魔法少女リリカルなのはFINAL WARS ミッドチルダ1~愚挙開始~

 その都市の名をクラナガンという。
 幾万の次元世界を統べるミッドチルダの首都である。広大な面積を持つそれであるが、キロ単位の幅を持つ大河はそう多くない。ましてやその中央に広がる訓練場も、そして巨大な怪獣達が格闘する状況も。
「ギャゴオオオオオオオオオオッ!!」
「ンゴオウウウウゥゥゥッ!!」
 廃棄都市を模した訓練場に咆哮が轟く。大音量が周囲の窓ガラスを割り、二つの巨躯がビル群を倒壊させて出現した。
 現れたのは二足歩行の赤い恐竜と、その巨躯を縛りつける深緑の蛇竜だ。前者の特徴は長い尾先に広がる団扇型のヒレ、対する後者の特徴は……額に一人の少女を乗せた事だろうか。
「―――ッ!!」
 魔力で形成される半透明のドームに包まれ、ティアナ・ランスターは舌打ちした。
「……流石は生体のまま使ってるだけの事はあるわね」
 自律行動の分だけ厄介だわ、と続けた所で蛇竜の拘束が破られた。恐竜の両碗が束縛する長胴を押し広げ、上半身にかかっていた蛇竜の半身を解いた。
 そのまま恐竜は蛇竜の身を掴んで旋回、その長胴は遠心力によって伸びきり、さながら砲丸投げの様相となる。ビル群の中でそんな事をすれば、
「ンゴオオオオオオガァッ!!」
 蛇竜の身が周囲のビル群を薙ぎ払った。衝撃と破片、急旋回で生じたGによって蛇竜は苦悶をあげる。
 ティアナが立つのはその最先端である頭部、しかし彼女の身に重圧はかからない。ティアナを包むドームが防波堤となっているのだ。
 ドームの名は“同伴結界”、使い魔の怪獣と共に戦うべく開発された防御魔法だ。強固な結界は飛来物や圧力から術者を保護し、酸素や気温、落下方向などの環境も最適を維持する。
 それによって保護されたティアナは恐怖心を抑え、命令を叫ぶ。
「――マンダ、締めて!!」
「ンゴオオオオオッ!!」
 名前と共に叫ばれた命令を蛇竜、マンダは遂行した。未だ巻き付く長胴で恐竜の下腹部を圧縮する。
「オ………ォ…ッ!!?」
 圧迫によって空気を絞り出された恐竜が呻く。口角から漏れる泡と剥かれた白目、生じた隙にティアナは新たな指示を飛ばす。
(今よ、ルー!!)
(…了解)
 念話によって合図が飛び、遠くにいるティアナの仲間へと届いた。直後、
「………ギュ、ゴォォアッ!!?」
 突如飛来した巨大な影が恐竜に衝突する。吹き飛ばされた恐竜はマンダの拘束を逃れ、引き換えに全身を瓦礫の大地に擦り付けた。そんな恐竜を飛来物は八つの目で見定める。
「ケキュ」
 ガス漏れにも似た鳴き声をあげる飛来物、その正体は巨大な蜘蛛だ。長大な八脚の先はビル群に乗り、どういう体重制御を行っているか倒壊を起こさせない。
 そしてその頭上には、ティアナと同様に同伴結界を発動する少女が立っている。彼女こそがティアナに“ルー”と呼ばれていた少女、本名をルーテシア・アルピーノと言う。ルーテシアは伏した恐竜を指差し、
「クモンガ、糸を」
 足場にして従者、巨大蜘蛛のクモンガに命令した。
「キュギュッ!!」
 了承の叫びと同時、クモンガの口が膨大な糸を噴き出した。放射線を描くそれは恐竜に迫る。
「ギャゴオオオオオオッ!? ギャオオオオオオオンッ!!」
 降り注ぐ糸の雨に恐竜は身をよじり、しかし粘着性の糸を全身に巻き付かせる逆効果を生んだ。
「オオオオオオッ! オオォォォォオォォ………」
 次第に恐竜の全身が糸に包まれ、形成された繭によって上半身が覆われた。
 どんなに動いても柔軟にして強靭な糸がそれを無効化する。陸上の魚程度にしか抵抗は実現せず、両足と尾が無意味にばたつく。そして不毛を体現する恐竜へとクモンガが飛びついた。
「ケキュ、ケケキュゥ…」
 ビル群から飛び降りたクモンガは恐竜を押し倒し、首に当たる部分へと口部を押し付ける。やがて口内から透明の液体を垂らす針が露出し……繭とその奥にある恐竜の喉を貫通した。
「―――――ッ!!!」
 繭越しに恐竜の身が仰け反り、やがて小刻みに痙攣する。針から恐竜へと渡ったのはクモンガ特有の猛毒だ。麻痺性のそれが気管へと流れ込んで肺に到達、呼吸器を中心に全身の臓腑を弛緩させている。
 やがてマンダは恐竜へと身を伸ばし、顎を引いて額のティアナを近寄せた。ティアナは注意深く恐竜を見るが、それが行動不能になっているのは誰の目にも明らかだ。
「……捕縛完了ね」
 ティアナは一語した直後、訓練場に拡声器の声が響いた。
『チタノザウルスの捕縛を確認! ――以上を持って、訓練を終了します!!』



 新暦77年、第97管理外世界、惑星名・地球に一つの災害が発生した。――怪獣、ゴジラの出現である。
 史上初“生体ロストロギア”という分類を受けたその戦闘力と凶暴性は、時空管理局にとって全くの想定外だった。
 誰が予想出来ただろう。数十のアルカンシェル一斉砲撃に耐え、ヴォルテールと白天王を同時に虐殺する生物など。
 結果は時空管理局の惨敗、実に地球の約1割がゴジラによって焦土と化した。
 地球が滅びるかに思われた戦況、だがそこに転機がもたらされた。無限書庫の史書長、ユーノ・スクライアが新型の結界魔法を発明したのだ。
 次元世界型の巨大結界、“妖星ゴラス”と名付けられたそれはゴジラを封印する事に成功した。――ゴジラの同種族であるミニラを核とし、疑似人間ヴォルケンリッターを媒介として。
 しかし彼等の出力や耐久力の問題からその維持は1年が限界と予測されてた。故に時空管理局は、来るゴジラ再臨に備えて一つの計画を打ち立てる。
 その名を――オペレーションFINAL WAS。
 簡単に言えば一種の軍備増強計画である。
 各次元世界に生息する怪獣達を捕縛、屠殺、使い魔の素体とする。そうして造った強大な使い魔達にジェイル・スカリエッティ開発の決戦兵器を加え、復活したゴジラを今度こそ抹殺する計画が、オペレーションFINAL WASである。
 ゴジラが見せた脅威の前にあらゆる倫理は無視され、非常識ともいえるこの計画はまかり通った。
 そして怪獣達の捕縛はゴジラ襲来の一年前に起こった大事件、JS事件を解決に導いた実力者集団、機動六課が中心となって行われていた……。



 機動六課隊舎から伸びる展望台、訓練場を見下ろすそこに三人の女性がいた。機動六課を指揮する隊長陣、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてだ。
 なのはが窓際から伸びたマイクを手放して振り向く先、簡素なソファにはやてが腰掛け、その側にフェイトが立っている。その表情は一様に暗鬱、細かく言えば悔恨と罪悪感だ。
「……チタノザウルスは、大丈夫なのかな」
 僅かに声を振るわせたフェイトは窓辺により、クモンガの毒に倒れた恐竜を見下ろした。
「問題ないよ。クモンガの毒に血清はあるし、……それに死んだら使い魔にしちゃうよ、きっと」
 フェイトの不安になのはは答え、そこで表情が強まった。キツく目を閉じて眉を顰めるその表情は、自責。命を道具扱いする思考、かつて自分が絶やそうとしたそれを自ら口にした、それに対する思いは強い。
……チタノザウルス、か……
 なのは達の故郷に生息していた怪獣、そしてオペレーションFINAL WARSの切っ掛けとなった怪獣だ。
 数十年前、とある地球の学者が怪獣への洗脳技術を開発した。チタノザウルスはその被験体とされ、学者の死後に沈黙していたのを管理局が回収した。
 本来ならばロストロギアに指定され、様々な問題から封印が施されていた筈だった。だがゴジラ対策に悩む管理局にとって、その存在は思考を転換させる最高の切っ掛けとなった。
 “怪獣を操る”という発想が生じ、専用の人造魂魄が造られ、それを怪獣達に詰めてゴジラにぶつける作戦が立った。
 尤も、経年で肉体が劣化したチタノザウルスは計画に組み込まれず、使い魔化された怪獣の訓練相手となったが。
 その事を思い返したのか、フェイトもまた表情を歪ませて呟く。
「どうして、こうなったんだろうね」
 その独白はなのはが抱くものと同意だ。どこで間違ったのか、と。
「……んなもん、あたし等が生き残る為に決まってるやんか」
 それ答えたのははやてだった。俯いていた顔は上げられ、
「妖星ゴラスの限界は約1年、長い程に媒介は摩耗してく。そうなりゃ何時内側から壊されるか解らん。――早いに越した事は無いんよ」
 晒された顔にかつての柔和な表情はなかった。厳格で冷酷な表情が、否、それを装おうとする脆いまでに張り詰めた表情がそこにある。
「大体使い魔なんて誰でもやってる事やんか、フェイトちゃんだってそうなのに何言うてるん?」
 はやての指摘に二人の表情が変化する。フェイトは自責、なのはは怒気を孕む無表情だ。
「はやてちゃん、本気で言ってるの?」
 展望室の空気は硬直、なのはのはやてを見る目が変化したのだ。
「私の言ってる事が解らない? そういうことを言ってる訳じゃないって、解ってるでしょ?」
「――やったらなのはちゃんは、家の子らがどうなっても良いっちゅうんか」
 怒気は返された。
「妖星ゴラスの維持にはシグナムやヴィータ、シャマルにザフィーラが組み込まれとる。悠長に待っとったら……あの子らが危ないやんか」
 なのはの視線と気迫、それを超えるものをはやては出力する。
「私はあの子らの為なら何でもできる。――第一、これ以外にどんな手段があるいうんよ」
「……それは」
「他に手があるっちゅうなら教えて。家の子らが傷付かんで、沢山の命を殺す必要が無くて、そしてあの化物から皆を護れる方法を」
 はやての言葉は切実な問いかけだ。“そんなものがあるなら自分もそれを選びたい”と。“そんなものがあるならお願いだから教えて欲しい”と。
 なのはは答えられない。答えられる筈がない。管理局全体が考え抜き、苦悩と試行錯誤を経て、最も確実で実行し易い計画がこのオペレーションFINAL WARSなのだから。
 一介の人間が、二十歳になるかならないかの小娘が、1分かそこら考えただけで良案など出る筈が無い。
「ふ、ふたりとも、やめてよ……」
 対峙を止めないなのはとはやて、そんな二人をフェイトが右往左往と喘ぐ。
「おねがい、もう、こんなの……やだよぉ……っ」
 目尻に涙を溜めたフェイトの訴え、だが二人の対峙はそれで止まらず、
『喧噪中断』
 感情の無い電子的な声によって止められた。突然響いた第四の声になのは達は一様に振り振り向く。
 そこには人型の機械が立っていた。銀の体に赤、青、黄の三色が塗装された巨躯がそこ立っている。
「――ジェーツー」
 なのはが直立する鉄人の名を呟いた。
 特殊傀儡兵ジェットジャガー、通称JJ(ジェーツー)がこのロボットの正式名称だ。
 機動六課が設立されて日の浅い頃、ジェイル・スカリエッティがとあるホテルのオークションを狙い、当時配下であったルーテシアが代行した、という事件があった。
 奪われたのは旧時代の人型機械兵器。といっても機能は完全に停止、原型を留めているので稀少品として出品されたものだ。だがスカリエッティの技術力はそれを戦闘機人と同等なまでに復活させた。
 JS事件には間に合わなかったが、オペレーションFINAL WARSに際して仮釈放された彼により、決戦兵器の一つとして完成した。以来、怪獣捕縛部隊と化した機動六課の一員だ。
『円滑的友好・集団行動必須・喧噪不要』
 未熟な会話機能が紡ぐのは単純な意図の伝達、それを解読する時差の後になのはやフェイトは押し黙り、そしてはやてはジェーツーに視線をやる。
「……ジェーツー、一覧を出したって」
『了解』
 部隊長の指示に鉄人は両眼を発光、映写機となって空中に無数の映像を発現させる。それらは全て異形を写した画像だ。
「――現在オペレーションFINAL WARSが狙っとる怪獣は10体。内3体、クモンガとマンダは捕獲済み。あと一体はスカリエッティが改造中」
 画像の中から蜘蛛と蛇竜、緑鱗の獣を示す画像が消滅し、残りが7枚となる。それらは横の円陣に並んで奥行きを作った。
「捕まえなあかんのは、――まずラドン」
 最も手前の画像、翼竜が載った画像をはやては差す。
「アンギラス」
 翼竜の画像が左へ流れ、右隣にあった有角の恐竜が手前に出る。
「キングギドラ」
 同じ動きで画像が流れ、三首の金竜の画像が出る。
「ジラ」
 太い両足と顎を持つトカゲが、
「モスラ」
 白を基調とした巨大な蛾が、
「バトラ」
 今度は黒い外殻をした凶貌の蛾が、
「そしてメガロ」
 最後に人型の甲虫を写した画像が最前に出る。
「これら10体にジェーツー、そして昔地球で造られていた戦艦の改良型……新轟天号。これらを合わせてた12体でゴジラに挑む」
 はやてが突き付けた再確認になのは達は沈黙、ジェーツーは両眼の光を収めて画像を消した。
「その中でミッドチルダに生息しているのはラドン、アンギラス、キングギドラ、ジラの4体。まずはこれらを迅速に捕らえる事が最優先」
 そこまで言ってはやては踵を返す。向き直った先には下の階に続く階段がある。
「どのみち……もう動き出した私らが、もう戻れる訳ないやんか」
「――はやてちゃん」
 向けられた背と止まらぬ歩み、こちらの呼び声にも答えずはやては展望室を辞した。残されたのは二人の少女と一体の機械、そこになのはの溜め息が入る。
「……ジェーツー、ロングアーチにチタノザウルスの修繕をお願いして」
『了解』
 最低限の返答でジェーツーは指示を実行、通信機能を起動させたそれの前をなのはは通って階段を目指す。単身で行くなのは、だがその隣にフェイトが並んだ。
「…フェイトちゃん」
「ううん、私も行く。……あの子達もきっと、なのはと同じ事を言うから」
 並んで歩く二人は展望室を後にする。向かうのは――自分達の部下達がいる訓練場だ。



 展望室を下りた二人は機動六課隊舎を横切り、訓練場へと向かった。
 海岸線から伸びる平たい多角形の連なり、魔力と科学によって具現化されたそれらが訓練場を構成している。その中央には三体の怪獣と六つの人影があった。
 怪獣は先ほどまで戦っていたマンダとクモンガ、それに倒れるチタノザウルス。人影はチタノザウルスの側に二人、それを遠巻きに二人、そして見向きもせず離れて二人、といった配置だ。
 やがて離れて立つ二人、ティアナとルーテシアがこちらに気付いた。
「……ナノハさん、フェイトさん」
 口にしたのはルーテシア、抜けたシグナムに代わってライトニングへ入った召喚魔導師だ。彼女の声に他の4人もこちらに気付く。
「――訓練、お疲れ様」
 如何様に声をかけようか、僅かに逡巡した後になのはは声をかける。
「ティアナも、大分マンダと馴染んだみたいだね」
「…はい。でもマンダは私用に設定されてますから、そんなに時間はかかりません」
 答えてティアナは俯く。そうさせる感情を理解しつつもなのはは触れられない。一方のフェイトはしゃがみ込んでルーテシアと目線を合わせていた。
「ルーテシアの方は問題なさそうだね」
 苦笑に近い微笑みをかけたフェイトにルーテシアは頷く。
「一番の、古株だから」
 威張る風でもないルーテシアにフェイトは、そうだね、と苦笑を深めた。一番最初に使い魔化されたクモンガを操るルーテシアは、その年月分だけ使役に長けている。
「知っての通り私達はゴジラに対抗する為、後七体の怪獣を捕まえなきゃならない。この間の戦いでマンダを捕獲して戦力は上がった。……今後も、頑張っていこうね」
 告げられた訓示、しかしそれを肯定的にとらえる者はいない。ある者は表情を曇らせ、ある者は俯き、発言したなのはでさえも表情は暗い。そして、
「――何で、そんな事言うんですか」
 反抗は囁かれた。
「なのはさんもっ! フェイトさんもっ! 何でそんな事言うんですかぁっ!!」
「……キャロ」
 叫んだのはチタノザウルスに寄り添っていた少女だ。両の手をキツく握り締め、それ以上の強さを持った視線をなのはとフェイトに向ける。
「なのはさん達も解ってるでしょう!? ……怪獣達が活発化したのは、先日の隕石のせいだって!!」
 キャロは叫び続けた。
「未知の次元世界から降ってきた隕石、きっと何かあるんですよ! 私達がやらなきゃいけないのは怪獣達を殺す事じゃない、隕石に何があるのかを調べる事です!!」
「――それはキャロの憶測でしょう?」
「……フェイトちゃん…?」
 応じたフェイトの声、その声色になのはは不審さを得る。
「飛来と活性化の時期が合致したのはただの偶然っていう可能性も……ううん、そっちの方が強い。空振りになるかもしれない調査より、今は時間制限のある怪獣捕獲を優先しなくちゃいけない」
「どうして……! どうしてそんなに、率先して殺したがるんですかフェイトさん!!」
 キャロの側にいた赤毛の少年が制止しようとし、だが無視して少女は吠えた。
「いつからフェイトさんはそんな――ッ!!」
 慟哭と糾弾を混ぜ込んだ言葉、しかしその紡ぎは中断された。硬質な音をたてて、ティアナの右手がキャロの頬を打った為だ。頬を押さえた少女をティアナは睥睨し、
「アンタ今何言おうとしたの!! アンタがフェイトさんにそれを言う事が、どういう事か解ってんの!?」
「――――っ」
 叫ばれ、響いて、キャロの瞳が潤んだ。やがて喉を引き攣らせて涙が溢れ出す。
「――ぁ――あ―ああぁ――あ―ぁ――……っ!」
 頬の痛みか、それ以外の痛みか、泣き出したキャロにルーテシアが寄り添う。そしてキャロの側に立っていた少年、エリオは二人となのは達の間に立ち、
「……なのはさん、キャロを自室に戻しても良いですか?」
「…うん、お願い」
 なのはの答えにエリオは頷き、ルーテシアと共にキャロの肩を抱いて隊舎へと向かっていった。
「……フェイトちゃん」
 その後ろ姿を見送り、なのははフェイトを見る。だがフェイトはなのはに対して一切の反応を返さない。
「――あぁ…」
 自身を浅く抱き、震える様な溜め息をつくだけだ。その顔色は蒼白、視線は泳いで何処も見ていない。
「……っ!」
 その姿をなのはは無言で抱き締めた。僅かに力を強めれば潰れそうな感触、まるでえずく幼児を抱えた様な感覚になのはの胸は痛みを得る。
……なんで、なんで……こんな……っ!
 その思いをなのはは禁じえない。どうして皆がこんなに傷付け合うのか、と。
「――今日の訓練は終了します。……各自、解散しなさい」



 機動六課隊舎の大河に面した道、なのはがフェイトと共に帰るその後ろ姿を、ギンガはスバルやティアナと共に見ていた。
「………」
 ティアナは元より、普段は快活明朗なスバルさえも黙して動かない。それはギンガも同様だ。何を喋れば、否、何を喋って良いのかが解らない。
……皆、嫌い合ってなんかいないのに……っ
 何故、という思いが絶えない。恐らく誰もが抱いているだろう、その思いが。
「ティア……大丈夫?」
 沈黙に耐えかねたのか、スバルがティアナへと声を向ける。
「叩いた位でどうにかなる訳無いでしょ」
「手じゃない方だよ」
 その訂正にティアナは身を震わせた。それから大きく息を吐いて肩を落とし、
「あの子、泣いてたわよね」
 小さく呟いた。
「……私の手が、泣かせたのよね」
「違うよ!」
「違わないわよ!!」
 スバルが即座に叫び、その叫びをティアナが塗り潰した。
「思ってる事言えば良いじゃない! 出しゃばって話こじらせた、って!! 要らない事した、って責めれば良いじゃない!!」
「――違う、ちがうよぉ、ティアぁ……!」
 咆哮をぶつけられたスバルが目尻から涙を零し、ティアナの声は更に引き攣った。
「何泣いてんのよ!! 泣きたいのは……っ!!」
 まるで引っ込みのつかなくなった子供の喧嘩のようで、見かねたギンガはティアナの頭を抱え込んだ。
「あ……」
 ティアナは胸の内で声を漏らす。呆然とした風の彼女にギンガは、
「――あの状況では、ああする以外に収める方法は無かったわ。安心しなさい、貴方は間違ってない」
 抱く力を強めれば、ティアナもまたこちらの服を強く握り返してきた。
「……く、ぅ、うぅぅぅ……っ!」
 だが服を濡らす事はない。惨めな程に嗚咽し、苦悶し、だが強い自律を課すティアナは自らに泣き出す事を許さない。
「……ティア…」
 そんな親友を案じてスバルはティアナへと手を伸ばす。そして何か言葉を続けようとして、
「――!?」
 耳をつんざく警報が隊舎から響いてきた。緊急時の象徴であるその音色にギンガは一つの予測を立てる。
「まさか……!」
 外れて欲しい、という思いを裏切り、警報は予測を正確になぞった。
『怪獣出現! 数は2……出現地点は地方都市、ステーツとシンハイです!!』



 ミッドチルダ西部に位置する都市、ステーツ。夜空に伸びるビル街の裏で険悪な声が上がった。
「おいオマエ何してくれとんねん、人の車に!?」
 ピンクのオープンカーを牽引するパトカー、そこへ黒人風の男が怒鳴り散らして駆け寄ってきた。その姿は半裸にヒョウ柄のコートというギャング風、対するのは深い青の制服を来た警官だ。
「てめぇ標識が見えねぇのか!?」
 応じる警官の口調も攻勢、短く指差した先には“駐車禁止”を示す看板が立ってる。
「おいおい勘弁してぇや、たったの五分やないけぇ!」
「五分だろうが五秒だろうが知った事か! ぶっとばされてぇのか!?」
 言い合う二人の様子を路地に座り込んでいた酔っぱらいが嗤っている。不快そうに顔を顰めて黒人風の男は、
「あーそかぁっ、死にたいかぁ!? 死にたいんやったら……こんなんもあるぞボケェっ!!」
 男がコートの内側から出したのは黒光りする拳銃だ。銃口を向けられた警官は即座に態度を軟化させる。
「おいおい、そんな物騒なモンはしまえよ……」
 警官は両手を上げて引き攣った笑いを浮かべ、だが男は依然として怒りの表情を維持している。
「もお遅いっちゅうねん、このハンドガンでテメェのケツをクラナガンまで吹っ飛ばしたるっちゅうねん!!」
 男は警官の胸へと銃口を押し付ける。一触即発の空気、だがそれさえも酔っぱらいにとっては笑いの種だ。
「ひはははははっ、いいぞぉ! やれやれへぇっ!!」
「黙っとけぇよコノ野郎!!」
 一際大きな笑い声、それが癇に障ったのか男は酔っぱらいへと顔を逸らした。その隙をついて警官は腰のホルスターから拳銃を抜き出す。
「――!」
 男がその挙動に気付いた時には、既にお互いが拳銃を突き付け合う状態になっていた。拮抗と必死、その緊張に警官が笑みを作り、対する男は青筋を立てた。だが、
「……おおっ!? なんじゃありゃぁっ!」
 その空気を破ったのはまたしても酔っぱらいだった。
「うるせぇ! コイツをやったら次はお前だからな!!」
 警官は酔っぱらいを見ずに怒声する。だが酔っぱらいの注意は警官に向けられない。
「でっけぇ鳥の化物がこっちに来る! おい、早く逃げるんだ!!」
 喚き散らす酔っぱらいは駆け出そうとし、だが覚束ない足取りで歩く事もままならない。その転倒する様が警官の視界に入るが、警官が見るのは酔っぱらいではなく対峙している男の様子だ。
「…………っ」
 目を見開いた男は呆然と視線を上げ、力が抜けたのか銃口も僅かに下がる。本来ならば突くべき隙、だがこの状況でそれを作ってしまう程の何かを男は見ているのだ。
 一体何なのか、警官は拳銃を男に向けたままゆっくりと背後に首を回し、
「キユゴオオオオオオオオオオォォォォォオオオオンッ!!!」
 甲高い咆哮と共に飛来した爆炎により、男や酔っぱらい共々吹き飛ばされた。



 酔っぱらいは“それ”を鳥と称したが、“それ”の外見は鳥類に該当するものではなかった。
 満月の摩天楼、闇夜を高速で旋回する“それ”は、確かにシルエットだけならば鳥と言えない事も無い。だが“それ”の身に羽毛は無く、両翼の関節部には三本の指を持ち、嘴には牙を持っていた。
 “それ”の外見は鳥ではない。翼竜だ。
「キユゴオオオオオオオオオオオオオ――――――ン!!!」
 やがて“それ”は高空から落下、その両脚を高層ビルの一つに降り立たせた。轟音と共に上層階が砕け、両翼を広げたその巨体が月光と陰影に彩られる。
「……な、なんだよアレ!!」
「イヤアアアアアっ、化物ぉっ!!」
「は、はや、はややや、はやく、にげ……」
 深夜のステーツを楽しむ住人達が“それ”を指差して悲鳴を上げる。誰もが逃げ出そうとするが足取りは混乱と恐怖に乱れ、生じた渋滞によって車は動けない。そんな人間達の様子を気にした風も無く、
「キュオオオオオオオオオンッッ!!」
 “それ”は小さな跳躍を経て飛行を再開した。
 足場の高層ビルと平行する様に急降下、その後に急上昇する。それによって生じるのは異常な空気圧、そして物質の破砕だ。
「「「――――――――――ッ!!」」」
 硝子と瓦礫の雨が地を打つ音は住民達の悲鳴は重なり、判別不明の和音となる。そんな大災害を起こした事も気にせず、“それ”は摩天楼で飛行する。
 ビル群の隙間を抜ける“それ”の翼は白い雲を引き、大気を裂く速度は超音波という鳴き声をたてる。
「キュゴオオオオオオオオオオ―――――!!!」
 通り過ぎる高層ビルを破砕し、大都会の夜空を縦横無尽に翔る“それ”。
 その身はラドンと称されていた。



 転じて場所はシンハイに移る。巨大な繁華街を持つミッドチルダ南部の都市は、昼夜を問わず商人と客人が溢れている事で知られていた。
 だが今、夕暮れに赤く染まった大繁華街の喧噪は普段と種が異なるものだった。
「うああああああああああああっ!!」
「ひ、ひいいいいっ、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「キャアアアアアアアアアアアァァァァっ!」
 命乞いと絶望、死に瀕した者だけが響かせる声の重奏だ。一様の方向へと逃げる人間達、悲鳴の原因は彼等を追い立てるものに他ならない。
 悲鳴の原因、それは球体だった。それもあらゆる方向に鋭利なトゲを生やし、大きさにして150メートルはあろうという大質量である。
 そんな巨大球体が地表を高速で転がり、道路を、商店を、人間を、地上にある全てを粉砕しながら進んでいく。
「ギャアアアアアアアアアアアアア……ッ」
 人間を遥かに圧倒する速度の球体に次々と逃亡者達は巻き込まれ、その重量とトゲの前に刹那の間も無く肉塊へと変じた。また建造物の群は瓦礫に分断され、無骨な砲弾となって周囲に飛び散る。
 それは虐殺でもなく征圧でもなく、形ある全てを崩壊させる、見事なまでの“破壊”であった。
 やがて巨球が空中へと大きく跳ね上がり、その形状を変化させた。ほぼ真円であった球形は扇が広がる様に展開する。
「ギイイイイィィィィィィギエエエエェェェェェッ!!」
 着地したそれは球形はなかった。大地に降り立つのは四足の獣、巨大な背一杯にトゲを配備した恐竜型の怪獣だ。
「ギイイイイイイィィィィィィィィギエエエエエエィィィィィィィィッッ!!!」
 一対の前足を大地に打ち立てて四足の怪獣、アンギラスは甲高い咆哮を繁華街に轟かせた。 



 翼竜と四足竜、二匹の怪獣が各々の都市に起こした大破壊を、機動六課の大モニターは如実に映し出した。
 家屋が、木々が、人間が構成物にまで分解されて飛散する。巨大生物だからこそ起こせる大惨事がそこにある。
「……あ、ああ、あぁ……っ」
 呻いたのはなのはだったのか、フェイトだったのか、或はスバル達か、キャロ達か、或は全員だったのか。少なくともはやてでは無い事は明らかだった。
「――でも、考えようによっては好機や」
 大画面を睨むはやては爪を噛み、内心で焦燥と好機を天秤にかける。
「目下の目的になってた怪獣が二匹も現れてくれた。……これを捕らえられれば、計画は一気に進む……っ!」
「――はやてちゃん……」
 なのはは思わず呼びかけ、しかしそれは届かなかった。
「スターズはマンダとジェーツーを連れてシンハイ、ライトニングはクモンガと一緒にステーツへ! 作戦目的は……ラドンとアンギラスの捕獲や!!」
 はやての指示が8人の前線メンバーへと飛ぶ。
「機動六課フォワード部隊、出動!!」
「――了解!」
 行動開始を告げるはやての言葉、それに8人は一斉に応えた。
 それが正しいのか間違っているのかではなく、この大破壊を止めるにはそれしかないのだから。

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最終更新:2007年12月31日 18:58