床に転がした電話機が鳴っている。
 丁度コートに手を掛けたところだったダンテは、器用に受話器を蹴り上げると、そのまま空中でキャッチして耳に押し当てた。

「デビル・メイ・クライだ。生憎だが、出張の為しばらく休みだぜ。期限は未定だ、よろしく」

 受話器から響く怒声とも懇願ともつかない雑音を聞き流しながら、無造作に放り投げる。
 キンッと音を立てて、輪投げよろしく電話機の上に乗っかった。
 最初から興味など無かったダンテは、それを尻目にコートを羽織る。
 久方ぶりに袖を通した、ダンテの性格を体現する真紅の服装に自然と笑みが浮かんだ。やはり、この格好が一番しっくりくる。

「そう言うワケだ、レナード。後は頼んだぜ」
「……何日も事務所空けっ放しで、俺に連絡も寄越さないでおきながら、いきなり帰って来てそれかよ」

 そこだけ新品同様になっている入り口のドアの傍に立っていたレナードは、弱弱しく悪態を吐いた。
 もはや、この男に何を言っても無駄だと悟っている。
 大仕事をこなし、報酬も入って万々歳という直後にそのまま消息を晦ましたダンテをレナードが今の今まで気に掛けていたのは、もちろん安否を気遣う理由ではない。
 便利屋としても裏の世界に名の知れ渡っている<Devil May Cry>に、唯一まともに仕事を斡旋できるのがレナードの強みの一つだからだ。
 ダンテが帰って来ていきなり無期限の休業宣言をすれば、一番ワリを食うのは誰か言うまでも無い。

「ここ最近、キナ臭くなってそこら中の組織が殺気立ってるんだ。腕っ節の立つお前さんだって引く手数多さ。
 ……それを、いきなり全部キャンセルはねぇだろ!? 頼むよ、話もつかねえとなったら俺が酢豚にされちまう!」
「キャンセル? 話も聞いてねえよ。人の都合も考えずに勝手に請け負うからだ。せいぜい料理されないようにダイエットに励みな」
「ひ、人事だと思ってよ……!」

 レナードの悲壮な訴えなど歯牙にもかけない。
 これが無力な一般人の叫びなら良心が痛まないわけでもないが、相手は小ずるい腹黒の小悪党だ。自業自得というものだろう。
 それでもレナードは得意の口八丁で何とかダンテの考えを改めさせようと食い縋る。

「ダンテ! 金払いのいい依頼かもしれないけどな、さっきも言ったとおり最近何処も殺気立ってるんだ。
 そんな時期に、管理局からの長期の仕事なんて引き受けてみろ。どの組織からも睨まれるぜ? 便利屋としての信頼もガタ落ちだ、公的組織に尻尾振る飼い犬だってな!」
「言わせたい奴には言わせとけよ。外に知り合いを待たせてあるんだから、足引っ張るな。もう行くぜ」
「外? あのスゲエ車に乗った綺麗な金髪のオンナか?」
「ああ、美人だろ?」
「お前さんの好きそうなタイプだよ。アンタの事務所の前じゃなかったら、強盗と好きモノの変態が群がってくるだろうぜ……」
「あんないい女なら尻尾を振ってもいい、そうだろ?」

 ダンテは舌を出して『ハッハッハ』と犬の真似をしながらおどけて見せた。
 二本の<得物>を仕舞ったギターケースを引っ掴むと、縋るレナードへウィンク一つ寄越して事務所のドアに手を掛ける。

「それじゃあな。俺のいない間、事務所の管理は頼むぜ」
「ダンテ! いつまで待ちゃいんだ!? 帰って来るんだろ!?」

 答えず、気楽に手を振すると、ダンテは事務所から出て行った。
 閉まったドア越しに『ちくしょー、この悪魔!』という嘆きが聞こえるのを耳に入れず、ダンテは意気揚々と手持ち無沙汰に待つフェイトの元へと向かった。

「待たせたな」
「私物は、それだけでいいんですか?」
「あまり物は持ち歩かない主義でね」

 後部座席にケースを放り込み、自分は助手席へと腰を降ろす。
 ここへの道すがらと同じ、勝手知ったるリアシートを後ろへ押し倒すと、ダッシュボードの上に足を投げ出した。
 他人の車でここまでリラックスできるダンテの図太さに呆れながら、言っても無駄だと悟っているフェイトはため息一つで済ませ、車を走らせる。
 死にかけた街の景色が前から後ろへと流れていく。時折、その景色の中に人の姿も見かけた。
 なけなしの現金を抱えてベンチに横になった男。派手に着飾った娼婦。そして、路地裏の影で寄り添うように座り込んだ子供達。
 それらを見る度に、フェイトはやるせない気分になっていた。

「華やかなりし街の影ってところか」

 フェイトの心の内を代弁するように、ダンテが呟いた。
 繁栄の在る場所には格差もまた存在する。完全な平等などというものは、文明の停滞の下でしかありえないのだから。それはこの世界においても例外ではない。
 多くの次元世界との交流が複雑に絡み合うミッドチルダにおいて、訪れる人はその種と同じだけ差が存在するのだ。

「首都に住んでいると忘れてしまいがちな……これが現実だと、分かってはいるんですけれど」
「気にするな。ここも、そう悪いもんじゃない。
 ――ところで、コイツか? <悪魔>と繋がりがある次元犯罪者ってのは」

 一介の執務官と便利屋が世情を嘆いても仕方ないとばかりに、ダンテは話を切り替え、情報の表示された電子ボードを睨み付けた。
 ダンテほど物事を割り切れないフェイトだったが、質問には頷いて答える。

「ジェイル=スカリエッティ。私が追っている、大物の犯罪者です。各所のレリック強奪に関わるガジェットは彼の差し金、最近になって<悪魔>との繋がりも濃厚になりました」
「こいつが俺の事務所を吹き飛ばしてくれた張本人ってワケだ」
「奴と会話を交わしたんですよね。本人と接触したのは、多分ダンテさんが初めてです」
「ベラベラとよく喋る、胡散臭い奴だったよ。俺は自分よりお喋りな奴は嫌いなんだ」

 不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 フェイトは肩を竦めた。ダンテの証言から、スカリエッティの人物像を少しでも把握しようと思ったが、この様子ではあまり積極的に語ってはくれないだろう。
 だが、打算的ではあるが共通の敵が出来ることは、共に戦う上で都合がいい。

「情報は少ないですが、スカリエッティに関しては帰ってからダンテさんにも詳しくお話します。
 それで……今のところ奴の協力者として可能性の高い<バージル>という男に関してなんですけど……」
「まとめて一緒に話してやるよ」

 <バージル>という名前が出た途端、目に見えて変わったダンテの雰囲気にフェイトは口を噤んだ。
 ただ敵意や怒りを抱くだけではない、悲しみと懐かしさも入り交ざった複雑な表情を浮かべている。
 自分とスカリエッティがそうであるように、ダンテとバージルには浅からぬ因縁があるらしい。
 彼の敵であるならば、やはり自分にとっても敵となる。
 得体の知れぬ<悪魔>という存在を交え、複雑に、そして肥大化していく暗黒の気配を感じながら、フェイトは車を進める先に敵の姿を幻視した。
 これまで漠然としていた、自分たちが真に敵対すべき者達の姿が徐々に形となり始めている。
 <奴ら>はこちらの思惑の届かぬ場所で、一体何を企み、何を成そうとしているのか――。
 エンジンの僅かな振動だけが響く車内、お互いに似た懸念を抱きながらダンテとフェイトは沈黙を続けていた。

 

 


魔法少女リリカルなのはStylish
 第十八話『Dear My Family』

 

 

「――そこまで! <インターセプトトレーニング>終了!」

 ティアナが最後の誘導弾を撃ち落した瞬間、なのはが訓練の終了を告げた。
 絶え間無い疲労の蓄積から解放された安堵に、ティアナは大きく息を吐く。張り詰めた神経が解れていく感覚と同時に脱力感が全身を重石のように襲った。
 座り込みたい、が。堪える。
 デバイスをホルダーに差し込み、直立不動で次の指示を待つティアナの意地とも言える気丈な姿を見て、なのはは微笑した。

「今日の個人教導はこれにて終了。休め」
「はい!」

 ようやくティアナの体から強張りが抜ける。
 愚直なまでに公私の区別を付けたがるティアナの生真面目さも、もうなのはには慣れ親しんだものだった。今はそれすら好ましく思える。
 少し気の緩んだティアナのぼうっとした視線とぶつかり、二人はしばし見詰め合って、湧き上がった奇妙な可笑しさに一緒に小さく笑った。
 教導官と訓練生としての時間は終わる。ここからは少しだけプライベートだ。

「完璧だったね。次からはワンステップ先に進めるよ、ティア」
「ありがとうございます、なのはさん」

 それはつまり、こういう呼び方をするようになった二人の新しい関係だった。

「誘導弾の操作も大分精度が上がってきたね。小手先の技だけど、二種類の射撃があるだけで攻撃の幅は驚くほど広がるよ」
「最近、直線射撃に偏ってる自覚はしてましたから。なのはさんのお墨付きなら、矯正は成功ですね」
「ティアならあまり細かく言わなくても自分で使いどころ考えられるよねぇ……うーん、なんか物足りないなぁ」
「いや、教導官の方が訓練に疑問持ってどうするんですか?」
「だって、あの日から意気込んで色々訓練考えてるのに、ティアってば結構難なくこなしちゃうんだもん」

 以前の自分と立場が入れ替わったかのようななのはの言動に、ティアナは苦笑した。
 あの模擬戦を経て、心を開いた夜――あれからティアナの日常は少し変化し、自身の中では大きく何かが変わった。
 なのはは基本を教えながらも教導にティアナの要望を取り込むようになり、ティアナはそれによって過酷になった訓練を一皮向けた精神力によってこなすようになった。
 もう焦りは無い。戦いへの苛烈な意志はそのままに、周囲を見渡す冷静さと余裕を持つようになったのだ。
 なのはの望む、新人メンバー達のリーダー格という器になりつつあるティアナにとって、残された問題は彼女自身の戦闘力の向上だった。

「――やっぱり、一撃の威力が欲しいと思うんですよね」

 訓練やチームワークについて以前より遥かに気安くなった雰囲気でアレコレと交わす中、自身の話へと移って、ティアナはおもむろに告げた。

「あたしの弱点は、ここぞという時の切り札が無いことだと思うんです」

 ティアナは自己分析を冷静に口にした。
 なのはは頷く。

「そうだね、射撃型はどうしても魔力容量と出力が攻撃力に直結する。
 魔力弾を量はそのままに、圧縮して濃度を上げるっていうティアの方法は、上手くその弱点をフォローしてると思う。でも、限界はある」
「一発で、大ダメージを与えられる攻撃方法が欲しい。<ファントム・ブレイザー>じゃ駄目なんです」
「確かにあの魔法は、正直ティア向いてないかな。
 威力と範囲はカバー出来るけど、消耗率が高すぎるよ。魔力量を効率で補ってるティアに適したものじゃない」
「どちらかというと、なのはさんのバスターと同じ系統の魔法ですからね」

 近くの木の幹に腰掛け、談笑する様は降り注ぐ木漏れ日も手伝ってひどく穏やかな雰囲気を漂わせていたが、交わされる言葉は真剣そのものだった。

「……やっぱり、タイプの違うわたしじゃアドバイスは難しいのかなぁ。わたしの考えることはティアも既に考えてるみたいだし」
「存在そのものが必殺のなのはさんに、必殺技のコツを尋ねても難しいですよね」
「何その物騒な評価! ティアまでそんなこと言うの!?」

 時折、そんな場を和ます冗談も交えながら語り合う。
 少し前までは考えられない、なのはとティアナのやりとりだった。


「参考になるか分からないけど、わたしの場合は鍛える時短所を補うより長所を伸ばす方法を取ったよ。
 例えば、当時必殺技だった放出系魔法を改良しようと思った時、発射シークエンスを変更する方法を取ったんだ。まだ未熟だったからチャージ時間が長くて高速戦では使えなくて――」
「発射の高速化――じゃないですね。なのはさんなら、チャージタイム増やして威力を上げたんじゃないですか?」
「当たり! 使いどころはとことん選ぶけど、信頼出来る切り札になったよ」
「その見かけによらない博打好きな人柄に惚れます」
「にゃにゃ!?」

 真顔で告げるティアナに対して、なのはは奇声を上げながら頬を赤くした。
 もちろん、当人は誤解を恐れない本音を告げただけである。なのはの性格に、どこかダンテと共通する部分を感じ取ったのだった。
 なのはは気を取り直すように咳払い一つすると、改めて自分の助言をティアナに告げた。

「まあ、要するに。持ち味を活かす、っていうのが重要だと思うの」
「持ち味……」
「例えば、ティアの場合はわたしにも真似出来ない命中精度とか魔力の圧縮率。その辺にパワーアップの鍵があるんじゃないかな? 新しい魔法を覚えるより、ずっと近道だと思うよ」
「……なるほど」

 ティアナは神妙な顔で頷いたが、対するなのはは自分自身の助言の余りの曖昧さに少し落ち込んでいた。

「ごめん。あんまり参考にならないよね……」
「いえ、そんなことないですよ」

 首を振るティアナの眼に、誤魔化しや気遣いは無い。本心だった。

「なのはさんのおかげで、ちょっと試してみたいことを思いつきました。ありがとうございます」

 何かを得た興奮と決意が、自然と力強い笑みを形作っていた。

「ははっ、どういたしまして」

 そんなティアナの様子を頼もしいと思うと同時に、なのはは更に大きく落ち込んでしまう。

「……なんか、やっぱりティア自分一人で解決しちゃったみたいだね……」

 出来が良すぎるというのも困りもの。
 あの夜には、目の前の少女を鍛える為に一大決心したものだが、蓋を開ければ『アレ、わたし実は要らない子なの?』と思わずにはいられない現状だった。

「あ、いや。なのはさんのおかげですよ、閃いたの! ホント! ありがとうございます!」
「いいよぉ、そんな気を使わなくて……。どうせ、わたしに教導なんて向いてないの。部下の気持ちも分からない独りよがりな女なの……」
「なんでそんなに打たれ弱くなってるんですか!? なのなの……いや、なよなよしないで普段通りに戻ってくださいよ!」

 模擬戦の時のように眼が死んでるなのはをティアナが慌てて慰めていた。
 もちろん、半分はじゃれ合っているようなものである。互いの弱さを笑って話せる程度には、二人は分かり合っていた。
 雨降って地固まる、とは正にこの事。
 ――そして、もう一つ固めるべき地があることをティアナは理解していた。

「おーい、なのは。こっちの訓練も終わったぞ」

 駆け寄ってくるのは同じく個人教導を行っていたヴィータとスバル。
 例の如くスバルは、時にヴィータにぶっ飛ばされ、時に自ら転がり、痣と土汚れだらけだった。

「お疲れ様。スバルの調子はどう?」
「ギリギリ合格点ってところか。馬力は上がってるけど、前に指摘した部分を十分に改善できてねーな。長所を伸ばしすぎだ」
「ハハ……すみません」

 一見するとヴィータとスバルの二人は同じ突撃思考タイプに見えるが、そこは年の功。
 猪突猛進気味なスバルの戦闘方法に生じる粗をヴィータは前々から懸念していた。しかし、矯正の効果はあまり見込めていない。

「索敵とか位置選び、細かい点を相棒のティアナに任せすぎてたな。一人になると、その辺が隙になっちまうぞ」
「……すみません」

 ヴィータの的確な指摘に、スバルは気まずげに俯いた。
 チラリ、とティアナの方を一瞥し、それから何かを堪えるように口を噤んでまた俯く。
 普段の快活なスバルらしくない仕草だった。
 その分かりやすい態度を、ティアナはもちろんなのは達が気付かないはずはない。
 あの日――模擬戦以来、それはどうしようもないことなのかもしれないが、スバルとティアナの間に小さな溝が出来てしまっているのだった。
 日常の中で、二人は以前と同じように寝食を共にし、会話もしているが、やはり以前と同じように心を通わせることは出来なくなってしまっていた。

「……まあまあ、ヴィータちゃん。とりあえず、訓練はこれで終了。
 スバル達はシャワーを浴びて着替えたら、オフィスに集合してね。はやて部隊長から何か発表があるらしいよ」

 重苦しい程ではないが、どうにも形容しづらい微妙な二人の雰囲気を払拭するようになのはが告げた。
 それじゃあ、と。これまでなら嬉々としてティアナを伴っていた筈のスバルが一人で隊舎へ向かう背を眺め、なのはは無言を貫くティアナに小声で問い掛けた。

「やっぱり、スバルとは仲直り出来てない?」
「寝る前とか、話すタイミングを計ってるんですけど……なんか、普段通りに返されると曖昧になっちゃって……」
「スバルなりの気遣いなんだろね『気にしてない』っていう。実際は、気にしちゃってるみたいだけど」
「アレは、完全にあたしの方に非がありますから。負い目の分、強く切り出せないんです」
「きっかけがあれば、だね?」
「ありますか?」
「任せなさい」

 ティアナにスバルへの謝罪と仲直りの意思があることを確認すると、なのはは満足げに笑ってドンッと胸を叩いて見せた。
 その仕草に小さく笑みを浮かべ、感謝の意思を込めて一礼すると、ティアナもまたスバルの後を追うように隊舎へと向かった。
 なのははその背中をいつまでも見守っていた。
 懸念は残っている。しかし、不安はない。
 ティアナは、きっとスバルとの絆を取り戻すだろう。あるいはそれ以上のものを。
 好意の反対は無関心だと言う。
 模擬戦で見せたスバルへの苛烈な反発がティアナの偽らざる感情ならば、それが一端に過ぎないスバルを想う心もまた本物なのだ。
 良くも悪くも、あの頑なな少女がスバルという存在を自らの内まで踏み込ませ、心を許しているという事実が、なのはには微笑ましく映るのだった。

「ホント、不器用なんだから……」
「おめーが言えたことじゃねーだろ」

 年上ぶって苦笑してみせるなのはの後頭部を、ヴィータがグラーフアイゼンでコツンと叩いた。

 

 


 オフィスには制服に着替えたフォワードのメンバー達とシャマルやシャリオなどの手の空いた一部の隊員だけが集められていた。
 新人達もすっかり板についた一糸乱れぬ整列を、向かい合う形ではやて達隊長陣が眺めている。
 その上司達の中に二人――六課では本来在り得ぬはずの姿があった。

「――もう聞き及んでると思うけど、機動六課に外部協力者を迎え入れることになった」

 自分の傍らに立つ二人の人物へ隊員達の視線がチラチラと向けられるのを感じながら、はやてが厳かに告げた。

「いずれも任務の際に遭遇した<アンノウン>に対抗する為、特別措置として一時的に六課へ出頭することになった人物や。
 正式なメンバーではない為、いろいろと制約と自由の違いはあるが、私らの手助けをしてくれる力強い味方である事は間違いない。皆、仲良くするよーに」

 最後はちょっと茶化すように告げる。
 場の空気が和んだところで、はやてが促すまま二人が一歩前に出た。

「まず、皆顔くらいは会わせてるやろ。数日前から六課にいて、今日正式に契約を交わしたダンテさんや」
「ダンテだ。ま、よろしく頼むぜ」

 以前とは違う借り物の制服姿ではない、真紅のコートに身を包んだ彼本来のスタイルでダンテは軽く挨拶をして見せた。ウィンクもおまけに付ける。
 既にほぼ全てのメンバーと交流のある彼の参入は好意的に受け入れられた。スバルが軽く手を振るのを、隣のティアナが諌めるのが見えて苦笑する。
 そして、もう一人。こちらは新人達には全く見覚えの無い男に紹介が移った。

「こちらは本局から来ていただいた、無限書庫のユーノ=スクライア司書長や。
 私よりも偉いので、言うまでも無いけど失礼のないように。気さくな人やけど、高町隊長とプライベートな関係やから玉の輿狙う娘は命賭けてなー」
「はやて……」

 真面目な顔で冗談とも本気とも取れないことを告げるはやての傍らで、ユーノとなのはが引き攣った笑みを浮かべていた。
 一方で、この意外な人物の登場に初耳のメンバーの中ではどよめきが起こっている。
 本局勤務の重役が、身一つでやって来たのだ。個人的なコネや要請でどうにか出来る人物ではない。
 ティアナや一部の聡い者達が疑念を抱く中、ユーノは咳払い一つして、人当たりのいい笑みを浮かべた。

「ユーノ=スクライアです。未だに情報の少ない<アンノウン>に関しての分析などでサポートする任に就きました。所属としてはロングアーチに位置します。どうぞ、宜しく」

 

 

 簡単な紹介が終わると、堅苦しい場はそこでお開きとなった。
 レクリエーションのような軽い雰囲気の中、オフィスのメンバーは二つに分かれる。
 隊長陣を中心としてユーノの下に集まる者と、既に大半のメンバーと親しくなっているダンテのグループだ。

「これからお願いします! ダンテさん!」
「空中戦のログ見せてもらいました! スゴイです! あの、剣も使うって本当ですか? 良かったらボクと模擬戦……」
「エリオ君、いきなりそんなこと言ってもダンテさん困っちゃうよ。あの、これからよろしくお願いします」
『キュクルー』

 抱きつかんばかりに駆け寄ってきたのは新人メンバーだった。
 若さゆえの素直な性分か、真っ直ぐな好意を向けてくる三人にダンテはらしくもなく尻込みしていた。
 スバルはもちろん、控え目ながらも初対面とは変わって警戒心の無いキャロの笑み。エリオに至ってはダンテに向ける視線がテレビの中の有名人に向けるそれである。
 荒事ばかりの人生のせいか、尊敬と敬意を持たれるのはどうにも慣れていない。警戒混じりのフリードの素っ気無さくらいで丁度いいのだ。

「ハハッ、ここまで歓迎されるとこっちが度肝を抜かれちまうな。まあ、猫の手だとでも思って気楽に接してくれ」

 何とも言いがたいむず痒さを苦笑に変えて、ダンテは言った。
 そして、まるで流れ作業のように次々と見知った顔が前に現れ、言葉を交わしていく。

「ダンテさんの剣はデバイスと一緒に預かっておきます。メンテナンスもバッチリ任せてください!」
「頼もしいな。ティアがいなかったから、デバイスの方はしばらく触ってないんだ」
「ティアナのクロスミラージュも相当ですけど、ダンテさんは更に過激な扱いしてますね。二人してデバイス泣かせですよ?」
「デリケートな扱いは苦手でね」
「でしょうね。……剣の方ですけど、すこーし解析させてもらってもいいですか?」
「……分解はしないでくれよ」

 シャリオの言葉に苦笑いを返し、

「六課に歓迎しますぜ、旦那」
「ああ、まったくいい所だ。美女に囲まれた理想的な職場だな。これで花の首飾りとキスで歓迎されれば文句無しだ」
「そいつはフェイト隊長にねだってください。ハグなら、俺がなんとか」
「男と抱き合う趣味は無いぜ」
「俺もです」

 数少ない同性同士、妙に気心の知れた笑みを浮かべ合いながらヴァイスと軽く拳をぶつけ合う。
 そうして一通りの挨拶を終えると、ダンテはあからさまに『今気付いた』と言わんばかりに驚きの表情を浮かべて、離れた場所で佇む最後の一人を見つめた。

「Hey! こいつは驚いたな、俺の知り合いにソックリだ。つい最近振られたばかりの相手でね」
「うっさい! ……あの時は、悪かったわよ」

 3年ぶりの再会を数日前に自ら台無しにしてしまったティアナは、ダンテのいつものジョークに対して少しばかり気まずそうに返した。
 あの時は、色々問題を抱えていて素直に再会を喜べなかった。
 現金な話だが、その問題が解決した今、誰よりも彼に話を聞いてもらいたい。そんな想いをおくびにも出さず、腕を組んで不機嫌な表情を作る。
 もちろん、その全ての虚勢を見透かしたダンテは、笑いながら静かにティアナの下へと歩み寄った。

「あの時は傷付いたな。こう見えて、中身は結構ナイーブなんだ」
「……ごめん」
「冗談さ」
「分かってる。でも、ごめん。アンタから……逃げたわ」

 最悪のタイミングでの再会だった。
 彼から教わった信念を何一つ貫き通せず、敗北し、惨めな自分の姿を見られたくなかった。精一杯の虚勢で拒絶し、そんな行動の中で自分は一瞬彼に縋ってしまおうかとも考えたのだ。
 情けなさと悔しさ、自己嫌悪が蘇って、それを堪える為に唇を噛み締める。

「そういう所は相変わらず不器用な奴だな」

 そんな変わらない性格を、ダンテは苦笑して受け入れた。

「でも変わったよ、お前。3年前とは見違えた」
「……本当?」
「スタイルの話じゃないぜ?」
「バカ。真面目に言ってよ」
「こいつは失礼。雰囲気というか、顔つきがな……ティーダに似てきた」

 ティアナは驚いたようにダンテを見上げた。穏やかな微笑みが浮かんでいる。
 彼が時折見せる、挑発するものでも茶化すものでもない――それこそどこか兄の面影を感じる、包み込むような優しい笑顔だった。家族に向ける顔だった。

「あたしが、兄さんに……?」

 自己嫌悪など吹っ飛んで、ティアナはダンテの発言の真意を確かめるように尋ねた。
 途端、真摯で真っ直ぐだった瞳が悪戯っぽく歪む。

「ああ。アイツ、女顔だったからな」
「もうっ!」

 それがダンテなりの照れ隠しだと長年の付き合いで分かっていたが、上手くかわせるほど老練もしていないティアナは頬を膨らませて胸板を殴りつけた。
 怒り任せにしては随分と軽い音が響き、そのまま二人の間に沈黙が走る。

「……ありがとう」
「ああ――会いたかったか?」
「たぶんね」
「釣れないな」

 そして、二人はごく自然に抱き合った。
 異性としてのそれではなく、家族として。激しくは無く、ただ静かに。
 3年という月日で離れた距離をたったそれだけで埋め合える、酷く穏やかな抱擁だった。

「こういうの、何て言うんだったか……」
「感動の再会、でしょ?」

 温もりを感じ、軽口を返して、ティアナはその時ようやくダンテとの再会を果たせたような気がした。
 しばらく動かずにその体勢のままでいる。
 心地良かったが、心の片隅で違和感を感じていた。
 ――はて、何か忘れちゃいまいか?

「…………グスッ。よかったね、ティア」

 聞き慣れた相棒の声と鼻を啜る音を聞いて、ティアナは瞬時にダンテの懐から飛び退った。
 我に返ったティアナは自分の置かれていた状況を思い出し、戦慄と共に周囲を見回す。
 返って来たのは映画のクライマックスを見守る観客のような生暖かい幾つもの視線だった。具体的にはニヤニヤしていた。
 当のスバルは涙と鼻水を垂らしながらも笑みを浮かべるという感激の極みといった表情で、その傍らではエリオとキャロがどこか羨ましそうにこちらを見ている。
 親愛に満ちた二人の抱擁は、家族の愛に飢えた子供達を大いに刺激したらしい。

「な、な、な……っ!?」

 ドモるどころか言葉にも出来ず、壊れたように繰り返すティアナが顔を真っ赤にしながらダンテの方を見ると、こちらは相変わらず飄々とした態度で肩を竦めていた。
 全て分かっていて続けていたらしい。
 怒りと羞恥で脳みそが破裂しそうな感覚を味わいながら、この混沌とした心境をどう表せばいいのかも分からず、更に混乱する。
 そんなパニック状態のティアナにスバルがトドメを刺した。

「記念に一枚撮っておこうか?」

 理性の糸をぷっつんと切ってしまったティアナは、奇声を上げながらスバルに殴りかかった。

 

 

 賑やかなダンテを中心とした集団から離れて、ユーノとそれを囲う旧知の者達がそれを見守っていた。

「大人気だね」
「絵になるからなぁ、ちょっとしたアイドルや。士気の面でもええ効果やね」

 苦笑するユーノにはやてが相槌を打った。
 ダンテとユーノは同じ立場のはずだが、こちらにははやて達三人の隊長陣とヴォルケンリッターが静かに寄り添うだけだ。
 人望の差――などと卑屈に考えることはないが、自分の役職の重さが肩に乗っかっているような気がして、ユーノは人知れずため息を吐く。
 こうして10年来の友人と再会しても、子供の頃のようにはいられない。
 なのはとオークションで再会して以来、時折そんな切なさを感じることがあるのだった。

「でも、驚いたよ。ユーノ君が来るなんて、わたしギリギリまで知らなかったんだから」

 あえて黙っていたのであろうはやてに対して少し怒るように、なのはが言った。
 フェイトも同感だった。 

「理由はともかく、よく無限書庫を離れられたね?」
「書庫の管理体制には以前から改善案が推されててね。今回は、その新しいシフト設置に乗じて暇を貰ったワケ。定期的な連絡は必要だけどね」
「それにな、ユーノ君が六課に来たのは呼んだからやない。本人からの要望と本局の許可があったからや」

 その予想外の答えに、全員がユーノの顔を見つめた。
 ユーノが<アンノウン>の情報解析に必要な人材だと判断する根拠も分かっていないのに、それを本人が志願したというのだから当然だった。
 奴ら――<悪魔>との遭遇は、ユーノにとってあのホテルでの一件が初めてのはずだ。奴らを一体何時知り得たというのか?

「――詳しい内容は、後で改めて話すよ。あのダンテさんも交えて」

 皆の疑念に満ちた視線を受け止め、ユーノは小さく頷いた。

「今、言えることは……僕はずっと前から奴らを知っていた。もちろん、知っているだけで、その存在を信じるようになったのはつい最近だけどね」
「どういう、ことなの?」
「何もかも不確定だけど……奴らの記録自体は実ははるか昔からあったんだ。ただそれを誰も現実として受け止めなかっただけでね。
 僕はあのオークションの日まで、個人的にその記録を調べていた。神話や物語を読むような気分で。だけど、あの日確信した。
 <悪魔>は、実在する」

 狂人の戯言とも取れるユーノの発言を、その場の全員が全く疑いなく受け止めていた。改めて突きつけられる現実への戦慄と共に。
 これまで遭遇し、それでも尚別のモノへと結び付けようとしていた逃避にも似た認識を、ユーノの言葉がハッキリと切り捨ててしまった。

「ハッキリと確証は持てないし、まだまだ分からないことは残ってる。だけど、あのオークションの事件を切欠に僕なりに色々調べてみたんだ」

 もはや周囲の誰もが沈黙し、ユーノを見つめていた。
 ダンテ達の喧騒が酷く遠くに思える。

「全て説明するには時間が掛かる。だから結論だけ告げておくよ――この事件の黒幕の一人は、おそらくウロボロス社のアリウスだ」

 ユーノの唐突な発言に呆気に取られるしかないはやて達を尻目に、彼は捲くし立てるように続けた。

「そして敵の目的はこちらの世界と悪魔の存在する世界――<魔界>を繋げることだよ」

 確証は無く、ただ確信だけを胸に告げるユーノの脳裏には、あのホテルでの一件以来何度も思い出す本の一文が繰り返し浮かんでいた。



 されど魔に魅入られし人は絶えず。

 彼らは魔を崇め魔の力を得んと欲し、大いなる塔を建立す。

 その塔、魔の物の国と人の国とを結び

 魔に魅入られし者は魔に昇らんと塔を登れり。

 そはまさに悪業なり。



 そはまさに<悪業>なり――。

 彼は夢を見ていたらしい。
 その夢の中で彼は、初めて手にした剣で迫り来る黒い敵を延々斬り続けていたのだが、その黒い敵の姿形は、時として醜い肉塊のような化け物であったり、亡者の如き骸骨の群れであったり、あるいは彼に生き写しの弟の姿であったりした。
 最後に切り裂いた影の姿が、ぼんやりと記憶に残る母親の顔をしていたような気がしていたが、そこで我に返った彼の立つ場所は、いつの間にか巨大な塔の頂上に変わり、瞬きする間にはこの世ならざる魔の河が流れる異空間へと行き着いていた。
 取り返しのつかないミスを犯したことに気付いた彼は激しい怒りと喪失感に叫び声を上げるのだが、その時にはまたも場所は移り変わり、其処は無数の墓石が並ぶ墓地となっていた。
 人間の名前、悪魔の名前――墓石に刻まれた文字はその全てが彼の知る者達の名前だったが、最後の墓石に刻まれた名前が自分自身のものであると気付いた途端に目が覚めるのだ。
 誰が、何の為にかは分からない。何度も繰り返される問いかけを耳にして。

《――更なる恐怖を、望むや否や?》





 深夜。
 主が出て行って間もないその事務所には、早くも灯りが戻っていた。
 看板が<Devil May Cry>の文字をネオンの輝きで描く。その光を見るだけで、暗闇に潜む者たちは背を向けて立ち去った。
 悪魔さえ泣き出す男の所在を、その輝きは示しているのだから。

「デビル……メイ……クライ」

 光と静寂の満たす事務所の中で、男は佇んでいた。
 ドアだけが新調され、荒れ果てた内部を一通り見回り、自らの目的が達せられないことを悟ると、彼はただ静かに座る者の居ないデスクを眺めている。
 目を細め、耳を澄ませて、つい先日までここで生活していた者の残滓を手繰るように。

「――ダ、ダンテェッ!?」

 唐突に、飛び込んできた騒音によって静寂は破られた。
 不快感を欠片も表に出さず、ただ淡々と振り返った男が見た者は汗だくになって駆け込んで来たレナードの肥満体だった。
 滅多にしない運動によるものだけではない汗も、そこには混じっている。
 追い詰められた必死の表情が、事務所の中に居た男の姿を捉えた途端希望に輝いた。

「な、なんだよ……戻ってきてたのかよ、ダンテ!? 助かったぜ!」
「……」

 縋り付くレナードを無感情に見下ろし、男は近づいてくる複数の人の気配を感じて視線を入り口に戻した。
 粗野な性格をそのまま格好にも表した、明らかに堅気ではない男が数人乗り込んでくる。
 いずれも良く言えば屈強、悪く言えばチンピラのような風情の者達ばかりであった。

「レナァァードォッ! 前金返すか、命で支払うか!? 選べって言ってんだろぉがっ!」
「ヒィッ、だからもう全部使っちまったって言っただろぉ!?」
「仕事も果たさねぇで、フザケタこと抜かしてんじゃねえ! テメェ、あのダンテに渡りを付けられるって売り文句はどうしたい!?」

 リーダー格らしい男の怒声の中に含まれた言葉に対して、男はようやく反応らしい反応を見せた。

「……ダンテ」

 呟き、鉄のように動かなかった表情が僅かに震える。

「あん? なんだぁ、このアンチャンは?」
「すっげ、シャレた格好してるなぁ。目立つ目立つ」
「お~、見ろよこの剣」
「ヘンな剣だな?」
「オレ、知ってるぜ! これ日本刀だろ?」

 チンピラ達の顔に悪意と愉悦が滲み、はやし立てるように男を取り囲んだ。
 男の整った顔立ちやスラムには見られない小奇麗な格好に対する暗い妬みと、ソレに対する暴力的な衝動が彼らを動かしていた。まるでそれが彼らという種の本能であるかのように。
 しかし、周囲の有象無象に比べれば幾らか理性的なリーダー格の男は、値踏みするような視線を向けていた。

「……銀髪に奇妙な剣を持った男。オイ、アンタはまさか……」
「そ、そうだよ! このレナード様は請けた仕事はしっかり果たすぜ? こいつがダンテだ!」

 男の背後で震えていたレナードは、ここぞとばかりに捲くし立てた。
 管理局に向かったダンテが何故戻って来たのかは疑問だが、今はとにかく首の繋がった安堵感が勝っている。
 先ほどまで殺気立っていたチンピラ達へ身代わりとなる生贄を捧げるように、レナードは男の背を押した。

「なるほど、アンタか。レナードの話じゃあ、しばらく依頼は受けないと言ったらしいな?
 だが、テメェの都合なんて関係ねぇ。いくら腕が立とうが所詮便利屋だ。オレ達のような組織の恩恵無しじゃ、ロクに生きていけねえことくらい分かるだろ? ん?」
「……」

 脅すような視線と嫌らしい笑みを浮かべながら、自分こそ強者であると強調するように男の顔を覗きこむ。
 しかし、そこに在ったのは全く変わらず貫き通された無表情だけであった。

「何、気取ってんだぁ!? 噂だけの優男がよぉ、こんなご大層なモンぶら下げやがって――」

 目の前のリーダー格が理想としているらしい『静かなる威圧』が実効を示さず、怯えの欠片も見せない男の様子に業を煮やした仲間の一人がおもむろに手を伸ばした。
 その手が、男の握る刀の柄に触れようとした瞬間――指が五本とも根元から落ちた。

「あれ?」

 肉と骨が見える綺麗な五つの切断面を眺め、痛みよりもまず疑問を感じる。
 その一言が彼の遺言だった。
 斬り落とされた指と同じ末路を、彼の胴体と頭が辿った。

「え――」

 仲間の体が一瞬で幾つものパーツに分かれ、床に転がる生々しい音と光景を現実として受け止め、男を囲っていたチンピラ達の何人かが間の抜けた声を出す。

「ひ――」

 そして、それが悲鳴と怒号に変わる前に、全てが終わった。
 今度は狙い済ましたように顔だけ。周囲のチンピラ達の首から上がスライサーに掛かったかのように輪切りにされ、驚くほど静かな出血と共に床に崩れ落ちた。
 遅れて胴体の転がる音が響き、最後に小さくキンッという金属音が鳴る。
 いつの間にか抜刀された、男の持つ刀が鍔を鳴らす音であった。

「……ひっ、ひぃぃぃぃッ!? ダンテェ、何やってんだよぉぉぉ!!?」

 死体となった者達の代わりに背後で尻餅をついていたレナードが悲鳴を上げる。
 ダンテ――そう呼ばれているはずの男は、その言葉に全く反応すら見せず、来た時と同じように淡々とした足取りで事務所のドアを潜った。
 そして、チンピラ達の中で唯一生き残った――目の前の惨劇に、生きているという自身の幸運すら分からずただ呆然としていたリーダー格の男は、すぐ横を通り過ぎた<蒼い影>を見て我に返った。

「テ、テメェェーーーッ!!」

 怒声というよりは悲鳴に近い叫び声を上げて、懐から取り出した武器を立ち去ろうとする男の背に向ける。
 肩越しに振り返り、男はその武器の正体を把握した。

「魔導師か……」

 震える腕で突きつけているのは片手杖型の汎用デバイスだった。
 性能的には何の変哲もないが、正式な登録を抹消された違法品である。正確には元魔導師であり、今は犯罪者に身を落とした人間だった。

「そうだ! 言っとくがコイツの殺傷設定は……っ!」

 言葉は、文字通り寸断された。
 再びキンッという鍔鳴りが響く。誰も、男の抜刀の瞬間を見極めることなど出来なかった。
 いつ抜かれたのかも分からない刀が鞘に戻った瞬間、超高速の太刀筋に時間が追いつく。
 突きつけられたデバイスの先端に切れ込みが出来たかと思うと、そこから真っ直ぐな亀裂が走り、その先にある腕を伝って持ち主の体を真っ二つに斬り裂いた。
 デバイスと人体を切断した斬撃はそのまま背後の事務所にまで到達してようやく止まる。入り口のドアが斬り崩され、その上にあるネオンの看板まで破壊した。
 もはや人間技ではない。
 全てを見ていたレナードは、言葉もなくただ恐怖に震え、漏らした小便で濡れた床にへたり込み続けるだけだった。

「あ、悪魔……っ」

 奇しくも、ここを去るダンテに告げたものと同じ言葉が漏れる。
 男は――少なくとも『ダンテと瓜二つの顔を持つ』蒼いコートの男は、惨劇の場と化した事務所からやはり淡々と歩き去って行った。
 凄まじい斬撃によって半壊した<Devil May Cry>というネオンの看板が火花を散らして、まだ辛うじて瞬いている。
 一部の光が消えたそこに残された文字は――<Devil>と、ただそれだけであった。





《――魔とは何か?》

 誰が、何の為にかは分からない問いかけが何度も男の耳を打つ。

《鼠に鳥の気持ちが分かろうか? 人の子よ……貴様らは見上げる空を知るのみ。限られた幸運な存在……》

 場所も時間も関係なく、ふと気付けば囁きかけてくるこの声は幻聴などではなく、あるいは男に残された人間としての部分の警告なのかもしれない。

《――無知とは祝福なり》

 あるいは、その人間としての部分に気付いた悪魔達が呪いを掛けてでもいるのか。
 だが、いずれも無意味なことだった。
 男はもはや止まらない。
 その淡々とした歩みのまま、暗闇を渡り歩き、人と悪魔の屍を残しながら、死の淵に向かって歩み寄っていく。

《この広大な世界。仰ぐしかない空の広さを知った瞬間……絶望のうちに貴様は死ぬだろう!》



「――空が青いことなど、世界を一周せずとも分かる」



 そして地獄の底から響くようなその呪詛を男は――バージルは一刀の下に切り捨てた。 

 そっくりの顔。そっくりの力。
 しかし、共に生まれた双子の歩む道は決定的に違えてしまった。

「いずれ成る。これが運命とでも言うならば……」

 夜の静寂に包まれた街を、バージルは歩いていく。
 おそらく同じようにここを歩いていただろう、自らの半身との再会を予感して。

「こういうのを、感動の再会と言うらしいな――ダンテ」






to be continued…>






<悪魔狩人の武器博物館>

《剣》マーシレス

 絡み合う蛇の装飾が施された細身の剣。
 細身といっても異常な長さの刀身との比較であって、標準的な両刃剣と同じくらいの幅である。
 入手経路は不明だが、アリウスの私物としてオークションに出品されていた。
 同時に出品された人形が事件の切欠となっている為、この剣も管理局に押収され、現在分析中である。
 その実体は、機能や魔力の付加されていない一般的な刀剣でありながら、リベリオンと同じくダンテの魔力に耐え得る魔剣。
 それ自体に力は無く、長い年月で魔への耐性を付けたようだが詳しい経歴はやはり不明。
 細身な為リベリオンより軽く、長い刀身も合わせてスピードとリーチに優れた武器である。代わりに威力は僅かに劣る。
 だが、今のところ実戦での使用は確認されていない。

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最終更新:2008年10月07日 20:38