「さすが、幾人ものナンバーズを打ち破ってきただけのことはあるな!」
 双剣ツインブレイズで斬り掛かりながら、ディードはゼロに向かって叫ぶ。
ゼットセイバーでこれを受けるゼロであるが、敵の剣技は凄まじい鋭さを持っ
ていた。
 一刀のゼットセイバーと、二刀のツインブレイズ。武器の数で勝敗が決まる
とは限らないが、ディードは確実に強いと言えるだけの実力者だ。
「お前は、何のために戦っている」
 斬撃を、二刀の双剣で完全に防がれながら、ゼロは言葉を紡ぎ出す。
「何のため?」
「そうだ、理由もなく、意味もなく戦っているのか?」
 速度も、技量も、ディードはゼロに劣ってはいない。完全な斬り合いという
のは、思えばナンバーズ相手には初めてであるが、ディードは剣聖といってい
い剣技の冴えを見せつけてくる。
「理由など……必要ない!」
 交差剣による強烈な一撃に弾き飛ばされながら、ゼロは何とか踏みとどまる。
「必要ない、だと」
「私たちナンバーズは、戦闘機人だ」
 戦うために作られ、生み出された。
「存在自体が、戦う理由だ!」
 既に、ナンバーズは6人が敵の手に捕らわれた。ノーヴェの敗北に、スカリ
エッティが関わっていること、セインが生きて、離反しているかも知れないこ
とを、ディードも薄々感づいてはいる。
「けど、それがどうした!」
 スカリエッティは、ゼロを倒せと言った。生みの親にして、絶対の存在であ
る男が、そう命令をしたのだ。
 ならば、戦う以外に道などない。何人負けようと、死のうと、それを果たさ
ないことに自分の存在は成り立たない!
「お前が戯言を口にしようが、知ったことじゃない。あぁ、知ったことじゃな
いんだ!」
 激しい斬撃に、ゼットセイバーの刀身が揺れる。こちらの攻撃は、相手に対
して確実な効果がある。
「瞬殺の双剣士、その力を見せつけてくれる!」
 IS、ツインブレイズ発動。
 ディードの身体が、ゼロの目の前から消えた。
「なに!?」
 恐らく、最初のゼロの後ろを取ったときと同じ方法。ナンバーズが持つ先天
固有技能の一種。
 確か、セインの話では12番目のこいつは……
「瞬間移動能力、それがツインブレイズだ!」
 二刀の刃による斬撃が、ゼロの背中に直撃した。


 その頃、スカリエッティと残りのナンバーズは、空港における戦闘を基地か
ら見物するわけでもなく、とある場所を訪れていた。
「これはまた、随分と派手にやったものだ」
 スカリエッティにしては珍しく、呆れたような声だった。
 ミッドチルダ北部ベルカ自治領、名もない遺跡に彼は足を踏み入れている。
「だって、攻撃してくるんだもの」
 地面に転がるおびただしいガジェットの残骸の山、その山の上に腰掛けなが
ら、ギンガが笑顔でスカリエッティらを迎え入れた。
「何、これ。見たことのない形だ」
 眠りにつくヴィヴィオをその腕に抱えたディエチが、転がるガジェットの残
骸に疑問を投げかける。秘密基地で製造し、今も出撃しているタイプとは明ら
かに違う。
「オリジナルだよ」
「オリジナル?」
「そう、私が作った粗悪な模造品とは違う、本物のガジェットだ」
 スカリエッティが自分の発明品を、粗悪品と言い切ることなど滅多にない。
若干の驚きを、ディエチは憶えた。
「見た感じ、かなりの数が防衛システムに回されていたようだが……これでも
まだ、一割といったところだろうな」
 薄笑いを浮かべながら、スカリエッティは遺跡に奥へと進み、ギンガやナン
バーズもそれに同行する。
 遺跡の中は広く、しかも設備が整っている。外から見た感じでは古代遺跡な
のに、中にはいると秘密基地とそう変わらない作りに思える。
「ドクター、ここって一体?」
 見慣れぬ場所が不安なのか、やはりディエチが声を掛ける。しかし、スカリ
エッティはそれには答えず、無言で歩き続ける。

 やがて、彼らは一つの空間に辿り着いた。

 玉座の傍らには、ゼストとアギトがいる。
「ルーテシアは、どうしたのかな?」
 少女の姿が見えないことに、スカリエッティは疑問を呈した。
「あの子は、遺跡の外だ。地雷王を使って、岩山と岩盤を砕く準備をしている」
「そうか、さすがはルーテシアだ」
 広い空間は、意外なほど綺麗な作りだった。神殿を思わせる佇まいに、ある
のは一つの長椅子だけ。
「ディエチ、君がさっきした質問に答えよう」
 ここは、一体なんなのか。

「そこにあるのは玉座、君の抱える小さな王が座るべき場所」

 何故か、言われてヴィヴィオを抱えるディエチの腕に力がこもる。

「聖王のゆりかご、史上最強の古代魔導兵器だよ」
 さすがに、そのことまでは知らなかったのか、ディエチの他にトーレまでも
が驚きの表情を作る。セッテは無表情だからともかく、ウーノとクアットロは
知っていたのか、驚きは見せない。
「本当に、起動させるつもりなのか?」
 ゼストが、確認するように問いかける。
「当たり前だ。その為に、今日まで頑張ってきたのだから」
 肩をすくめるような仕草をゼストに向けた後、スカリエッティはディエチに
向き直った。
「さて、ディエチ。王様を玉座に」
 思わず一歩、ディエチはヴィヴィオを抱えて後ろに下がった。スカリエッテ
ィの、見慣れているはずの笑みが、いつにも増して凶悪そうに見えたから。
「どうしたね?」
「……わかりました」
 それでも、ディエチは命令に従うことしかできなかった。眠りにつくヴィヴ
ィオの、あどけない表情をのぞき込みながら、ゆっくりと、その身体を玉座へ
と運んだ。
「ごめんね」
 誰にも聞こえぬ小さな声で呟くと、ディエチはヴィヴィオの身体を玉座へと
座らせた。


 双剣ツインブレイズ、ISと武装で同じ名を持つこの技能は、ディードが自ら
口にしたとおり、瞬間移動能力を付加するのだ。目に求まらぬ速さで敵の死角
に回り込み、そこから行われる攻撃で叩き斬る。
「ハァッ!」

 ディードの斬撃が、ゼロのゼットセイバーを弾き飛ばした。咄嗟にバスター
を構えるゼロであるが、それすらも斬撃によって奪われる。硬かったはずの刀
身が鞭のようにしなり、武器を弾き飛ばすのだ。
「これで、終わりだ!」
 ツインブレイズの一撃が、丸腰となったゼロに迫る。
 当たれば、倒せる!
「いや、まだまだだ」

 ツインブレイズの一撃を、ゼロは腕で受け止めた。

「違う、腕じゃない!?」

 ゼロの両手に、光り輝く何かがある。
「リコイルロッド、どうやら問題なく使えるようだ」
 二本のトンファーを構えるゼロ。通常よりも小さいのは、エネルギーを供給
されることで起動する、光り輝く本体があるから。
「そんな武器、データにない」
 焦ったように、ディードがゼロと距離を取った。相手も、自分と同じ二刀に
なった。しかも、見るからに防御に適した武装だ。
「だからといって」
 まだ、こちらの優位が覆ったわけではない。既に二つの武器を弾き飛ばし、
実力は互角以上のはずだ。
 瞬間的な攻撃力なら、自分はトーレにも匹敵するはずだとディードは考える
が、それは事実。このまま能力を駆使して、押して押して押しまくれば……

 ただ、その程度の事実は、最早ゼロに通用しなかった。

「ツインブレイズ!」
 ディードの姿が、またゼロの視界から消える。
 瞬間移動能力、それは確かに凄まじいものがある。だが、移動から攻撃に転
ずる動作を見切れば、崩すことは出来る。
 さらに、ディードは能力に頼り切っていた。死角からの攻撃に拘り、動きは
いつしか単調で、判りやすいものへとなっていたのだ。
「ガンナックル!」
 直線的な動きは、例えどんなに早くても見切ることが出来る。
 ゼロは、真っ直ぐこちら向かって斬り込んでくるディードに、ガンナックル
の銃火を浴びせかけた。
 避けられるわけは、なかった。
「くはっ――」
 穴が空けば、間違いなく蜂の巣になったはずだ。それぐらいの銃火を、ディ
ードはその身に受けて落下した。
 だが、ディードは敗れたわけではない。速射性を追求したガンナックルは、
一発、一発の威力はそれほどではない。何発当たったかは流石に判らないが、
立てないほどのダメージは受けていない。
「この、程度の攻撃で」
 双剣を支えに、何とか起ち上がるディード。ツインブレイズは、もう使えな
い。次にガンナックルの連射を食らえば、今度こそ立てなくなる。
「真正面から、斬り裂いてやる!」
 構えるディードに対し、ゼロもまたリコイルロッドを構えた。勝負は一瞬、
一撃で決まる。
「私は戦闘機人……戦うために存在する者!」
 あるいは、それは戦闘用レプリロイドであるゼロも同じなのかも知れない。
所詮は戦うことしかできないと悟っているはずの自分が、考えてみればナンバ
ーズに戦う理由を当など、馬鹿げていたのだろうか。
「なら、オレは」
 全力で、敵を倒す。意味も理由も、そんなものは後から着いてくるものだ。

 ゼロのリコイルロッドと、ディードのツインブレイズが激突し――

「どうやら、間に合ったみたいだね」

 緑色に輝く防壁が、二人の間を遮った。

「……オットー?」
 ディードの双子の姉、オットーがその場に現れたのだった。


 スカリエッティらの入った遺跡の上空に、ルーテシアはいた。ガリューを傍
らに従え、新たに召還した巨大虫地雷王を、遺跡の外壁部分に取り付かせてい
る。巨大な岩山といえど、彼らの魔力とパワーには敵わない。
「はじまるみたいだね」
 地響きが、聞こえてくる。地雷王の起こしているものだけではない、文字通
り地面が揺れ動き、何かが迫り上がってくるような感覚。
 空中にいるにも関わらず、空間全体に派生する衝撃にルーテシアは身を置い
ている。
「これがドクターの夢? ううん、これは違う」
 ルーテシアは、スカリエッティの夢を知らない。それどころか、ルーテシア
に関しては、スカリエッティはその種の質問をしたことがないのだ。ナンバー
ズの誰かが、確かウェンディだったと思うが、彼女がそんな質問をされたとぼ
やいていたのを、ふと思い出したのだ。聞けば、スカリエッティはほぼ全ての
ナンバーズに対して、『自分の夢を知っているか?』という質問を行っている
のだという。
 深い意味は、ないらしいが。
「私の夢は……」
 一人ぼっちに、ならないこと。母さんを目覚めさせて、共に暮らすこと。似
ているようで、この二つは大きく違う。
 ルーテシアは、傍らにいるガリューを見た。
「ガリュー、あなたは、私とずっと一緒にいてくれる?」
「……」
 無口、というか、そもそも喋ることが出来るのか判らぬガリューは、黙って
首を縦に振った。
「ありがとう」
 そういえば、とルーテシアは思った。

 スカリエッティは、いつまで自分と一緒にいてくれるのだろうか? ずっと
一緒と言うことは、絶対にないだろう。だけど……

「ドクターも、一緒にいてくれたらいいのにな」

 どうせ、誰も居なくなってしまうのだから。


「聖王のゆりかご、起動開始。浮上しま~す!」
 ゆりかごの制御室において、その全ての操縦と動作を任されたクアットロが
声を上げた。大任であり、本来ならウーノも一緒に行うべきであるが、スカリ
エッティは一人で十分と判断したようだ。
『クアットロ、どんな具合かね?』
 別の場所にいるスカリエッティが、制御室へと回線を繋いできた。
「そうですねぇ、ちょっと古すぎるせいか、出力が上がりませ~ん」
『ふむ、しかしあまり器に負担を掛けすぎると、ダメになってしまう可能性も
あるからな。徐々に、少しずつ上げていけばいいさ』
「了解です~」
 ところで、とスカリエッティが付け加えた。凶悪に歪む横顔に、彼の傍らに
立つウーノが危険なものを感じた。
「砲門はもう、使えそうかね?」


「オットー……なのか」
 自分の刃を受け止め、ゼロの刃すらも受け止めたのは、紛れもなくレイスト
ーム。オットーが持つ、先天固有技能。
「そうだよ、ディード」
 軽く力を込め、双方の刃を弾くオットー。二人の戦意が、急速に減少してい
く。
 ゼロは、他にも気配を感じて振り返った。
「お前が連れてきたのか」
 セインが、すぐ側で様子を伺っていた。ゼロに見つかると、悪戯が見つかっ
た子供のように身を潜める。
「セインに無理を言ったのは、僕なんだ。彼女を責めないで欲しい」
 オットーは苦笑すると、改めてディードに向き直った。
 思わず、ディードは一歩後ろに後ずさった。
「久しぶりだね、ディード」
「オットー、どうして」
「セインから、全てを聞いた。ディード……僕らは」
 言葉を切って、オットーは天を見上げた。

「僕らはドクターを、裏切るべきだと思う」

 オットーは、静かな口調で言い切った。

「何を、馬鹿な!」
「本当に、馬鹿だと思う?」
 諭すような口調で、オットーは言う。
「ディード、僕らは確かに戦闘機人だ。戦うために作られて、それが存在理由
だという君の言葉はわかる……だけどさ」
 スカリエッティの命令のままに戦い、倒れていった姉妹たち。
「そうであると同時に、僕らは意思を持った人なんだ。嫌なことは嫌だ、良い
ことは良いと判断できる、心を持った人であるはずなんだ」
「オットー、あなたは何を」
「僕は、ゼロと戦うまでは自分が傷つくのは構わないと思ってた。だけど、今
は違うんだ」
 セインの方に一回目を向け、ディードへと戻す。
「姉妹が傷つき、倒れていくのにも意味がなく、理由がないって言うんなら、
それが戦闘機人の、ナンバーズの定めだって言うなら……僕はそれに抗う」
 だって、僕は――
「ディードにも誰にも、傷ついて欲しくないから」

 その言葉に、ディードの双剣が、ゆっくりと降りた。

「ずるいよ、ディード」
「ごめん、でもこれはみんなのためなんだ。ドクターの居場所と、やろうとし
ていることを教えてくれる?」
 ディードは、一度だけゼロの方を見たが、やがて諦めたのか、ため息混じり
に声を出した。
「今回の襲撃は、陽動に過ぎない」
「陽動?」
「今回だけじゃない、これまでも、それこそこのゲーム全体が、陽動だったと
いっていい」
 衝撃的な、告白だった。ただゲームを開催して、楽しんでいるだけのように
見えたスカリエッティ、しかし、その目的は他にあったというのか?
「奴は、何を企んでいる」
「それは……」
 ゼロの言葉に、ディードが気まずそうに口を開きかけたとき、

「ねぇ、あの光り――なに?」

 セインの声が、三人の耳に響いた。

 光り……? 怪訝そうな顔で、セインが目を向ける方角にゼロも目を向ける。
 そして、見た。

 巨大な光が、こちらに迫ってくる。


「ドクター、あそこにはまだディードが!」
 ウーノの焦りの混じった声に対し、スカリエッティは何の感傷も示さなかっ
た。
「だから、何かね?」
 スカリエッティは、クアットロに命じて聖王のゆりかごの長距離砲を発射さ
せた。
 狙いは、臨海第8空港。ゼロたちが居る、臨海第8空港。
 スカリエッティは、高笑いを上げはじめた。ウーノは、砲火の迫る方角を、
彼女にしては悲痛な面持ちで見つめていた。
 けど、それだけだった。彼女には何も、出来なかった。

「聖王のゆりかごの出航だ……この祝砲で、精々華々しく散ってくれたまえよ、
ゼロ?」

                                つづく

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最終更新:2009年01月16日 14:49