ホテル・アグスタ。ミッドチルダ郊外にあるホテルの名称である。
周囲を森林に囲まれ、景観も良いことから政治家や財界人に好まれ、名士が
集まりパーティなどを開くことで知られている。
 だが、その反面、ここに集まる名士を狙った事件なども過去に多数発生して
おり、管理局地上本部はホテルでパーティなどが行われる際に警備部隊を派遣
している。いっそのこと、常駐部隊を設置した方が効率も良いのではないか、
という声も上がったが、アグスタはあくまで民間が運営と経営をするホテルで
あり、公的機関でも公的施設でもない場所にそんなことをしては特別扱いにな
ると見送られた経緯があった。
 この度行われることになった骨董品のオークションも同様で、そもそも骨董
品など買える身分の人間など限られているわけだから、主催者及びホテル側は
管理局地上本部に警備を依頼した。本来なら陸士隊の一個中隊程度が派遣され
るのだが、今回は歴史的に価値ある骨董品も守らねばならないという事情が存
在し、人によっては人命より骨董品、などという考えを持つものもいるぐらい
で、地上本部としてはそれなりの戦力を送る必要があるとされた。
 しかし、要請を受けた地上本部が実際に出動させたのは休暇が終わって間も
ない古代遺物管理部機動六課であった。どうして六課がホテルの警備などに動
員されたのかは、大きく分けて二つの説が有力視された。
「機動六課は新人も多いが、隊長、副隊長はSクラス魔導師、騎士をはじめとし
た精鋭揃いだ。これだけの戦力を有している部隊など、地上本部には存在しな
いし、本局でも戦技教導隊ぐらいだろう」
 つまり、有する戦力と能力の高さから抜擢されたのだという説である。
 そしてもう一つは……
「いや、これは恐らく上層部の差し金だろう。レジアス中将をはじめ、上層部
の六課嫌い、八神はやて嫌いは有名だ。人命と骨董、この二つを同時に守らね
ばならない難しい任務をわざと与えて、失敗を期待しているのだ。考えてもみ
ろ、人は掠り傷程度では死なないが、骨董品はその掠り傷が命取りだ」
 どちらもそれなりに説得力のある説で、地上本部内では意見が分かれたとさ
れるが、実際のところは両方の説、それぞれが正しいのではないかと六課総隊
長の八神はやてが部下に語ったという。
「要するに、六課なら成功する確率も高いし、オークションに参加する金持ち
どもへの安心感を与えることが出来る。反面、もし仮に失敗すればそれを理由
に六課を切り捨てるか、切り捨てるとはいかないまでも発言力を低下させるこ
とが出来る……実に嫌らしい考え」
 ならば守り通して見せようではないかと、はやては六課が出せる全ての戦力
をアグスタ周辺に配置したとされる。まず、空の前衛としてスターズ分隊のヴ
ィータ副隊長及び、ライトニング分隊のシグナム副隊長。さらに、ザフィーラ
を陸の前衛とし、シャマルを広域索敵型の作戦参謀とする。新人たちはホテル
正面の森林に展開し、副隊長らが討ち漏らした敵の捕捉。
 隊長たちは、ホテルにあって最終防衛ラインと化す。
 これがはやての立案した防御プランであった。


      第6話「ジェイル・スカリエッティ」


 六課戦闘要員は全員出撃といっても、例外は存在する。ギンガ・ナカジマが
その一人で、彼女は正式に機動六課に配属する手続きが取られていないため、
今回は隊舎にて留守番となった。
 そして同じく留守番として六課に残ったのが、ゼロである。もっともゼロは
六課の所属でないどころか、この世界の住人ですらないので出撃するなどもっ
てのほかだという意見も多い。以前、リニアレール襲撃事件の際はリインの判
断で出撃が許可されたが、如何に新人たちが窮地だったとはいえ本当はやって
はならないことである。
 リニアレール襲撃事件での出撃が問題にならなかったのは、帰還したはやて
が、どういう風の吹きまわしか、
「あぁ、こっちで処理しておくから、その辺は心配せんでええよ」
 と、リインを咎めたりゼロに文句も言わず、事後処理を請け負ったのだ。こ
れには当のリインや、フェイトですら驚いたのだが、その発言を知ったなのは
は、はやての意図を読んでいた。
「好意的に見せかけて、人の手柄を自分の手柄にしたかっただけじゃないかな、
はやてちゃんは」
 笑顔で図星を突いたなのはであるが、それを明確に否定しないのもはやての
ちゃっかりしたところであろう。もっとも、はやての手柄はイコールで六課全
体の手柄になるわけだから、悪いことではないのだろうが……

 ともかくゼロは、戦闘要員としての実力は周囲に認められつつあった。

「はぁ~……私も行きたかったなぁ」
 六課隊舎にあるテラスで、ギンガは今回の作戦に参加できなかったことへの
不満を述べていた。だが、不満を述べようにも作戦中に手の空いている者など
ほとんどおらず、また、非戦闘員に話してどうなるわけでもないので、彼女は
必然的にゼロを話相手に選んでいた。
「戦うことが好きなのか?」
「まさか。ただ、六課に配属されたスバルがどれほど強くなったか興味がある
んですよ。元師匠としては」
 先日、共に市街へ出て以来、ゼロとギンガはこうして話すことが多くなった。
といっても、ギンガがゼロを見つけては一方的に話しかけるだけなのだが、ゼ
ロは別に拒まないし、一応、受け答えはするので会話は成立している。
「もしかしたら、もう私じゃ勝てないかもしれませんね。今度、手合わせして
みようかな」
 ギンガと、月並みにいえば仲良くなったことについて、管理外世界での休暇
を終え帰還したフェイトは、実に意外だったらしい。「そう……なんだ」と何
とも歯切れの悪い言葉を述べたが、それほど意外だったのだろうか? ゼロに
はよくわからなかった。
「お前は、どれぐらい強いんだ?」
 一度か二度、訓練や戦闘を見ただけだが、スバルはそれなりに強いように思
える。少々、力任せな攻撃が目立つが、能力が格闘技術を駆使したものである
以上、ある程度はそれも仕方ないはずだ。
「六課に入る前のスバルなら……まあ、手こずることはあっても負けることは
なかったですよ」
 にやりと意地悪そうだが邪気のない笑みを浮かべるギンガ。

「私はお姉ちゃんですからね。どんな時でも、妹を守らなくちゃいけないんで
す」
 だから、自分は常に妹よりも強くなくてはいけない。折角六課に配属された
のだし、今度からスバルらの訓練に参加してみるのも良いだろう。
 それか、もしくは……
「ゼロさんも、相当な実力者だと伺ってますよ」
「…………」
「一度、お手合わせ願いたいものです」
 フェイトから聞いた話では、ゼロは『とても強い』ということらしい。スバ
ルもゼロの強さを絶賛していたし、副隊長クラス……いや、隊長クラスの実力
は有しているのかもしれない。ギンガは一人の戦士として、ゼロの力を間近で
見てみたいと思っていた。

 その機会は、意外に早く訪れるかも知れなかった。

「あれ、通信……?」
 ギンガの持つ通信機器が鳴り響く。発信場所は、六課内の通信・管制室。通
信主任のシャーリーからである。
「変ですね、任務中のはずじゃ」
 呟きながら、ギンガは回線を開く。彼女の言う通り、通信主任のシャーリー
はオペレーターとして隊舎から現地の隊員を支援するという役割を持っている。
現在も、ホテル周辺に通信網と索敵網を張り巡らせ、現地の前線指揮官である
シャマルと連携しているはずだ。
「はい…はい…」
 音声のみの通信をしながら、徐々にギンガの表情が変化していく。浮かべて
いた笑みは消え、戦士としての顔が表れてくる。
「わかりました。すぐに向かいます」
 通信を切ると、ギンガは大きく息を吐いて立ち上がった。自ら頬を二度叩き、
気合いを入れる。
「何かあったのか?」
「ホテル・アグスタ周辺で戦闘が行われているそうです。数十機のガジェット
  • ドローンが侵攻、副隊長及びフォワードが迎撃しているようですが、状況は
芳しくありません」
 シャーリーは現場の危機を悟り、シャマルと相談の上でギンガに増援として
の戦線派遣を求めた。援護をしに行くことはギンガも異存はないが、ホテル・
アグスタは六課隊舎からかなりの距離がある。加えて六課は空輸以外の交通の
便が悪い場所にあることもあって、今から出撃して果たして間に合うのか。
「ここは先人の知恵に従おうかと思うんですが、どうですかね?」
 ギンガはほほ笑むと、ゼロに向かって手を差し出す。
 それがに何を意味するのか、ゼロにはわかるような気がした。
「行きましょう、戦場に」


 隊長に副隊長と、六課が誇る戦力を投入したホテル・アグスタの警備に難が
出始めたのには大きな理由があった。
 まず、人員の配備や配置図を立案したはやては、今回の件にまさかスカリエ
ッティが絡んでくるとは思いもしなかった。無論、ガジェット自体は骨董オー
クションに出品されるロストロギアに反応して幾つか集まってくるかと思われ
たが、それほど多くもないはずで、第一はやての認識としてスカリエッティは、「レリック及びそれに類する事件の犯罪者」であった。結果的にそれは誤認なのだが、確かに近年のスカリエッティはレリック絡みの事件でないと行動を起こさない。つまりは、認識の違いだった。
 次に、投入した人員とその配置にも問題があった。最大の戦力である隊長た
ちを、本丸とも言えるホテル内の警備に回したのは確かに間違ってはいない。
三人はそれぞれが一騎当千の実力者であり、並の敵に後れを取るようなことは
ない。
 だが、いざ大軍が攻めてきた実情を考えると、あるいは隊長たちもはじめか
らホテルの外に展開した方が良かったかもしれない。そう考えたのは、外で奮
戦を続ける新人たちを心配したフェイトであるが、彼女は外に出て加勢をした
い気持ちを抑えるのに必死だった。ホテル・アグスタは、はやての指示でその
全体を結界に包んでおり、これによってあらゆるものの出入りが出来なくなっ
ている。故にフェイトが加勢を行うには、結界を解く必要があり、当然はやて
がそんなことを認めるわけがない。
「外にはシグナムたちもおる。心配いらんて」
 同僚を宥めるはやてだが、彼女の失敗は自身の部下に対する全幅の信頼だっ
たと言われている。これに関してはフェイトやなのはも同じなのだが、彼女た
ちはまさかはやてが誇る守護騎士がガジェット相手に『苦戦している』などと
は考えもしなかったのだ。

「こいつら、急に動きが……!」
 機動六課スターズ分隊所属ヴィータ副隊長。少女にしか見えない小柄な姿と
は裏腹に、『鉄槌の騎士』の異名を持つ、はやての守護騎士である。
 真紅の光に包まれた鉄球、シュワルベフリーゲンを打ち出すヴィータである
が、四発の鉄球がガジェットⅢ型のアームユニットにすべて弾き飛ばされた。
以前の戦闘では、それこそ一撃の下に貫くこともできたはずだ。
「確かに、攻撃・防御ともに上がっている」
 レヴァンティンでの斬撃を防がれたシグナムが、珍しく焦りの声を出す。彼
女らにとってガジェットはあくまで雑魚であり、厄介なことといえば常に集団
で行動すること、数の多さにあった。
 しかし、その数に対して相応の力が加わればどうなるのか……
「シャマルからの連絡だ。防衛ラインをホテル正面まで縮小するらしい」
 ホテル正面に全戦力を結集することで、各個撃破と戦力の分散を防ぐ。隊長
たちからの加勢を望めない以上、今できる最善策だった。

 だが、ホテル正面における戦闘は激化の一途を辿っていた。今回の戦闘には
これまでのガジェットに改造を施されたタイプが登場し、スバルらはその対応
にも追われていた。

「数が、多すぎる!」
 ミサイルランチャーを装備したⅠ型の迎撃を行いながら、ティアナはいち早
く自分たちの不利を感じ取っていた。森の奥から湧き出るように現れるガジェ
ットはまさに驚異的であり、彼女は森ごとガジェットを焼き払いたい衝動に駆
られていた。そんな力など勿論ありはしないが、彼女ら新人の弱点はそうした
局地戦における一撃必殺の攻撃に事欠くことだ。単一の戦闘であれば、スバル
やエリオがいくらでもその手の技を持っている。だが、大軍に対して有効な攻
撃となると、それこそキャロのフリードイヒが放つブラストレイぐらいである。
「誰かが召喚術を使ってる……でも、一体誰が!」
 そんなキャロとフリードリヒは、空戦に特化したガジェットⅡ型と激しい空
中戦を繰り広げていた。撃ち落としても、撃ち落としても、次々とガジェット
が飛来してくる。
 シャマルとの共通意見で、キャロはガジェットがいきなり強くなった現象に
召喚術が絡んでいると考えている。恐らく、操作系統の稼働率を大幅に底上げ
するような何かが……
「スバルさん、危ない!」
 地上のスバルが、ガジェットⅢ型の体当たりによって吹っ飛ばされた。続け
ざまに放たれた砲撃は当たらなかったが、それでも窮地に変わりはない。
「この……っ!」
 身体を起こすスバルの瞳が、金色に輝いていく。魔力の波が変化し、周囲に
振動を与え始める。
「――! 止めなさい、スバル!」
 友人が何をしようとしているのか瞬間的に悟ったティアナは、制止するため
に声を上げた。叫び声に驚きスバルは動きを止めるが、それが彼女の命取りに
なった。
「あっ――」
 正面のガジェットから、砲火が放たれた。至近距離で狙いも正確、今度は避
けることすらできない。

 防御魔法は……間に合わない!

 砲撃の着弾による爆発が巻き起こる。
「スバルッ!!!!」
 まともに直撃を受けたと思われるスバルに対し、ティアナが叫んだ。自分の
せいだ。自分が彼女を止めたばかりに、もしスバルがあの力を使っていれば、
ガジェットなど一撃で……
 ガクリと、ティアナは膝を折ってその場に崩れ落ちた。自分でも信じられな
い失敗。自分のミスがスバルを、大切な友人を!
 煙が晴れ、着弾地点が露わになってくる。傷ついた友人に駆け寄ろうとする
ティアナだが、そこには意外すぎる光景があった。
「えっ――?」
 紫色の光が、スバルとガジェットの間にあった。光だけじゃない、光の中に
は人影があり、あれは……あの人は。
「まだまだ甘いわね、スバル。あなたがその力を使ったら、何のために魔導師
として修業しているのかわからないじゃない」
 ギンガ・ナカジマが、スバルとガジェットの間に立塞がっていた。彼女はス
バルに笑いかけると、妹を圧倒したガジェットに向き直る。
「来なさい、妹を傷つけた代償を償ってもらうわ」
 左腕のリボルバーナックルを構え、攻撃の型を取るギンガ。スバルの威勢の
良さとはまた違う、鋭い威圧感のようなものがある。

 ガジェットは目の前の障害物に対し、射撃ではなく突撃を選んだ。二本のベ
ルトアームを交差させ、巨体を武器に突っ込んでくる。
「そんなもの!」
 紫色の魔力を解放させたギンガは、その突撃を正面から迎え撃った。左腕の
リボルバーナックルに魔力を集中させ、カウンターの拳撃を叩きこむ。
「ナックルバンカー!」
 ガジェットのアームユニットがリボルバーナックルの一撃に破壊される。ギ
ンガはそのままブリッツキャリバーで加速し、次なる拳をガジェット本体に打
ち放った。砲撃には一定の固さを誇るガジェットもこの一撃は効いたらしく、
機体に大きく穴を空け、爆発していく。
 相手の防御を突破した上での完全破壊。ギンガはその実力の高さをスバルや
ティアナに見せつけていた。
「ギ、ギン姉……どうしてここに」
 傷ついた身体を起き上がらせながら、スバルが訊ねる。
「シャーリーさんから救援を要請されて。来ちゃった」
「来ちゃったって……」
 ガジェットⅢ型が破壊されたことに気付き、周囲のガジェットたちが集まっ
てくる。ギンガはそれを見ると、格闘技術シューティングアーツの構えを見せ
る。
「ギン姉ダメだよ、こいつら倒しても、倒しても、次から次へと湧いて」
「大丈夫よスバル」
 弱気になった妹へ、励ますようにギンガは声をかける。
「ここに来たのは、私だけじゃないから」


 ホテル・アグスタから数千メートル離れた森の中に、少女ルーテシアは居た。
彼女が立つ地面には魔法陣が浮かび上がっており、魔力が放出されている。
「ガジェットの数が、減ってる」
 ルーテシアのグローブ型ブーストデバイス『アスクレピオス』が光り、極小
の召喚虫が姿を現している。これこそ彼女の能力、ルーテシアは優れた召喚術
師なのだ。
 インゼクトと呼ばれるこれらの虫は、無機物の操作系統を奪取する能力を持
っている。これによってルーテシアはガジェットに従来以上の動きを与えるこ
とに成功した。戦闘が続けば、敵を壊滅させることも可能かと思っていたが…

「――ッ!?」
 突如、ルーテシアの周囲を飛んでいたインゼクトがエネルギーショットによ
って吹き飛ばされた。ルーテシアは半ば慌てて、攻撃が行われた方向に振り向
いた。
「やはり、こういう仕掛けだったか」
 赤い戦士が、そこにはいた。見慣れぬ姿、見慣れぬ武器。
 分かっているのは、彼がルーテシアに銃口を向けていることだけ。
「あなた、誰?」
 召喚虫による操作を見破っただけではなく、自分の居場所まで突き止めた。
 まさか、こいつがドクターの言っていた……

「ゼロだ」
 名乗りながら、ゼロは慎重にルーテシアへと近づいていく。撃つつもりはな
いが、銃口の標準は一切外していない。
「ゼロ……」
 睨むようにゼロを見るルーテシア。彼女は手を振り上げると、二匹のインゼ
クトを弾丸のようにゼロへと飛ばした。
「無駄だ!」
 しかし、ゼロはバスターショットの射撃でこれを撃ち落とした。実のところ、
ゼロもさすがに子供と戦うことには抵抗を感じている。エリオとキャロの例も
あることから、この少女もまた戦闘を行う魔導師なのだろうが……
 なるべき傷つけずに捕縛したいゼロであったが、それは出来なかった。
 ルーテシアとゼロの間を阻むように、魔力光が撃ち込まれたのだ。
「上か!」
 バスターショットを向けるゼロだが、中空にいた敵は凄まじいスピードで降
下し、ゼロに斬りかかってきた。
 長大な槍の一撃に対し、ゼロは受け切る間もなく後方に跳んで避けた。すぐ
さまゼットセイバーを引き抜き、新たに現れた敵と相対する。
「お前は……」
 黒衣を身に纏った長身の男がそこにいた。槍の矛先をゼロに突き付け、攻撃
の態勢を崩さない。
「この子に手出しはさせん」
 強い口調で、男が言い放つ。その威風堂々とした佇まいに、ゼロは心の中で
関心を覚える。
「そうはいかない」
 ゼロはゼットセイバーを構えると、そのまま男に斬りかかった。素早い斬撃、
並の相手ならば一撃で斬り伏せられるはずだった。
「ぬぅんっ!」
 対する男は槍の一撃でこれを迎え撃ち、激しい衝撃に空気が揺れた。
 受け切られるとは思ってなかったゼロは、予想以上の技量をもつ相手に軽く
舌打ちする。
「やるな!」
 続けざまに斬り込んだ一撃も弾かれ、ゼロは反撃を避けるために距離を取る。
そして、次の瞬間ゼロの身体に光が纏わり始める。
「だが、これなら――」
 相手が何かしらの大技を使ってくることを、戦士の勘で騎士ゼストは見切っ
ていた。避けることはできるが、それでは後背のルーテシアを危険にさらすこ
ととなる。
――ゼスト、ガリューがドクターの欲しがっていたやつを手に入れたって
 思念通話。ルーテシアの声が、直接ゼストの頭に響いてくる。
――分かった。ならば、最早ここに止まる理由はない。
 ゼストは抗戦の構えを解き、一転して無防備をさらけ出した。ゼロは隙をさ
らけ出した敵に困惑し、何か狙いがあるのかと一瞬攻撃を踏みとどまってしま
う。
「良い戦士だ……機会があれば、また会おう」
 三角形の魔法陣が浮かび上がる。
「しまった!」
 敵の行動が、逃げるための時間稼ぎで会ったことを悟るゼロだが、気づいた
時にはもう遅かった。ルーテシアの転送移動魔法が発動し、ゼストともども何
処かへ消え失せてしまった。

「逃げたか……」
 周囲を警戒しつつ、ゼロは呟いた。
 ゼットセイバーの一撃を止め、弾き返してきた相手。
「あれが、騎士という奴か」
 ギンガから訊いた話では、この世界の戦士は大きく二つに分かれるという。
一つがフェイトやなのはのような魔導師であり、もう一つがシグナムのような
騎士。魔導師と騎士の違いは様々だが、最大の違いは攻撃法であるとされ、騎
士の持つデバイスはそれ自体が格闘戦術に長けた武器になるという。
 この世界においてゼロが戦闘を行ったのはガジェットを除けば、今の男とフ
ェイトだけである。フェイトには魔法を駆使した戦闘術に翻弄され敗れたが、
今の男はこれといった魔法を使ったようには見えなかった。にもかかわらず、
ゼロは彼を倒せなかった。
「機会があれば、か」
 ルーテシアの撤退は、戦闘の終結を意味していた。元々彼女は、六課の壊滅
だとか全滅を狙っていたわけではない。結果的にそうなればと思わないでもな
かったが、彼女の役割はあくまでスカリエッティの欲する骨董を手に入れるこ
とだ。ガジェットを陽動に使い、結界範囲外からルーテシアが最も信頼する召
喚虫ガリューを潜入させ、目的の品を手に入れる。
 その役目さえ果たせば、戦闘を継続する理由もなくなるのだ。


 戦い終わって、六課による現場検証が始まっていた。ガジェットの撤退、も
しくは機能停止が確認されたことでホテルに張られた結界が解かれ、なのはや
フェイトが出来た。はやてのみ、ホテルに訪れていた友人と会うとかで現場に
は来なかった。
 一応、何の犠牲もなくホテルを守り切った六課であるが、副隊長たちでさえ
苦戦したという事実は、フェイトの顔を曇らせ、なのはの興味を誘うものだっ
た。
 なのはは、副隊長であるヴィータから自分の部隊の戦果を聞いているが、そ
れほど芳しくなかったようだ。スバルがギンガに助けられ、その原因を作った
のはティアナ。しかも彼女は、自棄を起こして暴走をしたという。
「ふーん、そっか」
 一番冷静な動きが出来ると思っていた少女の行動に、なのはは意外さを覚え
ないでもなかったが、まあ、そんなこともあるのだろう。彼女はティアナを呼
ぶと、これからは無理をしないようにと諌めた。決して怒ったり、叱ったりは
しない。あまり、説教事は得意ではないから。

 ルーテシアを取り逃したゼロは、ギンガと合流していた。彼女は陸路での移
動は間に合わないと判断し、ゼロとともにこの場に転送されたのだ。シャーリ
ーは難色を示したが効率の問題から、そうせざるを得なかった。
「虫?」
 ゼロは、現場検証をするギンガから戦闘における意外な事実を聞かされてい
た。ギンガは破壊されたガジェットの残骸から、極小の虫の死骸を取りだして
いた。

「えぇ、どうやらガジェットが急に強くなったのはこれが原因らしいですね。
あなたが見つけたという少女、おそらくその子は召喚士です」
 ゼロは単純な自動機械であるガジェットが強くなった理由に、戦術的な遠隔
操作があると睨み、キャロが感じ取ったという魔力の発生源に向かったのだ。
そこにいたのがルーテシアと、謎の騎士であるが……
「そんなものでガジェットが操れるのか」
 さすがに虫で操っているとは思わなかった。
「虫と言っても、魔力を持った寄生虫みたいなものです。ただ、これだけの数
を操るには相当な技量がいるでしょうね」
 ギンガは今回の戦闘でガジェット五機を完全破壊、三機を半壊させる戦果を
挙げている。奇しくも二人は互いの戦闘を見ることは出来なかったが、ゼロは
ギンガが、かなりの実力者であることを知った。
「あっ、あそこにいるのはフェイトさんですね」
 顔を上げたギンガが、遠くにフェイトがいるのを発見した。ゼロもその方向
を見てみると、フェイトは何やら同年代と思われる男性と一緒にいた。
「…………」
「どうしました?」
 怪訝な顔つきになるゼロに、ギンガが声をかける。
「民間人のようだが、あの男は?」
「あぁ、あの人ですか。えっと、確か……う~んと」
 名前を思い出せないのか、ギンガは立ち上がって首をかしげる。
「……ユーノなんたら先生!」
「先生?」
「そう、時空管理局にあるデータベース『無限書庫』って所の司書長さんで、
加えて考古学者もしているとか。だから先生です」
 なのはとフェイトの幼馴染でもあるらしい。昔は彼女らとともに戦場にも出
ていたというが、近年は「もう若くないから」と年寄りみたいなことを言って
仕事と趣味の発掘に勤しんでいるそうだ。
「今回のオークションの鑑定士だったのかな。もしくは、買いに来た人か」
 ふむ、と首をひねらすギンガである。ゼロはあまり興味のなさそうに二人を
見るが、幼馴染みという割には、あまり楽しそうに会話をしているように見え
なかった。


「そう、フェイトが追ってるの。スカリエッティ」
 険しい目つきをしながら、ユーノが呟いた。ジェイル・スカリエッティ、そ
の名は学者として、そしてフェイトの友人として知らない名前ではない。
「スカリエッティは私が人生を生きていく上で、決して無視できない存在だか
ら……」
 あれから、もう十年の月日が経つ。随分と長いようにも感じるし、瞬きする
間に過ぎ去っていったようにも思える。
 自分はスカリエッティと会ったとき、どうするのだろうか? 彼と会うこと
で、変わる物でもあるというのか。自分の中の、なにかが。
「あっ……」
「? どうしたの、フェイト」
 彼女が見つめる視線の先を、ユーノも見る。そこにはバリアジャケットを着
込んだ女性局員と、変わった形の赤いヘルメットを被っている男がいる。

「彼らが、どうかした?」
「ん……なんでもない」
 実のところフェイトは、ゼロとギンガが仲良くなるとは微塵も思っていなか
った。そうなれば良いなと考え、彼のことをギンガに話したわけなのだが、い
ざギンガがゼロと仲良くしているのを見ると、何故かとても複雑な気持ちにな
る。ギンガは礼儀正しくて、あまり人見知りをしない良い子だが、あんなにあ
っさりゼロと仲良くなるとは……自分の休暇中に、あの二人の間に何があった
のか。フェイトには想像も付かなかった。
「私、少し変だな」
 自分の胸の中にある気持ちを、フェイトは上手く表現できなかった。寂しさ
というのが一番近いこの気持ち、一体何なのだろう……?


 ゼロはガジェットの残骸を拾いながら、残骸の一部に何か文字のようなもの
が刻まれているのを見つけた。彼はまだミッドチルダの言語を覚えていないの
で読めないが、字面から解読するに名前のように見える。
「それは、名前だよ」
 声に顔を上げると、白衣を着た男が立っていた。白衣のポケットに両手を突
っ込み、薄い笑みを浮かべている。身なりからして、現場検証に訪れた管理局
の鑑識か何かだろう。
「名前……誰の名前だ?」
 人名とは限らないか。ガジェットを製造した企業か、それこそ部品を作って
いる工場名という可能性もある。いや、違う、ガジェットは確か一個人が作っ
たとギンガが言っていた。
 確か、名前は――
「彼に興味があるのかね?」
「……別に、そんなことは無い」
 興味があるかと言われれば、余りない。どこの世界にも狂信的な科学者の類
はいるものだし、自分の元居た世界にもそんな奴はいた。
 ただ、自分がこの世界に来て、行く先々でその存在の片鱗を見せる相手。意
識してないと言えば、嘘になるだろう。
「そいつは残念だね……私のほうは、君に多大な興味を持っているんだが」
 男の言葉に、ゼロは違和感を憶えた。
「私はずっと君を見てきた。君がこの世界に来てからずっと……廃棄地区でガ
ジェットと戦ったとき、リニアレールを駆けガジェット部隊を全滅させたとき、
勿論先ほどの騎士との戦いも」
 風がざわめく中で、ゼロは男に向き直った。
「お前は、誰だ――?」
 ゼロの問いに対し、男は白衣のポケットに入れていた両手を引き抜いた。表
情が激変し、実に凶悪そうな笑みが張り付いていく。
「私はジェイル・スカリエッティ、そのガジェット達の製作者だよ」

                                つづく


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最終更新:2009年01月16日 13:26