問題は――ティアナなんです」
「ティアが?」
「以前の模擬戦から、少々疑問を感じてまして、こっそり検査させてもらいました。彼女は異常に成長しています」
「スリーサイズがか?」
「いえ、全体の能力値です」

 今度はシャマルも冗談に付き合わなかった。
ダンテの表情が普段の気安さから戦闘のような真剣さを帯びてきたのを確認して、話を続ける。

「あの模擬戦、本来なら決して在り得ない結果だったんです。
幾ら毎日訓練してるとは言っても、ティアナの身体能力はあの年頃の平均から見ても発達速度が遥かに早い。リンカーコアの成長、魔力量の増大に関してはより顕著です。
間単に言えば――『強くなりすぎている』 明らかに外的要因が携わっているでしょう」
「……危険なのか?」
「それが判断出来ないから問題なんです。
検査の結果、ティアナの体で異常が見られたのは、その向上した能力値だけでした。他は健康体です。もちろん、人間の範疇で」

 そこまで語り終え、シャマルは大きく息を吐きながら脱力してイスに凭れ掛かった。

「でも、明らかにおかしい」

 シャマルは断言した。
耳を傾け続けるダンテの目元はまだ力が抜けていない。

「何か心当たりはありませんか?
これまで他のメンバーと一緒に訓練も任務もこなして来て、ティアナだけがおかしい――多分<悪魔>が関係しているんだと思うんです」
「ああ……」

 ダンテは僅かに迷う素振りを見せ、眼を逸らさず自分を見つめ続けるシャマルの真剣な視線に根負けしたかのように苦笑を浮かべた。

「<悪魔>がくたばった時に残す赤い石を知ってるか?」
「はい、<悪魔>に対して判明している数少ない情報です。<レッドオーブ>と呼ばれてますが」
「<レッドオーブ>か……いいね、俺もそう呼ばせてもらおう。
その<レッドオーブ>は、<悪魔>の血肉みたいなもんだ。そいつを体に吸収して蓄積すれば、同じように少しずつ力が手に入る」

 あっさりと告げられた新事実に、シャマルは眼を丸くすることしか出来なかった。
あの謎の石に関しては、発見されてから数年、解析も進まず、全く新しい情報が得られなかったのだ。
驚愕に固まるシャマルを尻目に、ダンテは何でもない雑学を披露するように話を続けていく。

「理屈は分からない、が。俺自身、<悪魔>と戦い続けて分かったことだ。
<レッドオーブ>には力を強化する効果があるらしい。あるいは、死んだ<悪魔>の力を吸収する形になるのかも……」
「……それは、安全なものなんですか?」

 <悪魔>の血肉を自らの体に取り込み、力にする――あまり体に良さそうなイメージではない。
深刻なシャマルの問いに、ダンテは肩を竦めた。

「さあな。こいつは『俺の』経験談だ。今のところ俺は恩恵しか与ってないが……『普通の人間』なら違うのかもしれないぜ?」
「……問題が最初に戻ってしまいましたね」

 <悪魔>の力――その詳細はもはやミッドチルダの技術を以ってしても解析出来ないことが、ダンテを調べることで判明してしまった。
例えティアナの体に異変が起こっていたとしても、それをデータ化出来ない以上シャマルの懸念の域を出ない。
確信はあるのに確証はなく、それがより不安を大きくしていた。

「ああ、しかし危険性が高いのは確かだ。<悪魔>の力なんて、人間が持つもんじゃない」

 <悪魔>の血肉を取り込み、力に変えて戦う。それを繰り返す――。
こんな戦い方を続けたとして、その行き着く果てにはどんな結末がティアナを待っているのだろうか?
不安を感じずにはいられない。

「ティアナはこの事を?」

 シャマルの問いに、ダンテは頷いた。

「薄々察してるだろうな。アイツは昔から俺に付いて<悪魔>と戦ってきた経験もある」
「分かっていて、それでも力を欲しているんですね」
「あのじゃじゃ馬のことだ、覚悟の上だろうよ。忠告しても無駄だと思うぜ」
「この事は、はやてちゃんと……」
「ああ、ナノハにだけ伝えておいてくれ」

 結局、この情報をむやみに広めないという消極的な結論で落ち着いた。
ティアナを放置しておくことは出来ないが、止めることも出来ない。確証が無い以上、命令で強制も出来ない。
何もかも曖昧な状態でダンテに決断出来ることは、あの模擬戦以来頑ななティアナと新しい関係を築いて見せたなのはに何らかの期待を抱くことだけだった。
まったく、役立たずな自分に腹が立つ。内心の苛立ちを腹に押し込んで、ダンテは天井を仰いだ。
ティアナにバージル、母、そして父――。

「家族の問題ってのは、いつでも手に余るもんだぜ……」

 それでも立ち向かわなければならない。これまでそうしてきたように。
視線を元の位置まで降ろせば、ダンテの愚痴に気を悪くした風も無く、シャマルが微笑を浮かべていた。
文字通り人間離れした雰囲気を感じさせるのに、抱えているものがあまりに人間臭く、それがむしろ好ましい。
格好悪いところを見られたもんだ、と苦笑を浮かべるダンテの声と合わさって、部屋には二人の笑い声が束の間響いていた。

 

 


to be continued…>

 

 

<悪魔狩人の武器博物館>

《剣》閻魔刀

 バージルの愛用する剣。父から譲り受けたもの。『ヤマト』と読む。
日本刀に酷似した形状を持つが、その特性は一線を画している。
通常の日本刀に比べて幾分幅が広く、長い刀身だが、明らかに質量で勝るリベリオンとの激突にも耐えるほどの頑強さを誇る。
それでいて切れ味は非常に鋭利。バージル自身の技術も相まって、凄まじい剣速で斬られた対象のダメージが表面化するまで数瞬を要することも。
また、バージルは刀と鞘を一対として扱い、抜刀術の他にも鞘を用いた打撃技を組み合わせた戦闘を得意とする。
『人と魔を分ける力』を持ち、自我を宿しているともされているが、それが剣の特性に影響しているかは不明。
バージル自身の力の特性を完全に発現させ、その斬撃は次元さえも切り裂くことが出来る。
更に、この刀には武器以外にももう一つの役割が与えられているらしいが、その詳細は完全に不明である。

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最終更新:2008年10月09日 18:41