本局に対するスカリエッティの『部下』による襲撃事件。
 クロノ提督と、駆けつけた機動六課武装隊員によって撃退され一応の収束は
したものの、事は既に本局すらも巻き込む事態へと発展していた。
『三提督を本局に召還しようという声が出始めている。次元航行部隊を事件解
決に当たらせようとする意見も』
 次元間長距離通信において、クロノは事件後の本局がどうなっているかを義
妹であるフェイトに伝えていた。事件発生から一週間も過ぎてはいないが、時
間は刻々と流れている。
「そんなことしたら、地上本部との対立が激化して内部抗争に発展する」
 地上本部のレジアス中将は、時空管理局本局及び次元航行艦隊を嫌っている。
ここで本局がスカリエッティ事件への介入姿勢を見せれば、それを本局の専横
と判断して抗議と妨害を行うだろう。
『あるいは、スカリエッティの狙いはそれだったのかも知れない。情けないこ
とに、我が組織には頭でっかちでプライドの高い人間が多い。本局内への襲撃
は、顔に泥をはねつけられたようなものだ』
 クロノの推測は全く外れているのだが、彼にしてみればギンガが言った理由
など信じるに値しないし、信じられるわけがないのだ。
 敢えてそこには言及せず、フェイトは今後の対応を協議した。
『六課は今まで通り、スカリエッティの捜索を。奴の方からまた接触があるよ
うなら、すぐに連絡をくれ』
「わかった」
『それと、ギンガ・ナカジマの件だが』
 急に、クロノの顔が険しくなった。
『あれに対しては殺す気でかかれ』
「クロノ……」
『あの女はもう父親殺しで、それも自分の意思で行っている。捕縛して軍法会
議に掛かれば、処刑は免れない。だったらせめて、悔いのないようにしてやれ』
 プライドが高いのは、どうやら義兄も同じのようだ。クロノの口調と表情か
ら、彼がギンガに手も足も出ずに完敗したことを気にしているのは明白だった。
だが、それを抜きにしてもクロノの言っていることは正論だろう。

 ギンガは自分の意思で、父親を殺した。

 彼女に何があったのか、それは親子の会話を聴いていたクロノから、大体の
ことは判った。けど、ギンガがどんな想いで、如何なる心情を持って父親を手
に掛けたのか……それは妹のスバルですら判らない、ギンガの持つ心の闇だっ
た。
 スバルはあれ以来、部屋から一歩も出てこない。友人であるティアナすらも
近づけず、閉じこもっている。事情を考えれば無理からぬ話だが、状況を考え
るとこのままでいいはずがない。
「今のままじゃスカリエッティに、勝てない」
 次々に仲間を失いつつある機動六課において、フェイトは辛い立場にあった。



        第17話「ノーヴェの悲劇」


 本局と地上本部を手玉に取ったスカリエッティとその一味ではあるが、フェ
イトの危惧とは裏腹に、その内部はガタつきつつあった。
 理由は簡単、ギンガ・ナカジマの存在である。最近になって一味に加わった
とされる彼女は何かと横柄な態度が目立ち、ナンバーズと対立していた。元々、
スカリエッティを除けばナンバーズの姉妹しかいない女所帯だ。そこに姉妹で
もない新たな女が現れ、しかも性格が悪いと来れば快く思うはずがない。ノー
ヴェは勿論、トーレでさえギンガには不快感を示している。興味を示さないの
は、セッテぐらいである。
「何なんだあいつは! 確かに連れてきたのはこっちかも知れないけど、好き
勝手にやりやがって」
 批判の口火を切ったのはノーヴェであるが、大体は同意見だ。
「ドクターは、何故あいつの専横を許すのだ……本局に襲撃を掛けるなど、常
軌を逸している」
 あくまで戦略的な部分でトーレは苦言を呈すが、事実、ギンガが勝手な襲撃
を掛けたことで本局の警備は今までとは比較にならないほど厳重となり、捕ら
われたナンバーズの奪還という目的が遠のいてしまった。
 ウーノとクアットロを除いて、捕らわれたナンバーズは本局に収監されてい
ると思い込んでいる姉妹らは深刻そうな表情をする。
「ところで、何でウーノ姉様がここにいらっしゃるの?」
 姉妹らが話し込んでいるのは基地内でもそれなりに広い空間だが、普段ここ
をウーノが訪れることはない。故にクアットロは訊いたのだが、ウーノの歯切
れは悪かった。
「それは、ドクターがしばらく用事はないと言っていたから……」
「フッ、ドクターに部屋から閉め出されたわけか」
「なっ!」
 トーレに鼻で笑われ、ウーノは顔を上気されるものの、それは図星であった。
スカリエッティは帰還してきたギンガを部屋に呼び、ウーノに退出を命じた上
で何事かをしている。かれこれ、半日近くになるだろうか? ルーテシアがは
じめてここを訪れた時期を除けば、スカリエッティが他者に多大な時間を割く
ことなどあり得なかった。
「よっぽどタイプゼロが気に入ったのかしらねぇ」
 クアットロの何気ない言葉に、セッテ以外の姉妹から非難の視線が向けられ
る。自分で作ったナンバーズには作品以上の感情を見せないドクターが、他者
の作った戦闘機人に入れ込んでいる。

 これは、嫉妬だろうか?

 親を取られた子供の独占欲か、それとも……

「あら、皆さんお揃いで」
 声は、姉妹らの背後からした。ウンザリした顔でトーレが振り向くと、案の
定そこにギンガがいた。バリアジャケットは着て折らず、管理局員の制服を綺
麗に着こなしている。
「何か用かよ?」
 どうしても喧嘩腰になってしまうノーヴェだが、この時ばかりは誰も窘めな
かった。


 そんなナンバーズとギンガの様子を、遠目でゼストとアギトが見物している。
機動六課壊滅作戦以来、ゼストはルーテシアとアギトの勧め、というより半ば
強引な論調で、スカリエッティの秘密基地に滞在している。
「ギンガ・ナカジマ、か」
 知らない少女ではない。それどころか、ゼストは彼女の妹や父親の存在も熟
知している。
 クイント・ナカジマ、ギンガとスバルの義母にしてゲンヤの妻だった女性は、
ゼストが管理局の魔導師だったときの部下だ。その縁で、彼はギンガの幼少期
に幾度か顔を見たことがあるし、妹のスバルとも面識があった。
「あいつも、ルールーと同じってこと?」
「俺からすれば、そうなるな」
 アギトの問いに、ゼストは重々しい声で答える。ギンガとルーテシアには生
い立ちも境遇も共通点など皆無に近いが、ただ一点、双方の母親が同僚だった。
 つまり、ルーテシアの母親もゼストの部下だったのだ。ゼストがルーテシア
を庇護し、共に行動をしているのにはそうした事情があるのである。ただ、ギ
ンガの母であるクイントが死んでいるのと違い、ルーテシアの母であるメガー
ヌは生きている。あれが、生きていると言える状態ならば。

 かつて自分の部下だった女性たちの、娘たち。

 それが今、こんな場所に揃っているのかと思うとゼストは複雑な気分になる。

「これも運命――か」
 呟くと、ゼストはいきなり壁を強く叩いた。アギトは驚くが、ゼストは叩い
たのではなく手をついたのだ。見れば、顔に脂汗が浮かび上がってきているで
はないか。
「だ、旦那……やっぱり、むかつくけどアイツに診て貰った方が良いって!」
 ゼストの体調は、このところ著しく悪くなってきている。身体機能の低下が
見られ、芳しいとは言えない。ルーテシアと、そしてスカリエッティ一味が嫌
いなはずのアギトがゼストにここに滞在するように強制しているのは、彼にゼ
ストを診て貰う必要があると感じたからである。
 だが、ゼストはそれを頑なに拒んでいる。
「大丈夫だ、俺はまだくたばりはしない」
 ゼロとの戦いで使ったフルドライブのツケが回ってきたようだ。大事な一撃
を、自身の惑乱で使ってしまうとは……情けない限りだ。
 しかし、過去の経験から、研究者という類そのものに嫌悪感を抱いているア
ギトですら、こうしてスカリエッティに診て貰うようにと勧めている。それほ
どまで、傍目に見て自分の状態は酷いのだろう。
「なら、いいけどさ……そ、そういえばアイツはどうなったのかな」
 話題を変えるように、アギトが言った。
「あいつ?」
「ほら、この前旦那が倒した赤い奴だよ」
「ゼロのことか。奴は、無事救助されたらしい。叩き潰すつもりの一撃だった
が、あれでも倒せなかったとはな、大した奴だ」
 昔の自分なら、限界や時間の制約など気にせず、思うままに互いの武芸を披
露する戦いを興じたであろう。それほどまでの魅力が、ゼロの実力にはある。
 けど、それをするだけの時間と力は、今のゼストに残されていない……
「奴に、興味があるのか?」
「ま、まさか! ただ、ちょっと強かったからどうなったのかと思っただけだ
よ!」
 少しだけムキになって否定するアギトに笑みを見せながら、ゼストはギンガ
とナンバーズらに視線を戻した。


「私は特に用はないけど、ドクターがね」
 あっけらかんと、ナンバーズらが見せる不快感に気づきもしないような素振
りでギンガは口を開いた。
「少しぐらい、あなたたちとも話せって。面倒くさいって言ってるんだけど」
 こいつは他人の気に触る発言しか出来ないのだろうか?
 ウーノが強い視線を向けるが、ギンガは一度視線を交わすと薄笑いを返して
きた。
「私のことを嫌ってる連中と仲良くしようなんて、思うわけないのにね」
「そこまで判っているなら、その態度を変えてみたらどうだ」
 トーレが前に進み出て、苦言を呈した。
「勝手な行動、横柄な態度と発言。嫌われるのには相応の理由があると、貴様
も判っているだろう」
 正論だが、ギンガが感銘を受けた様子はない。
「私をボコボコにして、こんなところに連れてきた人間の言葉とは思えないわ
ね。いいわよ? あなたが土下座でもしてくれるなら、仲良くしてあげても」
「なんだと……?」
 怒気が渙発し、トーレの口調が強くなる。思わず、ノーヴェやクアットロと
いった妹たちが後ろに下がったほどだ。
「そういえば、あなたにはあの時の借りをまだ返してなかったわね」
 対するギンガも、鋭い殺気をトーレに向けた。魔力の波動が空気を揺らし、
威圧感を与えはじめる。
 姉妹らが固唾を呑んで見守る中、二人は一歩前に出て――

「その辺にしておきたまえ。君らが全力を出して戦えば、基地が壊れてしまう」

 スカリエッティが、ルーテシアを伴いその場に現れた。

「しかし!」
 声を上げるトーレの腕を、背後から誰かが掴んだ。見れば、無言無表情のセ
ッテがそこにいた。
「ドクターの命令は、絶対です」
 言葉に、トーレは怒気が冷めていくのを感じた。ギンガの方も、面白くなさ
そうに殺気を引っ込めてしまった。
「それでよろしい。ゲームの再開前に、喧嘩は困るからね」
 騒動を止めたセッテに軽い笑みを見せながら、スカリエッティは言葉を続け
た。しかし、サラッと言った割りには聞き捨てならない内容だ。
「再開って、ゲームって終わったんじゃないのかよ?」
 ノーヴェが彼女にしては珍しく呆れたような声を出すが、スカリエッティは
何を言っているんだと言わんばかりの顔をする。
「当たり前じゃないか。ゼロはまだ生きていて、健在だ」
 それはそうかも知れないが、折角六課を壊滅させこちらの力を見せつけてや
ったというのに、まだゲームなど続けねばならないのか。
 ゼロを倒すよりも、ナンバーズを救い出し、本来の目的と目標を達成すべき
ではないのだろうか?
「君は、自信がないのかなノーヴェ?」
「なに!?」
「戦って、ゼロを倒す自信だよ。まあ、無理もないか。あのチンクでさえ敗れ
たんだ、君が勝てないと思うのも仕方が――」
 瞬間、凄まじい速さでノーヴェがスカリエッティに詰め寄った。思わずトー
レとセッテが反応するが、当のスカリエッティは危険を感じなかったらしい。
身長差から、上目遣いで自分を見ることしかできないノーヴェを見つめている。
「あたしは、負けない。負けることなんて、考えたことはない」
 凄まじい気迫が、伝わってくる。あまり感情を見せないルーテシアも、興味
深そうにノーヴェを見ている。
「なら、次は君に任せるとしようか」
 ノーヴェの頭に手を乗せようとするが、ノーヴェはそれを払いのけた。一瞬、
驚いたようにスカリエッティが動きを止めた。
「……ディード、君にも追々任務を与える」
 隅に立っている少女は、無言でそれに頷いた。スカリエッティは周囲を見回
し、ナンバーズが一人足りないことに今更気付いた。
「ところで、ディエチはどこかな?」
「あぁ、ディエチちゃんなら例の王様のところです。ご飯でも上げてるんじゃ
ないかしら」
 元は自分に任されていたヴィヴィオの世話であるが、クアットロはまるで気
にせず答えた。スカリエッティも気にはしなかったが、ディエチも律儀な娘で
ある。従順な性格だけに、きっとしっかり世話をしているに違いない。
「さて、次にギンガだが」
 名前を呼ばれた当人以外が強い反応を示した。中でもウーノが、寂しげとも
とれる視線をスカリエッティに向けていたことに、クアットロ以外は誰も気付
かなかった。
「君は、どうする?」
 命令するわけでもなく、強制するわけでもなく、スカリエッティにとってギ
ンガは部下という認識ではないらしい。
「私は、私の復讐を一つ終えた……ドクターに何かお願い事があるなら、何で
も訊いてあげるけど?」
 微笑むギンガに、スカリエッティは薄笑いを浮かべた。そして、ルーテシア
の方に視線を向ける。
「では、君はこれからルーテシアと、そしてゼストと共に行動して貰いたい」
 名前を出されたルーテシアが、スカリエッティを見上げる。抗議の意味では
なく、少し意外だったからだ。
「ゼスト……? あぁ、ゼスト・グランガイツか」
 遠くにいるゼストを見ながら、ギンガは呟いた。
 ゼストのことも、ルーテシアのこともギンガは知っている。前者は亡き母の
上官で、後者は亡き母の同僚の娘だ。ルーテシアに会うのは確か初めてだった
と思うが、ゼストは母の職場を見学に行った際に何度か会ったことがある。当
時の管理局にあって、剛勇、豪傑の異名を持っていた実力派の騎士だ。
「わかった、それじゃあ……よろしくね?」
 ルーテシアに声を掛けるギンガだが、彼女は顔を背けてしまった。しかし、
少女の仕草に不快感を感じはしない。
 ギンガは笑みを浮かべながら、その場を後にした。

 ナンバーズの姉妹らも解散した後、自室に戻ろうとするスカリエッティをウ
ーノが引き留めた。
「ドクター、何故タイプゼロにあそこまで肩入れをなさるのですか?」
 我ながら直球な質問だと思ったが、回りくどい質問をしても無駄だろう。
 そう考えたウーノであるが、スカリエッティは彼に似つかわしくない困った
ような表情をした。
「そう見えるのかい?」
「私だけでは、ないと思いますが」
「なるほど、そうか……」
 宙を見上げ、スカリエッティは思案顔を作る。
「実はね、私にもよく判らないんだよ」
「……は?」
「ギンガは、見ての通り私に従順で、好意的だ。少なくとも見かけはね。それ
が何故なのか、私にはよく判らない」
 よほど、突き付けた事実が衝撃的だったのか。嘘は言っていないし、誇張も
していない。それでもギンガは、実の父親を殺した。
 元々、他者の真意や心理を気にしない質であるスカリエッティも、ギンガの
そうした内面には興味を持っていた。人は、あそこまで変われるものなのかと。
「しかし、修理する際に多少の強化をと思って改造をほどこしたが……強くし
すぎたかも知れないな」
「意識改革も、その時になさったのですか?」
 所謂、洗脳の意味である。
「いや、レリックの力に飲まれないように攻撃意識に手を加えはしたが、それ
だって自己自制の出来る範囲内でだ」
「そうですか……けど、あの女に大事なレリックを使ってしまうなんて」
 勿体ないと言うよりも、特別扱いをしているようで気に食わない。
 今や、レリックの力を得たギンガはトーレに匹敵する実力者へとなっている。
彼女の態度も、実力ではナンバーズに引けを取らないと確信しているが故だろ
う。
「レリックについては、実験のつもりだった。王に対して行う実験の練習みた
いなものだ。第一、あれを使わなければギンガの再稼働は難しかった」
 左腕に埋め込まれてはいるが、駆動機関に直結している。トーレとセッテが、
予想以上に痛めつけてしまったため、それしか方法がなかったのだ。
「けど、予想以上に良い出来になった。他者の作品に手を加えるのは嫌いでは
ないが、あれは最高だ……」
 そういえば、とスカリエッティは言った。彼は、ギンガがナンバーズに対し
てこんな感想を言っていたのを、何故だかふと思い出した。
「ギンガは、君らを見て言っていたよ。とても、幸せそうだと」


『ゼロ、元気にしているかな? 本来なら、私が直接顔を見せるべき何だろう
が、それは良くないとギンガに言われてね。こうしてメッセージを送るだけに
しておくよ。用件は何かって? 何、ゲームを再開しようと思ってね。君のル
ール違反も、六課壊滅の一件でチャラということにしてあげよう。ハハ、笑っ
て水に流そうじゃない――』
 映像を、途中でゼロは切った。険しい表情をする彼に、セインが不安そうな
表情を向ける。
「よくも、ぬけぬけと」
 セインが持っていた端末を通じて送られてきた映像は、極めて挑戦的だった。
六課を壊滅させたことで、スカリエッティは敗北続きだった勝敗を均衡させた。
そのことはゼロも判っているが、ここでまたゲームを再開させるとは予想外で
あった。
「そっちがその気なら、容赦はしない」
 既に、ナンバーズの一機がガジェット部隊を率いて、このベルカ自治領内部
で何事かを行っているという。目的は不明だが、倒してスカリエッティへ続く
道を見つけ出してみせる。
 方やセインは、スカリエッティが自分の端末に映像を送りつけてきてきたこ
とで、彼が自分の生存を正確に認識していることを知った。知っているのは、
スカリエッティだけのか? それとも、他の姉妹も知っているのか。
 いずれにせよ、ドクターが自分の存在を完全に捨てたことは理解した。
「どうするの……?」
 不安が隠せいないのは、行き場を失ったと感じたからかも知れない。スカリ
エッティに捨てられ、姉妹らにも突き放された。もう、開き直って裏切るしか
ないのか? 裏切って、管理局に知っていることを全部話すしかないのか。
「出撃する。戦うしかない」
 ギンガが出てくるのかと思ったが、彼女は本局での一件以来姿を現そうとし
ない。早々に決着を付けたいが、そう上手く事は運ばないようだ。
「現場にいる、ナンバーズの情報は?」
「それは、わからない。ただ、一人だけ居るってことしか」
 また、一人だけか。セインの話では、単体の戦闘技術からなる実力では、チ
ンクより優れているのは三番のトーレぐらいなものだという。つまり、そのチ
ンクを既に敗北させているゼロにとって、他のナンバーズはそれほど驚異には
ならないと思われる。自己過信や油断は禁物だが、だとすれば敵は何故負ける
ことが判っていながらゲームを続けるのか。意地がある、というわけでもある
まい。
「あ、あの――私も」
 出撃の意志を固めたゼロに、セインが声を掛ける。

 私も、連れて行ってほしい。

 喉まで出かかった言葉を、セインはかろうじて飲み込んだ。

 捕虜である身の自分に、そんなことが許されるわけがなかった。


 さて、スカリエッティの命を受けて出撃したのは、当人曰く待ちに待ったノ
ーヴェであるが、折角出撃したにもかかわらず、彼女は不満げだった。という
のも、ベルカ自治領内に派遣された彼女は、何か施設を壊すわけでも、制圧す
るわけでもなく、
「そこ! あんまり強くやりすぎると一気に崩れるぞ!」
 何故か、岩盤破砕用の装備を付けたガジェットを引き連れ、岩山の穴掘りを
行っていた。
「どうしてあたしがこんなことを……」
 スカリエッティ曰く、この下にあるものが『埋まっているかも知れない』と
いうことなのだが、それが何で、どういうものなのかは教えてくれなかった。
不明確な情報で良く分からない作業をする、苦痛すら感じることだ。
「ドクター、怒ってるのかな」
 彼の手を振り払ったとき、ノーヴェは自分が悪いことをしてしまったと後悔
した。彼女は口は悪いが、決してドクタースカリエッティが嫌いなわけではな
い。親のようなものだと思っているし、姉であるチンクからは自分たちがスカ
リエッティの望みを叶えるために存在するのだと教えられてきた。

 嫌われたくない。好かれなくても良いが、嫌われたくはない。

 自分が可愛げのない奴だとは判ってはいるが、今更可愛らしくなど振る舞え
ない。無理にしたところで結果は見えている。
「あたしは、あたしのやり方でやるしかない」
 ウーノやクアットロのように側近としてドクターの役に立てるわけでも、ト
ーレのように圧倒的な実力を持っているわけでもない。ディエチのように従順
でもなければ、セッテのように無感情に忠誠を誓うことも出来ない。だから、
ノーヴェはスカリエッティとの接し方に悩んでいた。チンク、セイン、ウェン
ディと仲の良い姉妹を相次いで失った彼女は、誰に悩みを打ち明けるわけでも
なく、一人悩み続けていた。
「あっ、そんなに乱暴に岩を砕くな!」
 命令したところで、単純作業は出来ても繊細なことなど何一つ出来ないガジ
ェットだ。強弱の付け方にしたところで大雑把であり、ノーヴェは頭を抱えた
くなった。発掘なのか採掘なのかは良く分からないが、さっさと終わらせて、
さっさと帰りたい。
「帰ったら、ドクターに謝る……そ、そんなことできるもんかっ」
 激しく首を横に振るノーヴェだったが、このわだかまりを何とかするにはそ
れしかないように思える。
 故にノーヴェは悩むが、悩むだけに終わった。

 彼女がスカリエッティの元に帰ることは、なかったのだから。


 突如、爆発が起こった。
「なっ、なんだ」
 遠くで作業をさせているガジェットたちが、次々に吹っ飛ばされている。

 何かが、いる。

「あれは……まさか!」
 いそいそと作業に勤しんでいたガジェットたちが、応戦する間もなく倒され
ていく。
 間違いない、あれは――あれは!
「全部隊、攻撃モードに変更。戦闘態勢」
 ノーヴェは脚部のジェットエンジンを起動させる。ギンガやスバルのデバイ
スによく似たこれは、その通りギンガのブリッツキャリバーを参考にスカリエ
ッティが強化改造したものだ。
「エアライナー!」
 ウイングロードによく似た、エネルギーの帯が発生する。ジェットエンジン
を加速させ、ノーヴェは目標に向かって駆ける。
 ガジェットによる反撃がはじまる中、敵は剣を振るい、銃を撃ってはこれを
迎撃している。ガジェットなど最早敵にもならないとでも言いたげに、凄まじ
い力を見せつけている。
 そんな恐るべき相手に対してノーヴェは、

「砕けろっ――ブレイクライナー!」

 ゼロに向かって、ブレイクギアによる足蹴りを直撃させた。

 打撃による強烈な一撃に、ゼロは近くにあった巨岩へと叩き付けられた。
「接近主体のナンバーズか!」
 今までにない戦闘スタイルの相手に、攻撃以上の衝撃を受けているゼロだが、
いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
「死ねぇっ!」
 続けざまに繰り出される足蹴りを、ほとんど転がるように避けるゼロ。足蹴
りが直撃した巨岩が、音を立てて崩れた。見れば、脚部装備にギンガのリボル
バーナックルによく似た武装が施されており、あれが岩をも砕く破壊力を発揮
しているらしい。
「スカリエッティの居場所を教えて貰う」
 バスターショットを放つゼロだが、岩ぐらいしか遮蔽物のない空間において、
ノーヴェの能力は遺憾なく発揮されている。エアライナーで縦横無尽に駆け回
り、素早い動きでゼロを翻弄している。
「ガンナックル!」
 連射速度も、発射弾数もゼロのバスターとは桁が違うエネルギー弾が発射さ
れた。右手の甲から放たれる高速直射弾に対し、ゼロもバスターで応戦するも
のの、数の差ですぐに圧倒された。
「名前を訊いておく!」
 ゼットセイバーを抜き放ちながら、ゼロが叫んだ。
 対するノーヴェも高速移動を続けながら、ゼロに向かって叫び返した。
「あたしはナンバーズ9番ノーヴェ、破壊する突撃者ブレイクライナー!」


 ゼロとノーヴェの戦いは、スカリエッティの秘密基地においてはスカリエッ
ティとクアットロが、機動六課の仮隊舎状態となっている聖王教会の施設では
フェイトとシャーリー、それにリインとセインがそれぞれ見つめていた。
「ゼロ、まさか一人で出撃するなんて……」
 セインの監視を頼んでいたはずのゼロがいなくなったことを不審に思ったフ
ェイトは、セインを詰問してゼロの所在をただした。すると、彼女は言いにく
そうにゼロがたった一人で出撃した事実を漏らしたのだ。同時に、ゼロが機動
六課壊滅の責任が自分にあると思い悩んでいたことも、告げてしまった。
「でも、今までだってナンバーズ相手に連戦、連勝だったから大丈夫じゃない
ですか?」
 画面上で激しく戦う両者の映像を見ながら、シャーリーが口を開いた。
「そう思いたいけど……この敵、凄く強い」
 実力や戦闘技術で言えば、間違いなくゼロの方が上だろう。しかし、何と言
えばいいのか、荒々しい攻撃に含まれる気迫のようなものが、凄まじく強い。
洗練された攻撃が、無我夢中の反撃に撃ち破られることは決して珍しいことで
はないはずだ。
「ノーヴェ……」
 仲の良かった妹が奮戦する姿を見て、セインはいたたまれない気持ちになっ
た。六課が壊滅してしまったことで、ゼロはもう容赦なくナンバーズを倒しに
掛かっている。馬鹿げたゲームをさっさと終了させ、スカリエッティへと剣を
突き付けたいのだ。
 フェイトの危惧はもっともだが、それでもセインはゼロがノーヴェに負ける
とは思わなかった。必ず勝つ、勝って、その上でノーヴェが抵抗を止めなけれ
ば、ゼロはノーヴェをどうするか……

 セインは、決断せざるを得なかった。

「お願いが、あるんですけど」

 眼前に進み出てきたセインに対し、フェイトは困惑気味の表情を作った。
「あたしを、戦場に行かせてください!」
 思いがけない頼みに、リインが驚きの視線をフェイトに向けた。
「……どうして?」
「戦いを、止めたいんです!」
 意地と意地のぶつかり合いといっていい戦闘は、見るに耐えないものだった。
ギンガの一件が、常に冷静なゼロの心理に負担を与えているのは明白であり、
ノーヴェまたも、自ら後ない状況にまで自分で自分を追い込んだが故に、我が
身も省みない攻撃を続けている。
「止められるの? あなたに」
「あの子は、ノーヴェはあたしの妹です。あたしの言葉なら、耳を貸してくれ
ます!」
 フェイトは眼を細め、シャーリーが見たこともないほどの冷たい視線をセイ
ンに向けた。怯みそうになるセインだが、何とか踏みとどまった。
 三十秒ほど、それが続いただろうか? フェイトは一度目を閉じると、大き
なため息を付いた。
「お願い……ゼロを止めてきて」
 こんな悲しい戦い、フェイトだって見ていたくないのだった。


 ゼットセイバーとブレイクギアが激しくぶつかり合い、火花を散らしていく。
攻撃の鋭さ、キレ、正確さ、どれを取ってもゼロの方がノーヴェの数段上をい
っている。
 だが、フェイトが感じたように、ノーヴェの気迫から繰り出される強烈な一
撃は、俄にゼロを圧倒していた。
「お前を倒して、チンク姉たちを取り返す!」
 確かな目的があるノーヴェは、それを掴むために必死だった。絶対に負ける
わけにはいかないという想いが、力強い原動力となっている。対するゼロも、
ナンバーズを打ち倒してスカリエッティと、そしてギンガを倒さなければいけ
ないという自己への制約があった。

 苛烈な攻撃の応酬を続ける二人だが、どちらも決定打を見出せずにいた。一
撃、一撃に双方を打ちのめすだけの力が込められているはずだが、どちらも痛
みを感じていないのかと錯覚するほどの戦いになっている。
「――ッ! まだまだぁっ!」
 しかし、やはり基本性能と経験から来る実力差は埋めようもない。ぶつかり
合う度、ノーヴェの身体にダメージが蓄積されていく。それでも気力を振り絞
って何とか互角の戦闘に持ち込んでいるのだが、限界は確実に近づきつつあっ
た。
「砕けろ、砕けろ、砕けろっ!」
 連続して繰り出される足蹴りを、ゼロは尽くセイバーで弾き飛ばした。一つ
間違えば、足が斬り落とされるかも知れないのだ。ノーヴェの心に恐怖はあっ
たが、それでもそれを打ち消して戦っている。
「勝つんだ、絶対に勝って、チンク姉を! そしてドクターに!」

 今度こそ、認めて貰うんだ。

 エアライナーを駆け上り、ノーヴェは最大限に力を込める。

「くらぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 高く上って、急降下。弾丸、いや、ミサイルのような勢いでノーヴェがゼロ
に迫った。

「――――そこだ!」

 一瞬の攻防が、勝敗を決した。
 ゼロの持つセイバーが、ノーヴェのブレイクギアの片方を、斬り砕いた。

「うわぁっ!?」
 正確にブレイクギアだけを破損し、バランスを失ったノーヴェは地面へと叩
き付けられた。
 何とか起ち上がろうとするが、ゼットセイバーの切っ先が眼前に突き付けら
れ、ノーヴェは硬直した。
「終わりだ。スカリエッティの居場所を教えて貰う」
「誰が教えるかよ!」
 双方が引けぬ理由を持っているが、この状況でノーヴェのそれは虚勢だろう。
現に倒れたことでいくらか戦意を喪失した彼女の表情には、僅かな怯えの色が
見えた。
「殺すなら殺せ! あたしは死んでも、何も言わない!」
 度胸だけは立派であるが、それを汲んでやるようなゼロではない。彼は無言
でセイバーを振り上げ、ノーヴェは覚悟を決めた。

「待って!」

 そこに、セインが駆けつけた。

「セイン――!?」
 驚愕に、ノーヴェの表情が劇的に変化する。その声を聴いたゼロも、セイバ
ーを振り上げた腕を止めた。
「何故、お前がここに?」
「フェイトって人に許可は貰った……ゼロとノーヴェを、止めに来た」
 言って、セインはノーヴェへと歩み寄った。未だに驚きを隠せないでいる彼
女の前に屈んで、手を差し伸べた。
「立てる? ノーヴェ」
「セイン、どうして……管理局の本局にいるんじゃ」
 ノーヴェの反応から、自分がどういう境遇にあったのかを知らないことに、
セインは気付いた。つまり、スカリエッティはノーヴェにも嘘をついている。
「どうしても何も、私はこうしてピンピンしてるよ。囚われの身ってのは事実
だけど、本局には行ってない。勿論、チンク姉もね」
「でも、ドクターはセインが自爆して、それでこいつを倒そうとしたって!」
「やっぱり、そんなデタラメな嘘を言ってるんだ……」
 寂しさの滲み出る声と表情で、セインは呟いた。ノーヴェを立たせ、スーツ
に付いた誇りを払ってやる。
「いいよ、全部教えてあげる。ドクターがあたしに、あたしたちに何をしたの
かってことを」


 セインの登場に一番驚いたのは、スカリエッティであったのだろうか? 彼
は複雑そうな表情をモニターに向けていたが、口に出しては何も言わなかった。
「あらぁ、セインが出てくるなんて予想外ー。このままじゃ、ノーヴェちゃん
が籠絡されちゃう?」
 意地悪そうな目で、スカリエッティを見るクアットロ。
「やはり……ダメかな?」
「ノーヴェちゃんは、セインに頭が上がらないから」
 セインは、番号の近いチンクと懇意の中だった。チンク自身もセインを大切
な存在に想っていたようで、一つ上の姉でありながらも、セインとは対等の立
場を気付き上げていた。兄妹以上の仲にも見えたとは、ウェンディの言葉であ
る。故にノーヴェは、そんなセインに対し呼び捨てで呼びはするものの、チン
クの次に信頼し、敬意を払っていた。
「なるほど、そうか」
「どうします?」
 クアットロが何を言いたいのかは、判っていた。モニターに映るノーヴェと、
先ほど振り払われた片手を、スカリエッティは交互に見て……やや、投げやり
に言った。
「君に任せる、好きなようにしてくれ」


 セインの口から次々に証される真実を、ノーヴェは唖然として聞いていた。
開いた口がふさがらないとは、このことか。俄に信じられる話ではなく、
「嘘だ、そんなの。ドクターが……そんな」
 狼狽するノーヴェに、セインは悲痛そうな瞳を向けた。嘘をついている目で
ないのは明らかだった。
 セインごとゼロを葬り去ろうとしたディエチに、彼女に命令を下したスカリ
エッティ。
「あたしは、ドクターに殺されかけた。あの人にとって、あたしたちは作品に
過ぎないんだ。壊すも捨てるも、あの人は平気でやる」
「だけど、それは」
「どうしてドクターが、私を含めたナンバーズの奪還に本気を出さないのか、
興味がないんだよ、必要性を感じないんだよ!」
 セインは、スカリエッティの本質を捉えていた。彼にとって、ナンバーズと
は作品であって物なのだ。ルーテシアのような元が人間の少女とは違い、スカ
リエッティは姉妹の存在は認めていても、人権は認めていない。
 だから、心に痛みを覚えず処分が出来るのだ。
「ノーヴェ、あたしと一緒に来て。このままドクターの所にいれば、ノーヴェ
だっていずれは」
「そんなの、急に言われたってわかんないよ!」
 訴えるセインに、ノーヴェは頭を抱えて叫び返した。セインがじっくりと認
識していった現実を、一瞬で理解することなどノーヴェには不可能だった。

 ドクターは、あたしを、あたしたちを何とも思っていない?

 そんな馬鹿なこと、馬鹿なことが――

『ハァ~ィ、ノーヴェちゃん聞こえる~?』
 いきなり、クアットロの声がノーヴェの頭に響き渡った。
「クア姉!?」
『悩んでるみたいねぇ……』
「セインの言ってることは、本当なのか?」
 ノーヴェの様子がおかし事に、セインとゼロは気付いた。クアットロの声は、
二人には聞こえていないのだ。
『本当だったら、どうするの?』
「そんなこと……」
『迷いがあるなら、消してあげても良いわよ?』
 頭に響くクアットロの声が、急に冷たくなった。
「えっ?」
『こんな風に、ね!』
 瞬間、激痛とも取れる痛みがノーヴェの頭に伝わってきた。

「クア姉……!?」

 感情が増幅し、破壊され、意識が飲み込まれていくのをノーヴェは感じた。

「ノーヴェ!」
 セインが駆け寄ろうとするが、ゼロがそれを止めた。感じたことのないほど、
強大な怒気がノーヴェから発せられていたのだ。
 涙まで溢れている瞳に色はなく、表情が怒りに歪んでいく。

 コンシデレーション・コンソール。

 戦闘機人の自我を喪失させ、特定の感情だけを増大させる一種の洗脳技術。

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 ノーヴェが吠え、片足のブレイクギアで蹴りこんできた。ゼロは咄嗟にセイ
ンを抱えてそれを避けると、セイバーを構え直す。
「そんな、どうして!?」
 変貌振りにセインが愕然とするが、外部から何らかの操作をされたのは明ら
かだった。
 セインのことすら躊躇せず、攻撃を仕掛けてくる。
「死ね、死ね、死んじまえぇぇぇぇぇぇ!」
 ガンナックルを連射し、セインを庇えないと判断したゼロは全弾を背中に受
けた。でなければ、セインに当たったから。
「ゼロ!」
「動くな、怪我をしたいのか」
 いくらゼロが強いと言っても、攻撃に痛みを感じないわけがない。顔には、
苦悶の表情が浮かんでいる。
「あの状態を、解く方法は?」
「わ、わかんない。あんなの初めてで」
「なら、倒すしかない」
 非情な決断が、ゼロの口から出された。
「待って、話せば、話せばきっと!」
 もう遅い、もう無理だと、セインも理解している。しているのだが、納得す
ることが出来ない。
 こんな、こんな結末、あんまりだ。

 だけど――――

「お願い、ゼロ」
 セインの声が、震えている。涙で、悲しみで、怒りで、震えている。
「ノーヴェを、あの子を助けて!」


 戦いは、ノーヴェが動けなくなるまで続いた。斬っても撃っても、ノーヴェ
は戦い続けた。泣きながら、叫びながら、腕を振るい、足を蹴り上げ、モニタ
ー越しに見ていたシャーリーとリインが思わず顔を背けてしまったほどで、フ
ェイトも顔を背けたくて堪らなかった。
 ゼロのチャージ斬りが直撃し、ノーヴェはその動きをやっと止めた。
 崩れ落ちる彼女の身体を、セインが抱え込んだ。
「ノーヴェ、ノーヴェ!」
 妹の名を叫ぶセインに対し、激しい、激しすぎる戦いを続けたノーヴェは、
苦しそうに瞳を開けた。
「セイン……」
 弱々しい声だった。既に、コンシデレーション・コンソールを受ける前に、
ノーヴェは限界だった。それを一切無視して、彼女は限界を超えた戦いを無理
矢理行わされたのだ。
 もう、ノーヴェには喋るどころか、瞳を開ける気力すら残っていなかった。
「セイン、あたし」
 だけど、それでも、ノーヴェは口を開き言葉を発した。
「嫌われたく、なかったんだ。ドクターにも、みんなにも」
 チンクやセインがいなくなり、精神的な孤独を感じていたノーヴェにとって、
スカリエッティにまで見放されるのは、居場所を失うも同然だった。
「なのに、どこを間違えたのかな」
 嫌われたくない、そう思っていたのに、セインが現れ、その口から真実が語
られたとき……ノーヴェは何もかもが判らなくなった。
「あたしって、本当に」

 馬鹿だよな。

 ノーヴェがその言葉を発することは、なかった。
 全ての力を使い果たし彼女は、そのままゆっくりと、瞳を閉じた。

                                つづく

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年01月16日 14:43