(パターン1)
「あっあんなの聞いてないぞ!」
大きな屋敷の中、余りにも不審人物といった黒装束に目出し帽の三人組が、僅かな光源となる燭台の下で震えていた。
彼らはいわゆる暗殺者……幾分か精度が劣るので鉄砲玉といった存在だった。与えられた仕事は酷く単純で、この館の主を殺すこと。
その人物が持つ権利が組織の運営上で邪魔になると言う理由なのだが、そんな事に興味は無い。
問題はどれだけスマートに、確実に殺して賃金を貰うかという一点に過ぎないのだから。
「そうだ! 護衛はガキと小さいトカゲだけだって言われたのによ!」
この仕事を行うのに重要になってくるのは護衛、つまり殺しを邪魔する存在だ。
その有無、量、質は全て調べつくした。その結果として得られた結果は「少女と不思議なトカゲ」だけ。
余りにも貧弱、余りにも容易い仕事のはずだった。それが……
「なんだ……あの化け物どもはぁああ!?」
そう、自分達の行く手を阻んだのはまさに化け物。
壁に並んでいた鎧が頭部を取り落として歩いていた。
何気ない絵画が笑いながら空を舞っている
腐臭を放つ亜人の死体が剣を振り上げて迫ってきた。
まさしく悪夢。想像し難い非現実ではなく、目が捉える現実こそが真に奇異なる。
「まあ、落ち着こう。今のはたぶん幻影や無機物操作の応用だ。
幻影はこっちに触れないし、無機物操作じゃ動きはたかが知れてる。
あんな連中は無視して、さっさと仕事を済ませないと……」
暗殺者の一人が冷静に状況を分析し、仲間たちの落ち着きを取り戻そうと試みた。
しかし所詮それは自分が知りうる知識の中でのこと。真実はそんなところにはないのだ。
もちろん目の前の異形を打ち砕くような力があるのならば、原理は何の問題にもならない。
だが彼らにはソレが無かった。
「カシャン……カシャン……」
ゆっくりと近づいてくる金属音に誰もが大なり小なり、ビクリと体を震わせた。
だが相手は唯の木偶人形。注意すれば容易くやり過ごせる。そう思っていのたのだが……音が変わった。
「ガシャンガシャンガシャン」
ゆっくり一回ごとに区切られた音は連続したものに……
「ダンッ! バタン!! ガガガガガ」
不規則な変音は木で出来た床が、高速で強打されたされる事で発生した音。
急な変化や大きな音は人間に根源的に恐怖を与える。神経の相応な反応なのだが、実感するほうは堪らない。
音の理由を考えれば……何かが高速で移動している。
「あっ! あぁああああ!!」
気がついたときは既に遅い。彼らは複数の異形に完全に囲まれていたのだ。
恐怖が先行し誰もが動けない中、一斉に振り上げられた剣が振り下ろされて……何かが断たれる音がした。
「終わり……大した事ねぇぜ」
暗殺者たちが見舞われた恐怖と終焉を見ている者がいた。
チューブトップ、タイトなミニスカートには二重にベルトを巻き、その上からゆったりとした作りの紅いコートを着ている。
小さな桃色の髪の少女は手に嵌めた手袋型デバイス ディアディアンクを光らせ、いくつかの魔法陣を従えて、シモベたちの挙げた成果に満足そうに嗤う。
「やっぱ多量に展開、高速で囲んで袋叩きにするのは、間違った戦略じゃなかったな?」
『あんまり印象がよくないけど……有効なのは確かですね?』
「キュク~」
盛大に嘲笑を作っているのは、胸に輝くオカルトグッズ・千年リングに宿る魂 バクラ。
犠牲者に僅かにも申し無さそうに補足するのは、体の持ち主であるキャロ・ル・ルシエ。
そして事態が解っているのか解らないのが、白銀の幼竜がフリードリッヒ。
間違いなく暗殺者たちが仕入れた情報人に有った護衛だ。
「はん! 他人様のご意見など知った事か!
オレ様達はオレ様達の好きなようにやる! だろう? 相棒」
一人多いがバクラは肉眼で捉えることができないのだから仕方が無い。
そして魔道師である可能性の失念、更に特殊な術式による死霊制御まで加わるとなれば、鉄砲玉風情に勝ち目は無かった。
「はい!……でもあんまり他の人に迷惑をかけるのもダメ!……だと思うんですけど」
『はいはい、あいも変わらずヌルイな。まっ……ソレこそが……』
「? 何か言いましたか?」
『何でもねえよ。とりあえず雇い主様に報告といこうぜ?』
そう、これは仕事だ。多くの人を用いた物々しい警備を好かない金持ちが募集した護衛の仕事。
では仕事をする理由とは何か? お金を得て……生きていく為に。と言う事で……
『キャロとバクラはこんな風に日々を生きています』
(パターン2)
キャロは古びた部屋を掃除していた。ソレは熱心に。真心を君に!って程に。
ハタキで丁寧に埃を落とし、箒によってゴミを取り、雑巾で拭き掃除。
他にも色々とした小技を挟みつつ、それはもうやる気満々。ランランル~である?
『なぁ……相棒』
「なんですか? バクラさん」
片や全くやる気が無い人が一人。荒事とトラブルとハプニングと盗みをこよなく愛するエジプトの盗賊は酷く退屈していた。
キャロだけが見ることが出来るビジョンの中で、その体をグデ~と仰向けに寝そべらせていたりする。
『退屈だ……』
「キュクゥ~」
それに賛同するフリードリヒも外を飛び回りたいと羽をバタバタ。だがそれも「埃が飛ぶ!」とキャロに怒られて中断。
「そうですか? 私は楽しいですよ?」
憧れていた普通なこと。それが一時のものであろうとも、キャロは確かに安らぎを感じていた。
「キャロちゃん、ご苦労様。ちょっと休憩にしましょう」
「はい、お婆ちゃん」
部屋の掃除を終えたころに顔を出すのは、腰が見事に曲がり、白髪と顔に刻む無数の皺が生きた年数を語る老婆だった。
彼女こそこの『仕事の依頼人』である。
「本当に助かってるわ、こんなにお掃除できたの何年ぶりかしら?」
二人はキャロが掃除をして、見違えるようになったダイニングで、テーブルを囲んでいた。
テーブルの上にはティーセット、これまた灰塗れになって掃除したオーブンで焼かれたクッキーが並んでいる。
そう、老婆から貰った仕事は家の大掃除。平和で平穏な仕事。故にバクラは退屈そうだったのだ。
今は亡き主人と独り立ちした子供達との思い出が詰まっているという屋敷を手放したくはない。
だが老いた自分だけでは掃除も整備も手が回らないし、人を雇って如何にかしてもらうほど金銭的余裕も無かった。
「私もお掃除なんて随分してなかったから不安だったけど……何だか楽しくて」
はにかんだようにキャロは眼前に置かれたティーカップに口をつける。
味はまあ……普通。危ない仕事をしていると飲ませてもらえる高そうな品と比べれば。
だがそれら高級品には無い人の温もりがキャロに数段美味しく感じさせた。
「……老いぼれがこんな町外れの大きな家に一人で住んでいるのも大変だけど、貴女も色々と大変ね~小さいのに」
「イエ! 意外と楽しくやってますよ、大変な事もありますけど。フリードも居てくれるし……」
「キャウ~」
心配そうな老婆の言葉をキャロは僅かに困ったような笑顔で答えた。
本当はバクラの存在も誇りたいところだが、老婆には見えないはずだしその存在を明かしては居ない。
余計な心配や誤解を生み仕事が円滑に進まない可能性があるからだ。しかし老婆は不意にキャロの背後へと視線をズラして聞いた。
「後ろに居る彼はキャロちゃんの良い人かい?」
「えっ?」
『この婆さん……見えてやがるのか!?』
二人と一匹のうちを走り抜ける驚愕、一匹は実際解っているのかは謎。何せ変わらないペースでクッキーを食べているから。
「ふふ、年をとってくると見えなきゃいけないものは見えなくなるけど、見えなくても良い物は意外と目に入るのさ。
もしかしたら私もそっち側のお迎えが近いのかもしれないね?」
カラカラとボケた風に嗤う老婆を見て、キャロはなぜか『そういうものなのだ』と納得してしまった。
なんだかこの老婆にはそんな不思議な魅力があり、『自分もこんな風に年をとりたい』なんて未だ10にも満たないキャロは考える。
バクラはと言えば……
『こんな気味の悪い奴をお迎えしたくねえな』
……取り付く島も無い。
「さて! 次は屋根を直しますよ!!」
「お願いね~私はしっかり夕飯の準備しておくよ?」
「はい! あとはふかふかのベッドと……暖かいシャワーも」
契約の内容は至って簡単。
キャロが掃除から屋根の修繕まで魔法とか駆使して行う代わりに、老婆は三時のオヤツと夕飯、ベッドとシャワーと次の日の朝食を提供する。
現金では支払えない老婆が提示した苦肉の策なのだが、キャロとしてはそういう方が非常に嬉しい。
幾ら金での報酬を貰おうとも、その金ではきっと買えないだろうとっても大事な物。
それは……人の温もり。
(パターン3)
「バクラさん、世界には不思議な仕事がありますね。なんと『コレ』を配るだけでいいそうですよ!?」
キャロは寒いで白い息を吐きながら、かなり大きな都市の街角に立っていた。
支給されたカラフルな会社のロゴ入りジャンバーを着て、手に持っているのは……同様に会社のCM用ティッシュだ。
その傍らには綺麗にモールを巻かれ、宴会でしか見ないようなトンガリの派手な帽子を被ったフリード。
いわゆるティッシュ配りのお仕事。
「よろしくお願いしま~す」
『相棒……少しは仕事を選べ』
粉雪が僅かに舞い散る寒さの中で、キャロは何時も通りの可愛らしい微笑。
電車の到着と連動するように勢いを増す人の群れにティッシュを差し出す。
その様子に心底呆れたような、微妙な表情をバクラは浮かべる。
別に金が無いわけではないのだ。その気になれば今すぐちょっと高そうな喫茶店に入って、十時のオヤツに洒落込むことも可能だ。
だと言うのに……
「お願いしま~す、マイフルで~す」
『もっと派手な仕事をしようぜ、相棒。美術館から絵を盗むとか……』
「う~ん、この前に見た絵はちょっと欲しかったですけど……って! 違います、今はこのお仕事が大事!
全部に全身全霊、一生懸命やるからお給金が貰えるんです!」
なんだかよく解らん勤労の精神に目覚めてしまったような相棒にバクラは二度目のタメ息。
『ほっとけばそのうち自由気侭に戻るだろう』今まで一度だってハズレたことが無い認識だが、恐らく今回もハズレはしないだろう。
故にしばらく捨て置く事にしたのだが……
「……中々受け取って貰えません」
「キュウゥ……」
一時間ほど経った位だろうか? キャロが『クスンッ』と鼻を鳴らして呟いた。
確かに誰でも経験が有ると思うが、人が歩いている時にいきなり目の前に何かを差し出されると……正直、邪魔である。
まあ、ティッシュだから少々マシな方でビラだけなんて場合は……目も当てられない。
『じゃあ、やめようぜ~』
「ダメです!」
コレ幸いと離脱を提唱するバクラだが、キャロの意思は固い。
フリードは……寒くて溜まらないのか? 珍しく自分からバッグに潜り込んでいる。
「これ全部配り終わらないとお金がもらえません……」
『なあ、別に金に困ってるわけじゃねえんだぜ?』
「でも、稼げるならなんでもやります。また……バクラさんに迷惑をかけられません」
冷えてきた自分の小さな手に息を吐きかけながら、キャロが告げた言葉に思わずバクラは目が点になる。
基本的にこの旅の一行内で一番お金がかかるのはキャロだ。育ち盛りの女の子であり、他の幼竜や魂と比べるのもバカらしい。
故にバクラはキャロが自身の為に頑張っているのだと思っていた。それが何故にして幾ら貧乏生活でも死ぬことが無い自分の為だと?
『あのな? 相棒、お前はオレ様の事なんて心配する必要はねぇんだ。
こちとら千年リングに魂を宿すだけの存在。病気にもならねえし、死にもしない』
「でも……」
『相棒は相棒のやりたい事をすれば良いんだ。オレ様が……なんでも叶えてやるからよ』
そう言うと無言で体の所有権を奪取したバクラが手近な通行人を捕まえた。
ティッシュを『手渡す』のではなく、なぜか通行人を捕まえる。
「持ってけ」
お願いではなくて命令。いきなり美少女にネクタイを掴まれ、大量のティッシュを押し付けられたサラリーマンは目を白黒させている。
そんな裏技を数回繰り返せば、ダンボールに詰まっていたティッシュはカラ。そんな様子に思わずキャロは笑い出した。
『なるほど……そんな方法があったんですね~』などと考えているのだが、確実にルール違反です。
「さて、仕事終了。サテンで暖かいコーヒーでも飲もうぜ」
『私は紅茶の方が…「キュクル~」…フリードはホットケーキね?』
追伸……確かにノルマは達成したので給金はもらえたが、何故か仕事自体をクビになった。
何か問題があっただろうか?と一行は首をかしげることになる。
最終更新:2008年03月01日 10:25