オットー、ウェンディに続いてチンクまでもがゼロの前に敗れたという報は、
ナンバーズ全体を揺るがした。あのウーノでさえ、顔色を変えてスカリエッテ
ィに報告をしたほどで、秘密基地は深刻な空気に包まれていた。
「ほぅ、チンクもやられたのか」
 昼食後のデザートとして、オレンジなど果実の盛り合わせを食べていたスカ
リエッティは、その報告に対して平静を保っていた。しかも、これといって動
揺すべき事柄ではないと言いたげに、オレンジにかぶりついていた。
「チンクならばあるいは、と思っていたが……」
 期待はずれ、というわけでもない。勝てるかも知れないと思っていただけで、
このような結果になることも十分に予想していた。故に、チンクは善戦したと
いう話を聞かされても、スカリエッティの表情や態度に変化はみられなかった。
「善戦したか……チンクもそれなりに強い戦闘機人だが、ゼロを苦しめた、と
いう辺りが限界だったようだ」
 実力ではナンバーズでもトップクラスに入るチンクだが、その彼女でも敵わ
なかった。スカリエッティは平然としているが、ウーノは違った。
「ドクター、最後の施設にいるナンバーズですが……呼び戻してはいかがでし
ょうか?」
「呼び戻す?」
「はい、チンクがやられた今となっては、勝ち目などありはしません」
 あるいは勝ち目など端からないことを知っていて、ドクターはこのゲームを
始めたのではないか? ウーノは近頃このように考えるが、それを口に出すの
は憚られた。
「最後の施設にいるのは……そうか、セインだったな」
 ナンバーズ6番、セイン。水色の髪に、髪色と同じぐらい明るい性格をした
戦闘機人だ。彼女は他の姉妹とは一風変わった能力を持っており、さらに生
来の気さくさから姉妹からの信用と信頼も高い。
「確かに彼女では、勝ち目どころか勝負にすらならないだろうな」
 セインは戦闘タイプの戦闘機人ではない。彼女の能力の真価は、直接戦闘で
発揮されるようなものではない。
「帰還させ変わりのものを送り込むか、増援を送るか……それをご検討なさっ
てはどうかと」
「増援はダメだ。こちらは一人ずつというのがルールだ。前者にしてもセイン
が私の言うことを聞くかな」
「どういうことです?」
「私は彼女に、嫌われているようだ。よく避けられる」
 何気にショックだったのか、少し投げやりな口調でスカリエッティは言った。
「セインのことは気に入っているのだがね、私は」
「……初耳です。一体、どのようなところが?」
 ドクターがナンバーズに対して、このようなことを言うのは珍しい。故にウ
ーノは、多少の嫉妬心を憶えながら尋ねた。
「優しいルーテシアには及びも付かないが、セインはあれで良い身体をしてい
る。あの身体は良い……想像しただけで弄くり回したくなってきた」
 それは、セインの能力や性能という意味だろうか? 絶対に、そうであって
欲しい。そうでなくてはならない。
 ウーノは小さく、ため息を付いた。



         第13話「罰ゲーム」


 セインには直に話すと言うことで、スカリエッティはウーノを伴いオレンジ
片手に通信司令室にやってきた。そこには、幾人かのナンバーズの姉妹達がい
る。スカリエッティは彼女らには気を止めず、ウーノにセインとの間に回線を
繋ぐように命じた。
 すぐに回線は繋がり、モニターにセインの姿が現れた。
『なにか用? ドクター』
 あからさまに不機嫌な表情と口調だったので、ウーノの顔が険しくなる。セ
インはそれに気付いたが、敢えて変えようとはしなかった。
「チンクのことは、聞いているかね?」
 スカリエッティは態度には触れず、用件だけを話すことにしたようだ。
『聞いたよ。だけど、それがなに?』
「ウーノが君のことを心配していてね。君はチンクや他の姉妹と違って戦闘タ
イプではない。このまま彼……ゼロのことだが、彼と戦っても勝てないだろう
と、まあそういうわけだ」
 片手に持ったオレンジを弄びながら、スカリエッティは語る。
『ドクターは……』
 セインがポツリと喋り出す。
『ドクターはどう思ってるの?』
 ウーノが心配していた、という言葉が引っかかったのか、セインはそのよう
なことを尋ねた。もっとも、ウーノが自分のことを心配しているなどと言う話
も俄には信じがたいことなのだが。
「私としても、確かに君は無くすに惜しい人材だ。君の能力は貴重で、しかも
替えが利かない。これまで幾度も重用してきた」
 そもそもセインを今回のゲームに参加させたのは、実のところは数合わせだ
った。丁度その時、稼働中の戦闘タイプでゲームに参加出来るものがいなかっ
たのだ。
「そこでこう言うのはどうだろう? 君はこっそりと帰還して、誰か別のナン
バーズと入れ替わるというのは。敵は君が居ることを知らないし、小狡いがそ
うしたほうが……」
『嫌だよ、お断りだね』
 強い口調で、セインは断言した。
『私はチンク姉やウェンディ達の敵を取る。逃げる気はない』
「彼女らはまだ死んでないが」
『だとしても、負けっ放しじゃ、ナンバーズの名折れだ』
 正直、セインがそのようなことを気に掛けるとは思わなかった。だが、考え
ても見ればチンクと彼女は姉妹の中で、もっとも懇意にしていた仲であるし、
ウェンディは自身が教育を担当していた。それが立て続けに敗北し、敵の手中
にあるというのが耐え難いのかも知れない。
「しかし、君ではゼロに勝てない」
『そんなの、やってみなくちゃわからない!』
「聞き分けがないな。無理だと言っているのに」
 その時、側で黙って聴いていたノーヴェが前に出てきた。
「アタシもセインに賛成だ。ドクター、アタシを行かせてくれ!」
 ノーヴェは、チンクから直接教育を受けていた妹で、彼女のことを最も信頼
している姉妹の一人だ。
 信頼、信用、信任……ジェイル・スカリエッティには理解できない感情だ。
「君はダメだ。専用装備がまだ完成していない」
「そんなの、必要ない! この拳があれば十分だ!」
 勇ましい言葉であるが、それで勝てるのならチンクは負けなかっただろう。
ゼロは力押しで勝てるような相手では……いや、待てよ。
『ノーヴェ、悪いけど増援も、入れ替わりも必要ないよ』
「なんでだよ!?」
『私は、自分の力でゼロを倒す……私だってナンバーズだ!』
 言うと、セインはそのまま一方的に回線を閉じてしまった。あまりの反抗的
な態度にウーノがスカリエッティの表情を伺うが、彼は特に気にしていないよ
うだった。
 彼は片手のオレンジを弄びながら、思案顔をする。
「ドクター頼むよ、アタシも行かせてくれ!」
 上目遣いに懇願するノーヴェだが、スカリエッティはその頭にポンッと手を
置いただけで何も言わなかった。彼にしては真剣そうな表情を浮かべていたの
で、ノーヴェはそれ以上、何も言えなくなってしまう。
「ディエチ」
 スカリエッティは隅の壁により掛かりながら、事を静観していたナンバーズ
の少女に声を掛ける。
「……何?」
 閉じていた目を開き、ディエチが答える。
「君に命令を与える」


 エリオ・モンディアルの負傷と、それに伴う戦線離脱は機動六課に暗い影を
落とした。特に保護者であったフェイトは見るからに落ち込んでいたし、キャ
ロも気が滅入っている。スバルやティアナにしても同様で、六課内に陰鬱とし
た空気が流れているかに見えた。
 しかし、はやてとなのはは違う反応と対応をした。はやてはエリオに関する
報告をシャマルから聞くと、一言「ド阿呆が……」と言ったきり口を噤んだ。
そして報告書には、エリオの命令無視と暴走行為の結果であると記したのだ。
この対応はフェイトの反感を強く買うことになるが、事実なので反論が出来な
い。まさか嘘を書く分けにもいかないし、こんな命令をはやてが出すわけもな
いのである。
 逆になのはの反応は至って普通だった。エリオの負傷に対し心を痛めたり、
落ち込むフェイトを励ましたりした。だが、それだけであり、彼女の関心は別
のことに大きく傾いていた。

 聖王病院から引き取ってきた幼女、ヴィヴィオである。
「なのはママーっ」
 はじめ、このようになのはのことを呼び慕うヴィヴィオに対して、なのはは
かなり困惑していた。というのも彼女は末っ子の生まれであり、下に弟妹がい
ない。つまり子供の相手をするのが苦手なのだ。
 逆にフェイトはというと、彼女の場合はそれなりに手慣れた方である。エリ
オやキャロのこともあるし、義兄夫婦の間に生まれた双子の子供もいる。だか
らどちらかというと、フェイトの方が世話役として適しているのだが、今の彼
女にその気力はなかった。
 ただ、なのはとフェイトは同室であるから、必然的にフェイトもヴィヴィオ
と触れ合う機会は多くなる。ヴィヴィオは、フェイトのことも「フェイトママ」
などと呼んで、ささくれだったフェイトの心を癒やしてくれた。

 出会った当初は内向的に見えたヴィヴィオであるが、六課に馴染むにつれて
生来のものと思われる明るさを見せるようになってきた。
「あっ、ゼロー!」
 ゼロに対してもそれは同じで、病院で助けられた一件から、なのはほどでは
ないにしろ、ヴィヴィオはゼロに懐いていた。
「何か用か?」
 対するゼロは相変わらず言葉数は少ないが、どこか力を抜いた声で答えてい
る。ヴィヴィオの方も、ゼロはあまり喋らない人なのだと認識しているようで、
口数については気にしていない。
「これから、なのはママに会いに行くの。ゼロも一緒に行こうよー」
 どうやら、訓練場に行くようだ。
 エリオがいなくなっても、六課の日常が変わるわけでもない。フェイトにし
ろキャロにしろ、訓練に身が入らなくなったわけでもないし、前者は消極的な、
後者は積極的な理由で訓練に励んでいた。

 訓練場へと到着したヴィヴィオは、なのはの姿を見つけると駆けだしていっ
た。丁度、訓練が一段落したのか、なのははヴィヴィオを笑顔で迎えるが……
彼女の元に辿り着く直前、ヴィヴィオは盛大に地面に転けた。
 地面は柔らかい土だから大きな音はしないし、衝撃もそれほどではなかった
はずだが、ヴィヴィオは数秒間地面に突っ伏していた。顔からぶつかったし、
やはり幼女には痛いのだろう。
 助け起こそうかとゼロやフェイトが動こうとしたとき、なのはがそれを手で
制した。
「大丈夫だよ、あれぐらいなら。多分、怪我もしてない」
 どんな根拠があるのかと思ったが、確かにヴィヴィオは地面から顔を上げる
ことは出来た。
「さぁ、ヴィヴィオ。自分で立ちなさい」
 なのはは基本的には優しいのだが、根が戦士のためかこういった部分には厳
しかった。ヴィヴィオは顔を上げはしたのだが、涙を浮かべている。
「ママ……」
 助けて欲しいと訴えるが、なのは屈んで手を伸ばすだけ。
「私はここだよ、ヴィヴィオ」
 しかし、ヴィヴィオは動かない。それとも動けないのか。
 見かねたゼロが、ヴィヴィオの手を取る。だが、あくまで助け起こすのでは
なくその手伝いをするだけだ。ヴィヴィオはゼロの顔を見つつ、何とか自分の
足で起ち上がった。
「意外と甘いんだね」
 嫌みのない声で、なのはがゼロに声を掛けた。
「なのはが厳しすぎるんだよ。ヴィヴィオはまだ小さいんだから」
 そう言いながら、フェイトはヴィヴィオを抱きかかえた。そんなヴィヴィオ
に、なのはは近づき涙を拭ってやる。
「泣いちゃダメだよ。倒れたときの涙は、弱さの証だ。ヴィヴィオは、強くな
らなくちゃね」
 子供に言うようなことも出なかろうにとフェイトは呆れるが、ヴィヴィオは
意外なほど、素直だった。
「うん……わかった」
「いい子だよ、ヴィヴィオ」
 そう言って、なのはは微笑みながらヴィヴィオの頭を撫でた。


 ヴィヴィオの存在が、陰鬱とした六課の空気を吹き飛ばしつつあることは疑
いようがなかった。あどけない、裏表のない幼女の存在は凄惨な戦いの中に生
きる少女達の清涼剤になっているようだ。
 特に、なのはの変化は著しかった。はじめはヴィヴォの扱いを困っていた彼
女であるが最近はそうでもなくなってきている。我が儘で手が掛かる、という
のならともかく、ヴィヴィオは多少甘えん坊な一面が大きいものの、なのはの
言うことに対しては聞き分けが良い。
「ヴィヴィオも六課に馴染んできたみたいで、よかったですね!」
「そうだねぇ、すっかり懐かれちゃって」
 スバルの言葉に、笑顔で返すなのは。ヴィヴィオは子供らしい屈託のなさで
なのはに接している。
「うん、なんだか可愛くも思えてきたよ」
 母親代わり、という意味では相変わらず困惑は隠せない。しかし、妹という
のでは歳が離れすぎているし、やはり娘というのが妥当なのかも知れない。
 娘……か。自分が母親代わりとして必要とされていることは判るなのはであ
るが、果たしてこのままで良いものか。
「深く関わるのは、不味いのかな」
「へ?」
「ん、何でもないよ」 別れは、きっと遠からず訪れるはずだから。


 高町なのはが明るくなった、という話は六課内でも話題になっていた。今ま
でもフェイト以外は、なのはは十分明るい性格だと思っていたのだが、こうし
て比べてみると今の方がずっと明るいように思われる。
「なんか、昔のなのはを見ている見たい」
 ヴィヴィオと戯れる親友を見ながら、フェイトはゼロに話しかける。
 ここ最近のなのはは、何に対しても興味や関心が薄かった。その一線引いた
姿勢にフェイトは違和感を憶えていたのだが、ヴィヴィオの相手をしているな
のはを見ると、それが杞憂に過ぎなかったのだと思い直した。
「確かに、楽しそうだ」
 ゼロも何故かヴィヴィオから懐かれてはいるが、彼女が真に慕っているのは
やはりなのはであること、誰の目にも明らかだった。そんな暖かく明るい空気
に一番近い場所で触れているせいか、フェイトもまた元気を取り戻しつつある。
「昨日ね、病院にエリオのお見舞いに行ってきたんだけど、元気そうだった」
 絶対安静には変わりなかったが、エリオは意識を明確に取り戻し、流暢な会
話を行うほどには回復していた。
 面会したエリオは、自分の未熟さを素直に恥じ、悔いていたという。
「キャロに言われて、ハッとしました。僕は、焦りすぎていたみたいです」
 ゼロに謝っておいて欲しい、といわれたのだが、ゼロは何故エリオは自分に
謝るのかわからなかった。恐らく助けられた事への礼ではないか、とフェイト
は推測したが、実は全く違う意味であったことは後日知ることになる。
「ところで、残るナンバーズのことなんだけど……」
 フェイトが和やかな表情を引き締め、口調も変えてゼロと向き合う。
「今のところ、目だった動きはない。ガジェットの数も、確認されているだけ
なら以前までの半分以下みたい」
「なら一人で行く」
「でも、それは!」
 エリオの一件から、はやてはゼロに同行することを固く禁じるようになった。
暴走が原因とはいえ、はやてにしてみれば貴重な戦力をゼロとスカリエッティ
のゲームで失ったことになるのだ。彼女は残る施設の戦力が少ないことを確認
した上で、そのような命令を出した。
 命令である以上従わないわけにはいかず、フェイトやギンガの訴えも退けた。
はやては仲間を失うことを恐れているようだ、とリインが語ったがフェイトと
しては納得のいかない部分も多い。
「すぐに出撃する」
「ヘリで? それとも転送の準備を……」
「いや、あれでいく」
 近くの木に、ライディングボートが立て掛けてあった。


 残る最後の施設は、食料保存庫である。
 食料と言えば人間が生活する上でなくてはならないものであり、今までの施
設と比べても重要度に関しては変わりないと思われるが、実は全くそうではな
い。確かに規模がそれなりだが、この手の施設はクラナガンだけでも無数に存
在する。
 食料保存及び供給のための施設が一つでは、効率が悪いのと有事の際に支障
をきたすというのが理由である。だから、一つを制圧されたぐらいでは市民レ
ベルにおいて生活が混乱することはないのだ。
 何でそんな場所をスカリエッティが制圧したのかと言えば、それこそ数合わ
せに過ぎなかった。それっぽい施設が思いつかなかったから、と言うのが理由
であり、彼としてはゲームが行えるならどんな場所でもよかった。
「そろそろ、敵が来る」
 施設奥の大倉庫にて、セインは瞑想するかのように物静かに目を閉じていた。
精神を集中させ、これから行われるであろう戦闘をイメージする。ドクターの
言ったことなど、百も承知だ。自分では万が一にも、勝ち目などないだろう。
 例え、ノーヴェの力を借りたとしても。
「大丈夫、お姉ちゃんに任せとけ……」
 勝算は、ある。イメージ通りに事を運べば、勝ち目のない戦いをひっくり返
すことが出来るはずだ。
 負けないのではなく、勝つ。勝って、チンクやウェンディ達を取り戻す。
「その為に、私は全力を尽くす」
 言い終わると同時に、敵襲を知らせる警報が鳴った。


 セインの思いとは裏腹に、この戦いは序盤の段階でゼロの有利に運んでいた。
ライディングボートで施設に飛来するという方法を採ったゼロであるが、空中
からほぼ全てのガジェットの配置を確認できたのである。
「なんだ、あの配置は?」
 数の少なさは元より、配置からして乱雑だった。適当な数を適当な位置にあ
てがっただけといった、戦略性のなさ。一応、地上における突入ポイントは押
さえているようだが、空に対する備えがなさ過ぎた。
「エリアルショット!」
 ライディングボートの先端から、エネルギー光線が発射される。地上にいる
ガジェットを撃ち払いながら、対地攻撃によって一掃していく。気付いた空戦
型ガジェットが応戦しようと飛び立つが、ゼロは続けてレイストームを発動し、
それらを撃ち落とした。
 おかしい。あまりにも簡単すぎる。
 まさか、残るナンバーズが戦闘を不得意としている戦闘機人だとは知らず、
ゼロは疑念を抱いていた。
 だが、その疑念を遮るように別方向から攻撃があった。
「お前がゼロだな!」
 ガジェットⅡ型の背に乗りながら、一人の少女が飛来してくる。明るい水色
の髪が印象的な娘だった。
「最後のナンバーズか」
 バスターを構えながら、ゼロは警戒する。
「それはウェンディのものだ、返せ!」
 ガジェットで攻撃をしながら、少女が叫ぶ。砲火を避けながら、何故、自身
で直接攻撃を仕掛けないのかとゼロは思った。
 光線やらミサイルやらを避け続けるゼロだが、少女はあろう事か体当たりを
敢行してきた。
「落ちろ!」
 ガジェットをゼロに叩き付け、爆発させる。衝撃に、ゼロはライディングボ
ードから振り落とされた。
「馬鹿か、こいつは」
 こんなことをしては、自分もただでは済むまい。少女の方を確認するゼロだ
が、少女は不敵な笑みを浮かべると近くの倉庫の屋根へと突っ込んでいった。
 ゼロはそれを最後まで確認する間もなく、セイバーを手近な倉庫の壁に突き
立てることで地面への衝突を回避した。
「チッ……」
 戦略も戦術もあったものではない。
 ゼロは少女が落ちた倉庫へと向かった。壁を蹴って屋根の上に上がるが、ど
こにも見あたらない。当然地面にもいないし、中に落ちたのか? だが、屋根
に穴はなど空いていない。
 訝しがりながら、ゼロはバスターを構えつつ倉庫内に入った。
 しかし、そこにはやはり誰も居ない。
「逃げたのか……?」
 広いが何も入っていない倉庫内を見回しながら、ゼロは呟いた。
 すると、どこからともかくこんな声が響き渡る。
「誰が逃げるか」
 声に反応し、後ろを振り向くが、そこには誰も居ない。銃口を向けながら、
ゼロは思案する。この敵の、能力を。
「姿を消す能力……いや」
 カランっと、なにかが天井から落ちてきた。二本の棒のような、先に黒いな
にかが付いて、
「――――ッ!」
 ゼロは咄嗟に後ろに飛んだ。それと同時に、天井から落ちてきた爆弾が爆発
する。威力はそれほどでもないが、直撃すればダメージになっただろう。
「なんだ、今のは」
上を見上げるが、爆弾を落とせる窓や穴の類は見あたらない。天井自体は刺
して高い位置にないので、視認でそれぐらいは確認できるのだ。
 ゼロが上を見上げ注視する中、地面からそれを覗く者がいる。ゼロが天井を
見上げて動かないのを確認すると、それはナイフを出した。
「くらぇぇぇぇぇぇっ!」
 叫び声は、今度は地面からした。
「なっ!?」
 地面から、先ほどの少女が飛び出してきた。手に握るのは、チンクが使って
いたスティンガー。
 避けようとして、避けきれなかった。斬撃は、ゼロの胸を斬り裂いた。
「地面を潜る能力か」
 バスターを向けながら、ゼロは少女を見る。
 傷口は、浅い。
「ナンバーズ6番、セイン。潜行する密偵!」
 叫ぶと、セインは再び地面へと潜った。バスターショットを放つが、セイン
が潜る方が遥に早かった。
 虚しく地面にあたるショット見ながら、ゼロは周囲を警戒する。どこから現
れるかわからない敵、これは驚異的な能力である。今までのナンバーズは戦い
方こそ様々だったが、姿は常にさらしていたのだ。
「だが…………」
 はじめのガジェットによる砲撃と、今のスティンガーによる斬撃、攻撃とし
てはいささか威力に欠ける物足りなさだ。
 まさか、このセイントか言う奴は。
「そこっ!」
 再びセインが地面から飛び出してきた。今度は背後からであったが、ゼロは
気配を察知してこれを避けた。セインはそのままジャンプし、今度は天井を通
り抜けた。どうやら、壁という壁を通り抜ける能力らしい。
「今度は上か」
 少しすると、また爆弾が降ってきた。ゼロは正確にバスターで撃ち落としな
がら、疑念を確信に変えつつあった。
 セインがゼロの垂直上から爆弾を片手に降ってくる。爆弾を投げるセインと、
それを避けるゼロ。彼女はそのまま地面へと潜った。
「今度は地面」
 セインは、何らかの方法で地面や天井からこちらの立ち位置を見極めてくる。
そして、必ず死角からの攻撃を行ってくる。
 また背後に気配を感じ、ゼロはゼットセイバーを引き抜き応戦した。
「なっ、どうして!?」
 スティンガーを突き刺そうとして、セインは逆にスティンガーを叩き落とさ
れてしまった。
「お前は、戦闘タイプじゃないな?」
「――っ!」
 図星を疲れ、セインは慌てて後ろに飛んだ。
「な、なんでそんなことを」
「お前の攻撃は単調で、しかも弱い。ガジェットの配置も、オレに対する攻撃
方法も、即席で考えたんだろう」
 今までのナンバーズと比べ、セインの攻撃はあまりにお粗末だった。確かに
彼女の能力は驚異だが、これにしたって戦闘向きじゃない。どちらかと言えば、
潜入など隠密行動に使うものだ。
「お前は死角から攻撃すれば当たると思っているようだが、それが単調だ。死
角からしか攻撃してこないとわかれば、そこを警戒すればいいのだから」
 呆れたような声である。ゼロはセインが戦闘タイプではないと見切ると、途
端に戦意を失ったらしい。彼も気付いたのだろう、セインでは自分に勝つこと
など出来ないと言うことに。
「だから、それがどうしたっていうんだ!」
 セインは憤りを隠せずに叫んだ。どいつもこいつも、自分を馬鹿にしや張っ
てと言わんばかりに、天井に向かってジャンプをした。天井を突き抜け、屋根
に登り立つ。
「こうなったら、こいつをまとめて落としてやる」
 屋根の上には、予め用意してあった爆弾が軽い山のように積まれていた。ゼ
ロの言うとおり、自分は戦闘タイプではない。他の姉妹のように攻撃用の武器
は持っていないし、さっきのスティンガーもチンクがくれた物に過ぎない。
 能力と掛け合わせることでゼロを翻弄し、倒すつもりだった。戦闘が苦手だ
とか、そんなことはどうでもいい。勝つことだけを考え、挑んだのに。
「なんなんだよ、もう」
 悔しさに、涙が出そうだった。

 対する倉庫内のゼロは、そんなセインにいつまでも構っているつもりはなか
った。ゲームの幕引きとしては派手さも緊迫感もないが、そんなことを気にす
るつもりはない。
 ゼロは地面に落ちていたスティンガーを拾うと、
「ランブルデトネイター!」

 それを天井へと突き刺し、爆発させた。

「な、なんだ、なんだ!?」
 突然爆発で、よりにもよってセインが用意した爆弾に誘爆する形で崩れゆく
屋根から落ちながら、セインは混乱と動揺で慌てに慌てた。しかし、地上にゼ
ロの姿を確認すると気を引き締め直し、
「ディープダイバー!!!」
 再び地面に潜ろうと先天固有技能を発動させるセインだが、それは叶わなか
った。彼女は、ゼロが咄嗟に投げた物体に地面を遮られ、衝突した。
「これ、てっ!?」
 シェルコートが、セインと地面の間を阻んでいた。
 セインの先天固有技能ディープダイバーは、無機物の内部を自由に潜り、泳
ぎ回ることが出来る突然変異で発生した能力だ。接触していれば他人や物体を
つれて潜ることも可能であり、凡庸性は高い。その為、重用しているという
スカリエッティの言葉は嘘でないのだが、ディープダイバーには一つの弱点が
あった。
 即ち、フィールドやバリアを抜けることは出来ない。
 ゼロはそれを見破ったのか、シェルコートのバリアでセインを弾き飛ばした
のだ。
「こんなのっ!」
 半ば慌てて、セインはシェルコートを払いのけた。

 それが勝敗を決した。

「えっ――?」
 最後に敵の位置を確認しようとしたセインが見たのは、バスターを構えるゼ
ロの姿だった。彼は敵に対してあからさまな隙をさらけ出したセインに、容赦
なくバスターショットを連射した。
「うわぁぁぁぁぁっ!?!?」
 衝撃が、セインの身体を襲った。地面に倒れ、ディープダイバーで潜る間も
なくバスターの連射を浴びた。
 何発、何十発と撃ち込まれるバスターショットに身体を痛めつけられ、セイ
ンは潜って逃げることも出来なかった。彼女がもし、シェルコートを払いのけ
るのではなく拾っていれば、それを盾に地面に潜ることが出来ただろう。
 チンクや他のナンバーズなら、そうした。シェルコートは彼女らにとって防
御装備だ。しかし、セインにとっては自分と地面を遮る障害物に過ぎなかった。
「痛い、よ……」
 戦いを挑むこと自体が、無謀だったのだ。セインは己の矜恃と、負けた姉妹
達のことを想って戦ったが、ゼロはいい加減このゲーム自体に辟易していた。
エリオを巻き込み、傷つけてしまったという自責の念もあった。
 だから、ゼロはセインが戦闘タイプでないとわかった上で、敢えて容赦はし
なかった。する理由も、特になかった。
「終わりだ、さっさと降伏しろ」
 それでもバスターの威力を弱めて連射を行った辺り、ゼロの複雑な心境が見
て取れる。
 セインは唇をかみ、涙を浮かべながらゼロを睨み付けるが最早どうにもなら
なかった。痛みで身体は動かないし、抵抗することも逃げることも出来ない。
「チンク姉……ウェンディ……」
 姉妹らの名前を呟きながら、セインは敗北を受け入れた。自分もまた、敵の
捕虜となるのだろうか。それならそれで、チンクやウェンディらに再会できる
かも知れないが、一体どんな顔で彼女らに会えば――
「えっ?」
 その時、セインの状況解析システムが遥遠くに巨大なエネルギー反応を感知
した。
 彼女は光学ズームで反応地点を視認し、愕然とした。
「ディエチ……?」


「宜しいのですか、ドクター?」
 オレンジを絞りってジュースにしながら、ウーノが出来るだけ平静を装った
声で尋ねた。
「何がだね?」
「ディエチのことです」
 絞ったジュースをグラスに注ぎながら、今からでも命令の撤回をするべきだ
という気持ちを表に出さず、ウーノは言葉を繋げる。
「ドクターの決めたゲームのルールにも、反するのではありませんか?」
「いや、先にルールを破ったのはゼロの方だよ」
 グラスに注がれたジュースを見ながら、呟くようにスカリエッティは言う。
「チンクと戦ったとき、彼は先に騎士の少年を先行させた。あれは良くない、
後々彼も来たが、私は彼に言ったはずだ。彼は常にゲームに参加していなけれ
ば行けないと」
 だからこれは、ルール違反をした者への罰ゲームだ。
 実際は、エリオが勝手に行ったことなのだが、そんな事情をスカリエッティ
は知らないし、知っていたとしても命令は変えなかっただろう。
「ですが……セインにはまだ使い道があると思いますが」
「必要ないな。彼女は私の命令を利かなかった。私を嫌うのは勝手だが、命令
無視はよくない、私はとても、悲しい気持ちになる」
 あの身体に種を植え付ける日を楽しみにしていたのだが、どうやらそれも出
来なくなりそうだ。
 折角、撫で回すに良い体付きをしていたのに。
「私は君が嫌いではなかったよ、セイン」

 ゼロとセインが戦っている食料保存庫から遠く離れた高台に、ナンバーズ10
番、ディエチの姿があった。
「IS、ヘヴィバレル」
 狙撃砲イノーメスカノンを構えながら、砲身にエネルギーチャージを行うデ
ィエチ。
「ごめんね、セイン……でも、ドクターの命令は絶対だから」
 逆らうことなど、出来るわけもない。
 何を言っても言い訳になるし、自分がこれからしようとしていることを、言
い繕うつもりもない。恨むなら恨め、憎むなら憎んでくれ。
 それでも私は……撃つ。
 ナンバーズ中、最強最大の破壊力を誇るイノーメスカノンのエネルギー直射
砲が発射された。物理破壊のみを目的とした、極めてシンプルな砲撃。それだ
けに、威力は魔力砲撃で言うところのSランククラスに匹敵する!

 食料保存庫が、吹き飛んだ。

 圧倒的な威力を誇る砲火が、ゼロとセインを消し飛ばした。

                                つづく

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最終更新:2009年01月16日 14:03