第八章『これからの質問』

貴方はどうですか、と聞かれた
答えてあげるのは知り得る事
もしくは話したくない事以外

     ●

「……弟?」
 寮室に生じた予想外の答えに佐山はそれを反復した。うん、と頷く新庄・切の右手には指輪は無い。
「姉さんから聞いてない? 佐山君の腕が治るまでこっちにいろって、そう言われたんだけど…」
「――お姉さんからは、私の事をどの程度聞いているのかね?」
 その答え次第で、この切なる人物にどう接するかが決まる。
「交通事故に遭いそうになった所を助けてもらって、でも代わりに利き腕を怪我したとか。自分は仕事が忙しくて何も出来ないって…」
 そうか、と了承する佐山は推測を巡らせた。
……時空管理局の事を知らないのか?
 新庄は記憶を失った所を管理局に拾われたと言っていた。ならばある程度は知っているかと思っていたが、どうやら知らされていない様子だ。
「すまない、一つ確認したい事があるのだが良いだろうか?」
 新庄は小首を傾げる。
「別に良いけど……何?」
「大した事ではない」
 と告げて佐山は新庄の右胸に手を添えた。
「――っ!?」
 肋骨と薄い胸板の感触を得た直後、新庄の拳がこちらの腹を撃ち抜いた。
「い、いきなり何するんだよ!」
「……ま、前もって言ったではないかね…」
 腹を抱えて踞った佐山は、胸元を隠す新庄を見上げる。
「大体、別に良いと言ったのは君ではないかね」
「そ、それはそうだけど…、こんな事されるとは思わなかったし……」
 肩をすくめる新庄を目前に佐山は立ち上がり、
「――良いかね?」
 目を見据えて再び問えば、僅かにどもった肯定が返された。
「ど、どうぞ…」
 頬を赤らめた新庄は胸元を晒す。その行動に佐山は頷き、確認を再開した。
「…ん」
 浅く胸を掴めば新庄は小さく息を漏らす。揉む様に指を押すが、返される感触は先ほどと変わらず固い。
……男だ……
 そう思った所で、今度はしゃがみ込んで耳を当ててみる。腰を抱き込んで動きを封じ、耳を澄ませば新庄の心音が聞こえてきた。僅かに速い心音は昨夜聞いたものとは違う、浅くて固い男性のものだ。
「……君の胸はずっとこうなのかね?」
「そ、そりゃそうだよ」
 見上げる新庄の顔は上気したもの。眉尻を下げた悩ましげな表情でこちらを見返し、
「も、もういいよね? あんまり長いの、やだよ……」
 ふむ、と佐山は認識の再編成を行う。
……双子、と言っていたな……
 ならば酷似した外見とまるで違う心音は両立しうるだろう。男女の双子は相似性が薄れるものだが、とも思うが現状を信じるならば例外という事になる。なので、
「安心したまえ、君に異常は見られなかった」
 と、声をかけて安心させてやる事にした。
「い、いや、今佐山がすっごい異常だったと思うんだけど……?」
 身を離した新庄は胡乱気な目でこちらを見ている。
「それはまた、初対面だというのに随分いきなりだね」
「その台詞は鏡を見て言うべきだよ……っ!」
 不満そうな新庄を、まあまあ、と宥めつつ佐山は身を回した。以前より使っていた二段ベットの上段に持ち物を投げて軽装になる。
「このまま手取り足取り君の荷下ろしを手伝いたい所だが……、生憎と私は生徒会の会議に行かねばならない」
 聞かされた新庄は驚いた様な表情を作る。
「今から? 時間ももう随分遅いよ?」
「ああ全くだ、生徒会の常識知らずには私も困っているよ。良識人の私にはついていけない事ばかりでね」

     ●

「と言う訳で、知ってる事を洗いざらい話してもらおうか?」
 深夜の入り際とも言える午後9時、衣笠書庫に佐山の声が響いた。包帯の巻かれた左腕が机上に乗る先、向かって左から高町、ハラオウン、八神が席についており、遠くのカウンターにはグレアムがいる。
「あー、何か尋問が始まった様な気がするんやけど、私の気のせいかー?」
「奇遇だな八神、私も始まった様な気がするよ。――さあ吐け」
「やる気満々かアンタ!?」
 机を叩いて八神が抗議、それを横目にした高町は口を開き、
「ねえ、はやてちゃん……図書室で騒ぐと天罰が下るって知ってる?」
 注意を紡いだ直後、八神は顔を真っ青にして縮こまった。
「うんうん、天罰は怖いもんね、図書室では静かにしなきゃね?」
「…高町、君は一体何をしたのかね?」
「え、天罰は見えない所に来るものだよ? ほらよく言うじゃない、“神は見えない所で報いたもう”って」
「暗殺推奨か。神の裁きは随分近代化したものだね……」
「そうだね。で、どうしようか? 私の神様は整体師資格を持っててね、話の腰が折れると叩き直してくれるんだよ?」
 満面の笑顔を浮かべる高町に佐山は恭しく頷き、
「さて、では真面目な話をしようか」
 ハラオウンと八神に半目で見られつつ話を仕切り直した。
「単刀直入に言って、君達と全竜交渉の関わりはどの程度なのだ?」
 問いに答えたのはハラオウンだ。
「うんとね? はやてはグレアムさんの養子で小さい頃から1stーGの事を知ってて、私は一応10thーGの出身なの。なのはは……二年前からだね」
「その時にあった騒動で10thーGと6thーGの全竜交渉は終わっててね。ちなみに私の家族は一般人で管理局とは無関係、……って感じかな」
 説明を引き継いだ高町の言葉にカウンターのグレアムが声を飛ばしてきた。
「テスタロッサの姓は、やはり10thーGと6thーGを束ねる事になったようだね」
「…どういう事だ?」
 改めてハラオウンの顔を見れば苦笑が返される。
「10thーGと6thーGはね、私の姉さんが滅ぼしたんだよ」
 姉がいた、というのは初耳だ。そう思う佐山にハラオウンは続けて、
「話は長くなるけど、新しく来たっていう同室の人は良いの?」
「ああ、後で学校内を案内する事になっている。……新庄君の弟だが、知っているかね?」
「んー、話ぐらいは聞いた事あるかなー」
「彼は管理局の事を知らない。今は荷物の整理中だ、まだ時間はあるだろう」
 それにハラオウンが頷き、丸められた大きな布を机の下から取り出した。
「じゃあ駆け足で説明しようか。――LowーGと十のGの関係について」
 机上に広げられた布は教材用の大型世界地図だ。高町と八神が左右に広げれば、机上に概略化された世界が示される。
「でも実際、私も護国課の話を聞くんは久しぶりやね。…管理局はその辺の事を資料室に保管しとるけど、許可とらんと入れてくれんしなぁ……」
 唇を尖らせる八神の目前にソーサーとカップが置かれた。誰か、と佐山が見れば、そこにはトレイに三つのカップを乗せたグレアムが立っている。
「カフェといきたい所だが、すぐにという訳にはいかなくてね」
 苦笑する老人は佐山達の前にもソーサーとカップを置き、手近な椅子を寄せて席を囲んだ。
「1stーGを滅ぼしたと言っていたが、どの程度まで協力的なのかね?」
「思い出した事を必要最低限、後は……君達の知識の補正程度といった所かな」
「いい具合に協力的だね」
 笑んで佐山はカップを口に付ける。赤みを帯びた液体が紅茶の香りと味を口内に生じさせる。そうしてソーサーに下ろした所でハラオウンが口を開いた。
「グレアムさん達から神州世界対応論を聞いたんだったよね? かつて日本は世界各国と地脈で繋がっている事を利用し、世界中の異変を引き受ける事で二次大戦後の占領を免れたって」
 ハラオウンの言葉にグレアムは頷きを一つ、その事で佐山は情報の正確さを再確認する。
「――続けたまえ。知りたいのはまず十のGの内訳だ。確か君達は、各Gがこの世界の神話や伝説に影響を及ぼしたと言っていたな」
「うん。中には神話の登場人物と同名の存在も多いんだよ? 佐山君が知ってるので言えば……」
「1stーGのファブニールやね。北欧神話に登場するヴォルスンガ・サガ、“ニーベルングの災い”とも言うけど」
 八神が言葉を半ばから引継ぎ、地図における日本の近畿地方に指を置いた。1stーGを滅ぼした人物の養子、かつ元概念核保存器だったデバイスの主として、1stーGには精通した所があるのだろう。
「ともあれ、それが1stーGや。概念核の行方は知っとるよな?」
「半分は氷結の杖デュランダルに収められて西支部の地下、残りは過激派の機竜、ファブニール改にあるとか」
 そこで佐山は視線をハラオウン達に向け直す。
「君達は機竜とやらを見た事があるのかね?」
 ファブニール型じゃないけどね、と答えたのは高町だ。
「簡単に言えば竜を模したデバイスの事だよ。体長は三十メートル以上、飛行型の物もあるらしいよ」
「概念戦争では、単体戦力としては最強の兵器だった」
 続いてグレアムが補足する。
「私が殺したファブニールは出力炉を一つしか持たない旧式で、それを破壊すれば死亡した。だが改型は二つの出力炉を持っている。故に概念核がある本命の武装用出力炉を破壊しても……」
「まだ稼働するファブニール改によって潰されるやも、か?」
「機竜は武装が無くても、その巨体だけで充分戦える代物だ」
 その言葉に佐山は思い起こされる記憶がある。夕べ新庄に言われた、死ぬかもしれない、という言葉だ。
……もし全竜交渉を受ければ、そういった連中も相手にする事になる……
 だが、そうだとしても今はまだ情報を求める次期だ。故に佐山は断念ではなく続行を望む。
「次を聞こう、2ndーGは?」
「2ndーGは簡単、日本だよ」
 ハラオウンは日本の伊豆七島辺りを指す。
「古事記とか日本書紀とか、それらの原型になったGだよ。概念核は八又っていう炎竜で、向こうの人達は殆どがLowーGに順化してる。全竜交渉の相手としては楽だと思うよ」
「3rdーGはギリシャ神話の原型らしいよ。何でも機械を生物化する概念核らしくて……昼間のSfさん、彼女は3rdーG概念で造られてるんだって」
 そう告げた高町は瀬戸内海を示している。
「概念核は二つに分かれてて、片方はテュポーンっていう武神が持ってるらしいよ」
「……武神?」
 初耳の単語に佐山は問い返し、言ってなかったけ? と高町は目を丸くした。
「武神っていうのは、大きな人型機械の事だよ。3rdーGはそれと戦闘機人の世界なの。で、概念核のもう半分は行方不明。……佐山君が全竜交渉を受けたら、その捜索も課せられると思うよ」
 機竜といい派手な物ばかりだな、と佐山は思う。死ぬかもしれない、という事の意味を更に理解して、
「4thーGは?」
 更に質問を重ねた。今度は八神が九州辺りに腕を伸ばす。
「アフリカやね。密林の奥に潜む木蛇ムキチ……のモデルになった概念核がいて、管理局に保管されとるよ。実際は別の名前を名乗ってるそうやけどな」
 八神は続けて、次は5thーGやね、と北海道を指差す。
「5thーGは米国。何でも機竜が沢山おるGで、概念核の半分はトンでもない武器になって地上本部地下にあるんやと。もう半分は行方不明やけど」
「6thーGはもうケリがついているのだったな?」
 ハラオウンが、うん、と応じる。
「インドの神話の元になったGだよ。概念核はヴリトラっていう竜で、向こうはそれを使って統治されていたんだって。……管理局でインド系の人とあったら、まず6thーGの人って思って間違いないね」
 そうか、と佐山はハラオウンの言葉に頷きを返し、
「では7thーGは?」
 と、説明の続行を促した。だがそれに対し、高町は困惑の表情を浮かべていた。
「7thーGは中国らしいんだけど……概念核がどういうもので、どういう人達がいたのか、私達は知らないの」
「……3rdーGや5thーGもそうだが、調べる事は多そうだな」
 多分それも役目の一つだよ、とハラオウンは苦笑した。続けて四国を指差し、
「8thーGはオーストラリア。概念核を持つ石蛇ワムナビっていうのが西支部に保管されてるらしいよ」
「意外と西側に保管されているものが多い様だね」
 佐山は中国地方に瀬戸内海、四国に九州と順々になぞっていく。ハラオウンは、そうだね、と意見を肯定しつつグレアムを見た。
「これだけ西側に集中してるなら近くにあった方が良いだろう、っていう判断らしいけど……本当なんですか?」
「実際その通りなのだが、……後に動かし辛くなったのは事実だね。各Gの残党が他Gの概念核すらも手に入れようと画策するようになってね」
「戦争が終わっても闘争は続く、当然と言えば当然だな。……9th―Gは?」
「中東、ゾロアスター神話の原型だって言われてるよ。ザッハークっていう巨大な機竜を持っていたらしいけど戦いに敗れ、概念核は地上本部の地下に保管されている」
「最後は10thーGだな。こちらももう交渉は終わってるそうだが?」
「――そうだよ」
 肯定するハラオウンに覇気はない。先ほど10thーGの出身だと自称していたし、何らかの因縁があるのやもしれない、と佐山は思う。だがハラオウンは口を閉ざさず、
「10thーGはね、1stーGと異なる北欧神話の原型になってるの。1stーGが民話や伝説の基盤なら、10thーGは神族や世界樹が登場する真性の神話だね」
 成る程、と佐山は返し、十のGの情報を全て聞き終えた。そうして理解出来る事は、
「7thーGは不明だが、どのGも概念核には竜が関わっているのだね」
「そうやね。…そして武器に収められている場合も多い。二つに分かれとった場合、大体は竜と武器に分かれとるんやないかな」
 八神の肯定に佐山は思う。
……竜と、それを倒す武器の関係という事か……
 力と抑止、富と権力、敵と英雄、竜とそれを倒す武器の関係はその象徴だ。それらを総合して考えれば、全竜交渉という名前の由来も自ずと解る。
「十のGの竜を束ねる意味で、全竜か」
「全竜っちゅうと……聖書の黙示録に言う悪魔の竜とも重なるな? 全竜は普く獣の相を持つってな」
 椅子を座り直して八神は溜め息、私らに求められとるのはそう言う事なんやろうな、と続ける。
「私は……全竜交渉っちゅうんは、十の竜に対し、それを倒す武器を持って相対する交渉やと思っとるよ」
 そう言う事か、と頷きそうになって佐山は止まった。
……未だ不明な点も多い、ここで認めるのは総計か……
 加えて佐山は今の説明に不審点も持っていた。高町達の説明に誤りはないが、本人達が知らない事は全く語られていない。
……何かが決定的に足りていない……
 何だろうか、と佐山は疑問に思う。先人である彼女達が知る以上の何を自分は知っているのだろうか。
「――ふむ」
 佐山は腕を組み直して世界地図を見る。と、胸元に小さな動きを感じた。
「おや」
 胸ポケットに収まっていた貘が這い出してきたのだ。うわぁ、触りたそうな表情をする高町達を無視し、佐山は指先で貘の頭を撫でる。それから、大人しくしていろ、と命じ、
「…そうか」
 胸の内にあった気がかりが何かを悟った。それは今朝、貘に見せられた夢の遺跡だ。
「――ハラオウン、バベルという塔を知っているか?」
 問いに三人の少女は目を丸くして顔を見合わせた。
「驚いた、私達でも名前しか知らないのに。……どうしてそれを知ってるの?」
「貘の力でね、巨大な塔を夢で見せられたのだよ。あれはこの地図においてどこにある?」
 だが高町達は再び顔を見合わせた。眉根を詰めたその表情から答えは推測出来る。
「君達も知らないのか?」
「うん。バベルって言うからには大阪辺りにあるんだろうけどね。……そして、バベルはこのLowーGが持つ聖書神話に関係してるって事も」
「知らぬ割に随分と言いきるのだな」
 という事はつまり、
「聖書神話は他Gの影響を受けていない、LowーG原生のものという事か?」
 ハラオウンは首肯する。
「お昼にあった時に見てた本、衣笠教授が書いた十一冊の神話大全を覚えてる? あれは一冊目から十冊目までがこのGの並びと対応してるんだよ。そして十一冊目が何について記しているのか、解る?」
「……聖書か」
 肯定の頷きを高町は行う。
「日本は世界各地の地相を持ってる。日本に立ってたバベルが中東に影響したのか、それとも逆なのかは解らないけど……でもそれがあるのは事実だよ」
「本当にバベルの詳細は解らないのか?」
「調べようとすんと完全に情報が断たれてまうんよ。あれじゃ逆に、存在してます、って言うとるようなもんや」
 私達のGの事を何で隠すんやろな、と首を傾げる八神に佐山は苦笑、そして思う事は、
……彼女達も自分達の状況を謎に思い、二年間の幾らかを調査に使ってきたのだな……
 理解出来た彼女達の行動に納得を得る。
「だから管理局の用語には聖書関係の言葉が含まれているのか。了解の際に使っているTes.――契約の意、聖書の事だ」
「そう言う事やな。聖書のLowーGに神話の原型となった十のG、合計十一のGがあった訳や。んで、グレアムおじさんを初めとする護国課ががそれ等を滅ぼしていった」
「……だがLowーGとは言ったものだな。どうしてそこまで卑下に入ったのか」
 問われたグレアムは笑みつつ頷く。
「各Gの呼び名は、それぞれの世界の自弦振動から番号を振ったものだったよ。対して我々も名前を考え、本局上層部は正義の為にLawーGと名付けようとした。が」
「が?」
「件のテンキョー教授がその綴りを間違えて発表した。以来、LowーGだよ」
「それは笑うネタかね」
 佐山は溜め息をつき、改めて空気を吸ってからごちる。
「――ともあれ、私の祖父はこれらのGの何れかを滅ぼしたのだな」
 と言った所で胸に軋みが生じた。我知らずと表情を歪め、身が丸くなる。
「佐山君? まさかまた……っ」
 異変に気付いたのか八神が腰を上げる。続いて高町やハラオウンも身を乗り出してきた。その時、
「あの、佐山君…いる?」
 衣笠書庫の入り口からやや高めの声が届いた。
「――新庄、君」
 やや俯いた顔を上げて佐山は書庫の出入り口を、そこに立つ新庄・切を見た。こちらに気付いた彼の両目は弓なりとなり、
「お仕事、終わった?」
 問いを伴う微笑みとなった。それに答えようとし、佐山は一つの事実に気付く。
……狭心症が収まっている?
 何故かは解らない。新庄の存在が契機となった事以外は。
「――どうした事だろうね」
 周囲に聞き取れない声量で佐山は呟いて席を立った。机を挟んで立つ三人を見れば八神が笑んで、
「行っといで。初めての同居人、大事にせなあかんよ」
 佐山は頷き、新庄が待つ方へと歩んでいった。

     ●

 開かれた窓より差し込んだ月光が灯りのない美術室を照らしている。そしてブレンヒルトは月明かりに伸びた自身の影を見るともなしに見ていた。
「……随分と時間が経ったみたいね」
 彼女が肘をつく机上には段ボール箱があり、その中では一羽の小鳥が眠っていた。健やかな様子にブレンヒルトは笑み、それを崩さぬまま足を振って黒猫を蹴りつけた。
「あ痛っ!? 何……折角寝てたのに」
 抗議と共に黒猫は跳躍、最小限の足音で机に飛び上がってきた。だがブレンヒルトが見るのは段ボールの内側、小皿に乗った餌と水を確認してから立ち上がり、
「――行きましょうか、市街派の本拠地へ」
「え、小鳥は良いの?」
「眠ってる。だから今の内にね」
 そう告げるブレンヒルトは襟首を開き、首に巻かれたチョーカーを撫でた。
「レークイヴェムゼンゼ、装束と箒をお願い」
『畏まりました』
 チョーカーの三日月型の飾りが応え、生じた菫色の光がブレンヒルトを包んだ。光の殻に包れる中で制服が霧散、新たな衣服が構築されて幼い四肢を包んだ。やがて光の砕け、
「久しぶりに見るね、魔女の黒装束」
 衣服を換装したブレンヒルトに黒猫の声がかかった。レークイヴェムゼンゼによって構築された衣服、黒い三角帽とワンピースが小柄な身を覆っている。
「デバイスによる衣服の強化再構築、管理局ではバリアジャケットとか言うらしいね」
「どうでも良い事よ、これの呼び方なんてね」
 レークイヴェムゼンゼが独りでに解け、広げたブレンヒルトの右手に乗った。直後にリボンが一メートル半はある棒に変化、先端の三日月型の飾りからはブラシが伸び、さながら箒型となる。
「レークイヴェムゼンゼ・ベッセンフォルム。――これで一気に行くわよ」
 ブレンヒルトはレークヴェムゼンゼを掴み、空いた左腕を横に振った。と、床に菫色の光による円陣が発生、その内側には膨大な数の1stーG文字が記されている。
『飛行兼加速魔法陣、展開を完了しました』
「上出来よ」
 頷いたブレンヒルトは円陣へと歩を進める。すると右手にあったレークヴェムゼンゼの重量が消失、むしろ浮遊する様な感覚が得られた。それからブレンヒルトは振り返って、
「……何してんのアンタ、とっとと行くわよ」
 机上で渋る様に身じろぎする黒猫を見た。
「ねぇ、行かなきゃ駄目? あっちってファーフナーいるからあんまり行きたくない」
「昔なじみなんでしょ? 何でそんな嫌うのよ」
「だってアイツ馬鹿なんだもん。声デカイしさぁ……」
 黒猫の愚痴にブレンヒルトの眉尻が上がる。左腕を伸ばして黒猫を鷲掴み、
「じゃあ行くのが楽しみになるように特等席にいさせてあげる」
 レークイヴェムゼンゼの先端部に抱きつかせた。
「あ、あのーブレンヒルトさん? ここって一番風圧のかかる場所じゃないかなーとか思うんだけど?」
「うふふ、だから特等席だって言ったでしょう?」
「特等席の意味違うよ!? 楽しみとは真逆にある特等席だよ!!?」
 悶える黒猫を先端ごと握り込み、ブレンヒルトはレークイヴェムゼンゼのブラシ部に足をかけた。
「行きなさい」
『Pferde』
 ブレンヒルトの命にレークイヴェムゼンゼは力を発揮する。ブラシ部に螺旋形の光が生じた直後、
「――!」
 床の魔法陣が一瞬光を強め、レークイヴェムゼンゼは搭乗者達と共に夜空へと飛び出した。瞬く間に夜空に浮上、ブレンヒルトは満月に魔女としてのシルエットを作った。






―CHARACTER―

NEME:八神はやて
CLASS:生徒会会長
FEITH:1stーGに通ずる少女

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最終更新:2008年04月02日 23:24