機械を剥き出しにする無骨な艦橋の中心で、オリヴィエは怜悧に命令した。
「追尾弾、発射」
「放ちます!」
 火器管制が即座の復唱。直後、大型モニターが放たれた大量の弾頭を映す。弾頭群は弧を描きながら夜空へ伸び、爆炎と轟音を解放した。
 光明が闇夜を一瞬照らし、眼下の高層ビル群を浮かばせる。それと共に、眼前の巨影も。
「………………………」
 この船艦、ランブリングに勝るとも劣らない巨大さ。鳥に似たその影に、オリヴィエは表情を歪めた。
「艦長、やはり駄目です!」
 喚く副官。しかしオリヴィエは振り向かない。
「ラドンの超音速は、それだけで攻撃力が発生するんです!」
 超速の飛行は空気を切り裂き、速度に比例した空気圧を生み出す。物理的な接触は、特に後方から近付こうとすれば、巻き込まれて砕かれる。
 攻撃に転化したその速度は、超音速衝撃粉砕波、と俗称されていた。
「物理兵器では当たる前に砕けて……」
「では、光学兵器を使うか?」
 オリヴィエの問いに副官は口ごもる。そんな様子を尻目にオリヴィエは、
「プラズマメーサー砲、放て」
 命令。弾頭群と同様に、即座の復唱で稲妻が放たれた。
 光学兵器はその名の通り、光速の攻撃だ。しかし、
『キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ―――――――――ンッッ!!』
 避けた。
 鳥型の巨影は、その身を翻して稲妻を回避する。
「奴等には光学兵器も通じん。耐えられるし――何より避けられるからな」
 常軌を逸した空間把握能力と察知能力。
 そして、勘。
「――イカレてるッ!」
「全くだ」
 あまねく生物の頂点に君臨する生物こそが、怪獣と呼ばれるもの。その本能は計り知れない。
 副官程に感情を出さず、だがオリヴィエも同意する。
……こんな奴等を相手にせねばならんとはな……
 そもそも次元航行艦が追いつけないという時点であの翼竜、ラドンの脅威は押して知れる。
 オリヴィエは決して怠慢ではない。が、だからと言って無謀ではない。これ程までに能力差があっては、どんな策を練ろうともランブリングでは太刀打ちでないだろう。
……どうする……?
 一見すれば冷静に、しかし内面は全力でオリヴィエは思考していた。
 この怪獣を押さえつけ、眼下の市街、ステーツを護る方法を。
「艦長!」
「どうした」
 策敵担当の船員がオリヴィエを呼ぶ。何ごとか、と振り向き、
「レーダーに、ラドンとは異なる反応があります!」
「何? モニター、反応座標を映せ」
 ランブリングともラドンとも異なる第三者。その正体を確かめるべく、モニターが現れた座標を映す。
 そこにあったものは、一騎の翼竜だった。
「ラドンの同類か!?」
「いや、違うな」
 オリヴィエ達が追っているラドンは、闇に紛れる暗褐色の表皮だ。しかし新たに現れた翼竜は、夜空に映える純白。加えてその大きさはラドンより一回り小さい。
「機動六課で飼われていると聞く竜だな」
「……では」
 ふむ、と呟いたオリヴィエを副官が見やる。オリヴィエは顎に手を当て、
「艦速減衰。別命あるまで、ラドンとの間合いを取れ」
「艦長!?」
 副官が目を剥いた。
「一体なぜ……」
「貴様は知らんのか? 一年後に再臨するというゴジラ……それに対抗する為、管理局は怪獣を使い魔にする計画を立てたらしい」
 あの白い翼竜は怪獣捕獲部隊の駒だよ、とオリヴィエを続ける。そして、
「化物を捕らえるには化物で、という事だろう。……それに巻き込まれてたまるか」




 船艦ランブリングとラドンが飛行する高度、それよりもやや高い空域をフェイトは飛行していた。その眼前には、魔法で作った小型の空間モニターがある。
 映し出すのは、眼下を飛行する怪獣の姿だ。
「……ラドン」
 暗褐色の表皮。両翼関節部にある三つ指。豊満な太ももと胸部。そして牙のある嘴と、悪鬼の様な形相。資料において幾度も見た、翼竜型の怪獣がそこにある。
「速い」
 音速を超える飛行速度に、ランブリングの弾頭群は命中前に砕かれ。
 鋭敏な察知能力と勘に、光速である筈のメーサー砲は避けられた。
 フェイトは、自分達がラドンに回された理由を理解する。
……あの速度に対抗出来るのは、私達だけ……
 機動力と飛行戦力。それを重視したものこそが、フェイトの率いるライトニング分隊だ。
「………………………」
 僅かに息を吐いて空間モニターを消し、フェイトは振り向いた。
 自分の隣にはガリューが伴い、後方にはエリオとキャロを乗せた翼竜、フリードリヒが追随している。
 予定の編隊が崩れていない事を確認し、念話を発動。
『……じゃあ、作戦内容を確認するよ』
 意識に響く声が、この場に居ない部下も含めて全員に届く。
『今回の目的はラドンの捕獲。私とエリオとガリューで攻めるから、キャロとフリードは援護。その間にルーテシアとクモンガは仕掛けをお願い』
『了解』
 隊長の指示に部下達は応じ、だがその中にキャロの声は無かった。
「………………………………………………」
 フリードの手綱を握るキャロは、俯いて黙したまま。
 見やるフェイトは僅かに表情を歪め、しかし立場上それを許す事が出来ない。
『キャロ』
『……了解、しました』
 無理に捻り出したその声に、フェイトは歯を噛む。
……本当は…………
 こんな事はキャロやエリオに、そしてなのは達にさせたくなかった。特にキャロは自然保護隊の出身、怪獣捕縛とはほぼ対極に位置する人間だ。
 何より、ヴォルテールを殺されて尚ゴジラを恨まない彼女に、復讐を強いる様な真似はしたくなかった。
「――でも」
 管理局でも数少ない竜召喚師として、キャロの能力は必要だった。
 怪獣と戦うこの任務において、少なくとも怪獣が捕獲出来るまでは、強大な竜の戦闘力は不可欠だ。
「………ごめんね」
 何度目かも解らない独白を漏らして、フェイトは頭を振る。
 無理矢理にでも意識を切り替え、
『総員――準備!』
 指示を下した。
「………………………ッ!!」
 音のない叫びをあげ、ガリューは戦闘形態を発揮。両肩部から触手が伸び、両腕からは角が露出する。
 続く戦闘準備はエリオの肉声。
「ストラーダ、フォルム2!」
『Du¨senform!!』
 エリオの命で槍型デバイスは変形、穂先の外装が展開し、無数の噴射口が露出した。それらは推進力を放ち、フリードから飛び降りたエリオを強引に飛行させる。
 そうして二人は散開。これで飛行戦力は4つ、この場にいる全員がラドンと戦える様になった。
「……フリード」
 そして、キャロが従者の名を呼ぶ。覇気の無い声に、フリードはキャロの姿を横目にする。
「私は大丈夫だから」
 依然として力の無い声、
「……お願い」
 それでも、主の指示にフリードは従事した。
 牙を有する口が多量に空気を吸い、フリードの胸部が膨らむ。戦闘準備の完了にフェイトは目を伏せ、しかし叫ばれた。
「――作戦開始!!」
 まずの起こりはキャロの指示。
「ブラストフレア!」
 そして攻撃。吸い込んだ酸素を燃料にフリードが炎球が放つ。数にして4つの赤熱がラドンへと降り注ぐ。


「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ――――――ッッ!!!」
 光明と熱量にラドンが炎球を察知、即座に行動を取った。
 行動の名は、回避。
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオ」
 一撃目は潜り込んで、
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
 二撃目は回り込んで、
「オオオオオオォォォォォォォォォォォォォ」
 三撃目は身を浮かして、
「ォォォォォォォォォォォォォォォォォォ―――――――――――――――――ンっッっ!!!」
 そして四撃目は、加速によって回避した。
 減速でも迂回でもなく、真っ向からの回避こそ王者の威厳。
「ブースト!」
 全回避を見届けてキャロは魔法を行使、能力を加圧するブースト魔法だ。ケリュケイオンから無数の閃光が伸びてフリードの口内、蓄積された炎塊へと飛び込む。
「――ブラストレイ!!」
 加圧を受けて炎は柱となった。一筋の紅がラドンへと迫り、
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!」
 爆撃する。夜空を大熱量が裂き、巨大な鳥の影を浮かぶ。
 夜空を歪ませる黒煙と陽炎。それらを突き破り、煙の尾を引いてラドンは墜落していった。
「……ごめんなさい」
 その結果にキャロは目を伏せ、伝わりもしない謝罪を呟く。かく言う間にもラドンは落下していき、
『キャロ!!』
「!?」
 エリオからの念話に瞠目した。
『あれは違う! ……あれは、墜ちてない!!』
 まさか、という思いで見た先のラドンは、確かにビル群へと向かっている。
 だがそれは、
「――急降下!?」 
 重力に恭順したものではない。自らの意思を持って地上へと加速する、ラドンの行動だった。
 炎の直撃をカモフラージュに、ラドンはフリードと距離を開けて地上へと迫る。
「フリードッ!」
 キャロの指示にフリードは炎球を再発、しかし重力を味方にしたラドンの速度に追い付けない。
 やがてラドンは地上へと切迫、ビル群を左右へ押しやる大通りにその嘴を突き付け、
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――――ンッッ!!!」
 衝突の寸前で方向転換し、幅広の道路に平行して超低空飛行。
 一拍遅れて発生するのは風圧による市街の粉砕、そしてフリードの放った炎球群による火柱だ。コンクリートとアスファルトが断片となって舞い上がり、飛来した火炎が焦土を成す。
「キュゴオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ――――――――――…………ッ!!」
 そんな災害を遥か後方に置き去り、ラドンはビル群の間を往く。
 周囲の物体は軒並み砕け、瓦礫は飛沫となって翼竜の後を追いかける。
『キャロ、攻撃を止めて! ビル群の中に入り込まれたら、フリードじゃ対応出来ない!』
 ビル群を飛沫へと瓦解させて進むラドン、それを遠目にしてキャロは歯を噛む。
『僕達がやる!』
 エリオの主張が届いた直後、キャロは二つの光を見た。
 遠くの方からラドンへと、それらはビル群の合間を縫って飛来する。
「あれは……」
 幾何学模様を描く二つの光は、やがてラドンへと近付いていく。
 その正体は、
「おおお……………ッっ!!」
「……………ッ!!」
 ストラーダで突貫するエリオと、両腕の角を突き出したガリューだった。
 やがて両者はラドンの進む大通りへと到達し、合流して並走する。
「正面から……!」
 追い付けないなら向かっていけばいい、その為にエリオ達はラドンを回り込んでいた。
「おぉ……ッ!!」
「…………ッッ!!」
 風圧にエリオとガリューの雄叫びが混じり、応じて加速する。
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!」
 ラドンもまた猛り、加速した。


 エリオとガリューの飛来は、ラドンにとって両翼の付け根に命中する軌道だ。ただでさえ高速の彼等と衝突すれば、その切先が翼の基部を破壊するだろう。
「――一閃必中!!」
『Messerangriff』
 ストラーダがカートリッジを排出し、穂先に長大な魔力刃を伸ばす。
 尖鋭の攻撃力を持つそれがガリューと共に翼へ迫り、
「――え」
「………………ッ!?」
 ラドンの消失によって為損じた。
「どこへ!?」
 失われた敵を求めてエリオは見渡す。そうして見たのは、天上へと昇るラドンの後ろ姿。
「……今度は上昇を!?」
 ビル群の合間に潜り込んだのと同様に、今度は抜け出す為に直角で飛翔。
「本当に生き物なのか……ッ!?」
 あれだけの速度で直角の方向転換、信じられない程の強靭な肉体だ。全身の血管と臓腑が破裂してもおかしくないGを、あの生命体は耐えていた。否、ものともしていなかった。
「があぁっッ!!」
「………………っッっ!!!」
 そして上昇の後に来るのは乱雑な気流、貫かれた大気が大地に叩き付けられた。
 天上からの凄まじい圧力に、エリオとガリューは道路を叩き割ってアスファルトに身を埋める。
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ―――――――――――ンっッ!!!」
 敗者達を無視してラドンは天昇、新たな挑戦者との戦いに移った。
 否、再戦者か。
「――フリード!!」
 遅れて追随していたフリードが急接近、一回りは大きいラドンへ牙と爪を突き立てる。
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッっッ!!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――――――!!!」
 二騎の翼竜が吼え、攻め合いながら上昇。
 漏れだしたラドンの血が、飛び散るフリードの肉片が、下方へと螺旋状に流れていく。
 その様は、絡み合う二匹の蛇にも見えた。
「オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ―――――――っッ!!」
 やがて雲が浮遊する高度まで達し、そこでフリードが咆哮。
 開いた口内にあるのは炎、この至近距離で撃てばラドンにも重傷を与えられる。
「ブラスト……」
 キャロもまたブースト魔法を展開、その一撃をより強大にしようとした。
 だが当然、ラドンがそれを見過ごす筈も無い。
「キュゴオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ――――――――――ンっッ!!」
「―――――ゴ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォっッ!!?」
 準備への干渉、ラドンの嘴がフリードの下顎に食い込んだ。
「フリード……ッ!!」
 驚愕にキャロが叫ぶ。ラドンの嘴は引き抜かれ、だがそれは終わりを意味しない。
「ゴ……ゴオオオオォォォ………オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ…………ッっ!!」
 穿たれた穴より陽炎が漏れる。
 炎を形成する口の損傷とそれによる攻撃の妨害、激痛に耐えながら攻撃を維持するには、フリードリヒという竜は余りにも幼ない。
 妨害と暴走の後に来るのは、暴発。
「オ………………………………………ッ!」
 制御を失った炎は口内で炸裂、その威力にフリードの下顎が弾ける。
「フリードぉッ!!」
 歯と唾液と舌を飛び散らせ、黒く炭化した上あごと喉を露出させ、フリードは脱力した。口内の爆炎と下顎の破砕を受けて意識を喪失する。
 意欲を失った者に速度は冷酷。食い込む爪も引き剥がれ、フリードは風圧のまま落下していった。
「キユゴオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――――――ンっッっ!!!」
 挑戦者の排斥にラドンは勝利を吼え、至ったのは雲より上の空域。
 空での戦いを制した者だけが辿り着ける、勝利者の世界だ。
 しかし、
「……撃ち抜け雷神ッ!!!」
「―――――――――――――――!!?」


 いた。その超高度より更に上に、最後の挑戦者がいた。
 それは月光を背に受け、雷電の大剣を振り下ろすフェイトの姿。
「ジェットザンバァァァァァァァァァァァァァァ―――――――――――――――っッ!!!」
 巨大な刃がラドンに叩き付けられる。



 右の肩と胸で大剣を受け、ラドンは金髪の挑戦者に押しやられた。
 漂う雲を抜けて月を見失い、白雲の筋を引いて地上へと落下させられる。
……大した力だ!!
 愉快だ、とラドンは思う。
 白い翼竜に乗った娘が、翼を貫こうとした小僧と人型虫が、そしてそれらを打ち据えた自分に挑みかかる、剣を振りかざした挑戦者が。
 矮小な身でありながら自分に挑みかかってくるその行いを、愉快だと思う。
……この人間、待ち受けてやがった!!
 おそらくラドンがビル群を飛び、小僧や人型虫と戦っている間に昇ったのだろう。
 それを不意打ちとは思わない。挑戦者は汗水を垂らしてあらゆる手段を使い、王者の裏をかくのが義務だ。
「ああああああああああああああああ…………っッっ!!!」
 否、不意打ちを除いても、自分を押しやるこの攻撃力は賞賛に値する。
 さながら隕石のように両者は落下し続け、やがてビル群へと至り、
「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
 飛散。
 衝撃と轟音と噴煙、隕石が墜ちたかの如き災害。
 アスファルトは大地と共に割れ、砕けたビル群の破片と共に瓦礫の流星群となって被害を広げる。
 落下地点はめくれ上がった大地により、火山が築かれた。
 だが、それでも終わらないのが闘争だ。
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!」
 噴煙を裂いてラドンは現出、瓦解した都心へと飛び出した。
 それを追う者も同様に現出する。
「――ソニックフォーム!!」
 噴煙を裂いた金髪の挑戦者、その姿は先ほどと違っていた。
 白い羽織は失われ、今は体の輪郭に従順な薄地のもののみがある。
……高速化のつもりか!? 真っ向から挑むというのか!!
 ますます面白い、とラドンは思う。
……来い!! 来いよ挑戦者!!!
 ラドンは加速。
 追って挑戦者も加速。
 互いしか見えない高速の世界に突入する。




「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
 ビル群が掠れ、
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
 音が感じられず、
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
 視力と勘と意思のみが働く世界。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
 その中で、
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ」
 血肉を削って絡み合うのみ。
「――ぁ――――――ぁ――――――――――お――――――ぇ――ぁ――――――――ぁぉ――――ぉ」
 掠れる。
「―――――ュ―――――――――オ―――――――――ォ――――ォ――――――――ッ――――――」
 自分さえも。
 純然な。
 速度と。
 なる感覚。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ぇぁ」
 剣閃。
 攻撃。
 回避。
「―――――――――ゴ―――――――――――――――――ォ―――――――――――――ォッ―――」
 翼振。
 反撃。
 迎撃。
「ぜ――――――――――――――ぇ―――――――――っ―――――――ぁぁ―――――――――――」
 撃。
 避。
 撃。
 防。
 撃、避。
 撃、防。
 撃、撃。
 撃、妨、撃。
 妨、撃、撃、避。
 撃、撃、避、撃、妨。
 妨、避、撃、避、撃、撃。
「「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ」」
 鳴。
 撃、避、妨、撃、撃、避。
 撃、避、妨、撃。
 妨、避、撃、撃、離、撃、撃、迫。
 撃、避。
 妨、妨、避。
 撃、妨、避、撃。
 雷、避、撃。
 避、風、撃、妨、撃、避、避、撃、妨。
 撃、妨、妨、妨、撃、避。
 撃、撃、妨、撃、避、撃、妨、撃、避、雷、風、離、迫。
 撃。
 撃、離、雷、避、撃。
 撃、撃、撃、撃、避、撃、妨、撃、妨、妨。
 避、撃、撃、妨、撃、避、撃。
 撃、離、迫、撃、撃、撃、撃、撃、離、迫。
 撃、避、避、撃、避、撃、妨、迫、撃、離、風、雷。
 撃、撃、撃、撃撃、撃撃撃撃撃、撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃、撃―――――――――――っっっ!!!!
「「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」」


 吼えて。
 攻めて。
 応じて。
 避けて。
 防いで。
 また攻めて。
 なにより、飛ぶ。
 速度のままに。
 その化身となって。
 その権化となって。
 誰よりも前に。
 全てを抜けて。
 全てを蹴落として。
 最先端に。
 前に出る、その為だけに。
 相手を負かす為だけに。
 飛ぶ。



「――――――――――――――――――――――――ぁっ」
 悠久と思ったその戦いにも、終わりは来た。
 挑戦者の苦鳴だ。
「ぁ――――――――ば――はっ―――――――――――?ぁっ―――ぁっぁ――――ぇぁ―――――――」 
 血と汗と涙と鼻水と唾液に胃液。その他種別不明の液体が、挑戦者のありとあらゆる穴から漏れだす。
 そして速度が衰えていく。
……限界か……
 挑戦者の体はあくまでも人間のもの。ラドンと正面から速度で戦って、長時間持つ筈が無い。
……惜しかったな!!
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ――――――――――――ン!!!」
 ラドンは吼える。お前はここまでだ、と。
 それが通じたのか、顔を歪めた挑戦者が加速する。
「あああぁ…………っッっ!!!」
 最後の、全力をかけた速度。長い金髪が散り、千切れた皮膚が血と水を蔓延させた。
 だが確かに、挑戦者はラドンへと到達する。
「ふ……っ!」
 ラドンの背に挑戦者は着地、無防備なこちらへと大剣を振り上げ、
……易々とはいかんよッ!!!
「――――――――――――――っッっ!!!?」
 ラドンは加速する。
 自分が出せる最大速度、それに急回転も加えた。
 それは最早、怪獣大まで巨大化した弾丸に等しい。
「……っ! っっッっッ!! ………っッっ!!!」
 圧倒的な重圧がラドンに、そして挑戦者へと絡みつく。その威圧に、挑戦者は喋る事も剣を出来ない。
 それでも挑戦者はこちらを踏みしめて耐えようとし、
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ――――――――ン!!!」
「――あ」
 意地も空しく、挑戦者は風圧のままに後方へと吹き飛ばされた。
「キユゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッっッ!!!」
 最後の敵も撃破し、ラドンは勝どきを思う。
 そして羽撃いて天昇、再び高空へと舞い戻ろうと、
……何……ッ?
 翼が開かない。というよりも身動きが取れない。まるで縛られているかの様に。
……拙いッ!
 速度を補給しなければ飛行は維持出来ない。やがてラドンの体躯は次第に放物線を描き、
「キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ―――――――――――――――――――――――――――――――――――っッ!!!!」
 落下した。
 超速の接地に停止は有り得ない。地上、アスファルトを割って地に抉り、周囲を破砕しながらラドンは進行。


「ギュゴオオオオォォォォ……ッッ!! ゴッ!! キュゴオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ―――――……ッッ!!!」
 擦過と粉砕によってラドンの体躯は皮と肉を削ぎ落とし、骨格を剥き出す。
……一体、何が……ッ!!?
 擦過する内にラドンの体躯はつっかえ、宙へと浮き上がる。
 そこへ一つの巨影が到来した。
「ケキュ」
 それは巨大な蜘蛛だ。八脚を伸ばして飛来するその頭上には、紫の髪をした人間の娘。
「クモンガ、最後の捕縛を」
 娘が呟いた瞬間、蜘蛛の口が糸を噴射した。滝にも似た威圧にラドンは叩き落とされ、地上で跳ねる事も無い。
 絡みつく糸の粘着力の為だ。
……これのせいか……ッ!!
 粘質な感触に、ラドンは拘束感の原因を突き止めた。
 おそらくビル群に、目視出来ない程に分散した蜘蛛の糸を張り巡らせていたのだろう。一本では拘束力にもならないが、何百何千と浴びれば話は別だ。
……おおおおぉぉぉぉ…………っ!!!
 理解した瞬間にラドンを埋めたのは、憤怒の情だった。
「ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――ン!!!」
 今までの戦いは挑戦ではない、自分をこうして嵌める為の作戦だったのだ。
……戦っていたと、そう思っていたのは俺だけという事か!!?
 奴等は戦っているつもりなど無かった。ただ、自分を捕らえられればどうでも良いのだろう。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――――――!!!」
 怨嗟に吼える。
 あの戦いはなんだったのか、と。
 あの戦いに何も見出さなかったのか、と。
……貴様等は……貴様等、はぁ………!!!
 戦っていると思っていた。
 生死と優劣をかけて、血肉の限りを尽くして喰らい合っているのだと思っていた。
……貴様等は、毛程にも思っていなかったか!!
 やがて身動き一つ取れなくなり、そうした自分に影が迫る。
 大剣を振り上げて舞い戻る、金髪の挑戦者だ。
「あああああああああああああああああああああああああああ…………っッっ!!!」
 掲げられた大剣に雷が落ち、雷電の刃が完成する。
……俺に突き立てるか! そうしてまで勝ちたいか!! 俺に敗けて尚そうするか!!!
 それは勝利者の権限だ、と思う。
 全戦全敗の貴様等が、積み重ねた敗北によって俺を押し倒した貴様等が、それをするのか。
……滅びるがいい人間め!!
 迫る刃と女に、ラドンは怨嗟する。
……“奴等”の到来にも気付けず、我らを卑劣に殺す愚族め!!
「プラズマッ!! ザンバァァァァァ――――――――――――――――――――ッッッ!!!!」
 死ねよ、と。死んでしまえよ、と。
 その思いを抱いたラドンの胸に、大剣は突き立てられた。




 瓦礫へと腰掛けたフェイトは、思わず眉をひそめて鼻を塞いだ。
 周囲に立ちこめる悪臭の為だ。
「……………………………………………………」
 高熱が肉を焼いたような、生物が炭化する臭い。その源をフェイトは仰ぎ見る。
 視線の先にあるのは、全身を黒く焦がしたラドンの体躯だ。ランブリングの船底から伸びた巨大な碇がラドンに突き刺さり、少しずつ引きずり上げていく。
「…………っ」
 剥き出す白濁とした目に睨まれた気がして、フェイトは顔を背けた。
『……ラドンの捕獲を確認。作戦を終了します』
 念話を繋いでエリオ達に連絡。お疲れ様、と労いをかけるが、それが本意でない事は声色から窺える。
『エリオ、キャロとフリードは?』
『一足先に戻りました。フリードには治療が必要なので』
 戦中でフリードの下顎が弾ける様を、フェイトはその目で確認していた。あれだけの重症だ、先んじて撤退したのも理解出来る。
『エリオとルーテシアも、もう戻っていいよ』
 キャロの所に行ってあげて、と言えば、了解と共に念話が切れた。
 子供達がこの場所を離れた事をフェイトは確認し、別所へと念話を送る。その先は、
『――なのは』
 遠地に現れたアンギラスへと向かった、高町なのはだ。
『ラドンの捕獲を完了、こっちは終わったよ』
『……うん。私の方も、さっき終わった所』
 どうやら向こうもアンギラスの捕獲出来たようだ。それが良い事なのか悪い事なのか、判断出来なかったが。
 それから幾つかの情報交換。フリードの重傷、ジェットジャガーの損傷、都市の破壊。
 得てしまった被害は甚大だ。
『でもこれで、怪獣の数は揃ってきたね。』
『うん。あとミッドチルダにいる怪獣は、キングギドラとジラの2匹』
『……多分、はやてちゃんはキングギドラを狙うと思うよ』
 変わってしまった友人の名をフェイトは呟く。
『ジラはイドニア周辺に棲んでるみたいだけど、詳細な情報は無いし。わざわざ所在不明の方を探す位だったら、強くても所在のはっきりした砲を狙うよ』
 キングギドラ。
 ゴジラに比類するとされる、金色の三ツ首竜。
『……そうだね。アンギラスとラドンも、それに合わせて調整しないと……』
 その言葉を切っ掛けに、両者は押し黙る。自分達が捕獲した二匹の行く末を連想した為だ。
『じゃあ、切るね。隊舎で会おう』
『うん。……じゃあね』
 なのはとの念話を切断してフェイトは息を吐く。
 万感の思いを込めた吐息に、言葉が伴った。
「――こんな戦いなんて、やりたくないのに」


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最終更新:2008年05月24日 16:48