「はじめまして、キャロ・ル・ルシエといいます!」

ティアナ・ランスターは目の前で手を差し出しながら、ニコニコと微笑む少女について計りかねていた。
横から彼女の訓練学校時代から続く腐れ縁、スバル・ナカジマが元気に挨拶しながら、小さな少女の手を握ってブンブン振ってる。

今彼女達が居るのは新しい職場 遺失物管理部機動六課隊舎、その食堂。
そこでスターズ、ライトニング格分隊のコールサイン、3と4をそれぞれ得た彼女達は飲み物が置かれたテーブルを挟んで向き合う。
六課発足の為、部隊長たる八神はやての挨拶などの予定を控え、軽い自己紹介と能力や経歴の確認などをしている。

キャロは四人のうちで誰よりも小柄であり、年下だろう。特徴的な桃色の髪と薄い藤色の目。
着慣れない感じの管理局員の制服の下、僅かに見えるは金色のリング。中央に目が刻まれた三角形、リングの下部には等間隔で錘が並んでいる。
左手には袖から微かに覗く金の腕輪。ペンダントと含めてあまり良い趣味ではない。

「それからこっちが私の竜、フリードリッヒです」

「竜……か」

気になっていた彼女の肩に止まる物体の正体を告げられ、ティアナは呟いた。
使役するのこそ難しいが、制御できればかなりの戦力になるだろう竜召喚は、それだけで特殊技能として認められる。
『レアスキル』
それは彼女にとって何時でも心をチクチク刺激するトゲだった。何時も凡骨の自分を下に見られているような劣等感を覚える。
もちろんソレに甘んじるつもりは無く、何れは超える壁でしかないのだが……

けど今感じている違和感はそんな所に由来するものではない。
第一にこんな小さな少女がここに居るのか?と言う単純なもの。管理局での雇用年齢は魔道師に限ってかなり広い。
だが着慣れない管理局の制服と叩き込まれているはずの堅い反応、そして名乗りの時に階級や魔道師ランクを言わなかった。
つまり初めて管理局と言う組織に組すると言う事。ではその理由は?

『ライトニング4はフェイト分隊長の肝いりで決まった』

『ライトニング4だけは嘱託と言う形で所属し、傭兵のように報酬を貰うらしい』

そんな噂とも言えない言葉の流れを何度か聞いている。そこでまた疑問が生まれる。
なぜ? キャロだけ、言い方が悪いが『特別扱い』なのだろうか? 
実はこの答えは本当に簡単なこと。

『フェイト・T・ハラオウンに気に入られ、八神はやてがワガママを許すに値すると判断したから』

それだけでキャロと言う存在が、自分達と大きく違うモノだと瞬時に理解できる。
もっともそこまで頭が回っているのは彼女だけでスバルはもう新しい仲間と戯れ、エリオはどこか一歩引いて困惑気味。
どれが正しい反応か?と言う事では無いが、ティアナは状況を把握して推論を立てる指揮官としての一要素をシッカリと持っている。

「えっと……どうして私みたいな者がここに居るのか? 皆さん、そんな疑問を感じてると思うんです」

経歴を語る前にキャロが口にしたそんな前置き。ティアナとエリオは小さく頷き、スバルは首を傾げる。
一緒にここまで来たエリオにもキャロは「後で話す」と詳細を語ってはいなかった。
スバルが疑問を感じていない事に関しては彼女の長所にして短所、細かい事を気にしない成果だろう。
小さな白銀の飛竜は辺りの空気など読めるはずも無く、主の膝の上で丸くなっていた。

「隊長さんや副隊長さんクラスにはフェイトさんがお話してくれているみたいです。
 でもこれから一緒にお仕事して、訓練する本当の意味での同僚になる皆さんには自分の口でと思って……」

「結構興味あるわ。悪い意味じゃなくてね」

重苦しい雰囲気を打破するためだったのか? それとも純粋な好奇心だったのか?
ティアナは軽い気持ちで口にして……後悔した。

「そういって貰えるとちょっと喋り易いかな? 
私はアルザス地方にすむ竜を使う少数民族 ルシエとして生を受けました。そして……」


『追い出された』


「「「え?」」」

続くのは残念な事に他の三人には『ワカラナイ』世界の話。知識としては知っている。
そんな話を聞けば胸を痛め、顔を顰めるだろう。だけどそれは体感した現実ではない。

『薬漬けにされそうになり』 『遺跡を盗掘し』 『不良狩りをして』 『僅かなお金でハンバーガーショップで夜を明かす』。
『カジノでマフィアに売り込みをして』 『魔道師として腕を磨き』 『マフィアの仕事をこなす』
『そんなマフィアも壊滅し』 『あちこちの世界を巡りながらフリーの魔道師としてその日暮らし』


「ゴメン……軽率だった」

重苦しい沈黙を破ったのはティアナだった。聞かされた内容を把握できて無いように目が泳いでいるが、謝罪だけはシッカリとしている。
それは自分が先ほど軽い気持ちで口にした言葉に対するものだろう。だが受け止めるキャロと言えば軽い表情。
先ほどと変わらない笑顔で答える。

「うぅん、別に私はソレが辛いなんて思ってません」

「「「え?」」」

キャロの言葉に大なり小なり、そういう過去を持つ三人はやはり首を傾げた。

「違いますね……辛いです。でもその辛さの積み重ねで、ここまで来た……大事な人と一緒に」

キャロが服の上からペンダントを撫でた意味、それをこの場で理解できたのはエリオだけ。
スバルとティアナがその意味を知るのは僅かな後、初めての訓練の時だろう。

「つまり……そんな風に生きてきた私は皆さんとの違いが大きいと思います。
 良い経験も悪い経験も、質でも量でもオカシイ位に沢山してきました。
 だから私は皆さんと同じ物を見ても、同じ事を感じるとは限りません。
 突拍子の無いこと言うかもしれませんし、理解できない行動をするかもしれない」

自己・主観と言うモノは決して単独・独立して形成されるものではない。
常に自分と呼ばれる存在は自分以外の人、それ以外の情報によって形作られる。
情報は発信される環境によって異なる。キャロが生きてきた環境は他の数人とは大きく異なる。

「私は管理局の大儀や正義を信じてなんていません」

だからこんな言葉も出てくる。管理局の法と正義の下に居たら、絶対に出てこない台詞だろう。
頭では理解しているつもりだったティアナもその言葉にはカチンと来てしまった。

「じゃあ! なんで貴女はここに来たの!?」

「ちょっと……ティア」

何時もとは違う役回り、突っ走る自分を抑える戦友を逆に宥めるスバル。
何時もとは違う役回り、激情のまま机を叩いて立ち上がり、怒りを顔に滲ませるティアナ。
それを受け止めるキャロは困ったような、それでも穏やかな笑みを浮かべていた。

「お仕事です。スカウトされましたから、フェイトさんに」

「だからそういう事じゃなくて!!」

「良いお給金を貰えるし、ご飯や寝床もついてきて、訓練までさせてくれるって言うから引き受けたんです」

ティアナにとって、管理局員と言うのは憧れの兄の後を継ぐという、神聖な意味を持つ義務と捉えられていた。
だと言うのに目の前の小さな女の子は給料や待遇の事ばかり口にする。分かっているのだ、ついさっき宣言されたばかりだから。
『考え方が違う』と言われて数分も経ってはいない。これでは全く自分が話を聞いていないよう……


『キャロとバクラは仕事仲間との関係がギクシャクしているようです』

「私にとっては同じなんです。管理局でこれからやるお仕事も、日雇いのティッシュ配りのアルバイトも」

……ソレでも許せないことはある。ティッシュ配りと管理局の仕事が同じ?
自分やスバルが血反吐を吐いて頑張ってきた全てがそんなくだらない事と同じ!?

「このっ!!」

その怒気の爆発でフリードは主の膝の上から飛び去る事を余儀なくされた。一瞬送れてパートナーの制止の声。

「ティア! ダメだよ!!」

ティアナはスバルの静止も聴かず、キャロの胸倉を掴み上げよう手を伸ばす。
キャロの胸元でペンダントが一瞬輝き、向かってきた手首を掴む事で止める。
もし力比べになれば体格的にも体勢的にもティアナが有利だろう。だがティアナは手を振り払い、思わず一歩下がる。
丁度二人の手がクロスする形で隠していたが、僅かに覗いたキャロの瞳。ソレにヤラれた。

「っぅ!」

敵対心と嘲り。何時でも踏み潰す事ができると言う確証。勝利し続けた自信。
獣のような残忍で獲物を噛み千切る事に何の疑問も有りはしない。
暗い暗い闇の底で横たわる死体とも寝床を共にした事があるように冷たく……

「私はアンタを認めない……けど! 仕事はしなさいよ!?」

「もちろん、何事にも全力ですよ?」

ティアナは背筋を駆け上がる寒気と纏めて払うように腕を振り、抑えていたキャロも全く抵抗無く離す。

「フンッ!」

「待ってよ、ティア~」

ドスドスと音が立ちそうなほど床を踏みしめて歩き去る友人を追って、スバルも食堂から姿を消す。
残されたのはキャロとフリードリッヒ。どちらかと言えばキャロと親しいエリオ。そして……

「ア~逃げられた。相棒が止めなかったら、殴り倒してやるつもりだったのによ~」

制服の前のボタンを外し、胸元から引きずり出される金色のペンダント 古代エジプトのロストロギア 千年リング。
輪の中の三角形で一つ目が輝き、吊り下げられた錘が暴れる。そこで『カワル』のだ。
先ほどティアナの手首を掴み、振り払われるまでの間と同じ状態。寒気を誘うような視線をぶつけた……『人格に』

「相棒は合いも変わらずお人好しだぜ」

目付きが鋭さを増し、前髪が二房立ち上がり、口元が笑みで歪む。その動作を見ただけでエリオはゾクリと背筋に走る恐怖感に気がついた。
恐らく初対面時に胸倉を掴まれ、首なし騎士に物陰に連行されて、バラされかけたのが響いているのだろう。

『そうですか? 当然の事だと思いますけどね、バクラさん』

キャロの体に重なるように浮かぶもう一人のキャロ、そちらこそがキャロと言う本来の人格の象徴。
つまり今体を支配しているのは別の人格、千年リングに宿る三千年の亡霊、邪神の欠片。名をバクラといった。

「だからあの時も言ったんだ……そうだ、相棒。お前は甘すぎる……やっぱり体に刻んでやらねえとな」

「一つ……聞いて良いですか?」

永遠と当人達だけで分かる会話を続けるキャロとバクラに、恐る恐るといった感じでエリオは声を上げる。
この状態では何と呼ぶのが正解なのかわからないので、名前は無し。

「あん?」

「どうしてあんな事を言ったんですか? 黙っていればケンカにも成らなかったのに」

「ハッ! そういうお前はどうなんだ? 腹が立ったんじゃねえのか、管理局の悪口だぜ?」

そう言われてエリオはどうして腹も立てずにここに居るのか?と疑問を感じた。しかしその答えは意外と近くにある。
目の前の少女「たち」の事をティアナやスバルよりも知っている……気になっているからだろう。
それに……エリオ・モンディアルが本当に信じているのは世界で唯一人、フェイト・T・ハラオウンだけなのだから。

「……」

「まあ良い……アレはオレ様の判断じゃねえからなぁ~相棒に聞け」

沈黙するエリオに可憐な姿とは全く一致しない鼻息を一つ鳴らし、千年リングが再び光を放つ。
一度瞑っていた目を開ければ、そこには盗賊王のモノではない優しい瞳。それだけで彼は肩の力が抜けるのを感じた。

「あの……ルシエさん、さっきの質問だけど……」

「も~エリオ君、バクラさんが恐いからってそんな口調じゃなくて良いよ。キャロって呼んで」

「うっうん」

改めて会話を展開してみるとエリオにとって、キャロと言う存在は今まであまり接してこなかった女性だろう。
経験豊富な年上の女性には沢山お世話になった。純粋無垢な同年齢とはたまに遊んだ。
では経験豊富な同年齢の少女とはどんな風に接すれば良いのだろう? 恐いパートナーも憑いている。

「どうして先にあんな怒らせるような事を言ったか?……だよね?」

「これから訓練だってあるのに……」

「だからだよ、エリオ君」

まるで意味がわからない。訓練だって大事だし、チームワークが悪ければ成果も出ない。
怒られることもあるだろう。せっかく無理を言って六課に入ったのだから、フェイトさんだけは失望させたくない。
そんな風にエリオが首を捻っていると予想外、いや……ある種当然という答えが返ってくる。

「訓練は幾らミスをしても、連携が悪くても……誰も死なない」

「……え?」

「でも実戦は違うよ? 簡単に死んじゃう……敵も味方も。だから「いま」言ったの」

自分の真意、本当の姿を隠しておけば確かに関係の構築、そこから派生する訓練などは円滑に進むだろうとキャロは思う。
ほんの僅か、薄い関係ならば隠し通す事は可能だろう。それぐらいの嘘がつける人生を送ってきたのだから。
しかし戦場と言う場所でそんなメッキはすぐに剥がれる。何よりも優先するべき事は嘘ではなく、勝利だからだ。

「今なら……疑ったり、怒ったり、嫌ったりする余裕があるからね?」

戦場では本当に相手を理解するほどの会話などする余裕は無い。意見の衝突は瞬時に勝利を導く方程式に化けなければ成らない。
だからこそ本音を語るべきは今この時でなければ成らない。意見を衝突させ、相手を理解する余裕がある時間。

「訓練の時はたくさんケンカすると思うの。そのたびにエリオ君には迷惑をかけちゃうかもしれないけど……」

「ぜっ、全然大丈夫だから! 気にしないで」

エリオは不思議な高揚を感じながら、上擦った声で叫ぶ。自分の常識を大きく超越した同年齢の少女が上目遣いでこっちを見ているのだ。
何だかとっても……男の子として悪くない気分である。

「訓練の中でティアナさんやスバルさん、それにエリオ君にはもっと分かって欲しいんだ。
 私の考え方、私がここに居る理由、『私達』の力、『私達』の戦い方を……」


カタリと残されたカップがテーブルの上で揺れた。千年リングの指針が激しく揺れ、中央の目が再び光を放つ。
放たれた光はテーブルの影や椅子の下、そして二人の後ろに生じるのは影。
その影の中、闇の中で「ダレカ」が歩いてきた……どんな理由も無くエリオはそう感じさせられる。

「口で言っても分からない奴には……見せてやらねえとな?」

激変する口調。闇の中の「ダレカ」はもう光、現実世界との境のすぐ側にいる。
闇の中で見開かれる血走った瞳、何かを掴もうと差し出される骨のような手。
絶叫を上げるの必死に押さえ、エリオは訴えるような視線をキャロに向けた。
けど残念な事にいま居るのはお人好しな少女ではなく、どこまでも自分勝手な盗賊王。

「訓練学校じゃ習わない戦い方を……本当の闘いってヤツを……」

キャロ、いやバクラは指を鳴らして席を立つ。その音に答えたのは彼女の手に装着された金の腕輪。
腕輪が答える「セット・アップ」腕輪の名はディア・ディアンク。この四年、キャロ達とともに死地を潜ったブーストデバイス。
その起動と共にキャロが纏うのはゆったりとした真紅のロングコート。手には本来の姿、金のラインで彩られたディア・ディアンクが納まる。


「盗賊王の戦を魅せてやる」


影や闇から這い出してきた死霊を元に作られた異形の数々。
彼らが一斉に上げる唸り声が波乱の幕開けを祝福しているように聴こえた。

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最終更新:2008年05月01日 20:50