「勝った……」

キャロ・ル・ルシエは現在の状況からそのように判断した。
召喚魔ダーク・ネクロフィアの憑依により動きを束縛・攻撃を封じ、ダーク・ネクロフィアが倒された事により発動する儀式魔法ウィジャ盤で死を宣告する。
離れた場所で蹲っているフェイト・T・ハラオウンさんにはどうする術もないはず。
つまりこちらの勝ちだ。問題はこのままだと彼女を殺してしまうことだろう。
ソレを何とか回避する方法は無いものか? そんな事にキャロの思考が移りかけた時……

『おいおい、相棒。まさか「勝った……」なんて安心してんじゃねえだろうな?』

「え?」

千年リングに宿る邪悪な意思にして相棒 バクラに釘を刺された。それはもう盛大に。
キャロだけが見えるバクラの姿も言葉通りに警戒を緩めた様子はない。むしろ今まで以上の緊迫感が満ちている。

「どうして……ですか?」

『簡単だ……まずはアイツの目』

バクラにそう指摘され、キャロはフェイトの目へと視線を向ける。毛に隠れているがその目は確かにこちらを見ていることに気が付いた。
下を向いていないというだけで、それは絶望していないことを意味する。

『ヤロウ、勝ちを諦めてねえ』

「あるんですか? 勝つ方法が……」

『わからねえ……だがオレ様はあんな目をした奴に、何度も痛い目に合わされてるんでな』

バクラは思う。名もなきファラオ、三千年を超える怨敵は、どんなに追い込んでも今のフェイトのような眼をしていた……と
決して絶望せず、恐怖せず、諦めない。常に貪欲に勝利を欲する本能と冷静に現状を分析し、回避する方法を探す知性。
そう言った目をしている奴らは総じて最後の最後、GAME OVER!と告げるまで決して油断できない。
ふと視線を横に逸らせばウィジャ盤の上でプランシェットがダーク・ネクロフィアの亡骸によって動き出す。
次に指し示された文字は「E」、ポン!と空中にDに続いてEの文字が浮かぶ。

「これで二文字目! テメェの命はあと三文字だぜ、執務官様~」

口では余りにも彼らしい脅しの言葉を口にしながらも、バクラは違うところに気をやる。
「コイツ……文字一つが示される時間を計ってやがったな」とか「息と魔力を整えて……何を狙ってやがる?」みたいな事を。

『バクラさん……あのっ!』

「焦るな、相棒。確かに気は抜けねえが、オレ様たちが優位に立っているのは確かだ。
 向こうが動かない今は此方にとって、策を練るには丁度良い時間だ。それからアレを仕掛けておくか……」

『はい……』

「優位に立っているのに泣き出しそうな相棒の頭を撫でてやりたい」などと言う下らない欲求をバクラは捻じ伏せる。
少なくともいま必要なこの対峙を終わらせ、この場所から逃げ出すのが最優先。
つまり……

『キャロとバクラが勝ち逃げを考えているようです』

息を整え、思考を整理していたフェイトは突然動き出したウィジャ盤と示された文字に思わず心拍数を早めた。
示された文字は予告どおり「E」このまま時間が経てば予告された「DEATH」が完成するだろうとフェイトは予想。
その結果として自分の死が実現されるかどうかは、正直その時になってみないと解らない。

「一文字を示すのに必要な時間は3分……」

つまり完成するまで残り9分。もちろん最後まで待っているつもりはフェイトにはない。
まずは自分の動きを大幅に制限するこの存在を何とかしなければ成らない。
体を這い回る氷のように冷たく、内へと染み込んで来るような生暖かい不気味な感覚を感じながら考える。
実体を持っていたときは此方の攻撃で撃破できた。だが今は効果があるのか?
その前に自分は攻撃を封じられている状態。ならば攻撃以外の方法で……

「こんなに必死に考えて戦ったのはいつ以来だろう?」

フェイトは考える。なのはとジュエルシードを取り合っていた時? それともシグナムと砂漠の世界で切りあったとき?
だがこれほど特異な方法で眼前に分かり易く死を突きつけてくる相手は初めてだった。
焦りとは違う心臓の早鐘が逆に心地よくなってくる。心のうちで謝ろう、こんなに追い詰められるまで私は貴女達を甘く見ていた。
故にこれからは全力を尽くす。

「フッ……私が「バトルマニア」って言うのもあながち嘘じゃなさそうだよ」



「ハァアア!!」

その声は唐突だった。声の主はフェイトであり、それによって起こるのは金色の魔力光の生成。
膨れ上がる魔力は攻撃に利用されない。むしろソレは防御にして、浄化の促進。

「コイツ! 魔力のカラ回しで怨霊を弾くつもりか!?」

ダーク・ネクロフィアの怨霊は魔力に対する制御を狂わせ、己の攻撃に利用する事で相手の行動を制限する。
だが攻撃宣言を代わりに実行する事でのみ、奪った魔力を消費することができる。
つまり攻撃の意思がないまま、大量の魔力を与えられ続けると発散が出来ず、憑依状態どころか自己すら維持できない。
だが誰でも、どんな状況でも出来る対処法でない。怨霊が処理しきれない魔力を瞬時に与える難度や、他に憑依対象があれば逃げられる。
つまり敵がフェイトだけと言う状態は抑え付けるには易いが、混乱を起こすには向かない状況だったということ。
常に状況を把握されれば対策が講じられ易くなるというわけだ。

「■■■■■■■」

悲鳴を上げて白い霊体がフェイトから湧き上がり、悲鳴を上げながら破裂する。
それを見るが早いかバクラは相棒に指示を出す。こちらが敵に死のタイムリミットを与えているのは事実。
防御に徹して時間を稼げば良い。

「相棒、召喚を「遅い」…ッ!?」

バクラの反応は遅くなかった。ただフェイトの動きが早すぎた。
余分なものを一切排除した高速戦闘仕様バリアジャケット ソニックフォームで距離を詰め、大剣型のザンバーフォームを一閃する。
何とか間に合った障壁はまさに紙の様に両断され、その衝撃でキャロの体は盛大に吹き飛ぶ。
廃ビルに叩きつけられながらも衰えない勢いは、朽ちた壁を打ち抜きビルの内部へと飛び込む事になる。


「クソが!……やりやがったな、ヤロウ!」

『バクラ……さん? 大丈夫……ですか?』

「キュクルゥ~」

バリアジャケットにより大きな損傷は無い。打ち付けられた衝撃は完全に殺しきれず、二人分の意識を揺さぶる。
慌てて飛んできたフリードも心配そうだ。彼の出番が明らかに少ないのは、特殊戦闘に向いていないからだと言う事にしてくれ。
このまま死んだふりか?と言う考えもバクラの脳裏を過ぎるが、バッチリ存在を維持しているウィジャ盤がある以上バレバレだ。
確実に此方の命なり、意識なりを刈り取りに金色の露出狂はやってくるだろう。ならば一刻も早く立ち上がり、体勢を整えなければならない。

『アレ?……何だか頭が……』

「おいっ! 相棒、しっかりしろ!!」

今キャロが意識を失おうとも体を動かすだけならばバクラだけでも出来る。
だがウィジャ盤の維持や先程設置した隠し玉の消滅、フリードの使役効率低下に召喚の威力ダウン。
ブースト魔法の使用不能まで余りにも多くのマイナス要素が生まれる。

「また負けるのか?」

バクラの脳裏をそんならしくない言葉が過ぎった。

「ケッ……甘っちょろい事を言っていたわりに、随分と派手にやってくれたじゃねえか?」

「そうだね……でもすぐに終わるよ」

キャロが吹き飛ばされ激突した際に生じた土煙がようやく醒めれば廃ビルの中、かなり近い位置で睨み合う敵対者二人。
バクラがキャロの端正な顔を歪めて、口内の傷で生じた血を吐き出し、叫んだ。

「ふざけんじゃねえ! ウィジャ盤は死へのカウントダウンを続けてるんだよ!」

ウィジャ盤上方に浮いているのは三文字目「A」の文字。だがバクラは内心で舌打ち。
キャロの助成が無くなったウィジャ盤の術式が分解寸前なのだ。
そんな主の劣勢を悟ったのか? フリードはその小さな口を開きブレスを放とうと炎を貯める。
だがやはり遅い。今のフェイトが相手ではその動きは止まっている以外の何物でもない。簡易な衝撃波で白い幼竜は軽く吹き飛び、ビルの外へ。

「キャロには分かって貰えなかったのは悲しい。けど彼女の選んだ道が正しいとはどうしても思えない」

「オレ様もそう思うぜ。穏やかな暮らしを蹴ってこんな奴の手を取るのは、バカのやることだ」

状況は逆転し、フェイトが圧倒的に有利。先程のスピードを使えば一瞬で勝負が付く距離。
だからこそこの話し合い発生した。フェイトのうちでは最後になるだろう、悪の根源であるユニゾン・デバイスとの対話。

「貴方はどうしてキャロに拘るの?」

「……オレはかれこれ三千年の間、一つの目的の為に存在してきた」

「目的?」

「冥府の扉を開き、大邪神を復活させ、世界を混沌と破壊の楽園に塗り潰すこと。」

フェイトの常識からすれば夢物語。だがこの闘いで常識知らずな魔法をイヤと言うほど見せられている身としては納得せざる得ない。

「だがその目的は途絶えちまった。
後は何すれば良いかとガラにも無く迷っていたわけだが……そこで会ったのが相棒だ。
バカ、お人よしで、世間知らず。小さな竜を連れているだけの唯のガキだ」

それがバクラから見たキャロだった。今はソレに多少の手心を加えてやっても良いが、大きな変化は無い。しかし……

「だけどよ? そのバカでお人よしな世間知らずのメスガキは~
オレ様の為に人生を棒に振るなんて言いやがった
そこまで入れ込まれたら、今まで以上に好き勝手させてやりてぇんだよぉ!」

それはバクラに自覚があろうが無かろうが確かに……
全く世間様から外れた恐ろしいスケールだろうが確かに……
女の子の姿で男らしく叫んだソレは確かに……愛だったのかもしれない。

「金だろうが、家族だろうが、仕事だろうが! 可能な限りをくれてやる!
 相棒が欲するならオレ様は国だろうが、世界だろうが何でも盗んでみせるぜ!
 それが今、バクラが存在する意味だからなぁ!!」

「それは正しいことじゃない」

「理屈じゃねえんだょ! 男の、盗賊王のプライドの問題だ!!」

最後の抵抗などとは決して考えない。必要な反撃の手段として、バクラは一人で召喚の呪文を唱えかけ、不意に力が増すのを感じる。
バクラだけが見ることが出来るキャロの心がしっかりと意識を取り戻し、硬く握り締めたディアディアンクに手を添える。

「相棒……」

『何だか……とっても嬉しい事を言われたような気がして眼が覚めたんですけど……』

「うるせえよ! それより……これで決めるぞ。オレ様たちは……」

『勝って進む……ですね?』

「アァ……行くぜ、相棒」


フェイトは魔力の高まりを感じた。それが心理的な高揚によるものなのか、それとも魔法を使用する予備動作なのかはわからない。
だが唱えさせる前に切り伏せれば良いだけだ。相手が叫んでいたことなど全く心に響かないと念じながら……

「遅い」

血を吐きそうな顔で私情を噛み潰した執務官は、敵が展開した魔法陣を見ながら断じた。
確実に此方の斬撃が先行し、敵を無力化することが可能。最大加速からザンバーを振り上げ、驚愕する。
キャロたちが展開している魔法陣の前、いきなり何の詠唱もなくもう一つ魔法陣が展開されたのだ。

「召喚の遅延魔法!?」

それはバクラが認識するところの『トラップカード』。
先に詠唱して待機状態にしておいた魔法を手近な小形魔法陣にタッチ一つで起動させる。
先程生じた土埃はそれを隠す効果も少なからずあった。これがキャロに指示しておいた隠し玉の一つ。
もしキャロがあのまま意識を失えば消えてしまっていただろう切り札。

「いでよ!」

『死霊ゾーマ!』

本来このような遅延魔法は召喚には適さない。だがこのトラップはモンスターを作り出す効果がある罠。
現れたのは死んだような目をした紫色のドラゴンのような怪物。大きさはフリードほど小さくは無いが、人間には劣る。
勿論フェイトは警戒して一旦引くことも考えたが、自分が見せた余裕の代償 死のカウントダウンは確かに進んでいた。
下がるに下がれない心理状態は躊躇いを捻じ伏せ、ゾーマに一撃を加える。

「軽い!?」

特殊な現れ方をしたからからか? 強力なモンスターと思っていたが、ゾーマは容易く両断された。
だがソレで終わりではない。真っ二つになった異形は粘土細工のように形を失い、人魂のように変化する。

「これは……」

「ゾーマは執念深いんだよ、執務官様~死んでも恨みは晴らしたがるほどにな~
自分を倒した攻撃力の倍の力を持つエクトプラズマーに変化し、相手を襲うぜ!!」

「くっ! だけど避けられる!」

「そうだな、アンタは速い! 簡単に避けられちまうだろうさ!? だが……」

ここでキャロの穏やかな声に変わり、続けた。バクラに似た意地の悪い笑みを貼り付けて。
突き出した指が指し示すのは天井……違う、ビルそのものだった。

「狙うのは……このビルです! エクトプラズマー、発射!!」

フェイトのザンバーフォームは唯の斬撃でもかなりの威力がある。
本来の魔力量を容易く凌駕したゾーマの霊魂はビルの中心を抉りながら上昇、廃ビルは容易く悲鳴を上げ始める。

「何をバカな事を……」

フェイトは完全に相手の戦略が読めなくなっていた。このビルは何時か崩壊するだろう。
外から見たところかなりの高さがあったから、もし崩壊に巻き込まれたら危ないのも確か。
だがそれだけだ。退避するのは容易い。むしろ今すぐ崩れるような状態には見えない。
ウィジャ盤のための時間稼ぎなら随分とスケールのデカイ事になる。すぐさま踵を返したキャロを追おうとしたフェイトの足が不意に止まる。

「っ!?」

自分の意思ではない。確実に第三者のせいだ。ならばその実行者は? 自分で崩しておいてさっさと逃げ出した二人組しか居ない。

「おっと! 言い忘れてたぜ、コイツを発動させておいたんだ!」

『地縛霊の誘いの効果です! フェイトさん、貴方は私が指定したモンスターに攻撃しなければならない!』

伏せていた切り札の二枚目。地面から沸き出す半透明の腕がフェイトの肩を掴んでいる。
それが誘惑するようにフェイトを導く。その先にはゾーマを盾にして召喚した絵画に潜むもの。
薄いその体を生かして地下へと続く隙間へと潜り込んだソレを攻撃するのは並大抵の事ではない。
もしそんな手があるとしたら……床に大威力魔法を叩き込むしかない。

「ちょっ! マズイって私!!」

フェイトは己が床に向かって大威力魔法を振り下ろそうとしている事に愕然とした。
だが地縛霊の誘いはそんな事お構いなし。『YOU、やっちゃいなよ~』とばかりに攻撃を強要する。

「こんなのズルイ!」

フェイトが床に打ち込んだプラズマ・スマッシャーが引き金となり、天井を打ち抜かれていたビルは急速に崩壊を開始。
オマケとばかりに外から撃ち込まれたフリードのブレスで決定的になった破壊の濁流は、何やら叫んでいるフェイトを容易く飲み込んだ。


「はぁはぁ……勝ちましたか?」

『これで勝ってなきゃ困るぜ』

キャロとバクラの眼前には確かに強敵を飲み込んだ瓦礫の山。
肩には盛大にブレスを吐いたので咳き込んでいるフリードがいる。

「フェイトさんは……」

『たぶんこの程度じゃ死なないだろう? 殺したけりゃウィジャ盤を維持するが?』

「良いです! 消しちゃってください、そんな物騒なもの!!」

自分で作ったことなんてこれっぽっちも考えず、キャロは怒鳴り散らす。例え戦う決意をしてやはりアマちゃんなのは変わらないとバクラはタメ息。
指を鳴らせば消えるウィジャ盤を眺めながら、バクラは呟いた。

『どこに行く相棒?』


キャロは踵を返し、肩に愛竜を乗せて答えた。

「どこにでも……貴方となら……」

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最終更新:2008年02月18日 18:38