魔法少女リリカルなのは外伝・ラクロアの勇者

        第六話


  • 月村家正門前

時刻は午前5時30分。
辺りには朝霧が立ち込め、早朝特有の寒さが辺りを支配する冬の朝。
駅では始発電車が走り出し、新聞配達人が漕ぐ自転車が町をそれなりのスピードで各家庭を回る。
なのはの両親が経営する喫茶翠屋ではモーニングセットの準備をする桃子がせわしなく動いており、高町家の道場では木刀がぶつかり合う音が響き渡る。
月村家では月村姉妹が揃って未だに寝息を立てており、ファリンは充電中。
ノエルは朝食の準備を始め、ナイトガンダムはデッキブラシと洗浄液が入ったバケツを持って廊下を歩いていた。
それぞれが、朝から自分の仕事を行なう何時もとあまり変わらない海鳴市の朝。

「ふ~ん・・・・・ここが月村忍の屋敷ね・・・・」
そんな肌寒い朝の月村家の門の前に、一人の少女がいた。
歳からして忍と同じ、もしくは少し若い程度。
赤いカチューシャで飾られている長い金髪の髪の毛は、右耳を隠すように右サイドに垂らしており、
紫色の瞳は彼方此方落書きされた月村邸の壁を面白そうに見つめている。
真冬の早朝にも関わらず、素足を露出したチャイナ服に酷似した服を来た少女は、全く寒さを感じさせずに
壁に書かれた落書きを面白そう見つめていた。
「・・・・・安次郎・・・・様もつまらない事を・・・・・ん?」
ふと、足元に障害物を感知した少女は自然と目線を向ける。そこには
「にゃ~」
猫がいた。
大きさからして子猫。月村家で放し飼いにされている子猫が、ゆっくりと近づいてきた。
少女は無視を決め込むため、直に目線を逸らそうとするが、構って欲しいのか、子猫は少女の足元まで近づき、顔を擦り付け、じゃれ始めた。
「・・・・・・まったく・・・・・・・」
大きく溜息をついた少女は小さく笑いながらしゃがみ、じゃれ付く子猫の頭を撫でる。
頭を撫でられた子猫も、嬉しそうに目を細めるが、突然体を一瞬硬直させた後、少女から離れ正門に向かって走り出す。
そして子猫が正門の前まで来た瞬間、門を開ける重い音が辺りに響き
「おや?何時の間に外に出ていたんだい?」
少し大きめのデッキブラシと洗浄液が入ったバケツを持ったナイトガンダムが、目の前で座りながら自分を見上げている
子猫に笑顔で尋ねる。そして、直に様子を伺うように自分達を見ている少女の視線に気が付く。
「(こんな格好で寒くは無いのだろうか?)おはようございます。朝早くどうされました?」
数メートル離れて自分を見つめる少女の第一印象を内心で呟きながらも、ナイトガンダムは笑顔で朝の挨拶をする。
少女は短く「別に・・・」と答えた後、観察するようにナイトガンダムを見据えた
「(何こいつ、データには無かった?ロボット?月村家から出てきたってことは、月村忍が新しく作ったの?・・・・・まぁ、
素体が残っていたとは言え、月村忍は安次郎と違って自動人形を二体も作ったんだから、可能でしょうけど・・・・)」
興味から警戒へと変わったのか、自分を見据える瞳が険しい物へと変化した事を感じたナイトガンダムは、
とりあえず、ここの住人であることを知って貰うため自己紹介を行なった。
「申し遅れました。私、この家の主、月村忍殿によって作られたロボット、ガンダムと言います。」
忍に言われた通りに自己紹介をしたナイトガンダムに、少女は「ふぅ~ん」と納得したように呟いた後、目線を落書きだらけの壁に映した。
「だけど、酷い者ね。この家の趣味?」
「いえ、たちの悪い悪戯です。一体誰が・・・・・・・・なにかご用件でこちらに?申し訳ありませんが、忍殿達は
未だ就寝中。メイド長のノエル殿でしたら起きていますが?ご案内いたしましょうか?」
「へぇ~・・・・ノエルね・・・・・いいわ。大した用件じゃないし。仕事、頑張ってね」
手を振りながらその場から去る少女。だが、子猫は少女の事を気に入ったのか、帰ろうとする少女の後を追いかける。
それに気付いた少女は小さく溜息をついた後、地面にしゃがみ、再び頭を撫でた。
「貴方の家はここでしょ?ついてきちゃ駄目」
優しく子猫に語りかける少女に、子猫も納得したのか、一度鳴いた後その場に座り込んだ。
「よろしかったら、また来てください。この子達も喜びます」
その光景を微笑ましく見ていたナイトガンダムは、また来るようにと少女を誘う。
「ええ・・・・また来るわ、近いうちに。あと、同類のよしみとして忠告しておくわ。貴方、ここから出て行きなさい。故障じゃ済まなくなるわよ」
怪しげに微笑みながら、誘いの了承と忠告とも言える発言を残した少女『イレイン』は、今度こそその場を後にした。
ナイトガンダムはイレインの残した言葉の意味を考えようとするが、先ずは人目につく前に壁の汚れを落とす事を優先する事にした。
ブラシをバケツに入った洗浄液に浸し、汚れを落とすために壁をこすり始めた。


  • 数時間後

「それじゃあ、行ってきます」
「いって参ります」
海鳴市に引っ越してきたフェイトに会う為、待ち合わせ場所である商店街のペットショップに向かうすずかとナイトガンダム。
ナイトガンダムに関しては、フェイトだけではなく、周囲の人達の紹介の意味も兼ねた外出であった。
その姿を姉である忍は、笑顔で手を振りながら見送り、二人が見えなくなったのを確認してから、
「・・・・ノエル・・・・・・捕まえた?」
彼女は普段からは想像できないほどの冷たい声で呟く。
その呟きに答えるように、何時の間にか忍の後ろに立っていたノエルは一度いやうやしく頭を下げた後、淡々と答える。
「・・・・・はい、忍お嬢様。案の定、ただの部外者でした」
「おそらく『お金をもらってやりました~』ってオチでしょう?」
「その通りです。頼んだ相手は『緑色のスーツを着た偉そうなおっさん』だそうです・・・・・やはり」
「安次郎ね・・・・・・・・あの狸・・・・・」
忍は険しい顔をしながら呟き、湧き出る苛立ちをどうにか抑える。
「・・・・忍お嬢様、やはりすずかお嬢様の外出を控えさせた方が宜しかったのでは・・・・・忍お嬢様の腕の事もありますから・・・・」
途中から声のトーンを下げて、呟くように話すノエルに、忍は微笑みながら右腕をまくる。
「安心して、腕ならもうくっついたから。ほら」
まくられた右腕には包帯が巻かれていたが、忍はそれをゆっくりと外し、巻かれていた部分をノエルに見せ付ける。
そこには肘の直下の方に、腕を一周する用についている小さなキズがあるだけだった。
「それに、すずかには知られたくないから。こんな汚い大人の悪意なんて。あの子ね、大人しい割には結構勘が鋭いのよ。だから、
下手な嘘は直にわかっちゃう。それにね、今はガンダム君がついてるから安心して任せられるわ。私達はお茶にでもしましょ」
リビングに向かうため、後ろで立っているノエルの横を通り過ぎるが、直に歩みを止める。
「でもね・・・・ノエル・・・もし・・・・私以外の誰かに・・・・・私が受けたような仕打ちをしたら」
ノエルの方を向き、彼女の瞳を見据え忍は答えた。

             「・・・・・・・・殺すわ・・・・・・・・・」

彼女の青色の瞳は、自身の怒りを表すかのように真っ赤に染まっていた。


  • 喫茶翠屋

ペットショップでアリサと合流したすずか達は、フェイトが引っ越したマンションへと向かう。
途中ナイトガンダムに向けられる多数の好奇の目線を軽く受け流しながら、3人はマンションに到着。
訪れてきたすずか達を向かえるため、玄関へ向かったなのはとフェイトは、すずか達が来た事への喜びと同時に、
二人の間に平然と立っているいるナイトガンダムに、声をあげて驚いた。

「まったく・・・・二人のあの顔には笑ったわ。貴方もそう思わない?」『わふ~ん』
「アリサちゃん、そんなに笑っちゃいけないよ。ユーノ君もそう思うでしょ?」『きゅ』
獣に変身したユーノ達に向かって話しかける二人に、なのはとフェイトは乾いた笑い声を上げた後、
優雅に紅茶を飲んでいるナイトガンダムに恨めしい目線を向ける。

二人から『忍が作ったお手伝いロボ』として紹介されたナイトガンダムと共に翠屋ヘ向かったなのは達
当然、周囲の人やなのはの家族(リンディに関しては起用に驚いた表情を見せた)は驚いたが
アリサが「忍が作ったロボット」と紹介すると

                 「ああ!納得!!」

全員が手を叩き、納得した表情を見せた。

「(しかし・・・・忍殿の知名度には驚かされる・・・)」
皆の納得具合を目の当たりにしたナイトガンダムは、内心で改めて忍の懐の大きさに驚かされながらも、
隙あらば自分に恨めしい目線を向ける二人を申し訳なく思いながらも軽くあしらう。その時
「(もう!!ガンダムさんったら、別に隠す必要なんかなかったのに!)」
突然頭の中から聞こえるなのはの声に、ナイトガンダムは驚きのあまり、飲んでいた紅茶を吐き出しそうになる。
皆の前でどうにか無様な姿を晒さずに済んだが、突然咽せ始めたナイトガンダムに、アリサとすずかは心配と不審が入り混じった目線を向け
なのはとフェイトは互いの顔を見据えた後、悪戯が成功したかのように微笑んだ。
「(にゃはは・・・・・・ごめんね。そんに驚くとは思わなかったから)」
「(『念話』っていってね、離れた相手に連絡したり、こんな感じに相手の頭の中に直接言葉を伝えたりする魔法なんだ。
魔法を使える人なら誰でも出来るから、ガンダムにも出来る筈だよ。こう、心で伝えたい事を思えば・・・・やってみて)」
一度頷いた後、目を閉じ、フェイトに言われたとおりに伝えたいことを思う
「(・・・・・こうかな?)」
「(うん、そんな感じだよ。簡単だったでしょ?)」
「(確かに便利だ・・・・これなら、魔法関係の会話も、すずか達に気付かれずに出来る。ありが)」
早速、念話を使い二人にお礼を言おうとしたが突然頬を抓られたため、そちらに意識が行ってしまい、念話を中断してしまう。
大体予想はついたが、確認の意味も込め、目を開け自分をつねっている相手を確かめる。安の序、アリサだった。
「何さっきから驚いたり目を瞑って唸ったりしてるの!?普通に怪しいわよ!?」
アリサは瞳を吊り上げながら、ナイトガンダムの頬を真横に引っ張る。
事情を知らない者であれば、アリサの突っ込みは当たり前であるため、ナイトガンダムはどう弁明して良い物かと割と本気で考える。
だが、頬を抓られながらも真剣に考えるガンダムに対し、頬を抓っているアリサは途中から面白くなったのか、
引っ張るだけでは飽き足らずに、パン生地をこねるかの様にこねくり回しだした。
「本当にらわらかいわね~。パン生地?白玉?」

もう完全に面白半分でナイトガンダムの頬をこねくり回すアリサに、どうにかアリサを止め様とあたふたするフェイトとすずか。
その光景をニコニコしながら見つめるなのは。そして
歳からして20代後半の男が、白い車の中からその光景を観察するように見据えており、懐から取り出した携帯電話で
連絡を取った後、車を発進させた。

  • 数時間後

その後、『フェイトのお迎えイベント』を日が沈むまで行なったなのは達。日が落ちた頃を見計らった桃子が
アリサ達に帰るように諭した所でお開きとなった。
フェイトはリンディと共に帰宅し、アリサはいつの間にか外で待機していた鮫島が運転するベンツに乗り込んだ。
「すずかとガンダムも乗っていきなさいよ。帰りに図書館によっていくけど?」
「ごめん、アリサちゃん。お姉ちゃんに真っ直ぐ帰って来るように言われてるんだ。だから・・・・」
申し訳無さそうに断るすずかに、アリサは「そっか~」と呟きながら残念そうに溜息をつく。
「まぁ、しょうがないわね。それじゃ、明日学校で。鮫島」
恭しく返事をした鮫島が、ゆっくりと車を発進させる。車の窓から身を乗り出しで手を振るアリサを見えなくなるまで見送った二人は
月村家に帰るために、歩き出した。

同時に、一台の白い車が、ゆっくりと動きだした。


「うれしそうだね、すずか」
笑顔で、時より鼻歌を歌いながら隣を歩くすずかに話しかけるナイトガンダム。彼女の影響なのか、彼の顔も自然と綻ぶ。
「うん!明日からフェイトちゃんが同じ学校のクラスメイトになるんだもの。嬉しいよ」
忍達のお土産である翠屋のケーキが入った箱を軽く揺らしながら嬉しそうに答えるすずかに、
「自分としても、喜ばしい限りです」と言おうとした直後、二人の後ろから、道のアスファルトを削るタイヤの音が鳴り響く。
突然の音に驚いた二人が揃って後ろを向くと、一台の白い車が猛スピードで迫ってきた。
「えっ?」
自分達に真っ直ぐ向かってくる車に、すずかはどうして良いのか分からず、立ちすくむ。
いや、本当なら直にでも避けるべきであり、彼女の運動神経なら造作もない事ではあった。だが、
正に自分達を狙って猛スピードで突っ込んでくる車に、彼女は恐怖感に支配されてしまい、動くことが出来なかった。
このままでは数秒後にはすずかは跳ねられ、その小さな体が空に舞う事になる。だが、隣にいる騎士がむざむざその様な事をさせる筈もなかった。
「失礼!」
ナイトガンダムは短く謝ると、すずかの手を後ろから引っ張ると同時に彼女のつま先を軽く蹴る。
突然引っ張られた上に、足を蹴られたすずかは背中から倒れそうになるが、ナイトガンダムの右腕が地面に接触しようとするすずかの背中を優しく抱きとめる。
同時に彼女の両膝の後ろに手を回す。俗に言う『お姫様抱っこ』という形で彼女を持ち上げたナイトガンダムは、即座にジャンプ。
迫り来る車の上を飛び越えることで危機を回避した。
着地して直に自分達に襲い掛かった車の方に顔を向けるが、再び自分達を襲うことは鳴く、そのまま走り去っていった。
「大丈夫ですか?」
安心させるように微笑みながら、ナイトガンダムはすずかをゆっくりと下ろす。
すずかも真似するかの様に笑顔でお礼を言うが、顔からは先程の恐怖が抜け切れておらず、足もガタガタと震えていた。
「(・・・やはり怖かっただろうな・・・・・・なら)すずか、また失礼するよ」
自分がすべき事を決めたナイトガンダムは、早速行動に出る。すすかの返事を待たずに再び彼女をお姫様抱っこし、そのまま月村家に向かって歩き出した。
「えっ!?ちよっと!?ガンダムさん!?一人で歩けるよ!?」
先程まで自身を支配していた恐怖感より、今の自分の現状の恥ずかしさの方が勝ったのか、すずかは顔を真っ赤にしながら下ろすように言う。
だが、ナイトガンダムは彼女の抗議を一切無視し、歩き続けた。
途中からすずかも抗議をするのをやめ、身を任せることにした。だが、その時になって彼女はようやく気が付いた。
「(・・・・あれ、恥ずかしいって気持ちだけで、さっきまで感じていた怖いって気持ちが全然ない・・・・・)」
先程まで自分を支配していた恐怖感が一切鳴く、今の自分の中にあるのは、ガンダムが自分を抱っこしてくれてるという大きな安心感だった。
「・・・・・落ち着いたかい?」
「うん」
「忍殿に借りた本に、このようにすれば、女性は安心すると書かれていました。効果は絶大のようですね」
自分が身に付けた知識を自慢するかのように、多少誇らしげに語りかけるナイトガンダムに、すずかはつい噴出してしまう。
一体自分の姉は彼にどんな本を貸したのか?気になる所ではあるが、今はナイトガンダムに身を任せることにした。
「でも、お姉ちゃん達に見られるのは恥ずかしいから、家の前になったら下ろしてね」
「御意」
時より、自分達を微笑ましく見つめる通行人の視線を気にしながらも、すずかはナイトガンダムに抱っこされ、自分の屋敷へと向かった。


屋敷が目で確認できる所ですずかを下ろした後、再び二人揃って歩き、月村家へと向かった。
その後は、ナイトガンダムに好奇の目線を送る人とすれ違う以外、何事もなく屋敷へと到着したのだが、
「・・・・・あの車・・・・・」
門の前に止めてある見慣れる黒い車を見た途端、すずかの表情が曇る。
「・・・・アリサの車に似ているね・・・・・・ん?」
すずかの表情を気にしながらも、ガンダムは止めてある車へと近づく。だが、近づくにつれ彼の目は止めてある車から、
門と屋敷をつなぐ大理石の道の中央で、話をしている忍達の方へと向けられた。


「お前が、わしの言う事をきいて、ノエルとファリンを渡せば、お前やすずかの事、守ってやってもええねんけどな」
男は一息つくために、右手に持った葉巻を吸い、口から吐き出した煙を忍に向かって噴出す。
葉巻から落ちた灰が、大理石の道に遠慮なく落ちるが、男はそんな事を微塵も気にせずに話を続ける。
男の名は『月村安次郎』忍やすずかの親戚に当たる人物であり、昔から何かと嫌がらせをなどをしてきた人物である。
歳は40代、紫のスーツに身を包んだその体系は中肉中背、いかにも高そうな葉巻を持つ右手の親指以外の指には純金の指輪をはめいてる。
オールバックにした紫色の髪を整髪料で固め、同じく純金で出来ているであろうメガネ越しから忍を見据える瞳は
一見我侭な子供を諭す様にも見えるが、彼という人物を知る人から見れば、腹の底では何を考えているかわらない邪な瞳に見えた。
それから『美術品や土地を渡せ』や、『便利で快適な家を用意する』など、色々と言ってはいるが、忍はそんな話は最初から聞いておらず。
ノエルたちもただ『義務』として耳を傾けるだけであった。
『この男に対してこれ以上譲歩はしない』忍が既に決めていることであり、ノエル達はその決まりを『無視するといけないから話だけはきいてあげましょう』
という自愛の心をもって実行していた。
そんな忍達の態度に業を煮やしたのか、安次郎は不自然にニヤつきながら、彼女達が食いつく話を始めた。
「そういえば・・・・ここん所、走り屋を名乗っ取る馬鹿なガキが、彼方此方に出没しとるらしいな~」
「・・・・聞いた事ないわね・・・・漫画の読みすぎじゃないの?」
隠す事無く小馬鹿にする様に忍ははき捨てる。だが、
「・・・そういえは、すずかはどうした?お出かけか?」
安次郎はニヤつく口元を隠さずに呟く。案の定、『すずか』の名前に反応した忍達に気を良くしたのが、
彼女から発せられる殺気に気付く事無く、話を続ける。
「一人でお出かけは物騒やからな~、その走り屋にうっかり撥ねられたりでもしたら・・・・・っ!!?」
再び葉巻を吸った後、不安で泣きそうな顔をしているであろう忍の顔を見ようとした瞬間、安次郎は震え上がった。
瞳を真っ赤にしながら自分を射殺さんばかりに睨みつけている忍に、そして今更気が付いた、彼女から発せられる殺気に。
だが、安次郎も自分に向けられる殺気を、どうにか受け流すと同時に忍を睨み返す。
「・・・・オマエは・・・・睨みつける事は出来ても、手を出す事は出来ん子やろ?ノエル達も『ワシ』がお前達に手を出さん限り無暗に攻撃はでけへん」
「・・・・・そう?」
先程以上の殺気を放ちながら、忍は安次郎の首を掴む。そして自身の2倍近い体重であろう彼のそのまま片腕だけで軽々と持ち上げる。
「貴方・・・・・私を甘く見すぎね。私自身なら別に我慢は出来るけど・・・・・・すずかや・・・・私の大切な人に手を出すのなら・・・・」
空いている手をゆっくりと引きながら親指を曲げ、残りの指を密着させ真っ直ぐに伸ばす。
「貴方も少しは血を引いているんでしょ?常人が死ぬような怪我でも、大怪我で済むでしょ?試してみようか?」
安次郎やノエル達が何が叫んではいたが、今の忍にはどうでも良い事だった。
今はこの男に自分の本気を・・・・覚悟を示してやる。こいつの体で分からせてやる。
手刀を放つ手に力を込め、無防備な安次郎のわき腹目掛けて放とうとした瞬間、

                「忍殿!!!」

無視する事を許さない凛とした叫び声に我に返った忍は、放とうとした手刀を止める。同時に安次郎を掴んでいた腕も離し、彼の拘束を解いた。
咽る安次郎を無視して声のする方を向くと、忍の行動に怒りを表しているナイトガンダムと、その後ろで自分達を見つめるすずかの姿があった。
「いけません、貴方のような優しい方が、人を傷つけては。皆が悲しみます」
自分を見据えながらゆっくりと近づいてくる二人に、忍は先程の行動を反省するかのように俯く。
安次郎の方はむせながらも、近づいてくる二人の、特にすずかの姿に驚きながらも、二人に向け笑みを見せる。
「おお、すずか。久しぶりやな~、元気やったか?」
「・・・はい、安次郎叔父様も、お変わりなく」
ナイトガンダムの後ろに隠れるようにしながら、挨拶をするすずか。
忍ほどではないが彼女も彼の事を知っているらしく、警戒している事は目に見えていた。
「まったく、気が小さいのは相変らずやな。で、隣にいるちっこいのは何や?」
「申し送れました。私、忍殿によって作られたロボット、ガンダムと申します。以後、お見知りおきを」
目線がすずかから自分の方へと移った為、ナイトガンダムは跪き頭をたれ、自己紹介をおこなう。
「ほぉ、忍も面白いモンを作るやないか。そういえばすずか、怪我とかなかったか?白い車なんかに轢かれそうにならんかったか?」
意味ありげな笑顔で尋ねる安次郎にすずかは身を縮ませる。だが、ナイトガンダムがそんなすずかを庇う様に安次郎の前と歩み寄る。
「はい、危ないところでしたが、大丈夫でした。それより良くご存知ですね。轢かれそうになったのが『白い車』だと」
「何?長い人生経験から出た勘って奴や。それにな、仮にすずかが轢かれたとしても、夜の一族の血を濃く受け継いでいる以上、死ぬ事はあらへん」
「夜の一族?」
「なんや?製作者である忍からは何も聞かされてないんかいな?まぁええ、暇つぶしにおしえたる」
先程まで吸っていた葉巻を近くに放り投げ、懐から新しい葉巻を取り出し、火をつける。
「・・・・・忍やすずかを始めとしたうちら一族はな、普通の人間とちゃう。『夜の一族』と称する吸血鬼や。
まぁ、うちは引いている血が薄いから並みの人間と変わらんが、忍とすずかに関しては世界に散らばる『夜の一族』の中でも5本の指に入るほど色濃く血を受け継いでる。
血が濃いってことは、それだけ人間離れしてるってことや。腕を切断されても直にくっついたり、車に轢かれて骨が彼方此方砕けても人の数十倍の速さで回復する回復力。
常人をはるかに超える運動神経ももっとる。忍は勿論、今のすずかでも本気を出したらオリンピックで金メダル総なめとちゃうか?」
安次郎はナイトガンダムの後ろに隠れるように立っているすずかに話を振るが、すずかは俯き、沈黙で答える。
「まぁ、ぶっちゃけて言えば『化け物』や。血を引いているとは言え、薄いうちらと違って色濃く血を引いた正真正銘の吸血鬼。『化け物』。
せやけど、忍も昔はその事にやたらコンプレクスを抱いていてなぁ。『自分は人とは違う』『自分は人には受け入れてもらえない』って怯えて
自分の殻に閉じこもっとったどうしようもない奴や。まぁ、姉妹は似るようやから、今度はすずかが殻に閉じ篭る番やろな」
一方的に話し終わった後、一度葉巻の煙を肺一杯に吸い込み、ナイトガンダムに向かって吐き出す。
避ける事無く、その煙を受けたナイトガンダムは、数秒の沈黙の後、頭を垂れた。
「安次郎殿、ご理解しやすいご説明、誠にありがとうございました」
自分に頭を下げながら礼を言うガンダムに安次郎は満足したのが、声をあげて笑いながら再び葉巻の煙を肺に吸い込もうとする。だが、
「ですが、二つほどおねがいがあります」
「なんや」と安次郎が呟いた瞬間、彼の目の前に何かが通り過ぎる。その直後、彼の持っていた葉巻は挟んでいる人差し指と中指のすれすれの所で、綺麗に切り取られた。
「一つ、ここは禁煙です。葉巻はお控えください」
何時の間に抜いたのか、自分に向かって西洋の剣を突きつけているナイトガンダムに、安次郎は罵倒を浴びせようとするが、彼の瞳を見た瞬間言葉を詰まらせる。
彼の目は、自分を明らかに『敵』として見ていたからだ。
「一つ、忍殿やすずかのことを『化け物』と呼んだ事の撤回と謝罪を要求します・・・・・お早く・・・・・」
先程の忍と同様に殺気を放つナイトガンダムに、安次郎は大きく舌打ちをした後、持ち手の部分しか残っていない葉巻を投げ捨てた。
「あ~も~興醒めや!!胸糞悪い!!!所詮忍が作ったガラクタ、生意気な(止めてください!」
今まで喋らなかったすずかの突然の叫び、それも怒りが篭っている声に、安次郎は勿論、忍達も素直に驚く。
彼女達は決して突然叫んだ事に驚いたわけではない、安次郎は無論、忍達も初めてだったからだ、すずかが本気で怒る所を見たのは。
「安次郎叔父様・・・・・・謝ってください・・・・・・ガンダムさんに」
ナイトガンダムから離れ、怒りの篭った瞳で自分を見据えるすずかに、安次郎は再び舌打ちをした後、すずかとナイトガンダムの横を通り過ぎ
正門へと向かう。だが、途中で足を止め、睨みを利かせた顔で忍達を見据える。
「忍・・・・これが最後や・・・・遺産を譲ってくれや・・・・そうでないとワシは、最悪の選択をせなあかんかもしれんのや・・・・」
「・・・・・・出てって・・・・・今すぐに・・・・・」
はっきりと言い張った忍に、安次郎は深い溜息をついた後、再び門に向かって歩き出す。
「ここ数日は悪戯や不幸は起こらんと思うし、走り屋なんかの物騒な奴も現われんと思う。
ただ、近いうちにわしが満足する返答をきかせてくれへんのなら・・・・ワシは知らん」
皆の耳に残る言葉を残し、安次郎は自分の車へと乗り、月村家から去っていった。

  • 数時間後

その後、暗い雰囲気を打ち消そうと、忍が全員でカラオケに行く事を提案。
この世界の風俗の知識も見につけていたためカラオケの事を理解はしていたが、人前で歌を歌う事の筈かさから
「あっ・・・え・・・私は留守番を・・・」と遠慮がちに断った。だが、
「しったこっちゃないわ!!強制参加!!!」という忍の回答とともに最寄のカラオケ店へ。
珍しくノエルも羽目を外してのドンちゃん騒ぎを数時間に渡って行った結果、すずかは途中で寝てしまい、
忍が背負った帰宅した時には、既に午前0時を回った後だった。
各自が自室へと帰る中、ナイトガンダムは安次郎が残した言葉の事もあるため、見回りをしようと外に出ようとする。だが、
「大丈夫よ、警戒レベルは最大にしておいたし、あいつも、今日来て直にチョッカイ出さないでしょ。それよりどう?」
寝巻き姿で右手にワインが入っていると思われる瓶、左手に二人分のグラスを持った忍に誘われたため、
ナイトガンダムは見回りを止め、彼女の誘いを受けることにした。

「・・・・・ありはとうね・・・・・」
リビングで果汁100%のグレープジュースを一口飲んだ後、忍は中身が半分以上残っているグラスを玩びながら呟いた。
「あの時・・・・私を止めてくれて・・・・私達の為に怒ってくれて・・・・・ホント、貴方、恭也と並んで良い男だわ」
再びグラスの中の液体を煽った後、微笑みながら自分を見つめる忍に、ナイトガンダムはテレを隠すように俯く。
「私は、感謝されるような事はしていません。それに、結果的に私も剣を向けてしまった」
「私と違って傷つけるつもりはなかったんでしょ?言い脅しになったわ」
忍の言葉に安心したのか、ナイトガンダムは初めて自分に注がれたジュースに口を付けた。
ジュースを飲みながら、ナイトガンダムの世界についての質問や、忍の彼氏の話(半分以上はノロケ)で時間を潰す二人。
時刻が午前2時を回り、そろそろ寝ようかと忍が切り出した時、ナイトガンダムはあの時から疑問に思っていたことを尋ねる事にした。
「忍殿、お尋ねしたい事があります」
「ん?何?改まっちゃって?今はご機嫌だから3サイズも教えてあげるわよ」
「・・・・・安次郎殿の事です」
うんざりしている人物の名前を真剣な表情で呟くナイトガンダムに、忍は顔を引き締め、彼を正面から見据える。
特に何も言わないで自分を見据えている忍に、ナイトガンダムは話を切り出した。
「安次郎殿は『遺産を譲ってくれ』と言っていました。ですが、彼の身なりからして見れば、お金に困ってるようには見えません。何か、別の目的が?」
もし彼が、直球に言ってしまえば『貧相』、ある程度緩和して言えば『普通』の格好だった場合、月村家の遺産を
求めるのは理解できる。様々な嫌がらせをしてでも。
だが、自分が見た彼の格好はどう見ても貧相でも普通でもない。高そうな服に両指に嵌めていた指輪、そしてアリサが
移動で使用してるのとそっくりな黒い車。この世界に疎い自分でも、『裕福な人間』だと一目で理解できた。
そんな『裕福な人間』が、姑息な手を使ってまで月村家の財産を欲する理由が、彼には理解できなかった。
「・・・・・あいつは、確かに金持ちよ。ほんと、今の財でも一生遊んで暮らせるお金を持っているのに。私にも何でなんでか分からない。
ただね、あいつが本当に欲しているのは家の金銀財宝じゃない、ノエルとファリンよ」
「・・・・ノエル殿とファリン殿?・・・・・なぜ・・・・」
ナイトガンダムの問いに、忍は沈黙で答える。真夜中のリビングに響く秒針を刻む音が60回を越えたとき、彼女は口を開いた。
「ノエルとファリンはね、人間じゃないの。『自動人形』という『夜の一族』に伝わる技術で作られたロボット・・・いえ、半ロボットね」
人間と信じて疑わなかった彼女達が、機械で出来た人形と知らされたナイトガンダムは、驚きのあまり声を出す事も出来なかった。
「驚いている最中で悪いけど、続けるわね。安次郎が『夜の一族』に関して色々説明してくれたけど、他にも特徴があるのよ。
純潔の『夜の一族』の寿命はね、とても長いの。それこそ、300年とかを余裕で生きることが出来るわ。そんな彼らの付き人として『自動人形』
は作られた。ノエルとファリンはそんな自動人形の生き残り。素体が残っていたから私が作ったわ。まぁ、両親に甘える事が出来なかった
すずかの為にって思っていたんだけどね、私も同じだったわ。構ってくれる人が、家族が欲しかった・・・・・・」
一息つくために、忍はコップに残っていたジュースを一気に煽る。
「安次郎はね、そんな彼女達を・・・・正確には彼女達に使われている技術を欲しているのよ。ガンダム君もこの世界の事を勉強しているから分かると思うけど、
ノエル達のような人間そっくりなロボットは今の地球じゃどう頑張っても作る事なんて出来ない。ちなみにガンダム君の場合は見た目がロボットだし
機械工学に関しては私も名が知られてるから、『簡単なプログラムを組み込んだお手伝いロボット』って事で普通に通すことが出来たわ」
ガンダムはふと昨日の出来事を思い出してみた。確かに町の人々は自分が『忍殿に作られたロボット』と言った途端、妙に納得していた事を。
「正に『遺失技術』。そんな技術をお金に換えたらどうなると思う?金額を見るだけで馬鹿らしくなるわ。
あいつの目的はその『馬鹿らしくなる程の金額』よ。まったく、仮にノエル達を手に入れたとしても、解析なんて出来る筈が無いのに」
「解析出来ない・・・・・構造を理解する事が出来ないという事ですが?」
「そう。さっき言ったと思うけど、私はノエル達を『素体』が残っていたから作ったの。
その素体を含めた、各箇所の構造は私でも全てを理解する事が出来ない。うぬぼれじゃ無いけど、
あいつらが理解できるなんで思えないわね。それをあいつは理解していない。『自分なら出来る』と思ってる。とんだお祭頭ね」
「忍殿も全てを把握できないとなると・・・・・ノエル殿達『自動人形』を作った古来の『夜の一族』の方にでも聞かない限りは無理でしょうね」
ナイトガンダムが話した後、再び沈黙が訪れる。これで話が終ったと思ったため、色々と話してくれた忍に感謝の言葉を言おうとした時、
「・・・・・・・今から話すことは・・・・・・誰にも言っていないの。すずか達や恭也・・・・・素体をくれたさくらにも・・・・・聞いてくれる?」
他言は許さないと言いたげな瞳で、自分を見据える忍に、ナイトガンダムは静かに頷いた。
「・・・・・私も、機械工学に関してならそれなりに自信があった。だけど、ノエル達自動人形は遺失技術の固まり。
だからさくらにも頼んで・・・・ああ、『綺堂さくら』私やすずかの叔母ね。そのさくらにも頼んで昔の、それこそ純潔の『夜の一族』が
生存していた時の資料なんかを探しては読みふけったわ。幸い、古い資料はそれなりの保管状態で大量に見つかった。当然『自動人形』に関しての
資料も沢山あった。だけどね・・・・・何処をどう探しても、見つからなかったのよ・・・・・・・私が理解できない部分についての説明が」
「・・・・・・悪用を恐れて・・・・・処分したのでは?」
「なら、素体も一緒に処分する筈よ。それに資料に関しても処分してる筈。悪用を恐れて処分したのなら、あまりにも中途半端だわ」
自分の意見が直に否定されたため、次の意見を考えようとする。だが、それより早く忍が口を開く。
「さっきノエル達のことを『半ロボット』っていったわよね?言葉通り、彼女達は半分は人間なのよ。人間の体に身体機能の強化として
機械部品が様々な所で使われている。普通ならこんな馬鹿な事をすると、生身の方で拒絶反応を起こしたりするんだけれど、ノエル達の場合は
『夜の一族』の純血人の遺伝子によって作られた肉体が使われている。だから拒否反応なんかも無視する事ができるし、生身の部分の負傷も私達以上の速さで治るわ。
機械部品に関しても、そこだけ綺麗に取り外しが出来るがら、メンテナンスも簡単。まったく凄い技術よ、どっかの秘密結社じゃあるまいし、
素体を作った人に弟子入りしたいわ・・・・・・」
忍はソファに体を預け、右手を軽くオデコに当てながら天上を見つめる。そして、その状態から続きを話し始めた。
「ただね・・・・ふと思った事があるのよ。『こんな凄い技術をもった夜の一族は宇宙人じゃないか』って。正直真面目に考えていたわ。
行き過ぎた技術は勿論、『夜の一族』に関しての起源も資料の何処にも載っていない。正に『突然この世界にやって行きました』って言葉がぴったりと当てはまる。
まぁ、当然ただの妄想として処分しようとしていたけど、最近『突然この世界にやって行きました』って居候が現われたから否定できなくなっちゃったわ」
腹筋を使い、忍は体を預けていたソファから体を起こす。そしてキョトンとしているナイトガンダムを悪戯っぽく微笑みながら見つめる。
「これは私の推測、『夜の一族』は本当はこの世界『地球』の住人じゃない。元いた世界が崩壊なり何なりしたために逃げてきた人々ってね。あっ、もうこんな時間」
今の時刻を見た忍は一瞬顔を顰めた後、空き瓶と空になったコップを持って立ち上がる。
「ごめんね、付き合わせちゃって、それとありがとう。話を聞いてくれて。今日はたっぷり寝坊していいから。おやすみなさい」
「いえ、お礼を言うのは私の方です。話をして頂き、ありがとうございます。おやすみなさいませ」
恭しく頭を垂れるナイトガンダムに、忍は微笑みで返した後、リビングを後にしようとする。だが、
「一つ、言い忘れた事があったわ。ノエル達は『自動人形』って呼ばれてるけど、本来は別の名称があったの。本来の名称が物騒だったから変えたみたいね」
足を止め、ガンダムの方を向き、本来使われていた名称を呟く。

                       「『戦闘機人』そう呼ばれていたらしいわ」

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最終更新:2008年05月02日 09:44