人が集まる場所には決して欠かせない要素として『娯楽』がある。
その質は対象者の金銭力で広く変化するが、根本的なモノは共通しているといって良い。
例えば「酒」もしくは「賭博」、「ショー」に「女」など様々だ。

第六管理世界内では発達していると言われるその街も娯楽には事欠かない。
数多ある娯楽の提供場所の中でも、そこはもっとも華やかで……負けない位にキナ臭い。
複合的な娯楽の施設としてカジノ兼ショーバー、ついでに表に出せないものを少々。
上記のステキなミックスで生まれたその場所を束ねるのは、やはり黒い人達。

それでも華やかになるには充分な理由が存在する。
金持ちの良識派はいわゆるスリルと箔を求めてやって来たし、金持ちの悪い人たちは悪巧みの隠れ蓑として足繁く通う。
二種類の金が渦巻くその場所 ヘブンと言う安易な名を与えられたカジノ兼ショーバーは内情など外に漏らすまいと今日もネオンを輝かせていた。


「ん? なんだ、あのお嬢さんは」

「あら、本当。見慣れない服を着てるわね」

街でも名うての若手実業家とその妻が知り合いとの談笑中、その少女を見つけたのは全くの偶然だった。
タキシードやドレスや貴金属で身を包んだ上流階級でも、黒いスーツにサングラスの怪しい連中でもない。
見慣れない柄のローブから覗く桃色の髪に、首から提げた金色の悪趣味なペンダントが印象的な小柄な少女。
どう見てもこの場に居るには相応しくない。

「おいおい、ここの警備は大丈夫か?」

「本当ね、迷子ならお家に送っていってあげなきゃ」

そんなネタで盛り上がるギャラリーなど気にするはずも無い少女は、一枚のコインを取り出した。
ヘブンのカジノ部門で使われているコインだが、落ちていたのか黒く汚れていた。
投入する先はスロットマシーン。コインが入り、レバーが引かれたことで回転を始める。
だが一枚からコインを増やせる可能性など限りなく低い。

「一枚でどうしようと……バカな」

嘲りの言葉はすぐさま驚愕の絶句に変わる。
少女が適当に押したように見えたボタン。だがその結果は三つ並ぶ7。
派手なファンファーレと点滅する電飾に彩られて、スロットは大量のコインを吐き出した。
しかもそれだけでは終わらない。

「ありえない……」

次々と777を連発され、コインの泉が湧き出したよう。
そんな様子に気がついて、辺りもザワメキを増すがソレでも少女は止まらない。

「はん……チョロいな」

『バクラさん~もうこれで充分ですから~』

「オイオイ! 小さな事言うなよ、相棒。
どうせならここの金をゴッソリいただくつもりでやるぜ。その方が良い宣伝になる」

外見的には止まる予定が無さそうだが、内面的には色々とあるらしい。
もう店を潰す気満々のバクラと、見たことも無いコインの量にパニックになっているキャロの凸凹コンビだから。

「ちっ! この台は打ち止めか」

『じゃあやめましょう!!』

「慌てるな、スロットは他にも沢山ある」

動きを止めてしまったスロットからその隣へ。そこでも連続して叩き出すのは777。
しかしどう見てもオカシイと流石に世間知らずのキャロも気がついた。
バクラの動体視力云々がいかに優れていようとも、これだけ連続で大当たりを出すのは難しいのではないだろうか?

「安心してくれ、相棒。唯のイカサマだ」

『な~んだ、イカサマですか~……えぇ!?』

怖い事をサラッと宣言してバクラは驚くキャロを心のうちで放置。
いい加減に集まり出したギャラリーにようやく気がついて、笑む。
『売り込み』は大人数を相手に『派手』にやった方が良いことくらい、誰でも解る。
今回の目的は決してカジノでその場限りの泡銭を得ることではないのだ。
正に売り込み。その内容が大掛かりで、大博打な件を覗けば……だが。


『キャロとバクラが大掛かりな売込みをするそうです』


「あ? 今なんていった?」

一般の客とは異なるバルコニー状の特等席から、バンドの演奏を見下ろしていたその男は不機嫌そうに尋ねた。

「へい、カジノの方でガキが一人暴れてまして……」

平伏する部下の男も筋骨隆々で大柄なのだが、彼にはソレを圧倒する存在感があった。
オールバックに撫で着けられた黒髪、シックなスーツを纏い手には葉巻。
左目にはサングラスでは隠しきれない大きな斬り傷。中年だが鍛えられ、引き締められた肉体は兵士のソレ。
彼こそヘブンの元締めにして、この街の裏社会の一角を支配する組織のボス。

「なんだぁ……つまりウチの警備の魔道師共はガキ一人取り押さえられねえのか?」

「イエ、それが実際に暴れている訳ではなく……当て過ぎなんです」

伝えられる現状に男は呆れと興味を同時に覚えた。
全てのスロット台を空っぽにし、ルーレットでは百発百中。
そんな胡散臭い話を聴かされながら、ボスは立ち上がる。

「面白い。会って話がしたいなぁ……暴力も含めて」


ボスとその取り巻きがカジノ部分の扉を開ければ、もっとも先に目に飛び込んできたのはコインの山だった。
その中央で悠然と座し、ディーラーをボコボコ(ゲーム的な意味で)にしているのは間違いなく少女。
確かに少女だがボスはその目を見て確信した。『ただのガキじゃねえ』と

「羽振りが良いじゃねえか、お嬢ちゃん」

「アァ、儲けさせてもらってる」

ドスの聴いた声に答えるのは小柄な少女の体から出たとは思えない声が答える。
総支配人にして裏の世界でも知られる人物の登場に揺らぎもしない当人に代わり、他の客がさらにざわめきの色合いを増す。
つまり一瞬即発の闘争の匂いを感じ取ったのだ。確かに濃度を上げる争いの空気の中でも当事者二人だけは悠然と構えている。

「そういや~アンタがここのボスか? 実は会いたかったんだ」

「ほぉ、なにか用件でも?」

「今や裏の顔の一つだが魔道師の育成や貸し出し、仕事の斡旋で富の基礎を築いたらしいな。
 しかも負傷して退役するまで管理局所属の腕利き魔道師だったとか?」

今でも素人からの魔道師の育成やソイツ等を荒事用に貸し出し、他所から流れてきた魔道師に仕事の斡旋やデバイスなどの補助部品を売るのは組織の大事な収入源だ。
だが空気が割れる音が確かにその話題がタブーである事を教えている。何でも管理局時代の話が気に喰わないようだ。
そんなボスの態度から部下達、魔道師達はやるべき事を理解する。目の前のガキの排除。

「おっと待った! 別にアンタにケンカを売りにきたわけじゃない。
 魔道師関係のビジネスをしているアンタだからこそ頼める……買ってみねぇか?」

不意に空気が変わった。少女 バクラの提案によって。
つまり……ビジネスの空気。

「なにを……だ」

「コイツさ」

バクラが指差しているのは間違いなく自分自身、少なくとも他所から見れば。
だが事実は違う。バクラとは寄生している人格に過ぎない。つまり本来の体の持ち主といえば?
首から提げた千年リングが光を放ち、次に開いた口から聴こえてきたのは、緊張した年相応の少女の声。

「はっはじめまして! 私、キャロ・ル・ルシエです!」

「人格が……変わった?」

「えっと……さっきまで喋っていたガラの悪い人は、この千年リングに宿った人格でバクラさんと言います。
 それから……よいしょっ! この子がフリードリヒ!」

バクラ、いやキャロが引っ張り出したバッグから飛び出すのは竜の幼体。
その見慣れない生物に対する純粋な驚きの声に混じって、その色に対する驚きの声が聴こえた。
すぐさま表に出たバクラが予定通りのシナリオに笑いを堪えながら、補足する。

「そう! 滅多にお目にかかれない白銀の飛竜だ!
 もう解っただろ? このキャロ・ル・ルシエはアルザスの末裔。将来有望な竜召喚士だ!
 しかも今ならレアなユニゾン・デバイス 千年リングに、荒事にも成れた管制人格 バクラもつけるぜ!」

もちろんユニゾン・デバイスとか管制人格と言うのは嘘だ。だが他の部分は間違いない。
家なき子だろうがキャロは間違いなくアルザスの民にして、一族から恐怖されるほどの才能を持つ竜使い。

「買わないか?
『キャロ・ル・ルシエに人並みの生活をさせ、魔道師としても教育する権利』を。
オレと違って相棒は律儀だからな~恩を仇で返すようなことはしないと思うぜ?」

つまりコレはショーなのだ。
集めたコインも目的の人物である魔道師の育成を生業にする組織のボスを引っ張り出す為。
そして周りの客達を観客とすることで生まれる興奮状態で、契約の即決を誘導する罠。
実際に周りの客たちも物好きな金持ち共であり、『今すぐ決めないのならウチに来てもらおうか?』なんて言う言葉もチラチラ聴こえる。

「ハッハッハ! 良いだろう……」

完全に自分が嵌められている事を理解しても、ボスは豪快に笑った。
元教導隊としてこんなにも面白い逸材を教えたことは無い。
今までならば拾い上げるようにして得て来た人材に、こうも派手に出し抜かれるとは思って居なかった。

「買ったよ、その権利」

「よっ、よろしくお願いします! えっと……養父さん?」

『ソレは不味いぜ、相棒! 色々と犯罪が起こりそうだ』

「じゃあ、親分さん!」

「何でも好きにしてくれ」

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最終更新:2008年02月08日 10:02