レジアス中将によって指揮された地上部隊は、統制の行き届いた指示の元、
着実に防衛体制を整えつつあった。聖王のゆりかごからは既に何百機ものガジ
ェット部隊が出撃をはじめているが、結集した陸士隊がこれの着実なる撃破を
はじめている。
「アインへリアルを起動、標準は『聖王のゆりかご』に!」
 レジアスの怒号に近い指示が、地上本部中央司令室内に飛んでいる。最高司
令官の席にどっかりと腰を下ろし、屈強な意思を元に強力な指揮を執るレジア
スの存在は、地上部隊全てを統括するに十分すぎるほどだった。

「発射せよ!」

 アインへリアル、レジアス・ゲイズが発案し、最高評議会によって承認され
建造された巨大魔力砲塔、謂わば現代魔法技術の粋を集めて作り上げられた兵
器が今、発射された。

 三連装砲門から怒濤の勢いで放たれた魔力砲は、的としては大きすぎる聖王
のゆりかごに狙いを定め……直撃した。
「全弾命中、アインへリアル、敵船に命中しました!」
 新兵器の発射に成功した司令室は歓喜の声に沸き立つが、オーリスはレジア
スが険しい表情のままであることに気付いた。
「……ダメか」
 そして、上官にして実の父親でもある男の口からはじめて、絶望感溢れる言
葉を聞いたのだった。
 オーリスは、無言でモニターに視線を戻した。
「そんな、馬鹿な」
 索敵担当の士官の声が、震えている。信じられないものを見るかのように、
もたらされる情報に動揺しきっていた。
「索敵士官、報告をしろ」
 故に、レジアスが低い声でそう命令したときも、動揺し、混乱しきっていた
彼の耳には届かなかった。
「――ちゃんと報告をせんか、索敵士官!!!」
 鼓膜を突き破らんばかりの怒声が、索敵士官と、他の士官たちに平静さを取
り戻させた。
 けれど、それは一時的な効果でしかなかった。
「む、無傷です! 敵、聖王のゆりかごはアインヘリアルの直撃にビクともし
ていません!」
 報告とほぼ同時に、聖王のゆりかごの砲門が光った。放たれた魔力砲が、ア
インヘリアルの砲塔に直撃、これを完全に破壊した。魔力防壁など、何ら意味
を持たなかった。現代魔法技術の結晶が、古代魔法兵器の一撃に打ち砕かれた
のだ。


 地上部隊もまた、善戦こそしているが、いつ苦戦に陥ってもおかしくない状
況下にあった。かき集めた部隊を統率、統制し、何とか戦闘を行える集団にし
たレジアスの手腕は大したものだが、完璧だったわけでもない。
 ガジェット部隊相手に激しい砲撃戦を繰り広げ圧倒こそしているが、敵は無
限の回復力を持っているに等しい相手だ。それに対し魔導師とはいっても生身
の人間である隊員たちは、神経をすり減らしながら必死に戦い続けている。
「戦車大隊、砲撃用意!」
 魔法戦車が集結をはじめ、魔力砲によるガジェットへの砲撃を開始する。大
型のガジェットであっても、戦車砲の前には一溜まりもない。一時は思わず隊
員たちが歓声を上げてしまうほど、戦闘は一方的なものになった。

 しかし、それはすぐに絶望へと変化を遂げる。

「な、なんだ、地震か!?」
 戦車に乗り込む隊員も、外で戦闘を行う者も、誰もが大きな地鳴りを肌で感
じ始めた。
「じ、地面が!」
 恐らく、戦車隊は自分たちに何が起こったのか判らなかっただろう。突然地
面に何らかの反応があったかと思えば、車体が揺れ、いや、揺れたと言うより
は吹っ飛ばされたのだから。
 地中から現れた、巨体な召喚虫に出現によって。
「ば、化け物だ」
 ひっくり返されることを避けることが出来た戦車をはじめ、隊員たちも新た
に現れた奇怪な召喚虫に対し、一斉攻撃を行った。
「酷い、地雷王たちは化け物なんかじゃない」
 空にあって、お気に入りのガジェットⅡ型の上に乗っているルーテシアは、
管理局の武装局員たちの反応と対応に、不快感を滲ませていた。
「みんな、死んじゃえ」
 魔力砲の直撃を受けたところで、硬い地雷王の身体は傷一つ付かない。そこ
にガジェットの反撃も始まり、地上部隊の一部が瓦解し始める。一つ崩せば二
つ、二つ崩せば三つと、一気に壊乱に陥れるべく、ルーテシアは更に構成を強
めはじめた。
 この時、戦場にあって前線部隊を率いていたのはルーテシアのみである。ス
カリエッティはこの戦いにナンバーズを出そうとはせず、あるいは先の行いを
反省して、温存しているのかも知れなかった。
 しかし、ギンガやゼスト、アギトの来援は期待しても良いはずなのだが……
「別に、一人でも大丈夫だけど」
 呟くルーテシアの頭に、ガリューの手が優しく触れた。少し驚きながら彼を
見上げるも、ルーテシアは微笑みを見せた。
「忘れてないよ、ガリューも一緒。うん、一人じゃない」


 地上部隊がここまで善戦を続けられた理由には、やはりレジアス中将の存在
が大きいだろう、大きいはずだと考える人々は多い。それは敵も味方も同じ事
で、特にギンガ・ナカジマは真っ先にそこへ到達した。
 ルーテシアの援護に向かうわけでもなく彼女が取った行動は、大将首である
レジアスの命を奪うことだった。
「地上本部の防壁、それで私を止められるかしら!?」
 レリックの放つ赤い魔力に包まれたギンガは、弾丸のような速度で地上本部
の防壁に突撃すると、これを力任せに突き抜けた。元々、対人魔導師用に作ら
れていないとはいえ、ギンガは史上初魔導師の身で地上本部の絶対防壁を破っ
た存在となった。
 突入すると共に、けたたましい警報の嵐がギンガを歓迎する。
「大将首は、どっこかしら~」
 歌など歌いつつ、ギンガは地上本部内を駆けだした。本坊防衛部隊が立ちは
だかるも、敵が攻撃するよりも早く、ギンガはそれらを打ち砕いていた。

 目指すは中央司令室、狙うは大将首ただ一つ!


 ギンガが侵入し、防衛部隊を蹴散らしながら司令室に突き進んでいることは、
レジアスにも判っていた。
「閣下、お逃げ下さい。敵の狙いはあなたです」
 オーリスはそのように訴えるが、レジアスは思いのほか強情だった。
「ダメだ、今私が指揮を放棄して逃げ出せば、地上部隊は統制を失って壊滅す
る。それでは地上波はお終いだ」
「しかし、このまま敵によって命を奪われれば、同じではありませんか! こ
こは一旦退き、その上で戦線の立て直しを……」
 既に市街戦である。ある程度、犠牲が増え続けることには妥協せねばならな
いはずだ。
「う…ぬ…」
 悔しそうに歯ぎしりするレジアスだが、決断したのか指揮官席を立った、ま
さにその時である。
 中央司令室の扉が一瞬光り、爆発と共に吹き飛んだ。
「はい、到着~」
 両手を軽く叩きながら、ギンガがゆっくりとした足取りで司令室内に踏み込
んできた。
「おのれ、裏切り者が!」
 それと同時に衛兵ともいうべき武装局員が躍りかかったが、
「女性に対する礼節ぐらい、弁えてよ」
 ギンガはその局員の顔面を掴むと、局員が想像も出来ないほど強い握力で顔
面を握りつぶし、その身体を壁へと叩き付けた。硬いはずの壁がひび割れ、局
員の身体がめり込んでいく。
 その圧倒的な光景に、誰もが声を失った。

 レジアス・ゲイズという、時空管理局地上本部の長を除いては。

「痴れ者が、ここをどこだと思っている」
 拳銃を片手に、レジアスは重々しく口を開いた。雷鳴のような響きがある声
は、確かな圧迫感がある。ギンガが苦々しそうな視線を向けたぐらいだ。
「あなたが、レジアス・ゲイズ中将?」
「如何にも、私が地上の英雄だ」
 自らを英雄と称するレジアスの言葉に、ギンガは失笑で返した。
「英雄ねぇ、残念だけどあなたの英雄譚は今日で終わり。だって、あなたはこ
こで死ぬんだから」
「ほぅ、大した高言だ。その汚らしい言葉遣いに物言い、親の教育がなってい
なかったと見られる」
 その言葉は、ギンガの逆鱗に触れたようである。瞳が氷のように冷たくなり、
冷たいのに熱い、奇妙な光りを宿す。
「随分と口が達者ね。その口引きちぎって、黙らせてやる!」
 リボルバーナックルを構えるギンガに対し、レジアスはすかさず指揮官席に
あるコンソールパネルを操作した。操作したといっても、スイッチを一つ押す
だけであるが。
「なに、を――!?」
 一瞬の動作に気を取られたギンガであるが、途端に身体が重たくなった。超
重量の何かがのし掛かったように、身体に負荷が掛かっている。
 これは、まさか。
「AMF……!」
 ガクリと、ギンガはその場に膝をついた。立っていられないほど強力なAMF、
まさかこのような防衛機構が司令室に備わっているとは、迂闊だった。
「貴様のような、膨大な魔力を持っている輩には相当堪えるらしいな。まあ、
魔力を持たない私には何も感じられないが……この私が、司令室の防備を怠る
とでも思ったか!」
 叫ぶと、レジアスは拳銃の銃口をギンガに向けた。
「中将!」
 自ら手を下そうとするレジアスの姿にオーリスが声を上げるが、
「何、殺しはしない。スカリエッティとの交渉材料か、その価値はなくとも情
報ぐらいは持っているだろう」
 力任せに射殺せず、レジアスはギンガの有効性を考えた。それは指揮官とし
ては当然の判断であり、正しくもあった。
 けど、この時はそれが災いとなった。

「戦闘機人モードに移行」

 ギンガの呟きを聴き取れた者が、何人いただろうか? あれだけ苦しそうに、
圧迫感に押しつぶされそうになっていたギンガが、一瞬の間を持って復活、恐
るべき速さで起ち上がると、一跳びでレジアスへ迫った。
「なっ!?」
 慌てて発砲する弾丸をリボルバーナックルで弾くと、ギンガはそのままレジ
アスの側にいたオーリスの側まで跳んで、その身体を拘束した。右腕で首を締
め上げ、身動きを封じたのだ。
「オーリス!」
 娘の危機に声を上げるレジアスだが、彼が娘を副官にしているという事実は、
それほど有名ではないが、隠されているわけではない。
 そして、ギンガはそのことを知っていた。
「武器を捨てなさい、出なきゃ、この首へし折るわよ!」
 窒息死すら許さない、レジアスが従わなければギンガは必ずそうするだろう。
レジアスには、従う以外の選択肢がなかった。
「中、将……」
 ダメですと言おうにも、苦しくて声が出せない。レジアスは悔しそうな表情
を隠せずに、それでも要求通り拳銃を床に捨てた。
「何故だ、先ほどまではあれほど苦しがっていたではないか!?」
 AMFが聞かなくなったそのわけを、問いただすレジアスに、ギンガは冷笑を
持って答えた。
「私もね、戦闘機人なのよ。あなたと最高評議会が、ドクタースカリエッティ
と一緒に行っていた、禍々しき計画……その完成系の一つよ」
「馬鹿な、そんな」
「戦闘機人の動力は、魔力じゃない。どんなに強いAMFだろうと、関係ないの
よ。さあ、無用となったものも、解除して貰いましょうか?」
「い、いけません、中将!」
「ッ! 黙ってなさいよ」
 オーリスの叫びに顔を顰めたギンガが、彼女の首を締め付けた。苦悶の表情
を浮かべる娘の姿に、レジアスは遂に折れた。
「わかった、わかったから、もう止めてくれ!」
 コンソールを操作し、AMFを解除した。ギンガは、勝利を確信し、凶悪な笑み
を浮かべた。
「ありがとう、良かったわね? 心優しいお父様で」
 その笑みでオーリスに微笑んだギンガは、彼女の身体を床に突き飛ばした。
「オーリス!」
 駆け寄ろうとするレジアスに、
「ダメよ、感じの良い親子愛とか、私、反吐が出るのよ」
 ギンガの冷たい声と、その手から放たれた魔力光がレジアスを貫いた。英雄
と呼ばれた男の恰幅の良い身体が、血を吹き出しながら膝をついた。
「父さん! いやぁっ!」
 父親が傷つき倒れる姿に、オーリスが悲鳴と共に泣き叫んだ。ギンガは物も
言わず、蹲るレジアスに歩み寄ると、
「感謝しなさいよ? 娘の前で死ねるんだから」
 そういいながら、トドメの魔力光を放とうと右手を光らせ……

「待て、それ以上は止めろ」

 ゼストの声に、それを中断させられた。

「ゼスト? なんで、あなたがここに」
 思いも掛けぬ男の登場に、ギンガは攻撃を止めて振り返った。泣き叫ぶオー
リスも、登場した男の姿に泣くのを止め、愕然とした表情を見せている。
「ゼストさん……? 嘘、だってゼストさんは」
 死んだはずだ。そう思い父親に目をやるオーリスだが、レジアスは撃ち抜か
れた傷口を押さえながら、その身を起こしていた。
「来たか、ゼスト」
 荒い息で、血の混じった息を吐きながら、レジアスは喋った。ゼストは無言
で、レジアスの元へと歩み寄り、立てない彼の前に膝をついてやった。
「久しぶりだな、レジアス。もっと早く来るつもりが、遅れてしまった。俺は、
いつだって遅いんだ」
「なに、私とお前の仲だ……気にするな」
 傷は痛いはずだ。身体を貫かれ、致命傷のはずだった。なのにレジアスは、
ゼストに対して笑みを作って見せた。
 その笑みを見たとき、ゼストは理解した。レジアスの笑みが、かつて自分と
夢を語り合い、誓い合ったその時と、何ら変わりがないことに。
「レジアス、教えてくれ。あの時、何があったんだ。俺は、俺はお前の正義の
ためなら殉じる覚悟があった! これは嘘ではない!」
「あぁ……知ってるさ。知らない、わけがない」
 古い話だ。レジアスが昇進を重ね、改革派として台頭しはじめた頃、彼の周
囲には黒い噂が付きまとうようになった。黒くない政治など存在せず、白だけ
で描ける絵など無いと突っぱねるレジアスであったが、友人が泥沼に足を踏み
入れているのではないかと、当時地上本部の部隊長であったゼストは危惧して
いた。レジアスとゼストは士官校からの同期で、自他共に認める親友だった。
ゼストが現場で戦い、レジアスが上に上り詰める。互いに協力し合い、やがて
は管理局を変え、地上を共に守っていこうと誓い合った、友情がそこにある。
「だが、お前との友誼を信じ、敢えてお前の命令を無視して任務を続けていた
俺は、俺の部隊は……!」
 戦闘機人事件、その当時既に犯罪者として名の通っていたスカリエッティを
追う最中、ゼストはレジアスから調査中止命令を受けた。そして、比較的安全
な任務に移すというのだ。閑職ではなかったし、レジアスが危険な任務を行う
友人を思って働きかけたのだという考えも、出来なくはない。しかし、ゼスト
はレジアスの反応に疑念を抱き、副官二人を説得して任務を続行したのだ。
 その結果、彼はスカリエッティが誇る戦闘機人と、ガジェット部隊と交戦す
ることになった。
「俺はチンクに、ナンバーズの5番に殺され、クイントやメガーヌを初めとし
た隊員たちも全滅した」
 義母の名前が出たことに、ギンガの表情が変わった。作戦中の戦死、義父は
それ以上語ろうとしなかったが、なるほどそういう事実があったのか。
「答えてくれレジアス。お前が、お前が命令したのか!?」
 それは、あるいは聞きたくなかった真実。聞けば、友情も友誼も、何もかも
が崩壊してしまう危険性を孕んだ、危険な行為。
 レジアスは、残された力を振り絞るように、ゼストの目を見ながら口を開く。
「知らなかった、嘘ではない、私がお前を止めきれず、お前がスカリエッティ
の手によって殺されたと知ったとき……私は、もう後戻りが出来なくなった」
 戦闘機人の性能を証明する画像をお送りしよう、そんな言葉と共に、レジア
スはゼストの死体を見せつけられた。唖然としたレジアスは、他の部隊員がど
うなったかを尋ねた。
「みんな、殺してしまったよ。あぁ、ただ一人だけ面白い素体になりそうなの
がいたから回収したがね」
 親友の死、自分が殺してしまったようなものだ。とも日常世界を守ろうと誓
い合った男を、自分が殺したのだ!
「それ以来、私は地上を守ることだけを考えるようになった。最高評議会に言
われるがまま、スカリエッティに協力し、奴の研究を見逃し、破壊活動をも放
置するようになった」
「スカリエッティと、最高評議会は繋がっているのか?」
 ゼストが予想だにしなかった答えだった。時空管理局最高評議会と、犯罪者
であるスカリエッティが繋がっている。これが衝撃の事実でなければ、何だと
いうのだ。
「詳しくは、私も知らん。だが、かなり強固な結びつきではある」
 そこで、レジアスは大きく咳き込んだ。血塊が、その口から吹き出された。
オーリスが悲鳴を上げるが、レジアスは血の付いた手で制した。
「私は最高評議会に、地上を守る新たな手段として、スカリエッティの戦闘機
人計画を知らされた。常に人員不足に悩み、それ故機敏な活動が出来ない地上
部隊にとって、それは素晴らしい物であると……当時の私は、愚かにも思って
しまったのだ」
 自虐的に、自嘲をするレジアスに、ゼストは複雑そうな視線を投げかけた。
「私はな、ゼスト。ずっと悔しかった」
 血の付いた手で、ゼストに手を伸ばすレジアス。ゼストは、その手を強く、
強く握りしめた。
「レジアス・ゲイズは、目先の事件ばかりを気にし、大局を見ることの出来な
い無能な男……本局の奴らは、改革を唱える私にこう言ったことがある」
 目の前の驚異に立ち向かうレジアスと、大局的に物事を洞察し判断を下す本
局とでは、決定的な違いがあった。
「だが、大局とはなんだ? 私の目の前で傷つき、消えようとする命。それを
守ることも出来ないのが本局の正義だというなら、私はそんな物は認めない!
 目先だろうと、私はせめて、私の視界に映る人たちだけでも……守ってやり
たかったんだ」
 しかし、レジアスはゼストを守ることが出来なかった。彼の判断ミスが、彼
と彼の仲間を皆殺しにしてしまった。
「私が、お前の存在を、お前が生きているという事実を知ったのは、最近だ。
最高評議会は私が従順だとは思っていたが、もしもの時の楔が欲しかったらし
い」
「それが、俺というわけか」
「あぁ、スカリエッティに命じてお前を復活させたのは……私が叛意の意思を
示したとき、使用するためだったのだろう」
 つまり、全てを知るスカリエッティは、それを隠した上でゼストを使い、今
日まで操ってきたというわけだ。
「とんだ道化だな、俺は……ずっと、他人の作った舞台の上で踊らされていた
のか」
 怒りに、ゼストは打ち震えた。それは、スカリエッティや最高評議会への怒
りか、それとも親友を疑い、その真意を正すためと言いながらも、彼らの企み
に加担してしまった自分自身への怒りか。
「ゼスト、どんな綺麗事を言ったところで私も犯罪者だ。お前の仲間や、もっ
と多くの人を傷つけてしまったことに違いはない」
 けれども、ただ一つ、一つだけ譲れないものがある。
「最後の頼みだ。まだ私を、あの時と同じ親友だと思ってくれるのなら……頼
む、地上を守ってくれ」
 司令室のモニターには、ガジェットとゆりかごの攻撃で壊滅していく地上の
姿が映し出されている。
「自分で蒔いた種を、私はもう回収できそうにない。だから、頼む!」
 ゼストの手を、レジアスが強く握り替えした。思わず、ゼストもまた彼の手
を強く握りしめた。
「それと、オーリス。あの子は私と最高評議会、スカリエッティの繋がりは何
も知らなかった。今回の件には何も、関係ないんだ」
「父さん……!」
 嘘をついている。父親が今、嘘をついているのをオーリスは悟った。
「私が言いたいのは、それだけだ」
 言い終えると同時に、レジアスの身体から力が抜けていく。目を開けている
ことが出来なくなり、心臓の鼓動が徐々に弱まっていくのを感じる。
 これが、死というものか。
「私が望むのはただ一つ、地上の平和だけ。今も昔も……それなのに、にもか
かわらず、どこで間違えてしまったんだ!」
 レジアスが叫んだ。血と涙の混ざり合った声で、最後の叫びを行った。
「地上世界に、安定と平和を……それが私の唯一の願い」

 頼んだぞ、とレジアスは言わなかった。レジアスは既に、事切れていた。


「……死んだの?」
 ギンガが、相変わらず冷めた口調でゼストに尋ねた。
「あぁ、死んだ」
 ゆっくりと、レジアスの遺体を床に横たえた。オーリスが駆け寄るが、ゼス
トもギンガも制止しようとはしなかった。
 ゼストは起ち上がると、扉に向かって歩き出した。
「どうするの?」
 妙な気分を感じながら、ギンガは尋ねた。
「一度、ゆりかごに戻る」
「そう、私は外で、ガジェット隊の指揮を執るから」
 ギンガの言葉を最後まで聞かず、ゼストは歩き出していた。廊下に待たせて
いたアギトと共に、ギンガの開けた穴を通って外に飛び出していった。

「馬鹿な奴――泣きたいなら、泣けば良かったのに」

 ゼストがある決断をしていたことに、この時のギンガは気付いていなかった。

                                つづく


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最終更新:2008年10月02日 00:11