魔法少女リリカルなのは外伝・ラクロアの勇者

        第八話


              
                  「自由になりたい」

「ほぉ・・・これが『イレイン』か・・・・」
目覚めた私が最初に聞いたのは、男の声だった。
そして、目を開けて最初に見たのも男だった。
目に付いたのは3人、一人は緑色のスーツを着たいかにも『俺は偉い』と主張しなければ生きていけない様な男と
私を目覚めさせたと思われる白衣を着た男達。
白衣を着た男達は、やり遂げた満足感を隠す事無くさらけ出しながら興味丸出しで私を見つめ、
緑色のスーツを着た男は美味しそうに右手に持った葉巻を吸いながら、純粋にいやらしい瞳で自分を見つめていた。
目覚めた私が、最初に願った事は一つだった。

                 「この男が主でありませんように」

だが、その願いが叶う事は無かった。

それからは、主である安二郎は私という存在にこの世界の文化、基礎的な知識、私が目覚めた目的、そして自分の偉大さを教え込ませた。
おそらく主や自分を目覚めさせた研究者達は、私が生まれて間もない赤ん坊程度の知識しか持っていないと思ったのだろう。
その時点で、彼らは『イレイン』という存在、そして『自動人形』という存在にどれだけ無知だということが分かった。
「(十中八九、強くて何でも言う事を聞く便利な僕だとおもっているのでしょうね・・・・めでたいわ)」
正直、こんな主に仕える気など微塵も無かった。いや、元々『イレイン型』は他の自動人形とは違い、自我を強く持っている。
そのため、自動人形でありながらも、主に使える、主の命に従うという行為に縛られる事も無く気の向くままに行動できる。
無論、気に入らなければ、主を殺すことだって出来る。
イレインも当初は主である安二郎を殺してしまおうかと思ったが、ある二つの理由が彼女の行動を思い止まらせた。
一つが、今の環境である。
生きていくための最低限の知識(といっても、サバイバル知識や言語、そして行えば必ず捕まる犯罪行為の数々)は備わってはいたが、
この世界の文化や日常生活での知識は全く持ち合わせていなかった。そのため、ここで受けらえる教育は無視する事が出来ず、自分が必要だと思った所だけは学ぶ事にした。
そして何より、ここでは衣食住が保障されている。正に『裸一つ』の私がこの場から逃げないのに十分な理由だった。
もう一つが私に掛かっている『リミッター』だった。
おそらく初期イレインの事件が発端だったのだろう。目覚めた私には『リミッター』が掛かっていた。
このリミッターがある限り、主人である安二郎を殺す事はできない。
奴の影響力は、ここで生活をしている内に嫌といううほど理解できた。だから仮に脱走などしても、直に捕まってしまう。
偶然にも、リミッターの解除コードは既に知る事ができた。『自分への侮辱行為』という何とも間抜けな解除コード。
それを知った時は、直にでもリミッターは解除されると思っていた。ここで学んでいると、安二郎の悪名も自然と聞くことがあったからだ。
だが、リミッターを解除するには、安二郎に直接侮辱行為を行わなければならなかった。
当然、影で安二郎の悪口をいう連中も、本人に向かっては決して言わなかった。皆、自分の命や生活を犠牲にしてまで、本人の目の前で口を開く筈がない。
だが、一人だけいた。安二郎の目の前で堂々と、悪態をつける人物が。

「ふ~ん・・・・・ここが月村忍の屋敷ね・・・・」
私に関してはある程度の自由行動は許されていた。今まで大人しく安二郎を主として接して来たため、向こうも逆らわないと確信したのだろう。
そのためか、奴は私が決して裏切る事がないと確信し、私を一種の『放し飼い』にしていた。
だからこそ、此処へ来る事が出来た。私は見てみたかった、権力や影響力などの力を微塵も恐れないで安二郎と対立する『月村忍』の姿を。

        「申し訳ありませんが、忍殿達は未だ就寝中。メイド長のノエル殿でしたら起きていますが?ご案内いたしましょうか?」

さすがに早朝だったためか、『月村忍』は眠っており、会う事は出来なかった。
彼女が作った西洋の鎧の様な物を来たロボットに軽く警告を含んだ別れの挨拶をした私は、安二郎の屋敷へと戻った。
特に焦る必要は無いと思った。また来れば良い。そすうれば、またあの子猫とも触れ合う事が出来るし、あの甲冑を着たロボットとも話ができる。
そんな楽しみを抱えたまま、私は足取りを軽くし安二郎の屋敷へ帰った。

「まさか・・・・・こんな事になるなんてね・・・・」
壁に背を預け、両腕を組みながらイレインは目の前で行われている戦闘を見ながら、呆れたように呟いた。

確かに私は再びこの屋敷へと来た。だが、それは子猫と戯れるワケでもなく、あの甲冑を着た騎士と他愛も無い話をするためではない。
『月村家を襲撃し、ノエルとファリンを破壊する事』これが自分に課せられた命令だった。
だが、リミッターが外れた今の自分がこの命令に従う必要は無い。
本当なら散々主面をし、自分をべたべた触りまくった安二郎をこの手で切り裂いてやりたかったが、
自分を目覚めさせてくれた事と基礎的な教育、そして多額の資金(目を盗み拝借)という今後生きていくために必要になる物を与えてくれたため、
寛大な心で裏拳一発で済ませた。
ノエル達を攻撃しているのも、自由になった自分をほっては置かないだろうと考えたため。
だから彼女達には恐怖を植えつける。二度と私に関わりたくなくなる様に。
今ノエルは2人の量産型の自分と戦っている、既に一期は彼女のブレードの餌食となって破壊されているが、それでも2対1、
性能に関してもさほど変わらないため、勝負は目に見えていた。
これ以上見ても結果が見えていると理解したイレインは、眠そうにあくびをした後、体を大きく伸ばす。
「ん~~~~~~・・・・・まぁ、勝負は私の勝ち。同属のよしみで半壊で済ませてあげ(ファイエル!!!」
ノエルの叫びと共に、彼女の左腕は肘から先が飛び出し、量産型イレインの腹にめり込む。
俗に言う『ロケットパンチ』の直撃を受けた量産型イレインは、体をくの字に曲げたまま吹き飛び、後方で様子を伺っていた
もう一体の量産型イレインを巻き込み壁に激突、二機とも体を激しく痙攣させた後、機能を停止した。
「・・・・・・片付きました・・・・・・」
忍から予備の左腕を受取り、手馴れたて手つきで装着、イレインの方へとゆっくり体を向ける。
「・・・・へぇ・・・・伊達じゃないのね・・・・・こんなふざけた武器を持ってるなんて・・・・」
ノエルの目線を正面から受け止めたイレインはゆっくりと壁から背を放し数歩前へ出る。そして左腕にノエル達と同じブレードを装着
「・・・だけどね・・・・・そんな玩具でイキがってんじゃないわよ・・・・・旧型!!!」
見下すようにノエルを睨みつけたイレインは、床を蹴り、一気にノエルとの間合いをつめ、彼女の脳天目掛けてブレードを振り下ろす。
ノエルは咄嗟に右腕に装着しているブレードで防ぐ。ぶつかった瞬間、耳を劈く激しい金属音が鳴り響き、ノエルの足が大理石で出来た床を砕きながらめり込む。
「ご覧の通り・・・・同じタイプの機械ならね・・・・・旧型より・・・・新型の方が強いって・・・・わかったでしょ!!?
こんな漫画をパクッたふざけた武器なんかつけったて、所詮は(違う」
明らかな否定の声、その声を発したノエルは、初めてイレインを睨みつける。純粋に、感情をむき出しにして
「この腕は・・・・忍お嬢様が一生懸命作ってくれた・・・何日も徹夜して・・・・図面を引いて・・・・・・私の・・・いえ、
私達の機械部品は、忍お嬢様の・・・愛で出いている!!!」
接触したままブレードを切り払い、イレインを吹き飛ばす。
「玩具でもなし・・・・ふざけてもいない!!!ファイエル!!!」
即座にイレインの着地地点を割り出したノエルは、再びロケットパンチを放つ。
先程の鍔競り合いで、ノエルは接近戦、特に力比べでは彼女にかなわない事が分かった。悔しいが、彼女の言う通り純粋な性能差だろう。
「(やはり・・・・プロトタイプや旧型が強いというのは、アニメや漫画だけの様ですね・・・・)」
なら方法は一つ、距離を開けて攻撃を行なうしかない。屋敷の地下にいけば、それこそブラックマーケットを開けるほどの重火器が此処にはあるが、
それをとりに行く暇も無いし、それ以前に彼女には通常の重火器はあまり効かないだろう。
だが、自分にはこの左腕がある。これなら距離も稼げるし彼女にも致命的な打撃を与える事ができるだろう・・・・だが、当たればだが

ノエルに吹き飛ばされたイレインは、空中で一回転した後ゆっくりと着地、再び斬りかかろうと前を見るが、
其処にはノエルの左腕が目の前まで迫っていた。
「っ!気持ち悪い!!!」
量産型イレインなら間違いなく直撃した攻撃を、イレインは何無く切り払い、無効にする。
真っ二つになり爆散した自分の左腕を悔しそうに見つめたノエルは、最後の一発となる左腕を瞬時に装着し、イレインの様子を伺う。
すると、イレインは突如右腕に巻かれていたロープの様な紐を解き、質を確かめるようにムチの様に振るう。
叩かれた大理石は砕け散り、その威力を存分に見せ付けるが、それだけではなかった。
「っ、高圧電流!?」
「そう。『イレイン型』のみが持つ特殊武装『静かなる蛇』。『インヒューレント・スキル』って言うらしいわ。見ての通り高圧電流を流した鞭、
自動人形でも、これは効くわよ~!!!!」
欲しい物が手に入った様な笑顔で、イレインは静かなる蛇をノエル目掛けて振るった。
「(・・・確かに、電流は厄介ですね・・・・)」
最初の攻撃を横に飛び避ける、だが獲物を狙うかの様な柔軟さで迫る鞭に、ノエルは徐々に追い詰められていった。
高圧電流を帯びた鞭が床の絨毯に、そして窓のカーテンに当たり炎を発生させる。
接近戦所か距離をあけての攻撃も駄目、正直な所正に絶体絶命、負け戦である。だが
「(こちらの攻撃が効かないわけじゃない・・・・・捨て身ですが・・・・やってみますが)」
どの道、無傷で勝てるとは思っていなかった。いや、勝てるかどうかも怪しかった。だが、ここで自分が彼女を止めなければいけない。
彼女が破壊されれば、外でファリンが戦っている量産型も止まるだろう。そうすれば、全てが終る。
内心で決心をしたノエルは動くのを止め、真っ直ぐにイレインを見据える。
「ふ~ん・・・・あきらめた?なら、御望み通りに・・・・」
諦めたと思ったイレインは何の迷いも無く、ノエルに静かなる蛇を振るう。振られた鞭は、無抵抗のノエルの体に巻きつき締め上げるそして
「破壊してあげるわ!!!!」
獰猛に微笑みながら、高圧電流をノエルに流し込んだ。
「ああああああああああああああ!!!!!!!!!」
ノエルの体は照明の様に光り輝き、彼女のメイド服は所々が千切れ吹き飛ぶ。そして数回痙攣した後、彼女は俯き、力なく床に倒れこんだ。
「・・・・・終ったわね・・・・」
先程とは違い、無表情で煙を上げているノエルを見据えたイレインは、静かなる蛇を再び巻きつけ、その場を後にしようと背をむける。
一歩、二歩と歩み始めるイレイン、彼女が5歩目の歩みを始めたその時
機能を停止していた筈のノエルは飛び起き、真っ直ぐに背を向けているイレインへと突っ込んだ。

ノエルはこの時を狙っていた、相手が勝ったと確信し、背を向けた瞬間を。

相手は気付いてはいるが、こちらを振り向く頃には懐に入れる、そして最後の一発を彼女の腹に打ち込めば
「(勝てる!!)」
イレインが振り向ききるまでに懐に入ったノエルは、左腕を握り締め、
「カートリッジ・・・×5・・・・フルロード・バースト」
わき腹に押し付ける。そして
「ファイエル!!!」
渾身の一撃を放った。
ノエルの渾身の一撃を受けたイレインは吹き飛び、体を壁に叩きつけられ機能を停止する・・・・・筈だった。
「へぇ・・・・お姉さま・・・結構姑息な真似をするのね・・・・」
確かにノエルの拳は放たれた。だが、その拳はイレインのわき腹にめり込まずに、月村邸の天上に大穴を開けただけだった。
目を見開き驚くノエルを、イレインは彼女の左肘を天上に掲げるように持ち上げながら、悪戯が成功した子供の様に微笑む。
「だけど、悪くはなかったわよ。こちらのセンサーに引っかからないように自分の生命活動を無理矢理止めるなんて・・・まぁ、自動人形だからこそ出来る芸当よね?」
ノエルは咄嗟に右腕のブレードで斬りかかろうとするが、瞬時にイレインが空いた手でその腕を押さえつける。
「残念でした・・・・・・さようなら!!!」
イレインはノエルの両腕を離すと同時に、彼女の鳩尾に容赦なく前蹴りを放った。
何の防御も出来なかったノエルは口から空気をありったけ吐き出し、壁目掛けて吹き飛ぶ。そのまま勢いをつけて壁に激突しようとした瞬間
「ノエル!!!」
ノエルの命令で今まで隠れていた忍が突然現われ、吹き飛ぶノエルを背中から抱きしめるように受け止める。
だが、それでも勢いは止まらず、そのまま二人は壁に激突、結果的に忍がクッションの代わりとなり、壁の激突によるノエルのダメージは無くなったが、
本来彼女が受けるはずのダメージを忍が受けることとなった。
「忍お嬢様!!なんで・・・・」
「何でって・・・・ノエル達が頑張ってるのに・・・・じっとしてられないわよ・・・・ゴフッ!!」
衝撃で内臓を痛めたのだろう、忍は口から血を吐き出し、ノエルのメイド服を赤く汚す。
ノエルは今すぐにでも忍を助け起こそうとする。だが、動こうとする彼女の前には既にイレインがおり、余裕の笑みで自分達を見下ろしていた。
「全く・・・夜の一族だからって無茶をするわね~・・・ただ後先考えない馬鹿なのかしら?」
気絶した忍を小馬鹿にする様に見下すイレインを、ノエルは射殺さんばかりに睨みつける。
「・・・・何?その目は?」
自分を睨みつけるその瞳が気に入らなかったのか、イレインは見下す相手を忍からノエルへと変える。
「貴方は、豊かな心を持っているのに・・・・何も・・・・考えないのね」
「貴方よりはるかに考えてるわ、お姉さま。私はね、自由を手にする。誰にも縛られない・・・完全な自由を」
イレインはゆっくりとしゃがみ、至近距離から余裕の表情でノエルを見据える。
「召使いとして生きている惨めな貴方には理解できないでしょうね。貴方は所詮旧型、主の命令には絶対服従なお人形さん。
だから月村忍からは離れずに此処に縛りついている。貴方も私と同じだったのね、自由を得られない可哀想な子。
そんな腐れた人形根性を、否定するために生まれて来たのがこの私・・・・・最終方『イレイン』」
これで話は終わりといわんばかりに、イレインは立ち上がり立ち上がり、ブレードを構える。
「まぁ、同属のよしみで生かしてはあげるわ。外の量産型にも生命活動を停止させない程度に痛めつける様に命令したから死んではいないでしょう。
だけどお姉さまはしつこそうだから、もうちょっと恐怖を味わってもらいましょうか・・・・」
悔しそうに自分を睨むノエルの右肩に狙いを定めてブレードを振り被る・・・・そして
「先ずは右う(ドコォオオオオオオオ!!!!!!」
右腕を切り落とそうとした瞬間、突然硬く閉ざされた扉が吹き飛んだ。
イレインはノエルへの攻撃を中断し、扉の方に顔を向ける、そこには
「・・・・・あの時の・・・ロボット・・・・・」
イレインは見た事があった、自分が始めて月村家の屋敷を訪れた時、塀の落書きを一生懸命掃除し、自分に笑顔でまた来るように言った相手
「たしか・・・・ガンダムって言ったわよね」
ナイトガンダムが、剣と盾を構え、こちらを正面から見つめていた。
「・・・遅かったか・・・・」
扉を吹き飛ばし、部屋に入った瞬間、ナイトガンダムは悔やむように呟く。
彼が先ず目にしたのは口を血で汚しグッタリとしている忍と、そんな彼女を右腕だけで優しく抱きしめるノエルの姿。
今すぐにでも彼女達の元へ行きたかったが、自分を不思議そうに見つめるイレインに、ナイトガンダムは踏みとどまり剣を構える。
「・・・・・君がやったのか・・・・・」
「ええ、そうよ。貴方こそ忠告はしたわよね?ここから離れろって・・・・・どうしてまだいるの?やっぱり月村忍には逆らえない?」
「違う!!私は自分の意思でここにいる・・・・忍殿の恩義を受け、ここにいさせてもらっている・・・・」
挑発する自分の言葉を意に返さず言い返すナイトガンダムに、ノエルは先程のにやついた表情から一変、
不機嫌さを隠す事無く表し、ナイトガンダムを睨みつける。
「まったく・・・・・・かっこいいわね・・・・・・ムカつく程に!!!」
イレインは床を蹴り突撃、ナイトガンダムに斬りかかる。
「待つ・・・っ!!」
制止の声より早く振り下ろされるブレードに、ナイトガンダムは咄嗟にシールドで防ぐ。
激しい金属音が響くと同時に、ナイトガンダムの足が大理石の床を砕きながらめり込んだ。
「なんて力だ・・・・外で戦った者以上だ・・・・」
「まったく、私を量産型と一緒にしないで欲しいわね。だけど、その事を知っていて、尚且つ此処まで来たという事は
倒したんだ。なる度、戦闘も熟せるんだ・・・・だけどね・・・・力不足よ!!」
そのまま押し切ろうとするイレインにナイトガンダムは咄嗟にブレードを受け流し後ろへ飛び跳ねる。だが、
着地した途端、彼の体に静かなる蛇が巻きついた。
「残念、この武装は量産型には無かったでしょう・・・・このままショートしてしまいなさい!!!」
高圧電流が静かなる蛇を伝い、ナイトガンダムの体に流れ込む。
「ぐぁああああああ!!」
電流の光りに包まれながら、苦悶の表情を浮かべるナイトガンダムに、イレインはトドメと言わんばかりに、
彼が巻きついた状態で静かなる蛇をハンマー投げの様に振りまわし、壁に叩きつけた。
イレインの力と、振り回した事により発生した遠心力により、ナイトガンダムの体は激しい音と共に壁に浅くめり込み、
その後、重力に従いゆっくりと地面に叩きつけるようにして落下した。
「ガンダム様!!」
体から白い煙を発し、倒れこむナイトガンダムに、ノエルは痛む体を押し立ち上がり、助けに向かおうとするが、
彼女が近づくより早く、ナイトガンダムは剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がった。
「・・・へぇ、耐電処理でもされてるのかしら・・・・・なら、もう一度!!」
倒したと思った相手が予想を反し起き上がった事に、イレインは不愉快を隠さず表し、再び静かなる蛇を振るう。
獲物を狙う大蛇の様に、ナイトガンダムに迫る静かなる蛇、数秒後には再び彼の体に絡まり、高圧電流を注ぎ込む。
だが、ナイトガンダムは避けようとはせず、素早く背中に装着していた電磁スピアを取り出し、それで防御するように前に構えた。
「はっ?どういうつもりか知らないけれど・・・これで終わりよ!!」
静かなる蛇は電磁スピアに巻き付く。そしてイレインが高圧電流を流そうとしたその時、
ナイトガンダムは即座に電磁スピアを逆手に持ち床に深々と突刺した。その結果、静かなる蛇から流れ出た高圧電流は、地面に逃げることとなった。
だが、それだけに留まらなかった。
「ちっ!!こしゃくな真似を!!」
イレインは即座に電磁スピアに絡まっている静かなる蛇を取ろうとするが、電磁スピアは静かなる蛇の先端も一緒に床に突き刺さっていたため
取る事が出来ず、彼女が手間取っている隙に、ナイトガンダムはイレインに向かって跳躍、
「ムービー・サーベ!!」
上空で剣を振り、斬撃魔法『ムービー・サーベ』を放ち、電磁スピアとイレインとをつないでいる静かなる蛇を断ち切った。
メイン武装を失ったイレインは舌打ちをした後、即座に使えなくなった静かなる蛇を右腕に巻きつけ左腕にブレードを構える。
その直後、彼女目掛けて降下してきたナイトガンダムが、剣を振り被り、自身の力と落下のエネルギーを加え振り下ろした。
「はっ、騎士様は接近戦がお望み?」
メイン武装を破壊され、振り下ろされる実剣を目の前にしても、イレインは余裕の笑みを見せ、ナイトガンダムの斬撃を
左腕のブレードで軽々と受け止め、力任せに振り払う。
「(くっ・・・『ゼータ』での強化でも力負けする・・・・・なら)」
吹き飛ばされながらも、打開策を瞬時に考えたナイトガンダムは、空中で体を一回転させバランスを取り着地、即座に床を蹴り
再びイレインに斬りかかった。
イレインもまた、ブレードを構え床を蹴り正面から突撃をする。だが、彼女は先程と変わらず、余裕のある笑みで迎え撃った。

確かに『静かなる蛇』を破壊されたのは予想外だった。だが、先程の攻撃から、力では自分が勝っている事は理解できた。
あの魔法みたいな攻撃も、接近戦で距離を縮めていれば撃てない筈、仮に撃てたとしても、あの時の様に剣が発光するから直に分かる。
自分が攻撃を行なうには十分な隙だ。
「(ふふっ・・・・・間違いなく私の勝ちね・・・・・)」
これで自分は自由になれる。この子やノエル達も自分の恐ろしさを十分に知った筈。追いかけようとは思わないだろう。
彼女は自分の勝利を信じて疑わなかった。だが、その考えは直に打ち消されることとなる。


                      ガキッ!! キィン!!

静かなる蛇の放電により発生した炎が、瞬く間にホール全体に燃え移り、辺りを赤い光りと高温、そして焦げ臭い匂いで埋め尽くす。
「・・・ん・・・・」
そんな劣悪な環境の中で、月村忍は小さく唸り声を上げ、瞼を2~3度小さく動かした後、ゆっくりと目を開けた。
彼女が最初に目にしたのは見慣れたホールの天上、そして直に自分を覗き込むように見つめるノエルの顔が彼女の瞳に写った。
「ノエル・・・・・私・・・・」
朦朧とする意識の中、忍はなぜ自分がノエルの膝枕の世話になっているのか考え、直に思い出した。
「っ!そうだ!!イレインは・・・っ!!」
無意識に立ち上がろうとするが、体を動かした途端に激しい激痛が襲い、彼女の動きを制限する。
「忍お嬢様・・・無理をしてはいけません」
体の痛みを隠す事無く顔に表す忍に、ノエルは申し訳ない気持ちで一杯になりながらも、彼女の体を優しく押し、
再び寝かせる。
「あ~・・・やっぱり無理か・・・・これはアバラが数本逝っちゃってるわね・・・・」
「当然です!いくらなんでも無茶のしすぎです!!なぜ隠れていてくれなかったのですか!!?」
「だって・・・・・ねぇ。ノエル達が頑張っているのに、何もしないで隠れているなんて嫌だったし」
痛みを隠すように満面の笑みで答える忍に、ノエルは一瞬ポカンとするが、直に微笑み、
右腕で忍の髪の毛を優しく撫でる。
「ふふっ、こういう風に頭を撫でられたのは何年ぶりかしら・・・・・って!イレインは!!?すずか達は!!?」
このまま、再び眠ろうとしたが、周りの風景がそんな忍の行動を制止させる。
先ほどの様に立つ事はせずに、今度はノエルの瞳を見据え、忍は尋ねた。
「ご安心ください。先程ファリンと連絡を取りました。寸での所でガンダム様が助けに来てくださり、すずかお嬢様は無事です。
イレインに関しても、今ガンダム様が戦っております」
「ガンダム君が?」

 
                 ガキッ!! キィン!!

先程から聞こえるこの金属が激しくぶつかる音は、おそらく二人が戦っているからだろう。
忍は自然と首だけを動かし、音がする方へと顔を向けた。
一面炎に包まれているロビーで、二人は剣を交えていた。互いの刃がぶつかり合い、甲高い音と火花を撒き散らす。
ただ相手に一撃を食らわせるため、ただ相手の攻撃を防ぐため、彼らは炎に包まれているロビーを、恐れる事無く
動き回り、飛び跳ね、交差する。
激しいワルツを奏でるかの様な剣舞を忍はただ呆然と見ていた・・・いや見惚れていた。そして呟いた
「ガンダム君が・・・・押してる・・・・・」


「くっ!なんでよ!!」
ナイトガンダムが繰りだず斬撃を、イレインはブレードで受け止めながら否定の言葉を大声ではき捨てる。
こんな筈では無かった。勝負は直につく筈だった。
力では自分に分がある。その力を十分に振るえるブレードでの接近戦は、正に絶好の活躍の場。
だが、現実は違った。力の限り振り下ろす自分のブレードを、目の前の騎士はあっさりと受け流し
直に鋭い斬撃を繰り出してきた。
自分が一回振り下ろすたびに受け流され、その三倍の斬撃が自分に襲い掛かる。
正に勝負は彼女の思惑とは正反対に進んでいた。

ナイトガンダムが此処までイレインを押す事ができたのには、単に実戦経験と剣術の技量によるものだった。
確かにイレインはナイトガンダムに力では勝っている上にリーチもある。
だが、彼女の攻撃方法は、剣術や流派などが無い、その持ち前の力による『ごり押し』による攻撃のみであり、
剣術に精通しているナイトガンダムにはあまり脅威とはならなかった。
それでも、彼女の力と身体能力は厄介な事には変わりない。だからこそ、それらを今までの実戦経験と自身の剣術で補っていた。
今までの戦闘から相手の攻撃パターンを瞬時に予測、攻撃の流れから隙を見出し、斬撃を繰り出す。
相手の斬劇は、防ごうとはせずに受けながし無効にする。正にそれの繰り返し。
確かにイレインは戦闘に関してはずば抜けた性能を持っている。だが、起動したばかりで、尚且つ戦闘経験を積んでいない彼女には
自身に備わっている力で押し切る攻撃しか出来なかった。
無論、普通の相手にならそれでも十分通用する。だが、剣術の心得があり、幾多の実戦を経験したナイトガンダムには
力任せに攻撃を繰り返すイレインの動きは正に素人。受け流す事など造作もなかった。
荒れ狂う力を自身の技量と剣術で無効化する。
後に、彼の仲間である騎士アムロは、ガンダム族の騎士団にこう助言をする。

                 「力に力で対抗しては駄目だ、力には技だ」と


「なぜ君は戦う!!理由を教えてくれ!!」
「何!?戦闘中に質問なんて、余裕かましてるんじゃないわよ!!」
自分が必至に攻撃しているにも拘らず、目の前の騎士は平然と自分に質問をする事に
イレインは自分が不利になっている事を痛感させられる。
「私は自由になる!!自分の意思があるのに、自動人形として生まれただけで主の玩具になる生き方なんて
絶対いや!!私はね、ノエルやファリン、そしてあなたの様に主人のお手伝い人形として生きる気なんて無いのよ!!!!」

      そうだ、自分は負けられない・・・負けたら自由が手に入らない・・・・・一生奴隷として虐げられる

 
「違う!!!!」
不利と分かっていながらも、ナイトガンダムは剣を受け流さずに受け止める。
結果、鍔競り合いとなり、強化系の魔法を掛けていても徐々に押されていくが、イレインに言葉を伝えたいナイトガンダムは
それを承知で、彼女の剣を受け止めた。
「私やノエル殿、ファリン殿は自分の意思でここにいる!!やりたいからやっている!!決して命令などではない!!
君こそ、なぜこのような真似をする!!!君は本当は優しい人だ!!こんな真似は間違っている!!」
ナイトガンダムは思い出す、初めてイレインと出合った事を、あの時、愛おしげに子猫の頭を撫でる彼女の顔を。
ナイトガンダムの言葉に、イレインは目をそらし俯く。そして腹の底から声を搾り出すように、自分の思いを素直にはき捨てる。
「だって・・・・・仕方ないでしょ!!私が自由になるには、私という存在を知っている人物が邪魔になる!!
その人たちが私という存在を忘れるか、恐怖し、二度と関わりたくないと思わない限り、私は何時までも不自由な人形のまま!!
ねぇ!?私間違ってる?答えてよ・・・・・・答えなさいよ!!!!」
「・・・・確かに、・・・君の考えを実行したら、誰にも束縛はされないかもしれない。だが、君は自由を
手にする代わりに孤独になる・・・・・一人になる・・・・それでもいいのか!?」
「・・・そんなこ・・・・っ」
「そんなこと構わない」と呟こうとしたが、突然彼女の体に異変が起きた。
急激な疲労が彼女を襲い、満足に足を踏ん張る事も出来ずによろめく。
正直、イレイン自身にも何が起きたのか理解できなかった。無論、人間と同じ生身の部分を多く使っている自動人形にも
『疲れ』や『疲労』という概念は存在する。
だが、自動人形がそれらを体験するには、普通の人間の数十倍以上の労働でもしない限り起こりえない。
戦闘用に調整されたイレイン型なら尚更である。
「くっ・・・・・なんで・・・・なのよ!!」
原因不明の疲労に、イレインもどうして言いのか分からず、ただうろたえるしかなかった。
そしてその隙を、ナイトガンダムが逃す筈がなかった。
「もらった!!」
イレインの突然の行動に不審感を抱きながらも、ナイトガンダムはチャンスとばかりに、剣を腕とブレードの接合部に突刺した。
金属が砕ける音と共に、左腕に装着されていたブレードはイレインの腕から離れ、床に突き刺さる。
唯一の武器を失ったイレインは、どうにか距離を取ろうとするが、ついに満足に立つ事も出来ずに、尻餅をついてしまった。
「・・・・これまでだ・・・・・投降してくれないか・・・・・・・」
ナイトガンダムは警戒を続けながらゆっくりとイレインに近づいた後、剣を突き付け、投降を促す。
彼としても、無防備な女性に剣を突きつける様な真似はしたくは無かった。
だからこそ、内心で願う。彼女が投降してくれることを。
未だロビーが激しく燃えている中、互いが互いを無言で見据える。時間にして一分ほどの沈黙が続き、
ナイトガンダムが再び投降を呼びかけようとした時、
「・・・・・わかったわ・・・・・」
イレインは俯きながら呟き、右腕を差し出した。
心からホッとしたナイトガンダムは、剣を仕舞、差し出されたイレインの手を取る。そして
「・・・・・ごめんなさ・・・・・」
ナイトガンダムが彼女の呟きを聞いた直後、彼は右腕を掴まれ、力任せに壁目掛けて放り投げられた。
突然の事に唖然としてしまったために、何の防御も出来ずに壁に叩きつけられる。
顔を顰め、ゆっくりとずれ落ちるナイトガンダムの姿を、悲しげに見つめたイレインは、ゆっくりと立ち上がり屋敷の奥へと逃げ出した。
「くっ・・・・待つんだ・・・・」
力任せに叩きつけらたため、体の節々に痛みを感じながらも、ナイトガンダムは起き上がろうとする。すると
「大丈夫?ガンダム様」
先程まで、ナイトガンダム達の戦いを見守っていたノエルと忍が近づき、彼の体を助け起こした。
「ありがとうございます・・・・・二人ともご無事で」
「ええ、なんとかね。ありがとう助けてくれて。すずか達も無事だと聞いたわ。本当にありがとう」
心からお礼を言う忍に、ナイトガンダムは笑顔で答える。そして
「・・・・お二人は先に外へ出でください。私は、彼女を追います」
イレインが逃げた方へと体を向け早速行こうとするナイトガンダムを、忍達は慌てて止めに入った。
「ガンダム君・・・もういいのよ・・・・追う必要なんてないのよ・・・・イレインは逃げたし・・・」

忍にはイレインの末路が分かっていた。
あの時、突然動きが可笑しくなったのは、間違いなく『機動酔い』という自動人形特有の症状によるもの。
おそらく、安二郎はイレインを『機動』させるだけで、細かなメンテナンスなどを行わなかったのだろう。いや、行えなかったのかもしれない。
そんな状態でノエルやガンダムと戦ったのだ、無理が来てもおかしくはない。
本当なら直にでもイレインを迎撃するために追うべきなのだが、あの状態では長くは持たないだろう。

「・・・・イレインはもう・・・・・・だから追う必要なんて無い、ガンダム君も無傷じゃないんだら・・・・・」
「・・・・・申し訳ありません・・・忍殿」
ナイトガンダムはゆっくりと体を忍達の方へと向け、跪く。
「私は・・・・どうしても彼女のことがほっておく事が出来なのです。もし、彼女と始めて会ったのが今この場所でしたら、
私も忍殿の考えに賛成していました。ですが、私は知ってしまったのです。彼女の優しさを・・・本当の彼女の心を。
今から私は彼女を追い、説得してきます。ですからお願いです。彼女を・・・・・許してやってください・・・・・・」
深々と頭を垂れるナイトガンダムに賛同するように、ノエルも忍に頭を垂れた。
「忍お嬢様、私からもお願いします。確かに彼女が行ったことは許される事ではありません。ですが、もし私が彼女と同じ立場でしたら
忍お嬢様と出会わなかったら、私も・・・イレインと同じ道を歩んでいたに違いありません・・・・・私は彼女に味わって欲しくない
孤独という歪んだ自由を、そして味あわせてあげたいのです、暖かい居場所を・・・同契機として・・・いえ、姉として・・・・」
頭を垂れる二人に、忍は大きく溜息を吐く。だがその表情は笑顔に満ち溢れていた。
「わかったわ!ガンダム君、イレインを連れてきなさい。此処の片付けをさせた後、当分はファリンの下っ端として働いてもらうから」
「「忍殿(お嬢様)」」
「私は屋敷の消火システムを作動させてくるわ、ノエルは私とついてきて。あと、イレインの症状は一刻を争うわ。
だからなるべく早くつれてきてね・・・・それと」
忍は跪くナイトガンダムの元へと近づき、腰を下ろす。そして彼の両肩に優しく手を載せ、正面から瞳を見据える。
「必ず無事に帰ってきなさい・・・・・約束して・・・・・」
「御意」
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・畜生・・・・・」
壁に手をつき、息を荒げる。
彼女の機能は限界に達していた。数分前の激闘が嘘の様に、もう満足に動く事も出来ない。
もし今、ノエルやあの騎士『ガンダム』が追ってくれば、自分は間違いなく負ける。
「結局・・・・イレイン型といえども・・・自由を手にする事は出来ない・・・か・・・・・・」
足から力が抜ける。もう立つ事も出来ない。おそらく活動限界だろう。活動の停止・・・・・それは死につながる。
壁に背を預け、ゆっくりと腰を下ろす。周りには誰もいなかった。目に映るのは赤く燃え上がる炎。
「何だ・・・・・今の私・・・自由だ・・・・・・だけど・・・・・なんか・・・・違うな・・・・・」
確かに、今のイレインは自由だった。誰にも束縛されない・・・・・彼女が望んだ自由。だが、なぜか満足感に浸ることが出来なかった。
「やっぱりこんな状態だからかな・・・・・・・いや・・・・・違うな・・・・・・・・」
目を閉じ、自然と考え込む。

『・・・・確かに、・・・君の考えを実行したら、誰にも束縛はされないかもしれない。だが、君は自由を
手にする代わりに孤独になる・・・・・一人になる・・・・それでもいいのか!?』

「・・・・なんだ・・・・私・・・・寂しいんだ・・・・・孤独が嫌なんだ・・・・・・はは・・・馬鹿みたい・・・今になって・・・・」
辺りの炎がより激しさを増し、彼女を焼きつくさんとする。
「・・・あの子猫・・・元気・・・か・・・な・・・・・」
ゆっくりと、眠るように瞳を閉じた時、天上が崩落し、彼女の頭上に降り注ぎ・・・・・・そして


・数日後

「・・・ん・・・・・」
小さい唸り声を上げながら、イレインはゆっくりと目を開ける。
最初に目に入ったのは真っ白な天井。今の状況を理解できない彼女は自然とベッドから上半身を起こした。すると、
「ふぅ~・・・・ようやくお目覚め?」
近くから聞こえる声に、イレインは咄嗟にベッドから出ようとするが、上手く力が入らないため、
上半身を少し動かすだけで終る。
「まったく、無茶しないの、貴方死ぬ寸前だったのよ」
忍は無警戒にイレインのベッドまで近づき、彼女の近くに腰を下ろす。そして

                 ビシッ!!

彼女の脳天に、手加減無しのチョップを叩き込んだ。
「な・・何するのよ!!!」
「これで今までの悪さは無かった事にしてあげるわ・・・・・この忍様の寛大な心に感謝しなさい!!」
腰に手をあて、胸を張りながら『えへん』と呟く忍に、イレインは覚めた瞳で見つめる。
「・・・・なんで・・・私を助けたの・・・・・・」
「あら?相手を助けるのに理由なんて必要?」
「私は真面目に聞いてるんだけど・・・・・」
冷めた瞳から一転、忍を射殺すように睨み付けるイレインに忍は溜息を一回、そして瞳を真っ赤に変色させ、
イレインを見つめる。
「本当はさ・・・・アンタの事なんかどうだってよかったのよ・・・・・いえ、私の大切は家族を傷つけたんだもの・・・・・
いっそ・・・・・死んで欲しかったわ・・・・・だけどね、ノエルやガンダム君が貴方の事を助けたいって頭を下げて頼むもんだから。
私はあの子達の願いを聞いただけ。後で皆に感謝しなさい。燃え盛る屋敷から貴方を救ったのはガンダム君なんだから、彼には熱いキスを与えても罰は当たらないわよ」

途中からニヤつきながら話す忍に、イレインは自分を此処まで運んでくれたという騎士の姿を思い出す。
あの時、朦朧とする意識の中・・・確か・・・誰かに抱きかかえられていた・・・・そしてその誰かは
必至に私に呼びかけていた。
『もうすぐだ!!』『死ぬんじゃない!!』そんな事を。

「後は貴方を修理して今にいたるわけ。生身の部分はさすが夜の一族の純血人の遺伝子を使っているから直に直ったけど、機械部品に関しては
見事にズタボロ。あの戦いでのダメージの筈は無いから元からね。まったく、よく戦闘どころか、まともに動けたわね。
ああ、今まともに動けないのはパーツが体に順応しきれていないから、まぁ、あと数時間経てば動ける筈よ」

ふと、イレインは、今まともに動かせる右腕をベッドから出し、肘を2~3回曲げた後、ピアノを弾くように指を動かす。
確かにあの時の様な機能不全は全く無い。いや、初めて目覚めた時以上に体の調子が良い。
「(・・・さすがね・・・・・短期間でここまで・・・・)」
「不足パーツはノエルとファリンのを使ったわ。彼女達にも感謝しなさい。あと、安二郎・・・アンタの主に関してなんだけど・・・・・」
「やめて!あんなエロ親父・・・・・寒気がするわ」
「ふふっ、その物言いなら安心ね。あいつはね、脅迫・器物破損・不法侵入・恐喝・放火・etcの罪で檻の中よ。
リスティ・・・ああ、知り合いの警察がとても優秀でね、彼女も言っていたわ『叩けば埃はまだまだ出る』って。
それにあいつ、それらを素直に認めてるらしいわ。余程今回の事が効いたのね。あいつももう、私達に、貴方に関わる事は無いでしょう」
一応主といえる安二郎の末路に、イレインは特別な感情を表す事はなく、ただ『そう』とだけ呟いた。
リミッターも解除され、安二郎という存在からも開放された。もう自分を縛る物はない・・・・・いや
「で、月村忍。貴方の目的は、まさか、私を修理して御終いなんてことはないでしょう?」
おそらく月村忍は私を欲している、だから私を治したに違いない。だが、
「いえ、目的なんて無いわ」
忍はあっけらかんと即答した。当然イレインは納得できる筈が無く詰め寄る。だが、彼女が言葉を発しようとした瞬間、
忍が右腕の手の平で彼女の顔を覆い隠す様に遮る。
「あなた、自由になりたかったのよね?私はその考えを邪魔はしない。もし、貴方が斬る事大好きなクレイジー野朗だったら
そうもいかないけど、貴方も良い事悪い事の『常識』というのは持っている筈だし、それにガンダム君の推薦もあるからね。
だから貴方を束縛する事は絶対しない。私、月村忍の名に誓って約束するわ」
真剣に、自分を見据え、はっきりと誓う忍に、イレインは沈黙の後、溜息を一回、そして
「はぁ、真面目な顔、あまり似合わないわよ・・・・・忍お嬢様」
生まれて初めて笑顔を見せた。
「ふふっ、よろしい。それじゃあ本題に入るわね」
「本題?」
「そっ、貴方、此処で働きなさい」
部屋に沈黙が走る。先程のような緊迫した沈黙ではなく、一筆書きで書いたカラスが鳴きながら中黒を撒き散らす様な沈黙。
「あ~・・・・一言言わせて貰うわ・・・・この嘘吐き野朗!!!」
「失礼ね!強制はしないわよ、ただ頼んでいるだけ。ちゃんと給料もあげるし休みもあるわ、理想的な職場よ。
それに~、貴方が壊した物の修理や弁償もして欲しいし~・・・・・いいのよ、『強制!!!』じゃないから」
『強制』という言葉を強く発言しながら詰め寄る忍に、イレインは苦虫を噛み潰した表情を隠す事無く表す。
「あ~も~わかったわよ!!ここで働くわよ!!此処を黒焦げにした事にも責任感じてるし・・・・・それに
此処の子猫達にも興味があるから・・・・・それに」

           『やっぱり・・・・・一人は・・・寂しいからね・・・・』

「ん?何か言った?」
「なっ!?なんでもないわよ!!・・・・それと、ガンダムは何処?」
「何?愛の告白?」
「馬鹿!助けてくれたお礼を言いたいだけよ」
顔を真っ赤にし否定するイレインに忍はお腹を抱え、遠慮無く笑い出し、イレインはそんな忍を睨み付ける。
「あ~ごめんごめん!!そんな顔しないで、ガンダム君ならお出かけよ、すずかの友達の家に」


・時空管理局本局

:資料室


                              戦闘機人


人の身体に機械を融合させることにより、常人を超える能力を得た存在。
天性の才能や、地道な努力により力や技を見につける「魔導師」とは異なり、人為的に体を作り変えることにより、安定した力を身に着ける事が出来る。
体を改造するため、身体能力も魔力強化を施した時と同等、もしくはそれ以上になるため、純粋な兵器としては優秀であり、
安定して数を揃えられるため、戦力の不足を補える事からも、兵器技術としては飛びぬけて優秀な技術である。
だが、本来身体機能の代わりを務める人工骨格や人造臓器を、兵器としての『身体能力の強化』に用いる事に技術的問題があった事や、
『正常な人間を改造する』とう非人道的な行為のために、今では違法技術とされている。
もっとも、完成の域に達したものはほとんど存在せず、旧暦時代、大規模次元震により滅んだ次元世界の住人が、
唯一完全な形として生み出したと古い記録にあるが、詳細は定かではない。
「・・・・・やはり・・・・・・」
一通り戦闘機人についての説明を読んだガンダムは、納得したように頷く。
以前の忍の説明から「もしや」と思った彼は、その疑問を解消すべく、リンディに頼み込み、本局内にある資料室を使わせてもれないかと頼み込んだ。
『調べ物をしたい』というナイトガンダムの願いに、リンディは快く了承し、彼に最新型の端末機械を貸し与え、この場所まで案内をしてくれた。
「しかし・・・・紙で出来た本が一冊も無いとは・・・・・」
改めて、自分が使っている資料室を見渡す。其処には分厚い本やそれらが詰まった本棚などが一切無く、
利用している全員が、ナイトガンダム同様、机に備え付けられているモニターに移る映像や説明書きを見ていた。
「本や資料をデータ化して一纏めにしていると聞いたが・・・・・どうも好きになれないな」
この世界に来て、ラクロアには無い様々な技術や文化と触れ合い、学び、その度に関心させられたが、
『本というのは、手に持ち、その厚みや重み、感触を味わいながら読む物』という考えを持つナイトガンダムには、この技術はあまり好きにはなれなかった。
「・・・・・とりあえず戻ろう・・・・イレイン・・・彼女の事も気になる」
教わった通りに、借りた端末機械に戦闘機人に関してのデータを入力したナイトガンダムは、席を立ち、資料室から出て行こうとする。すると
「あ~・・・・君、ちよっと・・・・」
後ろから誰かに呼び止められたため、振り返る。
其処には、まだ少年と言って良い歳の、オレンジの髪の毛を持つ男性が、遠慮がちにナイトガンダムを見つめていた。
彼の顔を見た途端、ナイトガンダムは内心で『またか』と呟いた。

様々な次元を管理する時空管理局、その本局ともなれば、働いている住人は人間以外のものも決して少なくはない。
だが、それでも人間に尻尾や獣の耳が生えた『獣人』と言われる者が殆どであり、ナイトガンダムのような生物は
魔法や様々な生物が認識されているここでも、注目の的であった。
その度に、好奇心を抑えられない人に色々と質問をされたり、写真を取られたり、女性局員に抱きしめられたりと、
正に、てんてこ舞いな状況に陥っていた。

「どうしました?」
「あ~・・・ごめん・・・君に興味を持っちゃってさ・・・・・おそらく他の人からも色々質問なんかを受けてるから
もう嫌だと思うんだけど・・・・・もし迷惑でなかったら・・・・話しとか聞かせてくれないかな?」
両手を合わせ、頼み込む男性に、ナイトガンダムは快く了承、『お礼に何が飲み物でも』という彼の言葉に甘えて
自販機が置かれている休憩所へと向かうこととなった。
・本局内休憩所

「では、ランスター殿は研修のためにこちらへ?」
「そう、執務官を目指す足がかりにするためにね・・・・・・これからレポートを書かなきゃいけない。理解はしてるけど大変だよ・・・・」
苦笑いしながらも、ティーダ・ランスターは自動販売機で買ったグレープジュースを喉に流し込んだ。
つられてナイトガンダムも同じ自販機で買ったスポーツドリンクを飲もうとするが、一口飲んだ後、顔を顰め、静かに缶を置く。
「・・・・・嫌いなのかい?なんでまたそんな物を?」
「・・・・これも・・・一種の訓練でして・・・・・」
真剣に悩むナイトガンダムの表情に、ディータは悪いと思いながらも小さく笑ってしまう。
そんなティーダを、ナイトガンダムは恨めしそうに見つめようとするが、彼の目はティーダの顔ではなく
彼の脇に置かれている綺麗にラッピングされた箱の方に行く。
ティーダも、直にナイトガンダムの視線に気付いたのだろう。ラッピングされた箱を丁寧に持ち、彼に見せるように持ち上げる。
「ああ、これね・・・妹へのプレゼントなんだ・・・・」
「妹さんとは、先程話に出て来たティアナさんですよね?」
「そう、とてもお転婆でね、『私もお兄ちゃんと一緒に局員やる~』って騒いで・・・・兄としては、そんな物騒な道より、普通の勤め人になって欲しいね。
このプレゼントも、中身は玩具の拳銃。まったく、やっと6歳になったんだから、普通に魔法少女変身セットでも頼めば良いのに・・・・・」
両手でプレゼントの箱を玩びながら、ディータは淡々と呟く。
「やはり・・・・妹には・・・ティアナには・・・・・普通の生活を送って欲しい・・・・・ははっ、駄目だな。自分の考えを押し付けるのは良くない・・・」
「それは違いますよ、ランスター殿」
ナイトガンダムの言葉に、ティーダは自然と彼の方へと顔を向けた。
「貴方の考えは『押し付け』や『強制』ではありません。それは貴方の心からの『願い』です。本当に妹さんを、ティアナさんを思っているからこそ
自然と口に出来た、兄として、妹を大事にしたいという嘘偽り無い『願い』です」
微笑みながら語りかけるナイトガンダムに、自己嫌悪に満ちあふれいていたティーダの心は、次第に安らいでいく。
「それに、まだ時間はあります。お二人でゆっくりと話しあってみてはどうですか?」
「・・・そうだね。うん。少し先走りすぎた様だ・・・・・・反省しないと・・・・」
立ち上がり、飲み干したジュースの缶をゴミ箱に向かって放り投げる。吸い込まれるようにゴミ箱に入った事を確認したティーダは
小さくガッツポーズをした後、微笑みながらナイトガンダムを見据えた。
「本当にありがとう。君と話せて本当によかった。今度食事でもしようか?是非妹を・・・ティアナを紹介したい」
「ええ、楽しみにしています」
二人は再び再会することを約束するように握手をし、それぞれの場所へと向かった。

その後、ティーダと分かれたナイトガンダムは、ハラオウン家に帰宅するため、転送装置がある部屋へと向かう。
すれ違う人達に興味本位で見られる事にも慣れたもので、そんな彼らには笑顔で答えながら先へと進む。
「たしか・・・・次を左に曲がれば・・・・・・・」
先程、別れ際にティーダに教えられた、転送装置がある部屋への近道を思い出しながら歩み続ける。
そして、言われた通りに左へと曲がったナイトガンダムは、転送装置部屋の扉と、
その近くで蹲って泣いている一人の少女を見つけた。

「うっ・・・・ひくっ・・・・・」
少女は泣いていた。年齢からして4~5歳の少女。
本局には体の検査で、2つ年上の姉と、最近母親になった女性と一緒に来ていた。
自分の検査は終わり、姉の検査が終るまで待っているようにと言われたのだが、此処にはまだ数回しか来ておらず、
姉の検査が終るまで暇だったため、『少し位は』と思った彼女は、一人本局内を探検する事にした。
だが、見る物全てが新鮮だったため、彼女は我を忘れて見入ってしまい、結果、見事道に迷ってしまった。
周りには知らない風景、そして知らない人達。
突然襲ってきた孤独感に、彼女は我慢出来ずに泣き出した。
今の彼女には、鳴く事で孤独感を無理矢理忘れる事しか出来なかった。その時
「どうしたんだい?」
泣きじゃくる彼女に、優しい声が投げかけられた。


「ひっく・・・・・」
少女は目を擦りながら、声がした方へと顔を向ける。そして素直に驚いた。
「えっと・・・・・ロボット・・・・・」
泣く事も忘れ、自分をポカンとした表情で見つめる少女に、ナイトガンダムは微笑みながら
安心させるように頭を優しく撫でる。
「まぁ、そんな所かな?それよりどうしたんだい?こんなところで泣いていて?迷子かい?」
ナイトガンダムの質問に、少女は素直に頷く。そして、同士に期待もしていた。
目の前にいるロボットが、自分をお姉ちゃん達の所へ連れて行ってくれるのではないかと。だが、
「・・・ごめんね・・・・君をお母さん達に所へ連れて行くことは出来ないんだ・・・・」
申し訳無さそうに呟くナイトガンダムに少女は再び泣き出しそうになるが
「・・・・・・実は・・・・・私も迷子なんだ・・・・・」
その言葉に、少女は泣く事も忘れ、呆気に取られる。
「・・・ロボットさんも・・・・・迷子・・・なの?」
「うん。私も道に迷ってしまったんだ・・・・君と同じだね・・・・」
腕を組み、『う~ん・・・こまったこまった』と呟くナイトガンダムの姿に
少女は自然と泣く事を止め、ナイトガンダムの元へと近づき彼の手を優しく握った。
「・・・・へへっ・・・・私も迷子・・・・一緒だね・・・・」
「だから私も困ってるんだ・・・・・だから先ずは一緒に君のお母さんを探そう。そうすれば、私も君のお母さんから場所を聞くことが出来るから」
慰めるように、ナイトガンダムは少女の頭を優しく撫でる。
少女も、その行為に嫌な素振を見せずに、照れ笑いをしながら身を任せていた。
「よし、それじゃあ探そう、君のお母さんを。あっ、名前がまだだったね、私はガンダムと言うんだ。君の名は」
名前を聞かれた少女ははっきりと答える。あの時、母親になってくれた女性から与えられた名前を。
「・・・・スバル・・・・・・・スバル・ナカジマ」 

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最終更新:2008年08月15日 20:26