「――ふざけんなッ!! 絶対嫌だ!!!」
 強い拒絶が響いた。だがそれは、ギンガのものでもルーテシアのものではない。
 誰だろうか、と思い、ギンガは通路の先を見る。叫ばれた声には激情とも呼べる程の力があった。それが為されたという事は、
……声の主は、拒みたい状況に直面している……?
 どうしたのだろう、と思い、行かなければ、とも思う。故にギンガは確認に走ろうとした。
「この声」
 だが、ルーテシアがそれに先んじる。
「ちょ、ルーテシア!?」
 制止を無視してルーテシアは疾走、ギンガはその後を追う形となった。
 今までの印象と異なる、能動的なルーテシアにギンガは驚く。さっきの叫びが原因なのは明白、大事な誰かなのだろうか、と推測する。
 閉口した自動扉を幾つか横切り、やがてギンガはルーテシアに追い付こうとしていた。だがその頃には、一つだけ開け放たれた扉にルーテシアが迫る。
……声がしたのは、あそこの中よね……
 誰がいるのだろう、と思った所で、ギンガは二つの感覚を得た。
 自動扉の奥から感じる、仄かな赤い光と暖かさだ。そして暖かさは次第に強まり、熱さへと変わる。
「――ルーテシア、駄目ッ!!」
 即座の判断でギンガは最高速度、強く踏み込んでルーテシアへと飛びかかった。小さな体を懐に押し込み、押し倒すように自動扉の前を通過する。
 出入り口から火炎が吹いたのは、その直後だった。
……熱い……ッ!
 横方向への火柱を背後に、ギンガはルーテシアを下敷きに伏せる。炙られる様な痛みが背中に広がった。スカートから露出する両脚に至っては、皮膚を引き剥がされる様な痛烈な感覚だ。
「ぁ」
 瞼が閉じられ、ギンガの唇は稚拙な声を零した。
 閉じられた視界の中で、今時分がどんな顔をしているのだろう、とギンガは思う。苦痛だろうか、だとしたらルーテシアにはそれを見ないで欲しい、とも。
……自分のせいで苦しんでいる、なんて思わないで……
 そして何時しか、背後から熱量を感じられなくなった。
「……ぅ」
 常温の大気を冷たいと感じつつ、ギンガはルーテシアを抱き締める両腕を解いた。掌を床に突き立てて身を起こし、視界を開けば横倒しのルーテシアが見える。
「大丈夫?」
「ん」
 ギンガは膝立ちとなり、ルーテシアも浅く身を起こした。その様子に、怪我が無いようだ、とギンガは安堵する。
 そして振り返り、ギンガは炎が消失した事を確認した。高温の余韻か大気が揺らいでいたが、焼かれた筈の床や向かいの壁には目立った損傷は見られない。
 これも新・轟天号の内装たる由縁か、と思い、ギンガは直立する。
「一体何が起きたのかしら?」
「アギト」
 疑問にルーテシアの声が答えた。
 え? と見た先でルーテシアは起立、その無表情には僅かな心配が浮かんでいる。
「さっきのはアギトの声。多分、今の炎も」
 アギトという名はギンガにとって、知識の中にしか存在しないものだった。直接の面識は無く、名前と素性も、機動六課に配属される際に聞かされたきりだ。
……確か、ルーテシアと一緒に保護されたユニゾンデバイス。そしてシグナムさんの……
 と思い出した所で、自動扉から小さな影が飛び出した。
 それはギンガの目線辺りを通過する高度、こちらの脇を通り抜けようとして、
「アギト!」
 僅かに抜けた所でルーテシアが呼び止める。その声に影は止まり、容姿をギンガに明示した。
 それは掌に乗るほどの小さな少女だ。赤い髪を四つの房に分け、こちらへ向いた背には深紅の羽や尾を生やしている。着るものは拘束着に似るが露出度は高く、色白な幼い体躯を晒していた。
 その容姿にギンガは、小悪魔のようだ、という印象を受ける。
……この子がアギト……
 確かに同じユニゾンデバイスとして、リィンフォースⅡと相似性のある少女だった。
 やがてアギトはゆっくりと身を回し、こちらへ前面を向ける。そうして見えるものはアギトの顔立ち、吊り上がり気味の双眸がこちらを見定めた。
「……ルー」
 だがその目元には水滴が乗っている。眉は下がり、表情は力無いものだった。
 泣いてたのか、とギンガは思う。それはルーテシアも同様だったようで、
「アギト、どうしたの?」
 と、心配を滲ませた声を紡ぐ。だがそれに答えたのは、アギトではなかった。
「ひどいなぁ、アギト」
 それは戯けを調子を含んだ男性の声色。ギンガはその声に聞き覚えがある。
「突然炎を出すなんて、ひょっとしたら死んでしまったかもしれないよ?」
 故に渋面を作り、全身から不快を滲ませた。出来れば会いたくなかった人物、しかし会ってしまった以上無視する訳にも行かず、ギンガはその人物の名と共に振り返る。
「Dr.、ジェイル・スカリエッティ」
 振り返った視界は、出入り口の前に立つ一人の男を捉えた。
 紫の豊かな髪に日焼けを知らない色白な肌、怜悧な目つきには金の瞳がある。紺のスーツに白衣が羽織られていたが、彼の体躯が細身である事は窺い知る事が出来た。
 スカリエッティと呼ばれたその男は、こちらを見て目を丸くする。おや、と口を丸くし、
「ルーテシアにギンガ君、どうして君達がここに?」
「……通りがかりですよ、Dr.」
 正直話したくないんだけれどね、というのは内心だけの意見だ。
「そうなのかい? じゃあどうだろう、お茶でも飲まないかい?」
「貴方とお茶を飲むぐらいなら泥水を啜ります」
「いやそれもどうよ?」
 拒絶されてもスカリエッティの表情は変わらない。声色さえも変えず、
「ああ左腕の具合はどうだい? この間のアンギラス戦では随分役立ったようだけれど」
 続けられた言葉にギンガの記憶が触発された。かつて彼の一派に傷付けられ、意識と共に改変された左腕が軋む。
……嫌な人……
 何気に仕返しだろうか、とギンガは推測した。
 だからこそスカリエッティの質問に答えず、ギンガは一歩下がる。ルーテシアとアギトを背後に回し、スカリエッティの視界を遮った。
「一体何をしたんですか? あんな炎を出させるなんて、場合によっては上層部に掛け合いますが」
 スカリエッティは答えず、くつくつ、と引き攣るように笑った。こちらの対応を面白く思ったのかもしれない。
「答える前からおっかないねぇ? もっとフレンドリーにしようじゃないか」
「天上天下に誓って拒否します」
 つれないなぁ、とスカリエッティは肩をすくめる。ギンガは不快を得て、それが挙動によるものか、それともスカリエッティが嫌いだからか、と思案した。一瞬で後者だろうと断定したが。
「いやね、アギトに軽く推薦をしてあげただけだよ」
「推薦?」
 何を、問う前にスカリエッティは答えていた。
「とあるものにね、アギトの融合適性があったんだよ」
 その答えにギンガは息を飲み、即座に問い返せなかった。だから、問うたのはルーテシアとなった。
「本当? Dr.」
 スカリエッティは、もちろんだよ、と満面の笑みで頷く。その会話に、ギンガはかつてアギトが仕えていた、二人の主を思い出した。
 一人はルーテシアの保護者、ゼスト・グランガイツ。もう一人はヴォルケンリッターの将、シグナム。
……でも、もうどちらもいない……
 ゼストは先のJS事件で喪われ、シグナムはゴジラを封印する為の礎として機動六課を去ったからだ。
 胸中を締めつけられる様な思いをギンガは抱く。
「……それは、誰なんですか?」
 そんな思いを押し殺して、ギンガはスカリエッティに問うた。スカリエッティは妙に嬉しそうな顔をして、
「知りたいかい? それはね」
 だがそれは遮られた。
「――アタシは!!」
「!?」
 後頭部に衝撃を感じて、ギンガは振り返る。だがその先には誰もいなかった。
 あるのは、両目から涙を零すアギトの姿だけだ。
「……あ」
 アギトの姿と気配、そして滲み出す感情にギンガは衝撃の正体を悟る。
……アギトの叫ばれた感情が……
 どれ程の感情が詰められたのだろう、とギンガは思った。殴られたと錯覚させるほどの叫び、それを響かせるにはどれだけの感情が必要なのだろう、と。
「アタシはもう、誰とも融合しねぇ!!」
 再び威圧は叫ばれた。あの小柄な体でどうしてこれだけの声量が出るのだろう、そう疑問する程の声が放たれる。
「また誰かを失うなんて、アタシは嫌だ!!!」
 身を折るほどにアギトは吼え、直後に背を向けた。
 紅い翼を羽撃かせる事もなくアギトは飛行、ギンガはそれを止めようとした。だが、
……声が……
 出なかった。
 どんな言葉をかければ良いのだろう、そして、それを言っても良いのだろうか、そうした思いが胸中にある。
……あの感情に、私の感情は竦んでいて……
 気圧されているのだ、ギンガは自身をそう判断する。
「アギトっ!」
 飛び去ったアギトの名を呼び、ルーテシアは駆けていく。彼女は竦まなかったのか、とギンガは思う。
 そうして二人の少女は通路の向こうに姿を消し、ギンガとスカリエッティだけが残された。
「いやはや、アギトの我侭にも困ったものだねぇ」
「冷やかすのはやめてください」
 変わらず笑みを含んだ口調に、ギンガはスカリエッティに振り向く。向けられた目は怒気に細められ、敵意を持って言葉を続ける。
「長い年月の末に、ようやく出会った主を二度も失ったんですよ? ああなってもおかしくありません」
 鋭い語気でスカリエッティに釘を刺す。
 ギンガの知らされた情報では、当初アギトは非合法組織の研究資料にされていたとされていた。
……なら主を望んで、依存しても可笑しくない……
 不遇な子だ、というのがギンガのアギトに対する印象だった。だが、やはりスカリエッティの様子に変化は無い。
「ごもっともな意見だ、ギンガ君。そう、君の意見は至極真っ当なものさ」
 スカリエッティは賞賛するように手を叩いた。冷やかす様な仕草にギンガは怒気を強め、場違いな響きが連発する。
 そして響きが止んだ時、スカリエッティに変化が生じた。
「――やはり素材としての生命は素晴らしいね」
「………っ」
 その表情にギンガは息を飲んだ。
 分類としてそれは笑みなのだろう、と思う。しかし、本当にそうなのか、とも思った。
……こんな表情が笑みなの……?
 生理的な忌避感に肌が泡立ち、脊髄に氷水を流し込まれような感覚を得る。ギンガは、狂気と狂喜は異口同音だ、という事実を思い知った。
 だからこそ、スカリエッティの発言には連想するものがある。
「あの子達と同じで、ですか」
 それは自分でも意外なほどの、絞り出した様な声だった。自分はこれ程までに彼女達を思っていたのか、とギンガは自身に対して意外に思う。
「おや、ひょっとしてそれはうちの子達の事を言っているのかな?」
 ギンガが何を指していっているのか、スカリエッティも把握していた。
……ナンバーズ……
 二人が共有するのは、そう呼ばれた少女達だ。
 スカリエッティが開発した十二体の戦闘機人、ある意味ではギンガの妹とも呼べる者達だ。彼女達は先の戦いでスカリエッティと共に逮捕され、しかし過半数はギンガの下で更正指導を受けていた。
……でも……
 そこまで回想して、ギンガの表情が曇る。だがそれを察知したのか、スカリエッティは続きを言葉にした。
「怒らないで欲しいねぇ。あの子達は元々私のものだよ? 私が釈放され、管理局に認められた以上、私の所に戻るのは当然だろう」
 そしてスカリエッティは両腕を広げる。言い聞かせるように、嘲笑するように、
「なぁに、心配は要らないさ。ちゃぁんと皆――対ゴジラの決戦兵器として改造中だからね」
 告げられた言葉にギンガの肩が震えた。
「彼女達を制御中枢にした怪獣型兵器を計画中でね? 今、頭蓋を切開している最中なんだ。指揮や計算ならともかく……管制機構とするなら、やはり脳髄と機械の直結は有効だからねぇ」
 スカリエッティの自慢げな口調が、ギンガの耳に障る。
「それが終わったら肉体の改造だね? 骨格に硬性フレームを差して、臓器系は……あぁ、脳髄と同様に外部接続にするのも――」
「やめてください」
 胸を掻き毟りたい程の苛立ちに、ギンガはスカリエッティの言葉を遮った。
……この男はどうして……っ!
 これ以上ナンバーズの話を聞くのは嫌だった。ナンバーズが改造されるという現実と、止めたいのにそれが出来ない自分の意思と、その軋轢に苛まれるから。
「……私が言っているのは、ナンバーズの事じゃありません。筋違いの話をしないでください」
 その答えにスカリエッティは、へぇ、とぼやく。
 そして一言。
「薄情だね」
「……ッ!!」
 憎しみで人が殺せたら、とギンガは思う。だがスカリエッティにそれは通じた風もなかった。
「ではアレ等の事を言ってるのかな?」
 そう言ってスカリエッティは、自動扉が並ぶ側とは向かい側の壁を指差す。それは窓として存在する橙色の強化硝子、半透明の硝子越しにどこまでも広がる樹海と空が見える。
 しかし大空には獣の爪を思わせる、歪曲した三角形の飛行戦艦が無数に飛行していた。
「怪獣輸送艦」
 ギンガはそれらに与えられた名前を呟き、スカリエッティは首肯する。
「君達が捉え、私達が使い魔化した怪獣達を運ぶ為の船さ。ひょっとして、その事を悔いていたりするのかな?」
「今さら、そんな事は考えていませんよ」
 嘲る様なスカリエッティの言葉、だがこの事に関して、ギンガの声を荒げる事はなかった。
……だって私は、それを悔い改めた事なんてないんだから……
 ずっと悔いている、とギンガは内心で付け加える。
 瞼を下ろせば、胸中でわだかまる感情を感じた。嫌なものだ、と思い、思いを止めよう、とも思う。だからこそギンガは頭を振って視界を開き、
「え?」
 そこで不可解なものを見た。窓の向こうの怪獣輸送艦、その外装にある数字だ。
「どういう事ですか、Dr.。あの船艦、五番艦とありますが?」
 スカリエッティへ振り向きつつギンガは輸送艦を指差した。その外装には、05、と大きな太文字で明記が為されている。
「クモンガ、マンダ、アンギラス、ラドンそれぞれに輸送艦が一隻ずつ、ジェットジャガーは人間大になるから輸送艦は要りません。……入れるものが筈のアレには、何が入っているのですか?」
「良い所に気がついたねぇ? アレにはね、私の最新作が入っているんだよ」
 答える事が喜ばしい事なのか、スカリエッティは嬉々として答えた。
「半機械化した怪獣、戦闘機獣とでも言えば良いのかな? まあ決戦兵器の一環としてそういうものを作ったのさ。話ぐらいには、君も聞かされたんじゃないかい?」
 言われて、確かに、とギンガは思い返した。それはかつて見せられた捕獲対象の一覧、その中にある緑色の鱗をした怪獣の事だ。
……それはクモンガの次に捕獲された怪獣で……
 その怪獣は使い魔化されず、スカリエッティの強化改造が施されている、と聞かされた。
「名無し、という事になっているがね。私としては考えていたりするんだよ?」
 くつくつ、とスカリエッティは笑い続ける。それを見るギンガの胸中に、もはや憤りは無かった。代わって満ちていたのは、
……気持ち悪い……
 生理的な嫌悪だ。
……なんで貴方はそうしていられるんですか……?
 そう思わずにはいられない。
 どうして平気な顔をして生命を改変出来るのか。
 どうしてそれを純粋な自慢と出来るのか。
 どうしてそれを、
……笑みをもって語れるの……?
 それはオペレーションFINAL WARSが始まる以前の、彼の行動にも言える事だ。
……ナンバーズを生み出して、沢山の人を騙して傷付けて、自分の複製さえも造って……
 どうしてするのか、ではない。どうしてそれが出来るのか、とギンガは思う。
 誰かを傷付けるだけならまだ解る。生命の人造もその理由は解らなくはない。だが、どうして自分さえも研究材料と出来るのだろう。
 吐き気がした。
 目の前のジェイル・スカリエッティという存在が、人間ではなく、人型に見えた。
……彼は本当に私達同じなの……?
 そんな疑問に釣られて、吹き上がる感情がある。
 肺が痺れて、指先が冷えて、肩と背筋が震える思い。それが何なのか考える事も出来ないほどに、思考が止まった。
……本当にこれと一緒に行動して、大丈夫なの……?
 スカリエッティと協力して、自分達は本当に良いのだろうか。
 かつてのレジアス・ゲイズや最高評議会の様に、最後には裏切られて終わるのではないだろうか。いや、それよりももっと酷い事になるんじゃないだろうか。
 ジェイル・スカリエッティという人間は、
……皆にとって害悪なんじゃないの……?
 そう思った直後、スカリエッティの両碗がギンガの頭部左右を突く。
「ひ」
 ギンガは驚きから一歩後退、すると背中が強化硝子の壁にぶつかった。顔の左右でスカリエッティの両掌が硝子の表面に密着、それと繋がる腕によって左右への移動は封じられる。
 そして眼前にはスカリエッティの姿、ギンガは前後の空間も塞がれていた。
「……あ」
 触れられた訳でもないのに、ギンガの身が震える。
 金色の双眸が、嗤っていた。
「そんな事言うなよ」
 言っていない。
「私は君達が良い子ぶってやらない事を、代わりにしてあげているんだよ?」
 ギンガは何も言っていない。
「いいじゃないか、必要な事なんだから。自分の為、大切な人の為、世界の為に、自分達以外を犠牲にしたって良いじゃないか」
 なのにどうしてこの男は、
……私の意思を理解しているの……!?
 恐い、と思う。そう思ったら、もう駄目だった。
「や、やぁ」
 気付かぬうちに声が零れる。折れた、という思考が脳裏に浮かんだ。
……私は何も解らないのに、どうして貴方は私が解るの……?
 恐い、恐い、恐い、三回思って、その後も反復は続く。
 眼球を覗き込まれる様な凝視、それと共に意思も覗かれているように思えた。
「――今さら啼くなよ」
 言われて、もう支える事は出来なかった。
 胸の中央から喉を逆流し、吐き出されるようにして声が漏れる。
「あ」
 駄目、という制止も出来なかった。緩む目元が湿り、
「「――!?」」
 鼓膜を抓る様な警報を二人は聞いた。甲高い電子音が天井のスピーカーから響き、そして通路の壁に反響する。
「……これは」
 スカリエッティの顔が逸れ、視線は天井を仰いだ。硝子に突き立てられた両腕も下ろされる。
 警報という危機感の中で、ギンガはそれに安堵を得ていた。
「どうやら、キングギドラを確認したらしい」
 仰ぎ見るスカリエッティは微笑、直後の放送はそれを肯定する。
『――全ての乗員に告ぐ。観測器がキングギドラを確認した。艦長はそれを持って作戦開始を決定、本艦は現時刻を持って全面行動体勢に入る。乗員は各自の任務に従い、行動を開始せよ――』
 抑揚の無い、聞き取り易さだけを重視した声が放送された。それと時を同じくして、ギンガの脳裏に別の声が響く。
 高町なのはの声だ。
『ギンガ、聞こえる?』
 隊長からの呼び出しに、ギンガは崩れかけていた意思を立て直す。返答の為の思考を形成、なのはからの念話を逆行して言葉を返信する。
『はい、なのはさん。……怪獣を出すんですか?』
 自分で言った言葉に辛さを感じ、しかし立て直した意識でギンガはそれを押さえ込む。
『ううん、今は輸送艦で待機してて。取り合えず私達で先制するから』
『なのはさん達が? というとフェイトさんも?』
『後、今回ははやて部隊長も出るの。私達の連携魔法、トリプルブレイカーで奇襲を仕掛ける』
 なのはからの宣告に、ギンガは息を飲んだ。直接見た事は無いが、トリプルブレイカーはなのは達三人が協力して放つ、強大を極める攻撃魔法だと知っていたからだ。
……幼い頃のなのはさん達が、暴走した闇の書を止める為に使った攻撃……
 当時は十歳かそこらでS級超過の破壊力だったらしい。ならば、大人になった今はどれだけの威力なのか。
『それで止められるなら良し。……ギンガ達は、もしもの保険で待機してて』
 気を使われているのだろうか、とギンガは思う。部下達には出来る限りさせたくない、そう思っているのだろうか。それともこう思うのは、今の今まで意思を崩していたからだろうか。
 ただ、命令には従おうと思った。
『了解です。これから、輸送艦に転移して待機します』
『うん、お願い』
 その返答を最後に、なのはは念話を切る。ギンガもまたそれを念話を止め、それから吐息を一つ。目線を上げれば、スカリエッティがこちらを見ているのに気付いた。
「……何ですか」
「いいや、別に?」
 くつくつ、とスカリエッティは含み笑い。だがもうそれに構っていられない、とギンガは判断する。
「作戦中です、Dr.も持ち場に戻ったらどうですか?」
「ああ勿論だとも、いざという時は、ジェットジャガーや例の戦闘機獣も出さなければならないからねぇ」
 スカリエッティは両手を上げて身を旋回、こちらへと背を向けて歩き出した。
 だが僅かに進んだ所で、顔だけでこちらへと振り向く。そして、一語。
「――行ってらっしゃい」
 そこにどんな意思が含まれていたのか、それを考えないようにして、ギンガは転送ポートへ向かう。

 念話の切断により、思考に過る爽快感をなのはは感じていた。
 時を同じくして強風が発生、栗色の長髪とエクシードモードまで立ち上げたバリアジャケットがはためく。
「ん」
 レイジングハート・エクセリオンを持たない右手で髪を押さえ、これも高空故か、となのはは思う。果てのない大空が眼前に広がり、大地は遥か下方だ。
 と、同じ高度で並ぶフェイトがこちらを見ているのに気付いた。
「ギンガ達に連絡?」
 問うてきたフェイトもバリアジャケットを着込んだ臨戦態勢、両手で握る大剣はバルデッシュ・アサルトの戦闘形態、ザンバーフォームだ。
「うん。これからそれぞれの輸送艦で待機するって」
「……そう」
 なのはの答えにフェイトは顔を俯かせる。眉尻を下げ、力無く苦笑する表情は痛ましく思えた。
「出来れば、あの子達に出番は回したくないんだけど……」
「せやったら」
 気力を欠いたフェイトの呟きに答えたのははやてだ。
 なのはやフェイトとは少し離れた位置に飛ぶはやては魔導書とシュベルトクロイツを携えた騎士甲冑姿。大きなベレー帽から伸びる白い髪は、既にリインフォースⅡとのユニゾンを証明していた。
「下のブツ、壊す事に専念せな」
 はやてが指差した地上、そこには広大な森林が広がっている。黒いほどに緑の群生が吹き込む風に揺れ、音をならす様は正に樹海と呼ぶに相応しい規模だった。
 示唆されたのは三人の丁度真下に存在する物体、樹海にあって木々ではないそれは、巨大な岩石だ。
 その周辺に木々は無く、露出した地面に横倒しの楕円形が突き刺さっている。
「キングギドラの住処、なんだよね」
 息を飲む様なフェイトの呟きに、はやては首肯した。
「正確には保存器って言うべきやろうな。キングギドラは普段、肉体をエネルギー化して生理現象や老化を無効化しとる。あれはエネルギー化した肉体が拡散せんようにする、伝導率の高い鉱物なんよ」
 それからはやては、なのはとフェイトを交互に見る。
「十一年振りのトリプルブレイカー、決めるで。それで捕らえられるなら良し。もし出来んようなら、後ろのあの子らが出てくる事になる」
 脅す様な口調にフェイトは胸元を掴み、なのはは目を細めた。
……はやてちゃん……
 詳しくは思わない。幼馴染みを悪く思いたくなくて、なのははそこまでで思考を止める。
 自分達で終わらせよう、そう思えばレイジングハートを握る手に力が籠った。
 そしてはやてが、行動開始を告げる。
「いくで! 各自、散開の後に攻撃準備!!」
 一声の下、三人は各々の方へと飛行した。
 それは巨石を中心にした三角形の配置、かつて闇の書の闇にこれをぶつけた時の記憶が、なのはの胸に去来する。あの時とは違うな、という諦観の思いと共に。
「レイジングハート、カートリッジロード!!」
『了解、カートリッジロード』
 なのはの指示を機械杖は復唱、四発の空薬莢を穂先の基部から吐き出した。それからレイジングハートが高々と掲げられ、先端に膨張する魔力塊が出現する。
『周辺大気からの魔力を収束中』
 加えてレイジングハートが周囲の微細な魔力を掻き集め、なのはの頭上で魔力塊は巨大化していく。
 それはフェイトやはやても同様だった。
 なのはの見やる先、フェイトが振り上げたバルデッシュには数メートルの刀身が、はやてが突き出したシュベルトクロイツには三つの魔法陣が展開し、同数の魔力塊が蓄積されている。
「全力全開、スターライト――」
 なのはの詠唱に、フェイト達も追随した。
「雷光、一閃ッ!! プラズマザンバー――」
「響け終焉の笛……ラグナロク――」
 一拍の前で三人は同調、そして解放の瞬間は到来する。
「「「――ブレイカーッッ!!!」」」
 大威力は解放された。
 桜色と金色と白、三色の極光が大地へと降り注ぐ。狙うは、樹海に突き立つ巨石だ。
 柱とも形容出来るそれらは、数にして五つ。威圧は巨石に命中し、だがそれに留まらず周囲の樹木を吹き飛ばした。
 轟音が大気を震わせ、地を深く抉り、太い樹木が枝葉の様に舞い上がる。重量も質量も関係なく、圧倒的な攻撃力に全てが等しく破砕された。
 そんな攻撃がどれほど注いだだろうか。なのはの手から次第に魔力が放出され、それに伴って脱力感が満ちる。
 数分とも思える時間の後に、三人の最大攻撃は終了した。
「……は」
 心地良いとは言えない、脱水症状に似た脱力だけが残る。肺が湿気るような感覚になのはは息を吐いた。
 そして目に入るのは、自分達が放った攻撃の被害だ。
…私達にはこんな力があるんだね……
 そこには火口と見紛うばかりの陥没が生じていた。
 なのは達が穿った大地は半円形に抉れ、地を隠していた木々は微塵も無い。いや、上空から降り注ぐ微細な破片群が木々の、そして土の果てた形なのだろう。
 そして陥没からは極太の噴煙が昇り、それは高空に位置するなのは達の眼前にまで至っていた。
 大破壊を起こした、という事実になのはの意思は沈む。だが聞こえたはやての声に、それは感じられなかった。
「戦果確認、キングギドラの保存器がどうなったんか、確認しぃ」
 恐らく念話で新・轟天号の解析班に指示を送っているのだろう。これだけの結果を作ったにも拘らず、はやての中で戦闘は終わっていないようだ。
 嫌だな、となのはは思う。
……私達の方が戦いを望んでるみたいで……
 自分達は戦いを終わらせる為に戦っている筈なのに、まるで、自分達は戦う為に戦っているのだ、と思えてしまう。
 忌避感と自己嫌悪に意識が沈み、
『――隊長!!』
 突然の念話に意識を引き戻された。
 それは解析班の声、だがはやてと話していた筈の彼等が自分にも念話で報告を入れたという事は、
……戦いの続きが……!?
 疑念は肯定される。
『超高密度のエネルギーを感知! これは……生体情報の塊です!!』
「それってまさか……」
「なのはっ!!」
 まさか、という想いを抱いた直後、フェイトの呼び声が届いた。
 どうしたの、と問おうとして、それは無意味だと判断する。何故なら、その理由は既に解っていたからだ。
「……これは」
 変異はなのはの目の前にある。
 立ち上る極太の噴煙、その一部が発光していたのだ。赤みを帯びたそれは噴煙の中で輝き、まるで雷雲のようだ、となのはは思う。それに影響されたのか、噴煙はその規模に反して早くにかき消えた。
 吹き飛んだ噴煙の中から現れたのは、
「――光のシルエット」
 赤く光る微細な稲妻が、伝導体もないのに一カ所に集中している。現れた最初は単なる塊にしか見えず、だがその輪郭は変化していった。
……これが……!
 目の前の現実と予想した危機的な予測、それらを思ってなのはは息を飲む。同じ事を思ったのだろう、視界の端で驚愕するフェイトとはやての姿も目に入った。
 そして三人の視線が影響した風もなく、光の変形は終えつつある。
 変化を終えた光はどこか獣を思わせる形。下へ二本、上へ三本の長細い輪郭が伸び、左右へは広々とした羽のようなものが展開していた。
……まるで、三ツ首の獣……ッ!!
 思い至った直後、視界を殺す強烈な閃光が発生する。
「!?」
 なのはは眩しさに腕で目元を陰らせ、僅かながらも視界を維持した。
 そうする間にも閃光は連発、やがてその周期は短くなっていく。いつしか点滅とも呼べる速度まで上がり、格別に強力な光が生じた。
 そして、光の輪郭は一体の獣として物理化する。
「……ぁ」
 その異様に、なのはは我知らずと声を漏らしていた。
 全身には黄金の鱗、背からは蝙蝠に似た羽が広々と伸び、太い両脚の裏からは一対の長い尾が揺らめいていた。
 そして最大の特徴は、三つの長い首と、それらに備わる竜頭だ。
……黄金の三ツ首竜……
 そう呼べるものが、なのは達の見る先に存在している。
 この怪獣こそが、
「――キングギドラ」
 そう呼ばれるものなのだと、なのはは理解した。
「「「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――っッ!!!」」」
 四隻の怪獣輸送艦が包囲し始める中、黄金竜はその中央で三重の咆哮をあげる。

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最終更新:2008年05月24日 21:37