それは単なる偶然だった。
 ガジェットドローンの反応を追っていた時空管理局地上本部の陸士隊が、ガジェットの襲撃
を受けた。応援を要請されたのが、たまたま戦闘区域から近かった機動六課というだけの話で
あり、こんな事件や要請は日常茶飯事と言って
もいい。
 だが、特定されたガジェットの反応に交じって、一つのロストロギア反応が生じたことが、
事態を複雑かつ暴走させた。機動六課が追っている第一級捜査指定ロストロギア《レリック》
とは全く違うそれは、
「ジュエルシード……」
 呟くように、フェイト・T・ハラオウンが声を絞り出していた。
 その表情は、誰が見ても青ざめているように感じられた。
「―――ッ!」
 気づいた時には、フェイトはもう駆けだしていた。同僚の制止の声も聞かず、バリアジャケ
ットを纏って飛び出した。
 こうなってしまえば高機動魔導師であるフェイトに追いつけるものなど存在しない。同僚た
ちもフェイトと同等、あるいはそれ以上の実力者たちだが、速さという一点のみならばフェイ
トに分があるのだ。
 ジュエルシード。十年ぶりに姿を現した宝石。
 かつて、愛する母が求め、フェイトとその親友が出会う切欠となった思い出深い存在。それ
がどうして、今になって。
 フェイトは動揺していた。この時の彼女を表現するに、我を忘れてというのが一番しっくり
くるだろう。我を忘れて、無我夢中で現場へと飛んでいく彼女の姿を見て、事情を知る者も知
らない者も、困惑を隠せなかったに違いない。
常軌を逸していた、というほどではないにしろフェイトが必死なことに違いはなかった。
「どうして、どうして今になって」
 その疑問に答える者は、誰もいない。現存するジュエルシードは、すべて管
理局が保存しているはずだ。何らかの形で外部に流失していなければ、今反応のあったジュエ
ルシードは……母さんの!
 複雑すぎる事情と事象がフェイトの精神を不安定にさせていた。それは無理からぬことであ
ったが、少しばかし平常心を欠き過ぎていたと言わざるを得ないだろう。

 フェイトは一直線に飛行を続け、物の数分で目的地へと到達し、降り立った。

 周囲には、ガジェットの残骸と陸士隊の死体が散乱している。その中で、唯一地に足をつけ
て、立っている存在。
 黒いピッタリとしたスーツに、赤色をした衣服のような装甲。鮮烈さと強烈さを併せ持つ赤
き存在に、フェイトは声を放つ。
「時空管理局執政官、フェイト・T・ハラオウン……お前の持っているジュエルシードを渡して
貰う!」



        第2話「ゼロと呼ばれる者」


 ザンバーフォームとなったバルディッシュの斬撃が、ゼロへと振り下ろされる。ゼロはこれ
をゼットセイバーで受け、激しい火花がまき散らされた。金色の光でできた大剣を弾き返し、
ゼロはフェイトと名乗った女との距離を取る。
 ゼロとしては、別に戦うつもりはなかった。女と戦うことに対しての抵抗感は、人間である
という点を除けばそれほどない。戦闘用レプリロイドには女性型もいたし、ゼロは幾度となく
戦った経験がある。
 だが、目の前にいる女が果して敵なのかどうか、ゼロには判断が付かない。何せ、突然現れ
た彼女に少しの間無言でいたら、いきなり斬りかかってきたのだ。ゼロは身を守るために応戦
せざるを得なかった。
「逃がすか!」
 フェイトの高機動戦法は怒りと混乱で多少の乱れがあるとはいえ、それでも尚並大抵の魔導
師に負けるようなものではない。にもかかわらず、先ほどから目の前にいる敵には、斬撃を弾
かれ、避けられ、手ごたえが得られない。
 身なりからして魔導師というよりは、魔導兵器や魔導装甲の類を身につけた戦士なのだろう
が、鮮烈な赤を見せつける男はフェイトの予想以上の実力を持っていた。
「プラズマランサーセット!」
 斬撃が通じないならと、フェイトは周囲に無数の光弾を生成する。大きめの矢尻にも似た光
が、ゼロへ狙いを定めた。
「貫け!」
 ゼロはゼットセイバーをバスターに収納すると、バスターショットの連射で迎え撃った。プ
ラズマランサーの素早い、悪く言えば直線的すぎる弾道を見切り、確実にバスターショットを
ぶつける。フェイトが驚く中、ゼロはすべてのランサーを正確に撃ち落としていた。
「あせり過ぎだ」
 チャージショットが放たれ、フェイトは慌ててディフェンサーで防御する。衝撃に防御が揺
れるも、フェイトに攻撃は届いていない。
「こいつ、強い……!」
 予想以上に手こずっている事実に、フェイトは徐々にではあるが冷静さを取り戻しつつあっ
た。本気で戦わなければ、相手の実力ならこちらが負けることだってありうる。
 ザンバーを構えなおすフェイトだが、対するゼロはそれほど自分が有利だとは思っていなか
った。それどころか、むしろ不利であるとすら思っていた。といのも、実力だけでいうなら相
手に劣ってはいないし、現在優勢なのも自分だ。
だが、ゼロは決して五体満足でこの世界に現れたわけではない。直前までの戦闘によるダメー
ジは引きずっていたし、疲労も損傷もそろそろ限界に近い。先ほどのような雑魚相手ならまだ
しも、金色の剣を構えているのはネオ・アルカディア四天王にも匹敵する実力を持っている。
「一撃で決着をつけるしかない」
 相手を叩き伏せ、話を聞かせる。これしかないだろう。
 ゼロはゼットセイバーを引き抜くと、両手で構え、エネルギーを集中していく。セイバーの
刀身と、ゼロの全身が輝き始める。
 相手の力が増幅されるのを感じ取っても、フェイトは自分から仕掛けようとはしなかった。
動けないわけではない、動かないのだ。
 ゼロが跳んだ。ゼットセイバーを振り上げ、今出せる全力で斬りかかった。凄まじい斬撃が
空を切り、フェイトに直撃する!
「ブリッツアクション!」
 瞬間、ゼロの視界からフェイトが消えた。
「なにっ!?」
 斬撃はそのまま地面へと直撃し、空振りに終わる。
 ゼロが後方の気配に気づき、振り返ろうとした時は全てが遅かった。
「ジェットザンバー!!」
 ザンバーの一撃が、ゼロを吹っ飛ばした。咄嗟にゼットセイバーの刀身で防御できたのは、
奇跡に近い反応速度でゼロが動いたからだが、完全に防いだわけではなかった。
 ゼロはそのまま廃ビルの壁に叩きつけられ、意識を失ってしまう。
「はぁ、はぁ……や、やった?」
 限りなく、いや、今の攻撃は間違いなく本気だった。魔力制御を行っている状態で出せる力
は限られているが、フェイトは出せる力をすべて出した。そうでもしなければ、勝てる相手で
はなかった。
「わかってるよ、バルディッシュ。ジュエルシードを探して、バインドで捕獲、そしたら六課
に――――」
 デバイスに話しかけながらゼロに近づこうとしたフェイトは、その動きを止めた。彼女は、
硬直していた。視線の先にあるのは、先ほど空振りに、不発に終わったゼロの斬撃の跡である。
 地面が大きく抉れ、正面の廃ビルの壁に巨大な風穴が空いていた。
「なに、これ」
 フェイトは、近くで気絶しているゼロに目を向ける。
 避けたから良かったものの、もしフェイトが避けるのではなく防御した上での反撃を試みて
いたら……恐らく、ザンバーの刀身を叩き折られ、敗北していただろう。
「こいつ、一体」
 一体、何者なんだ――?
 これが、フェイト・T・ハラオウンと、ゼロの出会いだった。


 薄暗い部屋で、一人の男が座りながらモニターを見つめていた。
 モニターに映っているのは、ゼロを拘束し、六課へ運ぼうとするフェイトの姿である。
「ドクタースカリエッティ、何を見ているのですか?」
 紫色のロングヘアーが特徴的な女性が、画面に見入る男に声をかける。男の名はジュエル・
スカリエッティ、広域指名手配をされている次元犯罪者である。
「ウーノか……いや、例のロストロギアを組み込んだガジェットのテストをしていたんだがね」
 白衣のポケットに手を突っ込ませながら、愉快そうな笑みをスカリエッティは浮かべている。
「確か、重装甲タイプのⅢ型に組み込ませていた」
「その通りだが、残念なことにやられてしまったよ」
「まさか! あれは並大抵の魔導師に破られるものではありません」
 秘書たるウーノ自身、スカリエッティの崇拝者の一人であるが、だからと言って極端に彼を
見るレンズが曇っているわけではない。現に彼女は管理局がガジェットと呼ぶ戦闘兵器、特に
Ⅰ型に関しては多大な期待をしていない。だが、重装甲にして大型のⅢは別である。
「ロストロギアの力を利用し、攻撃・防御を基本とした基本性能を底上げするつもりだったが
……面白いことになったな」
 強いステルス機能を持つ偵察機を現場に送っていたスカリエッティだが、Ⅲ型の生贄にする
つもりだった管理局の陸士隊は、あろうことかⅠ型の攻撃程度で全滅してしまった。興ざめも
いいところだ。
 折角用意したⅢ型を使う間もなかったと残念がるスカリエッティだったが、そこに新手が現
れたのだ。
 赤き閃光とも表現できる俊敏な動き、一撃で敵を粉砕する破壊力。
 魔導師の類でないことは、一目でわかった。
「久しぶりに面白いものが見られた。フフ、あれは一体何という名で、どんなものなんだろう
か」
 探究心、いや、探究欲ともいえるスカリエッティの本能が刺激されていく。興味、関心、好
奇心……まるで新しい玩具を発見した子供のような笑みを浮かべながら、スカリエッティは画
面を見つめ続けていた。


「人じゃ、ない?」
 言ってから、フェイトは自分が随分と間の抜けた声を出した気がして思わず赤面してしまう。
 帰還してから2時間余り、攻撃によって負傷していた男の応急処置を頼んだフェイトだった
が、報告された事実はフェイトをはじめ、六課の面々を驚かせた。
「外面、外見は人のそれに酷似していますが、内部は完全な機械で構成され、機械で動いてい
ます」
 機動六課主任医務官であるシャマルは、なるべく感情を込めず、淡々とした口調で報告を行
っている。殊更作った表情と口調でしゃべっているのは、彼女自身も事実に対する衝撃が大き
いからだ。
「その、人造魔導師……ってことですか?」
 おずおずとした口調で、周囲を気にしながら質問したのは、六課に配属された新人フォワー
ド、スバル・ナカジマである。機械、という部分に思うところがあったのか、友人にして同じ
く六課に配属されたティアナ・ランスターがスバルを横目で見る。
「いえ、人造魔導師や、それこそ改造人間の類ではない。言葉通りの意味、人でないんです」
 クローンもしくは生身の人間を改造し、機械と融合させる技術というのは確かにある。前者
はクーロン生成自体が違法なので見かけることは少ないが、後者の場合軽度のものなら医療現
場等で使われている。義手や、義足などに。
 だがそれらにしてみても、核たる部分は人のそれであり、全身が機械というのはあり得ない、
あってはならないのだ。
「頭脳は、かなり高度な技術によって作られた電子頭脳です。人型ロボット、もしくはアンド
ロイドと表現するのが一番正確だと思います」
 人工的に意思を持った機械を作り出すことは、ミッドチルダにおいても不可能ではない。魔
法技術の応用で、いくつか実用化されたのもある。だが、まるで人と変わらない人造人間など
を作る、これは不可能である。
「恐らく、あれはこの世界のものじゃありません。もっと別の、この世界とは逆に科学が発達
した世界に存在していたんだと思います」
「次元漂流者……」
 フェイトの呟きには、十分な可能性があった。ミッドチルダは主に魔法技術の発展と進化を
遂げてきた世界であるが、次元を隔ていくつもある世界の中に、高度科学技術の成長と促進を
遂げてきた世界があっても何ら不思議はない。
 そしてそれが、数多いる別次元から何らかの原因で漂流してくる「次元漂流者」になってし
まっても、不自然ではないのだ。問題なのは、次元漂流者はあくまで別次元、別世界から迷い
込んできた『迷子』であり、犯罪者でもない限り保護の対象となっている。つまり、戦闘を行
うなどもってのほかだ。
「あー……」
 フェイトは思わず頭を抱えたくなった。
 もしかしなくても、自分は感情に任せるあまりとんでもない失態をしてしまったようだ。
「でも、フェイトちゃんと互角に戦ったんでしょう? ただ者ではないと思うけど」
 フォローに近い確認をしたのは、フェイトの同僚にして長年の親友である高町なのはである。
「それを一般の次元漂流者と同等に扱うのは、どうかな」
「だけどなのは、先に手を出したのは……その、私だから」
 よくよく思い出せば、無表情ながらも相手はこちらを奇異な視線で見ていたように思える。
長くミッドチルダで暮らしているから感覚が麻痺してしまっていたが、相手の居た世界では人
間の女性が何の機械も使わずに空など飛べないのだろう。それこそ、言葉も出ないほど唖然と
していたのかもしれない。
 それを自分は手前勝手な理由から激発し、攻撃を仕掛けてしまったのだ。攻撃を仕掛けられ
た以上、相手だって敵意のあるなしはともかく身を守るために戦わざるを得なかったはずだ。
「すぐに拘束を解いて。謝罪する」
 フェイトは立ち上がるが、六課総隊長たるはやてがそれを制止した。当面は目覚めるのを待
って、様子を見るべきだというのだ。
「原始人ならまだしも高い戦闘能力を持ったロボット……六課だけで判断していい事例じゃな
い」
 一理ある主張だが、フェイトは何だか居た堪れない気持ちになってしまった。エリオやキャ
ロは、保護者が普段見せることのない一面に、新鮮な気分を味わっていた。


 ゼロが目覚めたのは、それから更に4時間立ってからである。一向に目を覚まさない彼に、
はやてがフェイトに内緒で確保したジュエルシードを握らせてみたのだ。すると、ジュエルシ
ードの輝きが反応し、共鳴するかのようにゼロは目を覚ました。
「ここは……?」
 起き上がるゼロ。手足に違和感を感じたので見てみると、拘束具のようなもので縛られてい
る。
「…………」
 引き千切ってやろうかと思ったが、拘束されているということは囚われたということである。
軽はずみに動くべきではない。
 周囲を見渡すが、人はいない。見た感じでは、医務室のような場所だと思うが――
「目が覚めたみたいですね」
 扉が自動で開き、白衣を着た女性が入ってきた。
 人間の医者らしいが、口調からは警戒心が伝わってくる。その女医に続いて、茶色を基調と
した衣服に身を包んだ、長い金髪の女性が入ってくる。こちらは、見覚えがあるような気がし
た。
「シャマル、外して」
「え、でもそれには、はやてちゃんの許可が……」
「いいから、外して」
 強い口調で金髪の女性が女医を諭し、女医はしぶしぶといった感じでゼロの拘束具を解いて
いく。解放されたゼロは手足を慣らしながら立ち上がる。
「礼を言う」
「いいえ、悪いのはこっちだから。改めて自己紹介します。フェイト・T・ハラオウンです」
「フェイト……?」
 どこかで聞いたような名だが、誰だったか。そう昔ではないと思うが……あぁ、そういえば。
「……さっきの剣士か」
 髪型と衣服が変わっているの気付かなかったが、そういえば先ほど攻撃を仕掛けてきた女が、
同じ名を名乗っていた。
 しかし、感じる印象がまるで違う。
「その、先ほどは突然攻撃を仕掛けてしまい……」
 事情を知らぬものが聞けば、おかしな謝罪内容であるが、元が無口なゼロはそれを黙って聞
いている。何も言わないゼロに、フェイトは相手が怒っているのではないかと不安そうに俯い
てしまう。
 随分、淑やかになったものだとゼロは思った。
 これが大剣を振りかざし、斬りかかってきた女性と同一人物だとは……
「オレは負けたのか」
 悔しさがないといえば、嘘になるだろう。
 負傷していたとはいえ、人間の女に後れを取ったのである。ゼロの心中は複雑だった。
「あの、もしよかったら、貴方の名前を教えて欲しいんだけど……」
 とはいえ、相手はかなりの罪悪感があるようだし、先ほどのような敵意は微塵も感じられな
い。こちらもある程度は警戒を解くべきだろう。
「ゼロだ」
「ゼロ?」
「あぁ、それが名前だ」
 ゼロ……と、呟くように小さな声で名前を繰り返すフェイト。
「ゼロ、貴方はその、人間じゃ――?」
「人間じゃない……オレは、レプリロイドだ」
「レプリロイド?」
 フェイトとゼロの会話は、フェイトからの一方的な質問というわけでもなく、どちらかとい
えば情報交換や情報確認に近いものだった。
 人間に最も近い知能を持った存在、レプリロイド。そのレプリロイドと人間が共存する世界。
ゼロはレプリロイド戦争や、妖精戦争、自分の戦いの日々などはなるべく避けて事情を説明し
た。
「レプリロイド……人間と変わらない、知識と知性を持った存在……」
 フェイトが驚いたのは、ゼロ自身が自分は異世界に迷い込んでしまった自覚していることだ。
フェイトも職業柄、稀に次元漂流者と遭遇するが、その大半は自分の身に起こったことを理解
できず、異世界に来てしまったと認識も出来ない。出来たところで、あり得ない現象を前に発
狂してしまうこともある。
「あなたはその友人の力で、この世界に飛ばされたと?」
「正確に言えば、この世界に来る前の空間だ」
「なるほど……」
 緊急事態の際の次元転移は、魔導師たちの中でも使われることがある。それ以外に方法がな
いときのみに限られるが、これは生身での次元転移は成功確率が低く、仮に成功しても次元の
狭間から出られなくなるというリスクがあるためだ。ゼロはよほど運が良かったのだろう。
「それでミッドチルダの廃都市に降りたって、ガジェットと遭遇、身を守るために戦闘を行っ
たと」
 その後は言うまでもない。自分と戦ったのだ。
「不思議ね。私にはどこからみても貴方が人間にしか見えない」
 長い髪に、整った顔だち。赤と黒を基調とした衣服に、機械的なヘルメット。警戒心が強い
のか、無表情であまり表情の変化は見受けられないが、きっと良い笑顔を持っている。何故だ
か、フェイトは初対面に近い状態にも関わらず、そんな確信が持てていた。
「事情は判った。後は、私に任せて」
「どういう意味だ?」
「貴方のような事例を、我々時空管理局は『次元漂流者』と呼んでいるの。簡単に言えば、別
世界からの迷子」
 フェイトは、次に自分の持つ情報を開示した。時空管理局という組織があること、ここはミ
ッドチルダにある機動六課と呼ばれる部隊の隊舎であること、そしてゼロを帰すことが出来る
と言うことも。
「時間は掛かるかも知れないけど、あなたのいた世界の座標が特定できれば、貴方をその世界
に帰すことも難しくない」
「助かるが……どうしてそこまでしてくれる?」
「それが仕事だから。私の、いえ、私たちの」
「……………………」
 そこで一旦会話が終わる。フェイトは口べたというわけではないが、初対面に近い相手に対
して多弁というわけではない。片やゼロは基本的に無口な男だから、相手が会話を止めると自
然に口が閉じるのだ。
 シャマルの複雑な視線を浴びながら押し黙る両者だが、意外にもゼロが再び口を開くことで
この沈黙は破られた。
「質問がある」
「な、なに?」
 まだゼロに対する萎縮があるのか、フェイトは多少驚いたように答える。
「オレが戦ったメカニロイド、いや浮遊型戦闘兵器のことだ」
 言われて、フェイトの表情が変わった。その表情を見て、ゼロは、ほぅと心の中で呟く。戦
士の表情が、そこにあった。
「あれは、ガジェットドローンと呼ばれる機械兵器。確認されているだけでも三タイプの機種
があって、貴方が戦ったのは管理局でⅠ型、Ⅲ型と呼ばれてる」
「お前ら管理局と、敵対している勢力があるのか?」
「……管理局も、絶対じゃないから」
 その言葉にある深い意味を、この時のゼロはまだ理解できていなかった。
 だから、この時のゼロは話題を変えることで対応した。
「魔法というのは、どういうものだ?」
 これは純粋な興味で訊いたのだが、フェイトの表情はまた和らいだものとなる。
「魔法といっても、科学との境界線は曖昧なの。貴方の世界の科学レベルがどれほどかは判ら
ないけど、おとぎ話に出てくるような魔法使いの世界とは、また少し違う」
 高度に発達した科学は魔法と何ら変わりない……確か、親友の故郷の偉大な作家が残した言
葉だったと思うが、フェイトはミッドチルダとはそういう場所だと思っている。進化の果てに、
魔法技術と科学技術はやがて同一のものになっていくのだろう。
「資質というのがあって、この世界の人間だからって誰でも魔法が使える分けじゃないの」
「お前は使えるんだろう?」
「……えぇ、あなたと戦ったとき見せた技、あれが魔法」
 ゼロは、フェイトとの戦闘を思い出す。
 光り輝く刃に、雷撃の矢。瞬間的に速度を上げる高速移動など、確かに魔法の如き技だった。
「正直な話をすると、あなたが余りにも強かったから……つい本気を」
 本気を出しても勝てる気がしなかったとは、流石に言えない。もうそんな機会もないだろう
が、魔法の原理を知ったゼロが、二度同じ手に敗れるとも思えない。戦士としての強さは、間
違いなく彼の方が上なのだから。
「さ、話はお終い。今うちの総隊長が貴方のことを本部に報告しているはずだから、それまで
はここにいて貰うことになると思う。不自由はさせないように心がけるから、何かあったら何
でも――」
 起ち上がり、ゼロに隊舎の中でも見せようかと思ったフェイトであるが、突如医務室のドア
が開き、武装した局員が入ってきた。
「な、なんだお前たちは!」
 強い口調で叫び、デバイスを掴むフェイト。だが、局員の間を割るように、はやてが現れた
ことで表情が変わる。
「はやて……?」
「残念ながら、目が冷めたのならそいつには移動して貰う」
「移動?」
「そ、時空管理局地上本部にな」
 何を馬鹿なと、フェイトが声を荒げる。
「彼は次元漂流者、どうして地上本部なんかに!」
「漂流者? 違う、違うなぁ……『それ』は戦闘兵器や。世にも珍しい、完全機械のな」
 はやてが何を言っているのか、フェイトには理解できなかった。判るのは、今のはやてにゼ
ロを元の世界に送り返す気がないという、事実だけだった。
「はやて……!」
「ヘリはもう待機済み、シグナムが同行する手筈も整っとる……さぁ、どないする?」
 フェイトではなく、ゼロへ話しかけるはやて。何となくだが、ゼロは相手の意図が見えてき
ていた。
 ふぅ、とゼロはため息を付いた。フェイトの反応から、彼女は何も知らなかったのだろう。
「良いだろう。どこにでも連れて行くが良い」
 選ぶ権利など、自分にはない。抵抗しようにも武器はないし、フェイトに迷惑も掛かるだろ
う。
「ゼロ!」
 フェイトは叫ぶが、ゼロは無表情のまま起ち上がった。
 武装局員に囲まれ部屋を出ようとするが、入り口で立ち止まると、ふっとフェイトに振り返
った。
「感謝する。話を聞いてくれて」
 短く、小さな言葉だった。近くにいたはやてですら上手く聴き取れなかったが、フェイトに
はちゃんと聞こえたし、伝わった。
 それが単なる礼か、彼の心の底からの言葉だったのか、フェイトには判断できなかった。
 けど……フェイトは、その言葉がとても、とても嬉しかった。


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最終更新:2009年01月19日 10:59