ナンバーズとはジェイル・スカリエッティがその科学力と技術力の粋を極め
て作り上げた『戦闘機人』集団の総称である。人体に機械融合行うことで常人
を超える能力を発揮し、駆動骨格や人工器官などで生体そのものを強化する。
これにより、ガジェットなどとは比べ物にならない性能を持つ戦闘兵器となる
のだ。
 スカリエッティが現状製作したナンバーズは全部で十二体。場合によって、
呼称単位は十二機とも十二人ともしているが、これが『彼女』たちの存在を異
質なものとする理由かもしれなかった。そう、ナンバーズは全て女性なのであ
る。
 ゼロがミッドチルダへと現れる前から稼働しているナンバーズは全部で六人、
彼女たちは開発開始順に番号が割り振られており、また全員が女性ということ
もあって彼女たちは互いを『姉妹』と認識している。この場合、番号の若いも
のが姉となる。
 ナンバーズの1番にして最古参は、スカリエッティの秘書兼各種情報処理を
担当するウーノである。他にも2番3番、4番5番6番が今現在現役で稼働をして
いる。2番目のナンバーズに関しては謎が多く、下の妹になるほどその存在に
ついて全く知らないということが多い。名前は知っていても、顔は知らず、見
かけたこともない。
「あの人の姿形を知ろうとすることがそもそもの無駄、意味なんてない」
 このように発言したのは、2番目のナンバーズから直接教育を受けたとされる
ナンバーズ4番、クアットロである。彼女に言わせれば、2番の姉はその存在を
認識していればいいのであって、顔などの容姿を知る必要は欠片もないらしい。

 何故ナンバーズが全員女性、そのほとんどが少女の姿をしているのかという
疑問については、当のナンバーズ間でも度々論じられてきた。その中でも一番
説得力があったのは長姉たるウーノの意見で、
「ナンバーズの役割は何も戦闘だけではないわ。女性体であるだけで敵は油断
し、隙を見せやすくなる」
 なるほど、と納得できる理由である。少々浅ましく、汚らわしいようにも思
えるが、女には女の武器があるというわけだ。大半のナンバーズの少女たちは
「そういうものなんだ」と納得したが、唯一ナンバーズ6番セインだけがこの考
えに疑問を持った。何がどう、というわけではないのだが彼女は無謀にもドク
タースカリエッティ本人に真意を問いただしたのだ。
「君たちが何故全員女なのか?」
 ルーテシアの戦闘記録及び生活記録を纏めていたスカリエッティは、その質
問に対して驚きはしなかったが、意外さは憶えたらしい。
「そんな単純なこともわからないとは、稼働歴の割に君もまだまだだな」
 では、やはり何か凄い理由があるのだろうか。多少なりとも期待したセイン
であるが、スカリエッティは事も無げに言い放った。
「ただの趣味だ」
 それ以来、セインはスカリエッティに若干の距離を置いている。



          第8話「光禍の嵐」


 ゼロが最初に出撃をした先は、都市管理型通信施設である。これはなのはや
フェイトとの話し合いの結果、ここがもっとも先に取り返す必要がある場所だ
と判断されたからだ。
 ティアナ・ランスターが同行することについては、なのはは最後まで良い顔
をしなかった。危険だから、というわけではない。もちろん、危険なことには
変わりないのだが、ティアナがゼロに同行を求めた理由をなのはは明確に察し
ていたのだ。
 即ち、強さを求めるが故の縋り。なのはには、それが無謀な考えに思えた。
「ちゃんと訓練を続ければ、ティアナだって立派な魔導師になれるのに……ど
うして分かってくれないんだろ」
 精々、ゼロの足を引っ張らないようにと彼女に注意をしたなのはであるが、
それ以上のことは何も言わなかった。ティアナが思い悩んでいるのは事実だっ
たし、気分転換や気晴らしは必要だろう。ゼロとともに出撃することが、いい
刺激になるかもしれない。
「じゃあ悪いけど、ティアナのことお願いね」
 苦笑しながら、ゼロにティアナのことを頼む親友の姿を見て、フェイトは言
い知れぬ違和感を覚えた。
 最近、フェイトは親友のことがどうもわからない。というのも、近頃のなの
はは掴みづらいというか、言い方はあれだが……何を考えているのかわからな
いのだ。昔は、それこそ数年前までは親友のことなど何でも分かった。なのは
は誰にでも笑顔を見せ、実に感受性豊かな少女らしい少女だった。
 それがこの頃は、笑うことはあってもその笑顔はどこか希薄で、作り物のよ
うに見える。感情はあっても、関心がなく、物事に対する興味が限りなく低い。
日々、自分の任務と実務を淡々とこなし続ける彼女の姿に、フェイトは困惑を
隠せないでいた。
 きっと教導官として激務が続き、それが癒えることなく六課へと出向して来
たから疲れているのだろうと、なのはの内面的不調に理由をつけ、それを慮っ
たフェイトは隊舎内でなのはと同室になった。十年来の親友であるし、何かあ
るのならサポートできればそれに越したことはないとフェイトは考えた。
「フェイトちゃんどうしたの? 私の顔に何かついてるのかな?」
 だが、なのはは変わらなかった。いや、変わってしまったというべきか。確
かに彼女は今でも笑う、笑顔を見せてくれる。けど何かが違う。十年前、自分
に微笑みかけてくれたなのはとはまるで違う、奇妙な違和感。
「なんでもないよ……なんでもない」
 親友なのに、自分はそれが何なのかわからない。
 フェイトは、それが歯がゆかった。


 通信施設へと向かったゼロとティアナであるが、移動方法は転送ではなくヘ
リだった。これは、施設全体を強力な結界が覆っており、外部からの転送によ
る侵入を阻んでいたのだ。レーダーやセンサーで内部を透視することもかなわ
ず、ゼロは敵の基地と化した未知の場所へ、何のデータもなく突入することと
なった。
「緊張しているのか?」
 ヘリの中でも座らず、壁に寄り掛かって立っているだけのゼロは、シートに
腰掛けているティアナに声をかけた。彼女の身体は、少しだけ震えているよう
に見えた。
「そんなこと! ……ないです」
 ムキになって否定するあたり、何も隠せてはいない。
 機動六課に配属されてからの出撃は計二回。両方とも、他の新人たちや隊長
たちと一緒だった。それが今回は、たった一人だ。スバルなどは同じく同行意
思を示したが、なのはがそれを却下した。
「友達が行くから私も行くってのは、ちょっと違うんじゃないかな」
 同行はティアナが勝手に言いだしたことなのだから、他の隊員を巻き込んで
はいけない。この決定に、却ってティアナは感謝していた。なのはの言う通り、
これは自分勝手な理由なのだから。
 ティアナは、壁に寄り掛かっているゼロを見る。緊張も、動揺も、まるでし
ていない。これから戦いに行くのに、微塵の恐怖も感じているようには見えな
い。
「……施設には、百体を超えるガジェットがいるそうですけど、勝算はあるん
ですか? 何か作戦とかは」
 ないと困るし、いくらゼロが一騎当千の実力を誇ろうと何の策もなしに出撃
したとは思えない。きっと大軍を退けるだけの考えがあるに違いな――
「別に、これといったものはない」
 ゼロは短く答えた。
「え?」
「正面から突入してガジェットを全て破壊する」
 ティアナには、ゼロが何を言ってるか理解できなかった。こいつは今何と言
った? 正面から? まさか正面突破をするつもりなのか。
「わ、私の話を聞いてなかったですか!? あそこは百体を超えるがジェット
が」
「だからどうした」
 ゼロは動揺と混乱を隠せないティアナに、殊更冷たい声をぶつけた。
「どうしたって、何か作戦とかそういうのは!」
 少なくとも、正面から突入するのだけは間違っている気がする。そんなこと
して何になるというのか。倒してくださいと、お願いをしているようなもので
はないか。
「……落ち着け。落ち着いて状況を把握しろ」
「私は十分落ち着いてます! アンタがこんな無計画な戦闘屋だったなんて思
いもしなかったわよ!」
 怒りを声に滲ませ起ち上がるティアナだが、ゼロは面倒くさそうにため息を
吐いた。
「施設は既にスカリエッティによって制圧されている。他の隊員が心配してい
たように罠もあるだろう」
「そうよ、その通りよ!」
「だったら、どこから突入しようと同じだろう。オレが敵なら、突入ポイント
になりうる場所全てに戦力を配置し罠を仕掛ける」
 その言葉に、ティアナは固まった。
「相手が施設を手中に押さえている以上、こちらが取れる行動は限られている。
なら、小細工など労せず正面突破した方が早い」
 重要な施設であるからして、元々監視カメラの類も多いはずだ。死角など、
ほとんど無いだろう。
 一から説明されたことで、ティアなの身体からどんどん熱が冷めていく。
「……すいません」
 興奮して怒鳴ってしまったが、言われてみればゼロの言うとおりだった。ス
カリエッティがゲームと称するこの戦い、舞台設定やルールは相手が決めてい
る。こちらにある選択肢など限られており、罠があることも敵うがいることも
知った上で戦わなければいけないのだ。
「構わない。それに、少しは緊張が解れたろう?」
「あっ……」
 ゼロに言われて気づいた。確かに、幾分か身体が楽になった気がする。大声
を出したことで、緊張が消えたのかもしれない。
「それに、無理に着いてくる必要はない。怖いなら、このままヘリで帰ればい
い」
 怖いなら、という言葉にティアナはカチンとくる。一応、心配してくれてい
るのだろうが、彼女としては未熟者の自分が馬鹿にされたように思えてしまう。
「大丈夫です、行けます!」

 やがて、ヘリが施設上空へと到着する。施設に張られている結界は、あらゆ
る魔力干渉を受け付けない強力なものだが、スカリエッティの趣向からか物理
的なものに対しては無力で、言ってしまえば素通りが出来る。
 もっとも、ゼロが中に入ってからはわからないが。
 ゼロは、ヘリの扉を開閉させ、眼下に通信施設を見据える。
 そして、ゆっくりとティアナに振り返る。
「……行くぞ!」
 ゼロとティアナが、攻略を開始した。


 スカリエッティの命を受け、通信施設を制圧、占拠しているナンバーズは8番
の番号持つオットーである。スカリエッティはナンバーズを制作する際、容姿
には拘ったがそれ以外には無頓着だったとされ、彼女らの名前はそのまま番号
を読んだものである。
 オットーは番号こそ8番と、さほど若くもなければ古くもないが、実際に完成
したのは最近だ。非常に中性的な容姿をしているが、れっきとした女性体であ
る。
「侵入者……ドクターの言っていた奴か」
 オットーは姉妹たちの中でも極めて知性的で、利口な娘だ。無口で感情をあ
まり出さない点はゼロに似ているが、彼女の場合少しぼんやりし過ぎていると
妹に心配されている。
「僕の任務はこいつを倒して、破壊するか捕獲すること」
 正直なところ、オットーにはスカリエッティの出した指示の真意がわからな
い。ドクターはどうもこのゼロとか言う奴に固執しているようだが、何がいい
のかその価値は未知数だ。
「別に嫌なら別のナンバーズにやらせるから構わないぞ? そうだな、ディー
ド辺りなら、良い戦いを見せてくれるかもしれない」
 今回の任務に対して、オットーが珍しくドクターに問いただした際の言葉で
ある。回答にはなっていなかったが、オットーに『疑問に思うことを放棄させ
る』には十分だった。ナンバーズ12番ディードは、戦闘機人としては珍しく、
オットーと同じ素材で同時期に完成した、いわば双子の姉妹のような存在だ。
番号からして自分が姉なのだが、姉である以上は妹を守らねばいけないと、何
となくであるがオットーは考えている。
「まあ、僕が勝てばいいだけだ」
 他の姉妹ほど好戦的ではないにしろ、オットーもまた戦闘機人として自分の
強さに自信を持っている……というより、持たざるを得ない。彼女は利口であ
るが故に、自分が普通の少女とは全く違うことを理解しきっている。
 戦闘機人は魔導師を超える戦闘兵器。
 オットーはこの時点で、自分の敗北を考えてはいない。


「ハァッ!」
 ゼットセイバーの斬撃が、浮遊するガジェットの一機を斬り飛ばす。四方八
方、縦横無尽に殺到するガジェットたちを破壊しながら、ゼロはひたすら施設
の奥へと進んでいく。
 同行するティアナもクロスミラージュで援護射撃を行うが、彼女の場合一撃
でガジェットを倒すというわけにもいかない。何発か魔力弾を直撃させ、やっ
と一機破壊できるといった感じだ。威力自体はそう悪いものではないのだが、
技術力の問題で速射や連射となると操作に意識を集中させるあまり威力が落ち
る。
「このっ……クロスファイアシュート!」
 ティアナが叫ぶとともに、中空に無数の魔力スフィアが形成される。ティア
ナが最も得意とする、誘導式中距離射撃魔法だ。
「ファイアッ!」
 十数発の誘導弾が発射され、そこかしこのガジェットに着弾していく。敵機
の数が多すぎるせいか、狙いをつける必要すらないぐらいだ。
 ゼロはそんなティアナの攻撃を見るが、彼には少々乱雑に見えた。今のは敵
機の数が多いからほぼ全弾が直撃したが、これがもっと少ない数だったら当た
らないだろう。
「弾幕としては使えるが、迎撃としては甘いな」
 極めれば必殺と成り得るが、まだ甘い。
 ゼロはバスターショットでガジェットから発射されたミサイルを撃ち落とし
ながら、その力を存分に奮っていた。大型のガジェットⅢ型が現れるも、瞬時
に抜き放ったセイバーによって斬り裂かれていく。

 施設内には罠というほどの罠がなかった。それはそれで助かるのだが、ティ
アナにしてみれば敵が奥へ奥へと誘い込んでいるように感じて、かえって不気
味だった。
既に三十体を超えるガジェットを倒しただろうか? ゼロは進路を確保する
と、そのまま物も言わず進んでいく。もちろん、戦闘を行っているのだから多
弁なことがおかしいのだが、少しはこちらに声をかけてくれてもいいのではな
いだろうか。
 大丈夫か、とか。
「どうした?」
 立ち尽くすティアナに振り返るゼロ。
「……なんでもありません」
 そのまま歩きだす二人だが、口数は少ない。ガジェットも第一陣を突破する
としばらくは出てこず、何機かフラッと現れることもあったが、ゼロが瞬時に
破壊している。


 本当に、強い。
 突入前までは、正面突破など無理に決まっているとティアナは思っていた。
しかし、蓋を開けてみるとゼロは怒涛の猛攻を持って快進撃を続け、ティアナ
などほとんどいるだけに近かった。
「ゼロさんは、強いんですね」
 無意識に、ティアナは自分の思ったことを口に出していた。
「――強い?」
 怪訝そうに、ゼロが聞き返す。
「だって、こんなにも多くのガジェット相手に無傷で戦って……凄いと思いま
す」
 なのはが予想した通り、ティアナがゼロに同行を申し出たのは、自身が強さ
を追い求めるあまりの焦りからだった。
 鬼神の如き強さを見せつけるゼロの戦いを間近で見れば、何かの参考になる
かもしれないと思ったのだが……
「やっぱり、元が違いますよ」
 才能、ゼロの場合は性能だろうか? 根本からして、大きく違う。凡才が天
才の真似をしようなど、やはり無意味だ。参考にするどころか、自分の非力さ、
無力さを痛感するだけ。
 なんて、虚しいのだろう。
「お前は、強くなりたいのか?」
 ゼロが歩きながら、ティアナに尋ねる。彼女の同行理由がイマイチ分かって
いなかったゼロだが、そうだとすればある程度は理解できる。
「……はい。私は強くなりたいんです、今よりも、そして誰よりも」
 思い出すのは、遠き日に失った兄の後ろ姿。ティアナの兄は、管理局の空士
だったが、職務中に次元犯罪者と戦闘し命を落としている。
 優しく、たった一人の肉親だった兄に対し、管理局は『無能者』のレッテル
と、『弱者』という言葉を投げ捨てていった。妹にとって、力強かった兄の背
中は、弱者という言葉で足蹴にされた。
 許せなかった。
「だから、私は魔導師を目指しました。天涯孤独の私には、他に道もありませ
んでしたから」
 魔導師となり、兄の汚名を晴らし、兄が弱者などではないことを証明してみ
せる。そう心に誓ったティアナだが、前途は多難だった。幸い彼女は魔力資質
こそあったが、兄ほど恵まれてはおらず、基礎能力は低かった。訓練校時代の
教官にも、戦闘向きではないと言われたほどだ。
 それでも、そうだとしても諦めるわけにはいかなかったティアナだが、彼女
には能力以上に欠けているものがあった。
 才能である。
「スバルは……私はあの子と訓練校の同期なんですけど、あれで首席だったり
するんですよ」
 一応、ティアナ自身も首席なのだが、次席に限りなく近いと思っている。ス
バルと自分では、才能が違うのだ。スバルだけじゃない、同じ六課の新人であ
るエリオやキャロ、スバルの姉のギンガなど自分の周りには才能に満ち溢れた
人が多すぎる。
「私はあの子みたいに才能はないし、なのはさんみたいな天才でもない、ただ
の凡人、凡才です」
 分かっているのだ。自分が焦っていることぐらい。だけど、怖いのだ。何か
しなくては自分が周りから取り残されそうで、自分はこのまま永久に弱いまま
なのではないかと思ってしまいそうで……
「スバルもきっと天才なんだと思います。あの子には才能があって、私にはそ
れがない。今は何とか努力することで追いついてますけど、余所見をしたり、
気を抜いたりするとすぐに置いて行かれて、追いつけなくなっちゃう」
 そこまで話して、ゼロが不意に足を止めた。顔だけティアナの方を振り返り、
きれいな瞳が彼女の眼に映る。
 ティアナは思わず、見とれてしまった。
「なら話は簡単だろう」
 ゼロは静かに口を開く。

「三倍努力しろ」

 たった一言、ゼロはそう告げた。
「……は?」
 ティアナには、ゼロが何を言おうとしているのか悟ることができない。ゼロ
もまた一言で辞めるつもりはなかったようで、続けて口を開く。
「他の奴らの三倍、三倍でダメなら五倍、努力が必要だと分かっているなら他
に取るべき道はないはずだ」
 努力で追いつくことができなら、とことん努力すればいい。
 ゼロは悩むティアナに対して、単純にして明快な答えを与えたのだ。
「簡単に……いいますね」
 呆気に取られながら、ティアナは呟いた。
 怒りも不快感も、まるで湧かない。彼女はゼロの言葉を理解したし、何が言
いたいのかも分かったのだ。
「お前は周りを気にし過ぎている。自分には才能がないと卑下する暇があるな
ら、自分に今何が出来るかを考えてみろ」
 人は、そうして生きていくものだろう。
 それきり、ゼロはこの件に関して口を開くことはなかった。けれどティアナ
は、彼に着いて来てよかったと確信を覚えていた。


 その後もガジェット相手に凄まじい攻撃を繰り返したゼロは、遂に施設の中
央区角まで到達した。
「広い……」
 ティアナが、その空間に対して率直な意見を述べる。
 確かにそこは広かった。壁際にはいくつかの計器類が設置されているが、中
央には何もなかった。
 一歩、歩き出そうとするティアナをゼロが手で制した。不審そうにティアナ
がゼロの視線の先を追うと、中空に人影があった。
「魔導師!?」
 いや、違う。ここにいるのはそのほとんどがガジェットだった。となればあ
れは、あの人影は……
 人影はゆっくりと、二人の前に降下してきた。
「君がゼロ……」
 短い茶色の髪をしたその人物は、実に中性的な容姿だった。ティナアは相手
が少年なのか少女なのか判断に迷ったが、ゼロは端からそんなことは気にして
いなかった。
「戦闘機人か?」
 セイバーを抜き放ち、確認するゼロ。

「ナンバーズ8番、オットー。ドクタースカリエッティの命により、君を破壊
する」

 言い放つと、オットーはそのままゼロに向かって突っ込んできた。空戦能
力を持つ彼女は飛行するように接近すると、そのままゼロに拳を叩きこんだ。
「ッ――!?」
 ゼットセイバーの刀身で防いだゼロだが、その衝撃は予想以上だった。細い
体に似合わず、力強い一撃。これが、戦闘機人か。
 ゼロは素早く反撃を繰り出すが、オットーはその斬撃を後方に下がることで
難なく避ける。追撃するためゼロはセイバーを構えて飛び出した。
「甘いよ」
 ガジェットとの戦闘を見る限り、ゼロが接近戦を主体としていることは分か
っていた。射撃も使えるようだが、必殺の一撃はやはり剣を使ったもので、
元々の威力も高い。
 だからオットーは初撃を接近戦にすることで、あたかも自分が格闘主体の戦
闘機人であるとゼロに錯覚させた。
「レイストーム!」
 オットーの右手から、緑色の光線が放たれた。幾本にも拡散した光線が、迫
りくるゼロを迎え撃った。
「チッ!」
 ゼロは左右に避けながら攻撃を回避し、オットーに近づこうと試みる。
「無駄だよ」
 止まることをしらないのか、オットーは次々に光線を放ちゼロを追い詰めて
いく。思いのほか射程の長い攻撃に、ゼロが遂に捉えられた。
「ゼロさん!」
 ティアナが叫ぶ前で、ゼロに光線が降り注いだ。直撃コース、避けることな
どできはしない。
「――!」
 ゼロは、ゼットセイバーを構えなおすと、その斬撃を持ってオットーの攻撃
をすべて弾き飛ばした。
 さすがに驚くオットーだが、それは隙以外の何でもなかった。ゼロは瞬発力
を最大限に活かして突出し、ダッシュ斬りによる斬撃を浴びせた。
「うぁっ……!」
 堪らずオットーは空へと逃げる。ゼロが空を飛べないことは、戦闘データか
ら入手済みだ。空にいれば、斬撃を食らうことはないはずだ。
 斬られた部分を擦りながら、傷口が浅いことを確認するオットー。
 今のは危なかった。空に回避するのが遅れていれば、致命所になっていたか
もしれない。
「こいつ、思ったより強――!?」
 眼下にいるゼロを睨みつけようとしたオットーであるが、その目に飛び込ん
できたのは光の塊だった。ゼロは敵が空中に逃げると同時にセイバーを収納し、
バスターをフルチャージしたのだ。
 オットーが中空に逃れさらなる隙を見せた瞬間、フルチャージショットが襲
いかかった!
「くっ!!」
 レイストームによる結界を張り、直撃弾を防御するオットー。しかし、威力
が高く、爆風によって姿勢制御を失い地面へと落とされてしまう。
 何とか着地し、態勢を立て直すも、もはや戦う前に持っていた自信は四散し
ている。
「何故だ……」
 戦闘機人の自分が、並の魔導師などより遥かに強いはずの自分が、こんな機
械人形に苦戦している。
 レイストームによる光線を放つが、ゼロは見切ったと言わんばかりに全ての
攻撃を弾き飛ばした。
「弾き飛ばしたところで」
 攻撃は、まだ生きている。
 オットーは弾かれた光線を操作すると、回り込ませるように様々な角度、方
向からゼロを狙い撃った。
「それで動きをつけたつもりか」
 着弾地点が同じなら、かえって避けやすい。
 ゼロはギリギリまでその場を離れず、軌道修正しようがない位置まで攻撃を
引き付けると光線を避けた。地面に着弾した光線は、虚しく爆発していく。
「戦闘機人というからどんな奴かと思ったが、ガジェットとさほど変わらんな」
 その言葉は、オットーが持つ自尊心を傷つけた。普通の人間でないのだから、
戦闘機人として生きるしかないのだからと決めた彼女の決断を、ゼロは実力を
持って打ち砕こうとしている。
「……僕はまだ、本気を出していない!」
 彼女には珍しく叫び声をあげると、オットーは両手をゼロに突き出した。
 また光線が来るのかとセイバーを防御の構えにし、ゼロは迎え撃つ姿勢を見
せる。オットーにとって、それは好都合以外の何物でもなかった。

「プリズナーボクス!」

 瞬間、ゼロの周囲の空間が揺れ動いた。
「なに!?」
 気づいた時にはもう遅い、ゼロはオットーがレイストームによって作り上げ
た結界の檻に閉じ込められてしまった。
 身動きが、取れない!
「この檻は対象の移動と逃走を魔力的にも物理的にも封じる結界……君の負け
だよ、ゼロ」
 これこそオットーが持つ先天固有技能「光禍の嵐」レイストームの神髄であ
る。レイストームは光線による射撃だけではなく、その閃光を自在に操る能力
の総称だ。攻撃に使うこともあれば、このように結界として扱うことも出来る。
「だから僕は、閃光の術士!」
 不本意だが、攻撃による破壊は出来そうもない。ドクターの命令には捕獲も
あった。この上は、このまま秘密基地へ転送してドクターに引き渡すしか……
「――なっ!」
 オットーの眼前を、魔力弾が掠めた。慌てて振り向くと、そこにはゼロと一
緒にいた女魔導師が、彼女にデバイスの銃口を向けていた。
「その人を離しなさい! 次は、直撃させるわよ」
 ガジェットとの戦いでも対して活躍していなかったから戦力として無視して
いたが、それなりの使い手ではあるようだ。
「……うるさいな」
 だが、『それなり』程度の使い手にやられるほど戦闘機人である自分は弱く
などない。オットーは右手をティアナに突き付け、レイストームの光線を撃ち
放った。
 ティアナは咄嗟に防御魔法を張るが、レイストームの勢いはそれを崩すに十
分だった。爆発が、彼女の身体を吹き飛ばした。
 ゼロが何か結界内で叫んでいるように見えるが、その声すらも遮断されてし
まっている。
「ただの魔導師風情が、僕に勝てるわけがない」
 事実を告げるオットーの声が届いていないのか、ティアナは攻撃で傷だらけ
になった身体を、それでも力をこめて立ちあがらせた。肩で息をし、今の一撃
が効果的だったことは誰の目にも明らかだ。
「まだやるつもり?」
 これ以上撃てば、相手は死ぬだろう。ドクターの命令では、同行者として魔
導師や騎士がいた場合、二名の例外を除き殺害してもいいと言われている。
 だが、目の前にいるのは自分と、いや、妹とさして変わらない年齢の少女だ。
「君では僕に勝てない」
 殺したくないというのは、自分の甘さなのか。オットーは、無意味なことを
していると思いながらも、ティアナに逃走を勧めた。
「確かに……私じゃあんたには勝てそうにない」
 傷つきながらも立ち上がったティアナは、絞り出すような声で呟いた。クロ
スミラージュは尚も輝きを失わず、攻撃を発射できる段階になっている。だが、
これをオットーにぶつけたところで、避けるか防ぐかされて終わりだろう。
 あるのか? 凡人の自分がこの強い戦闘機人に勝つ方法が。
 どうする、どうすれば……
「違う」
 そうじゃない。ゼロは言ったはずだ。
 才能のなさを卑下するのなら、自分の非力さを嘆くのなら、

「私は、今私にできることを精一杯やるだけよ!」

 ティアナはクロスミラージュの銃口を、プリズナーボクスへと捕らわれたゼ
ロに向けた。
「――!? どういうつもりだ」
 その意外すぎる行動にオットーは動揺を隠せなかった。まさか、この女魔導
師は……!
「あんた自身に攻撃を当てられなくても、空中で停止する結界の檻になら」
 攻撃は当てられる!
「馬鹿な、味方を撃つつもりか!?」
 この時、もしオットーがティアナの射撃と同時にプリズナーボクスを解除し
ていれば、結末はまた違ったものになったかもしれない。しかし彼女は、味方
を撃つという行動に混乱を隠せず、対応に遅れた。

「ファントムブレイザー!!!」

 ティアナが持つ、最大最強の威力を誇る魔力砲が放たれた。砲火は、一直線
にプリズナーボクスへと迫り、直撃した。

 爆発、そして衝撃。
 ティアナとオットー、両者が衝撃に堪える中で、
「――そうだ、それでいい!」
 砲撃によって破壊されたプリズナーボクスから、ゼロが飛び出した。全身を
輝かせながら、ゼットセイバーをオットーに向かって振り下ろす!
「僕の、プリズナーボクスが!?」
 思いもよらぬ反撃に、オットーは無我夢中でレイストームの光線を放った。
 直撃だ、直撃している。けど、相手が落ちない。撃ち落とせない!
「終わりだ」
 ゼロのチャージ斬りが炸裂した。
 強力な斬撃をまともに食らい、オットーの身体が吹っ飛ばされた。 
 壁に叩き付けられ、その機能を停止する。
「やった……」
 ティアナがふらつく身体で賢明に立ちながら、勝敗が決したことを悟った。
誰が見ても、ゼロの――彼の勝ちだ。
 見つめる先にある、ゼロの背中。それは遠い昔に見た、兄の背中のように力
強かった。
 ゼロはセイバーを収納すると、ティアナに向かって振り返った。
「Mission complete――オレたちの勝ちだ」

                                つづく

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最終更新:2009年01月16日 13:26