「やぁ、また会ったね」

「えっと……リニスさん?」

キャロが数日前に偶然であったその女性と再会したのも、また大変な偶然の結果。少なくともキャロはそう信じていた。
場所は何時もの町の一角、小奇麗に整理された表通り。キャロの身を包んでいるのも余所行きと見て取れるスーツドレス。
一方、リニスは以前会った時と同じ黒いスーツに稲妻模様のネクタイ、サングラスに白いコートをビシッと着ていた。

「えっと……そっちの子は?」

「フリードリヒって言います、私の竜です!」

「キュクウ~」

もはやキャロのトレードマークとして、マフィアやその関係先で認知されるフリードは、今日のようなお使いにも同行する。
それまでは余りに目立つ為窮屈なカバンに押し込められていたから、とにかく外に出られるのが嬉しいらしく一鳴き。

「わぁ……竜を使うって事はアルザスかな?」

「はい……」

「あっ! いや~別に凄く聞きたいとかそういう事じゃなくて~」

頷いたキャロの表情が僅かに陰ったのを見て、リニスは慌てて否定の言葉を口にする。
その様子が余りにも必死で滑稽で内心のバクラが大笑いしているが、キャロは流石にそんな気分にはなれない。

「村よりここの方が楽しいですし」

「そう……なんだ?」

村を出奔したばかりの頃は確かに『帰りたい』と言う思いが強くあったのは事実。
だが今は違う。少なくともそれなりの自由意志を持って好きなこと、魔道師の訓練からオフィスでの手伝い、ヘブンのウェイトレスなどができる事が嬉しい。
村では一生を費やしても経験できないだろう様々な事をこの数ヶ月で体験して来た。
振り返れば辛い事も多々あったが、それすらも輝かしいと思えるほどキャロの中で、今までの経験は重要なものに成りつつある。

「ならちょっと聞かせてくれないかな?」

「え?」

「もちろんタダとは言わないよ? お昼ごはん付きで」

リニスが指差したのはこの辺りでも一二を争うだろう高級レストラン。
ボスと一緒でも入った事が無いそんな場所を平然と指名する辺り、キャロはこの女性がやっぱり自分とは違うんだな~と思う。

「それ、ナンパか? 同姓のクセに相棒みたいな小さい女が対象となると……終わってるぜ、アンタ」

「えっ……ルシエさん?……違う、誰」

突然変わった口調と顔つきや雰囲気にリニスは一歩引いた。
そんな不審人物を値踏みするように(自分も不審人物だが…)バクラは睨みつけ、己の名を告げようとして……

「オレ様はバク…「えっと! 今のはバクラさんです」…」

相棒に盛大に妨害された。

「私の村に伝わるユニゾン・デバイスと言いますか。色々お世話になってて~」

バクラは気に入らない人間には早々に突っかかって行き、キャロを含めた第一印象を完膚なきまでに破壊する。
その辺りの修正を理解し始めたキャロは、すぐさま自己紹介の部分で取り返して軟着陸を狙う。
全く持って相棒の扱いにまで苦労する辺り、この少女はきっとそういう星の下に生まれて来たに違いない。
もしくは作者が悪い。

「じゃあ、ソレも含めて『お話を聞かせて』欲しいよ」


バクラが性癖異常などと言っていたが、キャロはリニスにお昼ご飯をご馳走に成る事にした。
この数ヶ月で本当に『そういう事』をする気の人はなんとなく察知できるようになっていたし、今は誰が相手でも何とかなる。
デバイスとフリード、そしてバクラという存在と仕事をしたという自信を得たからこそ、考えられる思考だ。

「そうなんだ……大変だったね?」

食事を取りながらキャロが訥々と語り終えれば、リニスが発するのはそんな言葉。
ありきたりと言えばその通り。だが飾らない言葉だからこそ、その思いの強さが伝わる。
それは同情などと言う便利な言の葉ではなく、キャロはソレを共感だと理解した。

「はい……ウッ……ヒック」

キャロは今までの経験を口に出して誰かに語ると言う事は無かった。
ずっと一緒に居るフリードやバクラに語る意味は無い。マフィアなんていうお仕事をしている人たちは過去など語らないし、語らせない。
そして語ると言う事は発露であると同時に、口に出すというのは反復により思い出す事でもある。
自分では過去の事、思い出の一つと考えていようが、もっと心や体の深くでは間違いなく傷として残っているようだ。
故に意図せずに流れる涙をキャロは止められなかった。聞き出しておいてなんだが、リニスもソレに貰い泣き。
ここでは言及しないが彼女も色々とあるのだ。

傍から見れば二人してワンワン泣いている女性と少女と言う訳の解らない図が完成した。

「でっでも! 今は幸せですから、平気です!」

料理を運んできたウェイトレスに白い目で見られ、ようやく二人は泣き止んだ。だが平静を装うには足りない。
顔を紅くして、俯き加減の宜しくない雰囲気を断ち切ろうと、キャロは明るく宣言した。
そしてようやく運ばれてきた料理に手をつける。残念なことに美味しいはずのソレを完全に理解できるほど落ち着いては居ないらしく味は不明。

「そっか……でも本当は『普通の生活』がしたかったんでしょ? マフィアの下働きなんて……」

「でもそうするしかなかったですから……」

キャロは何かやりたい事があって村を飛び出してきたわけではない。突然出て行け!と言われただけだ。
故に何かしたかった事があるわけではない。そんな夢を考え付く暇もなく生活苦に突入したのだから。
時たま耳元で邪神ゾーク・ネクロファデス(の欠片)が「デカイ盗みでもしようぜ~」と誘惑してきたが、それは己の夢にしたわけではない。

「もし……今から普通の生活が出来るって言われたら如何する?」

ソレは突然の提案だった。キャロは驚きを、バクラは違和感を大いに感じざるえない。

「私はそうあるべきだと思うんだ」

初めて外されたサングラスの下から出てきたのは赤い瞳。マフィアと関係のある職業をしているとは思えない真っ直ぐな優しい憂いの瞳。
と言う事で……


『キャロとバクラが平和の尊さと儚さについて実感したそうです』


「うわ~良い歌でしたね~」

キャロはヘブンのVIPルームであるバルコニーから、下の階で奏でられていた歌声をそう評した。
ショーバーと言うからには歌を歌うなり、ダンスを踊るなり、楽器を演奏するなりした上で酒などを提供する場所だ。
故にある程度の演奏は行われているのだが、今日のソレは少々レベルが高かった。普段ならばそのまま仕事を続行するキャロが足を止めるほどに。

『オレ様からすればお行儀が良すぎる気がするけどよ~』

「ムネに気高きクイーンの~バラを抱いた~盟友よぉ称えよぉ~ナイツ・オブ・ローズ」

『聞いちゃいねえ』と肩を竦めるバクラと今聞いたばかりの歌を勢いで口ずさむキャロ。
しかしその評価は先程の歌とは比べようも無いほどにダメダメだった。

「ハッハ~魔法はそれなりに使えるようになったが歌はヘタクソだな」

「ガ~ン!」

数人の女性に囲まれて悠々とソファーに座し、グラスを煽るボスの言葉にキャロは大いに落ち込んだ。
村では歌がうまいと言われていたのだが、どうやらリズムや感性に差が大きいらしい。
そんなショックを受けるキャロに周りの部下や女性たちから笑いや慰めの声が上がる。
もはやボスの周りに居る人間の仲で顔馴染みではない者はいないし、親しくないものもほぼ皆無だ。
既にファミリーと言う言葉も過ちではないだろう。

『ドン』

だがそんなファミリーも終わりは突然来る。衝撃が建物を揺らした。続いて下の階から客達のざわめきが増す。

「どうした? 何があった」

ボスの問いに側近が無線機を取り出し、数秒言葉を交えるとその顔色を一気に悪くした。

「ヤバイですぜボス、強制捜査だ。相手は複数の魔道師、揃いのデバイスとバリアジャケット……管理局だ」

『え? どうして多次元世界の平和を守る人たちが私の平穏を壊しに来るの?』
キャロはそんな疑問が口を出そうになるがふいに思い至る……『アァ私は悪い人だった』
『悪い人たちと居てようやく得られた平穏はソレだけで罰せられる罪なのだろうか?』


「他次元世界に介入か……次元航行艦の武装隊だな。どれくらい持ちこたえられる?」

「もう少しご自分で鍛えた魔道師たちを信頼してくださいな、ボス。一度くらい撃退してみせまさぁ」

自身も幼い頃にボスに見いだされた青年は自身有りげに言う。
ボスも不安など表に出しはしない。淡々と処理を告げる彼の傍らでキャロは未だに事態を把握できていないらしく呆然と立っていた。

『相棒、初めての大仕事になりそうだな?』

「あっ……そうだ、私は魔道師……この組織を守る魔道師……」

実に楽しげなバクラの声にキャロは意識を引き戻し、ブツブツと自分の状態を確認するように呟く。
これまで積んできた魔道師の訓練、そして同じ様に積み上げてきた組織への恩が戦いなど決して向いていない少女が自分の定義をそう決めた。
ギュッと待機状態として金の腕輪の形で存在するディアディアンクを握り締める。
キャロとバクラ、どちらも違うベクトルで戦闘への決意と意欲を高めていった。
だが……

「イヤ……お前らは逃げろ」

「え? 何言ってるんですか、親分さん!?」

『そりゃあ、あんまりだぜ?』

魔道師であるはずの側近たちは迎撃の為に部屋を出て行き、女たちはとっくに雲隠れ。部屋に残ったのはボスとキャロ、見えないけどバクラだけ。
ボスは何時も通り冷静に葉巻を咥え、キャロは状況についていけない心が微かに体を震わせ、バクラは(やはり見えないけど)つまらなそうに腕を組む。

「俺はお前に『人並みの生活をさせて魔道師として養育する権利』を買ったんだ。
 管理局に目をつけられたとなれば、もう商売はまともにできない。もし退けられたとしても、ガキを一人養う余裕なんてなくなっちまう。
 だからお前はここに居なくて良いんだ。イヤ、居てはならねぇ」

「そんな悲しい事言わないで下さい! 今まで面倒を見てもらって、危なくなったら逃げるなんて出来ません!
 私はだから魔道師に…『だからどうした』…えっ?」

ボスは一旦大きく紫煙を吐き出して語り出した。昔話だった。


「俺は昔、管理局の魔道師だった。貧しい家の支えになろうとガキの頃から頑張った。
魔道師ランクなんていっても解らないだろうが、結構上のほうでな?
長期出張が多い職務を必死にこなして、だいぶ出世した頃に任務中に大怪我をした。
この目の傷がその名残、そのときに魔力を殆ど失って実戦部隊から移動。
もちろん地位はそれなりだったから、これからはゆっくりしようと思ってた。親孝行や家族サービスをしようってな?
だがそこで気が付いた……もう親も家族も無い。
本当は親に楽させる為に管理局に入ったのに、いつの間にか魔道師であることが、上のランクを目指す事が目的になってた。
それこそ魔法だけを、魔道師であることが最高の強みであるこの世界の弊害だ。
その弊害を守る仕事をしているのが猛烈にイヤになって……故郷であるここに帰ってきて汚い仕事を始めた。
 まっ! ガキに魔法を仕込んで使ってる時点で俺も大して変わらんか?
だがよ……魔道師であることはまず『自分が自分である為に使え』よ。
 マフィアの組織員である事を守るんじゃなくて、キャロ・ル・ルシエがキャロ・ル・ルシエである事を守る為に使え。
 それが本来の目的を忘れて人生を棒に振った魔道師の先輩の忠告、だから行け……そこの本棚に隠し扉がある」


「長い昔話だぜ……だが、解った。行くぞ、チビ竜」

『なっ!? バクラさん!!』

「流石は盗賊、汚い話の理解が早くて助かるぜ。選別に持ってけ」

驚くキャロの意識を体は反し、淡々と指定された場所へと歩を進める。
自分の命令ではないのに、ソレに続くフリードが今だけ憎い。投げ渡されたのは現金が詰まっていそうな分厚い財布。
いつもなら頑張れば取り返せるはずの体の支配権が、こんなときに限って帰ってこない。
キャロは涙を流しながら、叫んだ。

『なら親分さんも一緒に!』

「アァ、そこ設計ミスでな? 子供しか通れないんだ」

本棚にパックリと空いた穴に身を投げ出す。滑り台のような構造になっているソレは……大人だって楽に潜れるサイズだった。


「ふぅ……言ったか……最後のバカ弟子が」

二本目の葉巻に火をつけたボスに念話が入った。もっとも信頼する高ランク魔道師の側近から。

『スイマセン、ボス……武装隊は押し返したんですが……金色の魔力光の執務官が……ウワァアア!?』

途切れ途切れの通信は最後には悲鳴とともに完全に沈黙した。ソレと同時に扉が吹き飛び、室内に飛び込んでくる人影。
金色の髪をツインテールにし、黒いコート状の防護服の上には白いマントを羽織り、手には鎌のような魔力刃をつけたデバイス。

「テメェか……マチスのヤロウめ」

「良いお友達を持っていなかったようですね?」

そう彼女はリニスと言う名でボスとの取引を行っていた女性。実際の名前は……

「私はフェイト・T・ハラオウン執務官。
貴方を多次元間危険指定物取引法違反の罪で逮捕します。
 それから……あの子は キャロはどこ?」

「はん! 唯のガキの心配とは随分だぜ、後輩」

「え?」

呆けた一瞬の好きでボスが懐から取り出したのは小さな宝石 待機状態のデバイス。
それを抜き打ちのような動きで起動、一瞬で現れた杖が魔力弾を発射。フェイトはソレを紙一重で交わし、己の武器を構えなおす。

「元管理局執務官、先輩として教育してやろう……来いッ!!」


「さて……これからどうするかね、相棒」

隠し通路は下水道に繋がっていて、そこを通って距離を稼いだ結果、二人が出てきたのは町外れの廃棄区画だった。
人の気配など欠片もしない濃密な闇の中でウェイトレスのスタイルをしたキャロは酷く浮いている。
しかもその小さな体を大の字にして、横になっていればなおさら。その横で心配そうに蹲るフリードの白も闇に映えた。

『どうしましょうかね?』

悲しかったのは事実だ。だがキャロを襲っているのは酷い脱力感。管理局が憎いか?と問われれば『どうだろう?』と答えてしまえるほどに。
余りにも急に全てが動く。必死に辿り着いた居場所は考も簡単に流れてしまう。自分はソレを守ることも出来ない。

「オレ様達が居ても守りきれるかは微妙だったがな……」

『そうですか』

バクラの訂正はきっとさり気ない、もしくは自覚の無い優しさなのだろう。今はそんな事だけが心を暖めてくれるとキャロも心のうちで感謝。

「どこか……遠くに行きたいな~」

『遠くか……次元でも超えてみるか?』

「良いですね~」

「キュウゥ……」

もうどこでも良いかもしれない……キャロがそんな世捨て人的な思考を始めた頃、不意に掛かる声が一つ。

「じゃあ……私のところに来ない?」

「え?」

キャロは驚いて顔を上げるとそこに居たのはリニスと呼ばれていた女性。でもその服が今までと違っていた。
その身を包むのは魔力で生成されたバリアジャケット、手に持っているのは杖型デバイス。
そこから導き出される答えは?

「……管理局の魔道師?」

「私の本当の名前はフェイト・T・ハラオウン。管理局の執務官」

ソレが意味するところ位はキャロでもすぐに解る。つまり今回のことは目の前の女性が仕組んだと言う事だ。

「ゴメンね、キャロがあの場所大事にしていることは解っていた。でも貴女にとって優しくてもマフィアは違法組織。
法を犯して、他の人の迷惑になる場所を管理局は見過ごせない……うぅん、この言い方は卑怯だね?
私は許す事ができない」

そのことも解っていた。自分には優しくてもこの人たちは悪い人で、違法だろう仕事をキャロ自身幾つかこなしている。
そんなに重いものではなかったが、何れは自分ももっと汚い仕事をするのだろう事も何となく……

「だけどキャロを守ってあげたいのも、普通の生活をさせてあげたいのも本当なんだ。
 信じてくれ……なんて言えないけど、少しでも解ってくれたら嬉しい」

恐らくソレも事実だ。全くそんな気が無いのに貰い泣きなどしない。この人は本当に真っ白でキレイな人だとキャロは理解した。
墓荒らしをして、不良狩りをして、マフィアに養って貰っていた自分とは全く違う。以前感じた違いは尚強く感じる。
それでも否定できない。私はもしかしたらこういう風に成りたかったのかもしれないから。

「犯罪に手を貸した子供の場合、それが環境の問題だと認定できれば、簡単な試験や面接で保護観察に出来る。
 その責任者も私が兼ねるからキャロにはすぐ……普通の暮らしをさせてあげられると思う」

『普通の暮らし』
前にレストランで言われた言葉をまさかこの人は本当に実現させる気なのだろうか?
キャロは疑問よりも驚愕が勝り、どう反応すれば良いのかわからない。でもその響きは今までの波乱万丈な生活からすれば余りにも魅力的だった。
だが続く言葉に更なる驚愕を与えられる事になる。

「でもそれには二つの物を私の渡して貰わないといけない。一つはマフィアから与えられたそのデバイス」

キャロが左手に嵌めた金の腕輪 ディアディアンクを指差し……次に……

「その特殊なユニゾン・デバイスを……渡して」

次に指定されたのはキャロが首から提げていた目玉が刻まれた三角にソレを取り囲む円、それから垂れる円錐で構成されるペンダント 千年リング。

「どうして……ですか?」

「ユニゾン・デバイス自体がロスト・ロギアに指定されるような危険物なんだ。融合事故って言うリスクがいつも付き纏う。
 それに貴女にマフィア入りを進めたのはその管制人格なんでしょ?」

『違う』……とは言わない。墓荒らしもチンピラ狩りもマフィア入りも確かにバクラの発案だ。
しかしそれでキャロが生き残れたのもまた事実。つまりバクラは命の恩人なのだ。悪人が命の恩人だとリスペクトも出来ないというのだろうか?

「あの…『良かったじゃねえか』…え?」

何か言い訳をと開いた口はバクラの良く解らない祝福の声に掻き消された。

『厄介者を始末できて、望んで止まなかった普通の生活が手に入るんだ。良い事尽くめだぜ?』

違う……これは違う。キャロの疲れた心に火が灯るのが解った。
こんな事が会って良いはずがない。だって自分は……ずっと守られてきたのだ。
どんなに悪い人だったとしても、たとえ世界を滅ぼすような邪神だったとしても、事実としてキャロはバクラに助けられてきた。
それをまた放り出すのか? また流されて良いの?

「イヤです……」

「キャロ、お願いだから」

「世界はとっても理不尽で、『こんな筈じゃない!』と思う事ばっかりです」

「……そうだね」

同意などしている場合ではないのだろうが、フェイトは思わず頷いていた。

「私は何度もそういう事に流されてきました。
村から追い出されて、人買いに騙されかけて、人の借金を背負っちゃったり。
街に出てきても仕事が無くて、マフィアに養って貰えるようになったら、壊滅して。
それでも……バクラさんは一緒に居てくれました。バカな私を導いてくれました。
もしここで……「こんな筈じゃない流れ」にまた流されて、また何かを失って手に入れた平穏が……どれだけの意味があるんでしょう?」

フェイトは言い返せなかった。自分だってそんな「こんな筈じゃない原因」なのだと気が付いた。
自分はいつの間にか諦めに似た境地に居て、達観してみていたかもしれない世界の理不尽。
それを全力で否定する目の前の少女が信じられなかった。愛を注いで平和な生活をあげれば、今まで保護してきた子達は満足してくれた。
でもこの子は……

「平穏はきっとステキです。その中に居ればきっと幸せだと感じるでしょう。
 貴女の庇護下ならダンボールに包まって寝ることも、マフィアのお手伝いをする事もないと思います。
 けどその中で『こんな筈じゃなかった』なんて感じたら、『どうして大事な人が一緒にいないんだろう』なんて後悔したら、それこそ取り戻せない。
 だから今はこの険しい道を歩いて行きます……バクラさんと一緒に」

『相棒……お前はやっぱりバカだ』

「た~くさん諦めてきたけど、これだけは譲れなかったんです。行こう、フリード」

「キャウウ~!!」

村に居る事を諦めて、普通の仕事をする事を諦めて、ようやく手に入れた居場所を守る事を諦めた。
どれも仕方がない事情がある。誰も恨んでなんて居ない。ただ憎かったのは……それに抗えない自分自身。
誰かに迷惑が掛かるからずっと我慢してきたのかもしれない、抗う事。だけど……もう我慢するのは止めた。


「待って!」

横を通り抜けようとしたキャロの肩をフェイトは掴んだ。だがそれは鋭い手の一閃で弾かれる。
その一撃が余りにも強力で容赦が無い攻撃だっため、思わずフェイトは距離を取り、バルディッシュを構える。

「聴こえなかったのかぁ? 執務官さんよぉ~」

ゆっくりと伏せていた顔を上げれば、キャロの愛らしい顔は凶悪な笑みが染めている。
千年リングが光り輝き、前髪の二房が立ち上がり、目元が鋭さを増す。

「相棒はお前のキレイな手を振り払って、オレ様の汚ねぇ手を取った。全く馬鹿だと思うぜ?
 だけどよ……それでも歩き出したこのロード、テメエはソレを拒むんだろう?」

掲げたのは左手の金の腕輪、唱えるのは「ディアディアンク Set Up」の呪文。
身を包むのは藍色系のタイトミニにチューブトップ、クシャクシャのショートブーツにベルト。
その上から砂色の裏地にフードが付いた紅くゆったりとしたコート、手にはデバイス本体たる金色をベースにした手袋。
足元にに広がるミッド式魔法陣は古代エジプト文字で飾れている。


「お前は確かにオレ様達の敵だ……デュエル!!」

最初の一歩は余りにも大きくて、破天荒だった。

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最終更新:2008年04月10日 22:02