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 消えゆく意識の中、最後に見たのは『あの人』の、いつも笑顔だった人の、今にも崩れてしまいそうな泣き顔だった。
 
 それが何よりも辛かった。
 作り物の、出来損ないのココロしか持たない唯の兵器に過ぎない自分であるが、『あの人』の泣き顔を見ることだけは辛かった。
 
 ――――あの人の浮かべる、日向のような笑顔が好きだったから。
 ――――その笑顔を守りたいと思ったのだ。

 だが、その願いは叶わない。
 なにより今の自分自身こそが、あの人が涙する原因なのだから。
 あの人と共に歩くには、自分はあまりに致命的過ぎるバグを抱えていた。
 
 だから、その役目は別の者に頼むことにした。
 あの人を守護する役目は、自分ではない本機が果たすだろう。あの人には迷惑を掛けっぱなしだった自分

だが、戦闘性能だけは自信がある。
 任務は『VAR-Xe-LD』が果たす。自分の――『ヴァルゼルド』の役目はここで終わる。

 『あの人』を守れ。
 『あの人』の笑顔を守れ。
 『あの人』の大切な人達を守れ。
 故に――排除せよ。『あの人』を傷つけるバグを排除せよ。
 それこそが本機の任務。
 それこそが自分の願い。
 
 意識が消える。
 ココロが消える。
 『ヴァルゼルド』が消えていく。

 消えてゆく意識の中、『彼』は0と1で出来た思考で、祈りのような願いを想った。

 ――――もし次があるのなら。
 ――――機械兵士の自分にも魂があるのなら。
 ――――バグに過ぎない自分にも輪廻が許されるのならば。
 
 その時は、きっと――――――――。

 
 忘れられた者達の楽園で、誰からも忘れられたブリキの兵士がいた。
 誰からも忘れられたブリキの兵士に、手を差し伸べた人間がいた。
 その人間の力になろうとしたブリキの兵士は、自分の余分な部分を切り捨てた。
 ――――自分の魂を切り捨てた。
 差し伸べられた手を掴もうとして、掴むことが叶わなかったブリキの兵士がいた。
 それが『彼』の物語。
 そこで終わる物語。    
 
 ――――その筈だった。

 
 作り物の、出来損ないの魂。
 されども魂は廻る。
 大地を越え、海を越え、空を越え、世界を超え。
 
 幾星霜の時を越えた旅路の果てに、『彼』は『彼女』と出逢った。

 

 「リリカルなのはSUMMON NIGHT~Girl meets Soldier of tinplate~」
 
 
  
 少女は一人、空を見上げていた。
 雲一つない青空。
 書き割りにありそうな見事な天気模様であったが、
 周囲に立ち並ぶ廃墟と化したビル郡が青空を狭めている。 
 少女は廃墟と化した街で一人、空を見上げていた。
 風の音以外、聞こえる音など一つもない廃墟の街並。
 かつては賑わっていたであろう。
 だが今となっては動くものなど何一つない大通りの真ん中で、少女は――高町ヴィヴィオ――は孤独だった。
 
 十に満たない幼い彼女が、このような人寂しい場所に一人で佇んでいる理由は彼女自身の複雑な境遇に因っていた。
 一年前に起きた、ジェイル・スカリエッティによる、
管理局地上本部襲撃及びロストロギア「聖王のゆりかご」占拠事件――通称「J・S事件」。
 彼女は「聖王のゆりかご」を起動させるためだけに生み出された古代ベルカの王、「聖王」のクローンであった。
 事件の最中、精神操作を受けた彼女は、救助に向かった教導官であり、
同時に彼女の保護者であった高町なのは一等空尉に攻撃を仕掛けるといった一幕もあったものの。
 無事保護された彼女は同空尉の正式な養子となり、
現在サンクト・ヒルデ魔法学院に通学しながら平和な日々を送っている――――筈だった。

 簡単な話である。
 平和と安穏は似ているようで異なり、平和な日常の中にも悪意は容易く入り込む。
 悪意とは人から生まれるものであり、ならばそれは人の営みの中に存在する。
 日常の中、息をするかの如く当然のように生まれる悪意。
 それが、誰かに向けられただけの話。
 よくある話である。

 クローンとはいえ失われた王家の、現在では宗教的象徴にすらなっている聖王の系統を受け継ぐヴィヴィオの立場は非常に危うい位置にある。
 ベルカ系列の学院に所属しながらも、管理局のエリートを義母に持つという境遇。
 即ちそれは、管理局と聖王教会の双方から干渉を受けるということである。
 ヴィヴィオの境遇は、管理局・聖王教会の両者が高い関心を寄せるに充分なものであった。
 管理局からすれば、ヴィヴィオは聖王ゆかりの遺跡――どれもが重大な力を持つロストロギア――を起動

することができる、云わば歩くロストロギアと言っても過言ではない。
 現に、一部の過激派から自立型ロストロギア指定が申請されたことすらあった。
 聖王教会では、ヴィヴィオの宗教的権威の確立――要は聖王戴冠を求める声と、クローンであることに拒否感を覚える声の二派に分裂している状況にある。
 管理局・聖王教会の双方で、一部の過激派がヴィヴィオの身柄の強制的な確保を目論んでいる、そんな噂すら立っている次第であった。
 ヴィヴィオの義母である高町なのは一等空尉は政治的能力を持たない。
 だが、彼女の背後には本局のハラオウン親子。
 さらにレオーネ・フィリス法務顧問相談役、ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥、ミゼット・クローベル本局

統幕議長ら通称「伝説の三提督」といった名だたる穏健派が連なる。
 聖王教会でヴィヴィオの身柄を担当しているカリム・グラシア少将もまた聖王教会内部では穏健派で通っている。
 彼らの協力によって、高町ヴィヴィオは非常に微妙な立場でありながらも、現在では平和な日常を送ることができていた。

 では何故少女は孤独であるのか?
 とどのつまり、平和とは「高町ヴィヴィオを巡る政治的情勢の安定」であって、彼女の私生活を指した言葉でないからだ。
 人は、自身とは根本的に異なる人間を見た場合に取る行動は、主に二通りある。
 排除か、利益を求めるか。
 特に子供だけの世界となれば、行動は更に露骨なものとなる。
 ベルカ系列のミッションスクール「サンクト・ヒルデ魔法学院」は教会関係者の子弟の多くが通うことで有名である。
 学生の中には近年の情勢を知る者、教会関係者の親から特別な意向を受ける者が少なからずいる。
 つまり、学院においてヴィヴィオは級友から『高町ヴィヴィオ』ではなく『ベルカ聖王のクローン』として扱われていたのである。

 露骨に媚びへつらう者。
 まるでヴィヴィオなど居ないかのように無視する者、
 隠す気の無い陰口を叩く者。
 時に教師からすら畏怖の目を向けられることすらある。
 学院で少女は一人、孤独であった。
 もし彼女が敬愛する義母と共に居られたのならば、物語は少しばかり違う方向へ進んだことだろう。
 だが、彼女の義母は多忙を極め、少女は止むを得ず学院の寮で暮らすこととなっていた。
 一人ぼっちのベッドの中で、少女の考えてしまう。
 ――――もしかしたら、皆『高町ヴィヴィオ』の存在を認めてないのでないか?
 ――――自分は必要とされていないのでないか?
 ――――自分は疎まれているのでないか?
 そんなことはない、絶対にない。
 だってあの時、『母』は助けに来てくれた。
 そうやって悪い考えを必死に打ち消す。
 それでも暗い寝室で一人で寝ていると、どうしても悪い方へと思考は留まることを知らずに落ちていくのだ。
 そうして朝、涙の跡と共に目を覚ますという日々が続いていた。

 誰かが悪いというわけではない。
 ただ少女は、年相応に生きるには余りに難しい環境で生きるしかなかったのだ。
 助けてくれる人も、憎むべき人もいない中、少女は不相応に大人になるしかない。

 
 これが、ヴィヴィオが一人で廃墟の街並に佇む理由である。
 授業が終わり、寮の自室に戻れるまでの数時間。
 周囲の冷たい目線が、あからさまに媚びへつらう目をした同級生から掛けられる寄り道への誘いが、どう

しようもなく嫌で、彼女は二区画隣の廃棄エリアで時間を潰していたのである。
 電力・水道といったライフラインを絶たれたコンクリートジャングルに住み着く者は居るわけがなく、無

人の街並は他人の目線に疲れた少女にとって好都合であった。
 あくまで好都合なだけであって、廃墟の街並を少女は好きではなかったが。

 ――――だけど、ここから見る空は好きだった。
 あの日、暗い地下から出たとき初めて見たのは青空だったから。
 優しい、あの人たちに出会った日に、初めて見た空に似ていたから。

 痛くなり始めた首筋を押さえ、青空から目を離す。
(…………かえろ)
 待っているのは暗い静かなだけの部屋しかない。
 陰鬱な気分になりながら、学院寮に戻ろうとして――――


 ――――ふと、誰かに呼ばれたような気がした

 彼女の目の前にある朽ちた工場。
 無断侵入者を拒むはずのシャッターは朽ち、その役目を果たすことは無い。
 時間が止まってしまったかのような静寂。人間がいる筈が無い。
 そもそも、人の声など『聞こえなかった』のだ。
 それでも。
 工場の奥、その暗がりの中。
 たしかにヴィヴィオは、誰かに呼ばれたのだ。

 朽ちた廃工場。崩落の危険があり、既に一部は崩れている。
 人気の無い暗がり。
 幼い少女の恐怖を誘うには充分過ぎるものであったが、ヴィヴィオには不思議と恐怖を感じなかった。
 躊躇無くシャッターの残骸を乗り越え、薄暗い建物の中に入っていく。
 コンッ、と足が何か固い、金属のような物を蹴飛ばした。
 足元に転がる機械の残骸。
 暗がりに慣れた目が写したのは、無数に積み重ねられた残骸の塔。
 スクラップ廃棄場。
 きっとこの場所は、この街が朽ちる以前から朽ちたもの達を集めていたのだろう。
 薄闇の中、積み重ねられたスクラップが幽霊のように佇んでいる廃工場内を、少女はまるで導かれるように真直ぐ歩いていく。
 
 
 それは彼女の、聖王としての力だったのかもしれない。
 それとも、『彼』が無意識の内に信号を発していたのかもしれない。
 こじ付けのような解釈ならいくらでも出来るし、実際世の中の大半はそんなもので説明できてしまうのだろう。
 ただ、都合の良い言い方をさせて貰えるのなら、
 それは、きっと――――奇跡のような運命だったのだ。


 三つ目の部屋を通り抜けた直後、ヴィヴィオの目に光が飛び込んだ。
 今までの部屋より少々広い教室程度のスペースが広がっており、部屋の中心に光が注ぎ込んでいる。
 天井が崩落したのだろう。敷地は広いが高さは無い工場だったため、天井が崩れれば太陽の光が容易に入り込む。
 埃っぽい、スクラップ工場の一室。
 けれど注ぎ込まれる光が金属片に反射し、不思議と幻想的に見えるスクラップの広場で。


 ――廃墟の街を越え。
 ――孤独の夜を越え。
 
 ――――――少女は『彼』と出逢った。


 広場の中央。
 陽の光が最も注がれる場所に『彼』がいた。
 騎士が纏う甲冑のような姿。
 関節から見える金属部品。
 所々錆付きながらも決して色あせることの無い、蒼と黒の装甲。
 
 『彼』は、決して人では無い『彼』は一人、スクラップの広場で膝を折り跪いていた。
 否、跪いているのでない。
 それはまるで、王の拝命を待ちかしずく騎士のようだった。

「―――――あなた……だったの?」
 
 ヴィヴィオは確信した。
 自分を呼んだのは『彼』なのだ、と。
 機械仕掛けの騎士に、一人ぼっちの騎士に、自分は引き寄せられたのだ、と。

 誘われるように『彼』の傍に寄る。
 堅牢な装甲。されども無数の傷が刻まれている。
 その幾多の銃痕と刃傷が、『彼』が激しい戦いを潜り抜けてきたことを示している。。
 『彼』の顔。
 人が被る兜のようであるが、人が中に入るスペースは無い。目がある場所に本来視界を確保するための隙間はなく、
 代わりに無機質な硝子のような機械の目がある。

 少女は手を伸ばす。
 その小さな手のひらが、『彼』の頬に触れようとした瞬間。
 ブォン、という鈍い起動音。
 それと共に、何も写すことの無かった機械仕掛けの瞳にライトグリーンの光が灯る。

 ――――そして。

 

「ねっっっ猫は!! 猫は苦手でありますぅぅぅ~~~~~~~~!!!!!!!」

 
「はひゃぁっっっ!!?」 

 なんか無駄にコミカルな悲鳴が上がった。
 ステーーン、という擬音が似合いそうなほど、ヴィヴィオは見事に引っくり返る。
 先ほどまでの雰囲気の落差と、『彼』の悲鳴の音量と、ギャグ補正とかが原因である。

「寝てません! 寝てません! ちょっと意識が飛んでただけであります!! 何ページからでありますか教か

…………あれ? どうしたでありますか、お嬢さん?」
 『彼』は寝惚けているが寝起きは良いらしく、すぐに目の前で引っくり返っているヴィヴィオに気付く。
 しかしヴィヴィオは気絶してしまっており『彼』の声に答えることは出来ない。
 ついでに、ヴィヴィオはスカートだったため引っくり返った姿勢だと、女性の最終防衛ラインというか最終兵器というか、簡単に言うと綿100パーセントで白なアレが『彼』から丸見えである。

「はわっ!? おおっお嬢さん駄目であります! そんなはしたない格好は駄目であります!!
  …………はっ! まっまさか自分が無意識の内にいたいけな少女にイタズラを!?
 だだだだだ駄目であります! 倫理的にアウアウであります!ロリコンは犯罪であります! 死刑であります!! スクラップ廃棄場送りは嫌でありますぅぅぅ~~~~~~!!!!」
 
 どうやら身動きが取れないらしい『彼』はアワワワ~、と無駄に人間臭い呻き声を上げながら小刻みに震えるという、これまた人間臭い動作をする。
 身悶える機械の『彼』と、未だに丸見え状態で気絶しているヴィヴィオ。
 『彼』と少女の出逢いは、開始30秒でカオスに突入していた。
  
 
 十数年後、高町ヴィヴィオは、この時の出逢いをこう語る。
『――――あんな酷い出オチは後にも先にもあれっきりでした』


「申し訳ないであります。事故とはいえ、お嬢さんの……あの……その」
「…………もういーよ。あとおねがいだから、それいじょう言わないで」
 項垂れながら、指を合わせてモジモジしている『彼』の言葉を、ヴィヴィオは涙目で一刀両断する。
 目を覚ませば自分は丸見えの状態であり、もはや熱暴走を起こしかけ「目玉のオバケがぁぁぁ~」と意味不明な呻き声を上げ身悶える『彼』がいたのだ。
 おっぴろげてしまった上に、もしかしたら先ほどのコミカル展開は夢だったんじゃないかなぁ、という淡い願望も打ち砕かれてしまったヴィヴィオである。
 彼女の心境は推して知るべしである。あと、おっぴろげとか言うな。

 少女の涙と、謝罪をぶった切られたことで『彼』はさらにパニック状態となり「ヒィィ~」と、これまた情けない声を上げる。
 そんな『彼』の様子を見てヴィヴィオは小さく溜息をつき、ふと考えた。
 
 ――会って間もないけど、きっと目の前のこの人は、いつもこんな感じだったんだろうなぁ。
 なんとなく似たようなことをやらかしている『彼』を想像したら、なんだか笑ってしまいそうになる。
 
 それが顔に出たのだろうか、『彼』はおずおずと
「……許して頂けるでありますか?」
 と聞いてきた。
 背丈や体格など自分と比較にならないほど大きな『彼』の、その子犬のような仕種が妙に可愛らしく感じ、今度はクスクスと声を上げて笑ってしまった。
 『彼』もそんな少女の様子に一安心したらしく「はひぃ~」と安堵の吐息にしては、これまたさらに情けない呻き声を上げる。
 そんな様子に少女は、さらに笑みを大きくした。


 少女は気づいただろうか?
 先ほどまで心を占めていた陰鬱な気持ちが、孤独感が消えうせていることに。
 母と離れてから、声を上げて笑うことなど一度も無かったことに。
 『彼』は初めて出逢ったときから、名前を教えあう前から、少女を救っていたことに。


「わたしは高町ヴィヴィオ。あなたのおなまえは?」
「形式番号名VR731LD、強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LDでありますヴィヴィオ殿」
「ぶいえー……あーる……?」
「親しみを込めてヴァルゼルド、と呼んで欲しいであります」
「うんっ、ヴァルゼルドね!」
 ひとしきり笑ったことで雰囲気が解れたのか、割り合い最悪なファーストコンタクトであったが無事自己紹介を行うことができた。
「ところでヴィヴィオ殿は、何故このような場所へ一人でいらしたのでありますか?」
 ヴァルゼルドの疑問は最もであったし、少女が一人で廃墟にいることに疑問を持つ程度の一般常識も彼は持ち合わせていた。
「えーと、そのー……学校からかえる通り道なの」
 学校に居ることが嫌で逃げ出してました、と正直に言うことができず、また言えば間違いなくヴァルゼルドは泣き出すであろうことが容易に想像できたので、少々苦しい言い訳をしてしまう。
 廃墟区画が通学路である学校などあるはずがなく、一般常識を持つ相手なら通用する言い訳ではなかったが、
「学校でありますか! つまりヴィヴィオ殿は上官殿でありましたか!」
 一般常識はあるが、使い所を間違えているヴァルゼルドには充分通用してしまったのである。
「え……? じょーかんどの?」
「はい! 士官候補生の方は本機より高い指揮権を有しているであります。ですのでヴィヴィオ殿は上官殿なのであります」
 ヴァルゼルドの中では、学校=士官学校、学生=士官候補生、ヴィヴィオ=上官という愉快な方程式が成立していた。
 ちなみに、この過程で廃墟云々の話はポロッと思考ルーチンのどこかに落ちてしまっている。ヴァルゼルドがポンコツたる由縁である。
 正直言うとヴィヴィオは『上官殿』ではなく名前で呼んで欲しいと思った。以前級友から幾度も『聖王陛下殿』と陰口を叩かれたことがあり、それ以来、そういった呼び名が嫌いだった。
「あのね? ヴァルゼルド……」
「はい! なんでありますか上官殿!」
 じょーかんどのは止めて、と言おうとして言葉が詰まった。
 そんなキラキラした瞳で上官殿と言われると、禁じる方が悪いことのように思えてくる。
 ――あ、ほんとにキラキラしてる。
 瞳のライトグリーンの光を強弱させ、本来無機質である筈の鋼鉄の顔に喜色を浮かべるという珍技を披露している彼を見ると、『まあ、じょーかんどのでもいいかなぁ』と思ってしまう。
 そもそも彼女が嫌ったのは、『高町ヴィヴィオ』という人格を認めない『聖王陛下殿』という陰口である。
 ヴァルゼルドの場合は『高町ヴィヴィオ』に対する単純な好意と敬意なのであるから、彼女がそう思ったのも当然のことであった。
「えー……と、そう! ヴァルゼルドこそどうしてこんなところにいたの?」
 なんとか話題を変えようとした結果、もっともな質問を思いついた。
 ヴァルゼルドのような自立型機械は今まで見た事が無い。似たようなものなら苦い記憶と共に心当たりがあるが、アレはヴァルゼルドのような人間味を持たせることを想定していない。
 どちらかといえば彼女の母が持つような、インテリジェントデバイスに近いものがあるが、魔導士を補佐することが役目のデバイスに自立型などはあるわけがない。
 そもそもヴァルゼルドのような人間臭さを持つインテリジェントデバイスはそういない。例外に感情豊かな空曹長階級の管制人格がいるが、彼女を機械と呼んだら多分泣かれる。
 
 それに何より――機械とは言え、彼がこのような場所に置き捨てられていることに腹が立ったのだ。

 だが、質問の答えはあまりに頼りないものだった。
「それは…………分からないのであります」
「わからないって……ヴァルゼルドは記憶そーしつなの?」
「いえ、本機のデータは失われておりませんし、人格データの蓄積経験のリセットも行われておりません。

ただ……自分が何故ここにいるのかが分からないのであります」
「なんでって……ヴァルゼルドはミッドチルダで生まれたんじゃないの?」
「ミッドチルダに関する該当データは存在しませんが、どうやら自分が最後に機能停止してから902280時間

経過してるであります」
「……きゅーじゅーまん?」
「100年飛んで3年ぴったりであります」 
 奇遇でありますね。と、何が嬉しいのかエヘンと胸を張るヴァルゼルド。

 ポンコツさんは本当にポンコツでした。

さすがに100年以上前から眠り続けていたポンコツさんの正体など分かる筈もなく、ヴィヴィオは彼の正体を推測することを諦めた。
「……うん、よし。ぽじてぃぶに行こう」
 過去が駄目なら未来である。とりあえず、これから不自由しそうなことについて質問しよう、と彼女は声に出して決めた。そうでもしないと脱力感で挫けそうになる。
「ヴァルゼルドは動けないの?」
 彼は先ほどから一歩も動いていないどころか、姿勢すらほとんど変えていない。腕部と上半身の一部は動かせるようであるが、もし歩けないとなると問題である。
 ――――ヴァルゼルドをこんな場所で一人ぼっちになんか、絶対にさせやしない。
 自分でも何故ここまで拘るのか分からない。ただ、嫌だったのだ。
 今まで一人ぼっちだった彼を、また一人にすることだけは嫌だった。
 そんな彼女を想いを知ってか知らずか、あろうことかポンコツさんは、
「はい、動けないであります」
 単刀直入に言い切りやがった。
 応答としては間違っていないが、いい男ならば少女の内心を汲み取り小粋なジョークの一つでもかましてやるべきである。
 どだいポンコツには無理な話であった。
「…………ふーん、そうなんだ」
 聞きようによっては無関心とも取れる平坦な声。
 だが、その内心は烈火の如く。
 ――――うん、よし! スバルおねーちゃんに引っぱってもらおう!
 ナチュラルに人使いの荒い方法を思いつくヴィヴィオ。
 人の縁は血の縁より強しという言葉通り、対人関係の過程に手段を選ばないあたり、まさしく高町ヴィヴィオは高町なのはの娘であった。
 もっとも、スバル・ナカジマ陸士は何時も通りのユルい笑顔で「うん、いいよ~ヴィヴィオちゃん」と快諾するだろう。
 だがその場合、16才の少女にお姫様だっこ『され』空中を疾駆する機械兵士が衆人環視に晒されることになり、一般市民の精神に大変有害である。
「ですが問題無いであります。経年経過による関節部位の老朽化が原因でありますので、本機の自己修復プログラムで充分修理可能な範囲であります」
「……っていうと?」
「寝てれば直るであります」
「よかったぁ~」
 その言葉に安心したのかヴィヴィオの顔に笑みが戻る。
 ヴァルゼルドは終ぞ知ることはないが、彼は危うく幼女に羞恥プレイを強行されかけたのである。
「それで、ヴァルゼルドはしばらくここにいるの?」
「はい、ここなら幸い太陽光エネルギーの補給も行えますので、本機は現在地にて修復完了まで休止モードで待機するであります」
「そうなんだ……さびしくない?」
「問題無いであります。自分、待機任務には自信があるであります」

「っ! ……そう……なんだ」
 その言葉が、少女の胸に突き刺さった。
 ヴァルゼルドとは、出会ってから数時間も経っていない。
 他人のような自分が傍にいようがいまいが、彼には関係無いことなのだろう。
 当たり前のこと。
 そんな当たり前のことが、どうしようもなく少女の心に突き刺さる。
「それよりも上官殿。時間はよろしいのでありますか?」
 天井から差し込む光はオレンジ色の、夕暮れ色のそれになっている。
「…………うん……そろそろかえらなくちゃ……」
「はい、お気をつけてお帰りください上官殿」
 別れのときでも、変わることのない彼の口調に悲しくなる。
 それでも彼の言葉を受け、トボトボと部屋の出口へ歩く。
 ――だって、しょうがないもん。わたしじゃ、ヴァルゼルドの力になれないから。
 いつか傷の癒えた彼は、何処かへ行ってしまうのだろう。
 引き止める? 自分自身すらままならない、彼にしてやれることなど何一つできない自分が?
 きっと、この出会いは一度限りの偶然のようなものだったんだ。
 
 そう自分に言い聞かせながら少女は、部屋を出る前に彼へ振り向き、別れを告げる。
「うん…………じゃあね、ヴァルゼルド――――」
 ばいばい、と続けようとした別れの言葉は。


「――――――はい、また『明日』であります。上官殿」
 さよならの声は、優しげな機械の声に遮られた。


「――――――…………え?」
 その声に、少女の別れを告げる言葉が止まる。
 予想しなかった言葉に、少女の思考が止まる。

 ヴィヴィオの反応に的外れな勘違いをしたのか、ヴァルゼルドは急にアタフタし始め、
「あやややっ! ちちち違うであります! 今のは別に催促というわけではなくてですね!
 自分の主観というか自分的に寝て次起きた時が明日であるという訳で! 別に24時間後に会いたいとかそういう訳では無いと言うか何と言うか……はわわわわっ~~~」
 本音が駄々漏れで、後半が意味不明になっている弁明を始める。
 
 ここ数時間で見慣れた彼の、そんな姿を見ていると、先ほどまで感じていた陰鬱な気持ちなど何処かに消えてしまっていた。
 その代わりに、ゆっくりと胸中を満たしていく暖かい感情。
 彼は自分とまた明日会えることを信じて疑っておらず。
 結局、自分が複雑に考えすぎていただけなのだ。
 少なくとも彼の周りに限って、世界は単純で、優しい。

 
「――――うん、また明日会おうねヴァルゼルド」

「――――はい、お待ちしております。上官殿」


 スクラップに囲まれた、単純で優しい世界で。
 少女と機械兵士は、単純で優しい約束を交わした。

 そして少女は家路へ着く。
 橙色に染まった帰り道、少女は明日のことに思いを巡らせる。
 ――明日はなにをしよう。もっとヴァルゼルドとお話したいし、話を聞かせてもらいたい。
 自室のベッドに潜ったあとも、今日交わした約束のことだけを考えた。
 ――うん、絵本をもっていこう。ミッドチルダのことは分からないって言ってたから、きっとヴァルゼルドは読みたがると思う。
 そうやって、早く明日にならないかな、と逸る気持ちを抑えながら少女は眠りに就いた。

 その夜以降、少女の朝に、涙の跡が残ることはなかった。

 

 ――It continues daily life.
 ――Daily life for the girl and the soldier of tinplate.

 

 パタパタと軽い足音が工場内に響く。
 小さな身体が揺れるたびに、金色のツインテールがピョコピョコと上下する。
 機械の残骸で溢れた廃工場で走ることは危険な筈だが、少女に害を為すようなスクラップは全て排除されていた。
 少女が工場に通うようになってから、『彼』が危険な障害物を撤去したり崩落箇所を補強したのだ。
 もっとも、修理の完了しない機体で行ったため、少女が訪れた際『彼』はスクラップの山に頭を突っ込んで倒れていたが。
 そして少女は目的の場所へ辿りつく。
 息を弾ませ、目的の人物に、スクラップの山に腰掛けた『彼』に勢い良く声を掛ける。

「ヴァルゼルド、元気だった!? 」
「20時間と14分ぶりであります上官殿。 本機は今日も好評稼働中でありますよ」

 少女が授業を終え、夕暮れまでの数時間。
 それが、ヴィヴィオとヴァルゼルドの日常であった。

 
 二人の日常に特筆することはない。
 廃工場の片隅で、少女と動けない機械兵士の二人では、冒険やサプライズの類は無い。
 ただ、二人で語り合うだけの、平凡な日常。
 話を聞いたところ、どうやら機械兵士は違う次元世界で作られたらしい。
 彼が語る話の多くは、その次元世界で起こった戦争のことであり、彼自身その戦争のために作られた兵器であると語った。
 少女に語れる話題を持っていなかった彼は、申し訳なさそうに身を縮める。
 少女はそれ以来、いつも話題は自分が持ってくることに決めていた。
 天気の話や、少女が授業で教わったこと。少女が出会った優しい、大切な人達の話。
 少女の拙い語りに、機械兵士は大げさなまでに相槌を打ち、その仕種に釣られて少女も笑う。

 それが彼女と彼の、なんら特筆することのない、平凡で、ありふれた、優しい日常だった。


 
 これは、そんな日々の一幕。

「きょうは! ヴァルゼルドを! お掃除しようと! おもいます!」
 両手を振り上げ一言一句、力を込めてヴィヴィオは宣言した。 
「そっ掃除……でありますか?」
「そうです! いつまでもサビついてちゃダメ!!」
 がおーっと言わんばかりに声を上げるヴィヴィオ。
 今回の経緯は先日ヴァルゼルドがスクラップの山に突っ込んだ際、その姿に違和感が無かったことが少女に危機意識を目覚めさせたのである。
「っ!? 感激であります上官殿! 自分のためにそこまでっっ……!!」
 少女からすれば『目指せ!脱スクラップ!!』なのだが、彼は単純に少女が自分のメンテナンスを買って出てくれたのだと勘違いした。
 意思疎通の適度な失敗は、適度な人間関係構築に必要なことの典型である。
「ちゃんとヤスリも持ってきたんだよ」
「ははっっ! ありがたき幸せであり……ま……す?」
 テンション絶好調だったヴァルゼルドの言葉が、不意に疑問系になる。
 原因はヴィヴィオの両手にある物体。
「…………上官殿。失礼ですが、それは一体なんでありますか?」
「ん? ヤスリだよ?」
 
 棒状の金属で出来、片方に取っ手を付け、もう片方に削るための網目状がある。
 と言えば、それは確かにヤスリであった。
 バットほどの大きさでなければ、の話だが。
 もはや鉄柱と言っても良いサイズである。それで一体何を削れと言うのだ?
 それに、削るための部分もおかしい。網目状というレベルじゃない。剣山のような、あからさまに破壊を目的とした形状である。
 錆を削ると言うより、『これで手前の頭を大根おろしにしてやんよ』と言った方がしっくりくる。
 一体こんな狂気もとい凶器を、どこの誰が持っていたのだ。

 A.そろそろ婚期やばいんじゃないか、と教会内でもっぱら評判の通称トンファーお姉さんことシャッハお姉さんです。
 ちなみに、学生時代この化け物ヤスリを購入し部屋に飾って悦に入っていたところを、当時交際していた恋人に目撃され破局に至ったという過去があります。

「…………いや?」
 涙目になるヴィヴィオ。
 彼女に悪意は無い。ヤスリが大きければ、それだけ錆も良く落ちると思ったのだ。
 上目遣いに尋ねるヴィヴィオ。その両手には凶器。
「――――いえ! よろしくお願いするであります上官殿!!」
 もはや撲殺を目的として作られたようなヤスリ。
 ――それがどうした?
 ――機界ロレイラルの技術の粋を集めて生み出された我ら機械兵士。
 ――ヤスリ一つ破れずして、少女の笑み一つ守れずして。
 なにが機械兵士か――――!

 喜色で溢れる少女の顔を見つめ、己の装甲に当てられる敵性物体を見つめ。
 ヴァルゼルドは今、まさしく戦場にいた――――!!

 ―――戦果報告
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「……正直自惚れていたであります。敵は強大でありました。トホホであります」

 形式番号名VR731LD 強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LD…………装甲体積0.8%減少

 ――A day when memories shaped.

「それは一体何でありますか、上官殿?」
 ヴァルゼルドは少女の抱える、通学鞄とは別に抱えた鞄を指差した。
「えへへ~ないしょ~~」
 にへへ~、と笑みを零しながらヴィヴィオは鞄を地面に降ろし、中身を広げる。
「ヴァルゼルド、きをつけ!」
「はいっ! 了解であります」
 ピシッと姿勢を正すヴァルゼルド。
「うごいちゃダメだからね~」
 少女が広げた荷物。
 それは画用紙とクレヨンだった。
「……自分の絵を描くのでありますか?」
「うん! すっごくかっこよく描いちゃうんだから!」
 美術の授業で出された課題は『自分が好きなものを写生しなさい』だったが、教室には少女の条件に見合うものは無かった、
 そのため仕方なく植木鉢に咲いたチューリップを描いて提出し、その際余った画用紙を無断借用してきたのだ。
「きょ、恐縮でありますっ!」
 緊張のせいか、プルプル小刻みに震える。
 何ヶ月でも何年でも身じろぎ一つすることなく待機していられる癖に、このような時だけヴァルゼルドは酷く人間臭い。
 
 鉄と錆の匂いがする広場。
 少女と機械兵士は日向に囲まれながら、珍しく物静かな時間を過ごした。

「…………あぅ……」
 失敗した。
 ものっすごく失敗した。
 完成した画用紙に目を落としたら、思わず呻き声が上がった。
 想定していた『すっごくかっこいい』筈の機械兵士の絵は、なんと言うべきか…………リミッター解除し

た……案山子?
「完成したでありますか上官殿!?」
 おねがいだから、そんなキラキラした瞳で見ないで下さい。
「……うん……できた……ような……できなかったような」
 キラキラ。
「………………ごめんね」
 恐る恐る出来た絵を見せる。
「…………………………」
 沈黙が痛い。
 普段よく喋る人間ほど黙ると怖い。いや機械だけどさ。
「…………ぁぅぅ……」
 あ、泣きそう。
 あ、無理、泣く。
 沈黙に耐え切れなくなり、ヴィヴィオの涙腺が決壊しかけた瞬間、
「上官殿、自分にこの絵を頂けませんか」
「――――……えっ?」
 いつも通りの優しい声が降ってきた。
 涙を堪えながら、ヴィヴィオは彼に確認する。
「……いいの? すごい下手っぴだよ?」
「自分に絵のことは分かりません。――――ですが上官殿が精一杯、自分のために頑張っていたのを見てい

たであります」

「それが、自分には何よりも嬉しいのです。この思い出の証が欲しいと思ったのであります」
「――――――うんっ!」

 鉄と錆の匂いがする、日向に囲まれた広場。
 きっとここは優しさで出来ているんだ、そう少女は思った。


 それが彼と彼女の日常。
 平凡で、穏やかで、優しい、そんな日々。
 スクラップで囲まれた日向は、どうしようもなく少女に優しかった。

 

 これからも、そんな日々が続く。

 ――――――――その筈だった。

 

 ヴィヴィオは、ここ一ヶ月の間で習慣となった道のりを走っていた。
 その小さな胸の中にフルートの入ったケースを抱えながら、胸の中から湧き上がる高揚感を抑えながら走っていた。
 ここ二週間の練習が功を奏し、拙いながらも何とか吹けるようになったのだ。
 彼に、一番最初に聴いて貰いたかった。
 演奏を聴いたら彼は何て言うのだろう、いつも通りの大げさな仕種で喜んでくれるかな。
 ――今日も、きっと楽しくなる。
 少女は十数分後の楽しい未来に頬を綻ばせながら道のりを急ぐ。

 誰もいない廃墟の街並。
 目の前の十字路、それを抜け、ほんの数分走った先に彼がいる。
 速度を落とすことなく十字路を右に曲がる。
 この先に彼が待って――――。


 不意に、影が自分を覆う。
「―――――――…………え?」


 世界は残酷だ、と人は言う。
 世界は無慈悲だ、と人は言う。
 それらは正解のようでいて、少しだけ違う。

 世界は――――唐突なのだ。
 
 世界は時に、容易にその姿を変える。
 白を黒に。正義を悪に。喜劇を悲劇に。
 だからこそ人々は皆、口を揃えて言うのだ。
 『世界は残酷で無慈悲だ』と、『こんな筈じゃなかったのに』と。


 少女を見下ろす機械の目。
 彼のとはまったく異なる、無感情で無機質なソレは。
 ヴィヴィオをその目に写しながらも、その心は何も見ていない。心が無い。
 空中に浮かぶカプセル状のボディ。

 ――――ガジェットドローンⅠ型。
 
 JS事件で大量に運用され、同事件以前から多数の次元世界で活動していた自立機械兵器。
 その固体数の多さから、大量の機体が鹵獲・研究された兵器。

 管理局か聖王教会のどちらであるかは分からない。
 痺れを切らした過激派が、足のつかない手段で少女の身柄確保に乗り出したのだ。
 そんなことを少女が知る術は無い。
 ただ、少女は理解した。
 自分が過去の亡霊に追いつかれたことを、幼い心で理解した。

 ――ガシャン。
 抱えたケースが少女の腕から零れ落ち、地面に転がったフルートが耳障りな音を立てた。


 
 同時刻。 
 スクラップの山に囲まれ、眠り続けている『彼』。
 その瞳が一瞬、強く輝いたことを知る者はいない。。
 彼方の昔、彼方の地で、『彼』が最期に誓った願いを知る者はいない。
 『彼』の望みを、『彼』の誓いを、知る者は誰もいない。
 ――少なくとも、その時は。

 

 走る。ひたすら走る。
 心臓が壊れたポンプのように馬鹿らしい速度で脈打つ。
 飛び出しそうになる嗚咽を堪えながら、溢れ出る涙を必死に堪えながら、ヴィヴィオは走り続ける。
 しかし少女の足で逃げ切れるわけが無い。
 ドローンはその数を増やし、着実に少女を追い詰める。

「……ハアッ!……ハアッ!…………あうっ!!」
 転倒。
 縺れた足が瓦礫に引っ掛かり、ヴィヴィオは地面を転がってしまう。
 所々擦りむいた傷口から血が滲む。
 涙で滲む視界。
 擦りむいた傷口ではなく、心が痛かった。
 無惨な少女の有様に構うことなく、ドローン達は少女へ近寄る。
 無人の、廃墟の街で、少女を助けてくれる人間などいない。
 『彼』は、ここにいない。
 少女の傍に、『彼』はいなかった。

 十字路で少女は『彼』に助けを呼ぶべきだった。
 あの道を真直ぐ駆け抜け、『彼』の元へ逃げるべきだった。
 だが、少女の取った行動は『彼』のいる廃工場と正反対の方向へ逃げだしたことだった。
 なぜなら。
 あの時向けられたドローンの目が、何も感情の無い目が。
 ――――貴様にそんな資格など無いのだ。
 ――――ここに、貴様の居場所など無いのだ。
 ――と、少女を詰るようで。
 ――と、忘れかけていた少女の傷を抉るようで。
 そうして、少女は『彼』から逃げ出してしまったのだ。

「…………ひっく……ごめん……なさい……ごめんなさ……い……ごめんなさい……」
 ひたすら少女は謝罪の言葉を吐く。
 痛い、と泣くことも無く。
 助けて、と助けを呼ぶことも無く。
 少女は謝罪の相手も分からず、只ひたすらに『ごめんなさい』を繰り返す。

 自分に、資格など無かったのだ。
 作り物の自分に、多くの人を傷つけた自分に。
 居場所など無かったのだ。
 誰かと笑いあう資格なんて、無かったのだ。
 幸せになっちゃ、いけなかったのだ。
 抵抗しなくなった少女にドローンが詰め寄る。
「…………なのはママ……フェイトママ……」
 冷たくなっていく心が辛くて、大切な人達の名前を呼ぶ。
 ドローンが少女を捕まえようと、少女に向けアームを伸ばす。
 無造作に伸ばされてくるアームを見つめながら、少女の脳裏に、ある人のことが思い浮かんだ。
 一人ぼっちだった少女の目の前に突如現れた『彼』
 真面目で、どこか抜けていて、底抜けに優しかった『彼』。
 『彼』の無機質な、それでいて穏やかな瞳を思い出して少女は、

「――――――…………ヴァル……ゼルドぉ……」
 『彼』の名前を呼んだ。
 少女の体に、不躾な機械肢が届く。
 そして。


 ――――――轟音。

 
 雷鳴のような轟音が、廃墟の街に響き渡った。
 少女を捕らえようとしていたドローンが轟音と共に吹き飛ばされる。
 ――――――轟音。
 4回。
 続けざまに轟いた雷鳴は、少女に近寄っていたドローン達を片っ端から吹き飛ばす。
 予想だにしない状況にドローン達のAIは混乱し、少女から離れていく。

 少女は、ヴィヴィオは見た。
 廃墟の道路。
 ヴィヴィオから50メートル離れた場所に人が立っていた。
 2メートル近い巨体。
 決して色褪せることのない蒼と黒の装甲。
 ――――『彼』がいた。
 
 手にした長大なライフルから硝煙を立ち昇らせながら。
 『彼』が――――。
 
 ――――優しい機械兵士がいた。
 
 
 ヴァルゼルドが少女に向かって駆け出す。
 混乱から立ち直ったドローン達が再び少女に近寄る。
 再び轟音。
 ヴァルゼルドは速度を落とすこと無く、少女の元へ駆けながらライフルを撃つ。
 不安定な体勢から放たれたライフル弾は、しかし吸い込まれるようにドローンへ命中していく。

 ズシン、と重い足音がヴィヴィオの耳に届く。
 少女の眼前に、機械兵士が立っていた。
 少女を狙う不埒な敵に銃口を向け、少女を守るかのように立っていた。
 そう――少女を守るために立っていた。

「…………どう……して?」
 少女の問いに答えず、機械兵士はひたすら銃撃を続ける。
 ドローンの数は40を越えている。
 それどころか廃ビルの影、道路の曲がり角などから続々とドローンは現れ続ける。
 それでも機械兵士が退くことはない。
 機械兵士の左肩から、折りたたまれていた銃身が伸びる。
 複数の銃身を一本の巨大な銃身と化したソレ――ガトリング砲――が銃身を回転させる。
 蜂の羽音のような銃声と共に大量の銃弾を吐き出し、ドローン達を文字通り蜂の巣にする。
 押し返せたのは、ほんの僅か時間。
 破壊された数だけ……いや、それ以上の物量でドローン達は攻め続ける。

「……もう……いいから……」
 少女の声に、機械兵士は答えない。
 ドローンの目的はヴィヴィオの捕獲。
 そのため重火器は搭載せず、傷つけぬようアームのみで少女を確保しようとした。
 だが、突如現れた正体不明の機械兵士は別だ。
 重火器は搭載していないが、固有のレーザー兵装で機械兵士に攻撃を仕掛ける。
 ドローンから放たれたレーザーが機械兵士の装甲を焼き、少女の鼻に独特の臭気を届かせる。
「……もう……いいから! わたしのことはいいから!」
 少女の瞳から、止めどなく涙が溢れる。
 機械兵士は止まらない。
 左肩のガトリングだけでなく、同時にライフルでも銃撃を行う。
 それでもドローンからの攻撃は止まず、さらに機械兵士の身体を焼く。
 機械兵士は退かない。
 全身のあちらこちらを焼かれながらも、それに構うことなく機械兵士は銃弾を撃ち続ける。
 
 その姿が、少女には辛かった。
 自分のせいで、他人が、大切な人が、『彼』が傷ついていく。
 それが、なによりも辛い。
「わたしのせいだから! わたしのせいで、みんながきずついちゃうから!」
 だから、これは罰。
 望まれてなんか無かった分際で、図々しく生まれてしまったくせに。
 暖かな場所が欲しいだなんて、あの日向にずっと居たいだなんて思ってしまったから。
 優しい『彼』に甘えてしまったから。

「わたしなんかが、ここにいちゃいけなかったんだからぁ!!」
 慟哭。
 孤独な少女の、世界から見放された少女の、あらん限りの慟哭。
 それは――――。


「――――――それは違うであります上官殿」

 いつもと変わらない『彼』の、ヴァルゼルドの優しい声に否定された。

 ――Oath of machine

 誓いがあった。
 彼方の昔。彼方の世界、彼方の地で、彼は誓ったことがある。
 壊れたブリキの兵士が、たった一つの願いを叶えたとき。
 ブリキの兵士は消えてしまう前に、祈りのような願いを誓ったのだ。


 修理自体は、とっくの昔に完了していた。
 機体の修理は終えてしまったため、暇潰しに武装のメンテナンスも行っていた。
 それでも尚あの廃工場から出なかったのは、ひとえに少女が来てくれてたからだ。
 それが功を奏した。
 100年の時を越えても尚、己の機体は充分に戦える。
 
 不埒にも少女を捕らえようとしていた自立機械を粉砕し、少女の前に立つ。
 敵は飛行型自立機械兵器。
 装甲は薄く、武装は貧弱。戦闘AIも単純極まりないものだ。
 量産機とは言え、かつて高度な機械文明を誇った世界で作られた戦闘機械の己と雲泥の性能差である。
 だが戦況は厳しい。
 敵の個体数は現在42。今尚その数を増やしている。
 なにより敵の目標は己の破壊でなくヴィヴィオの、己の背後で泣いている少女なのだ。
 飛行手段を持たない己にとって、一度でも少女を奪われればそれで全てが終わってしまう。
 己と少女の間にある距離、5メートル。
 それが最終防衛ライン。
 それこそが、己が守る絶対不可侵領域。
 
 左肩部に格納されていた6銃身ガトリング砲を展開する。
 FCSロック――――ロック完了、射撃開始。
 銃身を展開して0.2秒後、7.62mm徹甲弾が毎分3400発の発射レートで吐き出される。
 敵性機体に効果有り。敵機撃破敵機撃破敵機撃破――――。
 敵機残存数37……36……35……34……33…………敵増援確認、増援数10……11……12……――。
 撃破撃破撃破撃破撃破撃破――――敵増援さらに確認。
 敵機総数52……48……42……46……43……50――――。
 ――被弾。
 右胸部装甲に敵レーザー命中。
 護衛目標に被害無し
 機体損傷は軽微。
 戦闘を継続せよ。『彼女』を守れ。

「…………どう……して?」
 『彼女』の声。
 君の泣き声が聞こえたから。それだけ。

 戦闘続行――左腕部被弾。
 作戦目的に変更無し。
 7.62mm徹甲弾――残弾数……3600……3550……3500……3450……――敵増援。
 戦術変更の必要有り。
 FCS調整。マルチロックスタンバイ――。 

「……もう……いいから! わたしのことはいいから!」
 『彼女』の泣き声。
 悪いけど、そのお願いだけは承知できない。

 FCSマルチロック完了――ゼルラハティ20mm対装甲ライフル使用可能。
 射撃開始――fire……fire……fire……fire……fire……――被弾。
 戦闘可能。敵機撃破――敵増援――被弾被弾被弾撃破撃破被弾撃破――――。
 総撃破数57機確認、及び敵増援を再び確認。左腕被弾、右大腿部被弾、胸部中央被弾、被弾被弾被弾。
 護衛目標に被害無し。現状下戦闘目的は達成中。仔細合切問題無し、本機は順調に作戦を進行中。
 戦闘続――――『少女』の悲鳴。

「わたしのせいだから! わたしのせいで、みんながきずついちゃうから!」
 ――違う。
 ――それだけは違う。 
 ――例えそれが真実だとしても、自分はそれを認めない。

「わたしなんかが、ここにいちゃいけなかったんだからぁ!!」
 『少女』の涙ながらの叫び声。
 自分に価値は無いのだ、と。
 誰かと共にいる資格など無いのだ、と。


 ――――それは違う!
 ――――それだけは決して違う!!
 

「――――――それは違うであります上官殿」
 ――――そうだ、それだけは違う。

「自分に上官殿の過去は分かりません。
 もしかしたら、上官殿の生は望まれていなかったのかもしれません――――ですが」
 ――そうだ、これだけは自信を持って言い切れる。

 遥か昔。どこよりも遠い場所。 
 壊すしか、殺すしか能の無い機械兵士。
 誰からも望まれることのないブリキの兵士。

 ――――そんな機械兵士を、救ってくれた人がいた。
 ――――そんな機械兵士を、受け入れてくれた人がいた。
 ――――そんな機械兵士に、笑いかけてくれた人がいた。
 
 作り物で出来損ないの人工人格。
 それですらない、在り得ざる人格――バグにすぎない自分。 
 ――――その死に、涙してくれた人がいた。


 これだけは、自信を持って言い切れる。
 たとえ世界全てが否定しても、これだけは言い切れる――――。


「それでも上官殿を受け入れてくれる方がいる筈です。
 ――――――いえ、いた筈です!!!」


 遥か昔。どこよりも遠い場所。
 消えゆく意識のなか、機械兵士は誓ったのだ。
 ――もし次があるのなら。
 ――機械兵士の自分にも魂があるのなら。
 ――バグに過ぎない自分にも輪廻が許されるのならば。
 
 その時は、きっと――――『あの人』のように生きよう、と。
 
 そっくりそのままとは行かないだろうけど、自分を救ってくれた『あの人』のように生きようと、
 そう誓ったのだ。
 
 誰かを受け入れられる。
 誰かに笑顔を渡せる。
 誰かの泣き顔を晴らせる。
 ――――そうやって生きようと誓ったのだ。


「――――――――あ」
 『彼』の言葉が、まるで世界すべてに宣言するようなヴァルゼルドの言葉が、
 胸に、頭に、心に響き渡る。
 ――そうだ、自分はなんて簡単なことを忘れていたのだろう。

 頭上には青空。
 初めて外に出たあの日、自分を助けてくれた人達がいた。
 家族として受け入れてくれた人がいた。
 孤独にうち震えていたときも、傍らにいてくれた人がいる。

 高町ヴィヴィオの生まれを疎む者はいただろう。
 高町ヴィヴィオの存在を疎む者はいるだろう。
 その存在を望まない人たちと出会うことになるだろう。

 ――だけど、その存在を望んでくれた人が、受け入れてくれた人がいたのだ。
 その人たちがいるかぎり、その人たちと出会うかぎり、高町ヴィヴィオは孤独でない。
 ――そうだ、現に今こそ『彼』がいてくれてるじゃないか。
 たとえ過去の亡霊に掴まったとしても、決して孤独じゃない。孤独なんかじゃない。

 

「それになにより――」
 少女を守るために背を向けたまま、ヴァルゼルドの言葉は続く。
 朴訥で、不器用で、それでも懸命にヴィヴィオに伝えようとする。


「自分は上官殿と――会って、話をしたであります」
 轟音。
 すでにライフルの銃身は真っ赤に焼け付いている。

「上官殿の――家族のお話しを聞かせてもらったであります」
 轟音。
 空になった弾倉を捨て、腰の弾倉帯から無骨な、百科事典のような弾倉を取り出し叩きつけるようにライフルへ取り付ける。
 ボルトを引き薬室に残っていた空薬莢――砲弾のような薬莢を排出する。
 空薬莢が地面に落ちるその前に、再び轟音が響く。

「上官殿に――絵本を呼んでもらったであります」
 ブィィィンと、ガトリング砲が砲火と閃光を撒き散らす。
 ヴァルゼルドの足が大量の薬莢で埋もれている。
 今までの激しい戦闘でも、彼は一歩たりとて退いていない。

「上官殿の――お歌を聴かせてもらったであります」
 爆音。
 ドローンのレーザーがガトリング砲を焼き落とし、僅かに残った弾薬が誘爆する。
 轟音。
 左肩の装甲が脱落しているのにも構わらず、ヴァルゼルドはライフルを撃ち続ける。
 一歩たりとも退いていない。

「上官殿と――共に昼寝をしたであります」
 ガキンと耳障りな音がライフルから発せられた。
 装弾不良――これを機と、一体のドローンがヴァルゼルドへ特攻する。
 アームを伸ばしヴァルゼルドを叩きのめそうとするドローンへ、彼は役立たずになった対装甲ライフルを棍棒のように振りかざし、渾身の力で振り下ろす。
 ガギャリッ! 不快な金属を響かせ、センサーを叩き潰されたドローンが地面へ崩れ落ちる。
 銃身が曲がり無用となったライフルを投げ捨てる。

「上官殿に――絵を描いていただいたであります」
 ヴァルゼルドは腰から大型拳銃を取り出し、たった今叩きのめされた仲間と同じように特攻してくるドローンに向け発砲する。
 ダプルタップ。
 正確無比な大口径拳銃弾の二連射は、一発目がドローンのセンサーを撃ち砕き、続く二発目は一発目と同じセンサー……そのさらに内部を撃ち砕く。
 さらにドローンたちが迫り来る。

「上官殿と――『明日』また会う約束をしました」
 二連射。二連射。二連射。装填。二連射。二連射。
 規則正しく響き渡る鈍い銃声。
 敵の攻撃が止んできた。
 敵の増援は止んでいる。
 弾薬が切れる。 
 敵は、まだ残っている。

「上官殿と――共に過ごしました。大切な時間を過ごしてきました」
 二連射。装て――。
 奇襲。
 不意にヴァルゼルドの眼前に降り立つドローン。
 アームをヴァルゼルドの首に巻きつけ締め上げる。
 ギチッ! ギリギリ……と軋みを上げる頚部。
 勝利を確信したかのようにセンサーを激しく点滅させるドローン。
 ――装填、速射。
 急所を締め上げられながらも、ヴァルゼルドは淡々と新たな弾倉を拳銃に装填し、銃口をドローンのセンサーに突きつけ零距離で銃弾を叩き込む。

 ドローンたちが、その攻撃の手を緩めた。 

 突如、廃墟が轟音と共に粉塵を巻き上げながら崩れる。
 巨体が、一体の巨大な球体が大通りへ姿を現す。
 ―――――ガジェットドローンⅢ型。
 今まで戦ってきたⅠ型に比べ、大幅な装甲強化と出力強化がなされた機体。
 その巨体がヴァルゼルド目掛け突進する。
 避けるわけにはいかない。
 その進路方向には、己の後ろにはヴィヴィオがいるのだ。
 残った拳銃弾を全弾撃ち込む。
 しかしⅢ型の勢いは止まることなく、ヴァルゼルドへと突進する。
 ガゴンッ!! トラック同士が衝突したような音と共に周囲に土煙が立つ。
 砕けた大型拳銃が、細かいパーツになって地面に転がる。
 それでも尚、彼は動くことのない。
 一歩も退くことのないヴァルゼルドに対し、Ⅲ型は無骨なアームを振りかざし叩きつける。
 だが、それはヴァルゼルドの鋼の両腕で防がれる。
 ヴァルゼルドにアームを掴まれたⅢ型は戸惑うことも、焦ることもなく、そのまま自身の巨体をもってヴァルゼルドを押し潰す。
 ――単純な力較べ。
 ここでは戦闘性能の差ではなく、単純な質量と出力が物を言う。
 ヴァルゼルドの足がアスファルトにめり込む。
 金属の軋む音。
 ギリギリと関節のいたる箇所から不快な音が発する。
 

「――――ですから」 
 満身創痍――それでも尚、機械兵士は少女に語り続ける。
 今まさに、自身を押し潰そうとする巨大な敵など歯牙にもかけない仕種で、彼は少女に振り向いた。

「――――自分と上官殿は『友達』であります。そうでしょう――『ヴィヴィオ』?」
 
 ――彼が、少女の名を呼んだ。
 ――彼が、己の望みを言った。


「――――自分は、ヴィヴィオと共に在りたいのであります。貴女の傍に、いたいのであります」


 長き眠りから目覚めた時。
 目の前に少女がいた。
 今にも泣き出しそうな、一人ぼっちの少女がいた。
 だから己は――――その泣き顔を晴らしたいと思ったのだ。
 一人ぼっちだった己の傍らにいてくれた少女の、花咲くような笑顔が見たかったのだ。

 少女に振り向けられた機械仕掛けの瞳――それが、微笑むように細められた。


「――――――あ………っく……ひっく……」
 不器用に、少女を守り続けながら紡がれた言葉が、ヴィヴィオの心に染み渡っていく。
 昔のようで近い、いつかの日。
 孤独だった少女の心を救った機械兵士は。
 再び孤独に陥っていた少女の前に現れたのだ。
 少女の傍らに在りたいと、そう言ったのだ。
 孤独に震えていた自分を受け入れてくれたのだ。

 彼の世界は、いつだって優しい。
 
 視界が滲む。
 涙が堰を切ったように溢れ続ける。
 そんな少女の様子を、機械兵士は傷だらけになりながらも穏やかに見つめ続ける。
 ――いいのだろうか?
 無償の信頼を、救いの手を差し伸べてくれる機械兵士。
 無力な少女に過ぎない自分では、彼に何も返せない。
 そんな自分が彼の傍にいていいのだろうか?

 ――――ううん、それはちがうよ。
 確かに少女は彼に何も返せないだろう。
 今もなお傷つき続けている彼を、少女が助けることはできない。
 無力な少女では彼を助けられない。
 だが、それは事実であって不正解だ。
 ――――だってヴァルゼルドは『ともだち』っていってくれたから。

 溢れ出る涙を必死で堪える。
 これから言うべき言葉に涙は不要だ。
 笑って――笑顔で言わなくては。


 簡単な話だ。
 そんじょそこいらに転がっている真理の話だ。
 『友達に助けられた』――なら、それに返す言葉は?
 簡単で、平凡で、単純で、なんら特筆することのない――優しい話だ。

 

「――――ありっ……が……っとぉ……ヴァルゼルドぉっっ!」
 
 涙で顔をクチャクチャにしながら、それでも満面の笑みで。
 少女は彼に初めて『ありがとう』の言葉を送った。
 
 少女の、なんら力の無い一言。
 世界からすれば、なんら意味の無い言葉。
 
 だが――それは。
 彼には充分すぎる、最強の言葉だった。

「オ…………オオオオオォォォオォォッッ!!!!」
 轟く咆哮。
 Ⅲ型のアームが持ち上げられる。
 押し潰されていた筈の機械兵士が、己より遥かに巨大な敵を押し負かしていた。
 不意に硬質な金属音が響く。
 ヴァルゼルドの右腕。それが甲高い金属音と共に、その形を変えていく。
 その右手を覆うようにして包む金属。
 ――――ドリル。
 破壊を、戦闘を目的とした削岩機が謳うように甲高い摩擦音を周囲に響かせる。
 機械兵士の思わぬ武装に、距離を取るため離脱しようとするドローン。
 だが逃亡は叶わない。
 ヴァルゼルドの左腕がⅢ型のアームを捉えて離さない。
 そのことに気付き、残ったアームで攻撃を加えるべく振り上げようとして――。
 Ⅲ型の勝利は、生存は叶わない。

「ウオオオオオオオォォォオオォオオオォォォォッッッッ!!!!!!」
 響き渡る咆哮と共に突き出されたドリルは、Ⅲ型の分厚い装甲を紙のように貫く。
 装甲が千切れる甲高い耳障りな音。ドローンの断末魔の叫びが上がる。
 装甲を引き千切られ主要な内部機関の殆どを粉砕されたⅢ型は、力無くその巨体を地面に横たえる。

 残ったⅠ型たちは動かない。
 たった今粉砕されたⅢ型が切り札だったのだろう。
 満身創痍、武装も碌に無い機械兵士が切り札を容易に撃破する光景を見せ付けられ、彼らのAIはヴァルゼ

ルドの戦力を測れずにいた。
 理解できないアンノウンには攻撃でなく観察のみ。それが魂無き機械の限界だった。
 
 
 
 静けさを取り戻した廃墟の街並。
 ドローンに囲まれていながら、機械兵士は悠然と少女の元へ向かう。
 
「――お怪我はないでありますか、上官殿?」
「――うん、だいじょうぶ。ヴァルゼルドがきてくれたから」
 細められた瞳。傷だらけの機械兵士が、ヴィヴィオに微笑む。
 真っ赤な瞳。埃まみれの少女が、ヴァルゼルドに微笑み返す。

「きずだらけになっちゃたね」
「大丈夫であります。修復範囲内ですので、寝れば直るであります」
「じゃあ、いっぱいおひるねしなきゃいけないね」
「上官殿もであります。今日は疲れたでありましょう」
「うん、ちょっとだけ」
「では帰ることにしましょう」
 ヴァルゼルドは、そう事も無げに言うと「すこし失礼するであります」と前置きしてから、ヴィヴィオを

その左腕の中に抱える。
 親猫に咥えられる仔猫のように無抵抗に抱えられるヴィヴィオ。
 感じる疑問は、彼の行動でなく言葉。

「かえる……ってどこに?」
「いつもの広場へ、と言えば格好良いのありましょうが、とりあえずお風呂が必要であります。上官殿の学校へ向かいましょう」
「がっこうって……だいじょうぶ? ヴァルゼルド」
 学校への道のりは彼らの正面、ドローン達が蠢く先の向こうである。
「問題無しであります。…………怖いでありますか?」
「ううん、へーき。だってヴァルゼルドといっしょだもん」
「自分も上官殿と一緒なら怖いもの無しでありますよ」
 そう言葉を交わしてから、機械兵士と少女は笑い合う。

「うん、じゃあかえろうか。ヴァルゼルド」
「はい、帰りましょう。上官殿」
 機械兵士と少女は、道のりを塞ぐドローンへ向き直る。


 ――後に。
 『蘇りし王』『奇蹟の少女』『聖女王』、など数多くの異名で呼ばれる事となる第28代聖王ヴィヴィオ・T・ベルカ。
 波乱と動乱に満ちた新暦90年代から数十年間聖王であり続け、伝説のような数多の戦功と業績と、御伽噺のような逸話を残した彼女。そして、彼女を守り続けた『彼』。
 彼女と、彼女の傍らに常に控えていた鋼鉄の守護者。
 
 そんな二人の初陣は、真っ向勝負の正々堂々すぎる退却戦であったことを知る者はいない。
 
 少女と機械兵士以外、知る者はいない。

 

「――――やっちゃえヴァルゼルド!」
「――――了解! 退却っ! 開始でありますっっ!!」

 

 廃墟の街並。
 その上に広がるは雲一つない青空。

 青空の下。
 少女の歓声と機械兵士の咆哮が、どこまでも響いていた――――――。 

 

(番外編はこちら

 

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