注意、この作品には一部原作を改変しているところがあります。原作しか認めない、何でアトリや志乃が出ないんだ。遥光を出せ、といった方は読まないほうが良いです。また、リリカルなのはに合わせて世界観すら歪めていますので、あらかじめご了承ください。

 

 目が覚めると、周りには何も無かった。
 蒸気に囲まれた町並みも、モンスターのいるエリアでもなく、そこはただの荒野だった。
「ここは……」
 生き物の気配は無かった。
 それはそうだ。
 植物も、水も、一切無いこんな世界で誰が生きていけるというのか。
 訳も分からず、歩き始めた。
 立ち止まることはしたくないと思ったから。
 一時間歩いて、半日歩いて、一日歩いて、それからまた数日歩いて、それでもこの景色は変わることは無かった。
 不思議と喉は渇かなかった。お腹は空いたが、耐えられないほどじゃなかった。
 どれくらい進めたのだろうか。まっすぐに歩いてる自信も無くて、もしかしたらゆっくりと回って同じ場所を歩いてるんじゃないかって不安になった。
 俺はどれくらい歩いてるんだろう。
 何日、何ヶ月。
 分からない。
 このまま、ずっとここを歩き続けるのか。
 そう思ったとき、音が聞こえた。

 ポーン

 俯いていた顔を上げる。
 ハ長調ラ音。
 安心のため息をつくと同時に気が付いた。
 その頬には、涙が流れている。
 どうして。
 目の前に、一つの人影が見える。
 それは、白い服の女性の姿。
「……」
 
『あなたに夕暮竜の加護のあらんことを』

 そんな声が、聞こえたような気がした。


 『魔法少女リリカルなのはsts//音が聞こえる』始まります。


 初めて彼に会ったのは何年前だったか。よくは覚えてなかった。
 白い髪に赤い目の、無愛想そうな青年だった。
 はじめて会ったときは砂漠を歩いていた。そこは管理外世界で、確かどんな生物もすんでいない、死の星だったはず。
 時空震反応がもし無かったら、きっと誰も訪れることは無い。そんな世界だった。
 そんな場所で彼は一人歩いていた。
 両手には銃を持って、その背中を丸めて、まるで生気なんて感じられないような様子で。それでも歩き続けていた。
 彼は『The・World』と呼ばれる世界の住人らしいということは後で聞いた。

 保護した当時は色々と問題になったらしいのだが、それでも悪いようにはならないというクロノ君の言葉を信じた。実際、特に大きな問題は起きなかったらしい。
 いくつかの不明瞭な点はあるが、調査によると事故によって時空転移にでも巻き込まれた可能性くらいしか浮かび上がらなかったそうだ。
 管理局で保護を受けて約半年後、彼はわざわざ私のところまで来てお礼を言ってくれた。
「助かった」
 無愛想に顔を背けながら、少し頬を染めて言う彼の姿に私は思わず噴出す。明らかに私よりも年上なのに、全然そんな感じがしなかった。むしろ同年代や年下を見る感じだった。
 結局、私が笑った所為か彼は不機嫌そうになって、結局あんまりお話は出来ずに分かれた。自己紹介がちゃんとできたのはフェイトちゃんの時よりマシだったけど。
「私は高町なのは。あなたは?」
「ハセヲだ」
「はせお君だね」
「ハセヲだ!」
 発音が気に入らなかったのか君付けが気に入らないのか知らないが(おをヲと書くことは後で知った)、えらくハセヲは不機嫌そうにしていた。でもそんなにこだわることなのかな。
 風の噂で、彼がその後時空管理局に入ったことを知った。
 なんでも後々聞いたところによると、人を探しているらしい。そのためには時空管理局が一番だと思ったそうだ。
 いつまでたっても見つからない自分の出身世界を探すことも兼ねてるらしい。
 魔力資質はそこまで高くなかったらしいが、もともと彼は冒険者(そういう職業らしい)なので戦闘経験は豊富。
 再会した時には、その魔力の高さに比例しないその戦闘能力に驚いたものだ。さすが、クロノ君お勧めとはやてちゃんはえらく上機嫌だった。
「本日より機動六課に配属になりました、ハセヲ二等陸尉です」
 そう、彼は突然やって来た。白いつなぎの様なバリアジャケット。デバイスを双銃、双剣、大剣、大鎌というまったく別の四タイプに変形させるふざけた男。
 フェイトちゃんも似たものだが、彼女は基本的に振るというタイプの武器を使っている。
 それに対してハセヲのそれは、撃つ、刻む、潰す、薙ぐといった別々の方法を使っている。
 AMFをもつガジェットを双銃で足止め、大剣で潰し切り、囲まれれば大鎌で薙ぎ払い、懐に入れば双剣で切り刻む。
 一人で前衛から中衛までをこなせるマルチアタッカー。
 彼は頑なに、
「俺はマルチウエポンだ」
 と言い続けていたが。
 無茶苦茶な魔導士だと思う。
 だけど、ハセヲは無茶苦茶で無愛想で怒りっぽくて、でも面倒見が意外に良くってフォワードのよい相談相手みたいな、そんな男。
 フェイトちゃんはエリオが真似したら困るって不機嫌そうにしていたけど。
 ハセヲは元いた世界では大きなギルドのマスターをしていたらしい。
『カナード』
 そういう名前の初心冒険者支援用の組織だそうだ。
 ティアナなどは信じられないといった顔をしていたが、私はらしいなと思った。
 面倒見がよくって、どこと無く兄貴肌で、なんとなく頼りになる。私のハセヲのイメージはこんな感じだったから。まあ、兄貴肌と言ってもお兄ちゃんとは全然違うタイプだったけど。
 年上のはずなのに、結局再会しても同い年みたいな感じは抜けてなかったし。そう言えば、結局始めてあった時と姿も全然変わってなかった。全然身長伸びないねとか言ってからかった事もある。
 彼は年上のはずなのにとても話しやすかった。
「カナードってどういう意味なの?」
「えっと……確かヒコーキの何で……」
「なるほど、うる覚えって意味だね」
「ちげーよ! ヒコーキの何かだよ!」
 からかうとむきになる彼は本当に面白くて、気さくなのにどこか惹かれる部分があって、私は何度戦技教導隊に誘ったか分からない。
 彼なら立派な魔導士を何人も導いていけるって、そんな確信に近い想いがどこかにあった。
 あの時もそうだ。
 私とティアナが揉めた時、その間に立ったのはハセヲだった。
 あの当時は気が付いてなかったけど、でもきっとそのとき私はきっとこう願ってた。
 いつまでもこんな、楽しい日々が続けばいいのにって。

 

 そいつは不思議な奴だった。
 あたしよりも年上な筈なのに、あたしなんかよりもずっと子供っぽく笑う奴だった。
 あたしと同じセンターガードをこなしたかと思えば、いきなり前衛に立ったりする不思議な奴。マルチウエポンだと、そいつは笑ってた。
 あたしは、きっと凡才なんだと思い込んでいた。
 特別に強い砲撃を持つわけでもなく、何か特別な魔力変換資質やレアスキルを持っているわけでもない。
 魔力量も特別に多いわけじゃない。
 そう思って暗闇にいたあたしに道を示してくれたのがそいつだった。
 えらそうで、不器用で、そんなあいつだけどそういうやさしさは持っていた。
「俺がいた世界は少し変わっててな」
 あたしが悩んでると勝手にやってきて、いきなり話し始めた。聞いてないって何度言っても独り言だとかで無視して話を続けて、結局最後まで聞かされた。
 彼の世界では、世界はいくつも分かれてるらしい。
 もともとはひとつの世界を無理やり分裂させて、無数の世界を作り上げているそうだ。
 原因は無限に湧き出てくるモンスター。
 そのモンスターがどうやって生まれてくるのか、どうして存在するのかなどは一切不明だったらしい。
ただハセヲは小さくモルガナがどうだとか言っていたが。
 そんなモンスターの脅威から人々を救うために立ち上がったのがC.C.と呼ばれるひとつの企業団体だった。世界の安定とともにその世界の仕組みを作り上げた大企業らしい。
 世界を無数のエリアに分断する。そして冒険者を募ってエリアを攻略してもらい報奨金を払う。
 すると十数回か数十回かは分からないが、攻略され続けたエリアは何故かモンスターが現れなくなるらしい。
 そしてそのエリアをC.C.社が管理して人々の住めるタウンにする。そしてタウンの人々から管理費を取る。
 そんな世界だから冒険者が後を立たないらしい。
 そんな中で数千人を越える初心者指導を行い続けたカナードのギルドマスターが俺だとハセヲは偉そうに笑った。
 冒険者には鉄則と呼ばれるいくつかの制度がある。
 それはレベルであったり、職業であったり、リーダーの存在であったりパーティの制限人数であったり。
 たとえば冒険者にはその人に応じたレベルというのが存在するそうだ。こちらのランク付けに似たようなものらしい。もっともあちらはもっと厳密で、百以上の数値で定められる。
 そしてあらかじめC.C.社が調べたエリアレベルと見比べて仕事を選ぶらしい。
 ほかにも大人数の冒険者が徒党を組むとモンスターがそれを察知して大量に現れるらしい。
 それはいったいどういう原理なのかは知らないが、最小で四人のときに数十対の群れがやってきたことからパーティの最大人数は三人までと決まっているそうだ。
 そして、一番心に残っているのがこれだ。
「俺の世界は、冒険者の中でも職業が決まってるんだ」
 たとえば双剣士とか斬刀士とかな、といって彼はその手に一つの大剣を取り出した。
 それは普段使っている流麗な剣シラードではなくギザギザのもの。まるでのこぎりみたいだと横目に見ると、にやりと笑ったハセヲはそれを“動かした”
 思わずしりもちをついてしまった。人がターゲットトレーニングをしている最中にそんなことをするハセヲは十分に人が悪いと思う。
 そう、その剣は本当にのこぎりのように無数の歯の部分だけが回転したのだ。削り切るための剣だと言う。
 ハセヲの世界ではこういった武器が多数あって、初心者じゃまず扱いきれない。だから職業を決めて、使う武器を定めてからみんな一種類の武器を使いこなすそうだ。
 もちろん、使いこなせない奴らもいる、といってハセヲは小さく笑った。それは嘲笑ではなく自嘲的な笑みだった。
 特にハセヲのギルドではそんな奴らが多かったらしい。
 それもある一種類の職業の奴らだけが揃いも揃って駄目駄目で、それでもその職業を目指す奴らは減らなかったらしい。
 どうしてと、自然と聞き返していた。
「そいつらが全員、マルチウエポンだったからさ」
 そう言って、ハセヲは手に持つ大剣を消した。
 ハセヲは言わなかったけど、彼らはみんなハセヲに憧れてたんだろう。きっとスバルがなのはさんに憧れるように。
 パーティ人数制限がある彼の世界では、マルチウエポンという職業が生まれるのは必須だったのだろう。
 前衛もできて中衛もできて、そしてハセヲ曰く回復や補助などの後衛も可能な万能職業らしい。だがそれは、きわめて特殊な武器の多い彼の世界では、デメリットが大きくなりすぎるらしい。
 つまり、使いこなしきれない。
 人よりも多くの武器を使いこなさないといけない彼らは、いずれ能力不足の器用貧乏と成り果てる。
「それはお前にも言えることだぞ」
 そう言って、ハセヲは睨み付けるようにあたしを見た。
「昨日の訓練、特訓か? 見させてもらった。接近戦用の練習だったな。大方手持ちの技の種類が増えれば強く慣れるとか考えたんだろうが……」
「無駄だって言いたいの!?」
「そんなもん直ぐに結果が出るわけ無いだろ」
 あいつは呆れた様にため息をついた。絶対わざとだ。無性に腹が立つ。
 そう思って下唇をかむと、あいつはその腕輪をつけた左手を差し出してきた。
「これはな、俺の世界のパーティリーダー用の装備でな、味方の状態をある程度把握できる腕輪だ。もちろんこれも慣れが必要だがな」
 そう言うとその腕輪を外してあたしに放り投げてきた。慌ててあたしは抱き込むようにそれを受け取った。両手でデバイスがふさがってる状態の人間にこんなもの投げるなと思う。
 付けてみろと言われたので言うとおりにすると、頭の中に何かのモニターらしきものが浮かび上がった。それにはあたしのレベル、装備、そして武器熟練度と呼ばれるものが写っている。
「それはな、俺の世界に昔いた勇者の装備を真似て作られたものらしい。まあ、今のお前じゃ自分のステータスくらいしか確認できないだろうがな」
 熟練度をよく見てみろといわれて、確認した。
 双銃熟練度4
 高いのか低いのか分からなかった。
 ちなみにレベルは23という数値だ。
「俺がパーティに入る。本来なら俺のステータスは確認できないんだが、まあ裏技使えば何とかなるだろ」
 そう言って彼が軽く左手を上げると、“ハ@ヲがパーテ%に入りまし$”とモニターに現れる。そのステータスはところどころ文字化けしていたが、肝心なところは確認できた。
 双銃熟練度30
 ステータスの欄を見ると限界みたいだ。いや、この腕輪で表示できる限界なのだろう。他の三つの熟練度も30になっている。レベルにいたっては150だ。
「きっとなのはやフェイトだって同じ様なもんだと思うぜ。強くなるってのはそういうことだしな」
 悔しくて、無力感で膝をついた。
「だったら、だったらどうすればいいの!? あたしのやったことは、無駄だったって言うの!?」
 思い返すのは支えてくれたフォワードの仲間たち。みんなとやってきたことを捨てなければいけないのだろうか。
 強くなりたい、そう思う。
 誰よりもとか一番とかを目指してるわけじゃない。ただ、何も失わないくらい強くなりたい。それがいけないことなの。
「駄目だなんて、誰も言ってないだろ。捨てるのがいやなら全部持っていけばいい」
「へ?」
 見上げると、ハセヲが手を伸ばしてきた。今までに本当にたまにしか見せない真摯な顔。
「決めろ。ここで一つの道にこだわり抜いて最高のガンナーになるか、それとも全て拾って苦しみの道を行くのか」
 普通に考えれば、あきらめるべきだ。接近戦なんて直ぐにマスターしきれるはずも無い。スバル以上に戦える自信も無い。エリオのように早く動けるはずも無い。だったら、『捨てる』べきだ。
 でも――。
 捨てたくない。
 そう思える。
 それほどまでにこの数日は大切に思えた。
 コンビだと言って、必要も無いのに一緒に特訓に付き合ってくれたスバル。そしてその特訓を支えてくれたエリオとキャロ。彼女たちとの日々が無駄だなんて思いたくない。
 だったら……。
「だったら、拾ってやるわよ。全部拾って、最高のマルチウエポンにでも最高のガンナーでも何でもなってやるわ。そうよ。あんたに出来て、あんたに出来て、あたしに出来ない筈が無いっ!」
 そう言って、私は銃を握り締めた。
 そうだ。ハセヲだって、特別な才能なんて無い。なのはさんのように特別に強い砲撃を持ってる訳じゃなく、フェイトさんのように特別に速い訳でもない。
 レアスキルは何も無くて、特別な魔力変換資質は何も無い。それでいて、魔力量も特別に多いわけじゃない。
 だったらあたしと同じだ。負けるわけにはいかない。
 あたしの、ランスターの魔法で負けるわけにはいかないんだ。
「なら、全部に関わりぬけよ。味方も敵も、痛みも苦しみも、全部に関わりぬいていけ」
 そう言って、ハセヲは笑った。
 ほら立てよ。そういいながら手を伸ばしてきたので、その手を握って立ち上がった。なんとなく、本当になんとなくだけど今までとは少し違って優しい手だと思った。
「やる」
 その言葉とともにモニターに再び現れる文字。
“双銃の書を手に入れた”
「何?」
「使うかどうかはお前に任せる。使ったら多分引き戻せないけ……」
“双銃の書を使用しました”
 ハセヲが言い終わる前に、あたしはモニターを操作してやった。呆れるような顔でハセヲが見てくる。
「言ったでしょ。全部捨てないって」
 そう言って笑うと、あいつは呆れたような顔のまま小さく笑った。
 同時に景色が変わった。すぐ近くにいたはずのハセヲがいなくなり、レンガ造りの町並みが見える。あたしは十字路の真ん中に立っていた。
 空は天井で見えず、頭上に一つある大きなステンドグラスから差す光が幻想的な光景を作り出していた。
 体が不思議な光に包まれていき、その光が消えるころにはあたしのバリアジャケットが変わっていた。
 まず、両手の手袋が二の腕までを覆うものに、靴はブーツに変わっている。そして腕と足にはそれぞれ装甲板が取り付けてあった。
 かといってそれらの装備は特別重いものではない。それは今までよりかは少し重く感じるが、そう動きを妨げたりはしないだろう。むしろこれが最低限なのだと思い知る。
 接近戦をするには武器や魔法だけじゃない、装備そのものを見直さないと駄目なんだというこの時ようやく思い至った。
 接近戦を仕掛けるにはデメリットもある。今までと比べて格段に攻撃をくらいやすくなるんだという事を忘れていた。これならば、相手の攻撃にもよるが一撃くらいなら耐えられるだろう。

“クロスミラージュに双銃の書が干渉しています。システムリミッターによって双銃の書がブロックされています。システムリミッターをリリースしますか?”
 モニターに現れた文字を不思議に思いながらも、とりあえず“Yes”を選択する。
「お前ちゃんと読んでんのかよ? 全部捨てないってことは、何でもかんでもハイハイするって意味じゃねーぞ」
 わ、分かってるわよ! ちゃんと読んでるし考えてる。ただここまできて、やっぱやめたは無いでしょ。
“システムリミッターリリース。第二形態ダガーモードの使用が可能になりました。双銃の書によって干渉されています。システムに相似点が見られます。
 双銃の書によって更新・最適化を行いますか?”
 ダガーモード、自然と頭の中に浮かび上がった。それはあたしが考えたものと似たものだった。
 ただ、デバイス形状そのものを変化させるこちらのほうが理論上出力は遥かに上がるはず。浅知恵だったのか、あたしの考えは。無駄だったのか、あたしの決意は。いや、無駄じゃない。
「Yes!」
 これで無駄にならない。そして今までの特訓はこれからのための経験になる。無駄にしてたまるものか。
“クロスミラージュが最適化されています。双銃剣・双幻忍冬(クロスミラージュ=スイカズラ)を手に入れました”
 それは、クロスミラージュともダガーモードとも違う
 モニターにはもう双銃の欄はなかった。代わりに双銃剣の欄が新しく生まれていた。
 双銃剣熟練度5
 これはいわゆるデータで、これだけで強くなったなんてことは無い。それは分かってる。でもうれしくて、捨てずにすんだことが本当にうれしくて、少しだけあたしは泣いた。

 その後行ったのは、スバルを交えたトレーニングだ。相手はもちろんハセヲ。慣れるまでは相手してやるって言っていた。
 その結果は散々で、結局のところスバルの攻撃は全部双剣ではじかれて、もちろんあたしの接近戦は全然通用しなくて、結局射撃はほとんど手甲で防御された。
 武器を双剣と双銃しか使わなかったことを考えると、本当に手加減してたんだろう。
「よく見ろ」
「よく考えろ」
「陽動はいいが、手を抜くな。気を抜くな。それを捨てるって言うんだ」
 結局、その日は動けなくなるまで訓練してようやく新しいデバイスに慣れた。次の日の訓練に響くかと思ったけど、そんなことは無かった。
 むしろいつもより疲れが取れていてビックリだ。ただ昨晩気を失う寸前にハセヲがウリプス・ウリプスと連呼していたのが気になる。
 ちなみにスバルはまだ余裕があるのか倒れたあたしを運んでくれたらしい。

 

「さあて、じゃあ午前中のまとめ。2on1で模擬戦やるよ」
 そう言われて、あたしたちは打ち合わせ道理に以前のバリアジャケットとデバイスを纏う。今日あたしは一度も新バリアジャケットも新モードも使用していない。
 もちろん手を抜いたのではない。
 油断を誘うためだ。
 なのはさんに勝つ。それが今までの特訓の目標だった。
 もちろん、それは絶対じゃないしそのこと事態に意味なんて無いけど、今までやってきた自主練の成果を見せる意味でも模擬戦は良い舞台だと思う。
 射撃主体のスタイルは変えず、でも相手に合わせて戦い方を変える。
 ガジェット相手なら射撃援護だけで十分だが、なのはさんに射撃で勝つ自身は正直言ってない。防御もなのはさんのほうが上だ。
 思い浮かぶ方法は二つ。
 一つは幻影と併用して無理やり弾幕を張り、相手の動きを止めきる。そして無理にでもスバルの攻撃で防御を抜いてもらう。 
 でもこれは特訓成果を発揮できるかどうか。そして問題が二つ。幻影併用の弾幕で足を止めきれるかどうか。
 なのはさんには幻影だって分かってるし、十分に足を止めきれるか。そしてスバルの攻撃で確実に防御を抜いて攻撃を与えられるか。
 だったら方法はもう一つ。フィールド貫通・防御破壊効果をモードそのものに組み込んだ魔力刃で防御を切り裂く。そしてそこにスバルの攻撃。
 これが決まれば確実になのはさんにダメージを与えられるはず。
 今までのスタイルは捨てない。そこに新しいものを組み込んでやる。
 それがあたしの戦闘スタイル。
 それまでのプロセスを正確に組み立てる。あたしとスバルに出来ること。それをうまく組み合わせれば。
 模擬戦が始まった。突如視界に広がるウイングロード。
 スバルには出来るだけなのはさんの視界を遮る様に、それでいて不自然じゃないように伝えてある。それは打ち合わせ通り、昨日ハセヲで予行練習しただけのことはある。
 一瞬だけだがなのはさんの視界からあたしとスバルの姿が消えた。
 私はすばやく幻影を立ち上げると出来るだけ視界に入らないように移動を開始する。
 オプティックハイドは使わない。あれは他の魔法との併用には不向きだし、ここで姿を消しても意味があまり無い。
 代わりにフェイク・シルエットを使用。スバルの幻影を作り出してウイングロードの影から建物の影に隠れさせる。
 一瞬だけでも気を紛らわせればいい。それとタイミングをずらしスバルも飛び出す。
 先が本物、後が偽者。
 一瞬でこれを見極められる人なんていない。それだけの自信がある。
 その隙になのはさんの視界から完全に消える。スバルと幻影に気を取られて、なおかつあたしがなのはさんでもあたしよりスバルに注意する。
 単純な攻撃力ならスバルのほうが上だから。なのはさんほどの防御を持ってたら、自然とそうなる。
 その考えは当たった。
《ティア、成功》
 移動中に聞こえたこの言葉に、思わず笑みを深くする。これで作戦の第一段階は成功。
 次は第二段階。
 ウイングロードが全て切り替わる。
 今まで展開されていたものの中で無駄と思われるものを全てカット。スバルが移動に使う分だけ展開持続させる。
 代わりに。再びなのはさんの目の前にウイングロードを展開。一瞬だけだが視界を遮って、その隙に。
「クロスファイアシュート!!」
 生み出したのは8発。2発を最短ルートで、2発を少し弧を描く様になのはさんに。残りの4発はウイングロードの陰に隠しながら。
 ここからは練習してない。でも、イメージは出来る。一瞬でも気を抜かなければ。

 

 なんだかいつもと違うと思う。
 模擬戦前にすごく気合十分だった理由は、これなのかな。
 ウイングロードの使い方をずいぶんと変えてきた。移動用と同時に、目くらまし。
 さらに同時にティアナの幻影。
 スバルの魔法が助ける形で現れたそれと、同時に飛び出したスバル。どちらが本物なのか。どちらも偽者なのか。
 一瞬迷う。こういう時は射撃しながら両方が見える場所に移動する。どちらが本物だったとしても、どちらも叩ける位置へ。
 どちらも偽者だったとしても、どちらもほうって置く事はしない。早めに潰せるなら潰すべきだ。
 移動しながらのディバインシューター。
 視野を広く、次につながる戦い方をする。センターガードの基本なのだから。
 同時に考えるのはスバルがどうするのか。防御するのかな、避けるのかな。進む、退く?
 一人のスバルは、すぐ左に逃げた。同時にさらにウイングロードを製作。
 わずか一メートル四方、畳くらいの大きさも無いそれだが、誘導しきれなかったシューターはそれにあたり爆発。
 もう一人のスバルは受けるのでも避けるのでもなく、なんと飛び降りた。
「え!?」
 そんなのは回避ですらない。
 驚きつつも下にウイングロードがあることを確認した。同時にシューターを向かわせる。着地とほぼ同時に着弾。

 しかし私は見た。着弾寸前に着地したスバルが掻き消えたのを。ならそれは幻影で、本物は。
「さっき避けたほうかな?」
 それとも、それも幻影?
 どちらなのか、マルチタスクは使っても同時に二つのものは見えない。飛び降りたスバルの幻影に注意がいって、見失ってしまった。
 なかなか面白い戦い方だね、でも。
 今日の二人の戦い方は、いつもと全然違う。スバルのウイングロードの使い方は幻影主体のもので、いつもスバルが移動選択用に出してるものが出てない。
 それだとスバルの攻撃が丸見えで、幻影を生かしてるようで殺してもいる。
 ティアナの戦い方は幻影主体で、スバルの移動を生かしてるようで、射撃自体が少ないからスバルの移動を生かしきれていない。

「クロスファイアシュート!!」

 そう思った瞬間だった。やって来たのはクロスファイア。その数は4。スバルのウイングロードもティアナの幻影も、このための伏線? だとしたら、甘い。
 ほぼ同時の攻撃だが、数も少ない。同時ではない上に、軌道も単純。
 避けれる。
 そう思った瞬間。

「ウイングロード!!」

 目の前に、一筋の道。青い道は私の下を塞ぎ、避ける方向を限定する。
 でも、それだけ。

「甘いよ!」

 同時に一瞬だけ飛行を解いて、ウイングロードに着地。そして数歩かけるとジャンプ。同時に飛行。直ぐ後ろで爆発。もちろん背中にプロテクションは忘れない。
 さっきのスバルと同じ避け方。

「ウイングロードの使い方は面白いけど、相手も利用できるってことを……」

 考えて。
 そう言おうとした。
 そう言うはずだった。左右下方向からのさらに2発のクロスファイアが来なければ。

 アクセルフィン

 とっさに動いた。避けたのは上でも後ろでもなく、前。そしてすぐに上に避ける。
 下方向から来たそれらは思った通り、弧を描きながら上に。そのまますぐに私に飛び掛ろうとして、私のプロテクションに当たって砕けた。
 クロスファイアはまったく別方向から来た。誘導系の魔法であるのでそれ自体は疑問は無い。
 だけど軌道が見えなかった。
 前の二つに気を取られたのはある。だけどそれ以上に。

「幻影とウイングロード、だね」

 本来移動用のスバルの魔法を、ここまで攻撃に組み込むとは思わなかった。
 スバルのウイングロードとフェイク・シルエットで気を引く。同時にウイングロードで隠しながらの誘導射撃。
 面白い戦い方だ。
 いや、ウイングロードを戦いそのものに組み込むのは私も考えていた。
 当然だ。
 彼女たちの指導官は、私なんだから。
 ただ、スバルがすぐにこれを使いこなせるようになるとは思わなかった。スバルの性格ならぶっつけ本番は無理だ。
 練習したんだろう。
 でも。

「上手いけど、下手だよ」

 使い方は上手だと思うけど、でも利点を消してる。
 スバルの長所の接近攻撃も、まだ一回も通ってない。当然だ。
 陽動に回した分、スバルの行動範囲は狭まった。
 本来の戦い方なら、そろそろ一撃繰り出してもいい頃合なのに。

 そう思った瞬間、再びウイングロードが消えた。同時にまた現れる。私を囲む形で。
 スバルが攻撃に回ったのだろう。だったら、ティアナは?

 思うのと、見つけるのはどちらが先だったろうか。

 砲撃用の魔方陣。そしてそこから飛んでくる2発のクロスファイア。クロスファイアで気を引いた後の、遠距離射撃?
 だとしたら、甘い。

「アクセルシューター!」

 目標はクロスファイアと、ティアナ本人。さらにスバルにも。さて、どうする?
 スバルはウイングロードを乗り換えて避ける。危ない避け方だが、受けるよりかずっとマシ。
 ティアナは、避けない!?
 それどころか砲撃魔法を撃とうとして、そこで着弾! まさか!?
 足音が聞こえる。すぐ近く。
 マッハキャリバーを履くスバルな筈がない。だとしたら。
 背後に気配を感じた。
 上に魔力を感じる。
 上と真正面からの、ほぼ同時攻撃。しかもかすかに見えるのは、ティアナの銃先から見える、オレンジ色のダガー。

 なんて、危ない。

 ラウンドシールド

 スバルの攻撃をシールドで防いで、ティアナの攻撃はレイジングハートで防ぐ。

 何でこんな。一歩間違えれば二人ともぶつかって大怪我する。ウイングロードのせいで、後ろには逃げれないけど、それでも横に逃げればどうなるか分からないのかな。

 失敗したら、大怪我するんだよ。

そう思って。

 

「Xthモード!」

 

 その瞬間、ティアナの声が聞こえた。

 

 今だと、そう確信した。
 横に逃げない。
 なのはさんなら、横に逃げないはずだ。
『だってなのはさん、やさしいもん』
 スバルが言った言葉は本当だから。甘くは無いけど、でも優しい。
 だから。

「Xthモード!」

 そう叫んだ。
 同時に光が満ちる。体が少しだけ重くなって、でもそれは頼もしい重さで。
 スバルのリボルバーナックルの重さもこんなものかなとふと思った。
 装甲板が、両手の銃剣が、今とても頼もしく思える。
 後はタイミングだけ。

《ミスらないでよ、スバル!》
《もちろん!》

 ならもう心配ない!
 きっとやれる。

 


 なのはのレイジングハートがティアナのダガーを止める。同時にスバルの攻撃はなのはのラウンドシールドに止められた。

 そして。

 

 不意打ち!!

 

「疾風双刃!!」

 

 それがティアナの切り札だった。

 

「アーツ?」
 SAのこと? スバルが使う?
 はじめはそう思った。でもそうじゃなくて、それはハセヲの世界のスキルらしい。
 魔法とは違う、接近戦用の職業の人が使う近接戦闘法。
 アーツ。
 他にも連撃と反撃とか教えてもらったけど無理だわ。
 反撃は何とかなるかもしれないけど、連撃は無理。何発もなのはさんに当てる自信が無い。
 あたしに仕えるのは単体でのアーツ発動だけ。
 いくつか見せてもらったけど、天下無双飯綱舞とかJUSTICEとか反則でしょ。
 結局覚えたのは、熟練度5までの技。本当は削り三連とか思えてもらいたかったらしい。これは特に固い敵に有効らしくて、バリアブレイクの性質があるとはハセヲ談。
 後2熟練度が足りないらしい。結局特訓したが届かなかった。熟練度は6でストップ。
「ガジェットだって簡単に潰せるぜ」
 それはハセヲだからじゃない?
 でも本当なら、絶対に覚えてやる。
 まあ、覚えてない技を頼りにするわけもいかない。一双燕返しはなのはさんに聞くかは微妙らしい。飛行モンスター専門の技らしいし。
 使うのは疾風双刃。それしかない。
 それを反撃されずに確実に当てる。
 どうやって?
「なら、不意打ちでもするか?」
 ハセヲの言葉に、私とスバルは目が点になった。

 

 ダガーがレイジングハートに触れた瞬間、三体目の幻影が消えた。
 驚くなのは。同時に消える背後のウイングロード。
 陽動から移動用に完全に切り替えたと思わせた、最後のフェイク。
 そして。
 なのはの視界外からの、

 不意打ち!!

「疾風双刃!!」

 それは両方ともハセヲの世界の技術だ。モンスターの視角外から攻撃することで攻撃力を上げる“不意打ち”
 そして双剣では初期アーツである、“疾風双刃”

 本来なら組み合わせることが出来ないこれを、スバルの協力で組み合わせることに成功した。
 正直、ハセヲも驚きである。


 なのはは咄嗟にレイジングハートを捨てる。持ったままでは間に合わない。スバルはシールド突破できてない。
 なら。
 レイジングハートを捨てた右手で、さらにシールド展開。
 逆袈裟からの三連撃を、何とか防ぐ。
 同時にそのアーツでシールドが壊された。
 でも、遅い。
 なのはの右手は、そのままティアナのデバイスの刃を掴み取った。

 

 見たことも無い形だ。
 モードⅡじゃなくて、でもモードⅠでもなくて、たとえるなら今までのクロスミラージュの銃身の下からドスが飛び出ている感じ。
 そして銃身から突起したものが手を防護する形になっている。まるで拳銃に、私たちの世界の銃剣を無理矢理くっつけた感じ。そして刃に沿って現れているのは高密度の魔力刃。
 そう思った瞬間、ティアナが笑った。
 
 まだ、気がついてないの?

 瞬間、手に持った魔力刃が消えた。

 

 やっぱりなのはさんはこうした!
 予測通りだ!

 あたしはそう思った。
 後から思えば馬鹿だけど、そう思ったんだ。
 さっきから予測通りのことばかり。
 アドリブもいくつかあったけど、問題は無かった。

 なのはさんは優しいから、私たちに怪我をさせるような戦い方はしない。だったらあそこで避けれるはずが無い。
 そこに、前後からの攻撃。
 幻影を入れると三方向。
 さらに私の完全な不意打ち。
 足音を紛らわすのが課題だったが、幻影だと誤解させれた。
 なら後は。
 バリアブレイク付与の、

 

 ダブルトリガー!!

「JUDGMENT!!」

 

 これで!

 同時に撃たれたのは!

「クロスファイアシュート!」

 なのはさんの、魔法。
 しかもそれはあたしの!
 どっちが強いか?
 そんなの決まってる。
 ダブルトリガーは追撃足りえるが、決めて足りえない。さらにバリアブレイク付与のせいで威力も下がってる。

 やられた!!

 そう思った瞬間。
 黄色い光の中を走る白い影が見えた。
 あれは?

 

 アーツ“疾風双刃”
 発動直前での、強制打消し。
 これは本当に裏技だ。おかげで両腕が痛い。ただこれをすると、俺でも地形を超えた瞬間的な移動が可能になる。たとえばこんな。
 俺はなのはとティアナの間にいた。
 アーツを打ち消した俺はすぐに両手の双剣で二つの射撃を払う。弾数は左右数えて……あんまり数えたくない。
 とりあえず、普段こんな攻撃を捌くことはめったに無いだろう。
 イメージするのはあいつ。
 あいつに出来て俺に出来ない筈があるか!
 両手に持つのは、あいつと同じ虚空ノ双牙!
 痛む腕で無理やり、全ての攻撃をはじいて切り裂いた。

 戦いの最中、俺はうれしそうに笑った。あいつは本当に抵抗らしい抵抗はしなかった。強いが甘い奴だと思った。
 だけど、その力で敵を倒すと極稀に相手を意識不明にすることがある。
 それを知ってたけど、俺はそんなことするつもりは無かった。
 直前で止めて、俺の勝ちだって言うつもりだった。
 結局、暴走だ。
 相手がクーンでよかった。これで別の奴が相手なら。
 ああ、いや。
 クーンは生きてたよ。
 殺しちまったけど、生きてた。
 クーンが持ってた力はクーンだけの特別な力があって“増殖のメイガス”って呼ばれてた。
 あいつは咄嗟に俺に殺される直前で、自分自身を増殖させたんだ。
 もちろん、そんなこと今まで試したわけもないし、出来るって決まってたわけでもない。
 ただあいつの機転で俺は救われた。
 殺さずにすんだ。
 そこで気がついたよ。
 力を手に入れたって、それに使われるわけにはいかないって。
 わざと無茶して、わざと無理して、そんなの駄目だって。

 言い終わりだ。
 そういう風に右手を軽く上げる。それだけでなのはは分かったのか、治療し終わった右手と左手でティアナの両手を握ると、顔を覗き込んだ。
 ティアナの顔は蒼白になってた。
 そう、気がついたのだろう。
 こいつも無理をしたのだと。
 もともと頭の良い奴だ。分かっていたはずだ。あそこでなのはが避ければどうなっていたか。
 無為やり作り出した不意打ちは、代わりにティアナから視界を奪った。
 あそこでなのはが避ければ、スバルとティアナはお互いに攻撃して自爆しただろう。
 カウンターのように。
 結果どうなるか。
 訓練中ではあるが、二人に十分な加減が出来るはずもなく。
 他に上空にいるティアナが幻影だと気がついていた場合だ。もしなのはが気が付けば、必ず避ける。
 受ける意味なんてないからな。
 結果どうなるか。
 分かりきったことだ。
 なのはが避けないと予測して、勝手に信じ込んで、そのせいで勝手に仲間や自分を危険にさらしたんだ。

「ティアナ、無茶は駄目だよ。何で訓練をするか、それは実践で通用するか危険じゃないか試すため。模擬戦はそのまとめで、力試しなんかじゃない。分かるよね」

 優しい口調だった。それゆえに痛い。
 スバルは不思議そうにしてたが、しばらくして気が付いたようにあっと小さく叫んだ。

 幸せな日々だった。
 俺はこの機動六課に来てから満たされていたんだろう。
 まるで“カナード”のホームにいるような感覚だった。もしくはG.U.の奴らといるときか。イコロでもいいな。
 こう考えるとギルドマスターの癖にいろんなところに顔出してるな、俺。
 まあ、そんな毎日だったんだ。
 ずっとこんな日だったら良いなって思ってた。
 分かってたのに。
 知ってたのに。
 幸せなんて毎日続くわけが無い。
 いつか問題が起きて、それを何とかしてくから幸せになれるんだって。
 ただ、俺の場合それが少し特殊だっただけ。

 そいつと会えた時の感覚は、“ようやく”だった。

 もしくは“もう”でも良い。
 早いと思ってるのか遅いと思ってるのかは分からない。どっちもだったかも。
 とりあえず俺の感覚では分からなかった。
 思い出すのは、隠されし禁断の聖域“グリーマ・レーヴ大聖堂”
 そこで俺は、昔こいつに敗れた。
 でも今なら。
 俺はこいつに勝たなくちゃいけない。
 こいつと俺はライバルみたいな関係で、だから戦友だとはっきりと言える。
 だからこそ倒さなくちゃならない。
 そう、決めたから。
 彼女が望んでいるから。
 そんなお前を見ていたくないから。
 だから!

「蒼炎のカイト!!」
「ハ@ヲ!!」

 二人の双剣がぶつかった。

 ここに、英雄が二人揃った。
 一人は“蒼炎のカイト”
 一人は“死の恐怖ハセヲ”
 かつて共に戦った、最強の騎士と最強の碑文使い。

 お互いに鏡のように双剣を繰り出す。
 同じように弾き、同じように組み付き、同じように武器を合わせ切り刻む。
 一度たりとも攻撃は通らず、一度たりとも攻撃を許さない。
 当然だ。
 俺はこいつに敗れてから、こいつの双剣だけを目指してきた。
 カイトの双剣は、俺の憧れで超えるべき目標だ!

 かつて戦ったのはいつだったか。
 ハセヲがまだ一人だった頃からの戦いだったのかもしれない。
 ハセヲは昔、双剣の連撃をカイトの片手に防がれた。
 それからの始まりだったのかもしれない。

 そして、次に戦ったのはいつだったか。
 再びあったのは隠されし禁断の絶対領域“モーリー・バロウ”
 そこでの戦いで、俺は確かにこいつを超えて。
 そこから因縁が始まったのか。

 いや違う!

 因縁なんてもんじゃねえ!
 そんな軽いもんじゃねえ!
 魂が、心が、俺の中の俺が全力でこう言ってる!

 こいつとの始まりは!
 もっと昔だ!

 神話の時代に、初めて戦った!
 神話の時代に、俺たちは戦った!

 もっと単純に、もっと簡単に、俺たちは憎みあってたから戦った!

 そんな時からの、運命なんて生温い言葉じゃ言い表せない何かが、確かに俺たちの中にある!

 だから、俺はこいつのこんな姿を見ていられない。
 だから、俺はこいつのこんな力と戦いたくはない。

「ジェイル・スカリエッティに操られて、お前は満足かよ! そんな力で、俺と戦うつもりかよ! 答えろ!! 蒼炎!!」
「ハア@;ァ&$ァ@ァ#ァァァ!!!!」

 答えは無かった。
 でもその叫びが、そんな筈は無いと。そう叫んでいるようでとても嬉しく。

 右だけ、銃に変えた。本来攻撃用じゃないブレードでカイトの虚空ノ凶刃を無理やり押さえ込む。その間に連射連射連射!
 お互いに斬り合いは止めて力押し。単純な力だけ。

 ハセヲの右手の銃ブレードは砕けた。
 カイトの左手三枚の刃が一枚砕けた。

 ハセヲの銃がカイトの肉を削り、カイトの刃がハセヲの腕を削った。

 お互いに額をぶつけ合う。睨み合いながら、二人ともニヤリと笑った。

 離れたのは、同時だった。

 腕が痛い。まるでズタズタになったよう……、いやその通りだったな。
 だがカイトの腕も千切れかけだ。肩は潰れて飛び散った弾は頬や腹を抉っている。

 だが、まだまだだ。
 そう思うだろ! お前もお前らもな!!

 俺の中にある全ての力、古の碑文に記された八つの禍々しき波の力!
 その全てが、こいつを倒せと叫んでいる!!
 こいつがこいつである内に、倒すんだ!!

 そうだろ!!

 ス ケ ィ ィ ィ ィ ィ ス !!!!

 

 空に、二つの化け物が出たとき、それが何なのか分からなかった。
 それのうちの一つがハセヲの姿だと分かったのは、その魔力の光と優しさからだった。
 ただ、もう一つは誰なのだろう。
 そう思うと、どこからとも無くカイトという声が聞こえた。
 それを確認もせず、あたしは空を見た。
 そこには、全ての戦いが終わった筈なのに戦い続けてる二人がいた。

 一つは白い巨人。流線的なフォルムで、背中には大きな剣のような羽が八つ。その瞳は三つ、手には大きな鎌を持っていた。
 もう一つは青い炎で出来た赤い巨人。背中に大きな輪が浮かび、さらに六枚の羽。その両手には巨大な刃が三つずつ、六刃。

 二つがぶつかり合うたびに、大気が大きく震えた。
 まるで、昔の神話に出てくる神様同士の戦いのようだった。

 

 奴の蒼炎弾を俺の鎌が弾き、俺のホーミングショットを奴の双剣が弾いた。
 何度か打ち合いをやってみたが、結局のところ変わりない。

 やはり、小技は効かない。なら、決まってる。

 動いたのは、やはり両方同時だった。
 双剣と、鎌。
 ぶつかり合って、反動で分かれる。
 音はその後に来た

 ドゥン!!

 その音を聞く前に再び動いた。
 速さはこっちの負けだ。なら、スピードを遅くするなんて出来るか!
 再び突撃。
 今度は弾き飛ぶのではなく、弾かれながら無理やり進む。
 お互いの位置が逆になり、さらに再びぶつかり合う。
 ぐるぐると、ぐるぐると。
 ぶつかっては弾け、弾けては飛び掛り。
 まるで惹かれあう星々のように、二人は回りながらぶつかり合う。
 何度が打ち合いきりあった後、自然と別れた。
 体の所々が焼き切れ、奴の体も所々が削り切れてる。
 状態はほとんど同じ。
 このまま打ち合っても削りあい。結局無意味だろう。
 なら。
 一撃で決める。

 鎌を大きく振りかぶる。同時に奴も双剣を高く上げた。
 似たもの同士だな。
 そう思って笑うタイミングまで一緒だった。
 最後の激突、そして、

 

 データ・ドレイン

 

 光が消えた。同時に二人が降りてくる。
 ハセヲとカイト。
 まったく似てなくて、でもどこか似てる二人。
 二人とも背中を向け合って、倒れそうなところを無理やり立っている。

目は、覚めたか?

 うん

 二人の声がとても遠く聞こえた。
 すぐ近くにいるはずなのに。
 二人は不思議と神々しく思えて、近寄っちゃいけない気がする。

 待たせたな

 そんなに待ってないよ

 皆集まってきた。でも不思議と近寄るものはいない。
 まるで舞台を見てるように、自然と足が止まるのだ。
 同じ所にいる筈なのに、まったく別の世界にいるような感覚。

 こっちこそごめん、君につらい役目を押し付けて

 気にすんな、俺もなかなか楽しかったしな

 声を出してはいけない。
 舞台なんだから。
 神話なんだから。
 私たちは口を出せない。

 それより、いいのかよ?

 君こそ、どうなのさ?

「は、ハセヲ!」
 我慢なんて出来なかった。だって彼らは今にも……。
 私の声がきっかけになって、二人を呼ぶ声があたりに響く。
 機動六課の皆がハセヲのことを呼んでる。
 ナンバーズの人たちがカイトという人の名を呼んでいる。

 まあ、未練はあるな

 でも、覚悟はしてたから

 そう言うと、彼は顔を上げた。
 泣くなと、言った気がする。それでようやく泣いてることに気が付いた。
 思わず駆けつけそうになって、そのときになってようやく体が動かないことに気が付いた。
 周りは何も無い白い世界。
 私たちとハセヲたちの周りにはガラスの壁があって、いくら叩いたってそれは砕けなかった。

 じゃあな

 またね

そう言って、彼らは最後の瞬間まで優しく微笑んでいた。

 

 

 

 それは、無限書庫で見つかった一つの神話の物語。
 それはほとんど失われて、ほんの一部しか解読できなかった。
 それは今から、数百年前の話。
 黄昏の碑文と呼ばれる、一つの神話の物語。
 そこに描かれるのは、青い炎を身に纏った一人の勇者の物語。
 そこに紡がれるのは、大きな鎌を担いだ一人の勇者の物語。
 二つの物語は紡がれ、一人の少女へとたどり着く。
 一人の少女は、世界を救ってくれた英雄二人を強く想っていた。
 二人に感謝を、二人に友愛を。
 その想いを持って、彼女は自分の住む世界の守護者を生み出した。

“蒼炎のカイト”
“死の恐怖ハセヲ”

眠りに付いたはずの二人の英雄が起きたのはどうしたことか。
 始まりは、一つのかけらだった。
 それは少女の父と母が残した、少女のためのもの。
 それを見つけてしまった男がいた。
 その名は、ジェイル・スカリエッティ。
 彼はそれを元に生み出した。いや、蘇らせた。
 長き眠りについていた、傷ついた勇者を。
 永き時を経て、癒されるはずだった英雄を。
 体に無理やり埋め込まれた欠片で、操り人形のように扱っている。
 そんな彼を見ていられなかったのが、滅びた世界と数多の世界を渡り歩く少女だった。
 彼女はかつての楽園で一人願った。
「助けてあげて、欲望に取り付かれた誇り高き勇者を」
 そんな彼女の願いを聞き届けたのは、守護者の片割れ。
「……ああ、まかせろ」
 そうして彼は歩き出した。
 方法は一つ、データドレインで、奴の中にある欠片を、フラグメントを破壊する。
 それで奴は救われる。
 守護者の力はほぼ互角、だからこそ、命がけになることは分かっていた。
 それでも、彼は歩く。
 きっと、どこまでも。

 

「ここが、ハセヲの生まれた世界だったんだね」
 それは砂だらけの世界。
 いくら守護者といえども、滅び行く人々は救えなかった。
 だからいずれまたこの世界を訪れ、ここで暮らし行く人々のため、守護者たちは眠りについていたのだ。
 砂しか見えない世界を、なのはは歩いていた。
「管理局が調べたハセヲのデータ。全部偽者だったんだってね。管理局のデータを改竄、さすがだね」
 もともと人では無かったハセヲは、そうやって管理局の調査を掻い潜っていた。
 結局ハセヲの正体は管理局でも分からずじまい、一部の関係者を除きハセヲは行方不明ということになっている。
 あの事件から、もう一ヶ月がたった。
 時の流れは速くて、なんだか時々なのははついていけなくなる。
 だから速すぎる流れに逆らうかのように、なのはは自然とこの出会いの世界を思い出していた。
 不思議と、今なら分かる。
 歩いてみると目に見えるのは不思議な世界。
 砂漠だらけの、世界のはずなのに。

 見た事も聞いた事も無いような巨大な瀑布。
 この世の最果てとも思える場所にそびえる、不思議な門。
 夕焼けの染まった、レンガ造りの教会。
 池の中に、白い大きな木がそびえ立ってる。
 比較的新しい建物が建っている、そばに蒸気船の止まる島。
 五つの石碑と、中心に鎮座した竜の石像。
 
 歩けばいくらでも見えるようで、その中の全ての光景にハセヲがいるようで、なのはは立ち止まった。

「ハセヲ。ぅうっ、あい…たい…よ……」

 ポーン

 それはハ長調ラ音。

 音が、聞こえる。

 The end

 

単発総合目次へ その他系目次へ TOPページへ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年02月16日 09:47