魔法少女リリカルなのはFINAL WARS ミッドチルダ2~繁華街戦~

 ミッドチルダ南部にある都市、シンハイ。広大な繁華街を持つ事で知られるその街は今、大破壊が生じていた。
「ギイイイイイイイイイイィィィィィィィギエエエエエエエエエェェェェェェェェェェッッ!!!」
 繁華街の中心にて甲高い咆哮が響く。叫びの主は家屋を遥かに超える、巨体の怪獣だ。背一杯にトゲを生やし、四脚を大地に突き立てたその姿は恐竜に似ている。
 怪獣が歩く度に、長い尾を振り回す度に、周囲の家屋は爆発と共に津波となった。
「「「―――――――――――――――――――――――」」」
 怪獣の足下は絶叫で埋め尽くされていた。
 逃げ惑う人間達。
 舞い上がり、墜落する瓦礫。
 それ等全てが混合し、和音となって蔓延する。
「ギイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィエエェェェェェェンッ!!」
 怪獣は頭を掲げ、勝鬨を吠えた。だが、それを否定するかの様に轟音が近寄る。
「ギイイイィィィィィィゲエエエエエエェェェェェェンッッ!!」
 突如の閃光、青白い稲妻が怪獣の足下を焼き払った。何か、と仰ぎ見た怪獣が見るのは夕陽、紅の光源を背負って現れた影だ。
 曲線を描いた本体の下部に長大な刀身を付属させた、次元航行艦がそこにある。
「ギイイイイイィィィィィ………」
 それが仇敵であるかの様に怪獣は船艦を睨む。
 そして逃げ惑う群衆の中、一人の男がその船艦に気付いた。あ、と声を漏らし、
「――火龍」
 船艦の名は喧噪に、そして再度照射した稲妻の轟音に掻き消えた。



「……このアルマジロ野郎め」
 火龍の艦橋、大型モニターに映る四足の怪獣を見て、李翔は毒気づいた。
「プラズマメーサー砲、準備!」
「了解ッ!」
 李翔は艦長席より指示、周囲のコンソールと対峙した部下達が応じる。幾許の間となく準備は整い、
「艦長、撃てます!」
「発射ッ!!」
 脊髄反射の如き指示。部下もまた、メーサー砲発射します、と即答。船体下部の刀身から稲妻が放たれ、まっすぐに怪獣を狙い撃つ。
『ギイイイイイイイイイイィィィィィィィギエエエエエエエエエェェェェェェェェェェンッッッ!!!』
 スピーカーが怪獣の咆哮を拾う。しかしそれは、痛みを受けた事の悲鳴ではなかった。
「な……ッ!?」
 モニターの向こう、怪獣が俊敏に跳び上がったのを李翔は見る。跳び上がった怪獣は空中で回転、トゲを剥き出す巨大球体となって繁華街に落下した。
「……アンギラス、四肢に脳を持つが故の俊敏性か」
 巨体にあるまじきその素早さに李翔は歯を噛む。だがそれで断念はしない。
「追えッ! 捉えて砕け!!」
 火龍はメーサー砲を継続照射。怪獣、アンギラスに命中させようと追跡する。
 だが球化して跳ねる怪獣の軌道を捉える事が出来ない。ただアンギラスの通った後を破砕するだけだ。
「艦長、このままでは徒に市街を破壊する事に……ッ!」
「解っている!!」
 副官の諫言に李翔は答え、
「追尾弾、発射!」
「多弾頭追尾弾、放ちます!!」
 即座の復唱、そして数十の弾頭が放たれた。飛行する爆弾は煙を引いて球体を追跡、そして、
『ギイイイイイイイィィィィィィィッッ!!!』
 剣山の如き球体に命中、アンギラスに悲鳴を上げさせる。更に球化の姿勢を崩して速度を落とした所へメーサー砲が追い付く。
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエンッッ!!!』
「よし!!」
 爆炎と噴煙、メーサー砲を命中させた李翔は拳を握った。
「船体旋回! センサーは状況を確認しろ!!」
「了解!」
 航空艦に即座の停止は不可能。火龍は船体を回し、墜落したアンギラスに向き直ろうとした。
 しかし、
「艦長、まだアンギラスが!!」
「何ぃ!?」
 センサーと対峙する船員が叫ぶ。そうして李翔が見たモニターに映るのは、爆炎を貫いて迫る球体だった。
……墜落して、しかし即座に跳び上がったのか!?
 それも今度は回避ではなく攻撃として。受撃によって生じた噴煙を煙幕として。
「――化物めッ!!」
 何という闘争本能。転んでもただでは起きないとはこの事だ。
 かく思う間にもアンギラスは迫り、衝突した。
『ギイイイイイイイイィィィィィィィィィィギエエエエエエエエエエエエェェェェェェェンッッ!!』
「……!?」
 だがそれは船体にではない。不可視の障壁、巨大にして強固な防御魔法とだ。
「どういう事だ! この艦に魔力障壁は……」
「艦長、甲板です! 甲板に発生源があります!」
 李翔は、映せ、と指示してモニターの端に甲板を表示させる。そこにあったものは、
『……ん、ん、んん………ッっ!!!』
 球体にデバイスを向け、防御魔法を起こす一人の少女だった。栗色のツインテールに白のバリアジャケット、構えられた杖型のデバイスからは、帯程の長さもあるカートリッジが伸びている。
「まさか、アイツが一人で障壁を起こしているのか!?」
 驚くべきはカートリッジの消費速度。デバイスは次々と飲み込んで排出、一面限りとはいえ次元航行艦を覆う巨大障壁を造った。
「どういう術式構築をしてやがる……。トチれば、デバイスごと腕が吹っ飛ぶぞ」
 唖然とした李翔、だがそんな驚愕を他所に少女は障壁を発生し続ける。
『……ジェーツーっ!!!』
 やがて少女は誰かの名を呼んだ。そして、
『ギイイイイイイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェッッ!!!』
 船体裏手より迫った影が、球体を弾き飛ばした。弾かれたアンギラスは球化を解除、四肢を市街に突き立てて着地する。地上を滑る巨体は市街を抉り、アスファルトに隠された地面を露出させた。
 そんな大地に着地する影。アンギラスに勝るとも劣らない巨躯、人型のそれは巨大なロボットだ。
「あれは、オペレーションFINAL WARSの決戦兵器」
「――ジェットジャガー、か」
 赤、青、黄の塗装がなされた鋼の巨躯は戦闘態勢、アンギラスと対峙する。
『は、ぁ………っ』
 アンギラスが離れれば魔力障壁は不要、甲板の少女が息切れと共に膝をついた。それから左肩を握り締め、
『……大丈夫、今度は、失敗してない』
 苦々しく独白。何か古傷でもあるのか、と李翔は想像するが直ぐに捨て去る。
「おい、お前」
 少女に向けた声は念話、機械が起こした通信魔法に少女は面を上げた。
『……はい。私は機動六課スターズ分隊隊長、高町なのは一等空尉です。怪獣出現の報告を受け、出動命令が下りました』
「はん、噂に聞く怪獣追っかけ部隊か」
 これは念話に乗せない李翔の呟き。それが聞こえる筈もなく高町なのはは続ける。
『――アンギラスを捕獲します。ご協力を』



 半ば廃墟と化した繁華街で、ジェットジャガーとアンギラスは対峙していた。夕日を浴びて両者の身体は赤と黒に照り、足下から伸びる影が伸長する。
「ギゥ……ル…ルルルル……ルルルルルルルルル……………ッ」
『…………』
 アンギラスが獰猛に唸るのに対し、ジェットジャガーは構えて静止。微動だにしないそれは、ロボットだからこそ有する利点だ。
 自明の理、先に痺れを切らしたのはアンギラスだった。
「ギイイイイイイィィィィィィィィィィギエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェっッ!!!」
 雄叫び一声、そして突進。四脚で地を蹴り、アンギラスの体躯が迫る。
『戦闘開始』
 それを期にしてジェットジャガーも動いた。反撃は蹴りだ。
 右脚を小さく後ろに振り、ローキックを抜き放つ。
「ギイイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエンッ!!」
 眼前に迫る蹴りを、しかしアンギラスはしゃがむ事で回避した。前脚を踏ん張って急停止、足首を回し、ジェットジャガーから見て右側に反転する。
 となれば当然来るのが、アンギラスの長い尾。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイァァァァァァァァァッ!!!」
 風を裂く猛威の直線が、ジェットジャガーの頭部を喰い千切ろうとした。巨躯の鉄機は身を仰け反らせるがそれで躱せる筈も無い。さらけ出された顎に尾が迫り、だが回避は成功した。
『旋回』
 ジェットジャガーの取った行動は仰け反りではなく、後方への転倒だったのだ。瓦礫に衝突しようとする頭頂、それよりも先に突き出された掌が着地する。
 尾の回避はブリッジ姿勢、だが行動はそこで止まらない。
『跳躍』
 転倒の勢いを利用して逆立ちし、そして腕力のみで跳び上がった。
 アンギラスが見上げる先でジェットジャガーは身を丸める。そして左脚を天上に突き出し、それを振り下ろす様にして落下。左の踵が落ちる先はアンギラスの頭部だ。
『一撃!』
 しかし、アンギラスは既に対抗策を取っていた。
『……失策!!』
 尾を一周させたアンギラスは半歩前進、その背一面に生えた剣山を向けていたのだ。
『……………………ッ!!!』
 このまま攻撃すれば左脚は剣山で砕ける。ジェットジャガーは左脚を強引に畳み、着地姿勢を取った。
 怒濤の音と瓦礫を舞い上げ、畳まれた両脚が接地する。だがそれは、アンギラスの目前に降り立つ事だ。
『防ぎ……』
「ギイイイイイイイィィィィィィィィィギエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェッ!!!」
 発声は完遂出来なかった。
 アンギラスの頭突きが、咄嗟に交差したジェットジャガーの両腕に激突する。
『ガ――――――――――――――』
 着地直後の不安定に受けた攻撃を耐える事は出来なかった。ノイズという悲鳴を上げ、ジェットジャガーの巨躯が瓦礫を押し退け地を削る。
「ギイイイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」
『回避……ッ』
 その勢いを利用して転がり、追撃の踏みつけを辛くも回避。アンギラスと間合いを取り、
『―――――――――――――――っッ!!?』
 一撃を受けた。
「ギイイイイイイイイィィィィィィィィィギエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェッッ!!」
 攻撃したのは当然アンギラス、加速された体当たりの威力は先程と桁が違う。
……追々撃!? 行動速度・高速……っ!!
 衝撃に痺れつつジェットジャガーは思う。速過ぎる行動速度、さすがは四肢に疑似脳を持つ怪獣だ、と。
 哮るアンギラスの四脚、その付け根には“脳”と表現出来る程の神経塊がある。頭部の本体に管制されたそれ等が俊敏な行動力を生む。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」
 現に今も、更なる攻撃が付与されようとしていた。
『………っ!!』
 吹っ飛ぶジェットジャガーを追ってアンギラスは跳躍。上にではなく、前方へ鋭く跳んでジェットジャガーを追う。中空で身を丸め、背の剣山を全面にしたその形態は、
……暴龍怪球烈弾!!
 誰が呼んだかアンギラス最強の攻撃、それが鋼鉄を粉砕せんとジェットジャガーに飛来した。
『―――――――――――ッ!!』
 ジェットジャガーに取れる行動は回避のみだ。横転した身を転がる事で移動を維持する。
 そのすぐ後を、手鞠の様に跳ねる剣山球が追い続けた。
「ギイイイイイエエェェェェェェ………っッ!!!」
 やがて徐々にアンギラスが迫り、
『……離脱!』
 ジェットジャガーはうつ伏せになった一瞬に、手足をついて地を押しやる。そうして成るのは進行方向の変化、進んできた方向から直角にジェットジャガーはでんぐり返った。
 しかし、アンギラスはそれさえも追撃可能。
『――走行!?』
 行き過ぎた球体が跳ねる事を止め、接地しつつ回転した来た。さながらモンスタートラックのタイヤだ。
『意欲異常……!!』
 執拗な追撃、それこそが怪獣を怪獣たらしめる闘争本能か。
 瓦礫と土砂を噴煙して迫るアンギラスを、ジェットジャガーは飛び越える事で回避しようとする。が、
『…………ガ!?』
 球体を飛び越える途中、まるで柱と衝突した様な衝撃を受けた。それを左の二の腕に受け、ジェットジャガーは不時着する。
……原因、究明……ッ
 一体何が、という疑問にジェットジャガーは身を起こす。そして見るのは、幾らか離れた位置で球化を解除したアンギラスだ。否、そこにジェットジャガーは不自然を見出した。
……形態解除・早……
 球化を解いた事で走行が止まったのなら、アンギラスが怪獣形態になるのはもう少し遅い筈だ。
……解除時期・攻撃中!?
 そうか、とジェットジャガーは答えに出す。先ほどの走行、自分が飛び越える途中でアンギラスは球化を綻ばせていたのだ。その長い尾を筆頭にして。
『攻撃手段・尾』
 解かれた尾は走行による遠心力で伸びきり、飛び越えようとしたジェットジャガーを打つ。それが攻撃の真相か。
「ギイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィギエエエエエエエエェェェェェェェェェン!!!」
 勝利を見たのか、アンギラスが一際吼える。とどめを与えようと四脚が地を蹴り、その巨躯がジェットジャガーへと突進した。
 ジェットジャガーは、ゆらり、と立ち上がってもう回避行動をとらない。
『………………………』
「ギイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィエエエェェアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
 その間にも迫るアンギラス。対して取られた行動は、両腕を左右に広げる事。
 だがそれこそがジェットジャガーの反撃だった。
「ギイイイイィィィィィィィ…………ッッ!!?」
 解放されたジェットジャガーの両脇、そこから青い閃光が閃く。やがて二閃は螺旋を描き、一本の綱紐を描いた。アンギラスの頭部と同程度の直径を作ったそれが、
「「―――ナカジマスペシャル!!!」」
 合唱の下に、アンギラスの左こめかみと右顎に炸裂する。
 ぐぎゅり、と嫌な音を響かせてアンギラスの頭部が右に捩じれた。



 ナカジマスペシャル。それは対怪獣攻撃としてスバルとギンガが開発した、共同技術である。
 その実体は、両者のウイングロードを螺旋状に絡ませながら進行し、その遠心力でリボルバーナックルの打撃力を高める技だ。だがこの技の肝は、絡み合うウイングロードの片方を半周分先んじる事にある。
 それは打ち込む部位を分散し、加えて時間差攻撃も果たすという事。関節部や肢体の先端に命中させれば、その部位を捻らせて打撃以上の効果を与える事も出来る。
 怪獣の巨躯に対しても有効な打撃、当たり所次第では関節技。それこそが、
「「―――ナカジマスペシャル!!!」」
 スバルの黒いリボルバーナックルが右顎に、ギンガの白いリボルバーナックルが左こめかみに食い込んだ。物体が上下を左右逆から押されれば、当然それは回転する。
「ギ、ギェ…………ッ!」
 頸部と気道を捻られ、アンギラスが絶息した。口角から泡が、目尻からは涙が僅かに零れる。
 対する姉妹は一撃離脱、青と紺のウイングロードは頭部を離れてジェットジャガーの元へ伸びた。
「ジェーツー、大丈夫?」
『問題軽微……破損度合・小破』
 左右の肩に乗った青髪の少女達にジェットジャガーは答える。
『任務続行可能』
「でも、左腕はそう何度も使えそうにないわね」
 左肩に降り立ったギンガは視線を下げ、そこから伸びる腕を見た。二の腕は外装が抉れ、内部機構を幾らか露出させている。回線にも支障があるのか、時折指先が痙攣していた。
「使えて精々、一度か二度といった所でしょう?」
『回数十分』
 ギンガの危惧に、ジェットジャガーは問題無しと答える。
『本機右腕・両脚健在』
 そしてジェットジャガーが続ける言葉は、
『追加……ナカジマ姉妹』
 お前達がいれば不足はない、むしろ十全である。ジェットジャガーはそう告げた。
「……そうね」
 その答えにギンガは笑み、
「うんっ!」
 スバルが拳を握った。それに追随する様にアンギラスも一声。
「ギイイイイイイイィィィィィィィィィィィギエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェッ!!!」
 頸部の痛みを乗り越えた咆哮は、復讐を望む怨嗟の叫びだ。
「向こうもやる気満々だし、なのはさんの準備が済むまで!」
「私達で出来る限り削るわよ!」
『了解!!』
 アンギラスの突進に、2人と1機は分散して立ち向かった。
「ギイイイイイイイイイイエアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!」
 アンギラスに応じて突っ込むジェットジャガー。アンギラスは今度こそ叩き潰そうと脚に力を込め、
「ギイイイイイイエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェッッ!!?」
 突如として視界が青一色で遮られる。スバルとギンガのウイングロードが眼前を横切ったのだ。本来は移動用の架け橋も、使い方次第では撹乱にもなった。
 アンギラスは思わず急停止、そこへジェットジャガーの蹴りが突き刺さる。
「ギイイイイィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 よろめいたアンギラスは踏みとどまろうとし、
「だああああありゃあああああああああああああああああっ!!」
 その脚をスバルが打つ。カートリッジを2本吐き出し、全速力で突っ込んだ一撃は引かれた踵を打ち返し、姿勢維持を妨害。踏み留まる脚を弾かれてアンギラスは転倒した。
「ギイイイイイイイイガアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 転倒を一回転。アンギラスは即座に立ち直り、尾をスバルへと振りかぶる。
 だが今度は、その尾にギンガが向かった。
「せえああああああああああああああああっ!!」
 迫る尾に打撃、その慣性を相殺する。弾かれた尾と同様にギンガの身体は後方へ飛ぶが、それも計算の内だ。
 尾とギンガが弾き合った空隙を、ジェットジャガーの拳が貫く。
『一撃!』
「……………っッっ!!!」
 文字通りの鉄拳が右頬に炸裂する。その威力に怪獣は持ち前の咆哮もあげられない。
「ギ、ギ、ギギギギイイイイイイイィィィィィィィィィ……ッっ!!」
 アンギラスは苛立つ様に唸った。耐えようとすれば崩され、攻撃しようとすれば阻まれる。弱小と判断していた2匹の小動物に翻弄され、アンギラスは血を滾らせた。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアイイイイィィィィィィィっッっ!!!」
 大きく開かれた口は咆哮ではなく、攻撃の為に開かれたもの。
 狙うは先ほどの相殺で弾かれ、落下していくギンガだ。
「…………!!」
 着地にウイングロードを造ろうとしていたギンガは、洞穴の様に大きな口内を見る。
 外縁部に整列する牙を越え、ぬめる舌が下方に広がり、悪臭の吐息が充満し、
「――――――――――――――ッ!!!」
 顎を閉じられた。
「ギン姉ぇっ!!」
 脚への一撃を終えて上昇していたスバルが叫ぶ。
「……だい、じょ、ぶ………っ!」
 危惧にギンガは返答した。
 舌の上に立ち、口内の天井部に両腕をつき、ギンガはアンギラスの閉口を押さえている。
「……今助ける!」
「待ってスバル!!」
 スバルの急接近をギンガは止めた。
「ジェーツー! アンギラスの顎を蹴り上げて!!」
 ギンガは迫る危機を助長させる命令をジェットジャガーに与える。
 命じられてジェットジャガーは逡巡。だがこの状況でギンガが無意味な命令を下す筈が無い、そう判断し、
『了解!!』
 右脚を後方へ振り上げ、アンギラスの下顎を蹴り上げた。
「ギン姉ぇぇぇぇっっ!!」
 閉じられたアンギラスの口、スバルの悲鳴が木霊する。
「ンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンッッッ!!?」
 突如、アンギラスが閉じたままの口から叫びを漏らした。そして、
「――リボルバアアアァァァァァァァァァッ! ギムレット!!」
 アンギラスの鼻もとから、ギンガが飛び出した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッッッ!!!!」
 アンギラスが渾身の悲鳴を上げる。
 ギンガが発動したのは、かつてジェイル・スカリエッティに改造された左腕の攻撃機能。リボルバーナックルとの連動により、手をドリル化するリボルバーギムレットだ。
 ギンガは閉口の反動を利用して口内を刺し、肉を割り、骨を粉砕し、表皮を突き抜け、脱出口を造ったのだ。
「……うぅ」
 口内から脱出したギンガだったが、その全身は唾液と血と鼻水に塗れており、表情は最悪だ。
「オッ! オオオオオッ!! オオオオオオオオオオオオオォォォォォォンッ!!!」
 一方のアンギラスは両前脚を鼻もとに当てて悶える。一点とはいえ頭蓋骨を貫かれ、口内と鼻もとを開通されたのだからそれも当然だが。
「スバル、やるわよ!!」
「うん!!」
 その間にギンガとスバルは呼応、事前に受けていた対アンギラス攻略作戦を実行する。
 二人のウイングロードがアンギラスの前脚へと伸び、制作者である二人の少女を脚の根元に下ろした。
「グ、グウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………?」
 痛む鼻もとを押さえつつ、アンギラスは左右のナカジマ姉妹を見やる。
 そしてスバルは左肩に右の平手を当て、ギンガは右肩に左の手刀を突き付けた。そして、
「――IS、振動破砕!!!」
「――リボルバーギムレット!!!」
 内部破壊の能力と、全体貫通の機能が、アンギラスの両前脚に放たれる。副脳とも称される、神経塊を秘めたそこに。
「――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 叫びは最早声にならず、空気振動のみとなって届く。
 神経の塊である副脳。左にあるそれを破裂させられ、右にあるそれを掻き回される痛みは、人体では再現不能だ。
「……アっ! アオ……っ! オアアァ…………」
 何の意図も無く漏れるアンギラスの呻き。腫瘍の様に腫れ上がった両肩に、ナカジマ姉妹は攻撃完了を確認した。
「ジェーツー! 最後だよ!!」
『了解!!』
 仕上げを果たそうとジェットジャガーが駆け寄ってくる。
 伏したアンギラスの目前で停止し、地と腹の間に手を差し込み、そして巨躯を持ち上げた。
『出力全開……ッ!!』
 抉れた左腕が火花を散らして軋み、大重量を支える両脚が痙攣する。しかしジェットジャガーは確かにアンギラスの体躯を掲げ上げ、
『投擲!!』
 夕空へと投げ上げた。
「ギイイイイイイイィィィィィィィィィィィィ………」
 空中を浮かぶアンギラスは惚けた鳴き声。剣山を背負う巨躯は緩やかに回り、夕陽の沈む方へと腹を晒した。そこへ、
「ギヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!?」
 追撃が突き立てられる。全速力で飛来した火龍、その下部に装備された刀身が突き刺さったのだ。
 そして甲板には一人の少女、高町なのはが直立している。その背には、虫に似た光の羽が並んでいる。
「全力、全開!!!」
 それはジュエルシード事件の終局にて、リンディ・ハラオウンが見せた高速魔力運用技法。余りの難易度に彼女以外の誰も使えなかったそれを、なのはは使っていた。
 火龍からの魔力供給を受け、カートリッジを越える大出力をなのはは発揮する。
「――プロテクション・リバウンド!!!」
 接触対象を弾き返すバリア系防御魔法。次元航行艦の出力を得たそれは、アンギラスの巨躯さえも反発すした。
「ギイイイイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェ…………」
 叫びは一瞬で遠のき、アンギラスは巨大な砲弾となって飛ばされる。
 瓦礫の山を越え、無事な市街を越え、次第に放物線を描いて落下していく。落ちる先にあるのは、シンハイの周囲に広がる湾岸だ。
「……………ェェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエンッ!!!」
 巨大な水柱を天に突き立て、アンギラスは海に突っ込む。
「ギイイイイイイィィィ、ィィィイ…………っッっ!!?」
 満身創痍で海上に浮かんでいたアンギラス。だが突如としてその身は海中に没した。その体躯を引きずり込むものがいたからだ。
「ここで、終わりよ」
 アンギラスを引きずり込んだもの、それはティアナと彼女の使い魔、マンダだ。長胴を何重にも巻き付け、深海へとアンギラスを誘う。
「ギオ……ッ! ギボ……ォ………ォボオオオオォォォォォォ………ッ!!」
 長胴と水圧による圧迫で、アンギラスは体内の空気を洗いざらい吐き出した。吐息は泡となり、口や鼻もとに開通した穴から溢れていく。
「オ……オ………オォ…………………」
 やがてその泡も出なくなり、アンギラスの双眸は真っ白になる。
 そして怪獣は、暗く深い海の底へと意識を手放した。



 眼下一面に広がる、かつては繁華街だった瓦礫の山。その光景をギンガは火龍の甲板から見下ろした。背後ではスバルと、人間大まで縮小したジェットジャガーがなのはの懐抱をしている。
「大丈夫ですか、なのはさん」
「……ん。ちょっと、頑張り過ぎちゃったかな」
 にゃはは、と笑うなのはの顔は赤い。数十発のカートリッジロードに続いて次元航行艦からの魔力供給、その負荷に彼女の全身は発熱していた。
『冷却必須』
 ジェットジャガーは対処法を進言、何処から取り出したのか冷却シートをなのはの額に貼った。その感触が心地良いのか、なのはは目を薄く閉じる。
『――ギンガさん』
 と、ティアナからの念話がギンガの脳裏に響いた。
『アンギラスの捕獲、完了しました』
『……そう』
 任務の完了、しかしギンガの表情は浮かばれない。思うのは、アンギラスの行く末だ。
……また、あの部屋に連れていかれるのね……
 この後アンギラスは怪獣専用の屠殺室に連れ込まれるだろう。極度の身体強化で被験者を必ず殺す、あの毒ガスで充満した部屋に。
……悔いる意味が無いわ。だって……
 そこへ送り込むのは私達なんだから、と思いかけて止めた。
 そう思ってしまったら、何かが折れてしまうから。
『……ギンガさん』
 再度ティアナに呼ばれた。何? と問い返せば、
『私達は、間違ってないですよね』
『――少なくとも、私達が生き残る為に必要な事だわ』
 一拍の後に、ギンガは断言した。
 返されたのは沈黙、そこでティアナがどう思ったのか、ギンガには知る由もない。
『……すみません、変な事聞きました』
『ううん。そっちの処理が終わったら、こっちに合流して』
 こちらの言葉に、はい、とティアナは了承、念話を切断した。それからギンガは長髪を指で梳ぎ、視線を上げた。
 砕かれた市街が嫌で見上げた空は、夕暮れを終えて夜に入ろうとしている。
「……フェイトさん達は、大丈夫かしら」
 暗くなり始めた空にギンガは呟く。
 今は深夜であろう地方都市ステーツ。そこに出現したラドンへと向かった、ライトニング分隊を思って。

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最終更新:2008年04月05日 00:05