燃えている。
 それまでそこにあった光景が、全て紅蓮に染まる世界。
 はるか太古より火は偉大な力の一つであり、人はその力に支えられて生きてきた。しかし、力は時として恐れを抱かせる―――。


 ミッド臨海空港を襲った大規模な火災。多くの人々の行き交う場所を襲った最悪の出来事。
 燃え盛る獄炎の中、次々と救助を成功させていくレスキュー隊の獅子奮迅の活躍を嘲笑うかの如く、それまでの奇跡のツケを払うように一人の少女の命が呑まれようとしていた。

「おとうさん……おねえちゃん……」

 真紅に染まった空港内のエントランスを、スバルはひとりぼっちで彷徨っていた。
 弱弱しい少女の助けを呼ぶ声は、燃え盛る炎の唸りにかき消されていく。
 無力な少女を弄ぶように、崩壊した建物の爆風が巻き起こり、スバルを地面に叩き付けた。
 痛い。熱い。恐怖と孤独感が襲い掛かり、弱い心を容易くへし折る。立ち上がることも出来ず、無力なスバルにはただ泣くことしか許されてはいなかった。

「こんなの……いやだよぉ……。帰りたいよぉ……」

 か細く漏れる願いは、しかし非情な現実によって潰えようとしていた。
 中央に建てられた女神像が長く晒された高熱によって基盤を崩壊させ、倒れようとしている。その先にはもはや動けないスバルがいた。

「だれか……助けて……っ!」

 平和を象徴する女神像は、しかしやはりただの無機物でしかなく、無慈悲なままに少女を押しつぶそうと倒潰を始めた。
 迫り来る影に、スバルは目を瞑る。
 しかし―――。

「―――っ、よかった。間に合った……!」

 願いの果てに助けは来た。
 この広大な空港の中、火炎地獄を物ともせずに駆けつけ、巨大な女神像をバインドによって固定した魔導師の少女によって。

「もう、大丈夫だからね」

 スバルを間一髪のところで救出した高町なのはとその相棒レイジングハートは、安心するよりも呆然としたスバルをシールドで包み、砲撃の準備を開始した。
 そして次の瞬間、寸断された通路の代わりに、脱出路を確保する為の一撃が炎と夜空を切り裂く。
 スバルは轟音と共に開かれる天井を見上げた。
 赤一色しかなかった世界に、夜空の黒が覗いている。自分を閉じ込め、二度と解放しないだろうと感じた地獄の中に一筋の道が生まれていた。

「さあ、早くここから出よう」
「あ……」

 衰弱したスバルの体を、優しい腕が持ち上げる。
 見上げる先には力強い笑顔があり、スバルはまた泣きそうになった。今度は恐怖などではなく、ただ心からの安堵で。
 そして、なのはが飛行魔法を使おうとした―――その時、二人の視界で炎が『動いた』

「え……っ」
「何!?」

 スバルを庇うように抱き締め、なのはがレイジングハートを目の前の異様な光景に向ける。
 それは、錯覚なのだろうか―――二人は自問する事となった。
 視界を埋め尽くすように揺らめく炎の中で、赤い背景に溶け込むようにして蠢く奇怪なものの姿があった。
 それもやはり炎には間違いない。だが、周囲で燃える炎の中で、その一点の炎だけが違う不規則な動きを見せ、同じ真紅の世界の中で浮き彫りに見える。
 それは『燃え盛る体を持つ牛の化け物』に見えた―――。
 肥大化した筋肉に覆われた上半身。捻じ曲がった巨大な二本角。目や鼻に位置する穴から炎を噴き出す牛の頭。そして、その手に持つ奇怪な形の大鎚。
 この世の者ならざる異様な姿を持ちながら、全身が比喩ではなく『燃え盛っている』せいで、炎の中にその全貌が溶け込んでしまう。

「まさか、この火災を起こしたのは……?」

 思わぬ真相に遭遇してしまったなのはは、腕の中で震えるスバルを抱く力を強め、敵意を持って炎の中を睨み付けた。
 アレが炎の見せる幻影でないのなら、戦わなければならない。
 火の肉体を持つ怪物が、眼球とおぼしき熱の塊をなのは達に向けたような気がした。
 果たしてその<眼>は自分達を見ているのか?
 しかし、怪物がその疑問に答えることはなかった。
 二人の目の前で、怪物は唐突に消滅し始める。周囲の炎に怪物の体が溶け込むようにして見えなくなっていった。
 つい先ほどまでハッキリとその異形を認識出来たのに、見る間にただの炎と怪物の体の境が曖昧になり、気が付いた時には目の前でただ炎が燃えていた。
 あの怪物を見た強烈な衝撃は現実感と共に薄れていき、あれが本当は炎の動きが生み出した錯覚に過ぎないのではないかとすら思えてくる。

「……今の、見えた?」

 なのはが自分と同じように呆然とするスバルに尋ねた。
 自分の見たものが何だったのか? ありのままに受け入れることも出来ず、スバルはなのはの胸にしがみ付いて、かろじて頷くだけだった。

「そう……。忘れた方がいいよ。さ、行こう」

 全てが幻であったと言い聞かせるように囁き、なのははスバルを抱えて飛び上がった。この小さな少女がこれ以上悪夢を見ないよう、覆い隠すように抱き締める。
 かくて、二人は燃え盛る火災現場からの脱出を果たした。


 この日、炎の中で起こった一瞬の幻のような邂逅を、覚えている者は一人、忘れた者は一人。
 少女は、この時助けられた記憶から自らの弱さを嘆き、憧れを追い始める。
 魔導師は、この時見たモノの記憶が薄れぬよう心に刻み、闇に潜む存在を疑い始める。


 <力>は時として人に恐れを抱かせる。しかし、また同時に人を魅せて止まない。
 故に、魔に魅入られし人は絶えず……。

 自らの背後から伸びる影に埋没する者達の存在を、多くの人々はまだ知らない―――。





魔法少女リリカルなのはStylish

 第二話『Gun & Fist』





0072年6月。時空管理局武装隊ミッドチルダ北部第四陸士訓練校にて。

『―――試験をクリアし、志を持って本校に入校した諸君らであるからして』

 亡き兄の夢と仇を追って、大空への第一歩を踏み出そうとする少女<ティアナ=ランスター>と。

『管理局員、武装隊員としての心構えを胸に』

 あの日憧れた姿を胸に、その人の待つ高みへと最初の一歩を歩みだした少女<スバル=ナカジマ>と。

『平和と市民の安全の為の力となる決意を』

 そして、多くの夢と栄光を目指して同志達が今、ここに集結していた。

『しかと持って訓練に励んで欲しい!』
「「「はいっ!!」」」
『以上! 解散! ―――1時間後より訓練に入る!』

 目指すべき先は長く険しく……しかし、彼らの瞳は一様にして輝いていた。
 若きストライカー達の挑戦が、此処から始まる。




 スバルは感じた。この人、何か猫みたい。
 ティアナは思った。こいつ、何か犬っぽい。
 32号室で相部屋となったルームメイト兼コンビパートナーへの、お互いの第一印象である。

「スバルだっけ。デバイスは?」
「あ、わたしベルカ式で、ちょっと変則だから……」

 初の訓練前で騒然とする倉庫内で、各々が規格の訓練用デバイスを選ぶ中、スバルとティアナのコンビだけが自前のデバイスを調整していた。

「<ローラーブーツ>と<リボルバーナックル>! インテリシステムとかはないタイプだけど、去年からずっとこれで練習してるの」

 手馴れた様子でいち早くデバイスを装備したスバルが誇らしげに2タイプのデバイスをティアナに紹介した。
 素人とはいえ、独特のデバイスを自作出来る程の知識を持つティアナはそれらを冷静に解析する。
 ローラーブーツは自分で組んだというだけあって、特色のない魔力駆動の規格品である。陸戦魔導師ならば、妥当な機動力の確保方法だと言えるだろう。
 しかし、右腕に装着したナックルの方はかなりの高級品だと見抜いた。近代ベルカ式は次世代魔法だし、搭載されたカートリッジシステムもコンパクトで新しい。

「格闘型……前衛なんだ」
「うん!」

 さて、この逸品を使いこなす猛者なのか、玩具にするバカのボンボンなのか。そんな意味合いを含んだティアナの呟きを、能天気なスバルはもちろん気付かなかった。

「ランスターさんは?」
「あたしも自前。ミッド式だけどカートリッジシステム使うから」

 ツインバレルのショットガンに酷似した形状のアンカーガンにカートリッジを詰めながら、素っ気無く応える。
 特色といえば、銃身の下部に備えられたショットアンカー程度の汎用デバイスを二つ。ティアナの本来のスタイルは二挺拳銃(トゥーハンド)である。
 一般魔導師からすれば変則ではあるが、特に目立ちもしなければ誇れもしない装備だった。

「わ、銃型! 珍しいね。かっこいー!」

 しかし、スバルは銃型という点に眼を輝かせた。
 質量兵器が廃止されて久しいミッドチルダでは、銃は映画などのフィクションで活躍する代物なのだ。
 実用性と機能美を重んじるティアナはそんな子供っぽい反応に冷めた視線を返す。無言の釘を刺されたスバルがビクッと震えた。
 必要以上馴れ合うつもりもなければ、相手にわざわざ合わせる気もない。
 元来冷めた性格であるティアナは、やはり素っ気無く視線を外すと、デバイスのチェックを終了した。
 そして、ティアナの手の中で二挺のガン・デバイスが華麗に踊る。
 トリガーガードに指を掛けてコマのように数回転させると、銃身が小気味よく風を切った。その動作のまま流れるように、腰の後ろのガンホルダーへ突っ込む。
 ―――と、そこまでの流れを無意識に行って、ハッと我に返った。
 ティアナは自分の失態に気付くと、ギシギシと軋む首で視線を移動させる。
 先ほどよりも激しくキラキラと瞳を輝かせたスバルの顔があった。どうやら、このパフォーマンスがウケにウケたらしい。

「すっごーい! 今のメチャクチャかっこいーよ、ランスターさん!」
「だああっ、もううっさい! 今のはついやっちゃったの。あんな頭の悪い芸、普段はしないんだからねっ」
「悪くないよ、すごくいいよ! ね、ね、もう一回やってみせて!」
「やらない! 訓練始まるわよ、さっさと並ぶ!」

 はしゃぐスバルを置いて、ティアナは足早にその場を立ち去った。この3年間、銃の扱いを参考にしていた男から知らずに受けた悪影響に頭を悩ませながら。
 ティアナは感じた。この娘、バカだがやりづらい。
 スバルは思った。この人、こわいと思ったけど実はかっこいい。
 初のコンビプレイを目前に控えた二人の、ちょっと変化した互いの印象である。




「ふえー、広い訓練場ですね」
「うん、陸戦訓練場だからね」

 木々と岩場で構成される自然の訓練場を一望出来る場所で、エリオを連れ立ったシャリオが陸士の訓練を見学していた。
 エリオ=モンディアル。今はまだ芽さえ出ない才能を眠らせたこの幼い少年が、この場を訪れたのは、あるいは運命だったのかもしれない。

「あ、朝の訓練始まるねー」

 談笑する二人の眼下で、ティアナとスバルを含む訓練生達が記念すべき最初の訓練を開始しようとしていた。




 最初の訓練はコンビによる機動と陣形の即時展開。訓練場の設備を利用した基本的なプログラムだった。

「障害突破して、フラッグの位置で陣形展開。わかってるわよね?」
「うんっ!」

 二人組(コンビ)での行動の仕方はすでに把握している。しかし、それはあくまで知識としてでしかない。
 冷静なティアナとは反対に、スバルは若干緊張していた。

『次、32のコンビ!』
「前衛なんでしょ? フォローするから先行して」
「うん!」

 力強いが単調なスバルの返事からその心境を伺えるほど付き合いの深くないことが、ティアナにとって不運だった。
 スバルとティアナに番が回って位置についた時。スバルの魔力が過剰なまでにローラーブーツに注ぎ込まれるのをティアナが気付いた時には、全てが手遅れだった。

『セット……ゴーッ!』

 号令と同時にスバルが飛び出した。トップスピードで。

「えっ!? ちょ……ぷあっ!」

 爆音と共にローラーブーツの瞬発力が炸裂し、地面と背後のティアナを吹き飛ばす。相棒を置き去りにして、スバルは誰よりも速くフラッグポイントを確保してみせた。
 そして、当然ながら不合格だった。
 ティアナはスタート地点で尻餅を着いたまま咳き込み、完全にスバルの独断専行になってしまっている。

「馬鹿者、なにをやっている!? 安全確認違反! コンビネーション不良! 視野狭窄! 腕立て20回だ!」

 教官の叱責を受けて、二人はいきなり意気消沈した。

「足があるのは分かったから、緊張しないで落ち着いてやんなさい」
「ご……ごめん……」
「いいわよ。とりあえず、いずれ舐めることになる訓練場の砂の味を予習することは出来たわ」

 兄貴分譲りのジョークも、スバルには完全な皮肉としか聞こえなかったらしい。
 余計落ち込んだパートナーと自分自身のバカさ加減に内心頭を抱えながら、ティアナは前途多難なため息を吐いた。




 次の訓練は垂直飛越。壁などの遮蔽物を一人が足場となって飛び越える、やはり基礎的な訓練だ。
 足場役が両手を組んで相手の足がかりとなり、跳ぶ力と押し上げる力で高い壁を飛び越える。多少息を合わせる必要はあるが、それほど困難な事ではない。
 何より、これならば緊張で力んでもプラスにはなれど、マイナスにはならないだろう、と。ティアナは名誉挽回しようと意気込むパートナーを一瞥した。

「しっかり上まで飛ばせてよ」
「うんっ!」

 気合い十分、スバルは頷いた。
 そしてやはり、気負い気味なのは見越していたが、それに伴うスバルのパワーを予想出来るほど付き合いの深くないことが、ティアナにとっての不運だった。

「いち、にーの……」
「あれ? ちょっと待って、なんであんた魔力で身体強化して―――」
「さんっ!!」

 次の瞬間、ティアナは星になった。
 『跳ぶ』というより『吹っ飛ぶ』という表現が相応しい勢いで、ティアナの体が空高く舞い上がる。木の葉のように舞う相棒を見上げ、スバルは昇っていた血の気が一気に引いた。

「あああ、しまったぁ!」

 格闘型ゆえ、魔力による肉体強化は基礎中の基礎。この滑らかな発動を褒めるべきか諌めるべきか……。
 いや、とりあえず一発殴ろう。空中で錐揉みしつつ、口から漏れる悲鳴を噛み殺しながらティアナは黒い決意を固めた。
 墜落死が確実な高度で勢いが衰え、落下が始まる。対処を考えるティアナの視界が地上を捉え、自分をキャッチしようと走り出すスバルの姿が見えた。

「動くな! 訓練のうちよ!!」

 咄嗟に一喝したティアナの迫力にスバルが硬直する。
 ここでスバルが持ち場を離れれば、コンビとしてのミスが決定する。それは許容出来なかった。片方のミスはもう片方が補う。だからこそ<コンビ>なのだ。

「……Slow down babe?」

 『慌てんなよ?』
 いつだって余裕をなくさず格好を付けたがるあの男の口癖が無意識に洩れた。
 自分を見上げる不安そうな表情を不敵に笑い飛ばす。
 ―――この程度で失敗などと判断されては困るのだ。パワー馬鹿に振り回されるのは慣れている。

「<エア・ハイク>!」

 手に魔力を集中させ、その先に瞬間的な足場を作る。
 赤い魔法陣が空中に出現し、それを蹴る反動で頭から落下する形の状態を変える。一蹴りでティアナは瞬時に姿勢を立て直した。
 空中での機動確保の為に習得した魔法だが、まだまだ無駄が多い。こんなもの、あのいつも余裕綽々な兄貴分なら鼻歌交じりでやってのける。
 それでも、彼から学び取った技術が今この瞬間を救ってくれたことにティアナは密かに感謝した。
 一連の流れを見守っていたスバルを含む訓練生達が感嘆の声を漏らす中、やや派手な音を立てながらもティアナは無事自力で地面に着地した。

「ご、ごめんなさい! ランスターさん、大丈夫!?」

 ティアナに対する尊敬の念を更に深めたスバルが、それでも心配そうに駆け寄ってきた。
 それをジロリと一瞥しながらも、同じく歩み寄ってきた教官に向き合う。

「32番―――」
「特に問題はありません。『多少』パートナーに力みがあったようです」

 睨み付けるような教官の視線を平然と受け流して、いけしゃあしゃあとティアナは言ってのけた。
 自分が原因であると理解出来ているスバルはハラハラと二人の様子を見守っている。
 しばしの沈黙の後、教官は『訓練を続行しろ』とだけ短く告げて、去って行った。

「……あのぉ、ランスターさん」
「……」
「ホント、ごめんなさい……失敗を取り返そうと思って……」
「……色々言いたいし、かましてやりたいんだけど、とりあえず一つだけ言うわ」
「な、何?」
「足が痺れて動けないから運んで」

 着地の反動で動かない両足で棒立ちしたまま、ティアナは青筋を浮かべてこの先に待ち受ける多大なる苦労の元凶となるであろうパートナーに告げた。


「あれ、楽しそうです!」
「エリオは真似しちゃだめだよー」

 そんな平和な一角からは、律儀にスバルに拳骨を落としながらも素直に運ばれるティアナの姿が見えるのだった。




 結局、その日は一貫してそんな調子だった。
 一通りの訓練が終了したその日の終わり。訓練の果てに得られたものは、スバルに課せられた反省清掃だ。

「あ、あの……ホントごめん……」
「謝んないで、うっとうしい」

 一方的に迷惑をかける形になったスバルはすっかり落ち込んでいた。
 数々の場面でスバルの暴走が目立ち、その度にティアナがフォローに回って訓練そのものは継続出来たが、それまでの減点で罰則が下されたのだ。
 失敗の度、被害を被るティアナに申し訳なく思い、それを取り返そうとして気負う悪循環。理解出来ないほどスバルはバカではなく、それゆえに尚の事落ち込む。
 反省清掃がスバルにのみ課せられたのが、せめてもの幸いだった。
 これ以上パートナーに迷惑をかけるのは申し訳ないし、何よりどうしようもなく格好悪いと思えた。

「わたし、もっとちゃんとやるから……ランスターさんに迷惑かけないように!」
「―――あのさぁ、気持ちひとつでちゃんとやれるんなら、なんではじめからやんないわけ?」

 意気込んで告げるも、限りなく冷めた視線が返される。
 まったくその通りだ。自分を鼓舞するつもりが、スバルは逆に撃沈した。

「……ねえ、あんた真剣? 遊びで訓練やってない?」
「あ、遊びじゃないよ!」

 しかし、どれだけ相手に申し訳なくても、その言葉にだけはスバルはハッキリと反論した。

「真剣だし……本気で……っ!」

 真っ直ぐに自分の瞳を覗き込むティアナの視線を、精一杯見つめ返して、スバルは必死で言葉を紡ぐ。
 それでも無言のティアナの様子に、自分のこれまでを省みて徐々に小さくなっていく声。そこでやっとティアナは口を開いた。

「ならいいわ」
「……へっ? い、いいって……」
「でも、だからって同じ失敗するようなら一発ぶち込んで鼻の穴一つにしてやるからね」
「え゛っ!? は、はい……!」
「よろしい」

 あっさりと許しを貰って拍子抜けするやら、実はスゴイ怒ってるのかと背筋が凍るやら。混乱するスバルを尻目に、ティアナは掃除用具を片手に清掃を始めた。

「あ、あの、ランスターさんは掃除しなくても……!」
「二人でやった方が早く終わるでしょ? これ終わったら自主訓練するわよ。あんたには基礎訓練だけじゃ足りないわ」
「でも、これはわたしの罰なんだし……」
「仮とはいえ、あたしとあんたはコンビでしょ」

 指で銃の形を作り、ティアナはスバルの眼前に突きつける。

「―――だったら、互いの罰は二人で被る。
 あたしの銃は、あんたの背後の敵を撃つ。代わりにあんたの拳は、あたしの背中を守るのよ。いい? 肝に銘じておきなさい」

 指をずらしてスバルの背後を撃つ真似をしながら、ティアナは不敵に笑ってみせた。
 その危険な魅力と迫力を秘めた笑みにスバルは見入る。
 それはスバルに、ティアナに対する第一印象の静かな雰囲気を一変させる烈火の如き印象を与えた。そして次に力強さと、頼もしさと―――何より憧れを感じる。
 もしこの場に、ティアナとダンテの二人を知る者が居たのなら、こう言っただろう。

 ―――本当に血が繋がってないのか? 笑った顔なんてソックリだぜ。

 甲斐性なしで、常に余裕で、どんな時もくだらないジョーク交じりのおしゃべりが大好きなあの男の背中を見続けた時間の中で、少女は確かに変わっていたのだった。

「う、うん!」

 怒られると思っていただけに、ティアナのパートナーとしての言葉と信頼に感動の涙すら見せるスバル。
 ティアナは普段の冷めた仕草でため息を吐いた。

「返事だけはいいわね。言葉じゃなくて行動で応えなさいよ」
「わかった! わたし、頑張るよ!!」
「それじゃあ、まずはこの掃除をさっさと終わらす」
「了解! ……ねっ、『ティアナさん』って呼んでもいい?」
「分かりやすい馴れ合い方ね。こっちは『スバル』なんて呼ばないわよ、ナカジマ訓練生」
「ええ~っ、コンビでしょー?」
「あたしが頼れるくらいになれば、考えるわ。今日のミスの回数聞く? 数えてるわよ。いちいち言わないけど、恨みは募ってるから」
「う……っ、がんばります……」

 少しだけ距離を縮めた二人の喧騒は、これからの生活を暗示するように訓練場の片隅で流れ続けた。


 前途多難ではあるが―――とりあえず一歩。
 いつかの未来で伝説になるかもしれないデコボコ魔導師コンビが、此処から始まったのだ―――。




 to be continued…>






<ダンテの悪魔解説コーナー>

  • ヘル=プライド(DMC3に登場)

 七つの大罪って知ってるかい? 人間が地獄に落ちるに値する罪だそうだ。
 そのうちの<傲慢>を犯した人間を地獄で責め立てる魔界の住人が、コイツだ。
 黒いボロ布を纏って大鎌を持ったミイラみたいな姿はまさににじり寄る死神だが、ちょいと腕の立つハンターからすれば雑魚同然だ。
 もちろん、この俺にとっては言うまでもないよな。
 死人を痛ぶることしか出来ないだけあって動きは緩慢で、砂を媒介に実体化してるせいかひどく脆い。
 ビビらずに一発かましてやるのが、この雑魚どもに対する一番の攻略法さ。
 どちらかというと、後に残る砂の始末の方が厄介で面倒極まりないくらいだね。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年07月23日 18:25