「流石だな、英雄」
 戦いが、終わろうとしている。
『ゼロ、もう限界高度だわ。これ以上、落下スピードが上がったら……ゼロを地上に転送でき
なくなってしまう!』
 赤き英雄と、狂気の科学者。
「まだだ、まだ終わらんよ。ワシは死ねん、この程度では死ねんのだ!」
 不死の身体を持つ科学者ドクターバイルと、
「バイル――!」
 輝く剣をその手に持つ英雄ゼロ。
 世界の、星の命運を賭けた戦いに決着がつこうとしている。
『ゼ、ゼロ、もうダメ。戻ってきて! 早く!』
 少女の声に、ゼロは静かに首を振る。
「いや、まだ手はある。バイルごとコアを破壊さえすれば、ラグナロクは崩壊する。バラバラ
になれば、大気圏の摩擦熱で全て燃え尽きるはずだ」
『ゼロ、そんなことしたら……あなたは!』
 必死で止める少女の声と、戦うことをやめないゼロの姿。
「出来るかね!? 貴様にそんな真似が! レプリロイド達の英雄である貴様 が! 人間を
守る正義の味方が! 地上の人間を守るためにこのワシを、守るべき人間であるはずのこのワ
シを倒そうというのか!」
 それは矛盾なのか。
 そこに矛盾は存在するのか。
「オレは正義の味方でもなければ、自分を英雄と名乗った覚えもない。オレはただ、自分が信
じるもののために戦ってきた……オレは、悩まない。目の前に敵が現れたなら…叩き斬るまで
だ!」
 輝く剣、ゼットセイバーを構えてゼロが駆けだす。
『ゼロ…! ゼロ…!』
 少女シエルの声が響く中、ゼロは叫び、最後の戦いに挑む。
「シエル……オレを信じろ!」
 終わらぬ悪夢か。
『ゼロ―――――――――――ッ!!』


          第1話「英雄の降臨」

 光が、ゼロを包んでいる。
 優しく暖かな、それでいてどこか懐かしい気がする光。
――ゼロ、よくやってくれた。
 誰の声だ?
――君のおかげで、また世界は救われた。
 いや、考えるまでもない。
 ゼロは声の主に心当たりがあった。
 忘れることも、聞き違えることもない彼の友の声。
「……オレは死んだのか?」
 かつて、友はゼロにこう言った。
 君に世界を任せたい、と。
 彼はそう言い残して、ゼロの前から、世界から消えた。
――君は死んではいない。だけど、今のボクには君を助けるすべがなかった。
 言われて、ゼロは自分がいま奇妙な空間の中にいることに気付いた。
 色も音もない寂しく虚しい空間。そこに投げ出され、浮遊感どころか身体に対する実感すら
湧いてこない。
「ここは、どこだ?」
 声こそ聴こえるが、友はゼロの前に姿を見せようとはしない。それとも、姿かたち自体はも
うないというのか。
――ここはどこでもあり、どこでもない空間。次元の挟間。残された限りあるボクの力では、
君をこの空間に送ることが精一杯だった。
「出られないのか? この空間から」
――出口はある。だけど、出口の先が必ずしも君のいた世界とつながっているとは限らない…
…ゼロ、光をつかむんだ。光が、君を導いてくれる。
 そう告げると、友であるエックスの声は届かなくなった。
 ゼロは彼に問いかけることも、引き留めることもしない。
「光を……つかむ」
 ゼロは何もない空間で手を伸ばす。
 すると、視線の先、伸ばした手の先に、確かに光が見えた。
 ゼロはそれをつかもうと、さらに手を伸ばす。

 そして、ゼロは……次元を超えた。

「ここは……」
 目が覚めた時、ゼロは街の中にいた。
 街と言っても、人がいる気配はない。くたびれた、もしくは朽ち果てたと表現するべきであ
ろう高層ビル街である。
「ネオ・アルカディアか?」
 彼のいた世界の中心ともいうべき都市の名を口にするが、そうは見えなかった。ネオ・アル
カディアは衛星砲ラグナロクに砲撃されたはずであるから、確 かに廃墟と化していても不思議
はない。だが、雰囲気や建物の外観などが違う のだ。
 ゼロは無言で起き上がると、立って周囲を歩き始める。
「やはり、違う」
 大気の成分など、環境はゼロのいた世界と大差はない。動植物に関しては、朽ちたビルに苔
が生えていることから、存在するはずだ。そもそも、ビルがあ る時点でそれを建造した何らか
の知的生命体がいるのだろう。
「少なくとも、俺の居た世界ではない」
 エックスの懸念が、現実のものとなった。
 ゼロは、どうやら異世界に転送されてしまったらしい。
「……………」
 どうしたものだろうか。
 自分にはエックスのような超常的な力はない。自力で異世界から元居た世界 に帰ることはで
きないだろう。また、何らかの手段で向こうの世界と連絡が取れたとしても、向こうにも異次
元空間を渡るような技術はない。
 当面は、人を探すしかない。この世界の文明レベルがどれほどかは知らないが、少なくとも
高層ビルを造るぐらいには発達しているのだろう。もっとも、文明が崩壊してなければの話だが。
 朽ちたビルを見上げながら、ゼロは小さく息を吐いた。
「――――!」
 その時だった。
 誰も居ないと思われた周囲、ビル三つ分は挟んだ先で爆発が起こった。煙が上がり、爆撃音
のようなものが聞こえる。
「戦闘か?」
 ゼロは爆発音のする方に駆けだした。
 ビルの間をすり抜け、ひび割れた地面を走り、一分かからずに目的地へと到達する。
「!?」
 戦闘が起こっていた。
 浮遊する機械兵器と、見慣れぬ衣服に身を包んだ人間が戦闘を行っている。機械兵器の方は
戦闘用メカニロイドの類だろうが、レプリロイドでもない人間 が勝てるわけがない。
「よせ、止めろ!」
 思わず声を出すゼロだが、人間たちの方は恐らくメカニロイドの奇襲を受けたのだろう。杖
のような武器から光線を出して抵抗していたが、次々に倒されていく。
 ゼロは小さく舌打ちをすると、携帯銃型のバスターを構えた。そして狙いを付け、浮遊する
カプセル型のメカニロイドに撃ち放った。
 発射されたバスターショットの一撃が、メカニロイドを貫いた。全く別方向からの攻撃にメ
カニロイドたちは一瞬動揺したようだが、すぐにゼロの姿を見つけると、青色の光線を撃って
くる。
「遅い!」
 ダッシュによる加速で光線を避けながら、ゼロはバスターを連射する。メカニロイドは全部
で六機はいたが、ほとんど数発の攻撃で倒されていく。それほど性能は良くないようだ。
 ゼロはバスターをチャージし、チャージショットでメカニロイドを二体まとめて貫いた。こ
こまでの時間、僅か数十秒。ゼロはものの数十秒で敵機を壊滅させていた。
「…………」
 ゼロは倒れている人間たちに駆け寄るが、残念なことに正確に急所を撃ち抜かれ、全員事切
れている。
「この衣服、この武器……一体」
 死者を持ち物を調べるというのも気が引ける話だが、今のゼロは情報を求めている。衣服に
関してはそれほど奇抜なものではないと思うが、杖型の武器のほうは、どこをどうすれば彼ら
が撃っていたような光線が出るのかも判らない。使用されている金属も、触れたことのない材
質だった。
 持ち物には身分証明書のようなものあったが、残念ながら言語が違うようで、読むことが出
来ない。
 しばらく思案するゼロだったが、不意に視界が暗くなった。
「――――?」
 振り向き様に顔あげるゼロだが、瞬間的に後ろに飛んだ。ほぼ同時だった。ゼロがそれまで
立っていた場所に三条の光が降り注ぎ、爆発を起こした。
「新手か」
 見上げた先には、先ほどのメカニロイドよりも大型で、より球体に近い形の機体が浮遊して
いた。
 ゼロは図体のデカイ敵機にバスターショットを連射するが、機体表面で全て弾き飛ばされた。
バスターが、効かない。
 反撃の光線を避けながら、ゼロはバスターをチャージする。
「これで!」
 チャージショットが炸裂するも、敵機はベルト状のアームユニットを振り上げ、これを弾き
返す。そして、幾本もの赤いケーブルが機体から飛び出し、ゼロの身体を締め付けた。
「くっ…………」
 強い締め付けに表情を硬くするゼロ。
 メカニロイドの砲門が光る。巻き付かせたケーブルごと、ゼロを撃つつもりなのだ。
「こんなところで」
 死ぬとでもいうのか。
 やっと、やっと世界に僅かな光を灯すことが出来たのに。
 自分を信じ、信じ続けてくれた少女の笑顔を、取り戻せそうだというのに。
 自分は彼女に言ったはずだ、俺を、信じろと。
「そうだ……」
 約束を、したのだ。必ず戻ると、敵を倒し、勝って、彼女の元に戻ると。
 守らねばならない。何があっても、果たさなければならない。
「そうさ、エックス。ここがどこであろうと、オレには関係ない。例えどんな世界だろうと…
…オレは」

 オレは、生きてやる。

 バスターショットに装着されていたパーツが飛び出し、ゼロを絡め取っていたケーブルを切
断した。ゼロは、その緑色の光りを放つ武器の柄を右手に持った。
 メカニロイドが光線を発射するも、ゼロは咄嗟に正面に飛び出し、これを避ける。ベルト状
の巨大なアームが振るわれる。だが、剣を手にしたゼロは、その攻撃を完全に見切っていた。
 横一閃、メカニロイドの両腕ともいえるアームが斬り飛ばされた。メカニロ
イドは衝撃に混乱するも、反撃を行おうと砲門の標準をゼロに合わせようとする。しかし、砲
門を突きつけた地面にゼロの姿はない。
 上だった。
 僅かな隙をついて中空へとジャンプしたゼロは、そのまま剣を、ゼットセイバーを振り上げ
て敵メカニロイドに斬りかかった。バリアのようなものが現れ斬撃を防御しようとするが、バ
リアがゼットセイバーの力に耐え切れたのは、ほんの一瞬だった。
「ハァァァァァァァァァァァッ!!!」
 真っ二つに、メカニロイドが斬り裂かれた。
 抵抗する間も、避ける間もなく、ゼットセイバーの刀身が、メカニロイドを両断する。
 ゼロが地面に着地すると同時に、メカニロイドは爆発した。
 それなりの性能は有していたようだが、ゼロには及びも付かなかった。
「何故、メカニロイドと人間が戦闘を……」
 レプリロイドと、というのなら判るが、ただの武装兵に勝てる相手ではないはずだ。特に最
後の大型機は、ゼロも半ば本気で攻撃したように思える。大きさからして、大型の重装甲タイ
プといったところか。
 射撃、格闘に優れてさえいれば、必ずしも人型である必要など無い。特に量産機ならばコス
ト面からの問題もある。ゼロはこのメカニロイドを作った存在に、なかなかの戦略眼があると
感じた。
「……なんだ?」
 撃破したメカニロイドの残骸に、何か光るものがある。
 何気なく残骸を漁り、ゼロは光の正体を突き止めた。それは小さな鉱石、いや整った形を見
るに宝石であろうか? 眩い光りを放ちながら、存在を強調している。
 ゼロはその宝石を手に取る。すると、力強いパワーが手を通して全身に伝わってきた。エネ
ルギーカプセルの類か、握っているだけでゼロは体力が回復するような気がした。
「これからどうする」
 手かがりだった人間たちの死骸も、先ほどの攻撃で吹き飛ばされてしまった。とりあえずは
メカニロイドの記憶チップを解析して、情報だけでも入手しておくべきか。まあ、戦闘マシン
に大した情報など入ってはいないだろうが。
 宝石を握りしめながら、再びメカニロイドの残骸に近づこうとするゼロ。が、彼は突然表情
を変えると、先ほどと同じように中空を見上げた。

 何かが、近づいてくる。

 金色の光を放ちながら、それは飛んでくる。
 ゼロの元へと、一直線に。
「お前は…………」
 地面に降り立った存在に、ゼロは声をかける。
 黒い衣服に、白い外衣。黄金色の髪を二本に結わき、
「時空管理局執政官、フェイト・T・ハラオウン……お前の持っているジュエルシードを渡し
て貰う!」
 黒色の斧を構え、少女はゼロに言葉を放った。


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最終更新:2009年01月19日 10:30