セインにとって、ナンバーズとは姉妹であり大切な仲間だった。
 戦闘機人という人と異なる存在であるからこそ生まれる結束や、絆があると、
セインは今日まで信じてきた。
 でもそれは、信じていたというより、信じたかっただけなのかもしれない。


「ぁ……っ」
 身体中が、痛い。そして、眩しい。意識が戻りつつあると同時に、光が視界に
差し込んできたのだ。

 生きてる、私はまだ、生きている……。

「気がついたか?」
 声は、すぐ側でした。眩しさに目を細めながら、セインは周囲を見回す。
 病室、だろうか? 自分はどうやら、負傷して病院のベッドの上らしい。
「お前……なんで」
 口から出たのは、掠れ切った声。喉が、カラカラに乾いていた。それに気づい
たのか、セインの傍らに立っていた男が、水差しに入っている水をコップに注いだ。
 ほとんど無理やり、セインは起き上がった。身体中が軋むように痛みを発する
が、彼女は無視して、ゼロから渡されたコップを受け取る。
「どうして、私を助けたんだ。私に、もう価値なんてない」
 一口、水を飲みながらセインは尋ねた。記憶は、さほど混乱していない。
 何故自分がここにいるのかはともかく、自分が仲間に、固い絆で結ばれている
と信じたナンバーズの姉妹によって撃たれたことぐらい、憶えている。
「訊きたいことが幾つかあった、それだけだ」

 あの時、ディエチの砲火によって消滅の危機にあったセインを救ったのは、ゼ
ロだった。
 彼はセインの投げ捨てたシェルコートを拾うとそれを纏い、倒れていたセイン
の上に覆いかぶさった。
「ハードシェル!」
 防御外套シェルコートは、かつてチンクの所有物であった時、鉄壁の守りを誇
っていた。
 施設規模の爆発でさえ完全に防ぐ高硬度の防御であり、生半可な攻撃では傷す
らつかない。
 その防御力は、ナンバーズが持つ装備の中でも確実に最高クラスだろう。
 しかし、世の中に『矛盾』なる言葉が存在するように、ハードシェルが最硬の
防御なら、ディエチのイノーメスカノンは最強の攻撃だ。エネルギー直射砲は物
理破壊レベルなら、最大出力に達しなくてもSランク以上だ。

 直撃と、それによって巻き起こる大爆発。
 セインが生きていられたのは、間違いなくゼロのおかげだった。



        第14話「夢物語の終幕」


 信じていた仲間に裏切られたという事実は、セインに想像以上のショックを与
えたらしい。
 彼女はフェイトによって行われた尋問に対し、条件付きでほとんど素直に答え
た。条件とは、先に捕虜となった姉妹らの安否についてであるが、一人を除いて
回復に向かっているという。
「チンクって子は損傷が激しくて、専門機関で治療を受けてる」
 ゼロと激しい激闘を繰り広げ、最後は自らを滅してでも彼を倒そうとしたチン
クは、一番損傷がひどかった。
 高速移動したライディングボードの突撃に背骨を完全に砕かれ、修復にはかな
りの時間がかかるという。
 セインは一瞬だけ、ゼロを非難するような眼で見たが、お門違いだと気づいた
のかそのことには触れなかった。
「私たちは、どうなるのさ?」
「あなたを除いた二人は、三日後、時空管理局の本局に移送される」
 フェイトは殊更事務的に言葉を吐き出していた。セインもそうであるが、ナン
バーズが年端もいかない少女の姿をしていることに、彼女は疑問を覚えていたのだ。
「……私は?」
「あなたともう一人の子は、負傷具合が移送に耐えられないから当面は見送り。
しばらくはここに居て貰おう」
「意識があるのに?」
 セインの疑問はもっともであり、事実、損傷や負傷という意味ではセインが一
番マシなはずだ。
 他のナンバーズが機能停止にまで追い込まれたのに比べ、彼女が受けたダメー
ジはさしたるほどではない。
 ディエチの砲撃も、ゼロが完全に防ぎ切り、彼の方が損傷してしまったほどで、
損傷らしい損傷と言えば、それこそゼロとの戦いで出来た傷のみだ。
 故にフェイトの言い分は嘘くさく、実際嘘であった。六課総隊長のはやてが、
捕虜の中で唯一意識を保っていたセインに興味を示し、本局よりも先に情報を得
るために移送リストから外したのだ。
 それには適当な理由付けが必要であったが、一番最近の戦闘で捕虜になったこ
ともあり、負傷度合が著しく、という
内容には意外な説得力があった。
「管理局は、あなたたちが協力的であれば丁重に扱う」
 その言葉に、セインは眉をひそめた。
「それって非協力的なら、丁重ではなくなるってことだよね?」
 尋問が拷問に代わり、自白剤やら暗示魔法などが使われるのだろう。
 自分でよかった、とセインは思った。チンクやオットーならば、協力を拒否し
て拷問を受けることを選んだかもしれない。いや、チンク姉なら絶対にそうした
だろう。
 陰りが、セインの表情には見られた。
 明るさだけが取り柄、などと言われていたセインが、暗く淀んだ湖の底のよう
に薄暗い。
 それだけ、あの一発は堪えたということか。
「いいよ、ドクターには愛想が尽きた。訊きたいことがあるなら、私が答える。
だから、他の子には手を出さないで」
 元々、そんなに好きでもなかったし。セインは割り切ると、いつの間にか空に
なった水のコップに、お代わりを注ぐようにとゼロに注文を付けた。

 嫌われ者のスカリエッティ、などという称号をもらって、この男が喜ぶかどう
か。
 ゼロとセインが生きていて、六課へと帰還したようだという報告を聞いても、
スカリエッティは何も答えなかった。
 証拠となる資料、六課内の各所を盗撮した画像データを見せられた彼は、それ
きり黙りこんでしまったのだ。

 ディエチがスカリエッティの命を受け行った任務は、当人とスカリエッティ、
そして一部のナンバーズを除けば誰にも知らされていない極秘事項だった。
 セインの件に関しては、施設爆破による相打ちを狙って自爆を敢行したのだと、
ノーヴェなどには伝えられていた。
 戦いに際し、セインが大量の爆薬やら爆弾をかき集めていたのは事実なので、
戦闘方面では単純思考であるノーヴェは、疑問を覚えることなく信じてしまった。
 一方、クアットロはウーノと同じく事の詳細を知る一人だが、彼女はセイン生
存の報に疑問を抱いていた。
「ねぇ、ディエチちゃん。あなた、セインちゃんが生きているのを知ってたんじ
ゃないの?」
「……そんなこと、ないよ」
 ドクターに対し忠誠を誓い、従順に任務をこなしていくディエチの評価は高い
が、彼女自身は何も疑問を感じていないわけではない。悩むこと、考えることは
彼女にだってある。
「ディエチちゃんもつまんないわねぇ……」
 クアットロはディエチが同情心や仲間意識から、敢えてセインを見逃したと思
っているようだが、事実は異なる。ディエチは本当に、殺すつもりで砲撃をした。
だが、砲撃後生存者の確認はしなかった。仲間の死を平然と確認できるほど、自
分は強くないと思ったから。
 しかし、これで12人いたナンバーズは8人まで減った。一人は長期任務に赴い
ているから、実質7人。ウーノとクアットロが戦闘要員でないことを考えると、
戦力は半分以下にまで激減している。
「ドクター、どうするつもりかな」
「さぁ? 私たちは、あの人の考えるままに奉仕すればいいの。余計な事を考え
ちゃだめよ?」
 そこまで割り切ることが、自分には出来るのか。ディエチは自分の両手に目を
向けた。
 血など、どこにもついてはいない。だけど、確かにこの腕が砲身を支え、砲口
を向けたこの手で、セインを撃ったのだ。
「良い気分じゃ、ないな」

 スカリエッティが残るナンバーズ、長期任務中の一人を除いた全員を集めたの
は、セインまでもが六課に捕まってから二日後だった。
 いつもニヤニヤとうすら笑いを浮かべている顔が、今日に限っては違った。
 ディエチは思わず、ぞくりとするような寒気を感じ、ウーノやクアットロは見
惚れ、ノーヴェに限ってはこんな顔もできるのかと感心し、割とカッコいいじゃ
ないかとまで思ったほどだ。
「さて、私の主催したゲームにおいて、貴重なナンバーズが4人、失われた。
これは非常に大きな損失であり、実に嘆かわしい話だ。しかし、敗北した姉妹ら
を責めるほど、君たちの心は狭くない。そうだろう?」
 その通りではあるが、むしろ責められるべきはこんなくだらないゲームなどを
始めたドクターではないのか? ノーヴェはころころ表情を変えながら、まさし
く複雑そうな顔をしている。

「セインの決死の行動で、ゼロは少なからずの痛手を被ったとの報告がある。彼
女の勇気ある行動を、私は称賛したい」
 どうもスカリエッティはセインに甘いのではないか、とウーノは思い始めてい
たが、考えてみればディエチの砲火で葬り去ろうとしていたわけだから、それは
ないはずだと思いなおした。
「だが、ここらで我々も一つ反撃をしてみたいと思わないかね?」
 言葉に、ただ一人を除いてナンバーズらがざわめいた。
「具体的に、お願いできますか」
 姉妹の中で、実戦リーダを務めるナンバーズ3番、トーレが質問をした。
 よろしい、と言った感じでスカリエッティはうなずくと、モニターに情報を映
し出した。
「明日、ゼロによって倒されたナンバーズが、時空管理局本局に移送される。こ
れは確定情報だ」
「わかった! それを襲撃して、チンク姉やセインを助け出すんだな!」
 はやる気持ちを抑えきれない風にノーヴェが声を上げるが、スカリエッティは
首を横に振った。
「残念だが、移送に関しては六課からSランククラスの魔導師が二人護衛につき、
本局側も腕利きの部隊を送り込む手筈となっているため、こちらは容易に手出し
ができない」
 当然と言えば当然の話だが、ノーヴェは納得がいかないらしい。だが、今のナ
ンバーズには彼女ほどドクターに積極的に物を言うタイプはおらず、フォロ
ーを望めないノーヴェはそれ以上の進言を諦めざるを得なかった。
「じゃあ、あたしたちは何をするんだよ」
 ふてくされるノーヴェに、スカリエッティは楽しげな視線を向ける。
「要するに発想の転換だ。明日、ナンバーズが移送される。その場に六課から強
い魔導師が護衛として同行する……つまり、機動六課の戦力は半減する」
 いち早く、トーレがスカリエッティの真意をつかんだようだ。
 クアットロも「あぁ、なるほど」といって納得したような表情になる。
 呑み込みの早い周囲に驚きながら、ノーヴェは答えをドクターに求めた。
「簡単なことだ。明日、我々は総力を挙げて機動六課を襲撃し、これを壊滅させる」
 それは確定であり、決定であった。


 スカリエッティがゲームを一時中断し、もしくはそれすらもゲームの一部とし
て組み込んだ策略を練っているとも知らず、六課はナンバーズの移送を明日に備
えて準備が始まっていた。
 スカリエッティが言ったように、移送に際して総隊長のはやては、なのはとフ
ェイトの二人を護衛として派遣することを決めていた。
 当然、スカリエッティ一味による奪還を危険視してのことであり、誰からも異
論の声はなかった。新人に任せられるような任務でもない。
 一方、はやて本人は管理局地上本部で行われる総会に出席しなければならず、
身辺警護にシグナムと、そして会場周辺の警備にヴィータと新人たちを連れてい
く予定となっていた。

 つまり、隊舎から主だった魔導師と騎士がいなくなるわけで、居残り組はシャ
マルとザフィーラ、それにギンガとゼロだけである。
「ま、なんかあったらよろしくな」
 はやてはそんなことを言いながら、ゼロの肩を軽く叩いた。意外な光景に、リ
インや他の守護騎士が唖然とするが、はやては薄い笑みを浮かべながらゼロに背
を向け、歩き去っていった。
 逆に、六課を離れるに際して、問題を抱えていたのはなのはである。彼女と離
れたくないヴィヴィオが、珍しく泣きながら駄々をこねたのだ。
「ほら、泣いちゃダメだよ。涙は弱さの証だって、言ったじゃない」
 言われて、ヴィヴィオはすぐに泣きやんだ。
「うん、偉いね。強い子だよ、ヴィヴィオ」
 泣きやむことは泣きやんだが、それでも離れるのが嫌らしい。怖いのだろう、
とはフェイトの意見だ。
 一度離れて、一生会えなくなるのではないかという不安。そんなことあるわけ
ないのだが、子供らしい恐怖でもあった。
「すぐ帰ってくるって。何か、お土産でも買ってきてあげるから」
 ヴィヴィオの頭を撫でながら、なのはは暖かい笑みを見せる。そして、傍らの
ザフィーラにヴィヴィオのことを頼む。
 昨今、ゼロの監視を辞めた、というより辞めざるを得なくなった彼は、ヴィヴ
ィオの護衛兼遊び相手という任務を与えられていた。
 犬にはちょうどいい仕事だとは、リインの評である。
 まあ、少々大きいが犬は犬であり、ヴィヴィオも良くじゃれあっている。
 ただ、ヴィータが「なんか複雑な光景だな、あれ」などと呟き、「それを言う
な」 とシグナムに窘められたのは、ザフィーラに伝えない方がいい話であろう。

 かくして、機動六課の面々は一時的にではあるが離れることとなった。
 それは本当に一時的で、たまたまそんな日があった程度で済まされるはずだった。
 なのはとフェイトは都市部から離れた港に向かった。ここに停泊中の次元航行船
でナンバーズを移送する手筈となっており、引き渡しが無事に終われば彼女たちの
任務は完了となる。
 はやての出席する総会は、半日がかりで行われるものだ。
 中心となっているレジアス中将は多くの議題を用意しており、話だけで4時間か
ら6時間がかかるだろうと言われている。
 ただの演説好きだろうというのは、はやての言葉だが否定出来る人間はそれほ
ど多くなかったかもしれない。
 ゼロやギンガは居残りであるが、ギンガはゼロが戦い続きで疲れているであろう
と気遣い、自室でデバイスの整備などをして暇をつぶすことにした。だが、気遣い
を受けた当人は、何故かセインの居る医務室で彼女と会話をしていた。

 そう、そんな何事もない一日になるはずだったのだ。

 後日になって、八神はやては当時のことをこのように記している。
「この段階において、スカリエッティは常に受け手側だった。彼が用意した舞台に
こちらが赴き、それを壊す。敵は攻める物であって、攻めてくる物ではない、情け
ない話だが誰もが当時はそのような認識をスカリエッティらに抱いてしまっていた
のだ」
 文書の最後に、はやてはこの日起こった出来事全てを簡潔な文章で表している。
「あれは、そう、一言で言うならば――『私の夢が壊れた日』だった」


 その日、医務室においてゼロはセインと会話をしていた。彼もまた独自に情報を
求めている一人であり、意外にもセインはゼロに対して口が軽かった。
「そもそも今回のゲームは、元々ドクターが考えていた計画の一部を流用して行っ
たものなんだ」
「計画?」
「大規模テロによる陽動、一部のナンバーズやガジェットが都市の重要施設で暴動
を起こし、管理局が対応に追われている間に本命を落とす……テロリズムにおける
常套手段だよ」
 本命として狙いが定められていた場所については、セインは何も知らなかった。
知っている姉妹の方が少ないのではないだろうか。
「スカリエッティは、秘密主義者か?」
「さぁ、違うと思うよ。単純に誰も信頼してなければ、信用もしてないだけだよ」
「だが、お前は奴の……」
 娘のようなものではないのか? ゼロの考えに、セインは自嘲気味な笑みを浮か
べた。
「違うね、私たちはドクターにとって、ドクターが作り上げた作品でしかない。
こうやって自主性や自立性は持ってるけど、根本的な部分が人とは違う」
 だから、簡単に切り捨てることが出来る。
 恐らく自分は、用済みと判断されたのだ。当然だろう、主人たるドクターの命に
背き、ゼロと戦ったのだから。
 愛想を尽かしたというのなら、むしろスカリエッティの方なのかも知れない。
「だから、ドクターが何を考えているか、何がしたいのかは私にはわからないし、
知りたいとも思わなかった。何かを教えてくれる人でも、ないしね」
 つかみ所のない人間とは、まさにスカリエッティのような男のことを言うのだろう。
 難しいことは自分にはわからないが、ドクターは自分の内面を見せることを酷く
嫌っていたように思える。
 自分の話をしたがらないというか、そもそも彼は何者なのかと問われても、答え
られるのはウーノぐらいではないだろうか。
「あ……そういえば」
「どうした?」
「一つだけ、ドクターが質問をしてきたことがあったな。これは、ナンバーズ全員
に訊いてるみたいだよ」
 質問と言うより、確認に近かったようにも思える。
「それは?」
「えっと、確か……」
 そう――あの問いは、

「私の夢を、知っているかい?」

 セインの言葉が終わるとともに、医務室の扉が開いた。
「あっ、ゼロこんなところにいた!」
 ヴィヴィオだった。ゼロを探していたのだろうか、ザフィーラの背に跨り、嬉し
そうな笑みを向けた。
「どうした?」
「なのはママもフェイトもママもいないから、ゼロ、一緒に遊ぼうよー!」
 子供らしい無邪気さに、ゼロは小さく、ほんの小さくだが笑った。六課では肩身
の狭いゼロにとって、ヴィヴィオの無邪気さは不快ではない。
「後で、部屋に行く」
「うん、絶対だよ!」
 それっと、声を掛け、ヴィヴィオはザフィーラに跨りながら退室していった。
 興味深そうに、セインがそれを見つめていた。
「あの子は?」
 子供がいるのが珍しいのか、セインがゼロに尋ねる。
「事情があって、ここで保護している子供だ」
「へぇ……そうなんだ」
 一応の納得はしたセインだが、何か引っかかるものがあるのか眉を顰めていた。
「でも、あの子……どこかで」
 その時、室内に緊急を知らせる警報機が鳴り響いた。
「何があった?」
 壁に備わっている通信機器を操作し、司令室へと繋げるゼロ。小型の画面にはギ
ンガが現れた。
『ゼロさん、すぐ来てください! スカリエッティの大部隊が、市街に侵攻を始め
ました!』


 最初に攻撃を受けたのは、外部ではなく内部だった。
 時空管理局地上本部中央司令室及び、通信管制室が何者かにクラッキングされ、
制御権を奪われたのだ。
「馬鹿な、これほどの技術……すぐに防壁を展開、敵のクラッキングを遮断し、メ
インシステムを守れ!」
 レジアス中将の腹心である将官は指示を飛ばして対応しようとする。彼の判断と
行動は迅速であり、そう悪いものではなかった。
 だが、敵は更にその先を行った。

「なんだ……身体、が」
 将官は元より、士官達が次々に倒れていく。
 胸が、苦しい。立つどころか、急速に意識が途絶えていく。
「空調システムを、止め――」
 失われた意識は、二度と戻ることがなかった。
 何者かが『内部』から、空調システムに麻痺性のガスを流したのだ。麻痺性、つ
まりは神経系を破壊する神経ガス。除去装置が作動するのが遅れていれば、地上本
部は全滅していただろう。
 異変はすぐにレジアス中将の耳にも入った。彼は総会を中断すると、臨時の司令
部を作り直接指揮を執ろうとしたのだが……
「ガジェット部隊、突撃してきます!」
 完全防御を誇る地上本部の構造が仇となり、作動したセキュリティシステムが次
々と隔壁を閉鎖、ガジェットが密集することでAMF濃度が高まり、魔導師達は手も
足も出なくなってしまった。
 本部の外で警護の任に当たっていた部隊も、ガジェットの攻撃によって掃滅させ
られていく。
 六課の新人三人は何とか持ちこたえていたが、ほとんど守勢に回っていた。
「馬鹿な、総会出席者を人質にでもするつもりか?」
 レジアスは敵の意図が読めず困惑するが、彼以上に敵のことを知っていると思っ
ていたはやてもまた、敵の狙いがわからなかった。
「この地上本部は、次元航行艦隊の襲撃を受けても持ちこたえられる作りになって
る……例え、ガジェットが千体集まっても陥落はさせられない。それぐらいスカリ
エッティもわかってるはず」
 ならば、狙いは総会出席者などではない。そもそも、スカリエッティはガジェッ
トのAMFを利用してこちらの封じ込めに掛かっている。狙いはもっと、別のものだ。
「まさか……いや、でも!」

 同じ頃、ナンバーズの護衛任務に赴いていたなのはとフェイトも、ガジェット部
隊による奇襲を受けていた。
 だが、敵が奪還をしてくる可能性を理解していた二人にとって、この奇襲はほと
んど予想通りだった。
「次元航行艦の出航急いで! ここは、私とフェイトちゃんで止めます!」
 活き活きと、なのははデバイスを展開していた。
 輝くような、美しい勇姿。かつてフェイトが見た、あるべき親友の姿。
「早く倒して、早く帰ろう……六課には、あそこには待ってる人がいるんだから!」
「そうだね、久々に連携技でもやってみる?」
「いいねぇ、何年ぶりってレベルじゃないかな」
 二人は笑いながら、デバイスを構える。
 昔はよく、このように共に戦ったものだ。背中を預けて戦える相手、なのはとフ
ェイトは、そんな関係だった。

 先入観が、この時の彼女らを支配していた。敵の襲撃を予測し、実際敵の襲撃が
来たことで、敵の狙いを読み切ったと錯覚してしまった。
 それ故に、敵の真の目的、その狙いを見失ったのだ。

 後に死にたいほど後悔することを、この時のなのははまだ知らない。


 市街地にガジェット軍団が侵攻を開始したとの報を受け、ゼロとギンガは対応に
迫られた。
「オレがライディングボートで市街に飛ぶ。お前はここに残れ」
 そういって、ゼロはギンガを六課の残した。距離があるとはいえ、ここにもガジ
ェットがこないとも限らない。
 その時、戦闘要員が一人も居ないのでは困るのだ。
「仕方ありませんね……スバルたちのこと、任せます」
 なのはとフェイトを呼び戻そうと通信を送っているのだが、妨害電波は六課にも
及んでいた。はやてや新人らとも連絡は付かず、ゼロとギンガは独自の行動を取ら
ねばならなかった。

 その頃、スカリエッティの秘密基地は閑散としていた。
 スカリエッティとウーノを覗く全ての戦闘機人が出払っており、ガジェットも膨
大な数が動員されているのだ。
「ドクター、対象が動き出しました」
「位置は?」
「恐らく、市街への救援に向かったものと思われます」
「上出来だな。地上本部も、彼女が中から上手くやってくれたらしい」
 全てが自分の思い通りに動いている。そんな風に自画自賛をしたくなるほど、ス
カリエッティの計略は上手く進んでいた。
「ルーテシアに、回線を繋いでくれ」
 ナンバーズの4人が居らずとも、まだルーテシアがいる。
 セインのことはともかく、ルーテシアに関しては確実に贔屓をしている節がある
と、ウーノは思っていた。
『ドクター、どうしたの?』
 すぐにルーテシアと回線は繋がった。大抵は一緒にいるはずの、騎士ゼストの姿
が今日は見受けられない。
「いや、首尾はどうかと思ってね。今回の作戦の要は、君なのだから」
『大丈夫だよ、ガリューもいるし、ドクターのお願いは叶えてあげる』
 それは、自分の願いにも繋がることなのだから。
「いい子だな、ルーテシアは。私は君の素直なところが好きだ」
 画面越しに言われたにもかかわらず、ルーテシアは何故だかこそばゆい気持ちに
なった。
 まだ、色恋がどうとかいう年頃ではないのだが、好きだと言われたら照れるか気
色悪いと感じるかの二者択一だろう。 そして、ルーテシアは後者の発想がまるで
なかった。

 ルーテシアは、スカリエッティが嫌いではなかったから。


 クラナガンの上空を飛ぶゼロは、行く手を飛行する人間の存在を確認した。 魔
導師、いや、あれは……
 向こうもゼロに気付いたのか、飛行を止めて空中に制止した。ライディングボー
トを加速させ、正面まで距離を詰める。
「久しぶりだな、ゼロ」
 いつかの騎士が、そこにいた。黒色の槍を片手に持ち、不敵な笑みを浮かべている。
 恐らく地上本部を目指して飛んでいたのだろうが、後背にゼロの気配を察知して
動きを止めたのだ。
 後ろに付かれては、厄介だと思ったに違いない。
「オレはまだ、お前の名を知らない」
 バスターショットを構えながら、ゼロは騎士に問いかける。
「そうだったな、俺の名は――」
 しかし、名乗ろうとした騎士の声を遮るように、高い女の声が響いた。ゼロはそ
の姿に、一瞬だが目を奪われた。
「旦那っ! そんな奴に構ってないで、さっさと行こうぜ。時間ないんだから!」
 大きさは、そう、リインほどであろうか? 赤い髪色と、対照的なまでに白い肌。
小さな黒い羽を生やした姿は、小悪魔にも見える。
「また、サイバーエルフもどきか」
 リインと同じようなものなのだろうが、確かリインは自分のことを人工物である
が希少価値の高い存在で、類似品は滅多にいないと自慢していた気がする。
となれば、この少女もそれなりに重要な……
「アギト、気が変わった。ユニゾンだ」
「えっ? えぇぇぇぇぇっ!? ど、どうしたんだよ急に」
「俺は、こいつと戦ってみたいんだ」
 いつになく好戦的な、野性味溢れる笑みを浮かべる騎士に、アギトと呼ばれた少
女は「うっ」と頬を赤らめた。
「わ、わかったよ。旦那がそこまで言うなら」
 ユニゾン、という単語には聞き覚えがあった。これもリインからの情報だが、確
か魔導師ないし騎士と融合することでとてつもないパワーを与えるという合体技の
一種だったはず。
 つまり、この二人は――!
「ユニゾン、イン!」
 炎に、騎士が包まれていく。燃え上がる炎は熱波となり、圧倒的な威圧感をゼロ
に与える。
 金を基調とした衣服に、輝く黄金の髪。黒色の槍には炎が灯り、その力強さを示
している。
「空中戦だと、そちらは全力を発揮できないだろう……あそこはどうだ?」
 騎士は高いビルの、何もない広い屋上を指さした。
「良いだろう」
 ゼロはライディングボートを動かし、そのビルの屋上へと降り立った。バスター
からゼットセイバーを引き抜き、構えを取る。
「改め名乗ろう……我が名は、騎士ゼスト」
 同じく屋上へ降り立った騎士も、黒色の槍を構える。
「――ゼロだ」
 名乗ると同時に、二人は駆けた。互いの武器が燦めき、激突する。

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最終更新:2009年01月16日 14:23