「さっそく訓練するあたり、なのはちゃん気合入っているみたいや」
「そう言うはやては気合入れて報告書を書かなくて良いの?」
「……戦士には休息が必要やねん、フェイトちゃん」
「…クスッ」
陸、海問わず部隊長のパイプをフル活用した潤滑な資金により誕生した、陸戦用空間シュミレーター。
高度な魔力操作・凝集技術により、一瞬で立体的構造物を構成し、数多の状況を再現できる最先端訓練施設。
それを見下ろすように六課隊舎の屋上に立つ二人の女性。どちらも管理局の制服に身を包んでいる。
機動六課部隊長の八神はやてと、機動六課ライトニング分隊分隊長であるフェイト・T・ハラオウンだ。
「さて……新人達のお手並み拝見といこか?」
二人の周りに集まる宙に浮くウィンドウには、展開された廃墟のビル郡に隠れてしまった新人フォワード四人の姿。
各々がお揃いの訓練用に服に身を包み、準備運動や事前の打ち合わせをしていた。その映像を見てはやては確信したように呟いた。
「やっぱり上手く行ってないみたいやね?」
映し出される四人は各分隊に別れて、つまりスターズとライトニングで体を動かし、言葉を交えている。
時々分隊を超えた会話がティアナを中心にあるものの、そこにはどこかトゲと壁が感じられた。
「盛大にケンカしたみたいだよ、キャロとティアナが」
「そやろな~管理局員の兄に育てられ、その兄の夢をかなえるために管理局に入ったティアナと……」
「己と相棒の為に私の手と管理局の正義を振り払ったキャロとじゃ、すぐに会話があわないのは当然。
それに……ギクシャクする事も狙いの一つなんだよ。あの子達を本物の『ストライカーズ』にする為に」
『ストライカーズ』とは魔道師ランクや戦闘力のみで与えられる称号では断じて無い。
ただ強さのみで計るのならば、それは『エース』ではありえるが『ストライカーズ』ではない。
ストライカーズは「その人が居れば困難な状況も打破できる」、「どんな厳しい状況も突破可能」と言う『信頼』が重要なのだ。
そして……その信頼を獲得するというのは、ある種魔道師ランクを上げることよりも困難な作業である。
「私やなのは、はやては友達だよね? 最高の」
「そやね……最高の友達。諍いなんておきへん、何時でも信じられる。でもソレは所詮、私たちと言う狭い間だけでの事や」
管理局と言う組織の中で数年を過ごし、揉まれる事で二人は理解した。
『人は簡単に理解しあえない』
そんな人が無数に存在する組織、その人同士が命を賭ける戦場で、不意に現れようと信頼を獲得し、命と力を預けてもらえる存在。
それこそが真のストライカーズ。
「魔法や戦闘の事はなのはにお任せしちゃう事になりそうだけど、他の部分はなるべく他で対処していかないとね?
なのはそういうの苦手そうだから。自分ばっかり責めちゃって」
「そやね~教導隊に教わるのなんて、イイコちゃんばっかりやからな~
なのはちゃんもフェイトちゃん秘蔵のじゃじゃ馬には苦労するんと違うか?」
「「アッハッハ~」」とこれからの友人の苦労を盛大に笑い飛ばしていた二人だが、不意に鳴り響いた訓練開始のアラームで顔を引き締める。
自分達が参加するわけでは無いが、機動六課の行く末を占う最初の大事な訓練。自然と緊張の糸も張り詰めていく。
「始まったな……」
「うん、機動六課が……はやての大きな夢のワンステップが」
感慨深げな呟き、ソレに答えたフェイトにはやては首を振りながら、返す。
「ちゃうな。みんなの……目標や」
『キャロとバクラが模擬戦訓練に参加するそうです』
フォワード四人の初訓練の内容は『逃走するターゲットの破壊』。実に単純だ。
そのターゲットと言うのは自立行動型の魔導機械 通称ガジェット・ドローン。
転送の魔法陣から現れたのは、カプセルのように凹凸の無い表面、四肢は無く中央部にはカメラアイという造形の物体。それが合計八体。
「第一回模擬戦訓練。ミッション目的 逃走するターゲット八体の破壊、もしくは捕獲。十五分以内に」
何処からか聞こえるスターズ分隊の隊長にして、フォワード陣の訓練を担当する高町なのはの声。
「ミッション・スタート」
フォワード四人と対面する形で出現したが、訓練開始の合図とともに一斉に背中を向けて、逃走を開始する。
背中を見せるというのは、逃走と言う作戦目的に置いてどうしても必要な行動だ。だが同時にソレは大きなスキでもある。
纏まったまま、直進的な逃走を選ぶなど遠距離攻撃が可能な者からすれば、「狙ってくれ」と言っているのと変わりが無い。
「ここで一気に減らす!」
もちろんフォワード陣の一人、スターズ分隊スターズ4 ティアナ・ランスターもそう判断した。
ここは訓練場、これは模擬戦。求められるのは過程ではなく、答え。最後に『八体撃破』と報告すれば良い。
ならばこの好機を逃すのは愚者のすることだ。打ち合わせも移動も一切無し。
オレンジ色の髪をツインテールにした少女は、シッカリとした踏ん張った足とアンカーガンを構えた両の腕、魔力が収束する感覚を確かめる。
「あの! ティアナさん、ブーストかけられますけど……」
その声により一瞬、僅かな時間だが張り詰めた力が乱れるのをティアナは感じる。
誰とでも笑顔で付き合えるタイプではない自分の性格を考慮に入れても、あれほど盛大に衝突する事は珍しい。
自分の正義、兄の信じた道を『笑顔で』否定されたのだ。こんな屈辱は無い。
だけど……その憎いヤツは連れている幼竜とは違い敏感に、ターゲット出現・逃走の流れにすぐに反応した。
チラリとスバルとエリオがこちらを窺う視線を向ける間に、視線をターゲットに絞って魔力を練り始めていた。
そして今の問い……ティアナ・ランスターの真意とこの状況の正解を理解しているからこそ取れる行動。
ならば……試させて貰う!
「よし! バシッと来なさい!!」
「はっはい!」
ティアナと笑顔で意見をぶつけ合うには幼い、桃色の髪の少女 キャロは腕を一閃。
今まで死線を潜り抜けてきたデバイスではなく、管理局から与えられたブーストデバイスケリュケイオンが光を放つ。
構成された魔法は『威力強化』。キャロの魔力を添加されたティアナは更なる力の充足に身を震わせる。
「これはっ!?」
だが彼女を襲う震えは力の充足などと言う、ヌルイものではなかった。
それは体が上げる悲鳴。余りにも強いブーストが体を軋ませ、魔力弾の構成を揺さ振る。
しかしブースト魔法をかけるという宣言自体に偽りは無い。つまりここで制御を投げ出すのは……『敗北』だとティアナは捉えた。
「このぉおお!!」
ソレはティアナの意地だった。叫び声とともにアクション。
震える銃身を押さえつけ、その場で炸裂しそうになる魔力に形を与え、引き攣る指でトリガーを引く。
搾り出された虚脱感と前方へと飛び去る勢いが、必死に立っていたティアナの体を大きく反発の原理で後ろへと吹き飛ばす。
放たれた魔力弾は軌道を揺らしながらも、大威力を留めたまま何とかガジェットに着弾……する前に急激にその大きさを小さくする。
「魔力が消された?」
盛大に打ち付けた尻を摩りながら立ち上がったティアナは、自分の努力のあまりに小さな成果に首を傾げる。
打ち抜けたのはたった一体。それも余りに小さな魔力弾が上手く決まった偶然の成果。
「どうしたの、ティア!?」
『ガジェット・ドローンには厄介な能力があってね?』
心配そうに近寄ってきた訓練学校からの腐れ縁、スバルの声に重なるように、なのはがその事態を説明。
『AMF アンチ・マギリング・フィールド』
魔力結合を分解する魔道師にとっては非常に厄介な能力。それに舌打ちを一つしたティアナに、キャロが慌てて言う。
「ゴメンなさい、ティアナさん! 何時も加減なんて考えないで使ってるから、その癖で調節無しでブーストしちゃいました!!」
アワアワと慌てる様子、本当に申し訳ないと言いたげに潤んだキャロの瞳。
どれこれも普通の少女なのに……なんでこんなに腹立たしい存在なのだろう?
ティアナが何度目か解らない舌打ちをして、取り落としたアンカーガンを拾い上げる。
カートリッジを排出し、新しいものを装填。各部を手際よくチェック。自分の体ほど無茶なブースとで悲鳴を上げていない事実に安堵する。
だが……まだ訓練は終わっていない。ターゲットは7体も残っているのだ。
「問題ないわ。それよりも…「追いかけろ、エリオ」…キャロ?」
「「っ!?」」
不意に放たれた声の主は間違いなく自分達の同僚、キャロ・ル・ルシエ……のはず。
だが違う、余りに違った。これは違う誰かが出している声。人とは違うナニカが出している音。
その音 声に赤毛でもっともキャロに年や身長が近いエリオはデバイス ストラーダを抱えてビクリと震えた。
「ターゲットを分散させないまま、これから指定するポイントへ6分で追い込め。遅くても早くてもダメだ」
変化があったしたら、訓練時にも身に着けていた悪趣味な金色のペンダント 千年リングが一瞬光った程度だろう。
それだけなのに……ヤッパリここに居るのは違う存在だ。エリオだけが理解し、その強い声色の意味を知るが故にすぐに返す。
「はいっ!」
「ちょっとエリオ!?」
スバルが上げた驚きの声を無視して、エリオはデバイスに標準搭載されている現在の地形データに目を通す。
その一点に赤いスポットが入り、補足されるキャロ?の言葉に頷いて、彼は走りだした。
「えっと……」
「スバル、アンタも行って」
「ティア!? でも!」
ティアナはスバルが上げた非難の声の意味を理解している。
突然の指示、不和の原因であるはずのキャロのアクションが気に入らないのだろう。
それはティアナも同じだ。だがもう一つの条件が彼女を大人しく、冷静にさせていた。
今もっとも優先すべき事は何か? チームワークの確立? 違う、それは重要だが今の限られた時間で解決すべき事ではない。
『模擬戦訓練の完遂』
それこそがいま、何よりも優先すべき事柄。ティアナが目指すのは、兄が夢見た執務官の地位。
六課という実験部隊に彼女が求める事は成果であり、陳腐な経歴を彩る煌びやかな華。
その為にここに居るのだ。憧れの『ナノハサン』と同じ職場と言うだけで幸せな親友とは根本的に違う。
「ローラー装備のアンタの方が、通常時の速度でエリオよりも上よ。集団の頭を抑えて」
そしてやはりティアナにとって腹立たしい事だが、キャロが指示した追い立てる役と迎撃する役への分散も正しい選択だった。
「指定ポイントのデータはこれ。エリオと挟撃する形、時間厳守で誘導を」
「うっうん……」
スバルは頷きながらも、どこか寂しそうに走りだそうとする。
その理由は親友であるティアナが関係の良好とは言えない、会ったばかりの同僚と見せる意思のシンクロが原因だろう。
親友が転校生と急に仲良くなったのが気に入らない子供と変わらない。だが子供のソレとは状況が違う。
不況はそのままエリオとの連携に不備をきたすかも知れないし、単純なミスをする要因足りうる。
故にティアナはフォローを忘れない。訓練学校時代から非常に解り易く、心強いパートナーの管理は得意だった。
「スバル、私が今までアンタの信頼を裏切った事があった?」
「……無い。ティアは何時だって……答えてくれたもん」
「なら今日も信じて……指定ポイントで待ってる」
「うん!!」
親友二人は握った拳を突き合わせ、踵を返す。スバルは逃走したガジェットの背を追い、ティアナは先に動き出していたキャロの背を追う。
そこは訓練スペースに魔力で形作られた町の一角、丁度行き止まりになっている道の末端に建つほかと変わらぬ廃墟のビル。
魔法で作られたとは思えない五階建てのビルの屋上、ガジェットを追い込むポイントである袋小路を見渡す絶好のロケーション。
そこに立つのは二人と一匹。ティアナ・ランスターとキャロ・ル・ルシエ……あと白銀の飛竜フリードリッヒ。
僅かな訓練の時間で確認された、両分隊のブレインにして後方組。後は予定通りに前衛の二人がガジェットを追い込むのを待つだけ。
まぁ、空気は未だに宜しくない物だったが……不意にティアナが振り返りつつ、アンカーガンを構える。
「アナタは一体ナニ?」
銃口の先に居るのはガジェットではない。味方である筈のキャロだった。
意味が解らないと首を傾げる同僚に対して、ティアナは真剣そのもの。そうさせるだけの理由が彼女にはあった。
「え? 私はキャロ・ル…「そうじゃない!」…よく気がついたな?」
疑問の言葉はティアナの叫びで中断され、再会されたときには別の言葉に代わる。
その声の主こそが「アナタは一体ナニ?」と言う言葉が向けられた先。
黄金のペンダント千年リングが光り輝き、前髪が二房立ち上がった。目元には刃のように鋭く、口元は悪魔のように歪む。
それだけの変化。しかしキャロ「の肩」に止まっていたフリードは、大きな違いに気が付いて飛び去る。
きっとソコにいるのは間違いなくキャロではないし、ティアナが定める人間の範疇からも外れる存在。
「で、何者なの? いま私と話しているアンタは」
「オレ様はバクラ。この千年リングに宿る古い魂さ」
戯言と斬って捨てるにはキャロの変化は劇的過ぎて、その妄言にティアナは何となく納得してしまった。
「ロストロギア……ユニゾンデバイスみたいなもの?」
「まぁ、そんなところだな。さて……指定した時間まで残り三分だ。あの二人が上手くやれば……だけどよ?」
「エリオは解らないけど、スバルは私と一緒に訓練学校の主席を取ってるわ。問題ないはず」
「けっ! 学校の成績で現実の戦績が約束されるんなら世話無いぜ」
やはりこういう奴だった。ティアナは自分がキャロと言う少女に感じた憤りと同じ物を、バクラと名乗った管制人格に覚える。
むしろこっちの方があからさまな嘲笑を含んでいるが故に余計に鼻に付き、腹が立つ。
「自分達はこういう追撃のスペシャリストだとでも?」
「そこまでは言わねぇ。だがよ、こっちは実戦に基づいた経験がある。追いかけて、狩った対象は様々だしな?
例えば密売の途中で逃げた魔獣、組織の金を持ち逃げした会計士。あのオモチャ共にも狙っていた品を盗まれたことがある。
お前にそんな経験があんのか? ティアナ・ランスター」
「……アンタみたいなヤツと四六時中一緒にいれば、キャロの性格も悪くなるわ」
指定した時間まで四分間、この場に居る者は成すべき事が無い。図らずも生まれた暇。ティアナは僅かながらも、関係の改善に努める事にした。
その方法は原因を他に設けることだ。この悪辣な管制人格のせいで、キャロは正しい大儀を否定するような成長をしてしまったに「違いない」。
そう思えばティアナは自分を一段上に置き、優越感を持って腹立たしい子に接する事ができる。
「おいおい、まるでオレ様が悪者みたいじゃねえか?」
『あんまり否定できませんけど……でも……』
対して残念そうではないバクラと否定できない辺りを苦笑いで誤魔化すキャロ。
だけどキャロには言っておかなければならない事があった。
千年リングが輝き、目元が柔らかくなり、口元がはにかんだ小さな笑みへと変わる。
「私はバクラさんのおかげで生きてこられました」
「え?」
ペンダントが光る事が、キャロとバクラの人格入れ替えのサインだと理解したティアナは首を傾げた。
どうしてこの悪辣な存在を小さな少女は肯定するのか?と。
「もしオレ様が四六時中一緒に居なかったら、相棒は最悪死んでるか……よくて薬物中毒で体を売ってるだろうな」
「……」
ソコに横たわるのはティアナが見たことが無い、聴いた事も無い闇だった。
彼女の信じる正義にはそんなモノは存在しないし、生まれればすぐさま摘まれる害悪の芽。
「如何してそんな事が……」
「罷り通るのか? 簡単な事だぜ! キレイな正義だけじゃ、何にもできねえんだ!!
キレイな正義じゃ光も手も届かない場所が腐るほど在るんだぜ? 世の中にはよ~
光の届かない闇の中で這いずり回りながら、ここまで登ってくれば相棒みたいなメスガキが出来上がるのさ」
『メスガキとか言うな~』
そんなキャロの心の内だけでの叫びを無視し、バクラは勝ち誇ったように宣言する。
つまり管理局の正義に助けられた事も無いし、その威光が届いた事も無い場所に居た。
だから信じないし、信じられない。そこにそんなモノがあるからなんだと言うのだ?
重要なのは己を守り他者から奪う力であり、力によって獲得する金が全てなのだ。
以上の事からキャロにとって管理局とは『己の力を活かし、潤沢な賃金を得る仕事の一つ』に過ぎない。
過ぎないからこそ、笑顔で否定する事ができるのだ。当然の事柄に罪悪感など感じる必要は無い。
「ついでにもう一つ良い事を教えてやるぜ。世の中はな? 強いヤツが正しいのさ」
言うとバクラはキャロの顔を侮辱の色に染め、誘うように手をヒラヒラ。
「押し通せよ、テメエの陳腐な正義。
それが出来からこそ、管理局は今でもデカイ顔をしている。
できねえなら……テメエは、テメエの正義は……カス以下だぜ?」
「このぉぉお!!」
それだけは認められない。私の正義はお兄ちゃんの……大好きなお兄ちゃんの信じていたモノ!
お兄ちゃんの目指した場所! それだけはどんな理由があったって! 私はここで! このキレイな正義を!!
「ついでに忠告だ。もし誰かがケンカを売ってきたら、ソイツはもうケンカの準備は済ませていると考えたほうが良いぜ」
反射的に魔力を込めて、ティアナが跳ね上げたアンカーガン。怒りなどの感情がゴチャゴチャに混ざった濁流で震える腕。
それでも何時もの訓練の冷静さが震えを押さえて、狙いを付ける。
『こんな事をしても無意味だ!』
ティアナの冷静な部分が声高に叫んでいるが、それでも!!
「パチン」
しかし……銃口で収束した魔力が炸裂する事は無かった。バクラが鳴らしたキャロの指。
そちらの方が早い。起きた成果は……転倒するティアナ。
「っ!? これは!?」
彼女の足元で展開された闇色の魔法陣。生えてきたのは痩せ細り潤いを無くした死人の手
伝わる死の冷たさにティアナは慌てて振り払い、立ち上がろうとして……絶句する。
いつの間にか自分を囲む形で展開されていた複数の同型魔法陣。そこから浮かび上がってくる様々な異形。
頭部が欠けた中世の鎧、腐り落ちて骨が除く亜人の死体、絵画から湧き立つ亡霊。
「これが……オレ様たちがここまで上り詰めた力『死霊召喚』だ」
「でもこの程度なら!?」
「確か一体一体は弱い。だがこの数で、この距離。ゲーム・オーバーだぜ!」
ティアナはすぐ一体目を撃ち抜き、二体目の攻撃を回避し……それで華麗な攻防は終わり。
三体目に片腕を掴まれて、ソレを撃つと四体目に腰にタックルを受け、五体目にアンカーガンを持つ手を掴まれて……
「この卑怯者~!!」
「ヒャッハッハッハ~! 良いカッコだな? 正義の味方さんよ~」
数秒で無数の死霊に揉みくちゃにされ、押しつぶされるように拘束されるティアナの図が完成した。
それだけの数を一瞬で召喚するのは魔法理論の常識からすれば不可能に近い。つまり……
「本当にゴメンなさい、ティアナさん。バクラさん、最初っからこの時間を使って、コレをやる気満々だったんです」
「え?」
優しい声を聴くのを心待ちにしていた感もあるティアナは、キャロの申し訳無さそうな言葉に思わず抜けた一言。
つまり……ティアナを怒らせてケンカを売らせ、話の途中から死霊召喚の術式を順次セット。
爆発の種火となる言葉を自ら投げ込む事で開戦の時期をコントロールし、一斉に魔法を発動。
後は限られた距離とティアナの魔道師としてのスタイルから、どうしても逃れられない布陣を用いての力押し。
「退かしなさいよ、この怪物ども! 全身鳥肌が…『ティア! 追い込んだよ!!』…スバル!?」
色々あってティアナはスッカリ忘れていたが、今は模擬戦訓練の途中。そしてターゲットが目前に飛び込んでくる時間なのだ。
「しまった! 時間…『ティア? なに遊んでんの?』…ウッサイ!!」
異形に押しつぶされた親友の姿に、哀れみにも似た表情を浮かべるスバル。
すぐさま噛み付くティアナだが、そんな事をしている場合ではない事を思い出した。
「ちょっと! 早く退かしなさいよ!! もうターゲットが……」
「アァ、今飛び込んできたところだ」
「だったら!!」
本来の目的であるターゲットの撃破、訓練の成功を逃すわけには行かない。
ティアナは声を荒げるが、バクラは未だにニヤニヤと勝者の余韻を手放さなかった。
だが彼も訓練とは言え失敗と言う単語が好きな訳がない。盗賊として、デュエリストとして、常に欲するは勝利。
「罰ゲームだ。ゆっくり見学して目に刻んどけ。オレ様の相棒の力もよ」
光る千年リングは人格交代の証。キャロの体を取り戻したキャロと言う人格がティアナに見せた事がなかった真剣な表情で言う。
「あのっ! 色々ご迷惑をおかけしてすみませんでした。
けど! ここに至る私の心、私の力を知って欲しかったから。
ケンカしても後悔してません。そして……見てください。ルシエの血の意味を」
突き出された手でケリュケイオンの宝玉が激しく明滅。
バクラと共に常に傍らに居てくれた、もう一人の相棒にキャロは言う。
「行くよ! フリード!?」
「キュルル~!!」
答える竜の声は可愛いながらも荒々しく、ルビーのような真紅の瞳も戦意に燃えている。
そんなフリードへ捧げられるのは巫女の祝詞。己の半身にして、超自然の力へと語る。
「蒼穹を奔る白き閃光。我が翼となり、天を翔けよ!」
フリードを中心に展開される大型の魔法陣。やがてフリードが薄紅色の光球に包まれ、周りを取り囲み回転する環状魔法陣。
「来よ、我が竜フリードリヒ。竜魂召喚!」
そして呼ばれるのは本当の名前。フリードと言う略称ではなく、白銀の飛竜が与えられた真実の名前。
光の玉から翼が突き出し、一瞬遅れて炸裂する。中から現れたのは今までのフリードとは全く違う存在。
巨大な姿、強大な翼、頑強な顎、強固な皮膚。正しく竜、神話に語り継がれる強存在。人をゴミクズのように踏み潰す圧倒的な者。
「これが……竜」
バクラにより生まれた死霊召喚が、汎用性の効く手頃な魔法ならば、キャロが本来持ちうる竜召喚は使い勝手が難しい魔法。
コレを用いる事ができるのは周りの被害を気にしなくて良い、もしくは気にしていられない状況。
多くの敵、もしくは強大な敵を撃ち滅ぼす最後の奥の手。
「フリードォオオ!」
「ギャワアア!」
キャロの掛け声と答えるフリードの怒号が重なる。追いかけてきたスバルとエリオも、ソレが何を意味するのかを本能的に理解した。
訓練を完遂する手段がアレであり、アレの射線上に居るのは危険だと。
フリードが擡げた頭の先、口の中で溢れる炎にも似た魔力光。徐々に形を成し、炸裂する瞬間を待ちわびる破壊の怒涛。
だがそれだけでは完全とは言えない。KMFと言う厄介な防御手段を持つターゲットを完全に破壊するには。
故に更に唱えよう、天を高らかと指し。歌おう、勝利の凱歌を!
「我が乞うは滅びの光。荒ぶる飛竜の息吹に更なる焔を」
『Boost Up Blast Power』
恐らく世界でキャロだけが使うだろう、竜専用のブレス強化魔法。
フリードリッヒの巨大な口の前方で収縮する炎を二重に包む環状魔法陣。
環状魔法陣から供給される魔力により、炎の色が白色……いや輝くような白銀へと染まっていく。
「滅びのブラスト・レイ」
振り下ろされたキャロの指先。解き放たれた竜の息吹。放たれるのは白銀の炎。
純粋で圧倒的な熱量を前にして、無機的なガジェットのボディをまるで紙で出来たように燃え上がらせる。
ビルの上から放たれた一撃は全てのガジェットを等しく、炎へと変えてしまう。
白銀の炎が光の粒子へと消え、フリードがゼエゼエ言いながら何時もの小さな姿に戻る。
ビルの陰からおっかなびっくりスバルとエリオが現れ、その一撃に呆然と見惚れるティアナの上から死霊たちが消えれば……
『模擬戦訓練終了』
ティアナ・ランスターは盛大に落ち込んでいた。一日の訓練を終えてシャワールームで引き締まった裸体に温水を浴びながら。
彼女を落ち込ませる原因は今日一日の訓練の結果ではない。訓練の過程で見せられた戦友の力に……だ。
三人とも自分より勝る面は多々あるが、その中でもキャロのソレは群を抜いている。インパクト的にも。
人数と言う戦略概念を一気にひっくり返す無数の死霊召喚、AMFを無視してガジェットを全機燃やし尽くす竜使役。
そして数多の異なる条件化で生き延びてきた事による圧倒的な経験。どれもが自分には無いモノだ。
「あん? まだ入ってんのか?」
壁のほうを向いてシャワーを浴びていたティアナはその声に振り向いた。
するとそこにいるのは桃色の髪に女性の特徴が乏しい少女、自分の劣等感の原因であるキャロ・ル・ルシエ?
でもこの口調、ニヤニヤと見下したような目、真っ裸に首から千年リングを下げただけの珍妙なカッコで堂々と仁王立ちする神経の無さ。
まさか!?
「まさか、バクラ!?」
「おうよ」
「キャアアア!!」
「うるせえ奴だぜ」
ティアナはタオルを引き寄せて身を屈み叫ぶ。女性としては外見が幼女だろうと、中身が男とわかっているならば妥当な反応だろう。
もっともそんな反応にもバクラは態度を改める気配も見せないのだが……
「ななな! なんでここに!?」
「あ? 相棒の体は確かに貧相だが女だぜ? エリオに見せてサービスしてやれとでも?」
「ソレは確かにマズイ……でも男のアンタが洗わなくても!」
「オレ様だって汗を流したい時だってあるぜ? それに表に出て無くても感覚は共有だから丸見えだ」
完全に反応する言葉を無くしたティナを捨て置き、シャワーから流れ出る温水を被りながら、思い出したようにバクラの視線が戻る。
「どうせテメエの矮小な存在を目の当たりにして落ち込んでんだろ?」
グウの音も出ないティアナに更に笑いを深めて、バクラは続けた。
「テメエの力だけで押し通せると思ってんのかよ? その陳腐な正義。
別にこれはテメエに限った事じゃねえが、ザコいバカな奴ほど……他者を利用できねえ」
オレ様たちは利用するぜ? 管理局は食い扶持であり、力を磨く場所に過ぎねえ。
お前たち六課の同僚は新たに振り分けられたカードだ。使えねえとこも多いが、使い方次第で何とかなるだろう」
その言葉に更に苛立ちを深めてティアナは問うた。
「私達は唯の駒だって良いたいの?」
「オレ様たちの最終的な目的にしてみれば、小さな存在だと言いたいのさ。
優先順位が低く、使い捨てる事も見捨てる事も計算の内に入れているってことよ!」
「そうまでして……なにを目指す?」
「好きなように生きる事。それが相棒とオレ様の最終目的よぉ。テメエはなんだ? 陳腐な正義が一番大事なんじゃねえのか?」
「そう……かしらね?」
もうそんなモノに価値が無いと押し付けられたような感覚による虚脱。呆然とした答えだったが、返事は予想外のもの。
「なら利用しろ。テメエの力だけで出し切った気になってんじゃねえよ!
キャロとバクラと言う強力なカード、お前は同僚として手札に持ってんだぜ?」
「お互い様?」
「おう、相互利用の関係。エリオはバカみたいに純粋で使いやすいが、頭がキレない。
お前の連れも同様だ。だがお前は少しは頭が回る? それに……くだらねえ目的の為だろうが、這い上がってやるという姿勢は嫌いじゃない」
ティアナは理解した。這い上がるレベルの高さならば、間違いなくこの二人は大先輩だろうと。
「……上等よ! アンタは、この六課は私が執務官になる踏み台に過ぎないわ!」
「おうとも! テメエは、管理局はオレ様たちがやりたい事をする為のカードの一つだ」
「「ソレで良い。カードも踏み台も役立つ内は大事にする」」
そんな関係。
最終更新:2008年09月23日 19:54