ゼットセイバーの斬撃が、ガジェットの一機を斬り裂いた。
 続けざまに放たれたバスターショットが迫りくる敵機を牽制し、赤き閃光の
前進を許す。
 斬撃で、あるいは射撃で、展開するガジェット部隊はその数を一方的に減ら
していく。ガジェットは反撃を行っていないわけではない、魔力光で、実体弾
で、新たに現れた戦士に対し、果敢な攻撃を繰り返している。
「遅い――!」
 チャージショットが発射され、放たれた魔力光ごとガジェットを撃ち落とし
た。ガジェット部隊は正面からの攻撃を避け、周囲に広がり戦士を包囲する。
 包囲殲滅、一斉射撃。だが、戦士は狭い車両の上を素早く動き、鮮やかな動
作で攻撃を避けながら、反撃を繰り返していく。一機、また一機とガジェット
が倒され、戦士は確実に先頭車両へと近づいていく。
「凄い、凄すぎる……」
 まるで隊長たちの戦いぶりを見ているようだと、スバルは感嘆の声を上げる。
窮地を救われたキャロも、負傷したフリード労わりながら、ゼロが見せつける
強さを目の当たりにしていた。対するティアナは複雑そうな表情を隠せないよ
うで、エリオに至っては激しい怒りの視線を向けていた。
「こちらゼロ、先頭車両内部に突入する」
 ゼロは、ゼットセイバーで車両の扉を切り裂いた。
「――!?」
 正面にいるのは、機関部とそのメインシステムに同化した大型のガジェット。
敵が突入して来るのを待ち構えていたかのように、三つの砲門を光らせる。
 放たれる魔力砲を、ゼロは避けようとせずゼットセイバーの斬撃で弾き飛ば
した。そしてそのまま勢いをつけ、Ⅲ型と呼ばれるガジェットに突っ込む。

――貫く!

 ゼロが心で叫ぶと同時に、ゼットセイバーの刀身が深々とガジェットに突き
刺さった。光の刃で内部をえぐり出すように、斬り上げていく。スバルたちで
は倒すことも困難だったガジェットが、いとも容易く破壊された。

「へぇ……やるね」
 空戦部隊を魔力砲撃で一掃したなのはが、戦況を逆転させたゼロの実力を評
価した。親友と互角以上に戦ったという話、どうやら嘘ではないらしい。回避
と攻撃の動作が、それこそフェイト並に速い。一か所に止まらず、動き回りな
がら避け、反撃を行うという戦闘動作の基本がしっかりと出来ている。
「フェイトちゃんに労う様に言っておかないと。あれは敵にするのには、少し
強すぎかな」
 それでも、自分なら負けはしないが。なのはは薄い笑みを浮かべると、新人
たちを回収するために降下していった。



           第5話「機械の少女」



 散々な結果に終わった六課の新人フォワードの初陣だが、反応は人それぞれ
だ。ゼロの参戦という想定外の事象に、スバルやキャロは素直に喜び、そして
安堵した。何せゼロが来なければ死んでいたかもしれないのである。礼を言っ
てもいいぐらいだが、当のゼロは「礼などいらん」と断っている。
 二人とは対照的に複雑な心境を隠せなかったのはティアナとエリオで、ティ
アナは初陣で辛酸を舐めたことに歯がゆい思いを隠せず、なのはに宥められて
いた。エリオの方はもっとひどく、隊舎に帰った途端、部屋に閉じこもって出
てこない。
「男の子だもんね。きっとショックだったんだよ」
 と、フェイトはエリオの心境を分析した。彼女が戦闘区域に到着したのは、
ゼロが戦闘を終結させたまさにその瞬間であった。新人たち、とくに自分の被
保護者であるエリオとキャロの危機を救ってもらったことで、フェイトはゼロ
に言い様のないほどの感謝を覚えたらしい。
「必要なくても、私の気が済まないから」
 深々と頭を下げるフェイトに、ゼロはそっぽを向く。別に、そこまでのこと
をしたつもりはない。
「オレは出しゃばっただけだ。初陣を邪魔されて、連中は嫌だっただろう」
「それは違う」
「何?」
 フェイトが意外にも強い口調で反論してきたので、ゼロは眉をひそめる。
「戦いっていうのは、必ずしも敵に勝つことが大事なんじゃない。大切なのは、
生き残ること。だから私は、あの子たちの命を救ってくれた貴方に感謝するし、
お礼もしたい」
 どんなに格好悪くても、生き残ることが大切なのだ。
 フェイトは命を投げ打ってでも勝利を攫むという考えを嫌っている。これは、
親友である高町なのはと彼女の最大の違いであるとされ、常に命をかけた戦闘
を行い続ける自己犠牲のスタイルを貫く親友に、フェイトは強く反発している。
なのはは昔から、デバイス共々「大丈夫だよ」「出来ます」などと言っては危
険な戦闘ばかりしてきた。
 なのはは、そうした周囲の忠告や警告に耳を傾けはするのだが、頑張るのは
自分であり傷つくのも自分であるから問題ないと言って聞かなかった。彼女は
結局、死にかけるまでそうした声を理解出来なかったのだ。
「その姿勢は、なのはの美徳なのかも知れない。だけど、それはなのはだから
出来たこと。私は、エリオやキャロに同じような道を歩んで欲しくないから」
 力があればあるで無理をするし、力がなければないで無茶をする。過保護だ
とはわかっていても、危ないときは自分が助けてあげたいし、もっと自分を頼
って欲しい。それが、家族というもののはずだ。
「……また何かあれば、オレに言えばいい」
「えっ?」
 思い詰めた表情をするフェイトに、ゼロが声を掛けた。
「手助けぐらいなら、オレにも出来る」
 言うと、ゼロはそのままあてがわれた私室へと歩き去っていった。フェイト
は、驚いたようにその後ろ姿を見送っている。
「……ありがう、ゼロ」


 数日後、フェイトをはじめとした隊長陣や隊員たちは休暇に入り、管理外世
界とやらに旅立っていった。名目上は出張なのだが、実体は休暇と大して変わ
らないという。これは出発前にフェイトがゼロに漏らしていたことだ。
 その世界には、フェイトやなのはの実家などがあり、なのはとはやてはそこ
の出身らしい。フェイトも生まれは違うが育ちは同じらしく、三人は同郷の幼
馴染みだそうだ。
「必ず、兄さんにあってゼロのことを話すから。待っててね」
 しばしの別れとなるため、念を押すようにフェイトはゼロに言い残していっ
た。帰還の件に対しては期待させて貰うが、折角の休暇まで自分のことで使わ
れると思うとなんだか心苦しい。

 兎にも角にも、六課は一時の活動休止状態になった。
 総隊長のはやてとその守護騎士が不在という事実は、ゼロに少なからず肩の
軽さを感じさせた。何故か、犬のザフィーラだけはミッドチルダに残っている
のだが、出発前のリインに何事かを釘刺され、ゼロとは距離を置いており、彼
の監視目的に残ったというわけでもないようだ。
 休暇に入ったのが全員戦闘要員ということもあって、六課に対しての要請等
は一切遮断されている。自分が赴くようなこともないだろう。つまり、また暇
な日々がはじまるのだろうとゼロは思っていた。暇なこと、退屈な日々、それ
自体には慣れているのだが……意外なことに今回はそうならなかった。

 休暇に入る隊員達と入れ替わるように、一人の少女が機動六課に着任してき
たのである。

「ギンガ・ナカジマです。よろしくお願いします!」
 名乗りながら、少女はゼロに右手を差し出す。
 彼女は、はやての恩師の娘であり、スバル・ナカジマの姉だという。はやて
の要請で、陸士隊からの出向という形で六課に配属されることになったらしい
「あなたのことは、フェイトさんから聞いています。留守中のことも任されま
したので、何かあったら私に言ってください」
 笑いながら指しだした手を伸ばすギンガ。ゼロはそれを握らず、適当に二言
三言挨拶をしてその場を去ろうとしたが、ふいにギンガの手がゼロの腕を掴ん
だ。それも、結構な力で。
「それじゃ、行きましょうか?」
「――? 何の話だ」
 いきなり手を掴まれ困惑するゼロだが、流石に振り払う気には慣れなかった。
「外ですよ。市街を案内します!」
 ギンガは特に嫌がる素振りを見せないゼロが、自分の提案を受諾したと思っ
たのか、そのまま彼を引きずって隊舎を後にした。


「私は、これでもスバルの格闘技術の師匠なんです。先日はあの子がお世話に
なったそうで、本当にありがとうございました」
 ミッドチルダ首都クラナガン市街を歩くゼロとギンガ。市街までは、ギンガ
が呼んでいた自動運転の地上車で来た。どこから見ても普通の車であり、何が
どう魔法なのかがゼロには良く分からない。
「気になりますか? 魔法が」
 ギンガは、常に笑顔を絶やさずゼロに話しかけてくる。非常に好意的だが、
思うに彼女はゼロがどんな奴でも好意的であろうと、会う前から決めていたの
ではないだろうか。
「オレの居た世界には、なかったからな」
 裏表があろうとなかろうと、好意を向けられることそれ自体は不快ではない。
特に、味方が少ない、こんな世界では。
 ただ、ゼロとしては市街に行きたいと積極的には思わなかった。彼にはあく
まで自分はよそ者であるという認識があったし、以前フェイトから「市街に行
くときは私が案内する」と言われたことを憶えていたからだ。まあ、後者に関
しては特に約束した物でもないから構わないとは思うが……とにかく、「良い
んです、私暇ですから」と何が良いのかわからないギンガの勢いに押し通され
たゼロである。
「ゼロさんは、科学技術が発達した世界のご出身でしたっけ。このミッドチル
ダも今でこそ魔法主流ですが、その発展には科学も密接に関わっているんです
よ?」
「意外だな」
「えぇ、歴史を紐解けば、昔はあらゆる魔法技術と科学技術が混在していたと
言います」
 日常品から、果ては兵器まで。後者は今でこそ禁じられたが、前者はいまだ
に一般的だ。
「例えば……これはペンです」
 ギンガは自分のカバンから、一本のペンを取り出してキャップを抜く。ちな
みに彼女は折角だからと私服で市街に来ている。何が折角なのか、ゼロにはわ
からないが。
「この中にはインクが入っていて、ペン先を紙などに付けることで文字が書け
ます。どこにでもある、ありふれたペン」
 試しにメモ帳を出して、ギンガは適当に線を書いてみせる。
「じゃあ、これに魔法技術は使われているんでしょうか? 特別な材質に、魔
法のインクを使ってる? いいえ、違います。材質はただの抗菌素材ですし、
中のインクも顔料や染料と特別なものじゃない」
 製造過程には魔法技術が使われることはあるかも知れないが、出来上がった
物はどんな世界にもあるであろう普通のペンだ。
「だから、そんなに難しく考えないでも良いんですよ。何もミッドチルダ全て
が魔法使いの国って分けでもないんです。私の父なんかも魔力資質がない人で、
言い方はあれですが普通の人だから」
「その資質というのは、先天的なものなのか?」
 親が使えず、娘達が使えると言うことは遺伝的なものではないはずだ。しか
し、ゼロの言葉にギンガは一瞬だけ躊躇ったように見えた。
「私は……私とスバルは、遺伝的なものです。父は確かに魔力資質はないんで
すが、母は違いましたから」
 少しだけ、口を濁したような言い方になった。
 何か、あるのだろうか?
「で、でも先天的に資質を持っている人も多々います。例えばなのは隊長とか
は、魔法という概念が存在しない世界の出身ですし」
 なのはは幼い頃に自分の資質に気付き、徐々に開花させていった魔導師だと
いう。出身世界に魔法がないとは思えないほどの潜在能力だったらしく、今で
は魔法界出身の魔導師が束になっても敵わない実力者だそうだ。
「さ、私の魔法講座はこれでお終いです。折角街へ来たんですからもっと歩き
ましょう。行きたい場所、見せたい場所が沢山あるから!」


「ドクター、ナンバーズの最終調整ですが、5番と6番、8番と10番……それに11
番がいち早く終わりそうです」
 スカリエッティの秘密研究所において、ウーノが報告を行っている。
「尚、稼働中の私を含めたナンバーズはこれまで通りの任務を続行、継続せよ
との指示も出しておきました」
「うん、それでいい。意外に早く済みそうだな」
 薄い笑みを浮かべながら喋るスカリエッティの前には、なにかの残骸が積ま
れている。怪訝そうに、ウーノがそれを見ている。
「その残骸は、ガジェットの?」
「あぁ、先日のリニアレールの際に派遣していた部隊の、破壊された一部だ」
 いたって平然と答えるスカリエッティに、ウーノの表情が驚きに変わる。
「まさか……あの残骸は全て機動六課なる部隊から、地上本部に送られたはず
では?」
 そして、今頃は地上本部の技術班によって解析、分析が勧められているはず
である。
「何事にも裏表はある。私は、地上本部に友人が多い……友人だけではないが
ね」
 スカリエッティが集めた残骸は、主にゼロによって破壊されたガジェットの
物だ。彼に斬り裂かれ、あるいは撃ち抜かれたガジェットたち。
「やはり、彼の攻撃は魔力を使っていない。映像解析で予想はしていたが、質
量兵器かな?」
 何の魔法技術も使わず、あんなにも精巧な人型戦闘機械を作ることが出来る
とは。
「楽しみだ。私が作りし娘達と、異世界が作りし戦闘機械……戦って、果たし
てどちらが強いんだろうなぁ」
 そこにあるのは、純粋なる興味であり、好奇心。獅子と虎を争わせればどち
らが強いのかと考える子供と何ら大差のない、あどけない疑問。
 だが、スカリエッティは子供ではない。彼は子供が想像の範疇で終わらせる
ことを、実現させる力を持っている。だから、この男は質が悪い。
「ドクター、その件はひとまず置いておくとして、ホテル・アグスタの件が」
「アグスタ……? あぁ、例の骨董品展覧会か」
「展覧会ではなく、オークションです。ドクターご所望の品を引き取る手筈で
したが、稼働中のナンバーズは使えません。いかが致しますか?」
 さすがにこういった案件にガジェットは使えない。警備隊を引きつける程度
ならまだしも、取引とは人が行う物だ。
「ふむ……そうだな」
「私が参りましょうか?」
「いや、君には側にいて貰わなければ行けない。他のナンバーズの最終調整に、
サポートが必要だ」
 言いながら、スカリエッティは思案を続けている。
「そうだ、彼らにしよう。あの二人なら、手が空いているはずだ」


 その頃、ゼロとギンガの二人は海辺の公園を訪れていた。
 ここに来る途中色々回ったが、ギンガは疲れを知らないのか実に楽しそうに
ゼロを引っ張り回した。
 だが流石に夕暮れともなると、少し休憩も必要だということで、公園に腰を
落ち着けることとなった。
「今日はありがとうございました。本当は半分以上、私が街に出たかっただけ
なんですけど」
 気恥ずかしそうに笑うギンガ。その笑顔には、一見なんの裏表も内容に見え
る。しかし、ゼロはそこにある違和感に気付いていた。
「お前は……何を話したい?」
 ゼロは、微笑みかけるギンガに声を発した。
 暖かくも冷たくもない、その声を。
「え――」
 ギンガの笑みが、少しだけ薄らいだ。
「目を見れば解る。お前は、オレに何かを話したがっている」
 出なければ、そもそも自分を連れ出したりはしないはずだ。ギンガは、ゼロ
に強い興味を持っている。純粋な好奇心とはまた違う、強い興味を。
 ギンガの顔から、笑みが消えた。変わって現れたのは、複雑そうな、どこか
寂しげな色合いを見せる表情。
「……ゼロさん、実は私も人間じゃないんですよ」
「なに――?」  
「といっても、あなたみたいに全身機械じゃなくて、半分機械、半分人間の戦
闘機人と呼ばれる存在です」
 周囲に人がいないことを確認しながら、ギンガは語り始める。
「私が生まれたのは、ミッドチルダも奥深くの研究所。クローン培養で人工的
に作った子供に機械を融合させることで、常人を遙かに超える能力を得る……
それが戦闘機人システム」
 ギンガは、その試作品とも言える存在として作り出された。彼女は人体との
機械融合の際に起こる拒絶反応が発生しない、機械を受け入れることの出来る
人体として予め作られていた。
「身体強化、私の場合は戦闘能力ですが、予め手を加えた戦士を人為的に作り
出すことで、安定した武力、兵力……そして戦力を揃えられるというのが、こ
のシステムのコンセプトだったそうです」
 そうして作り出されたのがギンガであり――
「姉のお前がその戦闘機人だというなら、妹は……?」
「スバルは、正確に言えば妹じゃないんです。培養時の遺伝子サンプルが一緒
で、私より後に作られた。それがあの子」
 だから、妹と言うよりは、分身のような物であり、半身のような物ですらあ
るとギンガは思っている。
「さっき話した父も、当然血の繋がりなんてありません。どうしてか、私とス
バルを研究所から連れ出してくれだしてくれた魔導師の女性の遺伝子が、私た
ちと一致した。それで、引き取ってくれたんです」


 あの時ほど、空がまぶしいと思ったことはない。そして、あの時ほど、人を
好きになったことも。
「それ以来、私は戦闘機人ではなく普通の人間として、スバルの姉として生き
てきました。だけど、時々思うんですよ。私は本当に、人なのかなって」
 ギンガに使われている技術は、長期使用における機械部分のメンテナンスを
必要とした従来の問題を克服したと言われている。しかし、やはり機械の生体
融合はデリケートで、彼女は度々スバルと定期検診を受けている。
 普通の人間が、一般の少女が受けることなどあり得ない検診を。
「戦闘機人の生産は、現在は違法となっていて、研究することすら出来ません。
倫理的、道徳的な問題があるとかで」
 しかし、それを未だに研究している人間がいるという。
 その人物こそ一連の事件の主犯であり、機動六課の敵――
「ジュエル・スカリエッティ。あなたが倒した、ガジェットの製作者です」
 強い瞳を向けながら、ギンガはその名を告げる。
「ジュエル・スカリエッティ……」
 ゼロはその名を、呟くように口にする。
「お前を作ったのも、そいつなのか?」
「それは……わかりません。研究所時代、彼を見かけたことはありませんが、
技術自体を作り上げたのはスカリエッティだと聞いてます」
 はやてやフェイトですら、犯罪者でなければ歴史に名を残す天才と称してい
る男である。神出鬼没で、あらゆる分野においての業績を持っているとされる
研究者。知識と知性、知能の結晶体。
 異名などいくらでもあるが、ギンガにはどれも不快でしかない。
「驚きました? 私とスバルのこと」
「それは……」
 確かに、隠せないほどではないが驚きを憶えたのは事実だ。目の前にいるギ
ンガはどこからどう見ても普通の人間の少女で、とても半機械には見えない。
無論、外見ではなく内部を機械化されているのだろうが……むしろゼロとして
は、その事実よりも気になったことがある。
「何故、その話をオレにする?」
 これは極めてプライベートな、身内以外には隠してもおかしくない事柄であ
る。それをどうして、今日会ったばかりの男に教えるのか。
 ギンガはその問いに、遠い目をしながら背中を振り向かせ、ゼロに背を向け
た。視線の先には、ミッドチルダの海がある。
「…………似ていると思ったから」
 寂しそうな、悲しそうな響きが言葉にはあった。
「フェイトさんからあなたの話を聞いたとき、凄く興味が湧きました。人と全
く変わらない姿をしているけど、その全てが機械で出来ている。私は今まで、
スバル以外に自分の同類を見たことがなかったから」
「オレとお前は、違う」
「そうですね……似通ってはいるけど、本質は違った。最初はね、きっと私な
んかと違ってもっと機械的で、戦闘的な人をイメージしてたんです」
 失礼な話ですよね、とギンガは付け加える。
「だけど会ってみて、今日一日一緒に過ごして、それが単なる先入観と偏見だ
ったことを知りました。フェイトさんの言うとおり、あなたは少し無愛想です
が、とても人間らしい人です」
 どことない優しさを持っているように、ギンガには思えた。


「あなたは自分の存在に、疑問を持ったことはありますか? 不安を感じたこ
とは――ないんですか?」
 ギンガの質問は、むしろ自分に向けてしているような物だった。彼女はフェ
イトにゼロの話を聞かされたとき、ずっと忘れていた、心の奥にしまい込んで
いた気持ちが開かれてしまったのだ。
 即ち、人手はない自分の存在理由と、意義。
「オレはゼロだ。それ以外の、何者でもない」
 短く、だがハッキリとゼロは答えた。己は己であり、他者は他者だ。実感し、
自覚することが出来るからこそ、彼は彼でいられるのだ。
「強いんですね、ゼロさんは。素敵だと思います」
 ギンガは空を見上げた。いつの間にか、夕暮れは夜空へと変わりつつあった。
きっと今日は、星が綺麗な夜になる。
「さて、そろそろ帰りましょう。機動六課、私たちの居場所に」
 再び笑顔をみせながら、ギンガがゼロに手を差し出す。疑問が少し晴れたの
か、彼女の笑みは屈託がなかった。
「あぁ、そうだな」
 だからゼロも、今度はその手を自分から取った。そうすることに、躊躇いは
なかった。
「あっ! さっきから私が質問してばかりだったから、ゼロさんも何か質問が
あったら言ってください。私に答えられる範囲なら、お答えします」
 質問。その言葉に、ゼロは反応した。実は、彼にも一つ知りたいこと、訊き
たいことがあった。
「一つだけ、訊きたいことがある」
「なんですか?」
 この時点で、ギンガはそれほど難しい質問は来ないだろうと思っていた。精
々、この世界のことや、魔法のこと、ギンガ自身のこと。
 けれど、ゼロは全く違う質問を彼女に投げかけた。
「フェイト・T・ハラオウンのことを教えて欲しい」
「……えっ?」
「オレは、あいつのことを余り知らない」
 機動六課において、唯一ゼロに好意的に、親しく接してくれる存在。それが
フェイトだ。しかし、ゼロはどうして彼女があそこまで好意的で、ゼロに親身
になってくれるのか、それをずっと不思議に思っていた。友人である同僚と対
立してまでゼロを庇ったり……勘ぐるようだが、何か理由があるのではないか。
「……それは、そのことだけは」
 ギンガが、動揺したように焦った声を出していた。ゼロは、自分はそれほど
重大なことを訊いたのかと表情を少し変える。
「フェイトさんのことだけは、何も言えません。ご本人に訊いて、ご本人の口
から話して貰わないことには……とても私なんかの口からは」
 言えるわけがない。
 ギンガの反応は、ゼロの予想外だった。
 もしかすると、フェイトにもあるというのか。ギンガが戦闘機人としての境
遇からゼロに興味を抱いたように、フェイトにもまたゼロに好意的なるだけの
秘密が。
 今のゼロには、想像も推測も出来なことだった。


 ところ戻って、スカリエッティの秘密研究所。一部の者しか存在を、そして
更に一部の者しか場所を知らぬこの場所に、二人の人間が訪れていた。それは
とても奇妙な組み合わせで、一方は壮年の男性で、もう一方は年端もいかない
少女である。似ても似つかぬ外見だが、親子と言われれば信じられる年の差は
あるだろう。
「良く来てくれたな騎士ゼスト……それにルーテシアも」
 スカリエッティは、彼が主張するには愛想笑いである笑みを浮かべながら二
人を出迎えた。男ゼストと、少女ルーテシア。二人は、スカリエッティの協力
者と言うことになっている。
「わざわざ呼びつけるとは、どういうつもりだ。レリックのことならば、通信
でも良かっただろう」
 呼び出されたことが不快なのか、それともスカリエッティと会うことそれ自
体が嫌なのか、ゼストはあからさまに不機嫌な声を出す。
「今日はアギトはどうした? 一緒じゃないのか?」
 そんなゼストの雰囲気を完全に無視して、スカリエッティは質問をする。
「お前の顔など見たくもない、だそうだ」
「それは嫌われたものだ」
「正直、俺も多少は同意するところがある。用件を言え」
 凄みを利かせるゼストだが、それすらもスカリエッティには通用しない。自
身に向けられる視線に、興味が湧かないのだ。
「レリックとは別に、頼まれ事がある。ホテル・アグスタ、ここで近々骨董の
オークションがある。実はその中に興味深い実験材料となりうる骨董があるん
だがそれを――」
「断る。レリック絡まぬ事象に、関わる理由はない」
「つれないな……騎士とは頭が固くて困る。ルーテシアはどうだい? 君の力
なら、造作もないことのはずだ。ガジェットも多く配備する予定だしね」
 ルーテシアと呼ばれる少女は、上目遣いにスカリエッティを見る。その瞳に、
悩みは感じられない。
「いいよ。ドクターの頼みなら」
「ルーテシア!」
 窘めるようにゼストが声を上げるが、ルーテシアは首を横に振る。
「私はゼストやアギトと違って、ドクターのこと嫌いじゃないから」
 特別、好きというわけでもないが。
 少なくとも嫌いじゃない、嫌いになれないのだけは確かだ。
「ルーテシア、君は優しいね。やはり子供は心根が優しくて、素直だ。大人と
違って聞き分けも言い」
 従順な少女を褒めると、スカリエッティはウーノに命じてお茶とお菓子を持
ってくるように言った。勿論、ルーテシアに振る舞うためだ。
「さて、ルーテシアはこう言っているが……君はどうする」
「ルーテシアのことは守る。だが、お前の企みには乗らん」
「そうかい。まあ、それでもいいがね」
 もしかすれば、あいつが、あの赤き戦士が出てくるかも知れない。
 ゼストなら、良いデータが取れるだろう。
「前祝いの乾杯と行こうか」
「お祝い?」
「そうだよルーテシア。これはお祝いだ。とてもいいことが、起ころうとして
いるからね」
 しゃがみ込み、ルーテシアの柔らかい頬撫でながら、スカリエッティは語り
かける。
 ホテル・アグスタ。ゼロやフェイト、機動六課をはじめミッドチルダを揺る
がす事件が起ころうとしていた。

                                つづく


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最終更新:2009年01月16日 13:25