ターミナルの構内は通い慣れた者にとって少々うんざりするほど人で溢れかえっていたが、エリオの眼にはその盛況さがひどく新鮮に映った。
 まだ親が同伴してもおかしくない歳で、一人の長旅を終えた興奮と緊張もあったのかもしれない。

「ルシエさーん! 管理局機動六課新隊員のルシエさーん、いらっしゃいませんかー?」

 そんな人ごみの中を器用にすり抜けながら、エリオは声を発して周囲を見回っていく。
 その姿は否応なく目立っていたが、それを気にしない程の素直さがエリオにはあった。少々世間知らずなところは、保護者のフェイトに似たのかもしれない。彼女が幼い自分そうであったように。

「ルシエさ……っ」
「はーい、わたしですー! すみません、遅くなりました!」

 反応はすぐさまエスカレーターの方から返って来た。
 エリオと比べても更に小柄な体には少々大きすぎるバッグを抱え、スーツ姿の人々が行き交う中でローブ姿という変わった格好をした少女が駆け足で降りてくる。
 そのローブが何かの部族特有の物だということは、エリオにも察することが出来た。
 ル・ルシエの民族衣装に身を包んだ少女はキャロ・ル・ルシエに間違いない。

「ルシエさんですね? ボクは……」

 この広大なターミナルで思ったより手早く目的の人間を探し出せたことに安堵して、エリオが笑みを浮かべた瞬間、彼の視線の先で事故は起こった。
 元々文明の栄えた出身地でない為か、動く階段に慣れていないキャロは駆け足であったこともあり、階段の途中で足を躓かせてしまったのだ。
 軽い体重と抱えたバッグの重さで不安定だった重心のせいでキャロは容易くバランスを崩して体を宙に投げ出される。
 このまま転倒すれば、大怪我は免れない。
 その場の誰よりも事態を把握したエリオは反射的にデバイスを起動させた。

《Sonic Move》

 腕時計の形状で待機モードになっていたストラーダが魔法を発動させる。
 次の瞬間、時間と世界を置き去りにしてエリオは跳ねた。
 彼の保護者であり、敬愛する師でもフェイトの得意とする高速移動魔法。彼女が高速飛行を行うのに対して、エリオは地面や壁面を跳ねるように移動するという特徴を持つ。
 まさしく弾丸と化したエリオは、エスカレーターの手すりを小刻みに蹴りながら移動し、一瞬で空中のキャロをキャッチした。
 そのまま上の階まで運び上げる。
 魔法自体の発動、衝撃緩和による自分とキャロへの負担の相殺。
 完璧な魔法だった。ただし、魔法だけは。
 肉体に反映する魔法は、魔法行使以外に肉体の慣れも要求される。
 上のフロアに上がりきって魔法を解除した瞬間、動から静への切りかわりに対応できずにエリオは空中でバランスを崩した。

(あ、まずい―――!)

 失敗を察した時にはもう遅い。
 辛うじて地面に着けた片足は、もちろん二人分の体重と勢いを殺すことも出来ず、たたらを踏むようにそのまま転倒へと向かう。
 キャロが足を踏み外した瞬間からエリオが魔法を使った後まで、一瞬の出来事にもちろん周囲の人間は反応できない。
 助けはなく、『せめてこの少女だけは』と無理に体を捻って自分が下敷きになるように努力したエリオは、次に襲ってくる衝撃に目を瞑り―――。

「おっと。見かけによらず、ガッツがあるな少年」

 二人の体重を横合いから伸びた腕が軽々と支えた。

「あ、ありがとうございます」
「いいや。余計なお世話だったかもな、小さいナリだがナイトの資格は十分ってワケだ」

 二人を助けた男は何故か楽しげにそう言った。
 見上げた先にある整った顔と銀髪が印象強かったが、何より際立っていたのがその美しさを獰猛な獣のそれに変えている不敵な笑みだった。しかし、不快感を感じる表情ではない。むしろ、エリオは密かに憧れる男らしさを感じた。
 そのまま片腕だけで、苦もなくエリオとキャロを抱え上げて立たせる。
 改めて向かい合えば、年上の成人した男性とはいえ随分と高い身長に驚いた。
 黒いハイネックの上に赤いレザーベストを着込み、更にその上から真紅のロングコートを羽織っている。眼に痛い程派手な格好なのに、その男は何の違和感もなく着こなしていた。
 二人を支えた腕とは反対の肩に大きなギターケースをぶら下げているのも含めて、ミュージシャンなのだろうか? エリオは初めて接するタイプの大人の男を相手に緊張と憧れを感じる。
 そんな少年の眼差しを全て分かっているとでも言うように、男はまた小さく笑った。

「Ah……少年。お姫様を守り切ったのは分かったから、そろそろ手を離した方がいいぜ。ヒーローが痴漢になったらしまらないだろ?」
「へ―――?」

 言われて、エリオはようやく自分の手のひらに感じる柔らかい感触に気付いた。
 未だにキャロを抱えたままの状態で、彼の手が置かれている位置は慎ましながらも自己主張する胸だった。
 気付いた瞬間、猛烈な気まずさがエリオを襲う。

「……あ、すみません。いつまでもくっついたままで」

 最悪張り倒されるか、と身構えていた男二人とは裏腹に、キャロはまるで気にした様子も見せずにやんわりとエリオから距離を取った。

「あ、ああ……いえ」
「あの、危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」

 一方的に意識しているエリオが言葉を探す中、キャロは彼と、そんな二人の様子を面白そうに眺める男の二人に丁寧に頭を下げる。
 幼いながらも礼節はしっかりとしてるらしい。そして、幼さ故に性的な羞恥心というのも足りないようだ。男は一人納得したように頷いていた。
 不意にそんな三人の横で、投げ出されたバッグが蠢く。
 内側からバッグをこじ開け、顔を出したのは珍しい竜の幼生体だった。爬虫類に似た見た目とは反する、可愛らしい鳴き声が響く。

「ああ、フリードもゴメンね。大丈夫だった?」
「竜の子供……?」
「ワオ、驚いたね。このトカゲがうっかり進化しちまったような奴はなんだ?」

 エリオが純粋な珍しさから、男は初めて見る生き物に思わず生来の口の悪さを発揮して呟く。
 ―――次の瞬間、フリードは幼い牙を獰猛に剥いて男に飛び掛った。

「あっ……!」
「フリード、何をっ!?」
「……OK、悪かったよ。そんなに怒るな、トカゲって言ったことは謝るさ」

 幸いにも、間一髪男の手がフリードの首筋を掴んで動きを止めていた。
 しかし、先ほどの愛らしい顔を一変させて獣となったフリードの唸り声は止まない。キャロが腕に抱え込み、なだめてもそれは収まらなかった。

「す、すみません。こんな事をする子じゃないんですけど……」
「いや、いいさ。第一印象が悪かったな、どうやら嫌われたらしい」

 気にしていない、と笑いながら肩を竦める男だったが、キャロの方は疑念を拭えなかった。
 フリードは人の会話を理解出来るほど賢い竜ではあるが、あの程度の言葉で逆上するほど気性の激しい性格ではないことは生まれてからの付き合いであるキャロには分かっている。
 そして何より、初対面の相手に対してここまで敵意を持ち、何より警戒心を露わにしていることが不可解だった。まるで目の前の男を敵だと信じきっているようだ。
 唸り続けるフリードを優しく抱き締め、キャロは改めて自分を助けてくれた男を見上げる。
 危うく噛まれかけたことなど微塵も気にしていない笑みを向ける男が、悪い人でないことはよく分かる。
 しかし―――同時に嗅ぎ慣れた<匂い>を、目の前の男から僅かに感じた。

「あの……」
「さて、お姫様の番犬に齧られないうちに退散するとするか」

 キャロが抱いた疑念を尋ねようと口を開いたのを遮って、男はコートの裾を翻した。
 ここは他人と他人がすれ違う場所。このささやかな出会いもその一つに過ぎないと言うように、立ち去る足に躊躇いはなく。

「じゃあな、少年。お姫様をちゃんとエスコートしてやれよ?」
「は、はいっ! ありがとうございました!」

 振り返らず、手だけを軽く振る男にエリオが頭を下げていた。
 印象的な出会いと鮮烈な姿が眼に焼き付いているのに、結局名前さえも分からなかった男。
 その後姿を見送りながら、キャロは男から感じた違和感を頭の中で反芻していた。

 それは懐かしく、いつも自分の傍に在り……痛みと苦しみと恐怖を与えてくる闇の匂い。

「あの人、どうして<悪魔>の匂いがするんだろう……?」

 暗く淀んだ瞳で赤い背中を見つめ続ける憐れな主の呟きを、腕の中の竜だけが聞いていた。

 

 


魔法少女リリカルなのはStylish
 第五話『Riot Force』

 

 


 試験日からまだ実質一日も経っていない。
 昼過ぎの空は相変わらず澄んだ青色が広がっていて、それを見上げるティアナの心の迷いを笑っているように思えた。なんとも憎々しい。
 管理局の施設の庭は、働く者が建物の中にいるせいか、ほとんど人気はなかった。
 芝生に寝転がったスバルと、その横に腰を降ろしたティアナ以外誰もいない。

「ティアー」
「ん?」

 緊張に満ちた試験を終えた二人は、今やどちらともなく気の抜けた状態にあった。
 ぼんやりと空を見上げるスバルと、手の中で古ぼけた玩具の銃を玩ぶティアナ。いずれも心ここにあらず、つい先ほど聞かされた会話について考えている。

「ティアは、どうする? ……新部隊の話」
「そうね……」

 どちらとも取れない曖昧な返事が返ってくる。
 しかし、付き合いの長いスバルにはティアナが悩んでいることが分かった。無意識に手の中の玩具をクルクル回して玩ぶ仕草は、ティアナが何かに迷っている時のサインだ。

「……その玩具、持ってきてたんだ?」
「うん。失くすと嫌なんだけど、今日は試験で緊張してたからね」
「そんな素振り、全然見せてくれなかったけどなぁ」

 いつだって自分には滅多に弱みを見せないパートナーを見て、スバルは苦笑する。
 ティアナが、その銃の玩具をいつも大切に仕舞っていることは知っていた。それが彼女の死んだ兄から貰った子供の頃のプレゼントだということも。
 古ぼけた玩具に、ティアナの今を支える思い出と決意が詰まっているのだ。
『これを触っていると落ち着く』―――いつかそう言っていた。
 それは今は亡き兄との絆だからなのか、あるいはそれが銃という点がもう一人の兄貴分を思い出させるからなのか、さすがにそこまでスバルには察する事は出来ない。

「執務官……お兄さんの夢を果たすには、有利な話だと思うけど?」
「そうね」
「悩んでる原因は、何?」
「……」

 今度は返事がない。
 しかし、二人が思い返していることは同じだった。
 試験が終わり、彼女達にとって雲の上の存在である三人の魔導師との会合した、つい先ほどの話だ―――。

 

 

「とりあえず、二人の試験結果なんだけれど―――残念だけど、不合格となります」

 高町なのは一等空尉の告げた結果に、身を乗り出していたスバルは大きな落胆を表し、ティアナはただ小さくため息を吐いた。
 効果はバツグンだが、あまりいい眠気覚ましではない。

 ―――試験終了と同時に極度の疲労で眠ってしまったティアナが眼を覚ました時、試験官のなのはとリインフォースⅡを含む、フェイトとはやての四人はすでに緊張でカチコチのスバルと共に待っていた。
 管理局でも有名な看板魔導師三人に待ち構えられ、さすがに面食らったティアナだったが、着くなり泣き付いてきたスバルの情けない姿に緊張も萎えた。
 だからこそ、この悪い知らせを思った以上に冷静に受け止められたのかもしれない。


「二人とも技術は問題なし。だけど、制限時間オーバーで不合格となります。ゴール前の映像記録で審議するほど微妙な差ではあったけど、その上でこの結果が試験官の共通見解……」
「評価できる点は多々あるですが、試験の合否を決める主な規定の一つなので、一秒以下であっても遅れは見逃せないんですー」

 続くなのはの説明と申し訳なさそうなリインフォースⅡのフォローを、スバルはほとんど上の空で聞いていた。
 意識はほとんど別の方向を向いている。隣に座る、ついさっき目覚めたばかりの自分のパートナーを、強い罪悪感と後ろめたさと共に。
 ゴールと共に疲労で眠ってしまったティアナ。
 全身全霊を賭けた結果がこれでは、あまりにも報われない。しかも、その原因が自分のミスにあるのだ。
 これまで何度もティアナには迷惑をかけてきた。自分のミスをフォローし、気まずげに笑い、彼女がそれを呆れながらも許す―――そんな関係に、甘えた結果がこれだ。

「……ティア、ごめ」
「楽勝じゃない?」

 謝ろうとしたスバルを遮ったティアナの声は本当に何気ないものだった。怒りも後悔もなく。
 え? と顔を上げたスバルの眼に、本当にたまにしか見せないティアナの涼しげな微笑があった。

「合格までのラインが微妙な差だったんなら、今回の反省を踏まえた半年後の試験なんて楽勝じゃない?」

 その笑みに、スバルを気遣うようなぎこちなさなど微塵もない。
 突きつけられた不合格の敗北感も失望感も、全て笑い飛ばして、不敵に構える姿があった。

「後悔なんてしてないわ。自分が決めて、全力を出した結果だもの。あんたを見捨てて合格したとしても、それはきっとあの時のあたしの<全力>じゃない」
「ティア……」
「しっかりしてよね、ポジティブはあんたの数少ない長所でしょ」
「うん……! うんっ!」

 やれやれと呆れたように肩を竦めるティアナの仕草が本当にいつも通りで、スバルは感極まったように何度も頷く。三人の上司の手前でなければ、そっぽを向くパートナーに飛びついて投げ飛ばされていたかもしれない。いつものように。
 周囲の視線を忘れつつあるスバルと、状況を弁えているがゆえに恥ずかしさで死にそうになるティアナ。そんな二人を三つの視線が優しく見守っていた。

「KOOL……いや、クールやなぁ。私、こういう友情モノ大好きや。なのはちゃん、追加点あげちゃって!」
「いや、そんな仮装大賞みたいには出来ないよ……」
「はやてちゃん、軽いノリで違反しないでくださーい!」
「まあまあ」

 何故か興奮気味のはやての言葉に、なのはが苦笑いをしながら答える。そのやりとりは仕事仲間というより、完全なマブダチだ。
 管理局でも有名なこの魔導師三人の中でも一番裏表の違いがあるのは八神はやてだった。仕事とプライベートで人格が変わっているともっぱらの噂だ。
 そんな軽いノリの雰囲気を、フェイトがお茶を濁す形で諌めた。

「アナタ達も、そんなに結論を急がないで。まだ試験官の話は終わってないよ」
「「え?」」

 フェイトの言葉に、二人は思わずなのはを見た。

「さっき、リイン曹長も言ってたでしょ。評価できる点はあるって。
 特に、最後まで仲間を見捨てなかった決意とそれをやり抜いた意志には、マニュアルの評価じゃなくて一人の魔導師として賞賛を送りたいかな」
「恐縮です」

 まるで自分事のように微笑むなのはに対して、それでもティアナは普段どおりの自分を貫き、一見すると素っ気無い模範的返答を返した。
 憧れの人に対してこれは失礼、と勝手に思ったスバルが慌てて奇妙なフォローを入れる。

「すみません、こう見えて照れてるんです」
「ナカジマ二等陸士、静粛にお願いします」

 ティアナは『ちょっと黙ってろアホ』という言葉をオブラートに包み、デュクシッ! とスバルのわき腹を小突いて諌めた。
 悶絶するスバルを微笑みでスルーし、なのはは言葉を続ける。

「それに加えて、十分に規定レベルを超える二人の魔力値や能力を考えると、次の試験まで半年間もCランク扱いにしておくのはかえって危ないかも―――というのが、私と試験官の結論です」
「ですぅ♪」
「え、それって……」

 小さく頷き、なのはは二人分の書類と封筒を差し出した。

「これ、特別講習に参加する為の申請用紙と推薦状ね。これを持って、本局武装隊で三日間の特別講習を受ければ、四日目に再試験を受けられるから」
「あの……」
「さすがに半年の猶予はないけど……でも、十分『楽勝』だよね?」
「―――もちろんです!」

 急な話の展開に若干呆然としていた二人は、ようやく状況を理解して喜色の表情を浮かべる。
 悪戯っぽくウィンクをするなのはを真っ直ぐに見返し、ティアナは不敵に笑って見せたのだった。

「……さて、ほんなら今度はこっちの話を聞いてもらおうかな」

 上司の前でなければ抱き合って喜ばんばかりのスバルと、静かに実感を噛み締めるティアナの対比を眺めていたはやてがやおら切り出した。
 落ち着いた口調は変わらないが、その声には自然とティアナ達を緊張させる威圧感がある。
 柔らかな物腰はそのままに、この場で最も地位の高い者としての威厳が現れていた。
 人格が切り替わったと錯覚するようなはやての変化に、ティアナとスバルの口は閉じて背筋が自然と伸びた。

「話の順番が逆になってしもたけどな、これから話すことに四日後の試験の合否は関係あらへん。―――もちろん、『楽勝』やって信じとるけどな?」

 引き締まった表情の中に微笑みも混ぜて、はやては話を続けた。

「詳しい説明は後回しにして……私は今、新鋭部隊に加える魔導師を探しとる。
 少数精鋭とそれによる対次元犯罪への速効性を持った攻性の部隊や。スペシャルチームと言えば聞こえはええけど、実験的な意味合いが大きい。けど質はこれから決まる」

 口元で手を組み、視線をティアナとスバルにそれぞれ送る。それだけの仕草で、二人の首筋に冷たいものが走った。

「スバル=ナカジマ二等陸士、それにティアナ=ランスター二等陸士」
「はい!」
「はい」
「私は、二人をその部隊のフォワードとして迎えたいと思う。試験中の二人をこの眼で見て、そう思った」
「……」

 はやてが言葉を終えた後には重い沈黙が降りた。
 突然突きつけられた重大な選択に戸惑い、悩む二人と、それを見据える四人が生んだ僅かな間だった。

「―――合格までは試験に集中したいやろ? 私への返事は、試験が済んでからってことにしとこうか」
「すみません、恐れ入ります!」

 それまでの真面目な表情を消して破顔一笑し、悩む二人に助け舟を出すはやてにスバルは頭を下げた。

「……部隊の名前を、教えてもらえますか?」

 一方で、思案顔のままのティアナが尋ねる。それは自分が産声を聞くことになるかもしれない新生部隊への純粋な興味からだ。
 はやては頷き、その傍らのリインフォースⅡが誇らしげに答えた。

 

「部隊名は、時空管理局本局・遺失物管理部―――<機動六課>!」

 

 

「正直……迷ってるのよね」

 珍しく気弱なティアナの呟きをスバルは黙って聞いていた。
 ティアナの思慮深さは、スバルには共感できない。それを情けないと思うし、だが同時にそれで良いとも思う。
 自分のパートナーはいつだって自力で悩みを抜け出してきた。ならば、自分は素直に聞き、素直に言うだけでいい。それがスバルなりのコンビとしての在り方だった。

「確かに、執務官になるのに参考に出来る人はいるし、経歴にハクも付くし、経験も積めるし……」

 二人だけの為か、歯に衣着せぬ言い方で独白を続けるティアナ。利点ばかりを見つめる俗な考え方だと自嘲はするが、事実でもあった。

 未だメンバー選抜も出来ていない実験部隊。
 上官も、階級はともかく経歴においてはまだまだ若輩者扱いの魔導師しかいない。管理局上層部の大部分を占める老練な士官達の間では、苦い評価は避けられないだろう。
 しかし、それを差し置いても圧倒的な知名度がこの部隊にはある。
 新世代を担う若い魔導師の代表格とも言える<高町なのは><フェイト・T・ハラオウン>そして<八神はやて>のビッグネームが一つの部隊に終結しているのだ。
 世間は、次元犯罪を含む世の不安に対して英雄を望む。そしてこの三人は、ミッドチルダにおいて間違いなくトップクラスのヒーローでありアイドルだった。
 名目はどうあれ、事実上この部隊の評価は約束されたに等しい。
 超エリートによって構成される次世代の武装魔導師部隊―――その一角を担うことが、どんな実績よりも大きく魔導師としての将来に貢献するかは考えるまでもなかった。

 そして、それを含めて尚、ティアナは悩む。

「でも、遺失物管理部の機動課って言ったら、普通はエキスパートとか特殊能力持ちが勢ぞろいの栄えぬき部隊でしょ?
 あの日から、夢を追って、がむしゃらに走って、その中でいろいろなもの見つけて、背負って―――ここまで来て、それでいきなり見上げてた先に、届かない筈の高みが見えちゃってさ。実感湧かないっていうか……急に重く感じたのよね」

 抽象的な表現ばかりの要領を得ない言葉だったが、スバルはティアナのその独白から一つだけ理解することが出来た。

「ティアはさ、きっと不安なんだね」
「……」

 反論はなかった。素直に受け入れられないはずのスバルの言葉を、意外なほど自分でもすんなりと受け入れている。
 そうだ、自分は不安だった。
 ただ自分に自信が持てなくて不安だったのだ。

「いつも冷静で、わたしよりずっとしっかりしてて、どんなピンチの時も笑って見せちゃうティアだけどさ。自分に自信を持つことだけは苦手だよね。慎重な性格が、自分には疑り深く出ちゃう」
「……かもね」

 自分でもよく分からない部分を、他人であるスバルに指摘されることに不快感はない。
 それは、二人がコンビを組んで数年の間に築いてきた、形のない何かによるものだ。

「そんなティアに、わたし一言だけ言うね」
「うん」

 単純な励ましならば簡単だった。背を押すだけなら単純だった。『そんなことないよ、ティアもちゃんと出来るって!』と、それだけで不安は消える。
 だが、スバルは知っていた。ティアナの自分自身への厳しさと、それによって彼女が手にしてきた力と意志を。
 彼女はこの手で自分を支えることを望んではいない。代わりに手を握って拳を作り、その背を守ることを望んだ。
 甘えと信頼は違う。
 今のスバルにその違いをハッキリと分けることはまだ出来ていないが―――しかし、今それを望むのならそうしよう。

「ティア……」

 いつも彼女が自分に対して与える、激励ではなく叱責を。
 彼女が進む為に、優しさではなく厳しさを―――スバルは一言に込めて告げた。

 

「このヘタレ」

 

 そして、沈黙が、降りた。

「…………ご、ごめん。ちょっと言い方キツすぎた」

 玩具の銃をクルクル回していた手がピタリと止まり、虚空を見据えたまま停止するティアナの様子に、一変して怯えるスバル。

「で、でもね、ティアも普段はこれくらい言うし、厳しい方がいいかなーって思って……」
「……」
「怒ってるよね? 何も言わないけど怒ってるよね? すごい静かな視線でわたしを見てるけど煮えくり返ってるよね?」
「……」
「ごめんなさい何か言って無言で迫らないで顔を近づけないでぇぇぇ!」

 分かりやすい激昂の仕方ではない分不気味さに満ち溢れた威圧感を溢れ出させながら、ティアナは逃げ腰のスバルに持っていた玩具の銃を突きつける。
 その仕草には殺気が滾り、これが本物の銃だったとしても躊躇しないのではないかと思えるほどだ。

「わ、わーい! 降参しまーす、撃たないでー……」

 スバルは強張った笑みを浮かべ、両手を挙げた。

「……バン」
「え」
「バン! バン! バーン!」
「ご、ごめんなさい! 撃たないで、許してっ!」
「バンバンバンバンバァァーーーンッ!!」
「やっぱり怒ってるぅ~!」

 半泣きで逃げ出すスバルを、壊れたように叫びまくりながら玩具を振り回してティアナが追いかける。
 傍から見ればかなりおかしな光景。慌しく、騒がしく……しかし、先ほどの二人にはない一種の清々しさがそこにはあった。こんなバカをやる中に、不安はなく、悩みもない。
 一見してはしゃいでいるように駆け回る二人の上で、抜けるような青空は変わらず広がり―――それは正しく、今のティアナの心を表していた。

 

 

 そんな二人の様子を建物の上から見下ろす、窓越しの視線が二つ。

「……髪を二つに縛った眼つきとツッコミの鋭い娘は、皆ツンデレやなぁ」
「はやてちゃん、感慨深げに意味不明なこと言わないで……」

 唐突に、誰にともなく呟くはやての言葉に思わず地元の親友を思い出し、冷や汗を流しながらなのははツッコんだ。

「いや、新人を見守る定位置やけど、お決まりの台詞言うのもなんか悔しいやん?」
「そ、そうなの?」

 最近、このノリについていけない10年来の親友。
 はやてが変わったのは、最近趣味になった映画鑑賞のせいだと思いたい。

「―――ま、あの二人は入隊確定かな?」
「まだ本人の意思は分からないけどね。新設の部隊はリスクもあるし」
「それを上回るメリットは用意したつもりや。あのスバルって娘はともかく、ティアナの方はその辺の勘定をきっちりするタイプやろ」
「気に入ったみたいだね?」
「今度コレクションのピースメーカーで、あのクルクルやってもらお」

 そっちかよ。
 なのははツッコミを自重し、ニヤニヤ笑うはやての発言をスルーした。

「部隊のメンバーは、新人があと二人だっけ?」
「フェイトちゃんが担当しとる方やな」
「そっちは?」
「今、別世界。シグナムに迎えに行ってもろとるよ」

 もうこっちに向かってる頃かもしれない、と付け加えて、はやてはもう一度眼下を眺めた。
 飽きもせず走り回るティアナとスバルの姿。視線を移せば、隣に立つ親友と、こちらに向かって駆けて来るもう一人の親友。そしてかけがえのない小さなパートナー。加えて、今この場にはいないが頼もしい騎士達。
 思い返すと胸の内に湧き上がってくるものは、しかし少女であった頃の懐かしさや過去への感傷ではない。
 私達はもう一度集った。
 それは懐かしむ為ではなく、馴れ合う為ではなく―――かつてと同じで、しかし全く違う成長した一歩を踏み出す為。
 あの時、まだ自らの足で歩けなかった自分を支えて共に進んでくれた仲間達を、今度は自らが先頭となって率いる為に。
 まずは一歩――――。
 進むとしよう。この八神はやてが望む高みを、その先に見る光景を、彼女達と共に眺めてみたいと思って積み重ねてきた年月がようやく始まるのだ。
 それを野心と言えば、それまでだが……。

「刺激があるから人生は楽しい―――そうやろ?」

 自分自身とこれから歩む未来に待つ何かに向けて、はやては不敵に微笑んだ。

 

「……ところで、なのはちゃん。部隊名の通称なんやけど<レツゴー三匹>と<シャッフル同盟>どっちがええ?」
「いや、通称とかどっちもいらないでしょ……」

 

 


 その廃棄都市の一角には奇妙な空間が出来上がっていた。
 普通の人間にはあ立ち入ることの出来ない結界によって封鎖された空間。深夜、その隔離された空間で戦闘が繰り広げられる。

『―――ヴィータちゃん、ザフィーラ。追い込んだわ。<ガジェットⅠ型>……そっちに三体!』

 観測魔法を展開し、敵の動きを完全に把握したシャマルの支持に従い、二人の騎士が無人の街を駆ける。
 ネズミ捕りの籠に飛び込んだ獲物は、鋼鉄の曲線ボディとセンサーの眼を持つ無人機械だった。夜の闇に紛れ、浮遊する三つの機影は路地裏へと逃げ込む。
 しかし、そこには既に鋼をも切り裂く牙と爪を持つ獣が待ち構えていた。

「てぉああああああああああああぁぁーーーっ!!」

 まさしく魔獣の咆哮が響き渡り、それに呼応するように地面から閃光の槍が隆起して低空を滑走していたガジェットを一体串刺しにした。
 爆発四散する『仲間』を尻目に、無機質な敵は地上の脅威を逃れようと空高く上昇する。

「でぇぇーーーいっ!!」

 もちろん、それすらも追い込まれた敵にとっては許されない。
 上空で待ち構えていたヴィータが急降下し、漲る魔力を乗せたグラーフ・アイゼンを叩き込んだ。
 接触する寸前、魔法を無効化させるAMFによってわずかな抵抗を感じるが、物理的攻撃力と何より瞬発的ではない『加え続ける威力』によって、それを打ち破ったハンマーがガジェットの機体をビルの壁まで吹き飛ばした。
 これで二体。しかし、最後の一体は逃走を続ける。

「アイゼン!」
《Schwalbefliegen》

 鉄球を打ち出す中距離魔法。AMFを考慮して、大型鉄球を放つ単発式の一撃を放つ。
 大口径の弾丸は逃げるガジェットを正確に補足し、そのフィールドを貫いて見事撃破した。

「やったか」
「……シャマル、残りは?」
『残存反応なし。全部潰したわ』

 確認を終えたヴィータとザフィーラが地上で合流する。
 人の立ち入らない結界の中、戦闘の音は消え、夜の静寂が辺りを包んでいた。

「―――出現の頻度も数も、増えてきているな」
「ああ、動きも段々賢くなってきてる」

 黒煙を上げるガジェットの残骸を見下ろし、二人は同じ危惧を抱く。今は小さな不安だが、これが徐々に大きさと数を増していくような嫌な予感を覚えた。戦士の予感は無視できない。

「我々はともかく、新人には厳しい相手だ。まったく、問題ばかり増える」
「この仕事で問題以外に増えるもんあるかよ? ちょっと前までバカな噂話だった、例の変な襲撃事件も増えてるらしいじゃねえか」
「被害も無視できんレベルになりつつあるらしいな。ガジェットとは違うらしいが……シャマル、何をしている?」

 言葉を交わしながらも警戒はまだ怠らず、ザフィーラは何故かこちらに合流しようとしないシャマルに念話を送った。
 築き上げた戦闘経験はどんなレーダーよりも正確に異常を察知して無意識に体を動かす。敵の全滅を知りながら、まだ力の抜けない体が何よりも雄弁に警告を発していた。
 ―――まだ、終わってはいない。

『―――待って! 反応が出たわ、ガジェットじゃない!』

 やはりか。
 驚きはなく、ヴィータとザフィーラはどこか予知していたかのように戦闘体勢を取り直した。

『……何、この反応? 次元震? そんな馬鹿な……!』
「おい、シャマル! 敵の数は?」
『分からないわ……』
「はあ!? しっかりしろよ、じゃあどっから来るんだ?」
『分からないのよ! 二人の周辺で魔力波が起きてる、見たこともない動きだわ! 気をつけて、すぐ近くでいくつも集束し始めてる!』

 久しく聞いていないシャマルの焦った声色を聞き、周囲に視線を走らせる。
 その瞬間、二人はこの世ならざる光景を目撃した。
 周囲の闇が凝固し、形となって現実に産み落とされる。それは比喩的な表現ではなく、まさしくそうとしか言い表せないような誕生の瞬間だった。

「なんだ……コイツら?」

 何も無い空間から、滲み出るように無数の黒い獣が現れる。ヴィータとザフィーラにはソレが何であるのか分からなかったが、猿の体と犬の頭を合わせたような奇怪な姿が生物として真っ当な存在でないことは理解出来た。
 いや、ともすれば幻覚と思ってしまいそうな頼りないおぼろげな輪郭を持つそいつらは酷く非現実的な印象を与えた。果たしてこいつらは『生きて』さえいるのか、それすらハッキリと分からない。
 ただ一つだけ、この悪意の塊のような姿と不気味な眼光を持つ獣達が全て例外なく的であることだけは確信できた。

『転移魔法でもない、出現前の予兆さえなかったわ。結界だってあるのに……』
「謎の襲撃? なんだよ、噂をすればか」
「ああ、おそらくこれまでの襲撃事件の原因はこいつらだ」

 管理局内で徐々に深刻化しつつある事件の噂を思い出し、ヴィータは納得したように頷いた。
 敵の正体は不明だ。しかし、とりあえず一つだけ分かった。ならば、十分だ。あとはいつも通り。

「来いよ化け物、剥製にしてやる」

 幼い少女の外見をした騎士は具現化した夜の闇に向け、歯を剥いて笑った。野獣が牙を剥く仕草と同じように。
 挑みかかるその姿に向けて、一匹の獣が飛び掛る。
 小柄な肉体に見合った身軽な動きで跳躍し、その牙と爪でヴィータを切り裂かんと迫った。
 しかし、その動きは『身軽』ではあれど、決して『速い』ものではなかった。

「―――遅いぜ」

 少なくとも、歴戦の騎士を相手取っては。

「この、単細胞の猿野郎がぁああーーーっ!!」

 迎撃態勢を整え切っていたヴィータが全身を捻ってハンマーをフルスイング。その軌道に飛び込んだ愚かしい塊を壁まで殴り飛ばした。
 肉の潰れる嫌な音が響き、獣の体が壁一面に『飛び散る』
 だが一見グロテスクなその光景も、獣の体を構成する血肉に代わる黒い何かのせいで奇妙なものに映った。潰れた黒い塊となった獣の死体は、すぐに消滅して跡形もなくなる。
 残された<レッドオーブ>と呼称される謎の石だけが浮いていた。そして、それもすぐに消えてなくなる。

「見た目だけだ、弱え!」
「いや……今度は一斉に来るぞ!!」

 いつの間にか周囲を取り囲んでいた同種族の闇の獣が、ザフィーラの言葉を肯定するかのように、次々と無秩序に襲い掛かり始めた。
 それをヴィータとザフィーラ、二人の騎士が汚れない意思と力で迎え撃つ。
 名も知らぬ闇の獣達は、不気味な存在感とは裏腹に一体一体の力は強いものではなかった。
 ヴィータのグラーフ・アイゼンが一騎当千とばかりに群がる敵を薙ぎ払い、ザフィーラの牙と爪は敵のそれを易々砕き、切り裂く。
 パワーもスピードも、その矮小な闇の塊は劣っていた。
 しかし、ただ一つ。周囲に満ちる闇を原材料としているかのように、数だけはまるで無尽蔵に湧き出てくる。路地裏の暗闇が敵を無数に生み落としていた。

「キリがない! シャマル、元は絶てんのか!?」
『そこら中がワケの分からない魔力反応だらけよ! 召喚魔法じゃない、人為的なものじゃないんだわ!』
「このまま敵が尽きるまで待てと言うのか!」
「上等だ! シャマル、結界はそのままで、絶対にこいつらを外に出すんじゃねえぞ! 夜明けまでぶっ飛ばし続けてやる!!」

 夜そのものと戦っているように、無限に沸き続ける敵。その群れの中で真紅の力は暴れ狂った。
 幼い顔立ちに炎の意志を宿した少女が、闇の獣を薙ぎ払う。
 圧倒的な力の差に、無限の数を味方につけた獣達にも怯えのようなものが見え始めた。僅かな鈍りを見せた敵の動きを突いて、鋼の軛が放たれる。
 闇を前にしても揺るがない騎士の力が闇を払い始めた。
 ―――しかし、その時。

『―――っ!? 生体反応、近くに人がいるわ!』
「んなにぃ!?」

 混乱する状況の把握に努めていたシャマルが、結界内に侵入した人間の反応を捉えて悲鳴を上げた。
 応援を呼んでいないのだから魔導師ではない。察知した反応を解析してみても、それは間違いなく紛れ込んだ一般人に他ならなかった。

「このポイントに住人がいないことは下調べしてあったんだろ!?」

 空間を操作する結界は微妙な均衡でなりたっている。魔力を持つ者が意図せず内部に入り込んでしまう危険性はあった。特に、このミッドチルダではより大きな可能性としてある。
 だからこそ、ガジェットを追い込む場所を選び、そこは入念に調べてあったはずなのに。
 歯噛みするヴィータの視界で敵の動きが変化する。何匹かが別の標的に向かって動き始めた。奴らも他の人間に気づいたのだ。

「先行した陸戦部隊は何してたんだよ!?」
『進入したのは子供よ! 居住権のない、廃棄都市に住む違法遊民だわ。だから……!』
「だから!?」

 ザフィーラの援護を受け、舌打ちして駆け出したヴィータは先を走る数匹の獣と、その更に先で立ち竦む幼い少女の姿を見た。

「『だから』なんだ!?」

 獣は、まるで自分達の目的が戦う事ではなく殺戮であると言わんばかりに、嬉々とした奇声を上げて少女に襲い掛かった。
 少女、怯え竦んだまま逃げない。否。足が不自由なのか杖をついている。転んだ。逃げられない。
 何故か脳裏にはやての姿が浮かんだ。満足に動けぬ者を蹂躙する悪意。そんなことは絶対に許せない!

「『だから』って―――命に変わりねぇだろぉがぁぁぁあああっ!!!」

 純粋な怒りが爆発した。
 咆哮と共に地面を蹴り砕き、地面を滑るように超低空で飛行する。そのまま駒のように回転し、少女に飛び掛る獣の群れの横腹へ遠心力の乗ったハンマーを叩き込んだ。
 荒れ狂う嵐に飛び込んだに等しい暴力を受け、敵はズタズタに叩き潰されて周囲に飛び散る。
 着地した足で地面を削って回転の余力を殺しながらヴィータは少女の安否を確認する。最初に飛び掛った敵の群れは一掃出来た。
 しかし、敵には無限の数がある。すぐさま後続の獣が少女に駆け寄るのが見えた。
 すぐさまその間に立ち塞がり、叩き伏せる。
 振り下ろしたアイゼンの先端と地面の間で敵の頭が潰れる音が響き―――そしてその背後の影に隠れていたもう一匹が歯を剥いて襲い掛かるのを取れた時、すでに致命的な隙が出来ていた。

「ヴィータ!!」

 ザフィーラの叫びが遠くで聞こえる。
 援護は無し。回避行動も駄目だ、後ろで動けない少女がいる。シールドが間に合うか否かの刹那の間に、ヴィータは反射的に開かれた獣の口に腕を盾にして差し出し―――。

 

「―――Bingo」

 顔の横からぬっと突き出た銃型デバイスから轟音と共に高密度の魔力弾が発射され、眼前まで迫っていた獣の頭を跡形も無く吹き飛ばした。

 

「誰だ!?」

 答える代わりに、いつの間にかヴィータの背後に現れたその男はゆっくりと月明かりの下へ歩み出た。
 怯える少女と警戒するヴィータを素通りし、目の前で待ち構える闇の獣の群れへ向けて無造作に歩を進めていく。この戦場の中で、一歩一歩が優雅とすら言える余裕のある足取りだった。
 左手には先ほどの強力な魔力弾を放った銃型のデバイスが握られている。カートリッジシステムすら搭載してない簡易的なそれの性能を見る限り、あの威力は男の純粋な魔力が生み出したものだ。
 右手に提げたギターケースと派手な真紅のロングコートが戦いの場で奇妙に浮いていた。端正な顔立ちに浮かぶ、周囲の闇を見据えて尚不敵に笑う表情も。

「……何者だ?」

 駆けつけたザフィーラが周囲の敵に向けるものと同じ、いやそれ以上の警戒を露わに尋ねる。
 この男が只者ではないことを、長年の勘が告げていた。
 三つ巴の緊迫した空気の中、男は狼の姿をしたザフィーラの言葉に大げさに驚いて肩を竦めて見せる。

「ワオ、おしゃべりワンちゃん? コンクールに出てみたら? きっと優勝間違いなしだろうぜ」
「ふざけるな」

 挑発交じりのからかう仕草を、ザフィーラは鋭く睨み付けた。

「私は、犬ではない。守護獣だ」
「そっちかよ。そんなことどうでもいいから、テメエ何者か答えろ」

 どうでもいい発言に恨めしげな視線を向けるザフィーラを無視して、代わりにヴィータが問い詰めた。

「俺はただの仕事熱心な何でも屋さ。今日は目の前にいるクソどもを狩りに来た」

 男は笑いながら答えた。その余裕たっぷりの態度が気に障る。
 ヴィータが敵意を持って、自分を相手にしない男の横顔を睨み付けた。その時。

 ―――ダァァァンテェェェェェ。

 空耳か、とヴィータは思った。
 だが、そうではない。

 ―――ダァァァンテェェェェェ。
 ―――ダァァァンテェェェェェ。

 再び声が聞こえる。
 その声が周囲でにわかに殺気立ち始めた獣達の発するものだと理解するのに時間が掛かった。
 怨嗟にも似た濁った声色は、しかし確かに人語で名前のようなものを口々に叫んでいた。まるでその名の主を呪うように。

「……<ダンテ>?」

 ヴィータは男の顔をもう一度見た。
 男は―――ダンテは笑っていた。自分に向けられる憎しみと呪いの声を一身に受けて。

「見ろよ、熱烈な歓迎ぶりだ。こっちがどれだけ嫌がっても、奴らは強引にパーティーへ誘おうとしやがる」
「テメエ……一体何者なんだ?」

 幾度目かの問いに、しかしダンテは冷たい微笑を返すだけだった。
 そして、ダンテの視線が逸れた一瞬で、一匹の獣が耐え切れなくなったかのように跳躍した。真っ直ぐにダンテの首目掛けて襲い掛かる。
 ヴィータとザフィーラはその光景を見守った。乱入してきた謎の男への警戒と、それ以外の曖昧な理由が助けることを拒んだのだ。
 二つの視線と無数の悪意が向けられる中、ダンテは眼前にまで敵が迫る状況で悠長とも言える動きでギターケースの鍵を外し―――。

「がっつくなよ、ベイビー……」

 開いたケースを盾にして爪の一撃を防ぎ、そこから『中身』を引きずり出して振り被った。

「すぐにキスしてやるぜ!」

 風を切る鋭い音共に、閃光が一直線に頭上から地面へと伸びた。
 その閃光の軌道にあったギターケースごと、獣の体は頭頂部から股下まで真っ二つに斬り裂かれる。二つになった塊が黒い血肉を撒き散らして、空中で消滅した。
 振り下ろされたのは剣。それも長身のダンテと比較しても巨大な大剣だった。
 悪魔の頭蓋を連想する不気味な装飾と肉厚の刀身を持つ、その剣の名は<リベリオン>
 鉛色の刃が放つ凶悪な光と、たった今見せた絶大な威力に、ヴィータとザフィーラは息を呑む。
 振り抜いた剣を改めて背負い、ダンテは相手を挑発してやまない、いつもの笑みを浮かべて周囲の闇を見渡した。
 闇に蠢く者たちが一斉に騒ぎ立て始める。それはもはや言葉ではなく咆哮であり、そこに含むものは怒号でもあり恐怖でもあった。

「This party is getting crazy(イカれたパーティの始まりか)……」

 夜の闇を嘲笑うかのような暗い情熱がダンテの瞳に宿る。
 もう一挺のデバイスをガンホルダーから抜き出すと、自身に殺到する殺意を全て受け止めるように両手を広げた。

 

「―――Let's Rock!」

 そして唐突に、両手から放たれた魔力の銃火を以ってダンテは<悪魔>との戦闘を開始した。

 

 


to be continued…>

 

 


<ダンテの悪魔解説コーナー>

 

ムシラ(DMC2に登場)

 猿と犬をくっつけて失敗しちまったような造形をしたコイツらは、悪魔の餌食となった罪人の魂の悪意や欲望の残骸から生まれた低級な魔だ。
 残忍さと醜悪な外見だけは悪魔らしいが、能力的にはやはり雑魚に違いない。
 跳ね回るすばしっこさと壁に張り付くほどの身軽さはなかなかだが、まあ特色を挙げるとしてもそれくらいだ。
 しかし、全ての低級悪魔に言えることだが、奴らは一体の質が薄い代わりによく似た同類を無数に持っていやがる。
 二、三体ならともかく、大量に出た場合は並のハンターでも逃げることをおすすめするね。
 だが、もし並じゃない奴なら、俺から言えることは一つだけだ。
 『ビビることはない、クソどもを蹴散らしてやろうぜ?』

前へ 目次へ 次へ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年02月14日 20:26