人間は『蟲』と呼ばれる陸生節足動物全般を嫌う傾向がある。
その理由を考えた時に浮かんでくる理由は概ね二つが考えられるだろう
一つは人間という生物の形態から大きく逸脱した構造を持っているゆえの驚き。
もう一つははるか昔、もしかしたら別の次元で……人間の先祖が虫に狩られていた記憶による恐怖。

「わぁああ!!」

「撃てって! 撃てぇえ!!」

いまホテルアグスタのオークション警護を任せられた地上本部の陸士部隊は混乱の極みにあった。
節足が擦れあい、顎足がぶつかり合う不快な音を立てながら、進軍してくるのは虫たち。
アリ、ゴキブリ、ノミ、カブトムシ。カタカナ表記をした文字だけならば、とても小さな存在を連想させるかもしれない。
だが……ソレらはデカイ。それらが進むたびに木々が悲鳴を上げて薙ぎ倒されていく。

「ちくしょ! 魔力弾を弾きやがる!!」

虫が含まれる節足動物は内部に体を支える骨を持たない。だが外部から全身を覆うように甲殻が発達している。
これは体の形を維持するためだけではなく、外刺激から体を守る鎧としても機能しているのだ。
大きさが人の数倍もありそうなアリの体表の硬さが想像できるだろうか?
大きさが人の数倍もありそうなノミのジャンプ力が想像できるだろうか?
大きさが人の数倍もありそうなカブト虫の突進力が想像できるだろうか?

「距離を取るんだ! 連携して一体ずつに対処すれば……」

カブトムシ ヘラクレスビートルが振り回す角で、部下が数人纏めて吹き飛ばされるのを横目で見つつ、隊長と呼ばれる彼は叫ぶ。
確かにデカイ、確かにカタイ、確かにツヨイ。だが所詮はそれだけだ。
人間様が頭を使えば虫如き……そんな事を考えていた男の眼前に蝶遠距離から『跳んで』来たノミが爆音を立てて着地する。
大質量の移動が連れてきた突風に吹き飛ばされず、尻餅をついたのは彼の幸運か、不幸か?
ノミと言えば血を吸う生物だ。目の前に居る食事に気がついたらしく、ノミ 吸血ノミのストロー状である口が動く。
男に向かって突き出されようとするソレは、皮膚を一枚どころお腹から背中まで貫通してしまうほど鋭く太い。

「ひぃい!!」

そんなモノを打ち立てられ、血を吸われれば確実に大量失血で命まで吹き飛ぶのは明白だ。
屈強でベテランな彼も思わず悲鳴を上げて目を瞑る。だがそんな死を運ぶ衝撃は訪れず、響いたのは少女の怒声。

「ぶち抜けぇええ!!」

紅いバリアジャケットに身を包み、手にはハンマー状のアームドデバイス。
バリアジャケットとお揃いの赤い髪をした気の強そうな少女。
彼女が自身の生み出す推力で暴れまわる鉄槌をノミの頭部叩きつける。
解りやすい破砕音、具体的に言えば虫を叩き潰したような音と共に、ノミの頭が弾け飛んだ。







「スマン! 助かった」

「おぉ~良いって事よ。それより部隊を一旦引かせて再編成しな。アタシが引っ掻き回している間に」

アレだけ陸士部隊が苦戦していた巨大虫を唯の一撃で撃破してしまう手並み。
管理局期待のホープたる八神はやてのロイヤルガード、ヴォルケンリッター。
その中でも突撃による強襲撃破を得意とする鉄槌の騎士。幼い外見からは想像も付かない時間を戦いに費やしてきた歴戦の猛者。
名をヴィータと言う少女はデバイス グラーフアイゼンから使用済みカートリッジを吐き出して言う。

「虫をヤる時は頭と関節を狙うんだ。頭には一応神経系が集まってるし、稼動する為に関節部の外骨格は薄くなってるからな」

地上本部付きの陸戦魔道師の主な仕事はクラナガンの治安維持。つまり相手は魔道師だろうが人間が中心になってくる。
だが闇の書と共に数多の時間と場所を彷徨ってきたヴィータには、こういった巨大虫さえも経験済みの相手だ。

「わかった! 部下達にも徹底させる……しかし、凄い格好だぞ?」

戦闘中にそんな事を言うのは不謹慎かもしれないが、隊長はヴィータの姿から言わざる得なかった。
ノミの白い体液を盛大に浴びたヴィータの姿。なんだかとても……卑猥です。

「うぉ!? はやてデザインの大事なバリアジャケットが……許さねえぞ! この蟲野郎!!」

主のかなり理不尽な怒りに反応し、グラーフアイゼンがカートリッジを連続ロード。
ゲートボールスティックほどの大きさが一気に巨大な破壊槌へ。破壊力を増した相棒を引っさげて、鉄槌の騎士が飛ぶ。
一旦下がった陸士の防衛ラインを維持するための孤軍奮闘。ハンマーが振り下ろされ、召喚虫の断末魔と破砕音が響く。

「これなら砂漠でやりあった砂虫の方が面倒だったよな? シグナム」

『アレは頻繁に砂に隠れるから……それにしても』

開いた念話のウィンドウから聞こえるのはヴィータと同じくヴォルケンリッターの一角、剣の騎士シグナムの声。
そちらもカブトムシの角と鍔迫り合いの真っ最中だが、会話を交える余裕と理由がある。
彼女達は前線で戦う戦士であるが、考えられない駒ではない。一人一人が騎士であり、状況を見極める事が必要。

『戦い易すぎる。まるで戦ってくれと……言われているようだ』

「あぁ……オーソドックスな攻略戦の陣形、三方向からの同時襲撃。こっちの戦力を分散させて陽動か?」

『うむ、その策が読めていても此方は対処しないわけには行かない。今はあちらのペースだな。
 空の高町とテスタロッサが制空権を取り返せば、召喚師の探索も行える。それまでは……』

コレで三体目! ヴィータは巨大なアリの顎を掻い潜り、その胸に一撃! 腕がもぎ取られて吹き飛ぶ巨体。

「絶対防御!」








空戦魔道師という言葉がある。
コレは決して「空が飛べる魔道師」を意味する言葉ではない。空戦魔道師とは……「空で戦う事が出来る魔道師」と言う意味だ。
ただ飛ぶだけならば、案外どんな魔道師でも出来てしまうもの。けれどそれでは意味が無い。
人間が戦う場所、足をつけるべき場所である地面を離れても、ソレと同様 もしくはそれ以上の自由な行動が求められる。
コレばっかりは才能と努力の一致が必要であり、エースと呼ばれるような本当の空戦魔道師の少ない絶対数が難易度を物語る。


「シュート!」

だが現在ホテルアグスタの上空で戦う者達は間違いなく本物の空戦魔道師だろう。
茶色の髪に白いバリアジャケット、手に持つのはオーソドックスな杖型インテリジェント デバイス。
飛行しながらの振り返り際、スピードを殺すことも無く放たれた複数のピンク色の魔力弾。
絶妙にカーブが掛かる軌道は相手の回避を難しくする。

「■■■■!」
「■■■!?」
「「■■■■■■■!!」」

彼女の後ろからまず響くのはシューターの着弾と爆発音。ソレに対して続くような異音。
人の声ではない。もっと言えば人の出せるような音ではない。硬質同士が擦れ合い、打ち付けあう音。
そんな音で確かに会話をしているのだろう……巨大なハチ キラービー。
マンモスすら一撃で仕留められそうな毒針、肉を容易く引きちぎる鋭い顎脚。斑模様の空のトラ。

「全部落とすつもりだったんだけど……」

機動六課スターズ分隊隊長 高町なのはは落下する同胞に目もくれず、自分を追ってくる羽音にタメ息を吐く。
ソレは完全に彼女の予想を裏切る戦果であり、敵の能力を示していた。ハチは人間と違い、飛ぶ為に生まれてきた。
キラービー達のソレは魔道師が魔法で再現する飛行とは違う。無理をしないし、意識もしない。
羽と言う推進器官と野性の本能が生み出す自然的な空中機動。それにプラスして取り付かれれば一撃で命を奪う毒針と牙の存在。
以上の事から例え空戦魔道師であっても、空で戦うには厳しい相手だといえるだろう。だが……

「ならっ! これで!!」

既に十年近くになる相棒 レイジングハート・エクセリオンが吐き出した空薬莢。ソレが魔力の充足をなのはに伝える。
唱えるのはやはり長い付き合いになるオーソドックスな砲撃魔法。その威力だけはオーソドックスに当てはまるレベルでないが……

「ディバイン……バスター!!」

「「■■!?」」

威力と速度を重視した直射系砲撃魔法。先程の魔法よりもかわし易そうにも見えるが、それほど単純なものではない。
キラービーの動きは生物的に優秀だが、ソレは所詮本能によるもの。何度も動きを見れば、動きの好きに合わせることは充分に可能だ。
もちろん、なのはが「エース・オブ・エース」であるが故なのだが……
結局ピンク色の魔力の奔流は二体の巨大なハチを消し飛ばした。






「フェイトちゃん! そっちは大丈夫!?」

自分の周りのキラービーを倒し終えて、なのはが空へと最高の戦友の名を叫ぶ。
視線の先に居る者を人型に視認することは出来なかった。それは金色の閃光。
どっしりと構える事も大事ななのはの空戦とは一線を博すスピードと出鱈目な軌道。
羽根に飛行を依存するキラービーでは逆に不可能な動き。

「これで……ラスト!」

必死で喰らい付こうとする羽ばたきを振り切って、その背後を取った閃光 フェイト・T・ハラオウンは金色の鎌を一閃。
見事に薄いながらも強靭な四枚の羽根を切り落とし、黄色と黒の派手な巨体が森へと落下していく。
『心配する事なんて無かったか……』

「こちらスターズ1とライトニング1、飛行召喚虫は全部片付けたよ」

念話が繋がる先はロングアーチと呼ばれる管制担当 この場合はホテルアグスタで直接指揮を執る機動六課部隊長 八神はやてへ。

『OK、問題なさそうやね? 
それじゃライトニング1は召喚魔法の魔力経路と辿って召喚師の確保を。
既にシャマルが逆算しとるからリアルタイムで更新版を見られるから』

「流石は部隊長殿。お仕事が速いね?」

『あったり前や~この結果で大ダヌキをギャフン!と言わせたんねんもん!!』

大ダヌキと言うのが誰の事を言っているのか? それはなのはとフェイトには解らない所だったが、大きな問題は無い。
なのはが続けて問う。

「それじゃあ私は……」

『うん、地上に降りて陸士部隊やフォワード達に火力支援を』

大威力の射撃魔法を扱える砲撃魔道師の効率的な運用法は基本的に援護射撃だ。
わざわざ敵と危険なドッグファイトを行うのはフェイトやベルカ騎士などの仕事。
前線で戦えると言うだけで、戦術的にはなのはの仕事は火力支援と言う形になる。
もっとも今は人手不足であり、単機で危険な任務に就くエースである彼女はどうしても前衛を努めることは多かったが……

「解っ……!? フェイトちゃん!!」

『魔力反応! デカイで!?』

その魔力反応は二人が見下ろす森の一角から突然現れた魔力反応。
突然の魔力反応からほぼ誤差なく放たれた魔力砲撃。チャージの時間の短ささからは想定できないその威力は……

『オーバーSランク砲撃!?』

だが威力と速射性に優れていても、所詮は直線的な砲撃魔法。二人は回避に成功。
なのはのように砲撃地点が高速で移動するなどしない場合、奇襲以外で空を舞う空戦魔道師に地上から当てる事は難しい
一撃目が回避され、二人のエースが砲撃地点を割り出してしまえば、同じ方法で当てる事は不可能だ。
『砲撃方向が一つだけならば……砲撃者が二人も居なければ……』


『二つ目の魔力反応! こっちも同レベル!?』

「しまった!」

「後ろを……っ!?」

フェイトが攻撃地点へと急行し、狙撃者を潰そうと加速する瞬間、ちょうど二人が見下ろす視点で言う反対方向。
そこに湧き上がる魔力反応。再び放たれる同威力の破壊の奔流。加速を開始したばかりのフェイトは反対方向からの攻撃に対処し難い。

「フェイトちゃん!」

少なくともなのはからすれば、今の親友は他方からの砲撃に対して無防備だと思った…「残念な事に」思ってしまった。
故に彼女は動かなければならない。親友を守る為、S級砲撃魔法の前にリミッターで弱められた体を投げ出して……


『□□□□□』

アグスタの空を爆音と煙の花が咲いた。





『二人の分隊長が被弾す』
そんな知らせが届く少し前、三方向から進軍してくる召喚虫の群れの一つを迎え撃つ形で、六課の新人フォワードたちも奮戦していた。

「どりゃあぁあ!!」

背後から陸士部隊の支援砲撃を盾にして、その声の主は召喚虫 ゴキボールの下へ駆ける。
脚に装着されたローラーブレード型デバイス マッハキャリバーが生み出す圧倒的な加速。
続いて装着されたアームドデバイス リボルバーナックルのスピナーが高速回転。
速度を緩める事無く腰に構えた拳を振りぬく。生み出された魔力と衝撃を背甲よりは幾分柔らかいゴキブリの腹部に叩き込む。

「どうだ!?」

悲鳴を上げるゴキボールにガッツポーズしている、機動六課スターズ分隊の三番 スバル・ナカジマは一つだけ重要な事を忘れていた。
それは自分が居る場所。腹に一撃を叩き込んだのだから腹の下、つまり敵の真下。確実に反撃の射程内だということ。
無数の目 複眼が痛みの怒りを湛えたように光り、スバルを踏む潰そうと突き出される脚! 脚! 脚ぃ!!

「わぁ~!? ティア、援護~」

「突っ込みすぎよ、バカスバル!!」

蟲フッドスタンプをワタワタと回避しながら、スバルが叫んだSOSは確かに相棒の元へと届いた。
撃てば響く文句の声も、『OK! 任せなさい!!』とフロントアタッカーは脳内変換。
事実の問題として、文句だけが飛んできた事が無いのだから、まあ良いじゃないか?

「クロスファイヤー……シュート!!」

無数に飛来したオレンジ色の魔力弾。陸士の攻撃とは比べ物にならない正確な射撃。
的確に操作された光弾は導かれるように召喚虫の複眼や触覚へと着弾する。
複眼は勿論視覚を司るし、触角は甲殻動物の距離感や平衡感覚を統括する部分だ。
他の部位を撃ち抜くには威力不足な攻撃でも、ソコに衝撃を与える事で動きを鈍らせるには充分。
同時にバランス感覚が阻害されて転倒する可能性もある……そうしたら、自分のパートナーもペチャンコではないか?
其処まで考えて拳銃型デバイス クロスミラージュを握るティアナ・ランスターは大きく息を吐いた。
『まぁ、的確に踏み潰されるよりマシだろう。それに……』

「もういっぱぁあつ!!」

丸いゴキブリの下から脱出しつつ、ふらついた巨体に止めを刺すべく、踏ん張っていた足に拳激を叩き込む親友の姿。
やっぱりだ……

「スバルなら何とかしてしまう……」

「ナイス、ティア!……あれ? なんか言った?」

完全にバランスを崩して盛大な土煙を上げて転倒するゴキボール、その背後に迫る複数の召喚虫の複眼の輝き。
不思議なコントラストをバックに首を傾げる戦友に、ティアナは照れ隠しも兼ねて叫んだ。

「ウッサイ! クロスシフト、続けていくわよ!?」

「OK!!」

カートリッジをロードした愛銃を構え直し、次の標的へと集中力を向ける前の僅かな時間、ティアナが目を向けるのは同僚達の戦闘。
あいも変わらず憎たらしくて、そのくせ素直な奴ら。

「お子様のクセに頑張りすぎ……」






虫を初めとした野生の生物が本能的に恐れるものとして、『火』が存在する。
瞬間的に一定以上の火を起こす事は魔力変換効率の問題から、魔道師でも難しい作業。
だがソレを呼吸するように行える生物がいた。それは竜種、白銀の幼竜 フリードリッヒ。

「キュクル~!」

愛らしい唸り声、小さな牙が並んだ口内に溢れた炎。待ち侘びるのは「解き放て!」と言う主の号令。

「フリード、ブラストフレア!!」

答えるのは幼い小さな少女。桃色の髪と紅いコート、金色のネックレスが目立つキャロ・ル・ルシエ。
レアスキル 竜使役を代々受け継ぐ秘境の民、アルザスの主の言葉を受けて、フリードは焔を撃ち出す。
小さな炎弾は突き進む召喚虫の足元に着弾し、一気に大きな炎の壁へと変じた。

「■■■■!?」

生物的な本能に従って足を止めた虫たちと、ソレを迎え撃つ形で駆け出す一団。
槍型アームドデバイス ストラーダを握るエリオ・モンディアルと……複数の異形。
亜人の死体と頭部が無い板金鎧。手には凶器たる証の怪しい光を放つ剣を握っている。
余りにも不釣合いな異形の集団を率いる形で賭けるエリオが叫んだ。

「行くよ、ストラーダ!」

デバイスがソレに答えると共に神速の魔法を発動、ソニックムーブ。
ライトニングのコールサイン通り、育ての親譲りの稲妻の如きハイスピード。
だが従えている異形 首なし騎士やゴブリンゾンビと、速度の違いで離れる事になる。
それでは集団である強みを生かせず、大きさと硬さで圧殺されてしまう危険があるのだが……

「我が乞うは、疾風の翼。朽ちた騎士たちに、駆け抜ける力を! エリオ君に続いて!!」

だが異形 死霊の呼び手はしっかりと策を練っていた。唱えられたのは速度アップの強化魔法。
しかもキャロが唱えているのは人間ならば、出力の高さで体を破壊されかねない危険な呪文。
もとより痛みも感じず、多少体が崩れてもビクともしない死霊たち専用のブースト魔法。
これにより神速の騎士から神速の騎士団が形成され、無数の閃光が炎を飛び越えて召喚虫に接敵する。

「たぁ!!……っ!? 硬い……」

高速戦闘の基本はヒット&アウェイ。自分の攻撃を当て、敵の反撃が来る前に離れる。
出来れば初撃で仕留めるのが望ましいのだが、ストラーダを握ったエリオの手に残るのは軽い痺れ。
無論後ろに続く死霊たちの攻撃も弾かれ、動きが悪かった固体は節足に踏み潰された。

「バカか、エリオ!? ちったぁ頭を使え!!」

一旦距離を離し、再加速を行おうとしたエリオに届くのは怒声。
先程心配そうに速度強化の魔法を唱えて、死霊たちに続くように命じたモノと同じ声。
同じ声のはずなのだが……どう聞いても別人。先が聖女ならばこちらは魔王。正確には邪神か盗賊。
キャロの胸に輝くオカルトアイテム 千年リングに宿る人格 バクラ。
愛らしい少女の顔が憤怒と嘲りと失望に染まる様は、エリオから言わせれば心臓に悪い。

「虫は関節の隙間を狙え! ストラーダをぶっ刺してサンダーレイジだ!」

「すみません!!」

だがその叱責は確かにエリオの心に響くのだ。何処までも「イイコ」だった彼には新鮮な叱責と言う要素。
ストラーダを構え直して再加速を開始。突き出されたアリの顎脚を掻い潜り、その首元へとしがみ付いた。







「喰らえぇ!!」

ストラーダを突き刺し、雷電の呪文をスイッチ。バリバリと放電音が鳴り響き、召喚虫の体が明滅する。
苦悶の声を上げて暴れ周り、エリオを振り解こうとするが、彼も必死に掴んで離さない。
内部へと突き刺した刃を伝わる雷に強靭な外骨格も役に立たず、着実に巨体にもダメージを与えている。
だがしがみ付いているのはエリオにとっても危険な状態。振り落とされれば踏み潰されるのは必至。

「エリオ君?!」

『相棒、死霊共に威力強化魔法! 助けるよりも倒すほうが早いぜ?』

エリオの危険な状態にキャロが上げる叫びにも、バクラは冷静に答える。戦友の危機と敵討滅の好機。
同一線上に存在する答え二つを確実に得るために。何時も通り、合いも変わらず的確な指示に彼女は答える。

「っ!? 虚ろなその身に、力を与える憎しみの闇を!!」

「Boost Up  Strike Power」

キャロの手から溢れる闇色の閃光は死霊たち、その各々が握る剣へと宿る。
与えられたのは純粋な物理攻撃力の強化。維持していた高速機動の推力を持って、電撃に暴れる召喚虫に肉薄。
運の悪い数体が踏み潰されて掻き消えるが気にしない。消費すら作戦のうちだからだ。
仲間が撃破されても怯えない確実な刃が、電撃の巻き添えを恐れる事無く、節部分を無数に貫く。

「■■■……■」

虫の絶叫は数度の痙攣により止まった。崩れ落ちた巨体から降りたエリオが見つめるのは「やったね!」と頷くキャロの微笑。
そして……

「おらぁ! 手順が解ったんなら次いくぞ!?」

バクラの恫喝。ディアディアンクを一振りし、脱落した死霊たちの数を補充。
ガチャリと剣先を揃える動きをとり、エリオを戦闘にして切り込む布陣だ。
コレは決してエリオを盾にして無茶をさせる陣形ではない。彼のスピードを生かす、危険だが効率のいい陣形。
そしてそんな役を与えられる事が、エリオにとっては喜びとも言える。

「はい!」

だがそんなキャロ(とバクラとフリード)とエリオを含む戦闘中の六課メンバーに通信が入る。
戦闘の混乱によるものか? 本来ならば伝えるべきではないその内容は……「スターズ1、ライトニング1がS級魔法攻撃に被弾す」


『キャロとバクラが任務中に衝撃的なお知らせを聞いたそうです』





「命中……バァン」

送られてきた映像を脳内で再生し、無数の召喚虫を使役しながら私 ルーテシア・アルビーノは呟いた。
其処には新しい自分の体の素晴らしい出力と制御能力が裏付ける成果が映っている。
成果とはアグスタを防衛する管理局の魔道師、つまり敵対者のエースクラス二人に纏めて、砲撃を命中させた事だ。

「種も仕掛けも……ある」

別に難しい事ではない。何時も通りだ。
簡単に纏めれば『森に潜ませたレーザーキャノン付きインセクトアーマー装備ベーシックインセクトによる砲撃支援』と言ったところ。
今回が何時もと違う点は、音に聴こえた管理局の若手トップクラスが相手と言う事で、二重構えの布陣になっていること。
一撃目の砲撃はあくまで囮。これにより敵の注意を引き、対応する為に動きだす最初のスキを更に撃ち掛ける。
今までは不可能だったが前回の体の調整で魔力の総出力が向上し、二体での高精度な砲撃が可能になった。
そして忘れては成らない要素として、あんな人たちの特性がある。

「無意味なほど他人を守ろうとする」

今まで戦った人達の中で、特に強い信頼関係で結ばれたもの同士がとる行動。
片方が危機に晒されれば、もう片方がソレを守る。例えその守備に確証がなくても、だ。
下手をすれば1ですむ被害を2に増やす愚行であるとわかっている筈なのに。
背中を合わせて戦い、互いに強者であるのに気をかけ合う様子から、眼前の空戦魔道師はそう言った部類だと直ぐに解った。
故に片方を撃ち落す第二射で一気に二人を撃ち落す事が出来たわけ。


「出力試験はもう良いかな…うん、ガリュー…」

召喚虫たちへの命令と魔力供給を自動ロジックに設定。
この場所にバイパスの仲介点を敷設し、敵の追撃を欺く。
足元の魔法陣はより複雑化し、自立稼動を開始した信号を受信した。
これでしばらくは『この場所に召喚士が居る』と錯覚させる事ができる。

「私も行く……ゼスト?」

ちかちかと明滅する黒の球体。私の盾、私の矛、私の分身。
振り向けばしかめっ面の中年男性が踵を返すところだった。

「……脱出経路は確保しておく」

「うん」

ゼスト・グランガイツ、私を気遣ってくれる人。そういう人は私の周りには多い。
他にもアギトやドクター、ウーノにチンク……クアットロは除外。でもどうしてこの人たちは私に気を使ってくれるのだろう?
「チクリ」と胸に不快な感覚が浮かぶ。先程撃ち落した魔道師達の関係が脳裏を過ぎる。
もしかしたらコレは「イライラする」と呼ばれる状態だろうか? 戦闘機動するにも通常状態でも毒にしかならない。
発散する必要がある。


「ガリュー……派手に行くよ?」


ふっと風が吹く。ひらりひらりと一匹の蝶が横切りった時、ルーテシアの姿は掻き消えていた。



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最終更新:2008年08月06日 01:47