最初に動いたのは、フェイトだった。
 金色の魔力が残像のように光り、瞬間的にゼロとスカリエッティの間に割り
込む。そしてデバイスを構え、鋭い視線で敵を睨み付けた。
「どうして、お前がここにいる!」
 フェイトの行動に、他の隊員達も何が起こったのか気づき始めた。事前にス
カリエッティの手配写真を見ていたと言うこともあり、エリオやティアナは攻
撃態勢を取る。一方、ギンガは信じられない物を見るかのように呆然と立ち尽
くしており、スバルはその姉の反応に動揺している。
 唯一、冷静な姿勢を崩さなかったのが高町なのはで、彼女は混乱と動揺、そ
れにより激発しそうな隊員達を手で制した。
「待って、あれは映像だよ」
 実体無き存在。なのはは面白くなさそうにスカリエッティを見る。
「ほぅ、さすが管理局のエース・オブ・エース。だが、こんな映像でもこの通
り君たちと会話をするぐらいは出来るぞ」
 薄気味悪い笑みを浮かべながら、スカリエッティは周囲を見渡す。そして、
改めてフェイトと、彼女の後ろにいるゼロに目を向けた。彼の視線に、眼中に、
フェイトは映っていない。そもそも、スカリエッティの眼中にフェイトが入っ
ているかも怪しい。彼女は、この男に訊きたいことがあった。確かめたい事実
があった。なのに、彼は彼女を見ていない。
「お初にお目に掛かる。私がジェイル・スカリエッティだ」
 その言葉はフェイトではなく、ゼロに向けられたもの。
 ゼロがスカリエッティの姿を見るのは、彼の言うように初めてである。写真
を含めた画像や映像の類も見たことがない。一度でも見ていれば、話しかけら
れた時点で気付いている。
「何故、オレのことを知っている」
 そして、何故自分に接触をしてきたのか。この世界の犯罪者が、異世界の住
人である自分に。
「言ったろう……私はずっと君を見てきたんだ。だからこうして、今日は挨拶
に来たわけだ」
 相手が映像である以上、手を出すだけ無駄である。シグナムがシャマルに念
話を送り、スカリエッティの映像が発信されている位置を探知するように指示
を出す。だが、幾十にも偽装を施されているようで、彼女の索敵能力でも容易
に探し当てられなかった。
 フェイトは自分を見ようともしない男に苛立ちを憶えながら、状況を打破す
る方法を模索する。ギンガも何とか、二人をスカリエッティから切り離せない
かと徐々にではあるが距離を詰めていく。
「……用件を言え」
 ゼロはこの緊迫した状況に全く動じず、冷静に相手に言葉を放った。簡潔で、
これ以上にないほどにハッキリとした質問。
「ゼロ、君へ挨拶ついでに渡したい物がある」
「渡したい物?」
 映像を使って、何かをするつもりなのか。フェイトがゼロを庇うように、彼
の前に立つ。
 スカリエッティはそんなフェイトを一切無視し、
「私から君への、挑戦状だよ」
 そのプレゼントを叩き付けた。



          第7話「ドクターのゲーム」


「挑戦状……?」
 知ってはいるが、聞き慣れぬ単語にゼロは眉を顰める。フェイトやギンガらも
同様で、なのはですらスカリエッティが何を言っているのか理解できていないよ
うだった。
「そうだ。私は君にこれから戦いを挑む。異世界の機械戦士である君に、この世
界の科学者である私が!」
 何がそんなに面白いのか、スカリエッティは始終笑みを絶やさなかった。ガジ
ェットの残骸に囲まれながら笑い続ける姿は、まさに異様であった。
「管理局がガジェットと呼ぶこのガラクタも、君の前には無力だった。並の魔導
師ならば楽に殺せる兵器を、君はほとんど一撃の下に倒し続けてきた。私はね、
戦う君の姿に惚れ込んだんだよ」
 そして、興味を憶えると同時に、言い様のない興奮を実感した。
「はじめは君の存在を我が手中に収め、解析をするつもりだった。異世界の機械
戦士をバラバラにして、その神秘的な構造式を私の知識として飲み込んでいく…
…だが、鋭い斬撃と正確無比な射撃でガジェットを破壊する君を見続けて、考え
が変わった」
 それは子供のような、無邪気な考え。
「私は、私の科学技術の粋を尽くして、ゼロ、君を壊したい。異世界の戦士であ
る君に、この私の、ドクタースカリエッティの技術が、計算が、野望が、創造が!
 どこまで通用するのか……それを調べたい、確かめたい!」
 豊かな低音で、まるで演説するかのようにスカリエッティは叫び声を上げる。
彼は自己顕示欲が強く、パフォーマンスが好きだと言われているが、なのはが彼
女にしては珍しくポカンとした表情でスカリエッティを見ている。
「言いたいことは、それだけか……」
 全ての流れを強引に断ち切って、絞り出すようにフェイトが声を発した。スカ
リエッティはそんな彼女の存在に今気付いたかのように、そしてその存在をあか
らさまに不快気な視線で睨んだ。
「何だ君は……私は今ゼロと話しているのだよ」
 管理局員など引っ込んでいろと言わんばかりの態度を取るスカリエッティだが、
フェイトは引き下がるわけにはいかなかった。
「時空管理局執務官フェイト・T・ハラオウン……話があるのなら私が聞く!」
 彼女の名乗りに対し、初めてスカリエッティが反応らしい反応をした。
「フェイト・テスタロッサ……?」
 彼は驚くべき物を見たかのように目を見開き、フェイトと、そして遠く後方に
いるエリオを目ざとく見つける。
「なるほど、そうか……そういことか」
 スカリエッティは喋りすぎで乾いた唇を軽く舌で舐め、僅かな潤いを取り戻す。
「プロジェクトFの残滓が、今更この私に何の用だ?」
 事も無げに、スカリエッティはフェイトを突き放した。
「なっ――!」
 あまりにあっさりとしたその反応に、今度はフェイトが目を見開いて驚いて
しまう。
「残念だが、私はプロジェクトFに対する興味を十年以上も前に失っているんだ。
当に研究も止め、データは破棄した」
 誰かが研究を引き継いだという話は聞いていたし、実験に成功したという結
果も知っていた。だが、それがどうした。
 スカリエッティは、一度辞めた研究を振り返らない。一度興味を失った存在
に、見向きもしない。
「しかし、こうして実験の成功例を見るのは感慨深くもあるな。どうかね? 
私の研究所で君の全てを私にさらけ出さないか? 久々に遺伝子的な創作物の
身体を撫で回すのもそれはそれで……」
 瞬間、エリオが動いた。ソニックブームを発動させ、目に求まらぬ速さでス
カリエッティに斬り掛かったのだ。スカリエッティは、恐らく何が起こったの
か理解していなかっただろう。
 もっとも、彼にはその必要すらなかったが。
「おいおい、君は話を聞いていなかったのか? 今の私は映像だ。デバイスで
斬り付けたところで、傷一つ付かんよ」
 いきなり斬り付けてきた少年を鼻で笑い飛ばしながら、スカリエッティは厳
然たる事実を突き付ける。エリオの電撃を纏った斬撃は、スカリエッティの映
像を僅かに歪ませただけに終わった。
「黙れ……!」
 そんなこと、エリオは百も承知だった。けれども彼の身体は自然に動いた。
自分と、そして自分が最も敬愛する女性を侮辱した男を前に、居ても立っても
いられなかったのだ。
「まったく、折角の時間を邪魔しないでくれたまえ。何度言うが私は今、ゼロ
と話しているのだよ」
 その言葉に、ゼロが動いた。フェイトを押しのけ、自ら前に出る。
「ゼロ!」
 フェイトが驚いてゼロの横顔を見た。
「こいつは、オレに話があるんだろう」
 ゼロの瞳が、鋭い光りを放ちながらスカリエッティを見据える。周囲の空気
が、より緊迫した物へと変化していく。
「乗ってきたかね? それではゲームの説明を始めようか」
「ゲームだと?」
「そう、これはゲーム、遊びだよ。私と君のね」
 スカリエッティは軽く指を鳴らした。すると彼の頭上に新たな映像が映し出
される。なにかの地図だろうか?
「これはミッドチルダ、つまりはこの国の地図だ」
 地図の上に、四つの光点が浮かび上がる。光点は赤い輝きを発しながら、点
滅を始める。
「高慢なる管理局の諸君なら、この光点が指し示す位置がなんだかわかるだろ
う?」
 言われて、フェイトは地図に映る光点の位置を見る。全部で四つ、それぞれ
の距離は適度に離れており、皆が皆、なにかの施設がある場所のようだが……
これは、まさか。
「大規模発電所、都市管理型通信施設、天候制御システム……それと食料保存
庫だね」
 なのはが光点が指し示した施設の名前を、正確に言い当てていく。どれもミ
ッドチルダ、しいては首都クラナガンにおいて欠かせぬ場所である。一つでも
欠ければ、都市機能が麻痺するだろう。
「ご名答……実はね、私はこの施設を既に『確保』している」
 どよめきが、周囲の人間達から巻き起こった。無理もない、そんな報告は受
けていないのだ。
「どういうことだ?」
 ゼロが冷静に、説明を求める。
「そのままの意味だ。こんなガラクタガジェットとは違う私の部下達、ナンバ
ーズが全ての施設を制圧した」
「ナンバーズ……」
「戦闘機人、というのはご存じかな?」
 ギンガが、小さく呻くように反応した。スカリエッティはそんな彼女に、実
に卑しい視線を向ける。フェイトやエリオの存在は眼中になった彼だが、ギン
ガのことは最初から気付いていたのだ。
「私が誇る4機、いや4人の戦闘機人が全ての施設を制圧、ガジェットと共に占
拠している。これを倒し、施設を開放するのが君の勝利条件だ」
 まさにゲームの説明をするかのように、スカリエッティは解説をしていく。
彼は今、誰にも気付かれずにテロを成功させたばかりなのだ。それを、こうも
あっさりバラしていく。
 彼にとって、テロ行為など「物の次いで」に過ぎないのだ。彼とゼロのゲー
ムを演出するのに、たまたま件の施設を選んだだけに過ぎない。
「ゲームに参加するのは君一人、と言いたいところだが君もこの世界に来て日
が浅い……勝手がわからず即ゲームオーバーではつまらないからね、特別にこ
こにいる魔導師程度なら、同行者として制限は付けないでおこう」
 ただし、とスカリエッティは付け加えるのを忘れない。
「君が参加しないのはルール違反になる。君ではなく、例えば管理局の武装大
隊か何かだけが攻めてきたら、私は迷わず当該施設を爆破して消滅させる」
 そんなことをすれば、クラナガンは大混乱では済まない自体になる。スカリ
エッティはあるいはその条件を揃えることが出来るからこそ、これらの施設を
制圧したのだろうか。
「さて、以上でルール説明は終わりだ。何か質問は?」
「ない」
「そうか、では私の挑戦状……受け取ってくれるのだね?」
 無言で、ゼロはスカリエッティを見据えた。フェイトがそんな彼の横顔を、
ギンガがその後ろ姿を見つめている。
「……いいだろう」
 ゼロはバスターショットをスカリエッティに突き付けた。そんなことをして
も無駄であることはわかっているから、スカリエッティは彼の行動を格好付け
に過ぎないと判断した。
「どんな世界だろうと、オレは迷うつもりはない。目の前に敵が現れたなら」
 言い終わる前に、バスターショットが放たれた。スカリエッティの映像を突
き抜けたショットは、そのまま周囲にある木々の一つに直撃する。
 そして……
「えっ――」
 フェイトが小さく声を上げた。スカリエッティもまた、振り返ってゼロの砲
火が直撃した位置を見ている。
 木々の葉が舞い散ると共に、バスターに貫かれたガジェットが一機落ちてき
た。ガジェットには、映像の投影機に類する物が装着されている。
「ガジェットで映像を……だけど、反応は」
 驚いてシャマルをの方を見るフェイトだが、彼女も唖然としながら首を横に
振った。どうやら、彼女も気付いてはいなかったらしい。
「フッ、フハハハハハハ! ゼロ、君は最高だよ!」
 映像のカラクリを見破られたスカリエッティ本人は、さほど驚いてはいない
ようだった。既にブレが生じ、消えかかっている映像の彼は、満足そうな笑み
を浮かべていた。
「ゲーム開始だ……ゼロ、また会おう」
 ガジェットが機能停止をすると共に、スカリエッティの映像は消え去った。
 残された六課の隊員達は、各が声も出ずに立ち尽くしている。
「あれが、ジェイル・スカリエッティ」
 一人、ゼロはスカリエッティと対面した事実に呟きを漏らしていた。そして、
横にいるフェイトに顔を向ける。
「…………」
 彼女は、無言だった。怒りとも悲しみとも取れる、表現のしづらい表情を浮
かべながら、彼女は震えていた。
 心の中で、彼女は泣いているのかも知れなかった。


 ガジェットを破壊され、一方的に会話を打ち切られたスカリエッティは、悔
しそうではないが残念そうであった。
「まったく、あの後それぞれのナンバーズを解説してあげようと思ったのに、
ゼロはせっかちな男だ」
 何故そこまでする必要があるのか、とウーノは尋ねない。スカリエッティの
やることに、理由はあっても意味はない。意味はあっても理由はない。彼は、
そういう男だ。
 大体、このようなゲームをすること自体がおかしいのだ。ゲーム自体は元々
考えていたミッドチルダへのテロ計画を流用したに過ぎないが、どうして本来
の計画を捨ててまでゲームなどという意味不明の催しを行うのか。常人には理
解も納得も出来ないだろう。
 ウーノにしてみても、彼女にはスカリエッティのやることだからと、肯定す
ることしかできない。
「ですが、まさか私のフローレス・セクレタリーを施したガジェットが見破ら
れるなんて思ってもいませんでした」
 だから彼女は、話題を変えることで物事に深く言及しないように努めた。
「いや、途中からエース・オブ・エースも気付いていたようだ。フェイト……
だったか? 彼女は冷静さを欠いていたようだから、気付けなかったがね」
 ウーノの持つ先天固有技能フローレス・セクレタリーは、超高性能ステルス
システムや高度知能加速、除法処理能力の向上などがメインとなる能力だ。彼
女は先ほどのガジェットに自らの能力を用いてステルス処理を施したのだが、
ご覧の通りゼロに撃ち抜かれてしまった。
「だがしかし……ゼロと話すだけのつもりだったが、色々面白い物が観られた
な」
 スカリエッティは、録画した先ほどの映像をモニターに映し出す。そして、
フェイトとエリオ、さらにもう一人の姿をアップで映す。
「プロジェクトFなど、今更どうでもいいことだ。あの技術に、もう意味など
無い……だが、これは」
 少年の方はともかく、フェイト・テスタロッサなる女と、さらにもう一人
は興味深い存在だ。
 何故ならこの二人は――
「私の技術の、最初の成功例か。フフ、記念に保存しておくのも悪くはない
かも知れないな」
 フェイトと、さらに後方に映るギンガ・ナカジマの姿を観ながらスカリエッ
ティは低い笑い声を上げ続けた。まったくどうした、世の中はまだまだ面白い
ことだらけではないか、と。


 ホテル・アグスタから撤収した機動六課の面々は、すぐに隊舎のブリーフィ
ングルームにて緊急の会議を開くこととなった。既に地上本部によってスカリ
エッティが確保したという施設が本当に制圧されてしまっている事実がわかっ
たのだが、地上本部は慎重な対応を見せていた。
 これにはスカリエッティがゲームと称し、ゼロを基地攻略に指名したこと、
さらに機動六課の局員以外の同行を認めなかったことにある。如何に地上本部
を指揮するレジアス中将が強硬姿勢を貫く男でも、強引に攻めて施設が消滅す
るようなことになっては困るのだ。
「だから中将は大変不本意ながら、六課に事態の収拾を図るように求めてきた」
 面白そうな声で、六課総隊長のはやてが現状を説明した。彼女はホテル内に
いたため、外にスカリエッティが映像とはいえ現れた事実を知らなかったが、
会話記録自体はシャマルが録っていたため確認することが出来た。
「六課が失敗すればうちらを切り捨て、今度は自分が行動を起こす。うちらが
どうなろうと心は痛まないし、自分で解決した方が名声を高めることになる」
 逆に言えば六課が事態の収拾に成功すれば、それだけ自分たちの名声が上が
ると言うことになるのだ。
「で、どないする? わざわざ敵の誘いに乗って、敵地となった施設に乗り込
むか?」
 はやての言葉は、乱暴なようで物事の本質を性格に見極めている。スカリエ
ッティは今回のことをゲームと称した。つまり、制圧された施設は彼が様々な
改造を施しているに違いない。それこそ、六課全員を全滅させるような凄まじ
い罠があっても何ら不思議はないのだ。
「仮に罠の存在がなかったとしても、百体を超えるガジェット反応が確認され
とる……これを無傷で解放するのはちょっと難しいなぁ」
 無論、隊長や副隊長総出で攻め込めば何とでもなるだろうが、これらの施設
は出来うる限り無傷で開放したい。壊して使用不能にでもした日には、任務失
敗も同じである。
「はやて、スカリエッティはゼロを指名してきてる。彼を中心に作戦を立てる
べきだと思うけど?」
 フェイトの意見は物事の前提に添った物であるが、はやては余りいい顔をし
ない。
「ゼロねぇ……」
 意地悪そうな顔をしながら、はやては会議室の隅で壁により掛かって立って
いるゼロに目をやった。彼も当事者であることから入室は許されたが、座るこ
ともしなければ今のところ発言もしていない。
「なんや、随分とスカリエッティに気に入られとるみたいやないか」
「はやて、そんな言い方は」
「でも、事実や。奴はこいつに挑戦状を叩き付けたんやから」
 それがはやてには、面白くない。いや、彼女とてゼロがスカリエッティに
「目を付けられた」ことぐらいはわかっている。だが、これまでがジェットを
調査し、スカリエッティへと辿り着いたのは自分たち機動六課なのだ。にもか
かわらず、自分たちを一切無視してスカリエッティはゼロに挑戦状を叩き付け
た。
 機動六課など見る価値もなければ、意識する必要もない。そう言われている
ようで、はやては非常に腹立たしい。そうした彼女自身を含めた身内に対する
扱いへの嫌悪感が、ゼロへの複雑な感情へと変化しているのだが、ゼロにとっ
てはどうでもいいことだ。
「まあ、『ゼロ』を前線に送り込む是非はともかく、そいつも好き好んで罠や
敵が仰山おる場所になんか行きたくないやろ」
 となれば、しばらくは反応を見るためにも生還するべきか。いやいや、それ
で痺れを切らした敵が出てくるのならともかく、彼らは施設を操作して首都に
間接的な攻撃を仕掛けることが可能だ……
「オレは別に、構わないが」
 これまで一言も喋らなかったゼロが、唐突に口を開いた。
「……は?」
 その言葉に、はやてが思わず素の表情でポカンとした。シグナムらは、彼女
のそうした表情を久しぶりに見た気がした。
「罠があろうと無かろうと、ガジェットがいようといまいと、オレは奴の挑戦
を受けた。だから、戦いに行く」
 売られた喧嘩を買ったのだからそれが当然だろう、と言わんばかりの発言に
はやては意識せずに驚きを憶えていた。
「馬鹿馬鹿しい、そんな無茶したところで意味なんて無い。罠に嵌ってボッコ
ボコにされるのがオチや」
 ゼロがボコボコにされる姿など想像も出来ないが、それはそれで見てみた気
もする。さすがに不謹慎な考えだが。
「どうしても行きたいなら一人で行くんやな」
 この言葉は、嫌みでありはやてなりの気遣いでもあった。ゼロがこの程度の
挑発に乗るとは思えないし、彼が行くとなればフェイトも出撃許可を求めてく
るはずだ。はやてには理解できないが、何故か彼女はゼロに好意を寄せている
節があるし、ゼロに巻き込まれて彼女まで失うのは怖い。
「いいだろう。一人で行こう」
 だが、ゼロはどこまでもはやての予想を上回る存在だった。
「ゼロ、貴方なにを――!」
 さすがのフェイトも席から立ちあがって彼を止めるが、ゼロはそれを異とす
る男ではなかった。
「転送システムと、索敵システムによる補助が有れば問題はない」
 事実、彼はこれまでもそうして戦ってきた。
 元居た世界でも、この世界でも。
「む、無理です。だってあそこには戦闘機人がいるんですよ!」
 ギンガが声を上げてゼロを止めた。戦闘機人の力は、彼女が一番よく知って
いる。ガジェットなどとは比較にならず、性能も旧タイプの自分などとは違う
最新鋭機のはずだ。
 全ての罠を回避してガジェット百体倒せたとしても、そこに待ち受けるのは
無傷の戦闘機人。勝てるわけがない。
「問題ない」
 そうした心配を理解していないのか、ゼロはただ事実だけを述べる。断言さ
れては、ギンガとしても止めようがない。
 フェイトは何か言おうとして、何も言えないでいた。ゼロの強さは、一戦交
えたことのある自分が一番理解している。けれども、だからといって彼を死地
に送り込むことなど……
「いいんじゃないかな? 本人が行きたがってるんだから」
 黙って周囲の流れに身を任せていたなのはが、ふいに口を開いた。議論も話
し合いも全てが無駄と言わんばかりに流れを断ち切ると、彼女は起ち上がって
ゼロへと歩み寄る。
 そして、彼の右肩に右手を乗せて軽く叩く。
「うん、それじゃあ頼んだ」
 いともあっさり、だが明確になのははゼロの出撃を支持したのだ。笑顔でゼ
ロを見るなのはの表情は、心の底から笑っているようにも見えるし、作り物の
ようにもフェイトには見えた。
「じゃ、じゃあ私が――」
 ギンガが手を挙げて、自分もまたゼロと共に出撃しようと起ち上がりかける
がそれよりも早く行動を起こした人物がいた。フェイトか? いや、フェイト
ではない。
「あの!」
 発言者に、全員の視線が集まる。
 その場には居合わせたが、立場上これといった発言もしていなかった新人達
の中の一人、ティアナ・ランスターだった。
「私も……いえ、私が同行をしたいんですが」
 意思表明に、一番驚いたのは意外にもなのはだった。フェイトやギンガなら
ともかく、ティアナがそんなことを言い出すとは思わなかったのだ。スバルも
呆然と友人を見ている。
 ゼロは、そんなティアなの瞳に何かを見出したのか、短く答えた。
「勝手にすればいい」
 いよいよ、ゼロとスカリエッティの戦いが始まろうとしていた。

                                つづく

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最終更新:2009年01月16日 13:26